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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 狂った殺人 ゲスリン大佐シリーズ番外編 |
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フィリップ・マクドナルド | 出版月: 2014年04月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 3件 |
論創社 2014年04月 |
No.3 | 5点 | 弾十六 | 2023/07/19 04:24 |
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1931年出版。翻訳はとても安定していました。それに訳者あとがきが素晴らしい仕事。Avon 1965(翻訳の底本)とVintage 1984(初版と同じようだ)の異同部分を章ごとの概要ながら手際よく示している(なおKindle版[Collins 2017]は初版に基づくものだろう)。私はAvon版は米国人にわかりやすくするため作者が大きく手を入れたのでは?と想像したが、米国版初版はDoubleday Crime Club 1931に出版されている。
私は1930年代の英国生活の細部に興味があるので、初版の翻訳のほうが嬉しかったなあ… 本作は作者としては、新興住宅街というロウアー・ミドルの俗な人工コミュニティの人間模様が、殺人という原初的恐怖に蝕まれていくさまを描きたかったのでは?と思った。なので本格ミステリになりにくい作品。ゲスリンの関わらせかたをどうするのかなあ、と事前知識なしで読み進めてドキドキしてたら、ああなるほどね、という感想。こういう読者もいるので、そこら辺も含めてネタバレだと私は思ってしまう。他シリーズにもこういう例はあって、本作はいつもの探偵二人のうち一人は出てこない異色作、とか余計な情報を帯とか紹介文に書く出版社があるんだよ。読者としては、どこでそいつが出てくるのか?と読み進めたいのだから(作者の本来の意図もそーゆーことでしょ?)出版社自身がネタバレしてどうするの!と言いたい。 作品中に言及されるデュッセルドルフ事件が気になったので調べると、かなりグロい猟奇的連続殺人事件なんだね(Wiki “ペーター・キュルテン“が手っ取り早い)。作者が本作を執筆しはじめた頃は、キュルテン逮捕(1930年5月)の前かもしれない。本作の取り扱いは、実際の事件の猟奇的部分を非常に消臭していて、フィル・マクの通俗気質を良く示している(ラングの映画「M」(1931)を思いうかべていただきたい。あっちはヤバい)。『ライノクス』の原書(HarperCollins 2017)にフィル・マクの序文(1963)があり『狂った殺人』について言及があったので以下抄録。 「伝統的フーダニットの枠から外れた作品を書きたかった。デュッセルドルフ事件をヒントにした。簡単に書けるのでは?と思って始めたと思うが、かなり大変だった。どうやって犯人を追いつめたら良いのか、が難しかった。幸いなことに好評を博した(ミスター・カーがオールタイム・ベスト10に選んでくれた)。でも、今の時代にこの作品を執筆するなら、犯人がこの犯行を企てた背景やトラウマについて、薄っぺらい精神分析的なものを総動員して書き込まざるを得ないのだろう。でも当時は、事件だ!、犯人を追いつめて、捕まえて、それで終わり。それで良かった。」 さて、本作を読んだ感想だが、手がかりとかそういうのに期待しないで読み進み、警察は次にどうしたら良いかを考えながらハラハラしてページをめくり、ああその手は良いね、という感じで楽しめた。穴はたくさん開いてるように思う(特に物証についての言及が皆無。けれど、フィル・マクは物証を無視しがちなのでまあ良かろう、という感じ。それより気になったのは被害者関係者への眼差しが薄く、犯人対警察のゲームが中心となってしまって、スケールが小さくまとまり、結局、群衆劇としては竜頭蛇尾。Avon第12章(初版13章)の変更は初版のほうが次の出来事との繋がりが良かったと感じた。 まあでも、中途半端感が否めない。読後感もモヤモヤ。今回は『迷路』を読んだついでに、純粋パズラーをもっと読みたいなあ、という気分で読み始めた、という私的な事情もあってガッカリ気分が多めとなった。 以下トリビア。参照したのはVintage 1984、この本の奥付によるとフィル・マクは1958年にコピーライトを更新している(ということはこの頃に改訂版を完成させたのだろうか?) 作中現在はp26に記した通り矛盾があるが、初版を尊重して1930年としておこう。 価値換算は英国消費者物価指数基準1930/2023(83.63倍)で£1=15184円。 p8 定期… 緑色の四角い券(green, square pieces of pasteboard marked ‘Season’)◆鉄道の定期券。もしかして緑色は「三等」の意味なのかも。ロンドン鉄道の当時ものの画像で一等が赤、三等が緑のがあった p8 トレイラーハウスを変にいじくったようなバス(omnibuses looking like distorted caravans)◆「キャンピングカーを引き伸ばしたような」だろうか。トレイラーハウスというと米国西海岸1950年代のどでかいのをイメージしてしまう。英国では1920年代からcaravan(キャンピングカー)で出かける流行があった。Web記事“Early RV History (Part 3)”参照 p10 田園都市(Garden City)… 長髪の芸術家(long-haired artists)が住む街… ◆ガーデン・シティという語はチャラいので嫌い、といういかにもロウアー・ミドルっぽい感覚。 p10 レッチワース(Letchworth) p16 無言座(Mummers)◆劇団の名前だが「パントマイム役者たち」という意味。英国流パントマイムは無言劇とは違う。 p16 『古城の衛士』(the Yeomen of the Guard)◆ギルバート&サリヴァン p16 ホスピス(The Hospice)◆これは屋敷の綽名。英国では自分の屋敷に勝手な通称をつける。看取り専門病院と誤解されかねないので「安息荘、休息荘」などが良さそう。 p17 ベーデン=パウエル訓練所(Baden-Powell Drill Hall)◆ ベーデン=パウエル卿(1857-1941)はボーイスカウト&ガールスカウト運動(1906年ごろから)の創始者。 p17 プログレッシブ・ホイスト(Progressive Whist)◆ Progressive Whist or Compass Whist, is a competition format in which two players from each table move to the next table after a fixed number of games which are played to a fixed format e.g. with the designated trump suit changing each time.(英Wiki) p17 グノー『アヴェ・マリア』(Gounod’s ‘Ave Maria’) p17 ブリッジ p17 ローレルズ老人ホーム(The Laurels Nursing Home)◆ここは私立病院の意味だろう p18 賭け金なしのブリッジ三番勝負(rubber of wagerless dummy)◆直訳すると「賭け金なしのダミーのブリッジ三番勝負」なのでなんか違うと思って調べたが、わからなかった。ただの直感だが、三人ブリッジのやり方の一種かも。ここにいるのは夫妻と夫の友人だけなので、三人ゲームをしたものと思われる。ところで三人ブリッジのやり方をWeb検索したら、四人分配り、一人分はダミーとして13枚中8枚を表にしてから三人でビッドし、勝ったプレイヤーがダミーとペアになりゲームを進める、という方法があるらしい。これフェラーズ『その死者の名は』(p152)でトビーが言ってたやつかも(トビーは6枚しか表にしない、と言っていた)。 p26 十一月二十四日土曜日(Saturday, 24th November 193–)◆初版では193--年と明記されていたがAvon版では削除。この日付と曜日なら、出版年直近で1928年が該当だが、デュッセルドルフ連続殺人は1929年8月から。本作の事件は前日(11/23)に発生 p29 午後遅くの版… 夕刊◆当時の新聞は追加ニュースがあったら一日に何度も新版を発行していたようだ。これに関してメイスン『セミラミス・ホテル』でアノーが面白いことを言っている。 (以上2023-7-19) p35 ベビー・オースティン(Baby Austin)◆Austin Seven(1923-1939)のこと。1930年なら£130〜 p36 赤い腕章を着けた少年(The boy with the red brassard)… 特報の号外(Special extra) p36 六ペンス硬貨(sixpence)◆釣銭はいらんよ、と言っている。号外の代金は二ペンス(p43) p38 馬を止めて、牛乳配達車を(he halted his horse… the milk float)◆当時は馬引きだったんだ。画像はhorse drawn milk float で。配達員はa milk-roundsman 。 p38 「最上流階級」(‘Upper Ten’) p39 ブリッジ・パーティ p45 千ポンドの報奨金(reward of £500)◆初版では五百ポンドだった。1960年代には価値が30年代の三割程度になっていたから値上げしたのだろう。 p49 ブランドン事件(Brandon business)◆『迷路』(1930年7月発生)はBrunton事件。 p54 人それぞれ、やり方があるものですな(シャカン・ア・ソン・グー)(Chacun à son gout)◆初版ではKindly he translated: “Each man his own way…”と続く。『ライノクス』(1930)には”each man to his taste”の形で登場していた。 p59 <おはよう大麦>社(Breakfast Barlies Factory) p61 重役用階段(Directors’ stairs) p61 オームズさん(my dear ‘Olmes)◆H落ちの訛りだが、この翻訳でピンと来る?試訳「名探偵‘オームズ君!」 p62 ウーリッジ・ユナイテッド(Woolwich United) p64 アウトサイド・ライト(Outside Right) p72 警察車両のクロスリー(police Crossley)◆ベストセラーの14hp(15/30)か。£500程度〜 (以上、2023-7-22追記) p85 公共のガレージ(public garage) p86 エンスウッド(Enswood)◆架空地名。エルストリー(Elstree)のもじりかも p105 九時の集荷が最後(nine o’clock is the last collection)◆この町では21:30が郵便ポストから回収する最後 p116 三十ポンド(£30)◆ここはAvon版でも値上げしてない p120 上流向けのサルーン・バー(thé saloon bar)◆「上流向け」は翻訳上の付加。この居酒屋「ほったて小屋(The Wooden Shack)」は労働者向けのエリア(p63「パブリック・バー」)と上流向けのエリアで分かれているのだろう。毎日10時開店らしいので昼食も取れるようだ。 p120 フロリン銀貨(a florin) p123 最終版(Latest)… 直前版(Later)◆新聞のエディション p132 正餐を取る習慣のある、暮しぶりのちゃんとした男(the sort of chap one has to dinner and all that)◆「みんなから夕食とかに誘われるような良い奴」という意味かも? p145 痩せて浅黒い顔(lean brown face)◆目の色と眉毛が茶色なのだろう。p51でも「ランタン型の浅黒い顔(brown, lantern-shaped face)」と描写されている。なぜ何でも「浅黒い」にするんだろう p147 ダイムラー・サルーン(Daimler Saloon)◆高級車。当時ものならStraight-Sixか p171 夕闇がはっきりと兆し始める三時十五分(3.15 when the first signs of dusk would begin to evince themselves) p184 色黒の小男(a small and dark… little man)◆「黒髪の」 p188 二座席のシボレー(Chevrolet two-seater)◆Series AA CapitolかSeries AB Nationalあたり? p193 贋物(まがいもの)の街(this god-forsaken imitation suburb) p217 ブルズアイ・ランタン(a bull’s eye lantern)◆ bull’s eye lantern 1930で当時ものの写真が結構見つかる p234 アメリカン・サイクロペディア(American Cyclopedia)◆全47巻だという。この題名の百科事典は実在しないようだ。 p238 トレーラーハウス(the bleedin’ caravan)◆bleedin‘はオンボロの意味か (以上2023-8-5完結) |
No.2 | 5点 | nukkam | 2014/08/27 19:31 |
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(ネタバレなしです) 1931年発表の本書はゲスリン大佐シリーズ番外編のスリラー小説です。ゲスリンは会話の中で1回登場するのみ、「個人より組織の仕事」ということでアーノルド・パイク警視たち警察が無差別殺人犯を追跡するプロットになりました(もっともその後のシリーズ作品ではゲスリンが組織的捜査に参加しているのですけど)。第8章や第15章では犯人絞込みのための推理をやっているのですが本書は本格派推理小説には分類できないと思います。犯人の正体をどうやって突き止めたのか全く説明されないまま解決されるので謎解きとしては不満が残ります。ちょっと記憶にないほどあっけない幕切れでした。 |
No.1 | 5点 | kanamori | 2014/05/18 00:00 |
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英国の新興田園都市で、”ブッチャー”と名乗る切り裂き魔による連続殺人が起き、地元警察や新聞社に犯行声明の手紙が届く。ロンドン警視庁のパイク警視は、地元警察と共に捜査にあたるも、さらに第3、第4の犠牲者が------。
ゲスリン大佐はケガの療養中のため、パイク警視が主役の探偵役を務める、いわばシリーズのスピン・オフ的な作品。 本書の犯人は殺人鬼を装っているのではなく、タイトル通りの狂人であることを読者はあらかじめ知らされているので、ミッシングリンクなどのミステリ趣向はない。本格ミステリとはいえず、純然たるサイコ・スリラーで、かつ捜査小説の側面も強い。 警察をあざ笑う犯行予告状や、パイク警視に対する地元警察の敵愾心・不信感が相まって終盤までは緊迫感はありますが、最後に”意外な犯人”を特定したプロセスが曖昧なのでラストがすっきりしない。 本格黄金時代真っ只中の30年代初めに、このような都市型スリラーを書いた先駆性は評価できるものの、ディクスン・カーが10傑に入れるほどの出来とは思えなかった。 |