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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.77 | 7点 | マン島の黄金- アガサ・クリスティー | 2016/08/15 22:56 |
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本短編集はクリスティ死後に編集された落穂拾いの短編集である。まあこの手の短編集というと好事家向けの域を出ないのが当たり前なのだが...さすがにクリスティ、そんなことはない。それだけでなく「評者的に必読」級短編が2つもあるという結構スゴい短編集だ。ミステリ色の薄い短編でイイのが多い。
必読1「夢の家」。評者は「終わりなき夜に生れつく」が大好きなせいか、あの作品で十分に展開された「夢の家」モチーフがすっごく気になっている。短編「リスタデール卿の謎」とか「親指のうずき」とか、あと「スリーピング・マーダー」もそうだね。どうやらこれがこのモチーフの初出。最初はホラーなんだね。 必読2「クィン氏のティー・セット」。どうやらこれは短編集の最後の作品「道化師の小径」のさらに後の設定の作品である。やはりクィン氏ものはサタスウェイト氏の懐旧のまなざしですべて眺められているからイイんである。まあ犯罪計画が今一つ腑に落ちないけど、サタスウェイト氏の主観描写によるフラッシュバックみたいな効果が生む緊迫感がいい。何十年かぶりにあう旧友宅での、アフタヌーンティの最中に未然に毒殺を防いじゃうという超名探偵ぶり(苦笑)。クィン氏好きだ...「愛の探偵たち」はあまり出来が良くないからなんだけど、なぜ本作が短編集に入らなかったのはホントに不思議(まあ「道化師の小径」はすごくキリのいい作品なんだけどね)。 あと「壁の中」は「愛の旋律」に近いアーチストの私生活をめぐる作品。辛口な良さがある。まあこれはウェストマコット作品として読んだ方が面白かろう。「孤独な神さま」は甘口なラブロマンス。けど男女ともオタっぽいのが何かイイ(これ誰か少女漫画にしないかな)。 ポアロが出る「クリスマスの冒険」「バグダッドの大櫃の謎」は両方とも「クリスマス・プディングの冒険」により長いバージョン(本短編集版が初出でそれを引き延ばしたらしい)が収録されていて、これはそっちのがずっといい。表題作「マン島の黄金」は実際にクリスティが依頼された宝探しパズルのシノプシスみたいな作品。ま、雰囲気は伝わるけど、現地にいかないとパズルにならないから、作品としてはご愛敬くらいのもの。それでも地図とか写真とか載ってると何か盛り上がるよね。この体験が「死者のあやまち」に使われたわけである。 |
No.76 | 6点 | クリスマス・プディングの冒険- アガサ・クリスティー | 2016/08/15 22:19 |
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本短編集は、とにかく「おいしい」。食べ物描写に念が入っていて、それを読むだけでもイイな。で、収録は表題作70p、スペイン櫃の秘密70p, 負け犬100p, 二十四羽の黒つぐみ25p, 夢40p, グリーンショウ氏の阿房宮50p と、前半3作がほぼ中篇の体裁で、すべてガチのパズラーである。
本短編集は初期のキャラ別短編集みたいなものではなく、長編の抜粋か雛型みたいな内容である。もう一ネタ組み合わしてキャラをうまく設定すれば立派な長編になるくらいのもの。というか、「葬儀を終えて」の後の小暗黒期だと内容的に本短編集レベル以下の作品が結構あると思うよ....まあだからクリスティに純粋にパズラー以外求めないような読者なら、コスパよく充分満足のイケる作品集だろう。 個人的にはイギリスのクラシックなクリスマス料理って食べてみたいな....昔クリスマス時期に「プディング」を売っている店を見つけて、クリスマス時期になると買ってたのが懐かしい。評者のイギリス料理の印象はほぼクリスティの作品で培われたものじゃないかな。 で評者は次に「マン島の黄金」を読んだんだが、これが結構本短編集とバージョン違いがカブるのだ...詳細は「マン島の黄金」を見よ。 |
No.75 | 5点 | 愛の旋律- アガサ・クリスティー | 2016/07/19 22:21 |
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クリスティの登場人物というと、表層と真相のダブルミーニングからくる作品的な「仕様」によって、アクションがかなり厳格にコントロールされているあたりが大きな特徴でもあり制限でもあるわけだが、初期を中心にたまにはキャラだけ作って行き当たりばったりな活動をすることもないわけではないようだ。ミステリだと「チムニーズ館」とか「牧師館の殺人」とかそういう「ゆるさ」を感じるんだが、本作は非ミステリでウェストマコットでは評者初遭遇のそういう感じのもの。なので、めまぐるしく起きる事件に行き当たりばったりに登場人物が反応しているような小説である。伏線を敷いてるくせにあえてぶった切るような突発事件が連続するので読んでて?となることが多い。当初ヒロインかな、と思われたジョーが早々とフェイドアウトして、サブヒロイン型のネルが結局メインヒロインになり、あとで投入されたっぽいジェーンは結局ネルに少しも勝ててない....で、問題は勝者のネルがどっちかいうとクリスティがイライラした書き方をしがちな他人依存型のキャラであり、女性の嫌らしさ満開なタイプであることだね。
でしかも、ヒーローであるヴァーノンが魅力薄。あれもこれも欲しがるタイプだ、とジェーンに非難されるがその通り。天才作曲家にちょいと見えない....まあそれでもジャーナリスティックではあるが、1920年代あたりの音楽状況はわりと押さえれてはいるようだ。要するにショスタコの交響曲2番みたいなものでしょう、冒頭のアレは。けど、オペラみたいなものにしてしまうと、バレエリュスの二番煎じで、フランス6人組+バレエ・スエドくらいでモダンだけどちょっとお安い感じになるのはどうしようもないね。「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」の罠にかかっている。 ウェストマコットの6作でも正直言って一番期待してなかった作品なのでいいんだが、まあ駄作の部類。マイヤーホルトって誰だよ(苦笑)。あ、あといいとこはネルの赤十字見習い看護婦奉仕の描写が、クリスティ実体験に即していて面白い。けどこれがあるからネルへの矛先が鈍ったのかもね。 |
No.74 | 7点 | 暗い抱擁- アガサ・クリスティー | 2016/06/27 21:57 |
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評者のウェストマコット2冊目。本作の面白味は、物語の中心人物であるジョン・ゲイブリエルが典型的な「クリスティの犯人キャラ」なことである。妙に率直なストレートさで見る人を欺くタイプでそこらへん女性にモテるところ。なので、本作は「クリスティの犯人がもし犯罪を犯さなかったら?」という思考実験みたいな作品であろう。
もちろん犯人っぽいキャラなので、周りを半ばダマしながら議員に保守党から立候補して、紆余曲折ありながらも当選するなどという完全犯罪をやってのける(苦笑、もちろん党への忠誠心とかゼロである)。本当にワルい奴なんだが、魅力もあるのは事実。一般に男性キャラのうまくないクリスティだが、ワイルドさとアタマの両方を備えた出色の好キャラだと思う。対するは植物的な雰囲気だが本当の意味での貴族であるイザベラ。で..天敵?とも思われるこの二人の間で何と「嵐が丘」しちゃうというびっくり展開になる。 まあクリスティっていうと、とくにポアロ物は嫌々書いてた...なんて話があるくらいで、本作とか読むと、ミステリを書いてて溜まったフラストレーションを、小説家本能に即して解放している、といった印象を受ける。ちょっとクリスティの舞台裏を覗いたような気になるな。というわけで、本作読むと、ミステリの二線級作品を読むよりも、よりよくクリスティのことが理解できるようになると思う。 |
No.73 | 4点 | ブラック・コーヒー- アガサ・クリスティー | 2016/06/12 01:05 |
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クリスティのオリジナル戯曲である。一応小説版(チャールズ・オズボーン小説化)があるので、それも併せて評する。
要するにこの戯曲は、「ミステリ劇」であって、戯曲形式のパズラーではないからね。実はト書きのアクションの中で、犯人が誰かはバレてる。まあこれ俳優へのアクション指示のかたちで、「演劇のパズラー」としてフェアであろうとしたのかもしれないが、演出で強調しなければ誰も気が付かないだろう...それが狙い、かな。 で、実際この戯曲は芝居のいろいろな仕掛けをミステリの見地でうまく使ってやろう、という意図が結構見える。たとえば窃盗犯に返却の機会を与えるために、1分ほどの暗転(だんまり)があるとか、この直後に扉が開いてポアロが登場するとか、カレリ博士の毒薬紹介(ミュージカルなら「毒薬の歌」とか上出来なホラーコミックソングを歌いそうだ..毒薬の女王クリスティ!)とか、犯人に対する罠のシーンとか、舞台効果満点で面白いギミックが多いんだよね。だからこういう狙いの舞台ヅラを想像しながら読むのが本当なのであって、紙の上でのミステリとして読んじゃったら、ここらが全然不発になってしまい退屈だと思う。そういう読み方をすること自体が間違いじゃないかな。あくまで舞台の上で映えて意味があるような戯曲であり仕掛けだと思うよ。 なので、小説化は×。ト書きを地の文に考えもなく移行しているので、本当に犯人がバレてる。またオズボーンの文体の客観性が結構高いので、クリスティを読み慣れてると違和感が強い。クリスティは客観描写をあまり細かくせずに、ほとんどセリフorキャラ視点での主観的な観察で小説を組み立てている傾向が強いので、クリスティらしさが出てないなぁ。そもそもヘイスティングス登場作なんだから、原典に準じてヘイ一人称で書いてもよかったのかもね。あと、室内劇なので当たり前だけどセット1杯で変わりようがないから仕方ないんだが、これが小説となると、当然別室に移動して...になるのがそうならないので、とっても不自然。 というわけで、評価は、戯曲は「あくまで上演のための台本」だと思って読めばオッケーで5点程度。小説は...なんでこんなの準公式作品扱いするんだろうね、で3点として、平均で4点。 |
No.72 | 10点 | 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー | 2016/04/18 20:21 |
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本短編集は評者は何回読んだかわからない。クリスティの中でも格別好きで好きでしょうがないくらいの作品集だ。なのでこのプロジェクトを始める前から10点をつけるつもりでいたくらいである。
どこがいいって...1930年なんてクリスティの初期に属する作品集だけど、後期に典型的に見られるような独自な性格のキャラを立てた性格悲劇の色彩をもっていて、その描写が実によく書けているだけでなく、うまくミステリに埋め込まれているあたりである。ミステリの教科書にしたいくらいに、小説とミステリのバランスのとり方がいい。 しかも狂言回しのサタスウェイト氏のキャラがいい。独身者=人生の観客という等式を、クィン氏という触媒によって破るダイナミズムが、ちょいと身につまされるぜ....あくまでも事件はサタスウェイト氏の主観の中で起き、その主観の中でのちょっとした「違和感」がクィン氏によって照明を当てられて真相を悟る、という結構になっていることもあって、ファンタジックなトリックや事件も決して突飛には感じない。 「しかし、私は、まだ一度もあなたの道を通ったことがない...」「で、後悔しているのですか?」この会話こそが、独身者の機械としてのミステリのあり方を如実に示しているとさえ思う。 評者にとっての愛の対象の1冊。 付記:けどねえ、婉曲に書いたから分らない人多いだろうな。サタスウェイト氏ってゲイだよね....まあ、ヘイ×ポアロだってネタの定番のわけで、クリスティのキャラってそういう腐視点での面白みってのがある。実際クィン氏×サタスウェイトで引っ張っておいて、ゲイ趣味ともかなり関連の深いバレエネタで〆る、という構成のわけなんだしね。特に日本じゃミステリは乱歩四郎の昔から、中井英夫を経由してそもそもホモホモしたジャンルであるわけで、そういう読みをしていけない、かな? |
No.71 | 9点 | 春にして君を離れ- アガサ・クリスティー | 2016/04/11 21:25 |
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評者実はウェストマコット名義の作品って読んでなかった...で本作霜月蒼氏の「完全攻略」で絶賛していることから気になってたので、ウェストマコット1番手として選んだのだが....すまぬ、今までこれを読んでなかった不明を恥じる。そのくらいの名作&重要作である。
今どき「日常の謎」ってジャンルがあるくらいのもので、ミステリの範囲は広がっているわけだから、本作だって「日常の謎」として読んでいけないわけでもなかろう。そうしてみると、本作だったら「私は本作の探偵で、かつ犯人で、しかも被害者で裁判官でもあります。私は誰でしょう?」なんて「シンデレラの罠」みたいな解釈もできるかもしれないね。 しかも、本作は中期の「死との約束」から後期に差し掛かる時期の「無実はさいなむ」で追及された、「抑圧的で干渉的な母性」を、その母性の側から描くという、ここらの作品の核心部分を徹底的やっているクリスティ・ハードコアな作品なんである! でしかも「探偵=犯人」を成立させる最大の要素、自己意識が繰り広げる歪んだ自画像の問題(勿論これが晩年の名作のキーポイントになる)まで追求しているのだ.... 繰りかえすが本作はクリスティを理解するうえで超重要な必読書である。こんな作品があるなんて、クリスティは奥深いなぁ。 |
No.70 | 6点 | パーカー・パイン登場- アガサ・クリスティー | 2016/04/11 21:08 |
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本作の前半は、要するにパーカーパイン劇団のレパートリー紹介、って感じである。しかも出てくる人々がお馴染みなオリヴァ夫人とかミス・レモンだから始末におえない(苦笑)。クリスティの独特の共有世界観が本作で本当にうまく機能している。だから本作ってシチュエーションコメディ風のマンガ(要するに両さん)の面白さって感じを受ける。マンガだと思って読めば、本作の上機嫌さみたいなものを肯定的に評価できると思うな。あまり突っ込むのはヤボってものだ。
とはいえ、後半は旅情ミステリになってしまい、前半の上機嫌さが薄れるのが難。「ナイル河上の死」は舞台装置だけだが、「高価な真珠」は舞台もネタも「死との約束」で再現される話なので、そこらは興味深い。 |
No.69 | 2点 | ポアロ登場- アガサ・クリスティー | 2016/03/22 23:05 |
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クリスティの長編ミステリは全部評を書いたけど、もうちっとだけ続くんじゃよ。それでも短編集は書きたいのが2つばかりあるし...だったら非ミステリ長編小説とか戯曲とかもやろうと思う。そうすると初読も少しあるし。
というわけで本短編集。ホームズ好きなんだね..がまずの印象。けどホームズって今の時点で読むと、今風のミステリの作法からハズレている部分の方が魅力的(フェアプレイ無視で未知の犯人を釣り上げるとか)だと評者は思うわけで、その点フェアプレイに束縛されている本作は真相の範囲が狭いのでオドロキがないなぁ。短編だとドラマのふくらみがないから、真相解明がタダの「入れておいたものを出しました」にしかなってないし。 あと本作の悪い点としては、政治がらみの事件に出てくるクリスティの政治上の立場(あまり真に受けるのはヤボだが)が、極めて好戦愛国主義的でしかもお宗旨が絡んでそうなあたり。そういえばクリスティって牧師が犯人ってなかった気がするんだけどね(悪党が牧師に変装するのはあるがね)。 |
No.68 | 6点 | スリーピング・マーダー- アガサ・クリスティー | 2016/03/22 22:30 |
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本作は日本の読者としてみるとちょっと不利な作品だよ。以前のミステリ文庫版の真鍋博の表紙が手がかりになるけども、「まっかな小さいヒナゲシと矢車菊がかわるがわる並んでいる模様の...(壁紙)」というのは、いわゆるモリス・ペーパーなので、だからこそモダンなマスタード色の壁に豊満な植物文様が隠れていたのが、子供時代が不意打ちするようにショックを与える効果を的確に描写していることになるのだけど、これをイメージできないと面白さは半減してしまうなぁ。
同様に、ウェブスターの「マルフィ公爵夫人」が重要なキーになるわけだが、シェイクスピアならともかくもその後続世代のスプラッターな大虐殺芝居なので日本で知られている、とはいかないよ(評者は昔ジョン・フォードの「あわれ彼女は娼婦」は翻訳を読んだことがあるが...アマゾンで検索すると同じシリーズで出てたウェブスターもトンでもないプレミアがついてるね)。まあ大南北の「四谷怪談」とか「五大力」とかあんな芝居のイメージするといいんじゃないかな。(あと猿の前肢がぴくっと動くのはホラー古典のジェイコブズ「猿の手」、雰囲気は「レベッカ」かな) というわけで、本作はポイントとなるあたりが全部イギリスのサブカル関連になるので、楽しむのがちょっと難しいと思う。まあクリスティとしてはツカミはオッケーで前半すごい面白いんだが、中盤からは並くらいの出来だし、ミス・マープルも中期仕様でネメシスみたいな苛烈さはないし...で普通の作品ということになる。本作は「夢の家」モチーフの系列に入るけど取っ掛かりだけなので、後年の「終りなき夜に生れつく」とか「親指のうずき」(サナトリウムのシーンがそのまま転用)みたいに後を引いてる感じはない。ま、評者的にはマープル最後の事件はやっぱり「復讐の女神」だ。 さてこれで評者はクリスティ全ミステリ長編の本サイトでの評を達成した。1年ちょっとで全ミステリ長編を再読ベース(初読は数冊)で読み直して書いたのだから、基準はほぼ揃っていると思う。お楽しみのベストは1.終りなき夜に生れつく 2.ねじれた家 3.カーテン 4.葬儀を終えて 5.そして誰もいなくなった 6.ポケットにライ麦を 7.ナイルに死す 8.五匹の子豚 9.三幕の殺人 10.復讐の女神 ワーストは 1.フランクフルトへの乗客 2.愛国殺人 3.ビッグ4 4.複数の時計 5.秘密機関 6.運命の裏木戸 7.七つの時計 8.ヒッコリーロードの殺人 9.パディントン発4時50分 10.死への旅 になる。ベストは趣味が出てるけど、ワーストは順当だと思う。 |
No.67 | 9点 | ナイルに死す- アガサ・クリスティー | 2016/03/21 18:10 |
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本作は要するに、「ご好評につき内容5割増し(当社比)」なスペシャル版みたいな作品だ。ただし、ミステリとしての仕掛けは通常なので、5割増しをすべてドラマに振ってるというバランス。ミステリにしか関心のないタイプの読者だったら、長いだけの通常作品だろうな...
しかし、クリスティの一番エラい点というのは、ドラマにミステリをうまく埋め込んで生かす技に長けている、ということなので、ドラマに5割増しを全部振っても、それ自体がミスディレクションを兼ねた重厚さとトリックの説得力につながっていて、無駄にはならない。評者なんぞは余裕がある分覗けるクリスティの「ホンネ」みたいなものがすごく面白い。被害者は金持ち・美人・魅力充分・しかも頭も良く実務面でもキレ者...で、ヘンな子大好きなクリスティ自身、書いていて反感を持っているのが伝わる。前半のイヤガラセ描写にサディスティックな快感があったりするんだよね(評者の読み方歪みすぎか?)まあクリスティではキレ者の女性は大体ロクな目にあわないのだが、本作は被害者で、しかも真相に近づいてくるとイヤな女度がかなり高まる。また、親に抑圧される女子×2で、ここらも中期クリスティで繰り返されるパターンだ(しかも一人は最終的にその親から解放され、もう一人は親の鼻をアカすww) でもう少し本作の核心に入ると、犯人の自殺を描いている、という面でも本作はクリスティの中でも実はかなりスペシャルな作品である。それだけ犯人サイドの「愛の悲劇」をミステリの枠を超えて描こうとしているわけだ。そういう犯人とポアロのかかわりから、運命劇として本作を読むことができるかもしれない。そうすると、意外なことに本作と共通点の多い(ほぼ真相が同じだよ...)晩年の評者大好きなアノ名作に繋げるような「読み」というものはあると思うのだ。 というわけで本作は中期の「全部入り」な総決算作品である。何やかんや言ってそういうクリスティの熱みたいなものが伝わるのが一番の良い点。なので、タイプとして似た「白昼の悪魔」(8点)よりもイイ点にしたくなるので9点とする。 |
No.66 | 6点 | シタフォードの秘密- アガサ・クリスティー | 2016/03/13 15:05 |
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批評的には問題の本作。評者今まで本作は駄作、という意見だったが、今回読み直して意見を改めることにする。
本作は元気女子大活躍の話だけど、ガッチガチの本格ミステリ。クリスティは他にこういう冒険スパイ色のない元気ヒロインの作品がないしねぇ。で本作の一番イイところ、というのは冬の荒涼としたダートムア(あのバスカヴィルの舞台でもある)に行ってみたくなるあたり。クリスティの出身地トーケイと同じ州だね。でヒロインのエミリーは「茶色の服の男」のアンをさらにシタタカにした感じの子で、若干ワルいのが魅力。オトコドモを手玉に取りまくる大活躍。なのでダレずに楽しく読める。でしかも、冒頭の降霊会から殺人発見への流れは大衆小説としてのツカミも十分のうえ、遠隔殺人みたいな趣向がステキ。また動機もナイスなもので、「続・幻影城」を読むと乱歩が本作のいろいろな要素を買ってることを確認できるよ。 (ここから盛大にバレます。どうしようか悩んだけど、アイマイにぼかして書いてもネタは推測つきそうだから、隠さないことにします。) 要するに本作否定派はスキーという移動手段がバレバレじゃん、といいたいわけだけど、どうやらイギリスというのは北国のクセに、全然雪の降らない国らしい。実は日本が世界一の豪雪国になるわけで、スキーの普及度で見ると意外なことに極端な差があるようだ(ここらの事情を題材にした映画「エディ・ザ・イーグル」がじきに公開されるようだね。イギリスのオリンピックでのスキー系全競技獲得通算メダル数はゼロだ..)。だからクリスティが本作を書いた時点でのイギリスのジョーシキに照らせば、しっかりトリックとして成立していた、と考えていいようだ。本作のトリックが日本でバレやすいのは単に「不運」とか「アタりが悪いよね」という程度の問題のように評者は思う。「物理トリックの推測がつきやすいから駄作」と主観的に短絡的な評価を下すのはためらわれるなぁ。 評者はその名の通り「再読」ベースでミステリ評を書く立場だから、「わかっててダマされる」ようなミステリの楽しみ方を皆さんにオススメしたいとつねづね思っている。本作は少し良い評価にしたい。 |
No.65 | 3点 | 死への旅- アガサ・クリスティー | 2016/03/06 09:54 |
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本作くらいがクリスティ全ミステリ長編での注目度・人気度が最低なんだと思う....評者これ書くので新本を買ったけど、ハヤカワのクリスティ文庫の初版(2004年)で「クリスティ文庫通信第10号」が挟まってたよ。似たような立場の「バグダッドの秘密」でも2刷だったから、たぶん本作の最低人気は確定だろう。本作を下回る駄作の「ビッグ4」とか「フランクフルト」とかだと怖いもの見たさで読む読者が多かろうからね。
で内容は不人気のモトであるリアリティの薄いファンタジー・スパイスリラーで、ヒロインが自殺の代わりに生還率のメチャ低いオペレーションにスカウトされて、という話。まあクリスティ、自殺を考えるヒロインとかそもそもガラじゃない。全般にキャラの生彩を欠くことが甚だしいから、ミステリマニア系でないクリスティ読みな感覚でも、本作つまらない。 思想や性向が全部違う科学者たちを集めて隔離するとか、評者が一番連想するのはちょっと意外かもしれないが「魔の山」だったりするが、もちろんクリスティだと思想小説もそもそも手に余る。これがチェスタートンだったらファンタジー思想スパイ小説でも「木曜日の男」でやったように絶対面白いと思うけどね。まあクリスティだと思想とか単なるその人の外面的なレッテルにすぎないから、話が深まらない。 一応最後に意外な真相はあるにはあるが、レトコン(Retroactive continuity)とかそういうもので、楽しくも面白くもなんともない残念な感じ。駄作。 |
No.64 | 8点 | 白昼の悪魔- アガサ・クリスティー | 2016/02/21 21:20 |
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もうクリスティ全ミステリ長編評まであとわずかなんで、大事にとっておいた作品を投入。
本作なつかしい...中学生の頃図書館で借りてハードカバーで読んだよ。このクラスの名作だと、昔読んだだけでも、読んでいて内容が記憶に蘇る。だから本作の大技トリックとかしっかり憶えてた。 改めて読み直して、本作の凄いところ・良いところ、というのは例の大技トリックじゃないからねっ。そんなのよりも、被害者の性格についての解釈の逆転がミステリの妙味のあるところだと思うし、クリスティらしいしまたクリスティしか書けないのでは、と思わせるところだと思うよ。これがオトナの読み方ってもんだと思うんだが。 まあ実に中期クリスティらしいタイトな佳作。あと、マーシャル大尉がイイ。もう少しツッコみたいくらいなんだが、ここ突っ込むとホントはバレるのでパスするけど、クリスティにしては珍しく「男心のミステリ」になってるのがよろしい。これで「愛国殺人」の口直しになったかな。 |
No.63 | 1点 | 愛国殺人- アガサ・クリスティー | 2016/02/21 21:17 |
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あれ、なんでこんなに評判いいの? 評者に言わせれば迷作「フランクフルトへの乗客」の前哨戦みたいな作品なんだけどな。昔ハヤカワで「世界ミステリ全集」ってあったけど、それで読んで全然ワケわかんなかった記憶があるよ(ちなみにクリスティの巻収録の残りは「そして誰も」と「フランクフルト」。いやはや)。
そりゃ体裁はポアロ登場の本格ミステリ風の作品だけど、犯行プロセスも納得しがたいものだし、動機に到っては...殺人じゃない解決方法がいっくらでもありそうな犯人なんだけどなぁ(嘆息)。 要するに、クリスティって人は政治オンチも甚だしいから、単にアイデアで考え付いた逆転ネタが、実社会ではトンチンカンなファンタジーでしかないことに理解できなかったようだ....チェスタートンならこれを「批判性のあるファンタジー」で造形できるんだけど、これはもうそもそもの素養の差だよ。チェスタートンならば「戦略的にカトリックというマイノリティの立場に自分を置いて、その視点で社会を切って」みせる冴えがあるんだけど、クリスティの根底にあるのはマジョリティの保守性だからチェスタートンの真似ができる、と思うのがそもそもの大間違い。 クリスティでも評者は無かったことにしたいくらいに嫌いな作品。ふう。 |
No.62 | 5点 | 鳩のなかの猫- アガサ・クリスティー | 2016/02/21 20:51 |
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本作は「葬儀を終えて」のあとのポアロ物暗黒期の作品だから、ミステリとしての出来は良くない。昔読んだとき本当に退屈した記憶があるが、今回読みなおしたら、そんなに印象は悪くないのだ。
悪くない理由は、クリスティ本人がバルストロード校長のキャラを気に入っているのが伝わるところだね。「ヒッコリーロードの殺人」が学生寮の話で男キャラの苦手なクリスティだとどうにも困ったことを考えると、今回は女学校(教師もオール女性)で、それぞれのキャラの描き分けなど実はわりとうまくいっている。バルストロード校長とチャドウィック先生との間にほのかにエスな雰囲気(レズでも百合でもなくてね)が出てるあたり、小説としてはそう悪い感じでもないんだよ。「アップジョン夫人、だと存じますが(I presume?)」とか「殺人に対するマクベスとマクベス夫人の態度を比較せよ」という宿題とか、評者なんて小ネタにニヤニヤしてたよ。 けどまあ、ミステリとしてはホント見るところがない。これじゃ誰が犯人だって良いようなもの。ま、登場も後半になってからだしポアロが出るからって本格ミステリだけを期待するのがこの時期クリスティに対する無茶振りなのかもね。 |
No.61 | 5点 | なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?- アガサ・クリスティー | 2016/02/05 21:54 |
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クリスティはやっぱりクリスティ、である。
というのも本作の大きな特徴である「第二幕からイキナリ参加したために、今まで何があったのかが謎」という枠組みの作り方が、最晩年の「復讐の女神」とか「象は忘れない」「親指のうずき」などで再び採用されるわけで、そういうあたりが興味深い。とはいえのんびりしたユーモア感が強いのと、中盤のバッシントン=フレンチ家でぐずぐずしている感が強く話にダイナミズムを欠くあたりで、スリラーとしてはもう一つ。 ミステリとしては主犯はほんとうに隠す気ない...くらいに明白だけど、共犯者がいろいろ小技があってステキ。写真に関する論理の逆転のいいポイントだ。だからミステリとしては出来がいい方なんだが、スリラーとしては?な部類で、過渡期っぽいバランスの悪さを感じる。初期型スリラーとしては最後の作品になるから、こういうタイプの作品への関心が薄れたのかなぁ。 あと最後の犯人からの手紙がとても脳天気。ヘンな魅力はあるな。考えてみればこの犯人、ボビイがまずいことを感づいたか?と思って殺そうと狙ったために結果的に墓穴を掘ったわけで、ほっておけば全然安全だった.....バカといえばその通り。 |
No.60 | 7点 | 杉の柩- アガサ・クリスティー | 2016/01/15 23:02 |
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メロドラマとミステリを意図的に融合させた3作(他は「ホロー荘」と「満潮に乗って」)の中でも一番出来が良いと思う。
良い理由は前半のエノリアの物語と、後半の調査と裁判とを描写を改めてメリハリ感があることだろう。前半を読み直してみると、意外なことに心理描写が少ないのだ。エノリアの主観が大きく影を落としているように感じていたが、それは会話にうまく畳み込まれていて、直接的に心理描写しているのはごくわずかである...だから前半は何もかも曖昧なまま読者が自分にエノリアの心情を引き付けて解釈せざるをえず、後半の調査は前半のエノリア視点に感情移入したその読者のイメージを、再度検証していくプロセスになる。本作は「五匹の子豚」を単純化したような構成のわけだ。トリックというわけではないが、叙述の工夫があるのがいい。 メロドラマ視点では、ヒーローがダメ男なこともあって、評者はあまりメロドラマとしての成り行きが気にならなかったのがいい(「満潮に乗って」はそっちのが気になって困った)。ヒロインの屈折を愛でる感覚で読むと楽しいな。 ミステリとしてはあまりフェアではないが、パタパタとカードの家が崩れるような解決へのスピード感が結構快感。バラに棘がない件は後出しだよね... |
No.59 | 5点 | 死者のあやまち- アガサ・クリスティー | 2016/01/12 23:32 |
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名作「葬儀を終えて」の後、ポアロ物はちょっとした暗黒期に入るわけだけど(「第三の女」あたりでポアロが自身の老いを自覚して立ち直る)、本作実は「それほど悪い要素はない」のだけども「何かよくない」作品なんである。まあクリスティ自身「ポアロ物は嫌々書いていた」って話があるくらいで、戦後のこの時期になると「ポアロ物として書きたいことってもうないや...」っていうようなテンションの低さを評者は感じるわけだ。
客観的に考えれば「面白くなる要素」だらけなんである。「イベントの犯人探しゲームの最中に、被害者役が殺された!」なんてハッタリの利かせ方、一見アタマの中が空っぽに見えるにも関わらず、人によっては逆の印象を受ける不思議なキャラとか、陰翳感の強いキャラの立ったフォリアット夫人...と役者と舞台装置には事欠いていないし、真相だってクリスティお得意の人間関係の逆転あり、意外な動機あり...ロジックは少し弱く人間関係で不自然な箇所がなくもないけど、そう悪い解決でもない。 それでも本作、何かキモチよくないのだ。かなり皮肉な言い方をすると「十分に悪くないからよくない」困った作品である。ふう。 付記:ていうか、本当は真相にちょっと反撥するんだよね。クリスティは演劇的っていうけど、ここまでやっちゃうと「お芝居じゃん」てことになって、意外な真相でもシラけることにしかならないんだよね。要するにやりすぎ。ミステリは意外だったら何でもいい、というものじゃないんだ.. |
No.58 | 5点 | 牧師館の殺人- アガサ・クリスティー | 2016/01/12 23:09 |
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ミス・マープルのパブリック・イメージというと、田舎の村に住んでいるオールドミスで、自分の村の住人たちの見聞を軸に、村で起きたさまざまな事件を解決し...というものだけど、実はこれが当てはまる作品って少ないんだよね。外の町に出て行って解決するアウェーの事件ばっかり(例外はたった3作)だし、中期以降は「村の誰彼が同じような..」という言い方は少ないわけだ。だから本作、結構貴重なパブリック・イメージのミス・マープル活躍の作品である(評者は、本作+「火曜クラブ」の人と、中期の人と、ネメシスの人とミス・マープルは3人いるような気がしている)。
で次の長編「書斎の死体」はガチガチの中期スタイルなこともあって、本作は貴重な初期スタイルのマープル物である。言ってみれば軽妙なコメディ・ミステリ...というのを狙ってる感じだが、クリスティってあまり「軽妙」にはならないなぁ。ナレーターの牧師の妻のイイ女度が高くてステキとか、ついつい牧師がノッてしまって「悔い改めよ!」なんて説教をしてしまい、結果的に妙な引き金を引いてしまうとか、マープルを含むオールドミスの4人組が次々とクレームをつけてくるとか、コメディを狙っているようにしか読めないや。だからまあのんびり読むにはOK。 ミステリとしては一応トリックはあるけど、いまどきトリックとは言えないようなものだし、まあ本作は「珍しいもの読ませてもらった」のが最大の収穫かな。 |