皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.18 | 6点 | 運河の追跡- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/11/16 13:26 |
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ガーヴでも「ツートップ」と併称される「メグストン計画」「ギャラウェイ事件」に挟まれて刊行されたはずなのに、なぜか邦訳されなかった作品が、論創社からやっと2014年に出版された。
不思議といえば不思議。まあ後半がイギリスの運河を舞台の追いかけっことなるので、運河や閘門・主人公たちが使う「ナローボート」と呼ばれる個人でレンタル可能なボートなどの、特殊な知識が翻訳に必要だった、というような事情で敬遠されたのかもしれない。ガーヴってそういうデテールの作家だもんね。 ただし、今改めて読むことになって、良かったのかな?と思うこともある。本作の悪役は会社経営者の夫。優秀なセールスマンだが、モラルを欠いた行動をためらわない傾向があり、妻で主人公のクレアは常々危うさを感じていた。社員に対するあまりの仕打ちに憤慨したクレアは、一歳の娘を連れて別居するが、縒りを戻したい夫はなんと娘を誘拐して取引条件にしようとする... もう典型的なモラハラ夫というか、ガチのサイコパスなんだよね。確かに優秀なセールスマンで...とかリアリティがありまくる。そして離婚調停のコジレから娘を誘拐とか、離婚後共同親権問題が今話題になっている状況とか考えると、70年ほど前の外国の話でも、妙なリアリティが今になって出てきたようにも感じる(苦笑) でこの夫は別件もあり逮捕されるのだが、娘の行方だけはガンとして口を割らない。サイコパスらしい意地の張りっぷり。で、クレアと付き合いのあるカメラマンが娘の行方を追って、運河地方を借りたナローボートで駆け回る話。 まあ「ボートの三人男」とか有名なユーモア小説もあるし、ガーヴでも「カックー線事件」がやっぱりボートの探索行の話、またセイヤーズも「学寮祭の夜」でもボートの大きなエピソードがあるし、クリスピンの「消えた玩具屋」もボート遊びが追っかけのテーマになっている。意外にイギリス・ミステリではポピュラーな話題のようにも思うが、どうやら本作の運河地方は、イングランドとウェールズの境界の北部あたりらしい。おそらく「カックー線」「殺人者の湿地」といった話はイングランド南東部の話で方向違いのようだ。イギリスのボート文化は地方色がいろいろあるんだなあ。 まあ、遊びじゃなくて「川上生活者」ともなると少ないのかもしれない。 逆にシムノンにも初期が特に「川上生活者」の話が多い印象があるね。放浪者気質のアウトローに憧れる気持ちがテーマかもしれない。 でも読者は土地勘があるはずもないから、地図とかサービスしてほしかったな(苦笑) |
No.17 | 5点 | 新聞社殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/11/04 22:57 |
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ガーヴって「モスコー殺人事件」でも描かれたように、なかなか成功したジャーナリストだったようだ。さらに新聞記者主人公っていくつかあるしね。なら新聞社を舞台にしたミステリだって書きたいじゃないの。ガーヴ名義3作目が本作。
けどちょっと変わったミステリ。新聞社の閉じた人間関係の中で青酸カリを使った毒殺事件が連続する話。でもね、最初の殺人からもう犯人視点での描写もあって、読者には犯人は明白。それでも全体的なスタイルはパズラー風というか、普通にミステリ。けどけど犯人の心理主体ではないから犯罪心理小説でもないし、捜査側との攻防に主体を置いた倒叙でもない。こんなバランスのミステリを読んだことはないけど、それはどっちも中途半端で効果的じゃないからかな。 精神のバランスがおかしくなっている犯人像はリアルだが、こんだけオカしきゃ周囲が気づきそうな気もする。あと新聞社の内部事情の描写は当たり前だけどリアル。だから逆にちょっとしたメロドラマが二つもあっても、どっちもお約束っぽく今一つ。 設計を間違えたミステリ、という印象。ガーヴにしては読みどころがないようにも感じる。それでもリーダビリティがいいのがガーヴ(苦笑) |
No.16 | 5点 | モスコー殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/09/12 13:00 |
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かなり稀覯に近い本だろうけど、読めた。時事通信社の時事新書からの刊行である。巻末では「ソ連紀行」「素顔のソ連」「亡霊とフルチショフ」「共産主義の見方」「新しい核の時代」といった本が宣伝されている。この小説もそういう流れで日ソ国交回復の時期の「ソ連」への関心を示すものといえよう。
で、皆さんもご指摘だが、訳者の判断で反ソ的・嫌ソ的な部分は省いて訳した、とあとがきで言っている。まあ「反共小説」とツッコまれるが嫌だったんだろうな....とは理解できる。第二次大戦が終わってようやく英ソの民間交流が再開して...という時期のモスクワを舞台として、イギリスからの民間使節団の団長がホテルで殺された事件に、英米のモスクワ在住特派員たちが巻き込まれる話。まだスターリンが権力握っている時期だよ。 こんな時期だから、殺された団長は牧師上がりでキリスト教と共産主義を融合したような思想の持主、一行には労働党の代議士、マルクス経済学者、平和活動家などなど、さらに社会主義リアリズムにカブれてスターリンの胸像を作りたがる女性アーチストとか、ウェールズ民族主義の闘士とか、イギリスの「親ソ派」のいろいろパターンが描かれている。要するにグレアム・グリーンとか初期のアンブラーとかキム・フィルビーとかドイチャーとかE.H.カーとか、イギリスの特定世代の「ソ連びいき」がこの小説の背景。まあだから「ソ連」について批判的な描写をしっかり完訳した方がずっと小説理解につながったようにも感じるよ。 でもちゃんとパズラー的な「ミステリ」の結構を備えていている。ある人物の「秘密共産党員」疑惑が出たりもするにせよ、この事件をソ連当局が問題を大きくしたがらず無実の庶民を身代わりにする一件はあるが、スパイ小説的な色合いは薄い。訳者がオミットしたのも、ソ連批判とはいえ、庶民的な生活視点のものだったんじゃないのかなあ。 まあ、ガーヴのジャーナリスティックなあたりが出た小説であることは間違いない。謎解きは大したことない。 (登場人物がかなり多いから、登場人物一覧がないとツラいよ...) |
No.15 | 6点 | 落ちた仮面- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/08/08 09:05 |
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「ヒルダ」に続く第2作。若書きというのもあって、後年の芸風とは少し違う。
舞台はどうやらカリブ海に浮かぶ英領植民地(現在独立準備中)のようだ。人並さんはイネスを連想したようだが、評者は舞台のつながりで、A.H.Z.カーの「妖術師の島」とか、ストリブリングの「カリブ諸島の手がかり」に近い肌触りを感じた。ましっかりとローカル色を描写してリアルなのは、これもガーヴらしさであるのは確かだ。幕開きがハンセン氏病患者を隔離する島の話で「陰惨な話だと嫌だな~」とは思うが、そんなにこれは突っ込まれないから安心しよう。 で本作で強烈な個性を発揮するのは、この植民地の衛生局局長である。ブルドーザーのような実行力と、聖者のように無私の道徳的規律を誇る男。この植民地の医療に絶大な力をふるうわけだが、シュヴァイツァー博士のように原住民(黒人)のために献身する...でもさ、シュヴァイツァーだって結構人種差別したって話があるようだよ。白人って厄介だなあ。今パリ五輪真っ最中でこんな白人の尊大な差別意識の話題が良く出てるから、困ったものだね。 この植民地都市が「フェスタ」で盛り上がる夜に、いかがわしいクラブで黒人の行政官が刺殺された。この殺人を巡る話で、ガーヴにしては珍しく多くの登場人物の視点を飛び回る構成。ガーヴって一人称だったり、三人称でも視点限定してたりして、読者の感情移入を誘うのが上手なんだが、本作は自由に人物の内面に侵入して語る。 というわけで、これは人並さんもバラしているからバラすけど、一種の倒叙。殺人者の内面をしっかり描いて、だんだんバレていくプロセスを楽しむ話。ガーヴってちょっと「異常」な殺人者を外側から描いてスリルを盛り上げる作家だけど、本作はまだ試行錯誤かな。 で...なんだが、ガーヴと言えばあれ。うん、しっかり最終盤で大爆発。ほとんど「爽快!」とっていいくらいに、素敵。本格的な〇〇で、少しも臆せず犯人と渡り合う。このキャラのファンになりそう(苦笑) 異例の扱いはあるけども、それでも「ガーヴらしさ」はしっかり発揮されている。「ヒルダ」よりずっと素直に資質が花開いていると思う。話に例の要素以外あまりヒネりがないのに、不満な人もいるだろうけど、評者は結構気に入っている。 |
No.14 | 6点 | 兵士の館- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/06/20 20:38 |
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ガーヴといえばローカル色の強いネタに強みを発揮する、という美質があるわけだから、「ご当地ミステリの巨匠」とか言ってみたら面白いかも(苦笑)
今回の舞台はアイルランド。でケルト文明の遺跡を使った一大ページェントの陰に隠れてトンデモない陰謀が進行するこの話、巻き込まれ政治スリラーと言うカラーからは「地下洞」とか「レアンダの英雄」に近い話かもしれない。でも実際読んだ印象だと異常な脅迫者に操られる話に近いと見れば「道の果て」とか「黄金の褒章」に近いのかなあ...いや、ガーヴって話のバラエティはかなりある作家だけど、タッチにガーヴらしい共通点な「関心」が見えて、そういうあたりでも「安定のガーヴ」って感じがする。 けどさ、この作品の悪役は、アイルランドの愛国的独立運動になるから、IRAの過激派といえばそうかもしれない(まあ、IRAを当時名指しするのは政治的にマズいという判断もあるんだろうが)。それ以上に、評者が連想したのはアラブ過激派に脅されていいなりになるアンブラーの「グリーン・サークル事件」かもしれないな。でも、ガーヴらしさはそんな中にもファンタジックな味わいがあることで、これは「ガーヴらしい甘さ」とやや欠点のように語られがちな部分なんだけど、ヴィランらしいヴィランを立てるという面では、007とも近いかもしれないし、また本作の場合にはとくにケルト民族主義文化の背景で描かれることからも、ブラックバーンの「小人たちがこわいので」との共通性も感じたりする。 いや言いたいのは、イギリスの「スリラー」って、日本人は「中間的なジャンル」みたいに捉えがちで、曖昧なジャンル観でしか認識されないものだけども、こうやってガーヴ・アンブラー・ブラックバーン・007って横断して見た場合には、ちゃんとした「ジャンルとしての実態」があるものだとも感じるのだ。 |
No.13 | 8点 | 死と空と- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/04/24 09:59 |
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悪女、冤罪、沼沢地帯での逃亡劇、ヨット、死刑回避のための奮闘...実に「ガーヴ幕の内(フルコースと言いたいんだが...)」といった献立の作品。というか、キャリア的にはわりと初期の作品になるわけだから、キャリア全体から顧みたら「ガーヴ、覚醒」といった位置にあるといってもいいんじゃないかな。
でもポケミス裏表紙「抜きさしならぬ窮地に追いつめられた男と、愛するその男を救うために身も心も投げ出していとわぬ女とは、かくて、警察の追及に捨て身の挑戦を企てる!」の紹介だと、皆さんおっしゃるような「ガーヴ流幻の女」とミスリードされてしまう(苦笑)。これ不当な話だとも感じる。さらに突っ込めば設定の類似性が高いのは「黒い天使」だ。 まあ最後の決め手に気がつかないのは、小説として中盤の逃亡劇にリアリティと迫力があるためだから、これはガーヴの大衆作家としての力量の証明になって悪いことではない。でもリアルな裁判だったら気づくんじゃない? 確かにウールリッチほどではないけども、ガーヴにだってちゃんと「魔法」はある。 自分がやりたいことを素直に出せた作品になると感じる。そういう熱気が多少ある欠点も全部カバーできているのでは。ガーヴが自分の「スタンダード」を確立した記念碑だと思う。 |
No.12 | 6点 | 罠- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/03/12 17:33 |
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初読。皆さん同様、このトリックは知ってたな。しかし「どの作品で?」は知らなかった....それでも読んでたら、気がつくよ。ああ、あのトリックね、って。
でもねガーヴに甘い評者はそう印象が悪くない(苦笑)。原題が「Frame-Up」だから、これを「罠」と訳題にしたのは、時代柄仕方ないかもしれないが、あまり良い判断ではない。「でっちあげ」「フレームアップ」の虚実として読むと面白いし、またトリックのちょっとしたミスディレクションになっている個所もあって、妙味も感じる。 シンプルな謎解きストーリーだけど、ブレア警部とドーソン部長刑事が会話でしっかり推理を闘わせるあたりや、女性たちの悪女っぽさとか、抑え気味ではあるけども「ガーヴらしさ」はそれなりに出ている。 だから、ミステリを「トリック小説」として読んでしまうことで、作品としての面白味がかなり薄れてしまうというのを、評者は危惧する。宰太郎本の問題というのも、乱歩が始めた日本の「トリック偏重」の悪習の結果なんだと感じる。また、ガーヴが代表する英国スリラーと、日本では「クロフツ流」と捉えられる捜査小説と、「本格ミステリ」概念との微妙な関係性を評者は重視したいとも思うんだ。 |
No.11 | 7点 | レアンダの英雄- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/12/03 20:21 |
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ガーヴお得意の海洋冒険スリラー。
そりゃ鉄板、と言っていいでしょう。イギリスの植民地からの解放闘争の指導者を、アイルランド人でヨットマンの主人公が雇われて、囚われの島から脱出させようとする話。なぜ主人公に白羽の矢が立ったか、というと「ヨットマンは大体イギリス人だから信用できない」んだそうだ。そういうデテールのリアルが、いい。 そしてこのヨットマンの相棒としてスポンサーから寄こされたのが、指導者を崇拝する若き解放運動の女性闘士のレアンダ。最初は遠慮もあったが、次第に主人公と息が合ってきて、ヨットでの遠征もスムースに、虜囚の地ユルーズ島へ.... という話。うん、だけど、ガーヴだから。単純な冒険物語じゃないんだよね。でもこのネタはバラすと読者の興を大きく殺ぐ。ガーヴっていつでも不条理なほどの「悪意」が話の急所にあるんだ。そんな悪意が爆発するんだけど、これもまたガーヴだから、悪意の主には因果応報。これを期待していいのがガーヴ。 めでたしめでたし。 (でも皆さんも指摘するけど、幕切れのあと、二人はどうやって脱出したんだろう?) |
No.10 | 7点 | 地下洞- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/09/02 11:52 |
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皆さん口を揃えるように仰る「ガーヴの怪作」。
う~ん、こう来るか(苦笑) 確かに「何で?」な伏線はあるんだよ。三題噺みたいな強引さも感じなくはないけども、偶然発見した鍾乳洞という「非日常」の舞台設定が、そういう「?」をうまく打ち消して、さらには中盤のガーヴらしい達者なメロドラマにノセられて、ついつい読んじゃう「悪質な」作品(苦笑)。「このぉ!」とかキョーガクの真相に対して言いたくなる。 ちょいと連想するのは、ブラックバーンだったりする。でも両方とも「イギリスのスリラー」という面じゃ、同じジャンルだ。「トンデモ・スリラー」、でもウェルメイドというのが、実に「イギリス印」なのかもしれないや。 いやいや、客観的にはよく書けていると思うけども、ネタが...という奴。でもこういうの「好き」という読者は、確実に存在するわけ。それこそ「まあ、読んでみなって」とか言って、ヒトに勧めて困惑する様を楽しんだりしたくなるような...というと評者もずいぶん、人が悪い。 |
No.9 | 5点 | ヒルダよ眠れ- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/07/14 13:20 |
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さてヒルダ。改めて読み直すと「ヒルダって言うほど悪女だったのか?」と疑問に感じ始めちゃうのが、なかなかに厄介な話。今でいえば発達障害とか実はそういう「思い込みが強くて、周囲に気が使えないキャラ」で、勝手に周囲がヒルダを嫌うようになっていた....なんていうマギレが今では起きてしまっているのかもよ。
もちろん時代柄もあって、ガーヴはそんなこと考えてない。 どちいかいえば「幻の女」の被害者も「悪女」系だったから、それにヒントを受けて、調査が進むにつれ「証人が消える」話を「被害者のキャラが変わる」話にしてみた、というあたりなんじゃないかと思う。 でも、ホント皆さんご指摘の通りで恐縮だが、後半のメロドラマが退屈なんだよね。しかしだ、このメロドラマ調にガーヴっぽさを感じないわけでもないのが、痛しかゆし。困っちゃう。 まあシニカルな結末が好きなら、マックスと結婚したステファニーがどんどんと「ヒルダ化」するとかね、そんな不謹慎な想像もしてしまう。 そのくらい読んでいてモヤモヤし続けだった話である。 |
No.8 | 7点 | 黄金の褒賞- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/04/01 22:23 |
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ガーヴというとシリーズキャラクターを頑固なくらいに排斥し、無名で平凡な善人が時ならぬ「悪意の脅威」に晒されて、右往左往・七転八倒するプロットが十八番のわけだ。本作はそれを純粋化したような話だから「道の果て」あたりが近い。
子供と妻の命を我が身を投げうって偶然助けた見知らぬ男。主人公は退役軍人と称するこの男への負い目から、とんでもない運命に巻き込まれる。主人公が善人であり世間知らずの学者体質だからこそ、この話の趣きがあるのだが、今回は「イベント」自体は中盤であっさり片付いてしまう。だからこそ、話の進行の中で「どんなかたちでのドツボが待っているのか?」と読者がアタマをひねるのが眼目で、現在進行形のスリラー要素がない、というのが大きな狙い。結構珍しいタイプの話じゃないのかな。 だから本作、ガーヴの中でも地味といえば地味な作品だし、「考えオチ」みたいな面があるヒネった小説だ。そういう罠といえばそうだが、それを最後にするりと....ガーヴのハッピーエンドのお約束はしっかり守られている。 「ガーヴは甘口」と仰るのはわからないわけではないが、これが王道というものでしょうよ。 |
No.7 | 6点 | 遠い砂- アンドリュウ・ガーヴ | 2022/12/11 20:43 |
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つるつる読めて、安心・安定のガーヴ印。
いやどれ読んでもこの感想が変わらない(内容は全部違う)というあたりで、ホントの意味で凄い作家なんだけどもねえ。ガーヴと言えば「悪女」なんだけども、自分の得意ネタ「悪女」をうまくサスペンスのネタとして「使って」書いているあたり、さすがなものだと思うのだ。 (妻の一卵性双生児の姉)フェイは殺人者である。キャロル(妻)はフェイとまったく同一である。ゆえにキャロルは潜在的な殺人者である この三段論法で主人公とキャロルの夫妻が、フェイの冤罪を晴らさなくては夫婦生活を続けられない事態に陥るのだけども、主人公が100%妻を信用できるわけではない(キャロルも夫殺しをする可能性?)疑惑から、一緒に捜査をしても意地悪なくらいに仮説を念入りにチェックすることになるのが、実のところガーヴの「本格っぽさ」に貢献していたりする。でもさあ、キャロルの推理って「妄想」といえば妄想だし、それに主人公が戸惑うのが興味の焦点。 いやいやそうしてみると、結構ガーヴって「パズラーっぽい論理」というものをやや皮肉な目で見ていたりするのかな...なんて感じるところもあるんだよ。 面白いのは間違いないし、オリジナリティもしっかり。サスペンスもイケているし、最後は例によって追っかけ。サクッとした軽さがいいといえばいいんだけども、ああそうか、「狙い」とはいえ、アマチュアの捜査があまりにすんなり行き過ぎるのが、貫目の軽さみたいなものなのかな。 「ガーヴ畢生の大作」なんての、読んでみたかった気もするんだ。 |
No.6 | 6点 | サムスン島の謎- アンドリュウ・ガーヴ | 2022/01/14 06:47 |
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ガーヴの枕詞って「悪女」が通り相場だ。だから本作のキモの部分はヒロインの「オリヴィアが悪女かそうでないか?」を巡って主人公レイヴァリーの心が揺れ動く話なんだと思う。だから、実は本作、恋愛小説だ、と評者は読んでしまう。どうだろうか?
まあだから、ミステリ的にはやや肩透かしな真相も、「恋愛小説+(これもガーヴお得意の)アウトドア冒険小説」と読んだら、それはそれで納得のいくエンタメになっていると思うんだ。本当に楽しんでつるつる読めるページターナーっぷりは本作でも遺憾なく発揮されていて、全盛期のガーヴの達者さを楽しめる。一人称の主人公設定、少ないキャラ、舞台設定の凝り方、仮説を立てて対話的にツッコミあうことで「ミステリらしさ」が出て....なんだけども、昨今のミステリマニアにとって「ノリきれない」部分があるのは、要するにこの人、「ジャンル的忠誠心」みたいなものが希薄なことが原因のように感じるんだ。 評者とかその手の「忠誠心」に欠けている方(すまぬ)なせいか、「こういう作品もありか...」と感じるし、「ミステリ感度」が低めな福島正実がガーヴに入れ込んだのも、そういう面があるようにも感じる。 いやだから言いたいのは、舞台になるコーンウォール沖の離島の観光地、シリイ諸島もうまく生きた、楽しい冒険小説だってこと。ガーヴの余裕みたいなものを感じる。 |
No.5 | 5点 | 諜報作戦/D13峰登頂- アンドリュウ・ガーヴ | 2020/03/10 22:15 |
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ガーヴでも1969年の作で創元推理文庫から出た唯一の作品。評者ブックオフで拾った。こんなの転がってるんだ...欲しがる人の顔が見たいような本だから、重版なら100円で転がっていても不思議はないか。
NATOの実験機がソ連のスパイにハイジャックされて、トルコ/アルメニア国境の山岳地帯に墜落した。NATOは著名な登山家ロイスに、実験機に搭載された軍事機密のカメラの破壊を依頼する。墜落地点は未踏峰のD13峰の尾根。垂直に切り立った岩壁とクレバスだらけの危険な氷河に守られた、未知の山である。ロイスはアメリカの軍人登山家ブローガン大尉と共に出発する。未踏峰の危険にさらに加えて、山上ではソ連側も同様なパーティを組織してカメラを回収しようと狙っているだろう.... とまあ早い話、山岳小説である。ミステリ色は極めて薄くて、 ここではほかのクライマーたちじゃなしに、山がわれわれの敵なのだ という冒険小説。ややバレだけど、ソ連側の登山隊に女性がいて、著名な登山家ロイスのファンだったりして....うん、ロマンス色あり。下山後に東西冷戦を絡めて、乙女のピンチとかベタに展開するけど、とってつけたみたい。山での自然の脅威の部分は、登山用語は評者全然わからないけど、わからないなりに読ませる。 評者もガーヴだから読んだんだけど、どうでもいい部類の本。 |
No.4 | 6点 | カックー線事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2019/04/02 21:51 |
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エセックス州の田舎を走るイギリス国鉄のローカル線、カッコー線に乗った老紳士が、若い女性から暴行を受けたと騒ぎになった。紳士は暴行を否定し、その家族も「まさかウチの父に限って!」と紳士を信じるのだが、噂は村に広がってしまっていた。その女性は死体として発見され、老紳士に容疑がかかる。老紳士は精神の病気なのか?それとも何かの罠なのか? 弁護士の長男、作家の次男とその婚約者・長女と、老紳士の子どもたちが父の容疑を晴らすべく孤軍奮闘する...
という話。「それでもボクはやってない」みたいな痴漢冤罪風なのは冒頭だけで、殺人事件に発展してしまうとそっちは後景に退いてしまう。残念だが仕方ないな。それよりも東イングランドの沼沢地帯が舞台で、のんびりしたローカル色が、いい。アンブラーというかエリオット・リードの「恐怖のはしけ」も似たようなあたりが舞台だったし、ガーヴとアンブラーってローカル色を出したスリラーが得意で、似たテイストがあるからねぇ。次男がハウスボートを持っていて、婚約者と一緒にこの沼沢地帯で探索をして、父をハメた罠の真相に地味に一歩一歩近づいていくのが読みどころ。 真相はリアルなもので、いかにも「ありそうな」リアリティがあるのがガーヴらしい。しかし真犯人の自白が取れなくて、窮余の策に出るのが、お話といえばお話なところ(少し展開が読めるかな)。それでもガーヴ満開なウェルメイドなスリラー。 |
No.3 | 8点 | ギャラウエイ事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2018/11/26 21:34 |
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あれ、本作まだ1つしか評がないや。残念だねえ、本作なんて知る人ぞ知る鉄板の面白作品なのに。ガーヴのツートップとして「メグストン計画」と並ぶ名作である。「ヒルダ」なんて読んでる場合じゃないよ。
新聞記者レニイはジャージー島出会ったメアリという女性と恋に落ちるが、メアリの父である探偵作家ジョン・ギャラウェイに新作の剽窃疑惑がかかり、サレ側としてギャラウェイを追求したアマチュア作家が殺害された容疑で有罪の判決を受けてしまったのだ! メアリはあくまで父の無実を信じ、メアリに恋するレニイはその盗作と殺人の容疑を再調査するのだった...しかし剽窃の証拠もいろいろ揃っていて、なかなか突破口が見つからない。どうなる? という話。ジャージー島で出会ったメアリが突然姿を消す謎がまずはレニイの調査能力の小手調べ。ここでレニイの堅実だがしつこい調査能力をデモしてみせるのが、ガーヴの上手いところだろう。改めてガッチリ証拠の揃った剽窃の謎をレニイは追求して、トリックを暴くことになる。仮説を組み立てては調査しては崩れ、といったあたりをそれこそ「サスペンス」と捉えて読むのがいいのだろうな。筆致はリアルで、仕掛けは凝っているが納得のいく真相である。 で最後はガーヴらしく廃坑での追っかけっこのスリラー&冒険小説のサービスあり。またイギリスのミステリ業界が背景になっているので、特にモデル小説とかそういうわけでないが、ややメタなところを面白がっているテイストが少しだけある。 ギャラウェイや登場する作家たちも「探偵作家」とはなってるが、剽窃されたとなった小説は「海底四十尋」ってタイトルでね。狭義の「推理小説」と冒険スリラーを区別したがらない、イギリスの業界体質も見て取れると思うよ。まさに本作、そういう「足の推理小説」と「ラストの冒険スリラー」が合体した好例みたいなもんだね。 |
No.2 | 7点 | 道の果て- アンドリュウ・ガーヴ | 2017/09/05 21:18 |
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いつも思うのだが、ガーヴって何て読みやすい作家なんだろう!
風邪ひいて医者に行ったのだがほぼ待合+薬局で読了。ざわざわした医院待合なのに、気が付くとやたら集中してるよ...本当に、嫉妬するくらいの理想的な大衆作家だと思う。 考察すると、本作もキャラは少ない。主人公夫妻、養女、恐喝者×2、警視と6人で室内劇みたいな規模なので、キャラはしっかり描けてる。主人公は営林署の署長で森のプロ、しかも途中で山火事の鎮火にも活躍なんて幕間がある。開放的な自然を背景にして、家族のために戦う男が主人公だ。対するは養女の出生の秘密をネタに主人公を強請る恐喝者コンビ。なので主人公は正義の男なんだが、養女のために話を内輪にできれば...と思ったが最後、打つ手打つ手が裏目に出てドツボにドツボを重ねていく話である。 ナチュラリストで自然相手は得意でも、人間相手の駆け引きとか下手くそなのが、キャラのリアリティを高めてるかもしれないね。恐喝者コンビもそれぞれ個性が違い、よく描けてるわけだが、本作のイイところは、相談した警察がなかなかうまく役にたってくれない(と判断しちゃって)とついつい不満に思って、独自行動をするとさらにそれを警察に隠さなくちゃならなくなって...という心理にリアリティがあること。 なので最後の方なんて、祈るような気分で主人公が元に日常に戻れることを願ってたよ。当然ハッピーエンドなので、ご安心召されよ。 |
No.1 | 7点 | メグストン計画- アンドリュウ・ガーヴ | 2017/03/19 17:14 |
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1950年代ってのは、パズラーは時代遅れだし、ハードボイルドも大衆化しちゃって拡散しているし、スパイ小説のビッグウェーブはまだ少し先..と谷間のちょっと難しい時期(その代わりSFが黄金期。本作の訳者は「SFの鬼」福島正美だ。ポケミスでのガーヴ紹介はどうやら福島正実が力を入れていたようだ)だったわけだけど、いろいろとジャンルミックスとかあって面白い作品は面白かったわけである。そういう50年代ならではの面白作品の定番として、挙げる人が多いのがガーヴの本作と「ギャラウェイ事件」という印象がある。
本作はガーヴお得意の悪女+海洋冒険小説+コンゲームというジャンルミックスで、鉄板の面白さを誇る。久々再読したけど、ツルツルと読めること読めること、あっという間に読了。ストーリーテリングのうまさは天性で、ノンストップで楽しめるタイプの作品。 ガーヴは面白いけど、今は出版に恵まれない(本作もポケミスで出たきり。再版はある)のは、やはり日本のミステリファンの過剰なジャンル意識によるもののような気がする(「ヒルダ」が文庫で何度も出てるのは「ミステリらしい」からね、あれは)。ジャンルミックスでジャンルを決めづらい作品ってどうも不利なんだね。 |