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クリスティ再読さん
平均点: 6.41点 書評数: 1327件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.467 6点 銀座幽霊- 大阪圭吉 2019/01/28 00:09
大坂圭吉である。創元の2冊でもこっちのほうが軽量級、という感じだろうか。評者思うんだが、この人、型にハマったホームズ風短編だとどうも堅苦しくなりがちで、「ミステリらしさ」にこだわらずに書いた作品のほうが魅力的だと思う。「銀座幽霊」のベストは評者は「動かぬ鯨群」、次点は表題作。
「動かぬ鯨群」は、「坑鬼」が「社会主義探偵小説」なんて言ってたののプロトタイプみたいなものだろうか。まあ「坑鬼」は「とむらい機関車」でちゃんと扱うけども、プロレタリア文学のテイストをミステリに応用した..という面で、レアな作品で面白いと思うんだが、本作もそういう路線のものだろう。モダニズム、ってのもさ、結構幅が広いものだからね。
だから大坂圭吉って、名探偵を描かせると全然魅力的じゃなくて、ヒーロー性みたいなものがカケラも出ないのだけども、逆に「銀座幽霊」の女給たちとかバーテンに精彩があって、「モダン・ボーイだねえ」という印象を強く受ける。だから「リアルな街の出来事」の雰囲気があって、何か、いい。もちろん「ワザとの仕掛け」で不可能興味が出たのではないのがいいところ。結果的に「街の怪談」といった洒落た話になっている。
まあ、何ていうのかな、この人いわゆるミステリ・ライターの稚気みたいなものが薄い人のように感じる。だから魅力的な謎を設定しても、その謎の「魅力を押し売りするようなハッタリ感」みたいなものが弱くて損しているようにも思うんだよ。
だから「燈台鬼」が今ひとつな出来なのは、仕掛けがワザとらしいのに、ハッタリなほどのロマンがないあたりなのかもしれない。もう少し余裕をもって、膨らませれば....

No.466 6点 眼の壁- 松本清張 2019/01/27 23:10
社会派、ということにはなるんだけどね....どっちか言えばスリラーとして上出来、という雰囲気の作品だと思うよ。手形詐欺とか右翼とか、そこらへんのいわゆる「社会派」ネタは単なる「設定」みたいなもののように感じるな。本当はこの主犯の右翼に、アンブラーがディミトリオスに託したような「歴史の闇」が出てれば良かったのかもしれないんだけど、全然そういうわけでもない。まあそこらは「けものみち」あたりを待つべきか。
それでもこういう「社会派」ネタによって、リアリティを醸しているのはもちろん清張の功績だ。しかしそれよりも、グループ犯だし、犯行も行き当たりばったりだし、殺人が全然目的でなくてタダの手段、とこういうあたりに実録風のテイストを与えていることの方が画期的な気もするんだよ。「ありそうで、ない」ような犯罪のあり方、みたいなミステリの範囲を広げるような狙いの上手さみたいなものだろうか。例の有名な死体の始末法だって、即物的なのがいいんだよ。だから意外かもしれないけど、スパイ小説に近い作品なんだと思う。
トータルでは、エンタメとしての達者さは窺われるけどもの、まだ清張じゃない、という印象、かな。

No.465 6点 アンタッチャブル- エリオット・ネス 2019/01/27 22:52
1960年代のポケミスの最後の広告ページには、よくノンフィクション中心でNFに当たるハヤカワ・ライブラリーの広告が載っていて、そのトップが本作で馴染みがあったね。もちろんこれ、アメリカのTVシリーズが大ヒットして、これが日本でも放送されて人気を集めたことによるわけだが、本作はその原作、というかアル・カポネと対決したFBIの捜査官エリオット・ネスの自伝である。だからノンフィクション...ということにはなるのだが、どうやら実際には結構話を盛ってるらしい。
禁酒法下のシカゴは、夜の大統領アル・カポネが築いた帝国に支配されていた。政治家・司法機関さえも買収され、カポネの暴力とカネの力に対抗するものはいないかに見えた。シカゴの財界が作る「秘密六人委員会」は、カポネの税務監査と同時に、酒類取締官だったエリオット・ネスの提言を入れて、少数精鋭のFBI特別捜査官によるアルコール取締を行うことになった。ネスが率いた10人の捜査官は買収不可能で手強い「アンタッチャブル」と呼ばれた。
という話である。小説仕立てなのだが、小説として下手クソなあたりが、逆説的なリアリティを感じる。ネスとその部下たちによる地道なアルコール醸造工場の摘発・閉鎖や、輸送ルートの遮断が中心なので、描かれる捜査は本当に地味である。が、そういう地味さが評者は面白い。ネス自身への襲撃は数回あるが、殉職は1人だけ。意外でしょ。最終的にはカポネを追い詰めたのは脱税の捜査だが、アンタッチャブルの戦いも、カポネの収入を断って大きなダメージを与えたことには違いない。
あと本作というと、デ・パルマの映画があるけどね、これってさ昔のTV人気作品の映画化のハシリみたいな作品...ってイメージだったね。でこういう劇的・感動!とか期待すると原作は全然ダメなんだけどね...評者とかさ原作の地味さの方が何か好ましいよ。
(あとハヤカワ・ライブラリーは「ダイヤモンド密輸作戦」とかやりたいなあ)

No.464 2点 三つの道- ロス・マクドナルド 2019/01/27 22:19
アメリカ人の精神分析好きには閉口するのだが、ケネス・ミラーとしてのラストはフロイディズムずっぽりのサイコスリラーみたいなもの。乗艦の沈没で帰宅した主人公が、妻の他殺体を発見して記憶喪失に陥る...主人公の世話を買って出た元婚約者が、主人公の社会復帰をサポートしてくれるのだが、主人公は妻の殺人の真相解明に固執してそれを調査しようとするのだが、元婚約者は不可解な動きをする...
で、言うたら何なんだけど、この主人公、不快な奴だな。身勝手きわまりなくて、元婚約者に同情することしきり。サイコスリラー風味なせいか、文章が悪い意味で文学的。表現をこねくり過ぎていて、やたらと古風に見える...それに輪をかけるのが、井上勇の翻訳である。本当に持って回ったような堅苦しい翻訳になっていて、評者でも中々ページが進まないや。え、なんでこの人なの?と思うような訳者の選択である(せいぜい井上でも、井上一夫くらいにして欲しいよ。妙な訳が多くて評者、困った)。

彼は眠れぬ夜、部屋が闇と静寂が包んだとき、いちばんよくものを考えることができた。真夜中もとっくにすぎて、目をあけたまま横たわり、現在のはしの突端から、後方に伸びる記憶の荒野を測量していた。その一生を説明する動因は、距離の半分以上が地下を流れる川のように、たどるに困難だった。

...プルーストかいな(苦笑)。なので本作、他の作品と違って本当に出来事が少ない。複雑怪奇に事件が縺れに縺れるロスマクと違って、ろくな事件も起きない。でしかもね「読者をバカにしてんの?」と問い詰めたくなるような真相である。娯楽目的で本作を読むのはホント引き合わない。入手性も悪い作品だけども、読むのはどうしてもロスマクをコンプしたい読者だけで十分である。

No.463 5点 髑髏城- ジョン・ディクスン・カー 2019/01/23 20:51
評者本作最初に読んだのはね、世界大ロマン全集だったよ...この創元のシリーズは、創元推理文庫の原型の一つなんだよね。本格は世界推理小説全集の寄与度が高いけども、「怪奇と冒険」はこっちメインである。とはいえ本格でも「月長石」と本作が世界大ロマン出身、ということになるわけでね。本作は改訳したけども、ここらへん1950年代後半の訳なんだから「怪奇と冒険」枠ももう少し改訳すれば...と思うあたりだが、ミステリ以上に名物な訳が多いから文句出そうだね。
本作はそういう出自に違わない内容、といえばその通り。カーでもバンコラン物は、ミステリ風味の怪奇ロマン、という風に割り切って楽しむべきなんだと思うよ。そうしてみれば、髑髏城での晩餐会とか雰囲気絶佳で、いいじゃないか。こういう豪奢でしかし神経質なパーティの雰囲気が、評者は好きだなぁ。映画館でふと居眠りして筋の分からなくなった洋画のパーティシーンを見ているかのような、悪夢的な佳さがある。それにしても雷鳴、鳴りすぎだよ(苦笑)。
パズラーとしてはどうこう言うものでもない。が、本作の狙ったあたりであるはずの

奇(くす)しき禍(まが)うた、歌うローレライ....

といったドイツ・ロマン派の教養主義テイストも、いささか遠くなって来たわけだから、本作のオモムキも今の読者にどれほど伝わるものなのかしら。

ちょっと追記:世界大ロマン全集には評者とてもお世話になったので、少しだけ考察してまとめとしよう。この全集(1956-59)は、創元文庫の原型を作っているのと同時に、ルヴェルなど一部のテキストは戦前の「新青年」に載った翻訳から来ているし、「血と砂」「とらんぷ譚」と戦前の有名映画の原作物が多数収録されるなど、戦前の翻訳小説の文化と、創元文庫のクラシックスとして定着した戦後とを結ぶ重要なシリーズだったと思うのだよ。「新青年」趣味の残照を手軽に味わえる貴重な機会なのである。古本屋だと比較的手に入りやすいものが多いので、古臭い、と敬遠せずに戦前~戦後をつなぐ重要な鎖の輪と思って読んで頂きたい。ミステリ、というのも戦前のモボの多岐にわたる趣味の分野から成長していったものなので、ミステリのクラシックの理解にも大きく役立つと評者は感じる。

No.462 6点 007/ムーンレイカー- イアン・フレミング 2019/01/19 21:16
初期にしては陰謀が大げさな例外的な作品なんだけど、売れてからのお約束みたいなものが薄くて、丁寧に書かれた印象を受けるのが、いいところ。実際、本作をリライトしたのが「ゴールドフィンガー」なんだろう。「ゴールドフィンガー」はもう「何がウケて、自分は何が書けるか?」をよく分かって「勝ちにいった」作品なんだけども、本作はまだいろいろと「試してみる」感が出ていてこれはこれで新鮮に読める。
実際、終盤までとりあえず「ムーンレイカーの打ち上げの妨害者は誰か?」を軸にプロットが進行するので、ヴィランのドラックス卿の関与だって匂わせる程度。まあ序盤のブリッジ勝負があるから、ドラックス卿が善玉なわけはないのだが、最初っから憎々しいゴールドフィンガーに比べたら、エネルギーと指導力に満ちたカリスマ・リーダーとしてそれなりの説得力のある描写だしね。
だから逆にボンドがまだ若僧っぽい。ムーンレイカーの打ち上げ阻止のために「自分が犠牲になろう」とするあたり、クラシックなイギリス冒険小説みたいで、ボンドらしくない。オマケに、最後にはフられる...アンタ誰だ(苦笑)。
訳者の解説によると「インテリ好みの西洋講談」だそうだ。意外なくらいに若々しい筆で、いいじゃないか。

No.461 8点 新アラビア夜話- ロバート・ルイス・スティーヴンソン 2019/01/15 22:50
これは面白い!「枠に入らない」話の連鎖的な連作短編を「自殺クラブ」「ラージャのダイヤモンド」で2作を収録。怪奇にも冒険にもミステリにも素直に収まらない「奇譚」と呼ぶのがふさわしい内容である。本作のフロリゼル王子、「裏ホームズ」みたいにも見える時があるし、ある意味黄金期作家たち(とくにカー)にも陰に陽に影響のある作品だろう。ミステリ古典読むなら、本当に本作は一度読んでおくことをオススメする。
カードで殺害者と被害者を決める「自殺クラブ」を主催する会長なんて、ほぼモリアーティ級の大物犯罪者じゃないかな。「自殺クラブ」はこの会長と、ボヘミアのフロリゼル王子が対決する短編が3つ続き、「ラージャのダイヤモンド」はフロリゼル王子は狂言回しくらいだが、インドのラジャが所有していたダイヤの魔力に取り憑かれ、策謀のワナにはまった人々を、最終的に王子が救い出す相互に関連し合った短編が4つ続く。視点をいろいろと変えて「どんな関係が前の話にあるのか?」なんて興味を引いていく手法が斬新。フロリゼル王子は鷹揚で時折賢者のような含蓄のあることを言うのが素敵。それでも、

殿下は長らく国を留守にし、公務を怠ったことから、蒙を啓かれた国民はつい先頃革命を起こし、王子はボヘミアの王座を追われてしまった。現在はルーパート街で煙草屋を営んでおられ、店には他国の亡命者たちもよくやって来る。

ぼぼこれが全体のオチなのだが、「市井の哲学者」というか巷隠というか、そんなトボけたアヂが出てていいなあ。オリジナリティ抜群のニアミスである。

No.460 6点 絞首台の謎- ジョン・ディクスン・カー 2019/01/15 22:21
評者本作結構好きなんだ。霧深いロンドンに浮かぶ絞首台の影、地図にない町「ルイネーション(破滅)街」で絞首刑になる男、深夜の街を蛇行する死人に運転されるリムジン...とポエジーに溢れた怪奇を提供してくれているんだもの。イメージの豊かさでは、なかなかのものだと思うんだよ。
だからね、本作は「密室パズラーの巨匠カー」という思い込み(というか読者の期待)を一旦外して、この時期に成立するパズラーを参照点にするんじゃなくて、それこそスティーブンソンの「自殺クラブ」とか、ああいったビザールでロマネスクな冒険譚を参照点にすべきなんだと思うんだよ。というかね、こういうロマンが当初のカーのやりたかったこと、だったわけで、それが日本の凝りに凝ったマニアの期待からズレていてもさ、それをあくまで押しつけるのはどうか?と評者は思うのだ。
まあミステリとしては、ほぼ「隠す気なし?」というくらいの明白な犯人(特定はまあファア)、ショボめの不可能興味の真相と、大したもんじゃないのはその通りなんだけども、ビザールなロマンの味を楽しむ余裕くらい、あってほしいと評者は願うのだよ。

No.459 7点 モンマルトルのメグレ- ジョルジュ・シムノン 2019/01/14 11:36
訳題が「モンマルトル」と付いているので、ボヘミアン画家とかムーラン・ルージュみたいなおのぼり喜ぶショーキャバレーが舞台?と思うとさにあらず。舞台はダンサーが3人しかいないストリップ小屋だというのが、シムノンらしさ全開。ミステリ色の薄い「ストリップ・ティーズ」も併せて読むといいかも。
じゃあどこがシムノンっぽい?というと、被害者になるストリップ嬢は仕事のあと、警官に犯罪計画を立ち聞きした...と密告しに行って、メグレの元まで送られるのだけど、いざ酔いが醒めてみると急に証言が曖昧になって...とグズグズなあたりかな、とも思うのである。小説って意外に目的志向が強いものだから、「勢いで何かしちゃって、腰砕ける」とか書きづらいものなんだけども、こういう「あるある的リアル」が「シムノン、書けてる!」感の原因かな。
でこの嬢、証言翻して帰宅したらその自宅で絞殺されていた....曖昧な証言は裏を取ると、全部でっちあげのようだ。しかし、予告されていた犯罪らしきものは、起こった!
というこの展開は、まさに「ミステリとして、うまい」という感じ。なぜストリップ嬢はそんな密告をしようと思ったのか?背後にどんな男がいるのか?というあたりを巡って、メグレの捜査が続く。ご贔屓ロニョン君も活躍するし、メグレが気分転換に外の捜査に出たがるワガママとか、ここらへんのニヤリとなるあたりも鉄板の面白さである。
で終盤、メグレとこの嬢をよく知るストリップ小屋の店主と、改めて嬢の性格などを検討し直すシーンが、なかなか「女が分かってる」感が強く出ててスゴイな、と思わせる。女性を描かせて最強の男性作家なんだろうな。
最後はうまく罠をかけて犯人を釣り出すし、ここらへんパズラーじゃない「警察小説」の良さが体現できている。過不足なく中期メグレの面白さを紹介するんだと、本作が一番ニュートラルにわかりやすい作品かもしれない。

No.458 6点 チャーリー・チャンの活躍- E・D・ビガーズ 2019/01/14 10:58
評者チャーリー・チャンって読んだことなかった。創元オジサン印の古典なんだが、どうもここに至るまでに高校生の頃の本格愛が尽きたようだった(苦笑)。ビガーズ自体完全な初読である。
で読んでみると、世界一周旅行ツアーの中で起きる殺人、という設定がなかなかナイス。大勢のツアー客を書き分けるのがポイントだけど、これがちゃんとできてる。そうそう「誰だっけ?」にならないので、小説の腕は確か。
としてみればさ、最初のロンドンでの殺人をパズラーとしての導入にして、中盤をフランス~イタリア~横浜のスリラーで繋いで、終盤で真打ちのチャーリー・チャンによるパズラーの解決、とする構成の良さが、こりゃ立派なものだ。後からツアーに参加したチャンと、読者が改めて同じ情報を見ながら推理できるのがフェアでねえ。だから少々犯人特定に無理があるけども評者は許せちゃう。あっちこっちに細かくミスディレクションも振れてるし、地味かもしれないが、なかなか良い作家じゃん、というのが一番の感想である。
けど評者はチャーリー・チャンというキャラはそう好きじゃないな。妙な格言とか、ピジン英語調とかはあまり感心しない。それでもダフ警部の友情に対して、チャンが「侠気」みたいなものを見せるのが、いい。
エンタメとしてはしっかり良心的に出来てるとは思うが、キャラが古くなってる?ということかもしれない。

No.457 5点 ウィチャリー家の女- ロス・マクドナルド 2019/01/14 10:46
さて「ウィチャリー家」。「さむけ」と並ぶツートップ、って誰が言い出したんだっけ?わざわざ本作を評者は終盤に持ってきた理由はねえ、この「ツートップ」にどうも納得しづらいものを感じてたからなんだよ。
まあトリックに無理があるよね、は結城昌治の「暗い落日」が本作の不満から...でほぼ周知のことと思われる。「暗い落日」は無理なく入れ替える工夫をしたわけだからオッケーだけど、元ネタ本作はそれを考えに入れると厳しいと思う。
多分本作の一番ヘンなところは、フィービの失踪からマゴマゴしすぎていることのように感じる。何か別の逃げ方なかったのかい?と問い詰めたくなるような不手際ぶりのように感じるんだね。悪党もケチな連中じゃん。ああいう悲劇を回避する手段がいくらでもあったような気がする....だからさ、本作の「悲劇度」は本作執筆あたりでのロスマクの家庭的な悲劇が強く反映しすぎて、

「命取りになった病気は?」「人生です」

になっちゃった結果のように思うんだよ。そういうロスマクの「鬱」は気の毒には思うけども、小説にしちゃうと不幸自慢にしかならないから、評者はどうもノれない。どうだろう、皆さんこういうの、好きなんだろうか?
この時期ロスマク良い作品目白押しなんだから、本作をわざわざツートップとか呼ぶ理由は、評者はわからない。もっといろいろな作品、読もうよ。

No.456 6点 沙漠の古都- 国枝史郎 2019/01/11 06:29
何というか、面妖な小説である。本当に行き当たりばったりで、作者に鼻面掴まれて引き回わされるような読書体験を味わった(苦笑)。最初はマドリッドの「民間探偵」レザールが「燐光を放つ怪獣」の出没を調査することろから始まる。「バスカヴィル家の犬」だ。その先輩に当たる探偵ラシイヌとの探偵合戦みたいな趣向があるのだが、怪獣の正体は動物園長の着ぐるみであることが判明する....がそれは、マドリッド市長が「支那新疆の羅布(ロブ)の沙漠」に住む回鶻(ウイグル)人の秘宝を奪ったことに対する、回鶻人の復讐だった!
なんて始まるんだよ(苦笑)。これだけで40ページほどで、軽い導入くらいのウェイト。およぞZ級の味わいにあっけに取られるんだが、袁世凱から別な秘宝の手がかりを託された「支那の貴公子」張教仁と、死去した袁世凱の生まれ変わりを自称する秘密結社の主袁更生、謎を知る土耳古美女紅玉といった面々と、冒頭で登場したラシイヌ&レザールの探偵コンビが、三つ巴の秘宝争奪戦を上海で繰り広げ、秘宝のありからしいボルネオの奥地に探検に赴く。スパイ小説風の味わいから、秘境冒険小説に化けてしまう....まあ、何というか、ジャンルが迷子の小説である。
それでも「神州纐纈城」みたいな陰惨さがなくて軽妙で脳天気な展開なのと、国枝一流の流麗な美文から、ついついクセになる面白さはある。小栗虫太郎の西洋伝奇モノってさ、こういう国枝史郎の後継者みたいな感じだったんだね...と思わせる。虫太郎の鋭さとか陰鬱さはなくて、もっと軽くてマンガっぽいが、それでもヴェルヌとかハガードとかドイルの「面白小説のエッセンスを自分なりに再調合してやろうじゃないの」という意欲はよく窺われる。
困惑はするけど、それでも読んでいるうちは少なくとも面白い。だから本当に、困る。けど本作、翻訳小説みたいな名義で書かれたけども、国枝史郎バリバリのオリジナル作。しかも1923年。乱歩がようやく「二銭銅貨」書いた頃なんだよ!欧米風ミステリ創作では、国枝の方がハッキリ先行しているね。

No.455 7点 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー 2019/01/06 12:00
クリスティ、クイーン、ロスマクとやってきたわけだが、じゃあ今年の軸は...というと、困った、カーしかもうないのか。評者あまり得意じゃないんだよ。カーってつまらない作品はトコトンつまらないからねえ。
新春で古本屋めぐりをして、カー3冊仕入れたがどれも本サイトで平均5点以下のもの...まあそういうめぐり合わせかね。申し訳ないが愚痴言いながら書いていくことになりそうだ。
しかし本作は、カーでも一番評判のいい短編集である。定評通りに「妖魔の森の家」はタイトな秀作といった感じのもの。「妖魔」ってゴブリンなんだね。「お手本」と言われるのはその通りの出来。例のロンドン塔の話と似たブラックでシニカルな状況がナイス。要するに本作、ムダがなくて筋肉質なあたりがいい。
で「軽率だった野盗」「ある密室」「赤いカツラの手がかり」もちょっとした不思議状況を手がかりに真相を解明するもので、軽妙な感じがいい。まあカーでフィージビリティ云々するのは無粋だと思うよ。短編だからこその、不思議状況をひっくり返す逆転の切れみたいなもので楽しむべきだと思う。
そうしてみるとねえ「第三の銃弾」は凝りすぎのようにも思う。ただでさえややこしい状況の短い長編を、雑誌掲載のために真相にかかわらない細部を詰めて中編にしたものだから、何かと忙しい。そもそもの最初のプランにあまり説得力がないから、それが更に状況によって複雑化するとしても、危なっかしく土台が揺れてるような印象である。「三つの棺」がそうであるように、複雑なものを視点を変えたらシンプルに説明がつく、というのが本当はミステリで一番の醍醐味のような気がするんだよ。

No.454 8点 日本探偵小説全集(8)久生十蘭集- 久生十蘭 2019/01/03 21:46
ミステリというのは不祝儀の極みのジャンルなので、「おめでたいミステリ」って語義矛盾なんだけども、顎十郎の1編「丹頂の鶴」はというとね、

そもそも鶴は凡禽凡鳥ならず。一挙に千里の雲を凌いで日の下に鳴き、常に百尺の松梢に住んで世の塵をうけぬ。泥中に潜してしかも瑞々。濁りに染まぬ亀を屈の極といたし、鶴を以て伸の極となす。

「いや、目出度いの」。公方様お手飼いの丹頂鶴の死因を「捕物吟味御前試合」の場で、ライバルの南町奉行所の同心を向こうに回し、見事に目出度いオチを付けてみせるわけだ。まさにお正月に読むべきミステリはこれを外してないでしょうよ。
とまあ新年なので洒落てみせたのだけど、「半七」を別格にすれば、ミステリファンが読むべき捕物帳はやはり「顎十郎」ということになる。創元「日本探偵小説全集」の久生十蘭の巻で顎十郎を全作収録しているのはダテじゃない。トリックもあり、ロジックもあり、意外な犯人、不可能興味のミステリの精髄を、比較的短い紙幅(文庫20ページくらい)で切れ味鋭く繰り出されるのは、これちょっと快感、というのものだよ。
でしかもねえ、小説としての洒落っ気もさることながら、文章が実にリズミカル。江戸情緒溢れる日本語が、名調子に乗って繰り広げられる。まあ半七の江戸のリアリズムには及ばないにせよ、「粋」を愉しむエンタメとして秀逸なシリーズである。ミステリとしては、両国の見世物小屋から鯨が消失する不可能興味の「両国の大鯨」がとくによく出来ていると思うよ。
三編収録されている「平賀源内捕物帳」は顎十郎ほどの楽しさはないが、雪の上の足跡密室、一種のアリバイトリック、江戸・大阪・長崎で同一人物に刺殺される不可能興味など、趣向のハッタリの掛け方のうまさではこっちのが上かもね。
「日本探偵小説全集」の名に違わず、本書は捕物帳でもとくにミステリらしい作品が詰まった作品集になっているからね。もちろん、「湖畔」「ハムレット」は十蘭短編の最高峰みたいなものなので、こっちも読んでないと....
うんだから「捕物帳だから」で敬遠するのは、間違ってるよ(あと評者は城昌幸の「若さま」も捨てがたいな...これは「隅の老人」もかくやのアームチェア・デテクティブをカマす捕物帳なんだよ)。

No.453 8点 東京探偵団- 細野不二彦 2019/01/02 16:39
新春乱歩三連発の〆は本作。「乱歩と東京」の主題である「都市論としてのミステリ」をバブル初期の東京を舞台に、「少年探偵団」して実現するという、これほどクレバーな戦略のマンガがあるの?というくらいの名作である。
少年探偵団、というと、父性&分析的理性を象徴する明智先生と、誘惑者であり倒錯者である怪人二十面相との間で、小林少年を巡る恋の鞘当ての物語として読まれるべきなのだが、本作ではもはや超自我である明智は存在し得ない。自立したゲイの少年としての小林少年=ジャッキーが、怪人二十面相=黒男爵との間で繰り広げる機智の闘争=ラブゲームの物語なのである。
なんて固いこと書いちゃったが、正直言ってさ、ゲイの少年をヒーローにした少年向けマンガなんてそもそもあったっけ?(相方も守銭奴の女の子と力仕事担当のマゾヒストで苦笑)。掲載誌がマイナーな「少年ビッグ」だったから知名度は低いけど、当時から細野不二彦の隠れた大名作として有名だった作品である。まあこの人、そもそも結構ミステリタッチは多いね。作者は絶対「乱歩と東京」を読んでると思うよ。
明智先生がいないかわりに、ジャッキーを支えるのは「シティ・ジャッカー・カード」と呼ばれる王道コンツェルンのVIP専用の「魔法の」カードだ。バブル初期の経済的高揚感を反映して、マンガなので奇想天外な「お金の使い方」で事件を解決する。これがなかなか突き抜けていている。ビルをまるまる買い占めるなんて当たり前、たとえそれがサンシャイン60であってもさ。マンガのホラ話感をうまく使えているのが、いい。
新書だと全6巻になるが、後半に秀逸なエピソードが多い印象がある。首都高の渋滞をネタにした「虹が渡る橋」、JR民営化に絡めて環状線の東京からの「脱出」を描いた「MEBIUS EXPRESS」、第一生命館のマッカーサー執務室が舞台の「星条旗の幻」、皇居に潜入して「あの人」と蛍狩りをする「無影燈下の蛍」、「東京タワーとモスラ」を再現してみせる「TOKYO-WAR」など、奇想に満ちた冒険譚を連発している。狭義のミステリ色は薄いが、「都市を巡る冒険ファンタジー」としての完成感は抜群である。けどねえ、このバブル期の風景ももう消えているものが多いわけだ....感慨。

No.452 7点 乱歩と東京- 評論・エッセイ 2019/01/01 22:56
さて新春は乱歩三連発としよう。二番手は1985年度協会賞評論部門も獲った、乱歩をモダン都市論の中で論じた名著である。バブルのトバ口にかかった1985年というこの時代でなければ書かれなかった評論、という印象を評者は強く持っている。出版も西武カルチャーを担ったPARCO出版、「超芸術トマソン」「建築探偵」といった流れの中で、自分たちが暮らす都市を一つのテキストとして捉え、もう一度別な視点で眺めよう、という知的流行のさなかで本書が出たわけである。ミステリというジャンルが「都市小説」という色彩をホームズの昔から湛えているわけなのだが、乱歩の小説の中に反映した都市の像を社会的に検証しているのが本書である。
評者だと本当に、ここらが青春だったね。80年代にはかろうじて窺うことのできた、本書が扱う建築の名残も今やすべて取り壊され、乱歩都市の記憶は本書の写真たちの中に色あせて「ある」だけのことだ。本書の評論の秀逸としては、「陰獣」を同潤会アパートと絡めて論じた箇所、「怪人二十面相」を少年たちの生活空間として論じた箇所、「二銭銅貨」と貨幣価値の話など、独立して楽しめる話題が多い。「屋根裏の散歩者」を論じてこんな感じである。

部屋を戸締りできるということは、探偵小説の主要なモチーフである密室が誕生したということである。翻ってみれば、登場人物のプライバシーを推理する小説が探偵小説であり、プライバシーが具体性を帯びたことこそ、探偵小説を生み出す基盤となったといえる。

ミステリもただ読んで愉しむだけでなく、さまざまな「楽しみ方」があることを示した「ミステリをどう論じるか」の方法論として画期的な評論だと思う。

No.451 10点 日本探偵小説全集(2)江戸川乱歩集- 江戸川乱歩 2019/01/01 17:10
新年ということで、初心に帰って乱歩を取り上げよう。評者の世代だったら当たり前なのだが、小学生時代にポプラ社子供向けを読んでファンになり...なんだが、評者マセてたから、小学生高学年で平気で大人向けを読み出して、中学時分にゃ「盲獣」「闇に蠢く」あたりまでコンプしちゃってたよ。自分で言うのも何だが嫌な中坊だな。
でその後何回も思い出したように再読はしている。今回読んでみて、大正期~昭和初期の名作たちって、実に読みやすい!というのが改めての感想。戦前の小説とは思えないくらいの滑らかで普遍性のある語り口だと思う。だから70年台の中学生でもこれほどハマれたというものだ。全盛期の乱歩はやはり稀代のストーリーテラー(語り手)だったように思うよ。評者もともと「押絵」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」「目羅博士」が五大名作だと思ってた(ごめん評者明智クン要らないんだ)が、今回の再読では「鏡地獄」がやや出来上がり過ぎに感じる。「鏡地獄」を落として、「パノラマ島」の千代子との道行きの佳さ(「青ひげ公の城」だよ...)に入れ替えたい。ここらの短編定番大名作たちは名状しがたい哀しみがあるのが本当に、いい。意外に上に挙げた6作が1冊に効率よくまとまってる短編集が少ないんだな。
でこの創元「日本探偵小説全集」のセレクションだと一番異論があるだろうのはもちろん「化人幻戯」だ。たとえば「孤島の鬼」か「怪人二十面相」+「赤い部屋」くらいに差し替えても悪くはなかったんだろうが...今回「陰獣」と「化人幻戯」を連続して読むことになったわけで、そのための面白さみたいものを感じたので、このセレクションもアリか、と思うようにもなった。比較すると非常に面白いし、ある意味「化人幻戯」が「陰獣」のリライトである面がよく見えるんだよね。
まあ「化人幻戯」は、戦後の気の抜けた乱歩の文章なのでどうにも飽きてくるのがあるのと、大河原侯爵も庄司クンも探偵小説ファンで、乱歩の名前も出てくるファンアート風の部分が妙に気恥ずかしい部分もあって、評者昔からかなり苦手作品だった。まあそういう部分は今更仕方がない。「陰獣」も実は、乱歩の本格ミステリ作家の「理知」を抽出した部分を主人公の作家として、幻想作家としての部分を仮想犯人である大江春泥に託してあるという、内輪ネタな要素があるわけだ。「陰獣」の作中で真相は「一人三役」だ、となるんだが、これは実は乱歩のわざと仕組んだ韜晦で、「主人公=春泥」の「一人四役」なのだ、という真意に今回気づいたのだ。「陰獣」のラストでは、主人公こそが鞭打たれて悦楽の叫びを上げるべきなのだろうね。だがそれを「良心が許さない」と決着をつけたわけである。
トランスジェンダー、というわけではなくても、同性愛の場合に「自身が男なのか女なのか?」と惑い、あるいは積極的に「異性の気分になって」愉しむこともある。そういう「性別の揺れ」を「陰獣」や「化人幻戯」に積極的に読み込むべきなんだ。
「化人幻戯」は更に構図を複雑化して、ウケの男(庄司)と理知の人(明智)の分裂がさらに加わる。このような乱歩の内面の劇として「化人幻戯」を読むと、実に面白いのだ。本当にあからさまに、内面を暴露しているんだよね。ここに還暦を迎えた乱歩の諦念みたいなものを評者は感じて、ラストシーンにしんみりとしたものだ。

人間大多数の性格や習慣が正しくて、それとちがったごく少数のものの性格は病気だと決めてしまうことが、わたしにはまだよくわからないのです。正しいって、いったい、どういうことなのでしょうか。多数決なのでしょうか。

これを「カミングアウト」と正当に捉えよう。そうすれば乱歩を今読む意味もあるというものだ。良心が許さない「陰獣」からここまでたどり着いたのである。

No.450 7点 カッコウはコンピュータに卵を産む- クリフォード・ストール 2018/12/27 08:33
本書のサブタイトルは「コンピュータ諜報の迷宮の中でスパイを追って(Tracking a Spy Through the Maze of Computer Espionage)」なので、スパイ小説であることは、まず間違いないよね?90年代始めによく売れた本なんだけども、作者が体験した実話を小説仕立てにしたものである。
作者は天文学者でカリフォルニアはバークレーのローレンス・バークレー研究所のコンピュータ管理者兼任の研究職にありついたばかりだった。1986年に着任したストールは小手調べに、コンピュータの使用時間とその請求金額との不一致の原因を調査することになった。誰かがコンピュータをタダで使っているらしい....というと「?」な方も多かろう。このコンピュータはPCではなくて、いわゆる「ワークステーション」で、多くの利用者が端末から同時に1台にログインして使う「タイムシェアリング」の時代である。でバークレー、80年代、と来たらコンピュータに詳しい人なら「BSD?」となるよね。ストールの管理するワークステーションは、BSD UNIX と VAX/VMS で動いているマシンたち、という時代だ。しかもインターネットは商用利用が認められない草創期で、大学や研究機関の「ネットワークとネットワークを結んだ」時代、牧歌的でセキュリティは無警戒なほど甘い。ハッキングなんて?と警戒もしていないわけだ。ちなみにね、メールやftpはあっても、まだ http がないから、ブラウザも www もホームページもなにもない、そんな時代である。
ストールが気がついた不一致は、謎の侵入者によるもので、バグを突いてスーパーユーザになって侵入の痕跡を消していたようだ。そして侵入者は研究所のマシンを踏み台に、米軍のコンピュータに侵入しようとしていたのだった。容易ならざる事態にストールは気づくが、通報しようにもまだ「ハッキング」の重大さを分かってないFBIは「損害微小」として取り上げてくれない...ストールはガッチリと証拠を揃えて、この侵入者を「研究」しようと考えた。ストールは侵入者を監視しつつ、他のネットワーク管理者の協力を受けて侵入者の逆探知、監視、でっち上げ情報の提供を続ける。しかし、CIA,NSA,空軍省特別調査課、エネルギー省など諸官庁も興味は示すが、縄張り外のハッキング案件には及び腰だった。そんな官僚組織の迷宮の中でストールは奮闘する(考えてみればこれほど大量の職業スパイたちが登場する小説も珍しいね)。
まあそんな話。最終的にはハッカーはドイツの「カオス・コンピュータ・クラブ」という悪名高いグループの周辺にいた人物で、KGBに情報を売っていることまで解明されることになるのだから、本作って異色のスパイ小説であると同時に、「実話のサイバーパンク」でもあるわけだ。
サイバーパンクっていえばね「ジャックイン」でサイバースペースに飛び込むイメージなんだがね...もちろん技術的には今でも実現できているような代物じゃない。本作は80年代のUNIXのリアルな技術によって「サイバーパンクしちゃった」小説だと読むと面白いだろう。結構テキスト画面のスクリーンショットも入っているので、UNIX(もちろんLinuxでも)の知識があると臨場感が味わえる。評者とか本書が出たときに「これが真のサイバーパンクじゃないの?」なんてイヤミを言った記憶があるよ(苦笑)。
まあいま読むと、技術的にもやたらと懐かしい。「技術の記憶遺産」みたいな本、となるかもしれないね。実際、ネットワーク屋さんだと新入社員研修で本書を読ませるところがあるらしいよ。技術面を丁寧に解説して、エンタメとしても面白いから、いいねえ。

No.449 5点 技師は数字を愛しすぎた- ボアロー&ナルスジャック 2018/12/24 23:54
ボア&ナルにしては、登場人物のツッコミが今ひとつなパズラー風の作品。ここは人間消失の「不可能性」に翻弄されたマルイユ警部が、どんどんと妄想の深みにハマって、正気を失いつつもたまたま真相に頭をブツけてしまって、茫然自失する...というのをボア&ナルだから期待するんだけど、そういう風でもない。ここらが惜しいあたりかな。どうも上層部に信用してもらえなくて..というあたりが淡白になってしまうあたりを、もう少し「らしく」扱えたらいいのにね、と評者は思う。
不可能興味の人間消失とは言っても、第一感で「こんな真相だったらヤだな」と思うようなのが真相。解明されてもあまり大して嬉しくないのが正直な気分である....要するにね、「不可能」を連打しても、その「改め」が甘いから「どうせ抜け道あるだろ」と期待値が上がらないんだよね。まだからいいのはタイトルだけ。「技師は数字を愛しすぎた」ってカッコいいけど、深読みする必要は全然ない。残念。

No.448 10点 神州纐纈城- 国枝史郎 2018/12/24 23:39
雨村不木正史といった面々は、乱歩の先輩/後輩といった見方はできても、「ライバル」とはちょっと呼び難い人々だ..と言ってもそう不当ではないと思うのだが、「乱歩のライバル」っているのか、というとある意味国枝史郎がそうなんだね。この人も独自に「探偵小説」を実現したけども、不木を巡って乱歩と確執してたりして、不仲だったために乱歩中心の「日本探偵小説史」からは抹殺されたという経緯がある。
しかも、最良の乱歩がエロ・グロの絶頂でそれが漆黒の美に反転するさまを実現できたのと同様に、国枝史郎の本作も、グロテスクの極みでそれが宗教的で荘厳な美に転じる瞬間を実現できている。戦前の暗黒文学の頂点の一つと呼ぶべき、唯一無二の傑作である。乱歩のライバル、と呼ぶ資格は十分だと思うよ。
本作の登場人物は、すべて極端に情念を突き詰めた異形の者ばかりである。一方に聖の極みでそのために常に自己を恥じざるを得ない光明優婆塞がいて、不浄の極みとして人の生き血を絞って纐纈布を製造する纐纈城主は、「人恋しさ」のために甲府を訪れて、自身が罹患する奔馬性癩を城下に猖獗させる...がそれは

神聖とは「二つ無い」謂いであった。それは「無類」ということであった。神が「唯一」でなかったなら、決してそれは「神聖」ではない。(略)仮面の城主の癩患は、世界唯一のものでった。

とされる「神聖病」でもあり、癩者たちによる「列外のアナーキズム」と呼べるような「逆説的なユートピア」さえ示唆するような光景すら描かれているのである。極端に突き詰められた情念が、ここではすべてが裏返しになる、戦慄すべき価値転倒の小説なのだ。
それゆえ、登場人物たちはそれぞれの情念に因われつつ、実に熱く自らの生き様を探っていく。

懺悔しろとは餓鬼扱いな!これ売僧、よく聞くがいい。懺悔は汝の専売特許ではない。ありとあらゆる悪人は皆傷しい懺悔者なのだ。懺悔しながら悪事をする。悪事をしながら懺悔する。懺悔と悪事の不即不離、これが彼らの心持ちだ。同時に俺の心持ちだ。懺悔の重さに耐えかねてのたうち廻っている心持ちが、汝のような偽善者に易々解って堪るものか。

この魂の熱さ、燃焼力が本作の最大の動力である。本作を読むと「ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」と歌った宮沢賢治の同時代を感じるのは評者だけだろうか?
本作は実のところ未完である。しかし、当初主人公のように見える土屋庄三郎が無意識のまま地底の河に流されるあたりから、物語は不思議と静止にむかって「徐々に止まって」いくかのようだ。だから、本作が纐纈城主の遅れ馳せな死で中絶するのは、何かここで時が凝結するかのような印象を与える。すべてが投げ出され、あらゆる問いは一時に氷結し、世界と人間の謎はそのまま残される。それが「悟り」?
三大奇書とは言うけれど、アンチミステリならば(お望みなら「匣」を加えて)四大名作でいいいんじゃない?と評者なんぞは思うわけで、暗黒文学の奇書、と呼ぶのならば評者ぜひとも「家畜人ヤプー」と本作、そして「死霊」を加えて六大奇書、と呼びたいと思っているよ。本作の熱量値は、それほど高い。
(そのうち作品社の「国枝史郎探偵小説全集」を何とかしたいと思ってます...)

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.41点   採点数: 1327件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(99)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(31)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(24)
アンドリュウ・ガーヴ(19)
エリック・アンブラー(17)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)