皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1313件 |
No.873 | 8点 | ネロ・ウルフ対FBI- レックス・スタウト | 2021/06/12 15:10 |
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ビル王の女性富豪の依頼をウルフは受けかねていた....FBIを告発する本をタダで配ったことを恨まれて、FBIに自分が監視・嫌がらせされているのを何とかしてほしい、というムチャな依頼なのだ。しかし拘束料10万ドル+成功報酬思いのまま、という超破格の報酬をウルフは断れなかった....当然、ウルフの家もウルフのチームも、FBIの監視下に置かれることになるのは覚悟の上。FBIと取引するにも、何かFBIの弱みを握らないことには話にならない。FBIの不祥事を掘り返すことをアーチ―は命じられるが、匿名の伝言で呼び出されたアーチ―はとある人物(レギュラーの一人だが...)に、ルポライター殺しにFBIが絡んでいる情報を提供された。しかも、この殺人には依頼人の周辺の人間がかかわっているようだ....真相を洞察したウルフは一計を案じて奇抜な罠を張る
という話。どうも評者は「料理長」とか「シーザー」みたいなアウェイの作品を先にやってしまって残念だったが、今回は「平常営業のネロ・ウルフ」。フリッツもシオドアも、ソールもオリーもフレッドも、クレイマー警部も皆登場。いやもう、何というか楽しさ全開! 一応ルポライター殺しの真相をアーチ―が突き止めるが、これはたいして面白いものでも何でもないが、ウルフの交渉材料の役には立つ。そんな具合で、話の興味はFBIとの対決に全振り。ウルフの思惑や駆け引き、アーチ―とのコメディ、それに大掛かりな罠の妙味、そういった「犯人捜し」以外の部分での面白さが際立っている。 ネロ・ウルフというと意図的なホームズ探偵譚の後継者、という側面があるわけだけど、ホームズ探偵譚の「面白さ」というのは、本来こういう探偵が仕掛けるアクティブな罠や、度胸一番の駆け引き、土壇場での機知、といったあたりでも出来ていたわけだ。そういう「ホームズの面白さ」をこれほどしっかり再現できた作品というのも少ないんじゃないかな。 ちなみにホームズでも物語の最後に「さるお方」がお礼に訪れる結末があるけども、本作も「さる人物」が最後にウルフに面会を希望する...でも、ウルフはイケズだからね。 |
No.872 | 6点 | 堰の水音- メアリ・インゲイト | 2021/06/10 11:12 |
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背が高くて薄くて、メタリックな背表紙のあの本って、ヴァン・ダインとかクイーンとかクリスティみたいな、推理小説のシリーズらしい....
と、晴れて中学生になった評者は勇んで図書館の大人向け書籍を借り出そうと本棚を眺めてました。地方都市だからポケミスって本屋で売ってないんです。ミステリ=文庫、という感覚の新中学生。あ、クリスティある。「終りなき夜に生れつく」か...知らないなあ。クリスティでもいろいろ知らないのがあるんだ。その隣は?「堰の水音」だって。借りてみようか?表紙も抽象画でグッとおしゃれ! 評者ポケミス初遭遇の一幕。クリスティでも「アクロイド」は読んでたからね。「終りなき」は「ポアロも出ないし、クリスティっぽくないんだ...」と頭??のまま。それでも最初から面白く読んで今に至る(苦笑)。 で「堰の水音」。「全然ミステリっぽくない....でも、これがオトナの小説、というものなのかしら?」と、実は評者にとって、とても懐かしい作品。ポケミス初遭遇のショックと共に記憶されているのでした。 なので再読を楽しみにしていた。第一回イギリス女流犯罪小説賞の受賞作。結婚した仲良しの従姉の家に滞在した主人公の少女は、年の離れた夫と娘らしい従姉とのバカンスを楽しんだ。翌年また従姉の家を訪れたのだが、夫婦関係に何か微妙な空気が漂っていた...従姉の秘密を目撃する主人公。バカンスを終えて寄宿学校に戻った少女は、裁判の証人として呼び出される。仲良しの従姉がその夫を殺害した容疑の裁判で、少女の証言は従姉の有罪を決定づけるものになった....数年後、学校を卒業した少女は、今かつての従姉の家に住む考古学者と知り合う。同年配の恋人に捨てられた腹いせに、主人公は考古学者のプロポーズを受け入れて、かつての従姉の家に住むことになった.... 時代背景は1920年代。なかなかレトロな趣味だが、クリスティだって評者が当時読んでた作品はそんな年代である。内容的にはウェストマコット作品をもう少しサスペンス寄りにしたくらいの、小説的興味の方が強い内容。自然描写も丁寧で、今読むとなかなか、いい。主人公が死刑になった従姉の生き方を本当になぞるかのように話が進行する、と仕掛けた作品。蒸発したかつての恋人に遭遇して、主人公自身が年の離れた夫に対して殺意を抱くとか、夫がかつての事件にかかわりがあるのでは?とか、心理的にはなかなか侮れない展開をする。 小粒だけど、そう悪くはない小説。けど本当にレトロな味を狙っていて、斬新さとかはない。渋すぎて、絶対に中学生向きではないな(苦笑)。古典パズラーしか読んでない中学生には、味わうどころか「こんなのもミステリ!」と初遭遇のショック。 ちなみにこの後、「水は静かに打ち寄せる」が訳されていて、これが本作の続編にあたる内容。こっちは読んでない。そのうち読もう。 |
No.871 | 6点 | 朱の絶筆- 鮎川哲也 | 2021/06/06 19:16 |
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35年くらいぶりの再読。最初読んだ当時は体調が悪い頃。頭の中を素通りしたようで、最後に電話で星影龍三が真相をベラベラしゃべることしか憶えてなかった。なので、ほぼ初読と変わりないように感じる。
で、やはりこの作品、皆さんもおっしゃるように「当たる系」パズラー。評者も今回ほぼ正解。としてみると本作が提起するのは、 フェアなパズラーは当たった方が楽しめるか、それとも当たらない方が楽しめるか? ということになるようにも感じる。当たっちゃうと、驚きはどうしても減殺される。キレイに騙される喜びみたいなものは薄い。解けないパズルは神秘的だが、解けたパズルは御用済み。そうしてみると、評者は「当たらない方が楽しめる」ようにも感じるんだ。 「当たらないミステリ」が悪いわけではない。プロレスが「オレが一番強い」という観念を巡るイリュージョンなのと同様に、ミステリも「読者も推理に参加できる真相」という観念を巡って繰り広げられるイリュージョンなのではないのかな... あと、本作は登場人物の口を借りて、ちょろちょろとミステリ論みたいなことをしているのが、とても「新本格」っぽい。いや鮎哲さんは「新本格の元祖」なのかもしれないな。 |
No.870 | 5点 | ヴァチカンへの密使- デニス・ジョーンズ | 2021/06/06 19:02 |
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1990年代に5冊ほど新潮文庫から出ていた著者である。内容は国際謀略スリラーが中心で、評者はあまり関心がないジャンルだ...いろいろ検索してみたが、どういう著者か今一つよくわからない。群小作家のようである。なんでこの本を今回取り上げているか、というと、実は評者が購入した本ではなくて、母が死の床になった入院にこの本を持っていき、病院からの遺品に含まれていた。母を偲んで取り上げる。
評者の母は70歳を越えても頻繁に地域図書館から本を借りてきて読んでいたくらいの読書好きだった。その影響を評者も受けているんだろうな...いや本当に乱読。母が借りてきた本を便乗して読んだことも、頻繁にあった。 本書の原題は奥付には「With Burning Sorrow」となっているが、検索してみるとWith がないのが正しい(か改題版がポピュラーか)ようだ。原題は「Mit Brennender Sorge」という1937年にヴァチカンの教皇ピウス11世の出した回勅を踏まえていて、「深い憂慮に満たされて」という意味。何を「憂慮」し批判しているかといえば、ナチスドイツがその人種理論によって、ユダヤ人をはじめとする非アーリア民族を抑圧することである。この回勅を巡るヴァチカン内部の対立と、さらに踏み込んだ回勅を出させようと運動するユダヤ人団体、さらには批判的な教皇を暗殺すべくナチスが送り込んだ親衛隊将校を巡る政治スリラーである。 この暗殺計画は手が込んでいて、その親衛隊将校をユダヤ人に変装させて、パレスチナ経由でヴァチカンに送り込んで、ユダヤ人を犯人にでっちあげようという謀略も含まれていた。ユダヤ難民のパレスチナ逃亡を援助するモサドの原型組織に属する主人公と、ユダヤ人弾圧の証拠を入手してヴァチカンへの運動の原動力となった女性ジャーナリストのヒロインとに、たまたまこの暗殺者との縁ができる。暗殺者に利用されて主人公らはパレスチナからローマへと行動を共にするが、ローマに到着したら主人公たちは暗殺計画を察知してそれを阻止する役回りになる。 まあこんな話。緊迫したスリラー、だと良いんだが、本題の教皇暗殺計画にちゃんと入るのが残り150ページくらいからで、それまではパレスチナでのユダヤ難民の話が続き、構成が散漫と言われても仕方のないところ。キャラは類型的。最後になってくると暗殺者の親衛隊将校がなかなか情けない小物っぽくなるあたり、量産型スリラーと言われても仕方がない。 でもね、本のほぼ真ん中のp251に、ページの角を折って栞がわりにしてあるのを見つけた。母はきっとここまで読んだんだろうな...落涙。 |
No.869 | 6点 | 十二夜殺人事件- マイケル・ギルバート | 2021/06/06 18:53 |
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イギリス伝統の...と言いたくなるようなスリラーである。イギリスの業界はパズラーから冒険小説までごっちゃでできているようだが、その中でやはり中心になるのはスリラーのように感じる。だから本作をジャンルミックスと捉えるよりも、「イギリスらしいスリラー」と広く見るのがいいようにも思うんだ。パズラーじゃないし、警察小説じゃないし、猟奇殺人はあってもサイコスリラーじゃないし、ましてや冒険小説やハードボイルドではない。でも細かい伏線をいろいろ敷いて、臭わされただけの謎が画面を切り替えるように明らかになり、イギリスらしい寄宿舎学校に潜む、少年を攫って拷問して殺す猟奇殺人者を、教師に身をやつした捜査官が見つけ出す話である。
一応タイトルどおりに、シェイクスピアの「十二夜」を生徒たちが上演する話はあるんだけど、シェイクスピアのこの作品が示唆する「ジェンダーの混乱」というテーマが、やはりこの猟奇殺人の真相にも潜んでいるし、生徒に同性愛的感情を持つ教師も複数指摘されるわけで、無関係というわけでもないや。で、この生徒たちの中には、イスラエルの駐英大使の息子もいて、この大使を巡るテロの脇筋もあって、なかなか話の転がしかたが一筋縄ではない。登場人物が多く、しかもカットバックを多用してキャラ描写が外面的だから、面白みが発動するまで少しかかるのが難かな。 イギリスらしいウィットと教養を楽しめる作品。プレップスクールだから、8歳から13歳くらいの生徒たちが「国語の授業」で、シェイクスピアの劇を生徒たちで演じる....すごいな。でも楽しそう。 |
No.868 | 4点 | 宇宙の戦士- ロバート・A・ハインライン | 2021/06/03 21:59 |
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評者ミリ趣味ってまったく、ない。宇宙戦艦とか関心ゼロだもの。ホールドマンの「終りなき戦い」だとベトナム後遺症小説の一つとして、怨念をファンタジーに昇華した面白さがあるわけだが、「終りなき戦い」と併称されるミリSFの本作はというと....う~ん、夜郎自大というのではなかろうか。アメリカ人らしいといえば、らしいが、アメリカ人らしい無神経さもいろいろ感じる。
いきなりの戦闘描写で始まるわけだけど、敵に回りかねない中立国に奇襲をかけて、散々に工場など生産施設や都市機能を破壊する、暴力的デモンストレーションを一方的に行うもの。政略的恫喝が目的である。いやこんな破壊活動、軍人としてそもそもカッコイイ手柄なのだろうか?直接の殺人描写こそ控えめだが、きっと民間人が多く犠牲になったことだろう。 こうしてみると、「汝殺すなかれ」のタガを外して市民を戦士に変える教育をするのが「軍隊」だ、と言っているようなものだ。それなりの大義がある第二次大戦ならともかく、普通のアメリカ人にとって大義を見つけられないベトナムで、この「教育」が暴走するさまをキューブリックが「フルメタル・ジャケット」で描いたわけでね...で作者の理想が行きつくところは「戦士の共同体による統治」。いやいや、民主主義が機能するは、被支配者がそれなりに支配に同意するから、という理由のわけで、それが「正しい」わけでも「効率的」なわけでもないのは承知の上の話なんだけね。 なので内容に共感する部分はほぼ、なし。小説としても約半分が訓練で、後半が実戦経験と士官学校に入って士官になる話。それでも前半はいろいろ悩むシーンもあって、ぼちぼち。後半は退屈。後半の方が兵隊としての実戦と見習い士官での戦闘で手柄を上げた話だから、派手な面白さがなきゃいけないのだけども逆。敵宇宙人が蜘蛛型で面白味がないのが原因か。 まあ、SFというよりも、架空世界を借りて冷戦期アメリカ人っぽい自己中心的な帝国主義を垂れ流した「架空戦記」みたいに読むべきなんだろう。SFってミステリ以上に時代時代の風潮やらイデオロギーがダダ漏れするジャンルのようである。 (本サイトでストライクでない作品で、ケナすのはどうか..とホントは評者も思ってます。ごめんなさい。) |
No.867 | 7点 | 憎悪の化石- 鮎川哲也 | 2021/05/31 06:47 |
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本書はこのサイトに書き込みを始める直前くらいに再読していたから、改めての再読(4回目くらい?)になって、トリック犯人手がかりオール記憶完璧状態での再読。鮎哲でも大技で有名な作品である。
客観的に考えると、この大技がファンタジーな雰囲気を作っているようにも思う。ウソつき時計、幻の列車....ね、わざとこう形容してみると、日常の中に隠れたファンタジーの味わいが立ち上るように思うのだ。 けどね、本作って昔は鮎哲三大名作みたいに捉えられていたのだが、最近では「りら荘」人気が高まって、相対的に落ち込んだ印象がある。これがなぜか?の客観的な手がかりが、角川文庫版の小林信彦の解説にあるのが面白い。 「黒いトランク」のあと「リラ荘殺人事件」(昭和三十三年)という、やや通俗的な本格物を書いた鮎川は、昭和三十四年に.... と、「りら荘」を「やや通俗的」と評価しているわけである。派手な連続殺人事件を「通俗的」と捉え、地味なアリバイ崩しを「本格らしい本格」と捉えるミステリ観が、確かにこの時代にあった、という証拠みたいなものだと思う。逆に言うと、今鬼貫モノを読んだときに、評者とかは「リアルで重厚」というよりも、「軽さとファンタジー」を感じることのが多いわけで、そうしてみると、「ミステリというファンタジー」に徹した「りら荘」との差別化がもやは効かなくなっている、という風にも結論できるのでは、と思う。 ネタバレ注意! 本作は実は時刻表の挿入位置がメタなトリックなのかもしれないね。フェアな時刻表トリックの場合には、作中の時刻表登場ページに律義に挿入するけども、本作は巻末である。強引かもしれないが、評者はこれを作者が読者に仕掛けた叙述トリック、と捉えたい(苦笑)としてみると、実はフェアなトリック? |
No.866 | 6点 | キドリントンから消えた娘- コリン・デクスター | 2021/05/30 08:07 |
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表層、裏、裏の裏、裏の裏の裏...と推理をしていけばいくほど迷宮にハマる、というのは誰しも体験することである。名探偵はだから、迷探偵と紙一重、ということにもなるわけだ。仮説を立てては崩れ、立てては崩れの本作のようなタイプの作品の場合には、読者の鼻面をつかんで引き回す探偵の価値、というのもなかなか両義的である。
ヴァーグナーの楽劇に心酔する一方で、ストリップショーの役得に涎をながすモースというキャラは、それこそ詩人警部とドーヴァー警部を兼ね備えている。いやだからこそモースこそがエヴリマン、という普遍性なのかもしれないが、個性があるようで実は曖昧? カチッとしたパズラーが好きな読者には全然、向かない作品。どこで真相に着地させるかは本当に作者のさじ加減しだい。力技が目立ちすぎるのも、やや読んでいて疲れる部分もある....なのでこのくらいの評価にしたい。意外にディキンスンを一般向けにしたような作品なのかも。 ややネタバレ 性病、ってこと?だとするとなかなかオゲレツな。 |
No.865 | 7点 | われらの時代・男だけの世界- アーネスト・ヘミングウェイ | 2021/05/28 09:21 |
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ハードボイルド、というとこの作家外せないです。「男だけの世界」に収録の「殺し屋」はとくに、ミステリ系アンソロへの収録でも定番ですからね....
短編集でも最初に2冊の合本が新潮文庫で。訳者はおなじみ高見浩。内容的には第一次大戦のイタリア・戦後混乱期のパリ・故郷・スペインなどを舞台にした、スケッチ的作品が多くて、ストーリー性は強くない。というか、ちょっとしたスケッチの中に「ストーリーを暗示させる」氷山理論の実験みたいな色彩もある。 それでもヘミングウェイらしい闘争の話は、そこそこの長さ・ストーリーを備えて読み応え短編になる。闘牛士の話の「敗れざる者」、ボクサーの「五万ドル」など、作家まだ若いのに、引退寸前のロートルを主人公に据えて、その「最後の戦い」を描くような趣向が最初から出ているのが面白い(「老人と海」だよ)。 改めて考えるべきなのは、やはりハメットとの関係性なのだと思う。同じ戦争を体験していても、ハメットは結局アメリカからは出ないし、ヘミングウェイは赤十字に加わってイタリアで重傷、一旦アメリカに戻るがすぐにヨーロッパに特派員で...と両雄なかなかカブらない経歴なのが面白い。ヘミングウェイの方はこのヨーロッパ特派員時代に、パリで活躍するアメリカ人の前衛作家たちと交流して、その中で「ハードボイルド文体」を練り上げるわけだが、実際ハメットが「ブラックマスク」に執筆して人気を博す方のが、やや先行していると見た方がいいだろう。そうするとまあ、「時代精神を共有」した結果としての「ハードボイルド」ということになるのかもしれない。 で、面白いと思うことは、「man without women」が高見訳では「男だけの世界」なのだが、高村勝治訳だと「女のいない男たち」になる。で、村上春樹がこの「女のいない男たち」のタイトルを借りて... いやなかなかハードボイルド論として、「女のいない男たち」というのはキーワードになるように思うんだ。ハードボイルドとは「女のいない男たち」のフシアワセを描く小説だから、主人公の探偵を翻弄する女が犯人なのが定番になる。犯人の女はハードボイルド探偵が追及する標的ではあっても、犯人なのだから絶対に探偵のモノにはならないわけだ。 そう考えると、なかなかにヘミングウェイとハードボイルド探偵の関係、面白いんじゃないかな。 |
No.864 | 7点 | 灰夜 新宿鮫VII- 大沢在昌 | 2021/05/23 20:53 |
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鮫の旦那も今回はアウェイ。いきなり拉致されてで始まり、アウェイだから本当に単身で事件に立ち向かう。巻き込まれ型といえばその通りで、普段の事件だと「孤高の刑事新宿鮫」でも意外なくらい周囲と組織に支えられているのを、逆に実感できる。
というかね、今回は警察小説とか冒険小説の味を外して、ハードボイルドに徹してみたいと作者は感じたのではないのだろうか。地方都市というとやはり「赤い収穫」とかね、あんなテイストを感じる。2つのヤクザ組織に、北朝鮮工作員やら悪徳警官やら入り乱れ、それぞれが思惑で動いて、最終的に誰も収拾をつけれなくなる話。そういえばチャンドラーが「事件も一定の範囲を越えて複雑になると、誰も全貌を把握しきれなくなる」なんてことを言っていたが、この件もそういう複雑怪奇で最後には.....でオチがつく。 関係者でほぼ唯一生き延びた鮫の旦那もキツネにつままれたよう。実際何もなかったことになりそうだ。でもストリップバーの支配人の今泉とかインテリヤクザの石崎、それにヘラヘラした田舎公安刑事の須貝とか、本作はチョイ役に印象的なキャラが多い。そこらもチャンドラー風味。 |
No.863 | 6点 | チェ・ゲバラ伝- 三好徹 | 2021/05/23 13:07 |
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ミステリライターの出身というと、昭和には社会派の流行もあってか、新聞記者上がり、という人も多かった。三好徹氏は今年亡くなられたわけだが、佐野洋やトップ屋で名を馳せた梶山季之と並んで、「らしい」作家と言えるんではなかろうか。
「おれは、さほど小説は上手いとは思わないが、新聞記者としては東京で五本の指に入る」と豪語したそうである。ミステリ・スパイ小説をたくさん書いた作家ではあるが、ジャーナリストの伝記やら歴史小説やら、作品は多彩である。ミステリ以外でよく売れた代表作、というとおそらく本書ではなかろうか。 言うまでもなく、キューバ革命をカストロと共に指導して、革命が成ったあとにもその地位を振り捨てて、新しい戦場としてボリビアに潜入し、ついには殺害された、エルネスト・チェ・ゲバラの伝記である。 いや、意外に小説仕立てではない。実際に作者は南米に取材旅行に訪れて、関係者の話を聞いて回って、ゲバラの実像を浮かび上がらせようというタイプのルポルタージュの印象が強い。が「伝」と銘打つわけで、時系列に沿ってゲバラの人生と特異なキャラクターを浮かび上がらせていく。 澄んだ目をした滅私のロマンティスト、というのが三好氏の捉え方である。本書が出た頃というと、学生運動はまだ華やかな時代であり、ゲバラのロマンティシズムに酔う読者も多かったわけだが、なんやかんや言って、ゲバラはカッコイイ。それ以降もゲバラ・ブームは何度も来ては去り、ラウル・カストロ引退でキューバ革命関係者がすべて退いた今でも、何がしかゲバラの生き方が訴えるものがある。 なので、とくにミステリ、という本でもないのだが、三好徹の「ジャーナリスト魂」がよく発揮された作品であることには違いない。革命後に日本をキューバの通商代表として訪問した件に、かなりのスペースを割いているのが面白いあたりである。会談した池田隼人の冷淡さとかなるほど。作者のあとがきによると、本書は「不十分ながら世界で最初のものであろうと信じている」そうだ。まあ当時から「ゲバラ日記」など本人の著作は結構出てたようではあるが。 |
No.862 | 7点 | 懲役人の告発- 椎名麟三 | 2021/05/22 19:42 |
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この本が本サイトの書評の対象になるとは思ってませんでした....ちょっと虚を突かれた印象を持ってます。いや手元に本があるし、何かのご縁だと思ってやりましょう。実存文学だけど、うまくミステリにひっかけれるかな?
主人公は酔っ払い運転で少女を轢き殺して懲役になり、出獄して保護観察が終わったばかり。この件をきっかけに「死んだように生き」ている。おじが経営する鉄工場で働いているが、その賃金などは父と継母に「身元引受」を名目に搾取されている...なんていうと、リアルでやるせない底辺生活ということになるんだけども、この作家らしいキャラのヘンさが今読むとポップでさえある。ビンボ生活の描写に独特のユーモア感があるのが持ち味でね。だから、ホントはかなり観念的な「実存小説」なんだけども、底辺の人々の情けなくもいじましい人間関係の只中で描かれる。だからのんびりした播州弁丸出しで 「福子、たしかにお前はこの家では何をしてもええんや。そやけどな、お前に未来があると思うたら、とんでもない大まちがいなんやぞ」だが、福子は平気な声でいった。「未来?..ああ、遠い先のことやね」「遠いも近いも、一切そんなものあらへんのや。高校へも進学させへんし、お嫁はんにもならへんな」 今村昌平の「重喜劇」といった形容がピッタリ。で、このおじの養女の福子に託された、観念としての「未来にも束縛されない究極の自由」に憑かれた主人公の父はトンデモない事件を起こす...というわけで、登場人物に一切インテリがいないのに、泥臭く土着的に宗教的な「実存」がテーマになっているあたりの面白さが手柄。 主人公は刑余者だし、殺人・強姦・自殺など起きるから、ぎりぎりミステリ?主人公が傍観者でデクノボーなのが、この場合はナイス。で、デクノボーなりの結論が しかしいくら立っても小便は出てこなかった。ただ、そのかわりに、神様、という言葉が出るばかりだ。しかしおれはそれでも出ない小便をしつづけていた。 だから、シムノンが書いている一般小説に、テイストがかなり近いです。やはり刑余者主人公の「片道切符」なんてまさに、そう。殺す・殺される・罰する・罰せられる、という視点で眺めたら、ミステリは世俗的な宗教小説、なんてね(苦笑)。けど、そのうち評者もハードボイルドという視点で井上光晴やってみたいとは思う。Thanks 蟷螂の斧さん。 |
No.861 | 7点 | テロリスト- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2021/05/22 19:41 |
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マルティン・ベックも本作でグラン・フィナーレ。
というか、実質前作の「警官殺し」で、大河ドラマとしての「マルティン・ベック」は終わっているんだと思うんだ。アメリカ上院議員のスウェーデン訪問の広域警備を、ベックと殺人課の面々が仰せつかり、見事国際テロリストによる襲撃を阻止してみせるこの話、真に受けるというよりも、寓意的なファンタジーみたいに評者は読んでいたよ。ベックもラーソンもルンもメランデルもスカッケも、実に有能というか抜群の分析&指揮能力を見せて、超人的な大活躍を見せる反面、このシリーズのチョイ役・敵役たちも万遍なく姿を見せて、お約束のようにドジを踏んで見せている。勧善懲悪というか、リアリズムってなあに?な印象の話なんだから、これは作者が意図した「グラン・フィナーレ」みたいな顔見世興行だと思うのがいいように感じている。 いやだから逆に、こういう「夢オチ」に近い幸福感でしか、話のフィナーレをつけれない、というこのことに、命の終わりの近づいた作者(の一人)の、スウェーデン社会に対する絶望感が深い、ということを感じ取るべきなんだと、評者は思うんだ。決してフォーサイスまがいの国際謀略小説を書こうとしたわけではない。その枠組みを借りて「テロ対策の名を借りた市民生活への干渉と抑圧」の鼻を明かしてやろうという目的で、わざと仕組んだマンガ的な明朗さでアイロニーをぶちかました作品なんだろう。 このマルティン・ベック・シリーズは、後半になればなるほど、いわゆる「警察小説」の保守性を嘲笑するような話になってくるあたり、奥深いものがあるように感じる。それこそ「消えた消防車」までしか読んでいないと、オーソドックスな「警察小説」を深刻な方面で深めたシリーズ、ということになるんだろうけど、後半の展開は「警察小説」を自らの手でアイロニカルに破壊していくような過激さを秘めている。なので、「穏当なエンタメ警察小説を読みたいなら前半だけが無難、もっとヘンで過激でオリジナリティ溢れる小説を読みたいならぜひ後半も」を、評者のシリーズ全体への評価としたい。 |
No.860 | 8点 | 警官殺し- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2021/05/19 18:08 |
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マルティン・ベックも最終盤。9作目の本作は、随所に過去作への言及があって、「ロセアンナ」から順にずっと読んできた評者みたいな読者にとっては、ご褒美みたいな作品である。「ロセアンナ」の犯人に再度容疑がかかり、「蒸発した男」の犯人はジャーナリストとして更生して、共通の「人を殺した体験」でコルベリと意気投合、マルメの「サボイホテルの殺人」の舞台のホテルに立ち寄るとウェイターがベックを見知っているし、ベックは「唾棄すべき男」での負傷の結果禁煙、前作「密室」の件で上司マルムにイヤ味を言われる....あれ、意外なことに日本の読者の大多数が読んでる「バルコニー」「笑う警官」「消防車」への言及は見当たらない。このシリーズらしさ、はたぶん日本の読者が思う「らしさ」とはちょっズレていると思うんだ。
で、誰もがツッコむタイトル「警官殺し」。タイトルに偽りあり...なんだけども、考えてみれば本作で「殺される」のは、本作でスエーデン警察の組織体質の変化に絶望して退職の道を選ぶコルベリの「警官の魂」なんだろう。国家警察への統合をきっかけに、警察がより政治的・権威的にかつ暴力的になり、市民に対して抑圧的に出ることが多くなる。それを象徴するのがベックの上司になったマルムの派手な軍事作戦まがいの大捜査網でもあり、その無用で無能な失敗が本作でも繰り返されて、いい加減キレたラーソンはマルムを罵倒する。 社会は結局己に相応しい警察を持つ コルベリの退職届に書かれたこの警句は、出所した「ロセアンナ」の犯人にかけられた不合理な疑惑によっても、証明されてしまう...事件の解決と引き換えに「警官の魂」は死んでいく。そういう絶望感に満ちた小説。 (いやだからこそ、こういう面が新宿鮫に近いと思うんだよ。ヒッピー的な生き方に共感する自由人の警官、というあたりも共通するし。本作で印象的なオーライの生き方、というのがベックの理想みたいなものを提示する役割があるんだと思うんだ。「ヒッピー警官」w) |
No.859 | 6点 | 氷舞 新宿鮫VI- 大沢在昌 | 2021/05/18 14:07 |
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鮫の旦那も後半戦。マルティン・ベックを併読していると、このシリーズ意外にマルティン・ベックの影響強いんだな、なんて思う。10冊区切りとかそうでしょう? で、主人公が警察組織に不信感を持っている「内部批判派」みたいなあたりもそうだしね。ベックの新上司マルムが政治寄りなのをベックは批判的に眺めているわけだが、鮫の旦那の「警察組織内の宿敵」は言うまでもなく公安セクション。で、今回はその公安を事実上の主敵に回しての話。
鮫島の恋人のロックシンガー晶はバンドが売れてきたこともあって、すれ違いも増える。だから気持ちも互いに...となりがちなところで登場するのが本書のヒロインの江見里。鮫島が江見里に恋をする...なんて話もあったりして、晶、どうなる?というのも興味。 のはずなんだけども、いやね、済まない。評者は鮫島と江見里の「直線同士が一瞬の交わる」宿命の恋にあまり萌えないんだ。う~ん、困る。このシリーズ、ヒネった話が多いのだが、今回かなり長いのにストレートな話。脇筋もあまりないし。で、真相がびっくりするようなものか、というとそうでもない。なので、やや期待外れ感が評者はある。ま、公安警察はロクでもない組織、というのは同感なんだが。 なんだけどね...評者の読みどころは、ホント済まない、鮫島×香田である。香田くん、ついにツンデレ化。こっちに萌えます。いやこのシリーズ、腐った視点の方がずっと楽しめると思うんだけどもね。 |
No.858 | 6点 | 暗色コメディ- 連城三紀彦 | 2021/05/16 18:07 |
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評者異常心理モノは苦手だ。とくにそれがパズラー的な解決がある、となるとね....その理由はやはり、描写の中で何が現実で、何が妄想なのかが、作者のさじ加減で決まってしまう、という部分があるあたりだと思うんだ。
本作はまあ、よく頑張ってるとは思うんだけど、一番不可能興味の強い人間消失でも、解き明かされると爽快に「だまされた!」感がないように思う。いろいろ盛り込みすぎて、ごちゃごちゃし過ぎた印象もあるし。 とはいえ、妻に自分が「死んでいる」妄想をぶつけられて戸惑う夫の話とか、イイな。妻が「死んでいる夫」に、自分のカラダに写経を要求するシーンなど、「暗色コメディ」というタイトルそのままのブラックなおかしみがある。これは加点要因。あそうか、このエピソードがこの作品のベストの「妄想」なこともあって、他のエピソードがこれのバリエーションに見えてしまうのは、ミスディレクションかもしれないが、小説的にはクドくなる原因かもね。 |
No.857 | 7点 | 高い城の男- フィリップ・K・ディック | 2021/05/14 18:56 |
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困った本である。昔読んだときには何がいいのかよくわかなかったんだが、今回再読して、最後にジュリアナが作中小説「イナゴ身重く横たわる」の著者アベンゼンに会って話すあたりで、変なショックを受けていた....
いや、なかなか話にヤマはかからないし、日本人から見たら妙な日本理解がビザールに感じられて、アメリカ人が読んだときのように「オリエンタリズムに上書きされたアメリカ文化」みたいな絶妙の違和感を楽しむ、というわけにもいかないしね...で、緩い関係しかなくて「誰が中心になるのだろう?」と思いながら登場人物たちの群像劇をサラサラと読んでいくと、考えオチみたいなショックが最後に待っている小説なんだ、と分かった。 それが易、というものなんだ。この易と量子力学の多重世界解釈を重ね合わせたあたりで、この小説が成立しているんだろう。世界は観測されることで確率的なものから「実在」に変化する。この観測がすなわち易なのであって、易で占われることで、世界は変容する。つまり、ドイツと日本が第二次世界大戦の勝者になった世界も「一つの可能な世界」であって、いかに奇異な世界であったとしても、それは日々の微細な選択の集積に過ぎない。道徳的な教訓を引き出すなら、それらの「日々の選択において、良かれ」というにすぎないのだ。「イナゴ」が易による不断の選択によって書かれたのと同様に、「イナゴ」を書くにあたってアベンゼンが行った選択をするのならば、「イナゴ」のまた別な世界がたち現れていたに違いない.... 我々が暮らすこの世の中というのも、実はそのような「選択」の集積の結果なのであり、それを考えると、空恐ろしいものがある。この「選択」を改めて眺めやって抱くそら恐ろしさと感慨が、この本の最後で現れるショック、なのだと思うのだ。 |
No.856 | 6点 | 魔軍跳梁 赤江瀑アラベスク 2- 赤江瀑 | 2021/05/09 22:41 |
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創元推理文庫、東雅夫選のアンソロ2巻目である。キーワードは「魔」であり、幻想小説としての味わい、という特性で選んだ、ということである。
確かに同じ編者の学研M文庫「幻妖の匣 赤江瀑名作選」とはカブるのだが、一般に「赤江瀑の名作」とする初期中心のアンソロとは一線を画している。で..評者としては、う~ん?という印象。いやね、考えてみると、どうやら評者は赤江瀑を恐怖小説として読んでいたようにも感じるんだ。 一番わかりやすいのは「春喪祭」だろう。これ怖くないんだよね...牡丹の花の盛りに長谷寺の回廊をさまよう「若いお坊さん達の煩悩が、長い間に宙にまよって、生身をはなれてつくった影」は、魅入られると死ぬ「此の世のモノではないモノ」なのだけど、考えると「ヘン?」となるくらいに舞台背景には馴染んだ顕現をしているにすぎない。怖い、というほどのものでもない.. 初期の短編だと、これでもか!というくらいにウンチクを重ねに重ね、張り詰めて陶酔的な美文で綴られた作品だったのだが、この巻に収録の作品はそういう面はあまり表に出ない。饒舌に京ことばで語る語り口の作品が多いから、はんなり、というよりも京都人のイケズな感じがよく出ててそれは面白いのだが、赤江瀑らしい美文、というのとは違う。 あんたたちも、いるならいなさい。でも、見損なわないでちょうだい。わたしにしたって、ここは、人には明け渡せない場所なんだ。いのちを張っている生き場所よ。泣きの涙で、尻尾を巻いて。逃げ出すような玉じゃないから、そのつもりでいてちょうだい と幽霊ビルでスナックを営むママが、こう怪異に啖呵を切る(「階段下の暗がり」)ような、そういう「語りの勢い」みたいなものの面白さになっているのだと思う。そういう意味だと、赤江瀑も「人間らしく」なったのかも。 で、さらに、晩年の作品が多い、ということもあってか、夭折の美ではなくて、老残の身の上を扱った内容が増えている印象がある。あっさりと「向こう側」に姿を消す潔さではなくて、この世に執着して爪痕を残しておきたいと見苦しくも妄動するさまを描くのが、作品の主題になっている印象も強い。そういうあたりでも、かつての非人間的な鋭さではなくて、より人間臭い興味を中心とするように変化してきた...とは言えるのだろう。 饒舌な語り口で陰子二人の霊に憑りつかれる女性の話「花曝れ首」、叙述に仕掛けがあってミステリ調の「悪魔好き」、小泉八雲の短編がオミットした性の問題を中心に「茶わんの中」を語り直した「八雲が殺した」といったあたりの、中期作品の充実感はやはり捨てがたい。後期はどうだろう、やはり語り口があっさり終わる感があってもどかしいが、それでも「緑青忌」や「隠れ川」が佳作だと思う。 最終3巻は「耽美伝奇系名作集」だそうである。光文社とはまったく別なセレクションだと、評者は面白いけど...営業面を考慮するとどうなるのかしら? |
No.855 | 7点 | 巴里の憂鬱- シャルル・ボードレール | 2021/05/09 08:29 |
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かなりの部分をポオと共有する詩人の詩集である。「悪の華」はアレクサンドラン詩形による定型詩だから本当に「詩」なんだけども、こっちは一見小説と違わない散文詩である。だったら「巴里の憂鬱」をショートショート集として読んで、いけないのだろうか?
なので、実験(苦笑)。ポオの短編を読むくらいの感覚で本書を読んで...いやイケるのである。洒落たちょっとした「話」がある詩がかなり含まれている。「悪魔派」なボードレールである。幻想、ホラー、犯罪に関わるネタが随所に見られ、いや立派なショートショート集である。 たとえば... 「けしからぬ硝子屋」...運命を見、それを識り、それを試みるために、「悪戯(ミスティフィカシヨン)」をする話。わざわざ六階の部屋に硝子屋を呼びつけて、その帰りに窓から花甕を落としてその硝子屋が背負ったガラスを割る 「妖精の贈物」すべての嬰児のために妖精たちが「才能、器量、幸福な偶然」などなどをプレゼントする場で、ついそれを貰い損ねた子供に与えられた贈り物は? 「悲壮なる死」王に対する陰謀を企んだ一味に参加した、王ご寵愛の道化役者ファウンシールに対して、王が与えた死の罰とは? 「寛大なる賭博者」詩人は魔王サタンと行を共にし、賭博で魂を巻き上げられるが、そのかわりにサタンから貰ったものは? 「紐」画家のマネの話として。マネがモデルに使っていた少年が、画家の叱責で首吊り自殺した。その母は子が自殺に使った釘と紐を画家から貰い受けるが... 「意気な射手」射的場を訪れた夫婦。夫を嘲る妻に「ね、そら、ごらん、あの右の方の、鼻を空にむけた、気位の高そうな顔をした人形ね。さて、そこで、僕はあいつをお前だと考えるよ。」そして彼は眼をつむって引金を引いた。人形の首が発止と飛んだ... などなどなど。ちょいとイケる話が連続する。さすがはポオの後継者。詩だって、じゅうぶんにミステリだ。 |
No.854 | 4点 | 日本探偵小説全集(7)木々高太郎集- 木々高太郎 | 2021/05/05 08:06 |
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長編「折蘆」「わが女学生時代の罪」を中心に、短編9本を収録。「探偵小説芸術論争」の一方の当事者であり、「文学派」の総帥として、社会派ミステリの先駆者だった....というと、いかにも凄そうなんだけども、はっきり言うけど、この人作家としては二流である。
いや主張はなかなか正しいし先駆的で、その理屈を小説に生かそうと頑張ってはいるのだけども、人物が理屈から導き出された人形みたいで、「文学」というわりにまったく魅力がないのはどうしたものだろう...でプロットも長編は2作ともゴチャゴチャと混乱した印象が強い。「折蘆」は最終期クイーンみたいな「迷探偵」をしようとしているけども、この東儀四方之助くんに全然魅力がないので、単に愚かにしか見えない....読んでいて困る。 これは評者の問題かもしれないが、精神分析ってエセ科学だと思っている。オハナシの設定くらいにしか思ってないから、そのレベルで読むと「大心池センセ名探偵!」になるかもしれないけども、セオリー通りに「精神分析」されてしまうと、何かシラケるものがあるのは確か。林髞ってパブロフの直弟子で、大脳生理学の専門家で、学問上は精神分析とはあまり関係のない人なんだけど...タレント学者のハシリみたいなものだし「頭脳パン」とか香ばしい話もいろいろ、あったなあ。 というわけで、評者この本だと「柳桜集」の短編2作「緑色の目」「文学少女」以外は、見るものがない、というのが正直な評価である。この2作だけは、小説とミステリがうまく融合してロマンの香りがある。「新月」はアタマでコネて作った、そう悪くはないが褒めるのはどうか?という話を、さらに「月蝕」で言い訳している。言い訳はいつでもカッコ悪い。 |