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[ 警察小説 ]
列のなかの男―グラント警部最初の事件
グラント警部
ジョセフィン・テイ 出版月: 2006年03月 平均: 5.50点 書評数: 4件

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論創社
2006年03月

No.4 8点 弾十六 2025/04/29 07:09
1929年出版。翻訳は引っかかるところがちょっとあった。読みにくい文章がところどころ見受けられるが、ちょっと素直じゃないテイさんの表現をわかりやすい日本語に上手く変換できてないだけである。全体的に意味をちゃんと捉えてる良い翻訳だと思う。
面白い小説。記述も時々面白いテクニックを使っている。物語の流れ、登場する多くのキャラ描写が非常に良い。(第4章、第7章、第8章、第16章のシチュエーションと登場人物を見よ!) 大ネタも好み。クロフツやブッシュが好きな人におすすめ。
ミステリとして本格を期待するとハズレだろう。でも、私にはとても良い小説だった。最近、ヘッポコ工夫のミステリに飽き飽きしてるので、こういうのが良い。無理をすると全体が台無しになる。
ところで読んでて急に思ったのだが、スコットランド系って警官に多かったのかな? (今更ですか?) 本書のグラント警部もロラックのマクドナルド警部もスコットランド系。米国警官にアイルランド系が多い、というのは聞いたことがあるけど。後でちょっと調べてみよう。警官というあんまり歓迎されない職業にマイノリティが多くなるのは納得がいく話だと思う。
テイさんは元々劇作志望だったようだ。本書はMethuenの企画したミステリ・コンテスト(賞金250ポンド)に応募したもの。賞金がなかったら探偵小説なんて書かなかった、とテイさんは後年話している。当時はそう言うコンテストばやりだったのだ。劇作ではリチャード2世の戯曲Richard of Bordeaux(1933)が当たって主演のジョン・ギールグッドがスターになり、演劇界で注目を浴びたが、その後はパッとしなかった。しばらく戯曲に注力していたのでミステリ第二作『ロウソクのために一シリングを』(1936)まで時間があいているのだろう。本作にも冒頭に劇場が出てくる。『一シリング』や『美の秘密』にも女優が登場する。
1925年からGordon Daviot名義でデビュー。本作もDaviot名義。1936年の『一シリング』からミステリ関係ではJosephine Tey名義を使っている。戯曲などミステリ以外は後年でもDaviot名義を使い続けている。
以下トリビア。
作中現在はp91,p118,p123から三月十三日火曜日が冒頭の場面。1928年が該当。
英国消費者物価指数基準1928/2025(80.28倍)で£1=15366円。1s.= 768円、1d.=64円。
p(該当なし) 献辞 TO BRISENA / WHO ACTUALLY WROTE IT◆ 気になる表現。アイディアを提供してくれた人なのかな?(追記: WebサイトLeaves&Pagesによるとテイさんのタイプライターの愛称とのこと!そして本作は1959年(テイさんの死後)初めてThe Man in the Queue by Josephine Teyとして出版されたようだ)
p1 三月(March)
p2 『知らなかったの?』(Didn’t You Know?)
p2 一階正面席(ストール)と二階正面席(ドレスサークル) The stalls and the circle
p2 歯磨きの広告(dentifrice advertisements)
p3 『あなたがきたから』(Because you came to me)◆ Guy d'Hardelot作詞作曲の"Parce que"にEdward Teschemacherが英語の歌詞をつけた"Because"(1902)の歌い出し。
p4 整列本能(place-keeping instincts)◆ イングランド人のもので スコットランド人にはないらしい。
p4 あえてイングランド人と言おう(I say Englishman advisedly)◆ ここですでに「私」が登場している。ノックスでも地の文に「私」が急に出てきて驚いた記憶あり。ここは翻訳でも「私はあえていうのだが…」と強調した方が良かった。
p5 窓口(ギシェイ) guichet◆ フランス語式だとギシェ。劇場の切符売り場
p5 今日、群衆の中で人にお節介を焼かないのは、カメレオンの七変化と同じくらい人間の本能となっている(Minding one’s own business in a crowd today is as much an instinct of self-preservation as a chameleon’s versatility)◆ 「防衛本能」としないとカメレオンと繋がらない
p13 小銭◆ 原文だけ提示。two half-crowns, two sixpences, a shilling, four pennies, and a half-penny
p13 クリーニング店のつけた印(no laundry mark)◆ これ、よく出てくるけど、どんな感じのなんだろう。写真が見てみたい。
p13 拳銃は完全に充填されていた(The revolver was fully loaded)◆ 「完全に」ではなく「全部」。趣旨は「撃った形跡なし」リボルバーと訳してほしいなあ。
p15 軍用拳銃(service revolver)◆ ありふれたもの、と書かれているのでWebley Revolverなのだろう。
p16 イギリス人が使う凶器(his habitual weapon)◆ 面白い意見
p16 こん棒(bludgeon)
p36 私服刑事は、警部はダニーから情報がほしいだけだとは思っていなかった(The plain-clothes man did not think that the inspector wanted anything but some information from him)◆ not... anything... but なので「何らかの情報を得ること以外何も望んでいないと考えていた」
p41 はい。色黒で(Yes; he was dark)◆ 黒髪で。この翻訳者さんも浅黒派のようだ。
p43 身元不明の人間に対する殺人事件に対して、当然ながら有罪の判決が出ると(When the inevitable verdict of murder against some person or persons unknown had been given)◆ インクエストはよほど知られてないんだね。試訳「未知の単独犯又は複数犯による殺人という順当な評決が出ると」 person or persons unknownが出てきたらインクエストの評決である。
p44 イギリスの五ポンド紙幣(Bank of England five-pound notes)◆ 試訳「英国銀行の五ポンド紙幣」 内容はあえてぼかすが相場はクロフツ『スターヴェル』(1927)によると最低レベルで£12だった。
p45 ワトソン… 『まだらの紐』(The Speckled Band)◆ 黄金時代の特徴。探偵小説への言及。
p45 足がつきやすい五ポンド紙幣(as easily traced as English five-pound notes)◆ このイメージは広く行き渡っているようだ。
p54 コンタルメゾンでジェリーにやられた以外(except a Jerry at Contalmaison)◆ このJerryは「ドイツ野郎」のこと。第一次大戦のソンム戦の一コマ。
p54 かなり長身で色黒(fairly tall, dark)◆ 黒髪
p56 警視庁(スィルテ) Sûreté◆ 話者はフランス人。フランス語式に「シュルテ」といきたい。
p56 とても色が黒くて黒髪で(He was very dark)◆ 浅黒警察としては、興味深い表現。目も髪も黒い、という趣旨か。
p57 よくしゃべる男だ(That was too glib)◆ こいつ適当に話を作ってるのでは?という疑念を込めた文にしないと後に繋がらない。試訳「舌がまわり過ぎだと感じた」
p58 色黒で黒髪(very dark in complexion and hair)◆ p56の解釈がこれ。試訳「暗めの容貌で黒髪」 浅黒警察としてcomplexionを多数検討してきたが、眉と目の色を疑わせる例がちらほらあった。辞書には「肌」としか書かれていないのだが。
p60 路面電車(trams)◆ ミッドランドの象徴だと言う。ロンドンには似合わないらしい。
p69 二ペンス(tuppence)◆ 公衆電話の料金
p72 早朝版(the early-morning editions)◆ 新聞の
p74 細く浅黒い顔(thin dark face)◆ p58と同じ人物の形容。faceも「髪、眉、目」の意味ではないかと思わせる例あり。これも辞書には載ってない。
p83 三十五年間(his thirty-five years)◆ グラントの年齢だろう
p84 クリスチャン(Christian)◆ ここでは英国教会の意味のようだ。
p84 ベーコンエッグ(bacon and eggs)◆ unchristianな朝食?
p91 今月三日(the 3rd of the month)◆ 事件の日の十日前。
p92 たいへん色黒で(very dark)◆ p58と同一人物。ここは黒髪で良いだろう。
p93 もじゃもじゃペーター(Struwwelpeter)◆ 英Wikiに項目あり。Der Struwwelpeter(1845) by Heinrich Hoffmanはドイツの絵本。同時期に英訳あり。Gutenbergで米国版が見られる。楽しそうな絵
p100 名刺(his card)
p106 クリスマスカードに描かれた、雪の中、郵便馬車を走らせる男(the man who drives mail coaches through the snow on Christmas cards)◆ ヴィクトリア時代に流行っていた図柄のようだ。"christmas card mail coach"で検索。もちろんコカコーラで一世を風靡したサンタ画像はまだ先の話。
p110 何人もわたしを攻撃して害を受けずにはいない(Nemo me impune lacessit)◆ ラテン語。少なくとも16世紀に遡るスコットランドのモットー。国章にも記されている。
p112 浅黒い顔(dark face)◆ p58と同一人物。p74参照。
p118 三月十三日夜(on the evening of the 13th of March)◆ 事件の日
p123 先週の火曜の晩の事件(what happened last Tuesday night)◆ 事件の日
p124 スコットランドのプラットフォームは誰でも入りこめるようになっている(The Scotch platform is open to any one who wants to walk on)◆ イングランドでは欧州と違い、検札口があるらしい。スコットランドは欧州風なのだろう。未調査。
p151 法定紙幣(Treasury notes)◆ この訳語は他でも見かける。ググったが「法定紙幣」なんてヘンテコ用語は経済用語などでも見当たらなかった。legal tender(法定通貨)と紛らわしいから不適当だと思う。確かに英国銀行は1946年まで民間銀行であり、政府発行紙幣は当時はTreasury notesだけだったから、そう訳したくなる気持ちもわかる。私は訳語として「財務省紙幣」を提案したい。せっかくの訳註はちょっと間違っている。発行は金の流出を防ぐのが主目的だった。ここで訳註をつけるなら「少額で番号が記録されず追跡不可能な紙幣」だろう。
p151 文学はカトリック趣味(a catholic taste in literature)◆ 「広範囲」では?最後の以外、宗教味は全然ないよ。参考まで蔵書リストを原文で。Wells, O. Henry, Buchan, Owen Wister, Mary Roberts Rinehart, Sassoon’s poems, many volumes of the annual edition of Racing Up-to-Date, Barrie’s Little Minister.
p158 芝居や映画によく出てくる仲働きの"手伝い"(a “help,” who looked just like every stage and cinema Tweeny)
p176 ◆参照した原文には、ここに付近の略図あり。翻訳でも入れて欲しかったなあ。(読書メーターの本つぶやきにアップしました)
p183 タイヤ手当(a tire-allowance)◆ 自転車を使う警官に出ていたらしい。
p188 人数が奇数になって投票にかけられる(that makes an uneven number, and so we can put it to the vote)◆ 集まりが奇数になると、こういう利点があるのか!
p189 ギリシャのコロス(訳註 同じ意見を述べる様子をコロスに喩えている) a Greek chorus
p190 鱒のフライ(the fried trout)◆ 五時半のお茶のメインディッシュ
p201 そして二度と現れるな(And have one less next time)◆ 次で「俺はsoberだよ」と反論してるので、ここは「次は(酒を)もっと控えるよ」という趣旨だろう。
p211 that uneasiness which ruined the comfort of his twelve mattresses of happiness proved on investigation to be merely the pea of the fairy-tale.
p228 コヴェントリ・ストリート・ライオンズ(Coventry Street Lyons)◆ PicadillyのはLyon’s Corner Houseの一号店。
p247 ウォータールーという名前自体が終焉と死を思わせる(the very name of it reeks of endings and partings)◆ ウォータールー駅はロンドン最大なので「[旅に出発する際の]終りと別れ」のイメージがある、という趣旨だろう。
p250 ギニー◆ 贈り物はポンドではなくギニー単位

No.3 5点 2023/02/18 15:06
テイが最初別名義で発表したこのグラント警部シリーズ第1作は、最後にどんでん返しのある作品になっています。それまではnukkamさん、人並由真さんも評されているように、クロフツを思わせるような捜査小説ですが、文章が淡白なクロフツに比べると、グラント警部の日常や内面、捜査上の悩みなどがじっくり描き込まれています。ただクロフツほどの試行錯誤はなく、容疑者が特定されると、後はその容疑者の隠れ場所を突き止め、どうやって逮捕にこぎつけるかというストレートな展開です。
それでいて、最後にもう一ひねりあるだろうなということは、容疑者逮捕の時点でもう明らかです。そのひっくり返し方がグラント警部の推理によるものでない点、真相は意外であるにもかかわらず、釈然としませんでした。
なお、翻訳にはこの人犯罪捜査について知らなさすぎじゃないかと思える点が散見されました(特にp.43「有罪の評決」)。

No.2 5点 人並由真 2019/04/25 17:53
(ネタバレなし)
 ミステリ的なギミックはそれなりに設けられているものの、読者に謎解きを楽しませながらフーダニットに絞り込む要素はあまりなく、これはほとんど警察小説の要素が強いときのクロフツの長編あたりに近いように思えるんだけど? 
 まあ作者のテイ(原書の初刊行当時は別名義だが)が、いかにもそのフレンチ警部がやりそうな<遠方への捜査出張編>を、お話を書く側として本当に楽しそうに綴っている感じは伝わってきた。
 最後の人間関係を導く手がかりというか伏線の部分は早々と読めたが、それでも終盤にはこういう感じでのサプライズを語るのか、と少し驚いた。まあそのあたりも正統派の謎解きでは決してなく、19世紀のホームズの時代からのスリラー作品の系譜的な感触だったが。
 1920年代のテイが当時自分が好きだったミステリ分野に参入しようと、良い意味で既存作品の模倣を心がけた感じがうかがえる。
 習作感も強いが、決してキライにはなれない一作。

No.1 4点 nukkam 2010/10/07 20:51
(ネタバレなしです) スコットランド出身の英国の女性作家ジョセフィン・テイ(1896-1952)がゴードン・ダヴィオットという男性名義で1929年に発表した初のミステリー作品が本書です。テイは大器晩成型と評価されることが多いので初期作品には読むべきものがないかのような印象を受けますが、確かに本書の謎解きに関しては残念レベルとしか評価できません。あまりにも唐突な解決、しかも運の良さに助けられており本格派推理小説としては納得できないと感じる読者も少なくないでしょう。しかし登場人物描写の上手さはデビュー作である本書で早くも発揮されており、端役的な人物でもわずかな登場場面で存在感を示しています。F・W・クロフツのフレンチ警部風の「足の探偵」であるグラント警部もその深い苦悩ぶりには単なる探偵役を超越した個性を感じさせます。


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