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[ 本格 ]
ライノクス殺人事件
フィリップ・マクドナルド 出版月: 1957年01月 平均: 6.00点 書評数: 7件

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六興出版部
1957年01月

東京創元社
2008年03月

No.7 6点 弾十六 2023/08/06 10:07
1930年出版。創元文庫で読了。翻訳は非常に良いのだが(特に台詞回しが上手い)、細かい点で大きな不満あり。
まず章割りが翻訳では「第一部」「第一場」などとなってるが、原文はReel One、Sequence the firstで、作者は明白に映画を意識している。「フィルム一巻目」「シークエンス第一」が良いかなあ。本作、映画化を最初から当て込んでたのかも。
実際、映画『鑢』(1932)と同年に同じ監督Michael Powellが本作を映画化している。映画『鑢』は残念ながら現存してないようだが、映画『ライノクス』は1990年に再発見された。配役はStewart Rome(F.X.), John Longden(Tony), Dorothy Boyd(Peter)、観てみたいなあ。WebサイトTipping My Fedoraの記事“Rynox (1932) Tuesday’s Forgotten Film”にスチル写真数枚と解説が掲載されている(この映画、シナリオライターの一人が(クレジットされてないようだが)Joseph Jefferson Farjeon。ヒッチコック初期の怪作コメディスリラー『第十七番』(1932)の原作者で、私は最近この映画を観て非常に気になっている)。
そもそも私がフィル・マクを見直したのは映画Charlie Chan in London(1934)の出来がとても良くて(フィル・マクは脚本で参加、チャンのキャラを使ったオリジナル・ストーリーのようだ)、映画『レベッカ』(1940)にもadaptationで参加していて、ああそうか、英国っぽさを出すミステリ職人としてハリウッドで重宝されてたのかも、と思った。
本作も小説としては小穴がたくさん空いてるけど、映画なら流れが良くてオッケーみたいな感じ。全体の楽しさも上等。細かいことは気にしねえよ、という作者の基本的姿勢を知ってるので、実在しない異世界ほんわか物語として、あらかじめ厳密性の感知ハードルを下げてたので、非常に面白く読めた。まあでも人を過度に驚かせない通俗性の通常運転で、高評価にはなりません。
さて翻訳で気になったもう一点は銃関係。本作にはたくさん銃が出てくるので、ここでまとめて取り上げでおく。
まず問題の「大口径のモーゼル・オートマチック」(a heavy Mauser automatic pistol)」“大口径”が大間違い。普通に「重い」で良かった。p98の記述を誤解してこういう翻訳になったものか? この拳銃は大型のMauser C96(日本では「馬賊の拳銃」でお馴染み)。全長31cm、重さ1130g、使用銃弾は.30モーゼル弾(=7.63mm)なので全然「大口径」ではない。作者が何故この銃を選んだのかが、一番の謎。デカくて隠して持ち運ぶのに全然向いていないし、取り回しも大変。映像的に見栄えが良い、というのが採用理由かも。オートマチックなので派手に散らばったはずの薬莢について言及が全くないのも変だ。まあいつもの物証無視のフィル・マク品質なんだが…
「小型の五連発四四口径コルト・リボルバー(a small five-chambered .44 Colt revolver)」も登場するが、このスペックに当てはまる拳銃は実在しない。この頃は五連発リボルバーなんて過去のものだ。ガンスミスに依頼して作った特注品ならあり得るが… (確かに44口径で小型となるとシリンダー直径を小さくするために五連発はありうるかも。でも後年の38スペシャル・チーフスでも反動がかなりキツかったから44口径小型拳銃は無茶だろう)
「四五口径のコルトで握りの滑らないやつ(big forty-five colt with a rough grip)」はbigの訳し漏れがあるがコルトM1911(全長21cm、重さ1100g)のこと。rough gripは標準的なチェッカーグリップ(checkered grip)のことだろう。
「ドイツ製の大口径のオートマチック(heavy German automatics)」は前述のモーゼル大型拳銃の他、Bergman 1896とかBorchardt C93とかのオート拳銃の歴史初期に登場した、いずれも1kg超えの拳銃のことだろう(ここもheavy を“大口径”と訳している…)
「小型の茶色いオートマチック(a small, stubby, brown automatic)」stubby(ずんぐり)が訳し抜け。brown は古くてサビがかってるという事? 情報が少なく特定は困難だがColt M1908 Pocket Hammerless(.380ACP弾使用、全長17cm、680g)を第一候補にあげておこう。ハンマー内蔵で持ち歩きが便利。38口径だから威力も充分だ。
他に銃関係で「リボルバーの発射音(sounds… to be revolver shots)」という表現があり、音だけ聞いてリボルバーかオートマチックかわかるのか?と私は思ったのだが、まあハンドガン(拳銃)の意味でrevolverを使ってるんだろう。ただし原文はto beなので、ニュアンス的には「リボルバーの連続発射と思われる音」だろう。
あと一点、非常に細かい難癖だが「銃弾の旋条痕は、この拳銃の旋条と一致(markings on the … bullets… corresponded with the rifling of this pistol)」この翻訳文は、当時の鑑識水準をいささか超えているように感じた。米国でも、旋条痕分析が有名になったのは1929年のバレンタイン・デー殺戮の鑑定結果からである。当時の英国では施条痕を顕微鏡で比較する技術はまだなかったと思う。試訳「銃弾に刻まれた痕は、この拳銃のライフリングと相応していた」correspond は完全一致までは保証しないが適合している、というニュアンス。英国の当時の鑑識レベルはコニントン『キャッスルフォード』(1932)参照。
さてトリビアに行く前に、私が参照した原文(電子版HarperCollins 2017)についてたフィル・マクの序文に言及しておこう。『狂った殺人』の書評で一部を紹介したが、よく見るとこれは1963年Doubleday出版の作者の初期三大傑作『鑢』『狂った殺人』『ライノクス』をまとめて一冊にした合冊本”Three for Midnight”のための序文で「この機会に昔の文章に手を入れた」と書いている。『狂った殺人』と『ライノクス』の翻訳はいずれも1965年Avon版ペイパーバックをもとに文章の異同を確認しているが、元々は1963年の三作合冊ハードカバー本の時に手直しがあったのだ。とすると『鑢』の改訂もあったのだろう(Internet Archiveに1963年Avon版“The Rasp”が見つかったので暇な方は内容を確かめていただければ…コピーライトは1963年更新ありとなっていた) 。『鑢』改訂版のことに関して創元文庫に記載があったかなあ。私は全然記憶していないが…
『ライノクス』の改訂内容については「訳者注記」の中で大幅な変更があった第三部第四場(一)だけが掲載されている。元のヴァージョンは障碍者を笑い物にしていて感じ悪いからねえ…
作者序文から『ライノクス』関係を抄録しておこう。
「当時は「軽快なスリラー(light-hearted thriller)」と呼ばれていたジャンルの作品で、観客の前で手品師が「さあ注目!… ほら消えた!」とやるようなケレン味たっぷりの物語。真面目なミステリ読者なら途中で怒り出すかも… これは書いててとても楽しかった。ロンドンに実在していた人物や組織をからかうのが愉快だった」
以下トリビア。
作中現在の大きなヒントは、イングランド銀行券一ポンド紙幣(one-pound Bank of England notes)の登場。これで1928年11月以降は確実(£1 Series A (1st issue)はサイズ151x84mm、色は緑)。新札ではないので更に数か月以上が経過しているはず。出版年とp22やp171を根拠にして(曜日はいつものように無視する)1930年で良いだろう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1930/2023(83.63倍)で£1=15184円。
p12 一シリングずつ(a bob each)◆759円。荷物運びのチップ
p18 書留郵便(By registered post)◆当時の最低書留料金(国内)は一通3ペンスで紛失時に£5を保証。Webサイト“The Great Britain Philatelic Society”の“Inland Registration Fees 1841-1993”参照
p18 真新しい半ペニー銅貨(a new halfpenny)◆ジョージ五世の肖像、1911-1936鋳造、 Bronze, 5.7 g, 直径26mm
p19 一ペニー銅貨(new pennies)◆ ジョージ五世の肖像、1911-1936鋳造、Bronze, 9.5 g, 直径31mm
p22 一九三--年三月二十八日木曜日(Thursday, 28th March, 193—)◆出版直近で該当は1929年、未来で良ければ1935年。
p22 AAA宛の手紙が一通と、同じくAAA宛だが切手の貼られていない手紙が一通ある(that not only did he have a letter for AAA but that he had an unstamped letter for AAA)◆この翻訳文だと手紙が二通だが、この後、相手に渡したのは一通だけ。「AAA宛の手紙が一通、それも切手の貼ってない AAA宛の一通が」というわざと同じことを繰り返している強調文を誤解している。
p22 三ペンス(threepence)◆190円。1923-1940の郵便料金だと2オンス(57g)までの封書料金はthree halfpence(=1.5ペンス、95円)(専用のthree halfpence切手があった)。3ペンスだと7〜8オンス相当の料金だが、この封筒には手紙一枚しか入っていなかったようなので、そこまでの重さはないだろう。作者がうっかりhalf を書き漏らした?
p23 色黒の(dark-complexioned)
p26 三ペンス… マイルドが半パイント(a half of Mild…)◆Mild aleのこと。mildはstoutの半額くらいで、ギネス1パイントは1928年10ペンスというデータがあった。ギネスは普通のスタウトよりやや高めらしいので大体良さそう。
p26 フロリン銀貨(a florin)… 二シリング玉(the two-bob)◆同じものを意味している。1518円。 ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造は .500 Silver, 11.3 g, 直径28.3mm
p29 半クラウン銀貨(half a crown)◆=2.5シリング、1898円。ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造は .500 Silver, 14.1 g, 直径32mm
p30 色黒の顔(dark face)◆「暗い顔」肌の色ではなく、ここは全体の印象だろう
p30 日帰り往復割引切符(a day-return ticket)
p31 三シリング(three shillings)◆2278円。劇場のstall(平土間席)の値段
p34 ポートワインのレモン入り(a port and lemon)
p35 解説(Comment)
p36 無限責任会社(Unlimited)
p39 小柄な浅黒い娘(little dark one)◆浅黒警察の威信が初めて揺らいだ! 同じ娘について数行後に「あの手の目が黒い金髪の娘(that sort with black eyes and gold hair)」と表現されている。そうなるとここは「黒髪ちゃん」じゃなくて目や眉毛の色なのか? 私の推理(根拠なし)は、gold hairには実は「黒から脱色したブロンド」という含意があり(裏づけなし)それで最初に元の髪質の印象で「黒髪ちゃん」と言ったのだろう。それとも単純に目や眉毛の色の印象が強くて「黒っぽい娘」と言ってるだけか。ググったらHarlow Goldという語がありJean Harlow, the original Blonde Bombshell, started the trend for bleaching hair in the 1930’s. Before this, it was just prostitutes who dyed their hair blonde だという。Jean Harlowは1930年公開の映画Hell’s Angelで一躍有名になったので、年代的にはややズレてるが、まあそんな潮流は既にあったのでは? ソーンダイク博士が黒髪を脱色したブロンド女性(画家のモデルでミュージック・ホールにも出演していた。カタギではない)を非難したのは短篇「青いスパンコール」(初出1908年)。
p40 受付(Enquiries Here)◆ドアの表示
p40 手洗い(a lavatory)
p42 ケンジントン(Kensington)
p43 詐欺師のハトリー(Hatry)◆英国実業家Clarence Hatry(1888-1965)のことだろう。1929年9月に文書偽造と詐欺で捕まり、ハトリー企業体は倒産した。総額2400万ポンド規模で1929年ウォール街大暴落の一因となったと言われるほどの甚大な影響があった。
p45 ポルロジェの一九年物(Pol Roget ‘19)◆シャンパン・ブランド。1849年創立。
p46 重役紳士録(Directory of Directors)◆Kelly’s Directoryだろう。
p48 メイフェア(Mayfair)
p55 パラッツォ合唱団(Palazzo chorus)◆パラッツォ(劇場かなにかなのか。実在のものではないようだ)のコーラス・ガール、というような意味かも。なので「パラッツォ・コーラス」としておくのが良いか。
p57 レドゥンホール(Leadenhall)◆英国でもかなり古い商店街。14世紀に遡るらしい。
p66 この屋敷ではどこにも錠を下ろす習慣がない(nothing in this house ever was locked)◆きっと各室のドアや窓とかのことではなく、戸棚とか引き出しとかそういうもののことだろう。試訳「この屋敷内に鍵をかけたものなんて全くなかった」
p67 ムッシュー・パラドゥーの六番目の妻(The Sixth Wife of Monsieur Paradoux)◆青髭ものだろうか。架空作品
p67 もらった馬の口の中を覗くな(one should not look at the mouth of a horse that has been given to one)◆WebではLook a gift horse in the mouthが多かった
p69 食事… 七時半(to dine… Seven-thirty)
p71 料理番と小間使い(the cook and the house-parlourmaid)
p72 銃砲店(gun shop)
p73 狩猟に使う銃(a sporting gun)◆英国週末レジャーのハンティング用の散弾銃だろう
p74 皇帝ひげ(the little tuft of imperial)
p81 冷たい軽食(The ‘cold snack’)
p83 しゃっくり(hups trouble)にはジンのペパーミント割り(a nice gin-an’-pep)
p84 フランスでは十人十色って(each man to his taste, as the French say)
p85 マリー・ロイドがよく歌ってた『クロムウェルの壊した城』(one song of old Marie Lloyd’s. “One of the ruins that Cromwell knocked abaht a bit.”)◆曲は作詞Harry Bedford & Terry Sullivan、作曲Harry Bedfordのコミック・ソング、ミュージック・ホールの女性芸人マリー・ロイド(1870-1922)のヒット曲。娘もMarie Lloyd, Jnr.としてミュージック・ホールで活躍、この曲の録音(1930)が某Tubeで聴ける。ここのoldは「先代」のニュアンスか。
p86 鳥みたいにあっちからこっちへすぐ飛んでくわけにはまいりません(I’m not a bird, I can’t be in two places at once)◆これはアイルランド人の政治家Sir Boyle Roche(1736-1807)が議会欠席を咎められた時のオモシロ発言が元ネタ。"Mr. Speaker, it is impossible I could have been in two places at once, unless I were a bird." (同時に二箇所の出没は無理です。鳥じゃないので) ビアス『悪魔の辞典』に言及があるほど有名だったようだ。私はチェスタトン「ギデオン・ワイズ」(初出1926-04)で知りました。英WikiによるとRocheの発言にも元ネタがあって17世紀の喜劇のセリフからだという。
p86 五シリング(five shillings)◆3796円。ブランデーグラスいっぱいに入れたブランデーの値段
p91 イブニングニュース紙
p95 BL(BL.)… メイフェア地区(Mayfair)◆警察の分区の略号のようだが… 調べつかず
p98 穴は… ずっと大きい(holes… much bigger than the holes)◆ここは穴自体の大きさを比較しているのでなく、穴の散らばりが大きかった、と言う意味だろう
p110 「ソンブレロ」型(hat of the ‘sombrero’ variety)
p116 ディストリクト・メッセンジャー・サービス社(District Messenger Service)◆英国では電報はGPO(英国郵政局)の専業だったと思うが、私企業のメッセンジャー・サービスもあったのか?よく調べてません…
p118 身許証明書(reference)
p133 サンビーム(the Sunbeam)◆ 3-litre(1926-1930)か。Bentley 3 litreのライバル車で、かなりの高級スポーツカー
p135 『天路歴程』(Pilgrim’s Progress)
p137 四月四日付… 検視審問(Coroner’s inquest)
p145 ヌビア人(Nubian who looks like the King of Abyssinia but really comes from Agamemnon, Ill.)
p161 簿記棒(ruler)◆ここは「定規」で良くない?
p165 赤玉(the red ball)
p165 すっごいじゃない(Too marvellously brutal!)◆ここら辺のセリフはやりすぎかと思ったけど、p167ではっきり明言されている。女性が言いそうな台詞回しなんだろう。
p167 一シリング硬貨(a shilling)◆ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造は .500 Silver, 5.65 g, 直径23mm
p167 かひこまりまひた(certeddly)◆ここら辺の原文が気になると思ったので、例示した
p167 泡のよく立ったバス(a nice creamy bass)◆ 1777年創業の英国ビール・メーカー
p167 おネエ(Mary)
p167 クレーム・ド・マント(a crame de mong)◆ググるとCrème de mentheでは?と提案してくれる… 本人には正確な発音がわかっていない、という描写なのだろう。原文のスペルに一致する飲み物は無いようだ
p171 がってんです(Sure will)… トーキー映画かぶれ(in the habit of listening to talking pictures)◆トーキー映画は1927年10月米国公開の『ジャズ・シンガー』が最初のヒット作(英国公開1928年9月)。ここは「3月」の場面なので1929年3月以降に絞られる。
p178 イニゴウ(Inigo)◆バスク起源のカスティーリャ語形の男性名
p181 使丁組合(訳註 守衛や使者としての雇用促進を目的とした元軍人及び船長の団体) Corps of Commissionaires
p181 グレイヴゼンド--ウィンザー間を三シリング六ペンスの日曜往復割引切符で運ぶ汽船(Gravesend-to-Windsor-three-and-sixpenny-Sunday-return-ticket-steamer)◆地図で調べると「テムズ川遊覧船」のようだ
p188 メッセンジャーボーイが十六人(sixteen lads)◆この頃にはメッセンジャー業は電話に圧迫され始めていたのだろう
p191 縁なし帽子(pill-box hat)◆当時の写真を見るとメッセンジャー・ボーイはみんな帽子を斜めにかぶっている。
p191 六時過ぎ(after six)◆メッセンジャー・ボーイの勤務時間。夜は18時までだったようだ
p192 『さんご島の三少年』(The Coral Island)◆ Robert Michael Ballantyne(1825-1894)作の少年向け冒険小説(1857)
p192 ぱりぱりの五ポンド札(rustling five-pound note)◆£5 Whiteは1793-1946通用。白黒印刷で、裏には印刷無し、サイズ195x120mm
p192 上品な(elegant)
p193 百点上がりの試合(a hundred up)◆ビリヤード。詳細は調べていないが、今までも何回かhundred upゲームが小説中に登場していた記憶あり
p194 出生証明書(birth certificate)
p195 鉛筆(a pencil)
p195 一シリング(a shilling)◆チップ
p196 フロリアレ・レジアス(Floriale Regias)◆葉巻の名前のようだが調べつかず。架空だろう
p198 第一出納係(the first Cashier)
p199 こきっへふぉ ふひはひ はいん れふ。はんはかは いくられふか(I wan hoo aw er phmaw hek. Whaw e my baaance?)◆ここら辺の原文が気になると思ったので、例示した
p201 十シリング紙幣◆ 10 Shilling Series A (1st issue)はイングランド銀行券。1928-1962通用。サイズ138x78mm, 赤茶色
p201 シリング銀貨
p202 最高にいかす玉(the most utterly, bewilderingly appealing piece)
p235 小鳥(a bird)◆愛人のことですね。「小鳥ちゃん」と強めるのが好み。

No.6 6点 人並由真 2021/01/13 04:39
(ネタバレなし)
 1930年代のある年の英国。「F・X」こと当年67歳の実業家フランシス・ザヴィアー・ベネディックが創業した大手株式会社「ライノクス無限責任会社」は先の無理な投資が災いして、今では倒産寸前の危機を迎えていた。この窮地を乗り切るため、F・Xは共同経営者で友人のサミュエル・ハーヴィー・リークスとの意思統一を図ろうとする。だがまだ事態の打開もかなわぬ内に会社の周辺には、F・Xに何か因縁があるらしい怪人物ボズウェル・マーシュの姿が出没する。やがて一発の銃声が響き……。

 1930年の英国作品。
 しばらく前から評者も「そろそろ読みたい」と思っていたが、蔵書が見つからない(またかい)。それで部屋の中をさらに引っかきまわしたらようやく無事に創元文庫版が出てきたので、早速読み始める。
 しかし久々に手にとった時の印象は「あれ、こんなに薄い本だったっけ?」であった。本文だけなら250ページ弱だよ。

 それで21世紀の今なら、国内の新本格ジャンルで何回か見たこともあるような<プロローグとエピローグの逆転構成>である。まずはスナオにその趣向に乗っかるつもりで読み進めた。そうしたら次第におのずとおおむねの仕掛けが見えてくる。が、その一方で刊行された1930年という時代を考えるなら「ま、こんなものか」あるいは「しゃーないか」とも思えたりした。
(しかしこの作品の大ネタは、先行する英国の某・名作長編に確実に影響を受けているよね?)
 あと、この肝心のエピローグ(実質プロローグ)だけど、これってかえって……(中略)。

 まあ途中で<半ば賞味期限切れネタのクラシックだ>と見切った分だけ、割り切った思いで楽しめた感もある。作中のリアルを考えるなら、同じことをするにせよ、もっといろいろやりようもあったのでは? とアレコレ思ったりもしたけれど。

 ちなみに創元文庫版の巻末の解説を担当された臼田惣介氏とは、ミステリーサークル<SRの会>の某・古参会員氏(先年他界された)の商業用(?)ペンネーム。
 同じSR会員としての身内ホメの意図は皆無のつもりで言うけれど、この解説は、P・マクドナルドの諸作と解説担当者ご本人のミステリファンとしての距離感を思い入れたっぷりに綴った、実にステキな一文であった。
 ただし世代人が『ライノクス』を語るなら、当然、文中にでてきそうなミステリマガジンでの山口雅也氏の連載「プレイバック」(1977~79年)の該当回(六興版『ライノクス』を俎上に上げた回)のことをまったく話題にしていないのがちょっと意外であった。
 連載時の時点で絶版や品切だった幻の名作を回顧する山口センセのレギュラー記事「プレイバック」は当時、全国のミステリファンに大人気連載だったハズで、この『ライノクス』の回(連載第15回目か?)もかなりファンの反響が大きかったと思うんだけどね?
 コレは臼田氏がなんとなく話題にしそびれただけなのか、何らかの思惑で意図的に話のネタにしなかったのか、そこだけはジジイのこだわりでチョット気になったりする(笑)。

No.5 7点 mini 2016/10/05 10:03
論創社の今回配本は一挙に3冊、わぉースゲー、と思ったあなたは早とちり、3冊の内P・マク「生ける死者に眠りを」は先々月だったかなの刊行分が延期になってやっと出ただけである
あとの2冊、ノーマン・べロウ「消えたポランド氏」は後期作で、便乗書評しようにも他に1作しか訳されておらずそれも書評済みだから今回はパス
もう1冊、オースティン・フリーマン「アンジェリーナ・フルードの謎」はソーンダイク博士ものの初期作で、便乗書評しようと思えば今出来るのだが、フリーマンに関してはちょっとだけ後回し、何故かって?、海外古典新刊に情報通な方なら、あぁあれを待つつもりか、とバレバレでしょうな(苦笑)

英国コリンズ社クライムクラブと言えばミステリーの歴史そのものみたいな叢書だが、その第1巻を飾る作家がフィリップ・マクドナルドである
クリスティ、ナイオ・マーシュなどと共に叢書の看板作家で、殆どの著作が翻訳されている割には最早世界的には忘れられた感のあるクロフツなどに比べたら、今でも古典作家の中では名を残している方だろう
日本での人気度と世界的な人気度では、比例している作家も居ればしてない作家も居る、一致している代表格はクリスティだろう、世界的人気度でも1~2位に君臨する
一致して無い作家だと例えば日本ではまるで本格派の理想の姿的に崇め奉られているクイーンが作家としては世界的にはあまり評価されていないのに対して、マニアックな読者人気と思われているカーの方が一般には世界的評価が高く、欧米での作家の人気投票などでも、10位以内は微妙だがカーは20位以内位なら入ってくる、しかしクイーンは20位以内にも入らない
フィリップ・マクドナルドは人気度という点でちょっとカーに近い感じが有って、その作風から日本ではマニアだけの人気と思われがちだが、英国などでは人気度でそりゃ流石に上位には来ないけど古典作家の中ではまあまあの順位には入ってくる

別名義は別にすると、フィリップ・マクドナルド作品には大きく分けて探偵役としてゲスリン大佐が登場するものと、登場しないノンシリーズ作品が有るのだが、今回論創から刊行された「「生ける死者に眠りを」はノンシリーズの方である
ノンシリーズだけで言うと「「生ける死者に眠りを」の1つ前の作が「ライノクス殺人事件」である
ただしその間の3年間にゲスリン大佐ものが結構集中的に沢山書かれているので、時期によって執筆ペースに極端にムラが有るP・マクだけに作者比でも勢いのあった時期なのだろう
もっとも寡作期に対して乱発期が決して出来が良いわけじゃないのが執筆活動の旺盛さと内容が比例しないこの作者らしいところだ

「ライノクス殺人事件」に高めの点数付けたのは積極的に褒めているわけではない、どちらかと言えば消極的な高評価という感じだ
つまり分量も手頃で、ややもすると余計な事を書き過ぎる傾向が有る作者からしたら、上手く纏まっているんじゃないだろうか
エピローグとプロローグの反転も見事とまでは言わないが、私はそこそこ狙い通りには決まっていると思うよ、決してそんなに悪くない
強いて難点を言えば、私も多分真相はこれしかないだろうとはすぐ気付いたように、読み慣れた読者だとトリックに気付き易い点だろう
私は書評中で無難という言葉を悪い意味で使用する場合が多いが、この作については逆
欠点も多々有るP・マクという作家の特徴を考えたら、この作者にしては欠点が目立たたない良い意味で無難に纏まった万人向けの佳作で、作者の代表作の1つに挙げる評論家も多いというのも頷ける

No.4 6点 nukkam 2016/05/29 16:12
(ネタバレなしです) 1930年に発表された本書はシリーズ探偵の登場しないミステリーで、本格派推理小説としてはかなり実験的な作品です。序盤に「結末」を、最後に「発端」を置く構成、途中8回に渡って挿入される作者の「解説」、(創元推理文庫版の巻末解説でも触れていますが)横溝正史の某作品に先駆けたような珍しい真相など大胆なアイデアが光ります。厳密な意味での探偵役が不在で読者が犯人当てに参加する要素は少ないですが、1度は読んでおいて損はありません。ページボリュームが少なくて読みやすいです。

No.3 5点 こう 2012/02/17 00:33
 プロローグとエピローグを逆転させる趣向で長年名のみ聞く作品でしたが数年前の再販をきっかけに読むことができました。
 あまりこの趣向は効果を挙げているとは思えませんでした。ガイド本で「色々な趣向を思いつくアイデアマンだけど作品は地味」と評されたものを読んだことがありますがその評価ももっともかなと思います。展開は予想し易いものの短いですしさっと読めて楽しめた記憶があります。

No.2 6点 kanamori 2011/01/22 16:02
長らく幻の古典名作といわれ、”結末に始まり発端で終わる”構成の妙が取り上げられることの多い作品ですが、その構成自体は、逆に真相を分かり易くしていて、今では感心するほどのものではないでしょう。
むしろ、ライノクス社の社長ベネディックを始めとする登場人物が醸し出す牧歌的ユーモアや、後半のコンゲーム的展開が面白い。爽やかで後味のよいエンディングも◎です。

No.1 6点 2009/11/19 18:32
ミステリとしては異色中の異色です。なんといっても「結末」から始まって「発端」で終わっているのが面白い試みだと思います。ミステリ好きなら、ぜひ読んでもらいたい作品ですね(私はミステリファンになって30数年後の初読みですから、えらそうなことはいえませんが(笑))。

実は本書は、構成の逆転や登場人物、その他諸々の工夫で、真相にたどりつきやすくなっています。しかも神の視点なので読者が作中人物といっしょに味わえるサスペンスもなく、ミステリとしてはそれほど高く評価できないかもしれません。トリックだけは当時なら評価できるとは思いますが。
何が良かったかというと、「結末」につながる「発端」をラストできれいにまとめたことではないかと思います。それに主要な登場人物がみな明るく、会話もユーモアたっぷりで楽しく、ストーリーがテンポよいところも魅力です。もちろん読後感は爽快でした(これが最高!)。さらに、短いことも良かったですね。この人物誰だっけ、と前のページに戻るのも楽ですし。長編を2時間の洋画にしたような感じで、細かなシーン割りはちょっとつらかったですが、その点も再読、復習すれば問題なしです。

(以下、ネタバレ注意)
さすがに冒頭の「結末」だけで真相を見抜くことはできないですが、犯行までの展開と、その後の書簡のやりとりぐらいまで(全ページの半分ぐらい)で、だいたい見当がついてしまいます。私の場合、「発端」の締めくくり方までは予想できませんでしたが、だからこそ十分に楽しめたのかもしれません。それから、「結末」で提示された「金額」には、読み返したときにニヤリとさせられましたね。

(2010年6月追記)
冷静に考え、他と比較すれば6点ですね。


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ライノクス殺人事件
平均:6.00 / 書評数:7
1956年04月
平均:6.20 / 書評数:5