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クリスティ再読さん
平均点: 6.39点 書評数: 1420件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.680 6点 魔法人形- 江戸川乱歩 2020/04/04 16:03
「少年探偵団」シリーズ。言うまでもなく乱歩の児童向けなんだけど、本作の連載は講談社の老舗少女誌「少女クラブ」。それこそ戦前には吉屋信子が人気を博したり、この連載とほぼ同時期に「リボンの騎士」が載ってたりした少女向け名門雑誌である。なのでシリーズの中でも特に「少女向け」に特化した作品になる。「少年探偵団」は今ドキだと「萌え」を求めて読むことになっちゃうんだけど、本作は少女向けなので特に「萌え」要素が強い。気分転換にお楽しみ!

小学五年生の少女ルミ子ちゃんは公園で出会った人形遣いの男に連れらて、その「人形の家」を訪ねる。そこで出会った「魔法をかけられてもかまわないから、一生美しくいたいと思った」紅子人形に、あなたも人形になって美しいままに...と誘われる。ルミ子ちゃんの親に元には、ルミ子の生き人形と誘拐を示す脅迫が届き、小林少年は運送元をたどって潜入する。

となかなかホラー要素の強い幕開け。で、小林少年は女装してこの発送元の人形師赤堀鉄州の家に潜入するわけだ。なぜ女装?よくわからない(苦笑)。少女向けだから? でも小林少年の女装はシリーズ内でも結構頻繁。はっきり、萌えます。

やはり「人形きちがい」と兄の少年探偵団員進一くんにからかわれる少女サナエさんの元に、等身大の「ユリ子人形」が届けられる。美しいユリ子人形を巡って起きる怪現象。この家に秘蔵される「ほのおの王冠」に狙いが...進一くんが慕う明智探偵事務所の少女探偵マユミさんが、男装して少年探偵団とチンピラ別動隊を率いて、「ほのおの王冠」を守るべく出動した。

と今度は少女探偵の男装。そして捕らわれたマユミさんを巡って、地下パノラマ世界でのロボットの動物やら「獣装」やら。明智先生の登場は最後だけ。少年探偵団が主役張ってるタイプの作品で、団員の特技個性が出ててるし、特異な耽美世界を描いた本作は、シリーズの中でも秀作のうちだろう。子供の頃にやはり読んでて、やっぱり本作は他の作品とは区別して評者も記憶してるもの...
はい、おなかいっぱいです。ごちそうさま。やっぱり乱歩は「萌え」が解ってる。

いわゆる人形愛とは別タイプの「あなたも人形にならない?と人形に誘惑される」という人気モチーフのオリジネーターかもね。たとえば高橋葉介の「夢幻紳士 怪奇編」の「人形地獄」はこのモチーフの敷衍。こっちも傑作。

No.679 8点 ラヴクラフト全集 (1) - H・P・ラヴクラフト 2020/04/04 12:24
どうしようか迷ったけど、コロナ騒ぎで本の調達に困りそうなこともあるから、ラヴクラフトもやろうか。もともと2巻の傑作選だったのが、神話人気で7巻の全集+別巻上下まで膨らんだこともあって、最初の2巻に名作が大体入ってる印象がある。1巻目の目玉はいうまでもなく「インスマウスの影」。評者「チャールズ・ウォード(2巻)」「ダニッチの怪(5巻)」と併せて3大名作だと思ってる。
「インスマウス」は前半と後半と構成が歪になっていることで、狙ったのかどうかよくわからないのだけど、この歪さ自体が本当に怖い。評者の妄想だけど、主人公は実はマーシュ家とは何の関係もなくて、インスマウスの体験の中で脳内に侵入者を許してしまい、徐々に人格転移を起こして...なんて補完して読んじゃうと、さらに怖い。まあそこまで妄想をたくましくしなくてもいい。主人公の立場というのは「怪奇小説愛好家」の姿そのままなんだよね。「怖い!ぞっとする!」に魅かれてわざわざ「怖い小説」を手に取って読み、「怖いけどやめられない...」であっという間に読了し、読み終わった後はその「怖い世界」に心情的に同化して、郷愁とか懐かしさを感じてしまう。そんな「怪奇小説愛好家」の姿がそのまま、この主人公の姿に投影されているようにも思うんだ。だから、この小説は一見ちぐはぐに見えて、実はそうじゃない。奇跡のバランスだと思う。
まあ「インスマウス」と比較すると他は霞んで当然。「闇に囁くもの」はラヴクラフトのSFっぽい面が強く出ているタイプ。まあこれはラヴクラフトのねちっこい語り口で恐怖を先送りしつつ期待を高める名人芸を楽しむべきなんだろう。まだひっぱる?とか思いながら読むと怖くなくなるのが難点。「壁のなかの鼠」は単体で見たらまとまりのいい佳作だと思う。「死体安置所にて」はまあ、ブラックユーモアでしょこれ。
でクトゥルフ神話の神名など固有名詞は、そもそも「人間に発音不可能」という設定なので、統一の取りようもないのだが、第1巻の訳者の大西尹明は

原語に表記された文字に基づいて発音されると考えられる許容範囲内で、その最も不自然かつ佶屈たる発音を選んだがためである

という方針。だからクトゥルフとかヨグ・ソトホートとかになる。ドイツ語っぽい味があって、好きだ。

No.678 6点 天国は遠すぎる- 土屋隆夫 2020/04/01 22:17
土屋隆夫というとねえ、昔風の文芸味と、リアリティのあるトリックで70年代くらいには鮎哲と並ぶパズラー愛好家の押し作家だったんだが、作品数が少ないのもあって、イマのプレゼンスは結構落ちている印象が寂しい。パズラーとは言っても、新本格の遊戯性とはまったく逆方向と見ていい。鮎哲だと遊戯性に徹した「りら荘」もあり新本格との相性がいいのと対照的に、リアリティ重視のパズラーと捉えれば、初期の松本清張に近い..という見方をしてもいいんじゃない?と評者は思ってるよ。
まあ、トリックのリアリティを保証するために、自分でやってみて確認する、で有名な作家だしね。本作だと結構な大技といえば大技なんだけど、やはり「実現可能」と思わせるリアリティがある。汚職事件や、地方有力者が政界に関わることで捜査に圧力をかけるとかね、あるいは刑事の家庭生活や犯人夫婦の夫婦愛、となかなか清張っぽい。どうも皆さん「社会派」を毛嫌いする人が多いようだけど、同じ作家でもバランスが作品によっても違うし、かなりグラデーションを持って捉えて、レッテル貼りしないようにした方がいいように思うんだがね。
しかしこの人らしさ、というのはセンチメンタルに流れやすい文芸味になる。背景に流れる「天国は遠すぎる」という「自殺の聖歌」が前半魅力的なのだが、後半どうもフェードアウトするのが残念。文芸味とトリックがちゃんと融合したらいいんだがねえ(「危険な童話」はその融合がナイス)。

No.677 8点 緋色の研究- アーサー・コナン・ドイル 2020/03/31 22:00
そろそろドイルもしなきゃね...小学校高学年の頃には大人向けでほぼ全部読んでたな。なんせ子供だったから、本作だと中間部のユタの話が長かった...なんて印象を覚えているよ。大人になってから読んで意外に短いのにびっくりした。まあ子供はモルモン教なんてよくわからないからね、ホームズの出ない中間部は退屈だったんだろう。
久しぶりに読み直したことにはなるのだが、古風ではあってもストレートな面白さがある。初登場のホームズが魅力的に描けているんだもの。地口を言えば「ヒーローの研究」ということか。ミステリとして見たときに本作には「トリック」はないけども、「逆トリック」はあるんだよね。「犯人が仕掛けるトリック」ではなくて、「探偵が仕掛けて犯人をひっかけるトリック」を昔「逆トリック」と呼んでいた覚えがあるんだけど、最近この言葉を聞かないように思うんだ。
いわゆる「本格」概念から見ると、犯人が仕掛けるトリックなら、手がかりをうまく仕込めば「読者も競えるフェアさ」という理念を満たせるんだが、この「逆トリック」はフェアさを満たせない。その代り、名探偵のヒーロー性を際立たせることにはなるわけで、実のところホームズ譚にはこの「逆トリック」が極めて印象的に使われた作品が多いんだよね。これが魅力なんだ。
だからいわゆる「本格」に慣れた読者がホームズを読んで、不満に思ったりするのは、ホームズよりもずいぶん後に成立した「本格」概念のメガネで、逆にホームズを裁いていることが多いように感じるんだ。評者はそういう読み方に強い違和感を感じる。後付けの概念で裁断するのではなくて、ホームズにはホームズの良さを楽しんで見つけていくような読み方を、評者はしていきたいと思うんだ....
まあ、とりあえず第1作。なるべく順番に読んでいく方がいいのかな。ヴィクトリア朝を舞台とした、上は王族から下は貧民街までの、トータルな社会のドラマを楽しんて行くことにしよう。

ぼくは今それを教えてもらったから、こんどはさっそく忘れるように努力しましょう。(中略)熟練した職人は、頭脳の屋根裏部屋に何をつめこむかについて、最新の注意をはらうわけです。

この克己心がダンディズムというものだ。かくありたい、なんて評者だって憧れるんだよ。

No.676 6点 負けた者がみな貰う- グレアム・グリーン 2020/03/30 20:57
グリーンやらなきゃ、と思っても、意外に古本が転がってないんだね。もうちょっとリキ入れて探そうとは思ってるんだが....「密使」とか「おとなしいアメリカ人」とか「ハバナの男」とか、早くやりたいよ。で、転がっていた本作を手に取った。
まあこれ、グリーンでも純文じゃなくてエンタメで、コミカルでシニカルな恋愛喜劇。こんなのも書けるんだなあ。中年会計係の「ぼく」はケアリーとの結婚を控えていたが、勤め先の「大物」の気マグレに付き合わされて、モンテカルロで結婚式を挙げるハメになった...その「大物」はなかなか二人のもとに来ない。豪華リゾートでお金に困りだした二人は、一発逆転を狙ってカジノに赴くが、「ぼく」の意外な数理の才?が発揮された「システム」によって、大儲けをしてしまう。しかしそれが「ぼく」と新妻ケアリ―のスレ違いの始まりだった!金持ちになった「ぼく」なんて、ケアリーにとっては魅力ゼロなのだ....二人ともアテつけるように別な男女を寄せ付ける。そのころようやく「大物」がモンテカルロに到着し、年の功で「ぼく」にあるアイデアを授ける...
という話。まあセンチメンタルで陽気な上出来なオハナシ。「大物」の策はなかなか気が利いている。「カトリック作家」というのを意識しすぎるのも何かもしれないんだが、やはり賭博というものには形而上学的な味わいがあるものだ。賭博狂のパスカルの話がよく引き合いにだされるわけだけど、「神の存在を賭けによって問う」護神論を連想するのは仕方のないことだ。神なしに自身の才知で「システム」を作り儲けた「ぼく」は、それを通じて「本来のぼく」=ケアリ―からずっと離れてしまい、帰ってきた「神」=「大物」が授けた「賭け」を逆用した「策」によって自分と和解する話、とか読んでもおかしくなんだろうね。賭博にハマる、こんなバカな「ぼく」に可愛げがあるしねえ。
まあ、それにしても、気が利いた話には違いない。「大物」の策がなかなか秀逸だから、それでもトンチの効いた最広義の「ミステリ」に入るかな。

No.675 5点 公園には誰もいない- 結城昌治 2020/03/30 20:24
昔は真木三部作どれもそれぞれ好きだったんだけどなあ....今回読み返して、やはり「暗い落日」が突出していい、という印象になりそうだ。本作は犯人が仕掛けたことになるトリックにあまり意味がない、というか、小説的に「効いて」いる部分がないので、「ふうん、犯人かわいそうね」という程度の感想になっちゃうのが一番まずいあたりだと思うんだ。

(カンのイイ人はバレると思います)
だからね、評判の悪い賭けの話だって、ホントは一種の対比を作るような仕掛けを考えていたんだろうけども、犯人を最後まで隠したかったから...で対比が不発になっちゃったんだろうね。被害者の行動を通じて「今」の刹那的でケーハクな若者風俗(60年代末だが..)を描く、というのもどうも成功しなくて、被害者がただ無考えでエゴイスティックなだけみたいに見えちゃうのが、やっぱりまずいと思うんだ。結城昌治って中年女性を描かせると上手な作家と思うんだけどねぇ、若い女性は難しいよ。当時のゴーゴー喫茶とか映画に出てくる限りでは、どうも70年代風のディスコとは雰囲気が違うようで、もう一つ評者もよくわからないんだけどね...まあそういう描写を期待するのはムリだなあ。

というわけで、どうも本作、ロスマク風ハードボイルドがあまりイイ方向に作用しているといえなくて、「遠い落日」の二番煎じみたいなことにしかならなかったという印象。逆に「炎の終り」は中年女性の無残さみたいなものがあるから、世評とは逆に面白い、かも?

No.674 7点 火星年代記- レイ・ブラッドベリ 2020/03/28 16:55
まだ書評がないんだ....意外。まあSF作家だから、手が回らないか。
たぶん本作大好きな人多数だと思う。甘く詩的な文章に、センチメンタルな懐旧の味をまぶした上等な砂糖菓子のような小説。ミステリ色はないけども、抒情SFとしては大名作としての定評ある作品だ。文章というと、

夜の明け方、水晶の柱のあいだからさしこんできた日の光が、睡眠中のイラを支えていた霧を溶かした。イラが身を横たえると壁から霧が湧き出て、やわらかい敷物になり、その敷物にもちあげられて、イラは一晩中床の上に浮いていたのだった。音を立てぬ湖の上のボートのように、一晩中、イラはこの静かな河の上で眠ったのである。今、霧は溶け始め、やがてイラの体は目ざめの岸に下りた。

と、火星人の睡眠を描いたSF的な奇想が、そのまま詩的比喩に直結し、しかもギリシャ神話のレーテー(忘却・死・眠り)を響かせるという見事なもの。精神優位の文明を築き、テレパシーに長けた火星人が、地球からの侵略をテレパシーを使った策略で退けたのもつかのま、水ぼうそうによって火星人はほとんど斃れ、野蛮な地球人たちが火星を蹂躙することになる....アメリカの黒人たちも差別を逃れて大挙として火星に飛び立つありさまが、黒人霊歌そのままの宗教的な叙事詩のようだ。しかし、地球で最終戦争が起きると、火星に植民した地球人たちはこぞって地球に戻ろうとする....
こんな火星の年代記が明かすのは、地球人の独善と気まぐれな身勝手さである。まあここらへんの描写に、ブラッドベリの二面性みたいなものを評者は感じる。詩的で精神的なポオの血をブラッドベリは受けついているのはもちろんなのだが、同時にアメリカ人的な性格としてのトム・ソーヤー的なものと、ほぼ相いれない相克があるわけだ。アメリカ人独特の粗野で田舎者を自慢する傾向は、もちろんヨーロッパの洗練に対する対抗アイデンティティなのだけど、ブラッドベリ自身もこういうアメリカ人的な粗野さを悲しみつつも、自身の一面として捉えざるをえない...といういう矛盾を抱えたあたりが、面白いといえば面白いのだが、なんかうっとおしい部分でもある。
すまん、評者そこらへんにどうもノリきれないのを感じがちだ。なのでブラッドベリは苦手、の印象は変わらないなあ...けど、名作だと思います。ハマる人はかなり多いでしょうね。

No.673 7点 死刑は一回でたくさん- ダシール・ハメット 2020/03/25 20:21
さて評者もハメット短編をそろそろやらなきゃ...けど難度はチャンドラーやロスマクの比じゃない。どこまでやれるか?といろいろやり方を考えてみたのだが、どうしてもデジタル書籍のお世話にならざるを得ない、というのが結論である。で、この本、各務三郎編、田中融二訳の講談社文庫のハメット短編集だが、グーテンベルク21の同題の電子書籍はこの講談社文庫をそのまま電子化したものだ。収録と他の短編集とのダブりをまずまとめよう。

1.ダン・オダムズを殺した男 創元「スペイドという男」と重複
2.十番目のてがかり 立風「コンチネンタル・オプ」と重複
3.一時間 創元「スペイドという男」と重複
4.パイン街の殺人 重複なし
5.蠅とり紙 重複なし
6.赤い光 創元「スペイドという男」と重複
7.死刑は一回でたくさん 創元「スペイドという男」と重複
8.両雄ならび立たず 重複なし

というわけで、やや創元「スペイドという男」とダブる傾向があるにせよ、3作この本でしか読めない作品がある。とくに「蠅とり紙」は、たまに鮎哲とかパズラーで採用されることのあるトリックを巡っての話。それを実際にやってみたらパズラーみたいにスンナリ行くわけじゃなくて、予想外の方向に事態が転がって「ミステリ」を作り出すことになる...そう読んだら、同じトリックでもパズラーでの予定調和でスタティックな扱いよりも、ずっとずっと「ミステリの本旨」に沿った使い方ができる、なんてハメットが嗤ってるように思えるんだ。読む価値あり。
ちなみにグーテンベルク21の「スペイドという男」は創元同題の稲葉ハメットとは全然別編集で、文庫未収録がかなり入ったものだから、これはかなりお買い得。同じく「コンティネンタル・オプ」は六興出版~ポケミス586の「探偵コンティネンタル・オプ」(砧一郎訳)がそのまま。

こうやってまとめてみると、全短編61作あって、雑誌掲載のみで文庫などに収録の無い作品が11作、創元稲葉ハメットが17作+グーテンベルク21なら13作がプラスで30作。やっと半分...
ふう、遼遠である。

後記:ちなみに「蠅とり紙」は木村二郎(仁良)氏が「ハードボイルド/私立探偵小説ジャンルのベスト短篇」と称賛して、自分の訳をHM2006/3 に載せたそうだ。確かに名作。木村氏(ジロリンタン)のHPになかなか面白いエピソードがあって、原作と「別な」犯人を指摘している(苦笑)。一読の価値があります。

No.672 7点 魔群の通過- 山田風太郎 2020/03/22 08:30
風太郎でもこれは歴史小説。この人も「負け組」が好きだなあ。「風来忍法帖」が一番の典型だけど、自分たちは全滅しつつも守るべきものは守って目的を果たし、そうそう安易な悲壮には流れずに笑って死んでいく人々の群像みたいなものに、風太郎は結構執着しているようにも思えるんだよ。だから風太郎はモブだからって侮れない。「明治断頭台」の邏卒たちや「魔界転生」の弟子たちが、主人公たちのために捨て石になって死んでいくのを、ゲームなんだけどもゲームに還元しきれない「思い」のように受け止めるべきなんだろう。
そういう「負け組」として水戸天狗党を扱ったのが本作。天狗党事件は「水戸藩から維新有為の人材を根こそぎした」悲惨な事件だから、本作では悲惨さから風太郎は目をそらすことはない。この悲惨さを回避しようととくに女性たちが策謀するのが風太郎らしいが、女性の知恵をもってもこの「戦を好む男たち」と相互報復の嵐を防ぐことはできない...風太郎の筆も、天狗党の長征を悲壮ではあっても、結果的に無益な苦難でしかなかったと描いているかのようだ。「明るくゲーム的な風太郎」の特異な死生観の裏にあるであろう、対極のニヒリズムを本作は例外的に明かしているようにも思える。
なので忍法帖しか読まない風太郎読者に、ぜひとも読ませたい作品と思わないわけではないが....ヘヴィで無益で悲惨で、救いようのない話である。辛いなあ。

No.671 6点 世界短編傑作集2 - アンソロジー(国内編集者) 2020/03/22 08:10
懐かしの短編傑作選である。今となってみると、とくにこの巻は短編黄金期の名探偵顔見世興行みたいなものだ。雑誌連載の短編がベースのもの中心なので、一つ一つにはあまり話のふくらみがなくて、名探偵のキャラも「もうわかってるでしょ」くらいで描写は最低限くらい。ルーチンな事件の中でも、個別の事件で面白いものを選んだ、という感覚。
アブナー伯父の「ズームドルフ事件」にはそれでもタダの有名トリックものじゃないだけの、宗教的な側面をうかがわせる小説らしい面白味がある。またソーンダイク博士の「オスカー・ブロズギー事件」には、複雑な機械がスムーズに動いて巧妙な結果が出てるようなメカニカルな美があってなかなか、いい。
逆にダゴベルトの「奇妙な跡」は、探偵役も奇矯な変人で、事件もリアルと言うのか馬鹿馬鹿しいというのか...で、描写もそっけなく「これでイイの?」と思うくらいのヘンテコな作品。ホームズ譚の「奇妙な受容」というくらいに思って珍重するのがいいのかもしれない。
そうしてみるとトレントの「好打」とかカラドスものの「ブルックベンド荘の悲劇」とかウィルスン警視の「窓のふくろう」は、探偵役のキャラもあまり話として効いていないし、面白味のない機械トリックだし...と思うのは仕方がないのかもしれないが、この「機械的」というあたりに、二十世紀初めの「大衆社会 meets (家電を象徴とする)電気」のショックを感じて、「電気の詩」を歌った時代の証言と読むのがいいのかも。
まあ何というのかね、このシリーズは「過去のある時代」が凍結して保存されているような懐かしさを感じる。評者の感傷かな。

No.670 8点 探偵青猫- 本仁戻 2020/03/22 07:23
さて久々に漫画でミステリ。「探偵青猫」というくらいだから、主人公の青猫恭二郎は太正か照和の初めの男爵様、かつ道楽で探偵をつとめ、燕尾服だろうがタキシードだろうがバッチリ決まる男前である。

だからだ、虎人君 山ほどの依頼のうち僕が手掛けるに値する知的な事件がどれだけあると思う? 心底僕の知的好奇心を慰めてくれるものじゃなきゃイヤだよ 例えばコナンドイルと江戸川乱歩と横溝正史を足して、夢野久作と中井英夫で割り、モンキー・パンチをかけたようなヤツ

とまあ、こんな我儘なノリ。要するにBL探偵である。
考えてみると意外に男性向けで名探偵モノってウケづらいのだ。オトコは一般に、頭のイイ系のヒーローが嫌いなんだな。逆に女性向けだったら自分と比較しないから、男爵ボンボンで名探偵で男前はアピールポイントだ。なので本作徹底的に「女性の嗜好」に合わせて仕立て直した名探偵モノ、でしかもゼロ年代にBLがナミの少女漫画を超えたくらいに充実したドラマを生み出していった中で登場した作品である。作者は本仁戻。BLの枠を超えたアクションやバイオレンスを描いてショックを与え、しかも今風のライトさでなくて古式ゆかしき耽美の香りのする、BLの中でもヘヴィな異端作家。アクションも描ければビアズリーな黒ベタの美学も備えた、華麗な画風...と結構なコア向け作家の代表作になる。
今のところ6巻まで出て止まっているが、別に完結、というわけではないそうだ。内容はシリアスなミステリの回もあれば、能天気なギャグの回、恋愛主体の回、それから青猫の過去を巡る話など、バラエティに富んでいる。小林少年を巡って明智先生と怪人二十面相が恋の角逐を繰り返す乱歩オリジナルの裏設定を察するのは珍しいことじゃないが、本作だと青猫の宿敵である怪盗硝子蝙蝠は、青猫を「仕込んだ」親代わりの恋人で...という過去がある。
今のところの最終話になる「ネペンテスの袋」では、さらに硝子蝙蝠の元愛人の女賊ネペンテスが絡んで、明智vs二十面相vs黒蜥蜴の三つ巴で、命懸けのラブゲームを展開する、なんて豪華な話になる。しかもこのネペンテス、「老いを感じた黒蜥蜴」であり、食虫植物のように自らは動かずに男を惑わして自らを捧げるかのように財宝と命を奪う..というオリジナルも三島も超えた脚色がある。青猫も硝子蝙蝠もこのネペンテスに惑わされ、あるいは惑わされたフリをしつつ、互いを虜にしようと角逐する。ここではもはや性別も攻め×受けも、生も死も流動的な耽美界のドラマとしか呼びようもない世界になる。
「ネペンテスの袋」は極端にヘヴィな作品になるけども、助手の虎人少年との出会いを描いた2巻の「贋作家族」、4巻で歌舞伎の女形を巡って舞台上で起きた心中事件の謎を解く「鵺狐」、3巻で失踪から帰ってきた青猫が叔父に奪われた男爵家を取り戻す経緯を描いた「青少年」など、ミステリ的興味もなかなか本格的。
けどね、BLだからね、男同士の絡みももちろん呼び物のひとつだからね(苦笑)オーケーならどうぞ。

No.669 6点 青の時代- 三島由紀夫 2020/03/20 10:54
「青」四連発の予定です。2発目は三島由紀夫なんだけど、まあ広義の犯罪小説、ということでいいのかなあ。終戦直後に東大生高利貸として名を馳せた山崎晃嗣をモデルにした小説。もちろん当サイト的には、高木彬光「白昼の死角」の導入部のモデル。主人公に「事件なき名探偵」といった分析的なキャラの雰囲気があるのが、三島らしさ。妙な意地とダンディズムが、いい。

敗戦によって戦前の価値観が崩壊する中で、「末は博士か大臣か」な東大の学生が、高利貸なんて低俗な商売を始めて...と世の中を慨嘆させた挑発的な部分を、今読むならまず頭に入れておかないとね。三島の狙いは、この主人公の川崎誠を「現代の英雄」として描くことなのだ。こういう挑発もだし、その事業のイカサマさ卑俗さに至るまで、すべて一挙に「現代の英雄」性として高めなければいけない...この使命を三島はアタマでは分かっているんだけども、どうも筆が進まなくて中途半端に終わってしまった。なので失敗作の部類である。そりゃ宣伝だけで資金を集めて食いつぶすだけの、蛸配当同然のイカサマな事業が続くわけがない。形式的な「物価統制法」で追い詰められて自殺する、というのが実際の「光クラブ」の末路なんだけど、そこまで小説は書けなくて、何か中絶したような終わり方である。
三島自身が山崎を大学時代に個人的に知っていたらしい。けどどうも、人間的にソリが合わずに好かなかったような雰囲気が、この小説から大いに立ち上る。いや三島が観念的に共感する部分も多々あるんだよ。それでもこの「英雄」がどうにもこうにも気に入らなかったんだろうね。なので三島自身の人間的な嫌悪感で作品が失敗するという、はなはだ「三島らしくもない」面が逆に面白い。

人生は、これをわれわれが劇的に見ようと欲するとき、まず却ってわれわれに劇を演ずることを強いる。そこでますますわれわれは人生を劇と見ることが困難になる。なぜなら演ずることなしに一つの劇を生きることは不可能であり、それが可能であるかのような幻想を、われわれは人生と呼んでいるからだ。

まあ、言いたいことは、わかる。けどね、これは三島の弁解だ。どうも弁解がましくなったことが、作品としてはダメでも、韜晦を通じて平岡公威の素顔が珍しく透けて見えるようで、面白いと思わないかい?

No.668 7点 天上の青- 曽野綾子 2020/03/16 23:44
曽野綾子というとねえ...エッセイを読むかぎりでは愚論家・暴論家としか思えないのだが、いや小説家としては上出来。そもそも良い小説を書く能力と、時事に対して公正で洞察に富んだ発言をする能力とは、全然別、というかひょっとしたら反比例するのかも?と評者は思うくらいだから、小説が面白いことを認めるのにやぶさかではないな。で本作は新聞連載されて当時評者面白く読んだこともあって、今回再読。
湘南の海辺の町に和裁で生計をたてるオールドミス雪子の家に、一人の男が訪れた。「きれいな青だなあ」と男は雪子が育てた「ヘブンリー・ブルー」という品種の朝顔の花をほめた。これをきっかけにその男はしばしば雪子の元を訪れては、とりとめもなく話をして帰るような交流が続いた。この男、宇野富士夫は詩人を自称して、両親に寄生して仕事もせずぶらぶらと暮らす一方、女性をマイカーに誘って殺して埋める殺人鬼だった...
1971年に発覚した大久保清事件をもとにして書かれた小説である。ヒロインのオールドミスの雪子が、富士男に狙われるか...というと全然そうじゃないあたりにこの小説の面白味がある。なのでいわゆるサスペンスはゼロ。この雪子は作者らしくカトリックの信仰があるが、自然体で「のほほん」とした、普通の生活者だがどこかしら超俗的な女性。富士男は小説中で3人の女性と1人の少年を殺し、2人の女性を遺棄して結果として死に至らしめるなど、欲望と歪んだ復讐の念から勝手気ままな蛮行を尽くすのだけども、何というのかな、妙に「人がいい」。ガールハントした女でも、話を聞いてやって食事をおごってそのまま帰した女もいて、必ずしも殺人が目的というわけでもないのだ。行き当たりばったり、「適当でいい加減な殺人鬼」だというあたりにリアルさがある。
こんな富士男と雪子の交流が小説の主眼になる。雪子は「のほほんとした聖女」といえばその通りで、富士男も雪子を殺そうという気には少しもならない。しかし、雪子の人格や信仰が富士男に何か影響を与えたか...というとそういう話でもない。浅いと言えば浅い付き合いだが、それでも雪子は逮捕された富士男の運命を気遣って、弁護士の手配やら手紙のやり取りやら、かかわりを持ち続ける。この浅くて淡白な関係性が、なかなかユニークで、いい。
この二人の関係については特に事件らしい事件も起きないのだが、それでも最後まで雪子は富士男の運命を見つめ続ける。そこに批判も非難も、ましてや愛による弁護があるわけでもない。センセーショナルな題材をまったくセンセーションなしに描こうとした、立ち位置のうまさがこの小説の持ち味。いいじゃないか。

No.667 6点 ニコラス・クインの静かな世界- コリン・デクスター 2020/03/15 11:40
パズラーというものに、「フェアに読者が犯人を当てることができる」を要求しちゃうとすると、本書みたいなのは失格、ということになるのかもしれないね。ややアンフェアに感じるあたりもあるんだよ。二転三転するモース警部の推理に引きずり回されて、その都度絵面が切り替わっていくのを愉しむのを主体とするタイプになるのだが、本作はそれほどこの「切り替わり感」が強くないので、まあ普通?というくらいの評価。まあ丁寧に組み立てられてはいるのだが、スタジオ2のあたりの話は、他の入場者が分かるのか?とか今一つピンとこない。

けどねえ

「警部さんは?彼のクリスチャン・ネームは?」
ルイスは眉をよせて数秒考えた。まったく、おかしなことだ。モースにクリスチャン・ネームがあるなんて考えてもみなかった。

と書かれるくらいにモース警部はパズラーの推理機械なんだけど、ポルノ映画を見たがるとか妙に俗っぽいな.....バランスが何か変なキャラだと思う。

No.666 8点 オセロー- ウィリアム・シェイクスピア 2020/03/14 14:46
ハムレットとマクベスがあるのに、本作がないのはよくないな。
クリスティもクイーンも「究極の犯人像」はイアゴーだ、で一致しているのだもの。「カーテン」でも「十日間の不思議」でも「日本庭園」でも、本作がなければありえないというくらいの、ミステリ史的超重要作だと思うんだよ。
シェイクスピアだし戯曲だし、舞台の上でしっかりイアゴーは自分のプランを独白してくれるから、「倒叙/クライム」でジャンルは問題なし。オセローの猜疑心・嫉妬心を煽って、とんでもない殺人をそそのかすイアゴーのその動機は...というと、表面的には姦通疑惑の罠にかけるキャシオーへの嫉妬心、ということになるのだろうけども、読んでいてそういうのはタダのきっかけのようにも思えるのだ。
他人の運命をわざと捻じ曲げるという、隠蔽された権力意識みたいなものが見えて、イアゴーはなかなか悪魔的なキャラなのである。愛情は美しいから汚したいし、信頼も裏切るから戦慄するような喜びがある。そんな陰性の悪として、イアゴーが描かれているあたり、さすが「人殺し~いろいろ」なシェイクスピアの面目躍如。イアゴーと比較したらリチャード三世もマクベスも良心的なくらい、じゃない?
というかねえ、英米の翻訳小説を読んで楽しむんだったら、シェイクスピアは全作読んでおいてもムダにならない、と評者は思うくらいだよ。まあ1作1作さっと読めるからね。たまにはいかが。

No.665 6点 ウォリス家の殺人- D・M・ディヴァイン 2020/03/14 14:12
反核デモとか話が出てたから、出版年度を確認したら1981年だそうだ。ディヴァインでも最後の作品か。作品舞台は1962年のようだから、20年も前の時代設定で書いていることになる。何か事情があるのかな。
歴史学者の主人公は、血縁はないが兄弟同然で育った流行作家の招待に応じて、その家を訪れた。主人公は成功した天才肌の流行作家ジェフリーに対して、劣等感のようなものを感じて疎遠だったのだが、その息子とジェフリーの娘とが結婚する話が持ち上がり、その収拾とジェフリーの抱える別な問題を相談したい、という思惑をジェフリー夫人のジュリアは持っていたようだ。ジュリアは結婚には大反対、しかもジェフリーのトラブルは兄ライオネルがジェフリーの秘密を握っていて、恐喝などをしているようなのだ...はたして、ライオネルの家で格闘の跡と銃弾・血痕が見つかり、ジェフリーとライオネルは姿を消した!
と古典的ファミリートラブルの話。狭い範囲の人間関係で事件が展開するからフーダニットにおあつらえ向き。でディヴァインらしく人間関係を丁寧に膨らませて描いているので、小説としての読みごたえがある。別れた妻に引き取られて、元妻にあることないこと吹きこまれた息子に対する、主人公の対応などなかなか小説的な興趣がある。また作家ジェフリーの過去を追う調査小説としての展開の妙のあって、少なくとも退屈はしない。でその中に、細かい矛盾を突いて犯人を抽出するようなフーダニットが仕込んである。
しかしそれでもね、この小説的な仕掛けとフーダニットがちゃんと連動する、という話ではないので、そこらへんで印象が地味になっているようにも思う。地味で篤実なのはいいのだが、それ以上の「すごい・面白い」がないのが芸風なのかな。

No.664 8点 第三の皮膚- ジョン・ビンガム 2020/03/12 23:16
ある意味大変「有名な」作品。けど何か皆さん誤解しているようにも思う。評者が思うに本作は、1980年代までずっと現役として創元のカタログに載り続けていながらも、新本でも古本でも全然お目にかからない「創元の珍獣」みたいな本で有名だったんだ。まあだから誰も読んでない、のはそうなんだが、それは本が手に入らないからなんだよ。とはいえね、評者中学生の頃に、市の図書館で借りて読んだことがあるんだ。ただしその図書館でお目にかかったのも借りたその一度きり。評者にも何か幻のミステリなのである。
でもね、今回わざわざ注文で古本を入手して読んだんだが、本当に筋立てとか描写とか思い出すんだよ。それほどにインパクトが強かったな。この作者の「ダブル・スパイ」も評者はかなりツボな作品だったこともあって、実際お気に入りの作品になることは、分かってたんだけどね。やはり「ジョージ・スマイリーのモデル」のビンガムだけあって、リアルで洞察に富んだ人物造形はさすがなもので、気弱なダメ息子を抱えて奮闘する、冷徹なほどのしっかり者で聡明な母親アイリーンの造形が実に秀逸。きわめて理知的で苦々しく自己省察をするような女性で、タイトルの「第三の皮膚」もこのアイリーンの人間観に由来している。

人間には「第一の皮膚」というのがある。それは人々が、表面は世間に対して示しており、それで世間をあざむいたと思っている、性格の特性によって成り立っている。
つぎに「第二の皮膚」がある。それは「第一の皮膚」によって隠されている欠点とか弱点とかで構成されている。自信なさそうにしていながら、その裏にかくした己惚れ、積極性をみせかけながら、その裏にかくした臆病さ。温厚さをよそおいながら、その裏にかくした狡猾さや打算性などのことである。
多くの人は「第二の皮膚」を認めて、得意になっている。そして「第三の皮膚」の存在を知っているものはほとんどいない。(略)「第三の皮膚」とは、善人悪人にかかわらず、すべての男女が持っている基本的な子供らしさである。(略)歳月によって生じたかさぶたのようなもの、犬儒主義、利己主義、挫折した希望に起因する冷淡さなどがひっぱがれると、彼らは、自分たちが真に希求しているものは、幸福になるための基本的なもの、愛情を与え受け入れるための、絶対に必要なもの、お互いの親近感であることを悟る。

とやや長い引用になってしまったが、こういう省察が実にスパイマスターのビンガムらしい。修羅場に直面した人間が、どういう風にその本質をあらわにするか...というのが、本書のテーマなんだよね。こんな省察をする女性が、本作の実質上の主人公なのである。それに引き換え、事件を起こす息子のレスといえば、アイリーンからみれば「年齢以上にこども」な「弱い」人間としか見えなくて、「育て方を誤った」とも思う。レスは愚かなゆえに悪い仲間に誘い込まれて犯罪の片棒をかつがされることになるが、この過程を通じて、自我が脆弱なレスは「第三の皮膚」をさらけ出しているようにアイリーンには見えてしまう。それでも家族を守るために、アイリーンはレスの尻を叩いて、あくまでもシラを切らせ続ける。この母親のキャラのユニークさがすべて。アイリーンの「第三の皮膚」はお世辞にも....
とはいえ、結末はわりとあっけない。アイリーンからすれば苦々しいハッピーエンド?なのも、ビンガムらしいといえば、らしいのだが、もう少しこだわってさらにアイロニカルな結末があったら、とは思う。結末が凄かったら、ホント評者は「愛の10点」なんだろうけどね。

実家に1987年の創元のカタログを見つけたので確認したら、まだ載っていた。重版が1971年だから、15年以上売れ残っていたんだろう...1987年でも定価は200円で格安。

No.663 5点 諜報作戦/D13峰登頂- アンドリュウ・ガーヴ 2020/03/10 22:15
ガーヴでも1969年の作で創元推理文庫から出た唯一の作品。評者ブックオフで拾った。こんなの転がってるんだ...欲しがる人の顔が見たいような本だから、重版なら100円で転がっていても不思議はないか。
NATOの実験機がソ連のスパイにハイジャックされて、トルコ/アルメニア国境の山岳地帯に墜落した。NATOは著名な登山家ロイスに、実験機に搭載された軍事機密のカメラの破壊を依頼する。墜落地点は未踏峰のD13峰の尾根。垂直に切り立った岩壁とクレバスだらけの危険な氷河に守られた、未知の山である。ロイスはアメリカの軍人登山家ブローガン大尉と共に出発する。未踏峰の危険にさらに加えて、山上ではソ連側も同様なパーティを組織してカメラを回収しようと狙っているだろう....
とまあ早い話、山岳小説である。ミステリ色は極めて薄くて、

ここではほかのクライマーたちじゃなしに、山がわれわれの敵なのだ

という冒険小説。ややバレだけど、ソ連側の登山隊に女性がいて、著名な登山家ロイスのファンだったりして....うん、ロマンス色あり。下山後に東西冷戦を絡めて、乙女のピンチとかベタに展開するけど、とってつけたみたい。山での自然の脅威の部分は、登山用語は評者全然わからないけど、わからないなりに読ませる。
評者もガーヴだから読んだんだけど、どうでもいい部類の本。

No.662 6点 ポンド氏の逆説- G・K・チェスタトン 2020/03/09 20:58
20世紀前半というのは「逆説の時代」だったと評者は思うんだ。科学を見たって相対性原理やら不確定性原理やら不完全性定理やら、どうみても逆説にしか見えない「科学的事実」がいろいろと明らかになった時代でもあるし、文学はといえば逆説の大家みたいなカフカやベンヤミンやオーウェルといった人らが「逆説でしか語りえない真実」を語ろうとしていた...そんな具合に感じているんだよ。
だから本作の「逆説」というのもそのまま時代の逆説、ということになる。チェスタートンだから、その根底にあるのはイギリス的なコモンセンスなので、作中で提示される「逆説」について、それが「こういう特殊ケースでは成立する」というのを示していくことになる。逆説が思考を刺激し、流動化させることを作者は目指すのである。この特殊ケースに「道化師ポンド氏」とか「目だたないノッポ」だと、チェスタートンらしいファンタジックな趣が出る作品は成功するし、あるいは「愛の指輪」も作者らしい道徳性の寓話として、うまくオチがついている。
とはいえね、逆説は相矛盾する言明がそのまま解決不能に噛み合う姿で、それがそのまま真実であるようなさま...そう考えてみたときには、「逆説」が実は「正説」であることにさほどの意味はないのだ。さらに言えば、「逆説」が解かれてしまえば、そこに蓄積された緊張がほぐれるだけ、それだけ「真実」からは遠ざかるのかもしれない。これが「逆説の逆説」ってものなのかもしれないね。

No.661 8点 乱れからくり- 泡坂妻夫 2020/03/06 07:41
前作の「11枚のトランプ」が小粋なテーブルマジックの連鎖、といった作品だったとすると、本作は馬鹿馬鹿しいくらいの大掛かりな、それこそデヴィッド・カッパーフィールドみたいなド派手イリュージョンだと思うんだよ。そういうマジック上の対比を誰も指摘してないみたいだ。
評者かなり前に読んだのの再読で、一部内容を憶えていたが、トリックとか忘れてた...そういう評者がこう言うのフェアじゃないかもしれないが、それでも読んでてこれ、犯人わかるんじゃないかな(初読の時も見当がついたような...)。どっちかいうと「推測がついても、いい」というくらいの見切りで作者は書いていると思うんだ。隕石とか物理トリックとかを、「リアリティとかフィージビリティがない!」とかお怒りになるのは、大人気のない話。大ぼらがどんどん形になって「壮大なイリュージョン」を形成していくさまを見守る、そういう面白さを感じながら読むのがいいように思うんだよ。
ただ文章とかキャラ造形とか、やや上滑ってる印象がある。それでもね、

芸術家から見れば、からくり人形師たちは、いかにもうさん臭く見えるでしょう。最高のからくり人形でも、彼等は絶対に芸術だとは認めませんね。―反対に、純粋な科学者たちからは、自動人形などは児戯に等しく見えるでしょう。(中略)だが、からくり師の目からは、芸術も科学もまるで駄目、であるんです。判りますか?

うん、この宗児の問いかけが、作者の「ミステリ論」なんだよ。判りますか?

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.39点   採点数: 1420件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(105)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(48)
ジョン・ディクスン・カー(32)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(26)
アンドリュウ・ガーヴ(21)
エリック・アンブラー(17)
アーサー・コナン・ドイル(17)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)