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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.426 5点 終わりなき負債- セシル・スコット・フォレスター 2022/10/01 13:29
1926年出版(ボドリー・ヘッド社)。アガサさんがボドリー・ヘッド社を捨てて、コリンズ社から『アクロイド殺し』で華々しく再登場した年。執筆当時、作者は25~26歳。アフリカの女王は1935年、ホーンブロワー・シリーズは1937年から。まだまだ深みの出ていない時期の作品です。
本書は、最初のほうはドキドキ感があって楽しかったのですが、だんだんと気が重くなる展開で、読み進めるのがつらかったです。
探偵小説ではありません。ミステリ風を保っているのは冒頭の数章のみ。
「ああ、やっちまった、やれやれ」という感じで主人公たちを意地悪く見守る、というたぐいの小説? 英国人は苦笑しながら読むような感じなのかなあ。小市民の趣味の悪さをからかってるようなところもある。皮肉っぽい文言もところどころに見られる。
良いところは1920年代英国の暮らしぶりが感じられるところ。中等学校とパブリックスクールの違いは、実感があって生々しかった。
筋立てや登場人物の心理はリアル感十分だが、対立構造が弱いので、全体的にぼやけた印象(特に私は父子関係を楽しみにしてたので、あの扱いは残念だった)。ラストはもっと書き込んでも良さそう。全体の私の感想は、作者がXXを思う心は痛いほどわかったよ、ということ(多分フォレスターさんは素直じゃなかったのだろう)。戦間期の英国やフォレスターに興味がある人にはおすすめしますが、普通の探偵小説好きにはどうでしょうね。心が暗くなりたい時にはピッタリです。
もしかして、この小説、続きがあるのかな? あの登場人物の行く末が気になりました(アガサさんの探偵小説によく出てくるタイプだと思います)。

さて、本書解説にある通り、この小説は1932年に映画化されています。某国提供の怪しいサイトに全篇無料公開されていたので、鑑賞しました。(英語版なので、もちろん私は30%くらいしかセリフを理解していません)
“Payment Deferred 1932 - Charles Laughton, Ray Milland, Maureen O'Sullivan”で動画を検索すると出てくるハズ。
主演チャールズ・ロートン、娘がモーリン・オサリヴァン、甥がレイ・ミランド。原作をうまく処理していて楽しめましたが、映画単体でみると、ところどころ筋にやや飛躍があるので、なんかちょっとねえ、という感じになると思います。サスペンスはさらに薄まっていました。(私が観たのは、どうやら2011年に現代の映画コードに適用させるため、5箇所カットがあるようです)
まあでも立派なキャストで映画化もされた、という事は作者の出世作だった、ということでしょうね。ただし映画ではフォレスターの名前は全く出ず「Jeffrey Dellの舞台に基づく」という原作クレジットでした(1931年にブロードウェイでチャールズ・ロートン主演の舞台化があり、それがヒットして映画になった、という経緯)。という事は映画化権は舞台化権と一緒に売っ払っちゃったんだろうか。
以下、トリビア。
まず作中現在の推定から。
p160で冒頭から20か月(twenty months)が経過しているように書かれており、これは話の流れからすると外国為替の話の頃(p64)の二週間ほど後で、p144のイースターの数か月前(程度は不明)。でも展開から考えるとこの「20か月」はちょっと長すぎる気もする。読んでいる時には外国為替の話は冒頭から長くても5、6か月後のように感じていた。
外国為替の話はマルク相場が「百万台(millions)まで下落(p64)」とあり、該当は1923年7月か8月(6月46万、7月135万、8月1345万、9月24億。millionsには「100万以上10億未満」の意味もある)、フラン相場は7月だと平均77.81で、8月の平均90フランの方が本書の記述に近い。1923年8月の20か月前は1921年12月。冒頭では「暖炉の暖かさ」が表現されているので、季節感も合致する。
英国消費者物価指数基準1921/2022(54.41倍)で£1=8782円、1s.=439円、1d.=37円。
p19 法定紙幣(Treasury notes)◆ 誤解を招く翻訳語だが、別の翻訳でも採用されているのを見たことがあり、結構普及しているのかも。私は「財務省紙幣」といきたい。金本位制だったのでイングランド銀行券は基本兌換紙幣。Treasury noteは第一次大戦時に金の海外流出を防ぐため、緊急に政府が財務省の権限で発行した1ポンド紙幣と10シリング紙幣のこと。これ以前の英国では5ポンド以下の紙幣は通用しておらず、庶民は皆コインで日常生活を送っていた。
p19 イングランド銀行券… 五ポンド紙幣(bank-notes--five pound notes)◆ 白黒印刷で表だけ印刷された紙幣。普通の紙幣のイメージとは異なっているのが当時のイングランド銀行券(White noteともいう)。詳細はBank of EnglandのWebページ“Withdrawn banknotes”
p20 オーストラリアのお金(Australian money)◆英Wiki “Australian pound”を斜め読みしたが、オーストラリアが金本位制を離脱した1929年の前は英ポンドと同値だったようだ。
p24 ネッド・ケリー(Ned Kelly)◆1855-1880、一眼見たら忘れられない鉄仮面と鎧に身を包んだ強盗、ブッシュレンジャー。アウトローぶりで、オーストラリア人のヒーローとなった。
p24『拳銃を持った強盗』(Robbery under Arms)◆ Rolf Boldrewood作のブッシュレンジャー小説(1888年ロンドンで出版)。オーストラリアの植民地時代三大小説の一つと言われている。他はMarcus Clarke作“For the Term of his Natural Life”(1876)とヒューム作『二輪馬車の秘密』(1886)
p27 反対尋問(cross-examination)◆「反対尋問」というのは、弁護側と検察側があって、反対の立場で尋問する、という意味。なのでここは「(さらに)厳しい追及、詳しい[細かい]詰問」
p51 もちろん一ポンド紙幣は安全… 五ポンド紙幣だって同じくらい安全なはず(Of course the one-pound notes were as safe as anything, but the fivers ought to be just as safe too)◆五ポンド以上の紙幣は、番号を記録される恐れがある。
p57 家賃法(The Rent Act)
p58『犯罪と犯罪者---巡回裁判における歴史的に重要な日々』(Crimes and Criminals: Historic Days at the Assizes)◆架空の本のようだ
p58 図書館員の意見◆面白い見解
p61 自由土地保有権(freehold)◆検死官はfreeholderによって選ばれる、という規定の意味が、今回調べていて朧げに理解できた。フリーホールダーとは英国王から土地所有を許されたもの、というのが古い意味なのだろう。土地は本来、国家のものなのだ。(一般人は、貴族からleasehold(不動産賃借権)を得て、商売などを行う、という社会)
p64 マルクは、2年前にオーストリア・クローネがそうだったように、百万台まで下落(The mark had fallen away to millions, as the Austrian crown had done two years before)◆ ここら辺の記述は、1923年のポンド=マルク相場。6月£1=46万マルク、7月135万、8月1345万、9月24億、10月67億、11月1兆に到達。凄まじいインフレだったんですね。
p64 フランでさえ続落… いまや100フランを超え、いぜんとしてゆっくりと下がりつづけている(Even the franc was dropping steadily…. now it was over a hundred, and it was being hammered slowly lower and lower)◆フラン相場が£1=100フランを月平均で超えたのは1925年6月(日毎の為替相場データは見つけられなかった)。それ以降は月平均で100を下回ることはなく、フラン安がどんどん進行している。第一次大戦後、ずっとフラン安が続いており、フレンチ警部が気軽にフランス出張に行くのもポンドが強かったためなのだろう。(1927年以降は123フランで落ち着いた)
p81山高帽(a bowler hat)… 縁なし帽子(caps)◆ 帽子で階級差を示している。
p82『法医学ハンドブック』(Handbook to Medical Jurisprudence)
p89 フランス政府が夜のうちにこっそりと他人に信用を供与して(how the French Government had quietly appropriated other people's credits the night before)◆ なんか変。誤解がありそうだが、私には正解がよくわからない。
p97 逆算すると利率は4.8%くらいか。
p98 十七年前
p99 中等学校(secondary school)
p117 法律によって最大35ポンドの家賃しか認められていないこの家(was not allowed by law to be rented at a greater sum than thirty-five pounds)◆ Rents and Mortgage Interest Restriction Act 1915によるもの。英Wiki “History of rent control in England and Wales”参照。
p139 ジャンパードレス(jumpers)◆英国のjumperは日本のセーターのことらしい。
p151 ポンド札のような声(pound-notey)◆ 気取った、という意味のようだ。辞書にはpoundnoteishの形で出ていた。
p156 髪をボブにしている(being bobbed)
p161 調律師(piano tuner)◆ これホント?
p219 百フラン紙幣(hundred franc notes)◆ 当時のはBillet de 100 francs Luc Olivier Merson(1908-1939)、サイズ182x112mm
p235 AM(A. M.)◆ 翻訳ではわかりにくいのですが「À Monsieur」ですね。「To Mr. (〜様へ)」という宛名書き。

No.425 7点 裏切りの塔- G・K・チェスタトン 2022/09/24 02:31
チェスタトンの自分史では大事件(後述)が1913年6月に終了しており、その後の作品集です。シリーズものの『ブラウン神父の知恵』(1914、雑誌連載1912-1914)と『知りすぎた男』(1922、雑誌連載1920-1922)に挟まれた、シリーズ探偵が登場しない単発作品で、本国短篇集“The Man Who Knew Too Much”(1922)に(5)を除いて収録されていましたが、現在では同題の短篇集にはホーン・フィッシャーものの短篇8作しか収録されていません。そのため(2)(3)(4)の原文は未入手です。
各短篇は(5)「魔術」を除いてレビュー済み(『奇商クラブ』及び『知りすぎた男』)ですが、南條さんの翻訳で読んで、あらためて評価しました。
初出はFictionMags Index調べで、初出順に並び替えました。カッコつき数字は、本短篇集の収録順です。
(5)「魔術──幻想的喜劇」Magic. A Fantastic Comedy(初演1913-11-7, the Little Theatre, John Street, London): 評価7点
途中から盛り上がる恐ろしい雰囲気が素晴らしい。チェスタトンの人を驚かす発想は、常識的な人物の生身の姿を借りればより効果的だと思う。そこら辺のツボを心得た演出家がいればブラウン神父ものはテレビドラマにハマるような気がするのだが。劇中にやや激しい感情の表出が見られるが、マルコーニ・スキャンダル(下で解説)によるものか。
バーナード・ショーは、この劇の百回目公演を記念して“The Music Cure”(1914-1-28)を同劇場で上演したが、作者の劇の中で最低ランクの出来、と言われているらしい。(現物に当たっていません…)
なお、リトル劇場は席数387、文字通りの小劇場。詳細はArthur Lloyd Little Theatre John Streetで。
p270 土地運動(Land Campaign)♠️両方とも大文字なので固有名詞と思われる。Land Purchase Act 1903(Ireland) かNatives Land Act 1913(South Africa)に関係あり?
p276 半クラウン銀貨(half-crowns)
p288 ヨブ記(Book of Job)♠️チェスタトンは聖書で一番素晴らしいと讃えている。
p303 マルコーニを食べたことはない(Never had any Marconis)♠️「訳注 登場人物はマカロニか何かと間違えているらしい」なぜ南條さんがこう書いているのか、がわからない。(とぼけてるだけ?)この頃、チェスタトンが一番ショックを受けたマルコーニ・スキャンダル(政権の汚職疑惑、弟のセシル・チェスタトンが暴き立てたのだが、政府によって非公式に片づけられた)。GKCは弟が完敗した(1913年6月、マルコーニ社への名誉毀損で百ポンドの罰金が課せられた)ことによって、世間に対する無邪気さを失ったのだろう。なんのかんの言っても、今までは最後には正しいものが勝つ、という子供のような信頼を持っていたはずだが、完全に裏切られた、という感じ。GKC自伝(1936)でも、英国史にはマルコーニ前とマルコーニ後という時代区分がある、とまで主張している。
(2022-9-24記載)
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(1)「高慢の樹」The Trees of Pride (英初出The Story-Teller 1918-11; 米初出Ainslee’s 1918-11 as “The Peacock Trees”): 評価8点
実に素晴らしい構成だと、あらためて感心した。ミステリ的には探偵役のポジションの置き方が良い(かなり画期的だと思う)。ところでGKCには詩人がよく登場するが、詩を詠む場面がほぼ無い。
乱歩『続・幻影城』では、なぜか地主と領民の立場を全く逆に捉えて解説している(「孔雀の樹」として紹介)。
(2022-9-24記載)
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(3)「剣の五」The Five of Swords (初出Hearst’s Magazine 1919-2): 評価6点
フランスが舞台。当時、フランスでは決闘は公式に許容されていた。上述のマルコーニ・スキャンダルを考えると、本作品にもその影が見られるようにも思われるが(考えすぎか)。
(2022-9-24記載)
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(2)「煙の庭」The Garden of Smoke (初出The Story-Teller 1919-10): 評価5点
色つきの悪夢の中を彷徨い歩いているような幻想的な作品。作者にしては珍しく女性が主人公。女流詩人が出てくるのも珍しい。
p126 オランダ人形♠️ 英Wiki “Peg wooden doll”参照。
(2022-9-25記載)
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(4)「裏切りの塔」The Tower of Treason (初出Popular Magazine 1920-2-7): 評価6点
マルコーニ・スキャンダルのせいなのかどうかはわからないが、性格がさらにひねくれまくった感じ。陰謀論めいた記述もあるが、そういう話ではない。ストレートな解釈には絶対しない、という強い意志のもとで、無理がねじれて不思議な解答に辿りつく。
(2022-9-25記載)

No.424 6点 死のチェックメイト- E・C・R・ロラック 2022/09/19 15:15
1944年出版。翻訳は良好です。下に若干の解釈違いを書いているが、読みやすく立派な出来だと思います。長崎出版のセレクションは良いなあ。どこかで復刊しないんだろうか。
本作は、うーん… 時代を反映したとっても良い話なんだけど、結末で損している感じ。なんかロラックさんには共通した感想になる。ラスト・シーンまでは、登場人物がよく描けてるし、捜査の感じも非常に良いんですよ。発端が単純すぎる事件で、そのまま終わるわけないよね、と思ったら… あらがっかり。あっち側のケアを全くしてないなあ。たかをくくっていた、ということなのか。
以下トリビア。
作中現在はやや問題あり。ロンドン空襲は1940年9月からで、継続的な空襲は1941年5月に終わっているので、それ以降の感じ。まだV1ロケットの脅威は語られていないので1944年6月以前。
私が参照した原文(The British Library 2020)には、事件はMonday, January 20th(該当は1941年)に起きた、と明記している。この他にも所々に翻訳には無い文章が若干あった。スペイン語版(1947年出版)を参照すると事件の日付がちゃんとあった。なので翻訳はリプリントを底本としたのだろう(ざっと読んで、翻訳に欠けている文章は無くても問題ない内容のように感じた。作者自身が後日刈り込んだのかも)。
この翻訳の内容に限定して調べると、p64で「事件発生=冒頭の場面」は木曜日、p74、p110、p143、p153から「1942年1月」だろうとほぼ絞り込める。作者の当初案を尊重して、作品冒頭は1942年1月20日なのだろう(現実には「火曜日」なのだが)。
英国消費者物価指数基準1942/2022(52.37倍)で£1=8552円、1シリング(s.)=428円、1ペンス(d.)=36円。
銃は「重装した旧式コルト(p62, an old-fashioned Colt with a heavy charge)」で、「1930年購入(p126)」が登場。with a heavy chargeは普通なら炸薬が強め、という意味だが、ここは「弾がいっぱい残っていたよ」という意味か。作者はrevolverとpistolを区別していて、登場している拳銃はpistol呼びで一貫しているのでpistol=automaticのつもりなのだろう。詳しい人ならpistolはhand gun(拳銃)の総称で、revolverとautomaticを対比させるのだが(アガサさんなら、ちゃんとrevolverとautomaticの区別をつけている)。ロラックさんは拳銃の用語がややあやふやな印象。1930年に販売していたコルト・オートマチックはいろいろあるがheavy chargeの印象で45口径のM1911(いわゆるガバ)なのかなあ(.38 Super弾仕様のもあるらしい)。
p5 弟◆「姉」は三十過ぎ、戦時下なので健康な若い男性は戦争に行っているのでは? 軍隊に行っていない理由が特に記されていない(当時の英国では18歳から41歳までの男性は徴兵制となっていたが良心による拒否の申し立ては可能だった)ので年齢がやや高い「兄」の方がありそうと思った。(全文検索したがbrotherやsisterには年齢の上下を示す形容無し) それともぐうたらな芸術家は兵役拒否が当然、というイメージなのか。対外関係のリードを常に「弟」がとっているところにも、年長者を感じさせる。ただし全部を読んだ印象だと、このきょうだいの関係性は「姉弟」っぽい、とも受けとれるので、判断は難しい。欧米人は上下をはっきりさせなくても気にならないのだろう。
p5 バスつきキッチン(k & b)
p7 灯火管制(Black-out regulations)
p8 見場のいいニシン(lovely ’errings)
p10 五ポンドの罰金(being fined five pounds)… 空襲監視員(air-raid wardens)◆灯火管制違反の罰金。結構高いのね。
p11 電話したけりゃ郵便局へ行けよ(If you want to ’phone go to the post office)◆この建物には電話は無い。
p13 特別警察官の制服(uniform of a special constable)◆第二次大戦勃発による警察官不足を補うために用いられた。前大戦の退役者で従軍には歳を取り過ぎていた者を中心に全英で13万人が従事、大抵はパートタイマーで無給。1943年には警察官の大部分のルーティン・ワークをも担うようになっていた。WebサイトGloucestershire Police Archiveの記事The Special Constabulary in Gloucestershire During World War Twoより。Wiki “Special Constabulary”によると通常の警察官とは違う制服が支給されたようだ。
p14 カナダ人(Canadian)◆なぜわかったのか。訛りや用語からか。訛りの詳細はWiki “Canadian English”で。
p40 舞台裏の効果音(noises off)
p54 鍵(latch-key)◆この語を正確に訳すのが実は重要だと最近気づいた。ラッチキーは、室内からbolt(かんぬき)で扉を閉めても、外側から鍵で開閉できる仕組み。現代のようにドアの内部にボルトが埋め込まれておらず、ボルトが外付けの構造というイメージ。つまり「ボルトが内側からかかっていた」と書いてあってもラッチキーなら外から開閉出来るので密室を構成しない。bolt, latch key, catch(窓の場合、ナイフなどを外から滑らせると開けられる)を一発で正確に理解させられる翻訳語が欲しいなあ。(ひどいのになると、全部「掛け金」だ) 試訳: ラッチキー(の鍵)
p58 居住者案内板には(in the directory)◆「住所録では」の誤りだと思う。お馴染みKelly’s directory
p58 防空壕(shelter)
p62 使われた銃弾と比べて弾丸を検査する(the bullet’s been examined under the comparison microscope)◆「顕微鏡による比較」が言及されているので、翻訳でも示して欲しいところ。
p64 木曜◆事件当日の曜日
p69 玄関ドアの閂をかける(bolt the front door)◆このboltはラッチキーで開閉するやつだろう。原文ではlatch-keyと書いてあるので読者にはわかる。この翻訳だと最初の方では単に「鍵」なので「閂」との関係がいまいちわからないのでは?(p70以降は「閂の鍵」(the latch-key)としている)
p73 女のほうが見場がいいこともある(a sight better, some of ’em)◆「女は男と同じく注意深い」のあとに続く言葉。変なこと言ってるなあ、と思ったら、原文では外見のことではなく、能力が「中には男よりずっと優れてるのがいるよ」という事だった。
p73 おばちゃん(ma)
p73 二シリング六ペンスの給金を受け取って(with two and sixpence owing to me)◆掃除婦の料金。週給か。
p74 一度目は去年の十月… 二度目はクリスマス直前◆作中現在はクリスマス以降。
p78 おそろしく寒かった(it was hellishly cold)◆事件当夜の気温
p79 買って半年以内では修理に出せません(you can’t get one repaired under six months)◆「修理に出しても半年以上はかかります」戦時中らしいエピソード。
p79 ハーフハンター(half-hunter)
p88 五十ポンド札(£50 notes)◆White note(1725-1943)、サイズ211x133mm
p88 小さな現代的フラット(Good small modern flats)
p94 コーナー・ハウス(Corner Houses)◆ PiccadillyのLyons Corner Houseのことだろう。1909年開業。1926年改装してリニューアル・オープン。
p100 拳銃のたぐい(a revolver or pistol)
p102 ティペラリを歌う声(a voice singing ‘Tipperary‘)
p105 バレルキー(a barrel key)◆「訳注 筒の中に空洞がある鍵」ラッチキーは回す力をボルトを動かす力に変換するために、中心軸をしっかりと固定する必要がある。そのため鍵は筒状で、筒が中心軸を覆うことで揺るぎない回転を可能にしている。
p109 陪審側が(on the part of a Coroner’s jury)◆ここは「検死審問の陪審の立場で」と正確に訳して欲しい。検死審問であっても誰かが犯人であるか確実、と判断すれば、犯人を名指ししての評決が出来るのだが、検死審問での証拠は弱くても採用されてしまうことがあり、この評決が出ると、犯人とされた者の刑事裁判手続きが始まってしまうので、警察側としては非常に迷惑。従って検死審問の段階では「更なる証拠が出揃うまで延期」か、お馴染みの「未知の単独犯または複数犯による故殺」という評決が一番良い。
p109 面子を潰さない(not embarrassing them)◆面子の問題ではなく、余計なことをするな、という事。
p110 四一年の八月に引越し… 3ヶ月前まで空き家(they packed up in August ’41, and the studio was vacant until three months ago)◆という事は、作中現在は少なくとも1942年1月以降(p74からクリスマス後)。
p126 弾丸を調べたが、線条痕から… と判明した(The bullet’s been examined and the breech markings prove that it was… )◆ breech markingsは普通、薬莢が発射時に銃尾に押し付けられ、拳銃固有の銃尾の傷などが空薬莢の底に転写されたものを意味する。作者は「比較顕微鏡で検査(p62)」と書いているので、ここは「線条痕」(rifling marks)と勘違いしている可能性は大。
p141 重厚な額縁に入った絵画◆訳注があるので原文だけ示しておく。
・ブリュッヒャーと対面するウェリントン(Wellington meeting Blucher)
・チェリー・ライプ(Cherry Ripe)
・バブル(Bubbles)
・栗毛のメアに蹄鉄を打つ(Shoeing the Bay Mare)
・ヴィクトリア女王戴冠式(the Coronation of Queen Victoria)
p143 去年の夏(last summer)◆話の流れから「1941年の夏」のこと。とすると現在1942年。
p143 銃声(gunfire)◆対空砲火だろうから「砲声」の方が適切かなあ。
p147 銃声(guns)◆上記と同じ。
p147 競馬場… ニューマーケット、アスコット、エプソム、ドンカスター、ガトウィック、ルイス、ニューベリ(Newmarket, Ascot, Epsom, Doncaster, Gatwick, Lewes, Newbury)
p148 二十五ペンス借りがあるだろって(tell ’im ’e owes me five bob)… あいつは賭けた(I bet him… and so ’e did)… わしは… 7シリング6ペンスもうけました(I won seven and six)… 25ペンス返してもらったら万々歳です(I reckon I shall ’ave done a treat)◆ 翻訳は全く言っている意味がわからない。原文はコックニーのセリフだがhを補えば良いだけなので意味を取るのは難しくない。まずbobはシリングのこと。I bet himのあたりは相手がノミ行為に同意した、ということ。seven and sixは7ペンスの6倍(42ペンス=3.5シリング)という意味?(翻訳通り7シリング6ペンスのほうがあり得るだろう) その後トンズラしたから迷惑料込みで全部で5シリングと言っているのかなあ。「試訳: 5シリングの貸し… 賭けたら彼は受けた… 勝ったので7ペンスが6倍になった(または、7シリング6ペンスの勝ちだった)… まあ5シリングいただければ、良しとしましょう」
p149 きょう日、ビールはべらぼうな値段(Beer’s a perishing price these days)◆1パイントあたりの値段を1939年9月と1942年4月で比較すると、Aleが4d.→9d., Ordinary Bitterが7d.→12d., Stoutが8d.→15d. (Webサイト “SHUT UP ABOUT BARCLAY PERKINS”の記事 “Draught beer prices 1939 - 1948”より)
p153 二月の展覧会に出すつもり(get it in for the February show)◆作中現在は2月より前
p157 一ポンド紙幣(pound notes)… 十シリング紙幣(ten shilling note)◆いずれもTreasury noteで金との互換性は無い。
p158 ラプサンスーチョン(Lap San Suchong)
p176 暖房、給湯設備つきで十二×二十フィート四方のフラットを年120ポンドで貸している(twelve foot by twenty for each tenant at a rental of £120 a year, heating and C.H.W. provided)
p176 手袋… おそらく2、3ギニー(gloves… probably costing a couple of guineas the pair)◆高級品
p180 マイケル・イネス… ドロシー・セイヤーズ(Michael Innes… Dorothy Sayers)◆デテクション・クラブの内輪ネタかな?と思ったが、当時イネスはメンバーではなかった(1949年加入)。セイヤーズは1930年からの創設メンバー、ロラックさんは1933年加入。なのでここは純粋に作風からの言及。
p201 五ポンド紙幣(five-pound notes)◆White note(1793-1945)、当時のサイズは195x120mm。なお1945年から新しい£5 White noteが発行されており、サイズはやや大きい211x133mmとなった(1957年発行終了)。
p207 ソーセージとフライドポテトとアップルプディング(Sausage and chips and apple pudding)◆パブの軽食。10シリング以内。
p222 ソブリン金貨の国内流通が廃止されてから30年たつ(it was nearly thirty years now since sovereigns had been in common circulation)◆第一次大戦時に金の国外流出を恐れて金貨の流通はほぼ無くなった。

No.423 5点 延期された殺人- E・S・ガードナー 2022/09/10 13:02
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン追加その2。1973年出版。 HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
ガードナー死後発表のメイスンもの2冊目、本作はなぜかお蔵入りになってた作品。The Perry Mason Book: A Comprehensive Guide to America’s Favorite Defender of Justice によると書かれたのは1939年。姉が行方不明となった依頼人。自宅でミステリを読みくつろぐメイスンは、今回は危ない橋を大胆に渡り、ホルコムと鋭く対立。銃を放り投げたり、冷たい水に浸かったり、屋敷に忍び込むなど、メイスンの冒険が見ものです。法廷シーンは予審、判事スキャンロンはかなり型破りな運営でメイスンの真相究明を助けます。全体的に筋が弱い感じですが、ホルコムが元気に活躍しているので満足です。
銃は38口径コルト、ポリス・ポジティブとコルト38スペシャル「44フレーム」が登場。44フレームという表現はコルトでは聞いたことがないのですが、S&Wにはあります。そのS&Wの.38/44(44口径のフレームを使用しており38口径の強装弾を発射出来る銃、S&Wの分類ではNフレーム)に相当する銃はコルト オフィシャル ポリスではないかと思います。
(2017/05/27)

No.422 5点 囲いのなかの女- E・S・ガードナー 2022/09/10 13:01
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン追加その1。1972年出版。 HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
手直し前のほぼ完成作、ガードナー死後発表のメイスンもの1冊目。 The Perry Mason Book: A Comprehensive Guide to America’s Favorite Defender of Justice によると書かれたのは1960年。有刺鉄線で分断された新築の家、向こうにはビキニ姿の美人。カジノで遊ぶメイスン。ミランダ警告っぽいことを言うトラッグ。メイスンの無茶ぶりで食欲を無くすポール。法廷シーンは陪審裁判、バーガーは登場しません。発端はとても素晴らしいと思いますが、解決が弱い感じです。
(2017/05/27)

No.421 5点 草は緑ではない- A・A・フェア 2022/09/10 12:49
クール&ラム第29話。1970年3月出版。HPBで読了。
シリーズ最終話ですが、特にそれを思わせる記述はありません。ガードナーの作家感がちょっと垣間見られるかも。一見単純な依頼がどんどん複雑な事件になるのはいつもの通り。メキシコ料理が美味しそう。最後はラム君が弁護士を上回る活躍を見せて幕。銃はS&W38口径1-7/8インチ銃身のリヴォルヴァー、ブルー着色、シリアル133347が登場。

No.420 5点 罠は餌をほしがる- A・A・フェア 2022/09/10 12:47
クール&ラム第28話。1967年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
Happy Birthday, Donald! ラム君の誕生日は4月15日以降の数ヶ月以内?バーサの秘書兼速記者及びタイピストはホーテンスという名で、受付係は名前不明ですが、背が高くロマンチック・タイプ、29代後半、音楽的な笑い方。バーサが家でくつろぐ時はクラシック音楽(ベートーベン第6交響曲、シュトラウスのワルツ)を聴く趣味あり。この訳ではセラーズ部長刑事がラム君につけたあだ名Pint sizeは「寸足らず君」(最初からこのあだ名を使っていなかったようなのですが、いつから使い始めたのでしょう… ざっと検索した感じでは「笑ってくたばる奴」あたりかな?) テレスポッターという電子探偵道具がちょっと活躍。物語自体は特に後半がごたついた感じで解決もちょっと複雑、頭にすっきり入りませんでした。銃は38口径廻転式コルト拳銃が登場。
(2017年7月19日)

No.419 5点 未亡人は喪服を着る- A・A・フェア 2022/09/10 12:46
クール&ラム第27話。1966年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
ユスリ屋との対決が終わり、バーサやセラーズ部長刑事とともに打ち上げ。ラム君の乾杯の音頭は「犯罪のために乾杯」罠にかかったラム君はバーサや警察の手から逃れつつ調査を進め、追い詰められながらも最後に事件を解決します。銃はクール&ラム事務所の備品、38口径スナブノーズ、ブルー仕上げの拳銃が登場。
(2017年7月17日)

No.418 5点 火中の栗- A・A・フェア 2022/09/10 12:46
クール&ラム第26話。1965年4月出版。HPBで読了。
犯罪すれすれと思われる微妙な依頼を単独で引き受けるラム君。いつものように筋は二転三転し、ラム君は窮地に…

No.417 5点 すばらしいペテン- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:08
ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第80話。1969年11月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
発表当時ガードナー80歳。作者が最後まで監修したメイスンシリーズとしては最終話です。その後、手直しが必要とか編集部がはじいたとかで発表されていなかった、ほぼ完成版のメイスンもの2作が死後出版されましたが…
冒頭はいつものデラとメイスンの会話、女性の年齢当てを試みます。この6日間ひまで豪勢な食事をするドレイク。メイスンは女探偵の胸の谷間を鑑賞し、ドアを開けた女を怒鳴りつけ、デラと握手について論じあい、ドジャースの優勝予想をします。ミランダ警告が3回登場。ドレイクがメイスンに請求する料金は「いつも通りの割引値段」(the usual trade discount) 今作では法廷シーンが2回登場、最初は陪審裁判で偶然による結審、2回目は予審でメイスンによる被告側の証人尋問で解決します。なお、メイスンが黒人の弁護をするのはシリーズ初。
ところで裁判所近くの馴染みのレストランはフレンチからイタリアンに変更したもよう。お話は軽めですが、いつものように読者を飽きさせない筋立ては流石です。でも敵役のバーガーもトラッグも(ホルコムも)登場しないのが寂しい…
銃は銃身を切り詰めたレヴォルヴァ(snubnosed revolver, 詳細不明)とスターム ルガーSturm Ruger(翻訳では「ストゥアム・ルーガー」)のシングル・アクション22口径レヴォルヴァ、シングル シックス、銃身9-3/8インチが登場。
「22口径… 特別強力なピストルから、銃弾を発射」(with a twenty-two-caliber revolver, shooting a particularly powerful brand of twenty-two cartridge)「22口径と呼ばれる種類の強力なライフル銃弾」(the bullet was of a type known as a .22-caliber, long rifle bullet)と翻訳されていますが「特別強力なピストル」とか「強力なライフル銃弾」とかは、いずれも22ロングライフル弾(ピストル用の弾丸)のことですね。
拳銃についても「銃身にルーガー=22の文字と、6=139573の番号」(On the gun was stamped Ruger twenty-two, with the words single six, the number, one-three-nine-five-seven-three )と訳されているのですが、翻訳者はSingle Six(銃の商品名)を誤解。(固有名詞なのに大文字で始めないガードナーが悪い?それとも校閲者が勝手に小文字に直した?) [試訳: 銃の刻印は、ルガー22及びシングル・シックスという文字、番号139573…] このシリアルだと1959年製です。
(2017年5月27日)

No.416 5点 うかつなキューピッド- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:07
ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第79話。1968年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
尾行者を脅す婦人。メイスン登場は第2章からですが、第1章は不要な感じ。ドレイク事務所の料金は1日50ドル(プラス必要経費) 今まで数回名前だけ出てきた女性飛行士ピンキーの詳しい描写が初登場。(The Perry Mason Book: A Comprehensive Guide to America’s Favorite Defender of Justice (English Edition)によるとピンキーはガードナーの友人で、書かれている内容は実際のネタ) 会議で演説をぶつメイスン。法廷シーンは陪審なしの裁判(多分シリーズ初)、バーガーが最後に乗り出しメイスンを非難するパターン。今回のメイスン戦術は反則気味ですが鮮やかです。全体的に中篇のネタですね。次回バーガーは出演しないので力なく腰掛ける姿が公式メイスンシリーズ最後の登場シーンです…
(2017年5月26日)

No.415 5点 美人コンテストの女王- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:06
ペリーファン評価★★☆☆☆ ペリー メイスン第78話。1967年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
過去から逃れようとする女。策略を企み、思わず第一発見者になるのはいつものパターン。プライヴァシーの権利を守るメイスン。トラッグは愛想よく、ズカズカ私室に入り込み、正式なミランダ警告をかまします。法廷シーンは予審、死刑送りにするのが趣味の検事と対決、バーガーは登場なし。最後は急転直下に解決、トラッグと握手して幕。ふらふらした感じの話です。銃は38口径コルトと32口径 スミス・アンド・ウェッソンが登場。いずれもリボルバーですが詳細不明。
(2017年5月24日)

No.414 5点 悩むウェイトレス- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:05
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第77話。1966年8月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
テーブルの売買、冷たい叔母、帽子箱。昼食中のデラとメイスンに近づくウェイトレス。私立探偵の料金は1日55ドル(プラス必要経費)に値上がり。家族写真なんてもう流行らないのが最近の米国の風潮。事務室にズカズカ入ってくるトラッグ、ミランダ警告(最高裁判決が1966年6月)の登場はシリーズ初ですが、作者はつい最近のネタなのにすぐ作品に反映しています。今作のメイスンはゴルフを楽しんだり、ドレイクと深夜の冒険をしたりで結構活動的。法廷シーンは予備審問、バーガーが最初から登場しますが、潔く負けを認め、最後はメイスンと握手して幕。冒頭の謎の提示がごたついており、事件の真相にもかなりの無理があると思います。
(2017年5月22日)

No.413 5点 美しい乞食- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:05
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第76話。1965年6月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
手紙、小切手、冷たい親戚。物語の前半で財産管財人の審理があります。メイスンは相手方のミスに乗じ感謝されます。ドレイクの食事を気づかうメイスン。デラがペリーと呼ぶのはシリーズ初? メイスンはドレイクと協力して依頼人を荒っぽく扱います。75歳は男ざかり、かなり頭はボケてくるが、とのセリフは作者の願望含みですね。予審ではバーガーが最後に乗り出し、メイスンが罠を仕掛け、誠実なトラッグが真犯人を逮捕して幕。
あとがきは「S」(常盤 新平)によるガードナー追悼。本書は古畑種基博士に捧げられ、裏表紙にガードナー夫妻と古畑博士の写真、古畑博士によるガードナー追悼文も掲載されています。
(2017年5月21日)

No.412 4点 使いこまれた財産- E・S・ガードナー 2022/09/10 10:04
ペリーファン評価★★☆☆☆
ペリー メイスン第75話。1965年2月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
ビート族と財産家の娘と管財人。デラにあらためて感謝するメイスン。メイスンはメキシコで慇懃な扱いを受け、トラッグから100%の協力を依頼され、ドレイクとともに質問に応じます。法廷シーンは陪審裁判、珍しくバーガーの反対尋問が冴え渡ります。ドレイクの収入の75%はメイスンからという暴露。最後はメイスンの閃きとトラッグの協力で幕。全体的にピリッとしない話です。
銃は38口径スミス・アンド・ウエッスン、銃身の短いレヴォルヴァ、シリアルK524967が登場。このシリアルはKフレームAdjustable sight1963年製を意味します。該当銃はM15(Combat Masterpiece)かM19(Combat Magnum)、光った描写が無いのでステンレス製のM67やM68ではないでしょう。ところでバーガーは尋問中に拳銃製造メーカーの名を挙げますが「コルト、スミス・アンド・ウエッスン、ハーリングトン、リチャードソンあるいは…」(原文: Was it a Colt, a Smith and Wesson, a Harrington and Richardson, a-) 続きが気になります。
(2017年5月20日)

No.411 6点 天皇の密偵- ジョン・P・マーカンド 2022/09/06 19:38
1938年出版。初出Saturday Evening Post 1938-7-2〜8-13(7回連載)。新庄さんの翻訳は立派な日本語ですが、会話がやや硬めかも。訳者あとがきに本書と作者についての解説があり、簡潔ですがよくまとまっています。
原題Mr. Moto Is So Sorry、モト氏は日本人のイメージどおり何度もSo sorryと繰り返します。
アジア人が多数登場するのですが、主人公の眼は子供のようにまっさらで、人種的偏見に全く毒されていません。ポスト誌らしく上品に話が進みます。英Wikiからマーカンドの略歴を知ったのですが、ちょっとシニカルな感じは生い立ちから来ているのか、と納得。当時のアジア情勢の描写でも作者の観察眼は的確で、結構リアルっぽい。話の筋はルーズな感じがしますが、いろいろと起伏に富んでいて、ふわふわした感じながらも楽しい物語でした。キャラ付けも良く、この作者の普通小説も読んでみたいと思いました。
以下トリビア。私が参照した原文はOpen Road(2015)。そこには見出しタイトルは無く、第◯章とあるだけ。この翻訳は週刊サンケイに連載されたというから、その時に編集部がつけたものか(先に結果を知らせてしまう残念なヤツがあった)。
作中現在はp107、p110、p133、p309から1937年or1938年の6月。
米国消費者物価指数基準1937/2022(20.57倍)で$1=2914円。
銃は、消音装置付き(with a silencing device)拳銃(全く根拠は無いが32口径FN1910を推す)と「38口径のアメリカ製自動拳銃(a thirty-eight caliber automatic… of American make)」(こちらも根拠は無いがColt M1908 Pocket Hammerlessを推す)などが登場。
p5 釜山(プサン)行きの連絡船
p6 薄茶色の髪(sandy hair)◆ そして「ソバカスだらけ(freckled)p6」というから「にんじん」タイプの外見なんだろうか。
p7 北平(ペイピン)◆ 当時の北京の正式名称。
p9 名刺… 長方形のカードで「I・A・モト」と印刷(a visiting card, a simple bit of oblong card on which was printed “I. A. MOTO.”)◆ ミドルネーム付き!それならクリスチャンの洗礼名かも、と妄想した。ネットで調べると、モトなら「元、本、素、茂登、毛登」などが実在する苗字のようだ。
p10 グル・ノール(Ghuru Nor)◆ 架空のモンゴル地名
p11 北京原人◆1929年12月発見
p14 一九一◯年生まれ
p15 二等で下関に
p22 ニューヨークなまり(have the New York voice)
p31 あの大砲はドイツ製の七七ミリに見えます(Those guns look like German seventy-sevens)◆ ドイツ軍の野戦砲7.7 cm FK 16のことか。ここでは日本軍のを指しているので三八式野砲(75ミリ)だろうか。日本軍は77ミリを採用していない。
p45 リキシャー(人力車)(rickshaws)
p45 ドロシキー(無蓋四輪馬車)(droshkies)
p61 エール大学での成績が非常に悪かった(did very badly at Yale University)
p80 ボルトはついてない(there wasn’t any bolt)
p85 ドアの外に靴を置く(to put your shoes outside your door)◆ 英国の流儀のようだ
p104 日本の貨幣… 真ん中に穴があいている◆ 当時なら五銭硬貨か十銭硬貨だろう。五銭ニッケル貨(1933-1938)はニッケル100%、 2.8g、直径19mm、孔径5mm、十銭ニッケル貨(1933-1937) はニッケル100%、4g、直径 22mm、孔径6mm
p104 アメリカの50セント銀貨◆ Walking Liberty half dollar(1916-1947)、90%silver、12.5g、直径30.63mm
p105 銃剣付きのライフル◆ 三八式歩兵銃(1905制定)だろう。
p107 六月
p110 一九三一年九月… 何年も経っていた(had happened a good many years back)
p116 自動拳銃(automatic pistol)… トレンチ・コートのポケットに(slipped it into his coat pocket)◆ ここのcoatは背広の上着のこと。本書には「トレンチ・コート」の場面も確かにあるのだが、原文ではその場合、ほぼ必ずtrench coatと表現している。
p117 関釜連絡船
p121 万里の長城… 山海関
p129 中国浪人(the Old China Hand)◆ old handで「老練な者」
p133 最初は満州… ◆ ここの記述から日本は既に熱河(ジョホール)でことを起こしているようなので1933年5月以降。
p142 トレンチ・コートをぬぎ(took off his coat)… まるめてから寝台の上にのせ、枕がわりとした(rolled it up carefully, lay down on his berth and put the coat beneath his head)◆ ここも「上着」を枕にした、という場面だろう。
p145 歌の文句◆ 心配事は古い袋にしまいこんでおけ(Pack up your troubles in your old kit bag)は第一次大戦の有名曲。George Henry Powell作詞、Felix Powell作曲の1915年の作品。“and Smile, Smile, Smile”と続く。某Tubeに音源あり。詳細は英Wikiで。
以下もこの曲のリフレイン。
「艱難辛苦を肩代わりする悪魔がおるかぎり(While you’ve a lucifer to light your fag)」
「スマイルだよ、諸君、そのスタイルで参ろう(and smile, boys, that’s the style)」
「心配したところでいったいなんになる?(What’s the use of worrying? It never was worth while)」
p181 アイハラ(Ahara)◆ アハラ(阿原?)かエイハラ(栄原?)で良いのでは?無理矢理「アイハラ」にする必要は無かったと思う。
p209 三万円(thirty thousand yen)◆ 日本消費者物価指数基準1935/2021(1838倍)で当時の¥30000は現在の5500万円に相当。作中現在より昔の話なので実はもっと価値があったろう。
p226 自明の運命(manifest destiny)
p227 客室の小さい飛行機(a small cabin plane)
p248 トレンチ・コートのポケットに(side pocket)◆ ここも余計な「トレンチ」の付加。試訳: [上着の]サイド・ポケットに
p257 ライフルを手にしたひとりのモンゴル人◆ 当時の装備はソ連系か?モシンナガンのドラクーン版を推す。詳細未調査。
p309 黒竜江(アムール)で◆ 乾岔子島事件(1937年6月〜7月)のことか
p327 小麦色の手(brown hand)
p333 家の中はだらしなくしてる(you’re disorderly around the house)

No.410 7点 絶望- ウラジーミル・ナボコフ 2022/09/02 07:12
1934年パリのロシア語雑誌での連載が初出、1936年ベルリンで単行本(ロシア語)出版。作者による英訳(ロンドン1937)は印刷されたが戦火で焼かれ、ほとんど残っていない。サルトルが仏訳を読み、レビューしたくらいだから少しは注目された作品だったのだろう。1965年米国で作者による再度の英訳が出版された。このときは結末に追加があるが、訳者あとがきによると全体の修正はあまり多くないようだ。私が読んだのは光文社文庫版(2013)で1936年ロシア語版からの翻訳。軽さを出したつもりの文末の「さ」「ね」は目障り。もっと減らして欲しいと感じたが、その点以外は安心できる文章。なお1965年英語版の翻訳は白水社(1969 大津 栄一郎 訳)から出版されている。
ブンガク音痴の私は、この小説を探偵小説として読んでみた。
事前情報は遮断しておくのが、この小説でも吉。最初は手探りするような感じだが、すぐにぼんやりと、コイツ、何か企んでるな?と気づく。作者は結構ミステリを読んでいたのでは?と思わせるような、ちょっとミステリ好きを感じさせる記述がある。自意識過剰で文学かぶれの饒舌な語り手、つねに読者を意識してポーズをとっている語り手の心理とやらかす行為と乱れる回想や妄想などが上手に配置され、特に時間の扱い方が素晴らしい。アントニー・バークリーの作品、としても通用するのでは?とすら思った。少々枯れたバークリーで、ミステリ的な奇想、派手なトリックには欠けているので、大傑作ではなく中傑作、という感じ。ミステリ・ベストテンには入らないが、ベスト30にはぜひ入れたい作品。
探偵小説というジャンル小説は、謎の解決やトリックを重視するあまり、どうしても登場人物の心理と解決篇との間に断絶が見えることが多く、全体の統一感が終幕で「無理無理無理!」という音を立てて木っ端みじんとなっちゃうのがほとんどなのだが、この小説の心理空間はエンド・マークに至るまで首尾一貫している。そのため余韻の残る見事な喜劇(笑えないけど)になっているのだ。
ミステリ的読者には、大きな不満が一つだけ。探偵小説なら、アレを絶対に気にするはず。ヒントは使徒行傳8:9(文語訳)4〜6文字目(ネタバレ回避の策です)。
 
でもよく考えると、ミステリ的読者なら「えっ!なにこれ?アホくさ」という感想になるのかなあ。私は大ネタについて非常に納得しちゃったが、そうじゃない人のほうが多いかも知れない。

以下トリビア。【 】内の英文字は1965英語版から拾ったもの。原文ロシア語は私には無理なので全く参照していません。
作中現在は冒頭が1930年。
現在価値は金基準1930/1970(1.52倍)、西独生計費指数1970/1992(2.27倍)、独消費者物価指数1992/2022(1.78倍)で合算して6.14倍、1マルク=3.14€ =430円。なお生計費指数は『マクミラン新編世界歴史統計1: ヨーロッパ歴史統計1750-1993』によるもの。
銃は「回転式拳銃(リヴォルヴァー)」という単語が出てくるが、これはフランス語風にハンドガン=ピストル、という意味のrevolverだろうと思う(ロシア語の用法は不詳なのでここは保留しておきましょう)。将校のブローニング、1920年に入手、というような記述もあるので自動拳銃のFM1910のような気がする。(情報不足なので特定は出来ません…)
p23 百マルク◆ 賭け金
p26 十コルナ◆プラハにて。当時のレートは1マルク=8コルナ。10コルナ=538円。
p31 アムンゼン◆ Roald Engelbregt Gravning Amundsen(1872-1928) 主人公が自分と顔が似ている、と言っている。とするとちょっと冷たい感じの顔なので一人称は「ぼく」っぽくないなあ。
p34 メイド
p37 マジパン
p39 木にふれる
p41 くだらない犯罪小説【some rotten detective novel】◆ 読み出したらやめられない感じがよく出ている。
p49 ゴーゴリ・モーゴリ
p54 土地… 頭金の百マルク… テニスコート二面半
p69 日本人なんて全員似たもの
p73 映画の手法◆ 当時はトーキー(1927年以降)が出始め。
p76 『その一発』◆プーシキン作の傑作短篇。短篇集『ベールキン物語』(1831)に収録。ロシア人って乱暴だねえ。
p81 お茶をドイツ人がよくやるように混ぜた◆ スプーンを使わず、円を描くように手を動かすやり方
p91 ドイツ語「クニカーボカース」
p92 二十マルク◆ 肖像画代(友人価格)。
p93 『死の島』◆ベックリン作 Die Toteninsel、5作あり(1880-1886)
p106 ドゥラキー◆「訳注 ロシアのトランプ・ゲーム」Wiki「ドゥラーク」参照。綴りはдурак(durak)のようだ。
p107 手になにかを持って歩くのがたまらなく嫌だ◆ これには非常に共感。
p108 ゲートルを巻く
p111 隠したものを見つける遊び◆「訳注 さむい、あたたかい、あつい…」英Wiki “Hunt the thimble”参照。
p130 パスカルの名言
p132 二十五通りの筆跡
p135 車の諸元は省略◆ 残念。
p136 ラグー料理
p145 毎月百マルクを◆ 割の良い仕事
p147 国産のピンカートン◆ 当時のロシアでは探偵小説の代名詞だったようだ。
p157 千マルク札◆ 画像はFile:1000 Reichsmark 1924-10-11.jpgで。1924年発行。サイズ190x95mm
p167 鼻持ちならないあの物理学者の大先生などが◆ 誰のこと?
p168 教会の歌い手が響かせる連続装飾音(ルラード)
p171 映画の初回の上映… 大評判の映画◆この場面は1930年末ごろか。もしかして『西部戦線異常なし』(米国公開1930-4-21)かも。(ナボコフは本書の映画化をこの監督に依頼したいと思っていたらしい)
p186 ブリヌイ
p190 三マルク◆ 貧乏人への喜捨
p192 郵便ポストの濃い青◆ ドイツの郵便ポスト。blue mail box germanyで見られるようなものか。ちょっと意外なメルヘンチックなデザイン。
p192 青く塗られた… 切手の自動販売機◆ Briefmarkenautomat 1930 で見られるようなものか
p193 題辞(エピグラフ)… 文学とは人々への愛である【Literature is Love】
p201 コナン・ドイル君!自分の主人公たちに飽き飽きして、みずからシリーズを終結させたときのいさぎよさ【Oh, Conan Doyle! How marvelously you could have crowned your creation when your two heroes began boring you!】
p202 最後の短篇…ピーメンその人、つまりドクター・ワトソン◆ 作者はあの作品に言及しているのか?
p202 ドイルやドストエフスキイ、ルブラン、ウォーレス◆ 有名なミステリ 作家たち。
p203 トランプのペイシェンス遊び
p207 虹色をしたガラスの球を◆ 子供たちが路上で遊んでい
p208 ガラス張りの電話ボックス◆ Deutsche Reichspost's payphone kiosk model FeH 32は1932年からの設置なので、それ以前のもの。未調査。
p213 首筋をはじいて◆「訳注 飲酒を意味するジェスチャー」Web記事“5 gestures only Russians understand”がGIF付きでわかりやすい。
p214 ぼくを名と父称で呼んだのはたぶんこれがはじめてだ◆「訳注 ロシアでは敬意を示す場合に呼ぶ」知りませんでした。
p214 百や二百でも貸してもらえば
p219 首相の演説◆1931年2月ごろのようだが
p221 二百マルク◆ 外国旅行代
p229 コカインを吸い、はては殺人まで
p240 シャーロックの冒険を思い出して◆ これは明白にT… B… の冒険の事ですね。
p245 イクス◆ 1965英語版ではPignan
p256 クロワッサンにバターを
p257 接吻… 日本人も… 相手の女性の口を吸うことはけっしてない
p261 慣れ親しんだ革命前の正字法
p263 ソヴィエトの若者たち… アメリカ人… フランス人… ドイツ人
p267 レモン水
p269 バンドで縛った教科書を持って◆ 子どもの情景
p272 カツレツ(シュニッツェル)
p277 十七マルク五十ペニヒ◆ひげ剃り用ブラシの値段
p280 フレゴリ某【Fregoli】◆「訳注 当時著名だったイタリアの喜劇俳優。早変わりと物真似を得意とした。」Leopoldo Fregoli(1867-1936)
p288 そのトランプが… 大判なうえに赤札と緑札に分かれていて、どんぐりの絵が描いてある◆ ドイツ風の絵柄のようだ
p294 ドストエフスキイの『罪と罰』
p307 ナプキンリング◆ napkin ringを今回調べて初めて知りました。
p309 オウム病
p315 ランドルー【Landru】◆「ランドリュー」が定訳。現代の青髭Henri Désiré Landru(1869-1922)
p324 「いとしい女(ひと)よ、私を哀れんでおくれ…」なんてロシアの流行歌を【singing of “Pazhaláy zhemen-áh, dara-gúy-ah.…” “Do take pity of me, dear.…”】◆ 未調査
p335 ドイツのとちがって、フランス製の煙草は
p342 ドストエフスキイばりの悲惨な話

No.409 6点 二人のウィリング- ヘレン・マクロイ 2022/08/27 09:00
1951年出版。渕上さんの翻訳は安心感があります。訳者あとがきも上質。
私は、本書の献辞「クラリスとジョン・ディクスン・カーに愛情を込めて(To Clarice and John Dickson Carr / With affection)」にびっくり。「訳者あとがき」に渕上さんの解説があるので、そこを参照ください。まあでも渕上さんが触れていないJDC/CDとマクロイさんの共通点を書いておきましょう。
まずは二人ともスコットランド系で、スコットランド愛に溢れた作品を発表しています。それから若い頃のパリ経験があり、フランス語を作中でネタにすることがあります。それからシャーロッキアンであるのも共通点でしょうね。二人ともお互いの作品は好きだと思います。
ここでWebでいろいろ探して発見したマクロイさんのエピソードを一つ。
1950年、ブレット・ハリディ夫妻はMWAアンソロジー(Twenty Great Tales of Murder)のために、いろいろな作家に作品を依頼していた。ハリディはロバート・アーサーの作品を得たかったのだが、なかなか送って来ない。それでマクロイさんに「色仕掛けでも使って、アーサーに作品を送らせてくれ!」と言ったら、Those who know Helen McCloy will understand why an Arthur story arrived within a week or so.(ヘレン・マクロイを知ってる方なら、アーサー作品がすぐ届いたことに不思議はないでしょう) なお、この時のアーサー作品は「モルグの男」(The Man in the Morgue、多分書き下ろし)
JDCもこのアンソロジーに書き下ろし作品「黒いキャビネット」(創元「カー短篇全集3」)を提供していて、巻頭第一作目に収録されています。献辞はその御礼の意味もあったのかも。
さて本書はつかみがバッチリ。一気に物語に引き込まれます。やや中だるみがありますが、最後まで興味深い作品。まあでも私はいつもマクロイさんの作品にはコレジャナイ感を覚えるのです(『死の舞踏』を除く)。
語りに登場人物の内省が多く入るのですが、それがコントロールされ過ぎてて、ちょっとズルい記述方法なのでは?と感じます。探偵小説の性質上、読者に隠している内なる感情は、実は、書いたらバレちゃう内省の時、その瞬間に最も強く登場人物に表出されているはずだ、と思うからです。リアルで細やかな登場人物の内なる声が書かれているマクロイ作品だからこそ、ここの不自然な感じが気に入らないんです。他の方はそんな感想を持たれていないようなので、私の考えすぎなのかも知れませんが…
他の方々の評と言えば、人並由真さんとkanamoriさんのには唸りました。私は全然気づいていませんでした。
ああそれからマクロイ作品は陽光が人の裏側にささない感じです。つまりみんな正直タイプ。捻くれていないんです。マクロイさんの性格がきっとそうなんでしょうね。
ついでにマクロイさんはリアリスティック・タイプとされていますが、探偵小説的なトリックは結構トンデモだと思っています。小説の語り口がリアリスティックで上手なのですが、妄想的なトリックや状況設定は探偵小説がとても好きな人なんだろうなあ、と思わせるのでミステリ・ファン的には好感度が高い。でも、普通の小説が好きな人にはどうかなあ。そこがJDC/CDとの共通点だと思っています。

No.408 7点 スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ 2022/08/16 23:32
1927年出版。フレンチ第3作。Collins初版は “Inspector French and the Starvel Tragedy”で、フレンチ警部の名前を三作続けてフィーチャーしています。創元推理文庫(1987年9月初版、我が家のは2004年三版)は大庭さんの翻訳。安定した堅実な出来。巻末の付録は充実していて読み応えがありそう。(私はネタバレが怖くて、ざっと目を通しただけですが…)
本作は、なかなか派手な事件(難癖をつけると、当時の水準を考慮しても、消防の調査が不充分な気がします…) クロフツさんは最後に活劇を持ってくるのが多いけど、今回のは微妙。まあでも展開がいろいろあってとても面白い作品です。特に第11章から第14章への流れが良かった。
以下トリビア。
作中現在はp41、p75、p217から1926年9月。
英国消費者物価指数基準1926/2022(67.94倍)で£1=11023円。
兵器関係ではMills Bombが登場します。読後にWikiなどで調べていただければ。
p8 献辞(TO MY WIFE / WHO SUGGESTED THE IDEA FROM WHICH / THIS STORY GREW)◆クロフツ作品で献辞付きは初めてかも。
p13 九月十日(September 10th)
p13 水曜日にフラワー・ショウ(flower show opens on Wednesday)◆ The Ancient Society of York Floristsは1768年創設、世界最古の園芸協会で、最も古くから続いているフラワー・ショウという記録を保持しているようだ。当該協会のHP参照。
p14 十ポンド
p14 スコットランドの発音(in his pleasant Scotch voice)
p18 スターヴェルくぼ地(Starvel Hollow)
p22 いつも木曜日ごとにまわってくるパン屋(the baker… make his customary Thursday call)◆この表現だと週一かと誤解したが、実は「週三回」p31参照。試訳「木曜日通例の配達時に…」
p28 死因審問◆お馴染みの「インクエスト」だが相変わらず定訳が無い。
p30 すべての陪審席がふさがった(until all the places in the box were occupied)
p30 真実の評決を下すよう最善をつくす…(justly try and true deliverance make) ◆ 陪審員の宣誓の一部。全文は以下のような文言。You shall well and truly Try, and true deliverance make, between our Soveraign Lord the King[Lady the Queen], and all persons shall be given you in charge according to your Evidence, so help you God. 実は全文が載っている資料が見つけられず、数種類の宣誓文から適当に再構成したので怪しいです。
p30 陪審は遺体を調べましたか(the jury viewed the remains?)◆1926年の法改正で、検死官が不要とすればviewは省略可能となったが、ここでは昔どおりに行なっている。
p31 パン配達の馬車で、一週間に屋敷に三回パンを届けていた(drove a bread-cart… three times a week)
p39 旅館のバーメイド(barmaid)
p41 九月十五日の夜(on the night of the fifteenth of September)◆事件の日付。p75から水曜日。
p41 死因については(the cause)◆事故だったのか、故意だったのか、という事。
p45 年に約130ポンドの利子や配当金がはいる(as to bring her about £130 per annum) ◆元手は2300ポンドなので、年利5.65%。今となっては夢のような率だ。
p46 ケーキ屋でお茶を(had tea at the local confectioner’s)
p49 一代限りの生涯不動産(a life interest)◆ 辞書では「生涯利益:財産所有者が生涯にわたってその財産から得る利益; 死後, 他の人に譲渡できない」とあった。
p49 当座預金の口座(a current account)
p49 二十ポンド紙幣(£20 notes)◆白黒で裏面白紙の£20 White(1725-1945)、サイズ211x133mm
p53 探偵小説(detective stories)
p63 リーズのカーター・アンド・スティーヴンスン社(Carter & Stephenson of Leeds)◆架空メーカー。
p63 一ポンド金貨(sovereigns)◆ジョージ五世の肖像(1911-1932鋳造), 純金, 8g, 直径22mm
p75 九月十四日、火曜日◆該当は1926年。
p80 わたし自身の命令で10ポンド以上のすべての紙幣を記録するのが習慣になっていました(By my own instructions it has been the practice to keep such records of all notes over ten pounds in value)… しかし、そういう記録は長くは保存してありません◆ 英国では、銀行の決まりとして、高額紙幣は出納時に必ず番号を記録するのだと思っていた。詳細は未調査。
p86 十六ポンド八シリング四ペンス… 宿泊料、食事込み◆フランス旅行三泊四日?の旅費一人分。
p96 壁には1880年代はじめの英国王室一家の写真(pictures, a royal family group of the early eighties)◆ヴィクトリア女王時代ですね。
p109 外国旅行が好きらしいね(Fond of foreign travel, aren’t you?)
p112 五千フラン◆1926年のポンド/フラン換算は金基準で£1=149フラン。5000フランは33.6ポンド。
p114 貸金庫料三十シリング(The rent of the safe, 30/–) ◆期間不明。一年分の代金か?
p116 クリケットのバット(a cricket bat)
p142 十シリング紙幣(a ten-shilling note)◆当時の紙幣は10 Shilling 3rd Series Treasury Issue(1918-1933)、サイズ138x78mm、緑と茶色。
p188 共同墓地(cemetery)◆教会所属地以外の墓地、という含みがあるようだ。
p216 自転車用のアセチレン・ランプ(an acetylene bicycle lamp)◆懐中電灯の代わりに使われている。『製材所の秘密』にも出ていた。
p217 一九二六年九月十四日(14th September, 1926)
p220 十二ポンド◆葬儀代一式、なんとか簡素なのが出来るくらいの金額。
p222 七十五日(a nine days’ wonder)◆日数は、日本語の言い方に合わせた翻訳。
p223 アームストロング主席警部(Chief Inspector Armstrong)
p270 人相書(Age XX; height about XX ft. XX inches; slight build; thick, dark hair; dark eyes with a decided squint; heavy dark eyebrows; clean shaven; sallow complexion; small nose and mouth; pointed chin; small hands and feet; walks with a slight stoop and a quick step; speaks in a rather high-pitched voice with a slight XXXXX accent) ◆ネタバレ防止のため一部伏字。身長、体格、髪、眼、眉、髭、顔色、その他、の順番。髪、眼、眉がdarkで共通だが、肌の色はsallow(血色悪い青白)。「darkは”髪/眼/肌”が暗っぽい、と言う意味だが、髪や眼が黒っぽい人は肌が浅黒いのが普通だからdark=“浅黒い” でも問題無いのだ」というヘンテコ説への反証になるかな?
p270 警察公報(Police Gazette)
p277 ウイリス警部(Inspector Willis)◆『製材所の秘密』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。
p290 三十シリングから三十五シリング◆ 19000円程度。結婚指輪(wedding ring)の値段
p293 ホンブルグ帽(Homburg hat)
p300 ピッツバーグの◯◯だったら、しっぽをつかまれた(had fallen for the dope)と言うところ◆配慮して匿名にした。『フレンチ警部最大の事件』関係者。ただし当該作の中に、この英語表現は出てこない。米語っぽい言い方という事か。
p318 スコット記念塔(Scott’s Monument)◆ 作家ウォルター・スコットの記念碑。Wiki “The Scott Monument”参照。
p318 諺に言う熱い鉄板の上のめんどりのように(like the proverbial hen on the hot girdle)◆ (chiefly Scot) Someone who is in a jumpy or nervous state
p320 タナー警部(Inspector Tanner)◆『ポンスン事件』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。(p277、p300と合わせて考えると、作者のつもりでは同一人物なんでしょうね)

No.407 7点 Re-ClaM 第4号 F・W・クロフツの”Humdrum”な冒険- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2022/08/13 17:54
私は電子版を購入しました。元々は同人誌として2020年4月25日に発表されたもの。書籍版にはエドワード・D・ホックの短篇「ゴーストタウン」も掲載されていたらしいです。
最近、クロフツさんを徐々に読み進めていますので、嬉しい特集でした。淡々とした文体がクセになるんですよね。そして「当たり前のように真っ当な生活をしている市民たち」がクロフツさんの隠れテーマだと思います。

短篇小説は以下の三作が収録されてます。
(1) Dark Waters (初出: London Evening Standard 1953-9-21)「暗い川面」F・W・クロフツ、倉田 徹 訳◆ 創元『クロフツ短編集1』の収録作品のような小品。切れ味良し。
(2) The Fingerprints (初出: MacKill’s Mystery Magazine 1954-2)「指紋の罠」F・W・クロフツ、三門 優祐 訳◆ 同上。まあまあの作品。
(3) Lock Your Door「鍵をかけろ」アルジャナン・ブラックウッド、渦巻栗 訳 (初出はラジオ放送: BBC Home Service 1946-5-6)◆ ブラックウッドは、可愛い老嬢を活躍させるのが上手い。そしてブラックウッド自身が語るTV番組(1948年3月)がYouTubeで見られるとは!しかも綺麗な映像で!当時79歳で、発音がやや不明瞭なところもありますが、立派なモンです。

その他の記事は以下の通り。
【特集】F・W・クロフツの”Humdrum”な冒険
[レビュー]F・W・クロフツ全長編解題
[資料]F・W・クロフツ長編リスト◆今なら電子版についても触れるべきかも。
[特別寄稿]『樽』のミスを確認する(真田 啓介)◆鮎川の言う例のミスの解釈。1996年に発表された塚田よしと氏によるもの。私も同じこと思ってました!
[特別寄稿]短篇集『殺人者はへまをする』をじっくりと読む(小山 正)BBCラジオ・ドラマ ”Chief Inspector French’s Case”(1943-1945) 全リスト(18話)と”Here’s Wishing You Well Again”(1943-1944)のクロフツ担当部分の全リスト(5話)あり!
[論考]英米から見たF・W・クロフツ(三門 優祐)◆カーティス・エヴァンズ Masters of the “Hundrum” Mystery(2014)からクロフツについて紹介。
【連載&寄稿】
・Queen's Quorum Quest(第39回)(林 克郎)#65 Carrington’s Cases (1920) by J. Storer Clouston
・A Letter from M.K.(第3回)(M.K.)洋書ミステリ7冊の感想 ①Harry Carmichael “Put Out That Star”(1957)、②Inez Oellrichs “And Die She Did”(1945)、③Wallace Jackson “The Zadda Street Affair”(1934)、④A. Fielding “Scarecrow”(1937)、⑤Guy Morton “The Silver-Voiced Murder”(1933)、⑥Inez Haynes Irwin “The Poison Cross Mystery”(1936)、⑦Simon Stone “Murder Gone Mad”(1950)
・海外ミステリ最新事情(第5回)(小林 晋)フランスのミステリ研究誌/復刊・新刊情報/クラシック・ミステリ原書新刊情報(2019/10-2020/3)
・『ギャルトン事件』を読む(第1回 ロス・マクドナルドの比喩)(若島 正)
[レビュー]「原書レビューコーナー」(小林 晋)バンド・デシネJean Harambat “Le Detection Club”(2019)、Peter George “Cool Murder”(1958)、Van Siller “The Widower”(1958)、George Bellairs “The Four Unfaithful Servants”(1942)フランス語版による評価、George Bellairs “Calamity at Harwood”(1943)
[ニュース]真田啓介ミステリ論集 刊行に当たって(荒蝦夷 & 土方 正志)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
F・W・クロフツ(11)
ダシール・ハメット(11)