皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.70点 | 書評数: 1303件 |
No.1263 | 7点 | 湖中の女- レイモンド・チャンドラー | 2024/07/03 19:17 |
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行方不明の妻を捜してくれ、と依頼されたマーロウがぶち当たったのは、湖畔に沈む、全く別の女性の屍体(らしきもの)。
適度に込み入ったプロット。 複雑過ぎないストーリー。 締まった文章。 詰まった内容。 泣かせる比喩。 「おっと!」とつんのめりそうになる意外な真犯人暴露と、「んんーむ。」とあごを撫でてしまう魅力ある立体的真相暴露とへと突き進む推理のダイナミズム。 良い意味で破綻のない、模範的なハードボイルド探偵小説。 多くは語るまい。 人間関係のハブである筈の人物が事件の渦中で希薄な存在となってしまう皮肉は、こんなこと言ったら語弊があるが横浜の菊名駅を思い出させる。川崎の武蔵小杉も昔はそんなんだった。 マーロウがシェリフやポリスと一定の友情を交わすのは良いが、マーロウが彼らに情報を与える際、大事なことを故意に抜かしたり嘘を言ったりする傾向が気になった。 このやり口が最後いい感じにモノを言ったのは良かった。 マーロウとパットンとの友情がいい。そのさりげない描写がいい。 “マーロウ、五百ドルだよ。” マーロウが私と同じ女性に好意を抱いたらしいのはちょっと嬉しかった。 彼女や、いかにもの「美女たち」とは別に(成年の)「可愛い女の子」がちょっとしたカワイコリリーフみたいに登場するのも良かった。 そんな所だ。 |
No.1262 | 6点 | 54字の物語- 氏田雄介 | 2024/06/28 21:33 |
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9字×6行=54文字の小さな原稿用紙の中で爆誕し展開し完結する、掌編より儚い指編小説の数々。 強烈に厳しい字数制限を課し、考えオチの光る、ミステリ心に訴えるピースを何十篇も並べた力量は大したもの。 主たる構成要素は、叙述ミステリやら論理ミステリやらナニSFやら感動小説やらを仄かな「なんちゃって」フィーリングで包んだり構築したりで仕立てた奇妙な味のプチケーキ。 中には駄洒落押しで消えるギャフン作も点在、気にするな。 各作の「捲って次ページ」に『解説』が書かれているのも何気に親切。 実際、考えオチの「考え」が深すぎて「求む解説」なピースも少しばかりあっただよ。 基本キッズ向けに出版された様だけど、当然大人も巻き込む前提企画っぽぃアレが良い意味でプンプンです。
続篇何冊も出てますが、まんず代表で第一作を。 尚、第一作の「絵」は佐藤おどりさん。 |
No.1261 | 7点 | 緋色の囁き- 綾辻行人 | 2024/06/26 13:21 |
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「母に、お別れを・・・・・・本当のお別れを言いたいんです」
都会を離れた全寮制名門女学校へ、女性校長の姪にあたる主人公が転校して来るや、生徒の殺害事件が続発。 疑いの目が主人公に向けられるが、ある年齢以前の記憶を “ほとんど” 失っており精神が安定しない「夢遊病者」の彼女自身、自分が本当に犯人でないのか自信が無い。 自らの近過去に纏わりつく大きな謎と、いま起きている連続殺人事件の謎と、更には学園内で遠い過去に起こった忌まわしい事件の謎と。 これらの謎は一つに繋がっているのか、いつかは一気に解決されるのか。そのとき主人公の心はどうなるのか。。。 ホラー感覚欠如の私でも、謎が牽引するサスペンスで終始ハラハラどきどき。 澱みを許さぬ爆走リーダビリティで持っていかれる膂力発揮の一冊です。 意外と長い解決篇?の中に、急に道筋Y字に分かれたり更に分かれたり合流したりを繰り返す複雑系ミステリ進行がエキサイティング。 同じシーンを別視点からチョイ時間差で叙述する技法はもしかして後進への影響大? ミステリ史に疎い私にはよく分かりませんが。。 そぃやメタ・ミスディレクションぽい四字台詞「あ◯◯◯」が光ってたな。 男女の切実ラブストーリーが流れるのも佳い。(しかしあの最後の数行は。。。。) ◯◯の有無に纏わる◯学的/論理的説明はちょっと曖昧かな。 これを始めに真相吐露シーンと、その後どうやって諸々始末を付けたのか、やや見切り発車というか説明責任を果たしていないようにも見えた。刑事さんも再登場しないし。それで納得出来るわがまま小説の面白さなら構わないけど、本作の場合はもう少し現実に寄り添って欲しかった。 とは言え・・・・第4クォーターあたりからどうしようもなくゲスな結末の予感も漂ったけど・・・・ 思いのほか深層から暴露された過去事象の圧倒的プレゼンスが全てを綺麗に吹き飛ばしてくれたのは良かった! やはり綾辻サスペンスはこの味だ。 |
No.1260 | 6点 | 夜の警視庁- 島田一男 | 2024/06/24 13:30 |
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日本の夏、昭和の夏に映えるは島田一男。 人気刑事ドラマ「警視庁の夜」で主役の捜査一課主任警部(部長刑事)を演じる俳優の栗林が、ドラマ撮影周辺の現実世界で起きる犯罪(ほとんど殺人)の真相を暴くシリーズ短篇集。 その表題でドラマタイトル通り「警視庁の夜」ってのが別にちゃんとあるのに、前後ひっくり返しただけみたいな「夜の警視庁」ってのが別にあるのはなんだか笑っちゃう。
凶音の輪舞/歪んだ円舞曲/蒼い葬送曲/悪霊の狂想曲/虚像の鎮魂曲/赤き血の独奏曲 (春陽文庫) 中でも特筆すべきは二篇。 悪霊の狂想曲 これは深いねえ、悲しいねえ、いいねえ。 一方では深くて長いスパンの人間ドラマと、他方でクソ浅くクソ短小な(当事者の片方はそう思ってない)人間ドラマ、この二つが皮肉な、ミステリ視点ではある種ロジカルな衝突を起こした故に噴出した悲劇。 赤き血の独奏曲 俳優の不慮の死に応じてストーリー設定や脚本や撮影スケジュールを、工夫を凝らしパズルの様に組み替えて行く様は面白かった。ネタは「アレ」と見せかけて実は更に悪どい裏側が・・と期待したものだが。。 この真相もドラマが深くて悪かない。 最後の、ソナタ【独奏曲】(←この逆ルビはおかしい)に寄せたホワイダニット大演説はちょいと笑わせなくもないが、そのへんの急に大上段になる感じもまたよろし。 同シリーズ別作品の評でも書いたけど、芸能界で有名スター絡みの殺人スキャンダルが頻発し過ぎで笑います。こりゃあつまり、克美しげる事件や◯あ◯子事件(?)みたいな爆弾が年に五、六回のペースで落とされる異常事態って事ですよね。 |
No.1259 | 4点 | 誠実な詐欺師- トーベ・ヤンソン | 2024/06/22 16:11 |
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戻って来たら、同じ所じゃなかった。。。 数の煙幕の向こうに鮮やかな景色を見る事の出来る “数字に強い” 若い女性カトリは或る事情から経済的窮地に立たされ、打開策として近所に住む小金持ちの老いた絵本画家アンナの秘書となり、弟で少し頭の弱い、海での冒険に憧れるマッツと共に住み込みの身となる。 財政的にアンナの役に立ち、その余禄でマッツへ “ボート” をプレゼントしようとするカトリは、嫌がるアンナを押し切って連れてきた愛犬と共に、或る企みを成就べく、“その” 仕事に取り掛かる。
私は飛行機でフィンランド上空の独特な景色に差し掛かると「あのへんにムーミン谷があるんじゃなかろうか?」と妄想で萌え萌えしてしまうタチなんですが、この北極圏のお話は大事な何かがすれ違ったみたいで、強くアピールはしてくれませんでした。 書評を見ると好きな人はずいぶん好きみたいで、それこそミステリーやサイコサスペンス、或いは哲学書のような文脈で推す方も多い様です。 個人的には、もしスナフキンが “そこ” に居合わせたら、鼻先でスンと哀しんで立ち去るんじゃなかろうか、って所でしたね。 ラストシーンはちょいとジワるし、”過払い金” の奪還を思わせるアレは確かに面白かったんですけどねえ。 「手紙ねえ・・・・・・」 「一通だけ。ただし書類戸棚にはしまいこまないで。わたしの誤りを証明する手紙だから。自分でいったじゃない、わたしは数字を弾いて証明できるって。わたしの誤りを隅から隅まで納得させてみせる」 最後のムーミンから十年余り経った1982年のトーベ・ヤンソン長篇です。 |
No.1258 | 7点 | 初等ヤクザの犯罪学教室- 評論・エッセイ | 2024/06/20 21:39 |
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“こうした趣味の悪いイタズラはともかくといたしまして、一つの解決策としてどうしても相手を拉致しなければならないケースはままあるものです。”
そうめんのようにすいすい読める愉しいミステリ副読本。 どこまで本人が直接経験したことなのか分かりませんが、様々な犯罪の方法論や精神論を語るに当たりやたらと現場感、現実感が高い文章の中に所々「これ、いくらなんでもホラ話じゃね?」と思わせる挿話が闖入して来たり、或いは本作ほとんどフィクションなんじゃ。。と疑わせたり、いやいや冗談めかして実は本当にやってんじゃないの色々、と思わせたり、気が付けば人生とミステリ読書に対して実に有意義な知識や教養を摺り込まれている、そんな素敵な一冊です。 “倒産劇の醍醐味は、これら多彩なキャラクターが入り乱れて「部屋別総当たり」の状態となり、時々刻々思いがけない筋書きが展開されていくという緊張感にあります。そこはあらゆる犯罪の見本市であり、スリルとサスペンスに満ち満ちているのです。” たっぷりのユーモアとアドヴェンチャーに逆説と箴言、そして少しばかりのペーソス。 『兇悪犯罪のノウハウを講義する』と嘯く浅田さんの講義録は、絶妙な距離感の肉体感覚と心憎いすっ呆け感覚とがごく自然に手を結んでおり、読者を気持ちよくマッサージしてくれる効果、よしまたミステリを読もうと強く思わせてくれる効果を最短距離でもたらします。 “腰紐を引かれて鉄扉から出ていくとき、T氏は私の房に振り向いてもう一度にっこりと笑い、前手錠を掛けられた両拳を力いっぱい胸の前に突き出してみせました。” |
No.1257 | 8点 | 追憶の夜想曲- 中山七里 | 2024/06/14 23:16 |
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「わたしとお前のママとの契約は終わった。もう二度とお前に会うことはないだろう」
… こんな胸熱なシットは女房を質に入れても初ガツオにちげえねえ。 女房が亭主を殺した(?)。夫婦の間に娘が二人(?)。発見者は亭主の実父(?)。 カネにもパブリシティにもなりそうにねえ事件を、やる気のない前任弁護人から強引に奪い取り、逆転無罪判決をブチかまそうと奔走する御子柴ベイベー。 判事も検事も、そして被告側にもライヴァルいっぱい、こいつぁやる気出るぜ、なあ御子柴。 「あ、そうだ。御子柴センセイも同じこと言ってたよ。ママが何か隠してるって」 心証ロジックの取っ掛かりらしきものが所々、健気にピックアップされるのを待っている。 そのロジック爆解決への予感と、今にもブラストしそうな揮発性の隠し事サスペンスが併走するからこその、ジッとしちゃいられねえスリルの泡立ち。 違和感あちこち、気づけば堆積。 いつの間にか摺り込まれたほのめかし。 ミスディレクションへの熱き警戒信号連打されつつ、 露骨なヒントに気付きもしないファッキンアスホールは俺だ。。 「この事件のどこが花の山だ」 「それを言った瞬間に裏道は人の山だ」 御子柴のツンデレ子供好き具合も、頬に優しいサマーブリーズのよう。 地雷を探り出しに赴く勇者御子柴。 感情?の面では超人のようで、知能の面では決して超人ではない(それでも超秀才クラス)、そして冷静の極致を旨とする御子柴。 彼が開拓せんとする個人史深堀り大河ドラマの拡がる予感に押し切られたい。 … 第三章タイトル、第四章タイトルの意味するところ、そして明かされる両者の立ち位置 。。 一つだけじゃないフーダニット、ナニダニットが交差するナウでブリリアントな法廷ミステリ野心作だ。 「どちらにしても父子間の心温まる話で涙が出そうになる」 隠岐のフェリー裁判の挿話、面白かった。「頭の抽斗」を使いこなす御子柴、キュートだった。 事件の核心発掘を幇助/妨害したものとして “二重の” ◯◯◯◯かぁ・・・ちょっと盲点というか、先入観で、ミステリの要素として考えなかったよな。。 うねりにうねって、あっという間のクライマックス、『ただ一度』の、灼熱の、或るホワイダニット ・・・ 偽善スレスレってが ・・・ これには泣けました。 そして「殺し」の方のホワイ、 こちらは泣ける類とは微妙に違うけれど、その◯◯間の “ワンクッション” が、重過ぎる、辛過ぎる 。。。 「いつか、あんたには本当に護らないかんものができる。それまでその気持ちは大事にしとき」 結末がもたらすダブル真相暴露の位置エネルギー。 どちらが主従と言えないくらい高い地点で拮抗している。 本当に素晴らしい。 「だってあのセンセイ、りんこのこと絶対に子供扱いしないもの。嘘言ってないもの。」 こんなゲスの極みの話なのに。。。。。 (あのピアノの件、、) |
No.1256 | 8点 | 黒の試走車- 梶山季之 | 2024/06/12 16:54 |
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「みなさーん、この一台のスポーツ・カーが誕生するまでに、どのような卑劣な敵の妨害や、悪辣なスパイ活動があったかご存じですか・・・・・・」
天上の、光り輝く友情と、地上の、さまざまなレベルとベクトルで複雑怪奇な断面図をいくつも見せる、裏切り合いと情報漏洩の宴。 景気の良いS30年代中盤の企業スパイ小説第一号だから、おそらくマスオさんも読んでいたと思われる。 無駄無くスポーティに展開する凡そ一年に渉る中期戦のストーリー。 登場する魑魅魍魎や良い人候補(?)は数え切れず。 お色気にはリミッターというよりコンプレッサーを掛け、内なるスケベに抑制を効かせミステリ興味を逸らさない意気込みが良い。 ストーリー混み合う中を疾走するリーダビリティには目を見張る覇気が息づく。 『さようなら。みんな、私のことを笑ってくれ。さようなら・・・・・・』 スパイ合戦仕掛け合いも最後の方になるともうグチャグチャのメチャクチャで、ご苦労さんだよ自動車業界ってな気分にズブズブと。。 主人公の造形も格好良いヒーローだったのがいつの間にかズブズブと間の抜けた俗物性に沈んで来たような。。と疑っちゃったりはしたものの、やっぱり分厚い中盤からの迫力と、じりじりと迫り上がる結末に架けてのスリルや佳し! 「真犯人」隠匿のノラリクラリと絶妙な技も、実に酒が進む大した珍味。 「殺し」のトリックそのものは、だいたい想像つく類の生活一口メモ殺人篇だけど、そこはそれがいいんだ。 「黒幕」の悪どさも終盤一気に炎を上げて、こりゃひでえや(笑)。 尺をたっぷり取った、映像と音声と匂いの浮かぶ、切ない意外性を秘めたラストシーン ・・・・ たまらんわぁ ・・・・ ところがその直後、またもや尺を取った、だが無駄のない強烈なエピローグのストマックブロー襲来!! この結末はやはり、社会派を出汁に使ったスペエスリラーならではの味わい。 いや、ひょッとしたらスペエ物の皮を被った社会派小説かもな。。 だとしたら作者も相当のスペエだな。。 全体通して、世の中如何にノラリクラリ戦法が有効かを説いている一篇のような、実はそれすら何かの隠れ蓑のような、訳知りの作者らしいタフネスと繊細さ溢れる名品でした。 「そう本当のことを言うなよ。いろいろと芸の細かいところさ」 各章タイトルに、自動車に因んだ漢字語にカタカナで当て字振り仮名(一つ例外あり)という趣向。これがまた良い。 例:運転手(ドライバー) それと、たしか昔の映画じゃこんなややこしい(そして深い)ストーリーじゃなかったような。。 相当かいつまんだな。 |
No.1255 | 6点 | 46番目の密室- 有栖川有栖 | 2024/06/08 12:57 |
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“あるいは小説作品のトリックとしては面白味に欠けていながら、高度な実用性を具えたトリックが。もし、それを××が盗用したとしたら、最も危険な廃物利用になるのではないか?”
やたらな牽引力でリーダビリティ猛烈。 ユーモアとペーソス両サイドからフットワークの良い文章。 いかにもロジック伏兵の忍び込んであれよあれよと活躍しそうな空間やら盲点候補がソコカシコに本当にキラキラしてて愉しい。 零れ落ちる、どうしたって避け得ないメタの空気感には目を瞑ろうではないか。 ×××と見せかけて(もいないか?)実は×××トリックにこそ軸足という構造は驚天動地ではないが、その反転エネルギーはさほど強大ではないが、知的興味に訴える所あって決して悪くない。 足跡トリックの構造と機微にはなかなかフムフムしました。 「針と糸」系密室トリック再現実験に興じる刑事たちのシーン、メタ微笑ましくて笑いました。 「うれしいか?」 「いや、別に」 「俺もだ」 北軽井沢にて恒例のクリスマス・パーティーに参集したのは “日本のディクスン・カー” と称される大物小説家を中心に、その同居人、ミステリ作家や編集者に有栖川有栖(この人もミステリ作家)と探偵役・火村英生、更には近所で目撃された不審人物を含め計十二名。 顔を焼かれた屍体としてほぼ同時に発見されたのはその内の二名。 “一人の男が容疑者の輪に入ってきて、名前さえ聞かないうちにすぐまた退場していった。” この本ねえ、中盤のスリルは相当なもので本当に熱くなったんだけど、ラストクウォーターで減速しちゃったかなと。。 キラキラ光った魅惑の「九十メートル」! ネタが明かされてみればまあそこそこだったが、いいでしょう。 いっそあの 『泣かせるダミー動機』 の物語にしっかり尺とって講釈してもらってくれてたら良かったかもにゃあ。 ところが、ソコあっさり否定されて真犯人もあっさり暴露! ってコトはまだ何んかあんじゃないかと期待もしてしまいましたよ。 あの動機反転の(控えめな)ドヤ顔もちょっとなあ。。時代背景の違いもあるにせよなあ。 あと、探偵役・火村が(時に有栖川も一緒に)事件の謎をリストアップする場面で、それまで盲点となっていたような意外な謎が掘り起こされず単なるおさらいで済んじゃったのは、ちょっと湿っちゃいました。 それこそ、もうちょぃとばかし(本格ミステリ演出効果のために)人間が描けていたらなぁ。。 とは惜しまれる。 文章自体は悪くないですよ。 “――やれやれ、それでは転がしたサイコロの出す目は偶数、もしくは奇数である、と言っているのに等しいではないか。” 「スウェーデンのディクスン・カー」 にも言及されていましたが、 「韓国のアントニイ・バークリー」 とか 「ベトナムのボワロー&ナルスジャック」 とか 「アメリカの麻耶雄嵩」 とか、 「北アイルランドの連城三紀彦」 とか 「シリアの鮎川哲也」 とか、いないんでしょうか。 |
No.1254 | 7点 | ダブル・ダブル- エラリイ・クイーン | 2024/06/06 22:22 |
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エラリイの心です。。。。 小説家エラリイ・クイーン宛てに匿名で二度にわたり郵送されたのは、殊更に疑惑を唆すような、ライツヴィル地方紙「レコード」の死亡記事切り抜き。 死者は一人に留まらない。 かの地へ向かうべきか否か、ニューヨークの自宅で迷う彼に決断を下させたのは、はるばるライツヴィルからクイーン宅へやって来た妖精のような一人の少女。。 なんなんだこの萌えアニメみたいなキャラと、それに引っ張られての展開は。。 釣られてかユーモア押しもなかなかの強度。
「いつでも都合のいいときでいいって。だから、あすの朝にしたの」 【次のパラグラフ内はストーリーネタバレ】 .. 或る人物への疑惑が「ゼロの聖域」からじわじわと高まっていく。それは外見の意外性にも後押しされる。ところが読者視点の本命容疑者が何度かゴトリと大きな音を立てて替わり、そのたび新たな暗い夜道が目の前に広がる。その様相に対峙するが如くいとまなく生成される、あまりにも多い被害者、中には意外な(!)被害者、ついさっきまで疑惑の真犯人候補ナンバーワンだったような者までが・・・ 「この箇所は特別に印をつけて書き留めてくれないか。この話の特に興味深い部分だからね」 エラリイの名台詞連発炸裂の中盤2ページは最高に熱かった! と思ったら最終コース、真相暴露篇にて更にそれを上回らんとする、あまりに熱いエラリイの痺れる言説噴射数ページが・・・ 動機の先物取引? 動機の先物市場操作? 更にはその⚫️⚫️?! 真夜中の・・・・なーるほどね。 表情の変化(と状況の変化)からそこまでの洞察をキメたクイーン、流石だ。 占いに纏わる◯◯◯のバカトリックにはある意味メタ的に笑っちまった。「危なっかしいやり方だ」という台詞と「習慣云々」なる物言いでなんとか後追いでのバカ回避を試みてまず成功したようだが、でもその為に準備した工程を考えたらやはり早過ぎた島田荘司マナーのバカっぷりとしか言えぬのではないか? 「よし。チャンドラーにしよう。それともケインか、ガードナーか」 冒頭の謎であり物語の端緒でもあった「エラリイへの新聞記事郵送」の真実を明かすタイミングとその滋味深さにはやられた。 それやこれや色々あって、エラリイが××トリックでアガサを出し抜いた? と思うようなキラキラの幻惑展開も。 まあ、ライツヴィル住民たちのさり気ない描写がどれもヴィヴィッドで、町が生きているのは本当に良かったですね。 「大いなる絶対の存在はそれを見逃さなかったようです」 ← 流石にそれは、、、島田荘司ではないかと。 終盤も終盤、意外な?二人の人間関係に凄まじいカタストロフとそれを盛り立て花を添える舞台の爆発的前進。こりゃ良かったな。 そしてこのラストシーン、笑っちまいつつ熱くなるでねえが、我が心が。 オバハンの従者がオバノンだったり、地方検事チャランスキーはチャラ男なのか気になったり、ふた昔半(四半世紀)前の韓国歌謡ファンにはピンクルちゃんの登場が泣かせたり、色々あった。 タイトルに深い意味を持たせようとしたようだが、それは上手く行っていないかもな。 「見立て」はチョトーうるさいかな・・大事な所だから仕方ないんだけど。 リーマちゃんには萌えなかったが(応援はしたよ)、『ライツヴィル全図』には大いに萌えたねえ〜 広場周辺だけじゃないんだぜ! んで巻末解説(飯城勇三さん)最高ですね。 父子の情愛深読み考察もある。「見立て殺人の極北」。。 なるほどねえ。 タイトルに因む形でデイヴィッド・ボウィーのあの曲を思い出したのは、読了後すぐでしたね。 |
No.1253 | 7点 | 読書中毒 ブックレシピ61- 評論・エッセイ | 2024/06/04 06:28 |
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著者'90年代の二誌連載。 氏の読書全般が書評範囲だが、その対象はほぼ小説。 中でもミステリの比率高し。と言うか書評全体的にミステリに「寄せている」度合いが強く、更に映画の話題が分厚いのはノブヒコさんらしい所か。 いっけん小難しかったり簡易だったり、おしなべて愉しい文章群を真夏の生ビールのように素早く味わわせてくれる一冊。 やはりこの人の書評を読むと読書がしたくなる。 最近やっと「渋カジ」は理解できるようになったが音楽の「渋谷系」はさっぱり分からん、という主旨の物言いにはちょっと笑いましたがさもありなんと思います。 |
No.1252 | 7点 | 頭の中の歪み- 石川達三 | 2024/06/02 09:07 |
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「もし俺が真犯人とわかったら、お前はどうするね。 俺の身代わりに刑務所へ行ってくれるか」
知らず誰かの子を孕んでいた、そして何者かに殺されていた、頭の弱い愛娘への、父の複雑な想い。 しかしその父こそが実は。。(←ネタバレに非ず) 序盤から中盤に差し掛かるころ、東野圭吾を思わす衝撃のツイスト急襲。 それを受け、折り返し地点より一気に闇の中のフーダニットへと物語は舵を切る。 イヤミスともイヤサスとも違う、イヤクライム(蛙亭のイヤクラ..)かと踏んだら、それさえ違ったというわけだ。 「悪魔も恋をする!」 「砂漠の狼ども!」 「死体の叫び!」 「毒を盛ったのは俺だ!」 観念、善意、人間性。 原理主義の爆走が時に面白い小説効果を上げる。 豊かな心理追跡に論理の下支え。 いや、主人公は必ずしも何につけピューリタン一方というわけでもない事が後から分かってくる。 それがまた良い味わい。 「俺は久米子の、そういう人のよさ、徹底的な、まるで植物のような善良さを思うと、涙がながれてたまらなかった。 そのくせ、猫の子を生きたままで穴に埋めてしまうような残酷さをも持っていた」 なかなかに興味深いのが “本当の” 任意出頭シーン。 そこから始まる探偵行為の不思議な面白さったらない。 娘の子の父親候補を絞り込む(≒ or ≠ フーダニット)工程に沁み渡った犯罪糾明のスリルと、芽生える友情と、何気ない風俗素描。 これはいい。 そして、◯◯◯への愛の切なさの蔭に隠れていた◯◯◯への愛の強さが一気に表出する名シーン! 本作のクロージングサードのえもいわれぬ錯綜と思索とミステリ興味の仄甘いキス&ハグ具合には得難い未知の色彩・配色のような魅力が沁み渡っている。 妻や義父や医師たちとの関係も、イヤ要素が強いとは言えサスペンスフルで良い筆致。 ところが、 ええええっっ この、 裁判所にていきなりのバカ結末?! または泣ける結末!? なんにせよ簡単には終われそうにない、熱の籠ったオープンエンディング。 様々な方角へと走る人生上のテーマを提示しながら、 最終的にはエンタテインメントの凄みが要を締めた。 そんな素敵な小説だ。 【ネタバレ】 子の父親、実は実の兄だった、という線は文章の見せる表情からして無さそうだが、、 結末近くまでちょっとその線も疑ってました。 もしそうだったら、ちょっと救いが無さすぎてダメだ。 |
No.1251 | 7点 | ビブリア古書堂の事件手帖3- 三上延 | 2024/05/31 02:45 |
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やはりこの温度感、乾き過ぎず湿り過ぎずの暖かみは尊い。 あたたかいサスペンス。
あざといギャップ萌えや何やらはちょっと煩かったが、許す。 「◯が、薦めたんですか。◯ではなくて」 第一話 ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(集英社文庫) 古書業者の競売会場にて、謎事象と、謎の敵方キャラ?との遭遇。 長短両スパンで絡み付くように迫る謎が良い。 ある種の物理トリック(◯◯の◯◯本)が心理の襞に入り込む構図が良い。 重なり合う謎の深みや佳し。 『たんぽぽ娘』の絶妙な作中作効果がスリルを醸し、泣かせる。 全く異質のトリックとストーリーだが、何故か鮎川哲也「自負のアリバイ」を髣髴と。 7点 「・・・・・・全員、この家から出て行きなさい。今すぐに」 第二話 『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』 タイトル通り?幼少期の想い出の本を巡っての話。 仲をこじらせた家族が二組。 或る登場人物の◯◯設定が有効な目眩しとなっていたか。 中盤のサスペンス佳し。 ただ真相に深みが意外と足りずミステリとして感動は出来ないが、、物語としてはまずまず感動。 6点 「智恵子さんとは別の意味で、あなたは他人に容赦がないのね」 第三話 宮澤賢治『春と修羅』(關根書店) 蔵書の相続を巡り、折り合いの悪い兄妹と兄嫁が対立する中、一冊の超稀覯本が紛失。 その本を題材に、蘊蓄系の渋い手掛かりも然ること乍ら、何たる謎解きの奥深さ。 主人公(探偵役)にとってより大きな謎への繋がりと、それを優しく包み込むおとなしいエンディングも良い。 8点 主人公の妹によるプロローグとエピローグ『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)が何ともサスペンスフルな期待を持たせる。 我が父もこれに引っ掛かってとうとうシリーズ最後まで読破したのかも知れない。 簡潔で乾いた作者あとがきも佳き。 |
No.1250 | 8点 | 利腕- ディック・フランシス | 2024/05/29 13:16 |
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友情、最高だな。(ジョン含む)
時を置かずして調査員シッドに託されたのは、三つの犯罪乃至犯罪を窺わせる事象。うち二つは競馬に関する、質の異なる不正行為。残りの一つは。。 油の滴る濃密エンジンスタートを擦り付けるが如く見せ付け、裏側ではアプリコットジャムを煮詰めた大いなる甘みを匂わす、異例のパンプアップ突入型オープニングの迫力に押されてストーリーは驀進の一途。 期待しか見えない。 「すまないが …… シャツを脱いでもらいたい」 「ぜひ脱いでもらいたい」 或るアクションシーンで明かされたタイトルのダブルミーニング ..? には意外とクスッと来た。邦題の工夫も良い。 冒険時に役立った「アレ」の伏線がもすこし長いスパンで回収されてたらもっとキマってたかな。 しかしこの、ちょっと言葉では纏めづらい、思慮と絶望から何かが浮かび上がった、というだけでもない多面体のラストシーンは沁みる。このラストシークエンスこそ命と誇りを賭けた非日常の謎解き。更に沁みるのが、エンディングとエピローグの手に手を取った聯関性が突き上げて迫り来る味わい。(「探偵役が有名人」という設定が重要ファクターになるのもまたこそばゆし..) 復讐に軸足刺し、不可視の支点と不死身の作用点を探って意地の張り合い。遂にはあるものの奪還。よくやった。 熱気球大会からの冒険、元妻友人との関係、何より元妻絡みのあの事件等、色々放りっぱなしな所もあるが、それらのアンバランスは、主人公を裏切った自分自身への落とし前と、その強さと不即不離の元妻との苦い関係性、この二つのテーマの大樹の蔭が色濃過ぎて隠れてしまった。 なおかつ物語の彩りとして素晴らしい活躍をしてくれた。 |
No.1249 | 7点 | こころ- 夏目漱石 | 2024/05/18 21:24 |
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“ただ奥さんが睨めるような眼をお嬢さんに向けるのに気が付いただけでした。”
奥手なフレンチミステリ。 草食系ボワロー&ナルスジャック?の趣。 いっそ本作の恋愛模様にBL要素まで闊達に混入させ、ややこしくしたなら。。 なんて、そりゃないすよね。 数十年ぶりに再読してみると、往時は想いもしなかった真犯人(?)がくっきりと浮かび上がって来たではないか! だが、だとすると寧ろそれだからこそ残される謎。 このリドルストーリーは意外と歯応えがあるようだ。 また単純な構図でもなかろう。 初読時と変わらない、むしろ当時よりも繊細に強力に感じるのは、自分の心を上手に導けなかった時の、その暴走のおそろしさ。 心は病むよりも読め、ってが。 上手いこと言っちゃったな。 |
No.1248 | 7点 | 震えない男- ジョン・ディクスン・カー | 2024/05/11 21:52 |
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⚫️りは⚫️りでも、これはまたなんという複合的で逆説に満ちた⚫️り・・
「だが、誤解せんでくれ。こいつは◯◯◯◯・◯◯◯◯◯の再現じゃないんだ。」 ← この台詞 …… 古の曰くある「幽霊屋敷」にて、招待客の連続殺人事件(← ??)が起こる物語(?)。 フェル博士の登場が早い割に、終盤除いてプレゼンスをかなり抑えているのは鬼貫警部気取りのようで、勝手にちょっと笑った。 中盤までなんともゆるい上質の退屈が支配していたが、真相暴露パートに至り突如一風変わったスリルが場を跋扈し始めた。 こりゃ⚫️⚫️的⚫️⚫️トリックのズッコケぶりに油断させといて・・って事なのか? こんなエキサイティングな真相を秘めた物語だとは予感もさせてくれなかったぜ? まして、まさかエンディングにここまでじんわりさせられるとはな。。。。 そういうわけで創元推理文庫解説の “いろいろなものを吹き飛ばす豪快な展開だ。” にはちょっとクスクス。 同じく “終盤の怒涛の展開も、実はそうした無茶を支えるために導入されたものかもしれない。” には苦笑しつつもハタと膝を打つ。 さてこの真相、A方面の意外性はほぼ無いっちゃゼロに近いけど(当時だってあまり変わりませんよね)、B方面の業の深さと来たらちょっと怖いくらい。 まあその業の深いアレした大元の動機ってのが、ミステリ的にも文芸的にも全く大した事ないんだけどね、そんなん責めませんよ。 |
No.1247 | 8点 | 追いつめる- 生島治郎 | 2024/05/07 23:04 |
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警察小説と私立探偵小説のハイブリッド。 直接心描がむしろ推進力となった、日本式湿潤ハードボイルド。 舞台は神戸と大阪。 或る事件の容疑者を追う渦中で信頼する同僚を誤射、ほぼ廃人にしてしまい、そこから更に経緯あって辞職した元刑事が、同僚への償いきれない償いの重荷を背負い、件の容疑者を含むより大きな犯罪組織を相手に立ち向かう。 元上司、と呼ぶのも憚られるお偉方の県警本部長が強い味方。 二人の繋がりにはまた深い機微や事情があるわけですが。。
「こうなったら、誰でもかめへん。気にくわんやつはみな殺しや」 時々、ストーリーに油を差し過ぎたか、展開が簡単に行き過ぎて鼻白みかける所もあったけど、全体で見たらそれも方便と言うもの。 震えの来るような入院病室のシーンに黙り込み、ノンケの男三人がラブホテルの一室に集合してしまうコミカルなシーンに笑いを堪える。 さて本作に於ける社会派要素は一見お飾りのようでその実、密度の濃い中核となるちょっと危ない部分なのではないか。 いずれにせよこの結末の、唐突なようでいてそうでもない、読者を振り切って置き去りにするが如くの大反転は、熱かったですね。。 まあ考えたら「世の中そんなもんだったっしょう」てなもんではありますが、やはりあのハードボイルド・ミステリらしい『反転中締め』二つと、その後の手に汗握るクライマックス・シーンとが見事な目眩しとして、ミステリ的有終の美に貢献すべくしっかり機能したのだと思います。 連城スピリットさえ少しばかり漂いました。 “私は扉を閉めた。棺桶の蓋を閉めるときと同じ響きがした。棺桶の中には二つの屍体と、私を追いかけつづけてきた罪の意識が閉じ込められたのだ。” |
No.1246 | 7点 | さまよう刃- 東野圭吾 | 2024/05/05 09:09 |
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映画じゃない、君の復讐だ。 妻の忘れ形見である一人娘を、不良少年達からの凌辱の末、見殺しにされた主人公は、射撃の名手。 主人公は不良の一人をナイフで惨殺し、残った「ターゲット」を猟銃と共に追う。 警察は「ターゲット」と主人公を追う。 「通報者」の胸先三寸が主人公を動かす。 この暴力的リーダビリティには諸手を挙げて没入するしかない。 八方より嗜虐の雹が連打。 俺も鬼畜よのう.. と訝りつつこりゃあ愉しくて仕方が無い。 「ターゲット」の動向があまりに出し惜しみされるのはちょっとどうかな、とは思う。 ある女性の登場シーンだけ一風変わったメロドラマの風が通り過ぎるのは素敵だけど、もう少し短く非情に纏めてもいいかな。 いっそ全篇通してハードボイルド文体で書いてしまったら、どうだったろう。
“さらにもう一箇所、手紙を出しておかねばならないところがある。 そこへの文面が一番難しい。” チョィ役(と呼び捨てるには重い存在)の或る少女、この先ロクなばばあにならないだろうと思うと気も重い。 いや、ばばあになるまで心身共に生き延びられたら存外、社会的に尊い存在に変容しているかも知れない。そうであって欲しい。 【【 次のパラグラフ内はネタバレです 】】 まさかの⚫️⚫️トリックは、あるのか、ないのか、ないのか、あるのか ・・・・ まあ言っちゃえば、この⚫️⚫️⚫️⚫️ック暴露旋風のお陰で、結末が漂わせる一種の虚しさを抑え込んでいるようにも思えます。 最後「ターゲット」を殺す事は能わずとも、せめてその者にとって心が潰れる類の障碍を負わせる等、小説上の選択肢は無かったものかという気は致します。 とは言え「ターゲット」が本当にただただ人権解除されて然るべき人間産廃なのか、迷い無く判断するには踏み込んだ描写が足りず、モヤモヤもしました。(「◯◯◯ー◯」の箱の件、もしかして、匂わせてるのかな。。) 社会派スピリットは希薄と見ましたが、エンタメ魂は激熱です。 これでディーーープな社会問題提起まで娯楽性と渾然一体の体で奔出されていたら相当に深い爪痕を残せた事でしょう。 9点まで狙えたかも知れません。 |
No.1245 | 6点 | ○○○○○○○○殺人事件- 早坂吝 | 2024/05/02 00:00 |
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「今から私がこの◯を殺します。」
クローズド・サークルとなった南の島(東京都)にて連続殺人。 皆を館に招いたのは仮面を被った紳士。 密室もあるでよ。 一見こんなベタ・ベータな設定ながら、企画物AVいや企画押しミステリの極端なインハイ攻め。まさか「◯◯◯◯」の在り方に手を出して来るとは! 英語タイトルの「maru maru maru .. 」には腹を抱えました。 「作者の早坂さんと友達だから◯◯◯を知ってたらしいです」 語り手のキャラ変(ネタバレに非ず)には大笑い。私は「俺」が好き。 文章良し。 不可解興味に違和感興味良し。 柔らかな叙述トリックに、斬れの良い叙述ギミック。 何よりセンターに金粉撒き散らし聳え立つ『本格魂』! そこへ来てまさかの◯パ◯要素まで登場! 下ネタギャグの応酬に、熱い熱いパロディスピリット。 枝葉のトリックにも細やかな下ネタ配慮。 とんだ青春ユーモアミステリもあったものです。 グロ抜きのエロ一本勝負だから安心だよ(笑)。 ついでに変態要素もほぼ皆無?(個人的に援交はじゅうぶん変態行為だが)。 お約束通りに行かないが飽くまで爽やかなエンディングも味わい深い。 すっかり失念していたタイトル当てのことわざに急襲されて笑っちまった、最後の一行! 「この事件、闇に葬りませんか?」 |
No.1244 | 6点 | ベイルート情報- 松本清張 | 2024/04/30 13:15 |
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脊梁/晩景/軍部の妖怪/ベイルート情報 (文藝春秋)
四作それぞれ細部まで読み応えはあるが、前半二作は結末萎んで惜しいかな。「田舎の事件」「特許侵害(牛乳のフタの..)」「十五年戦争」「中東情勢」と物語の背景は様々だが『裁判』という一応の共通項はある。でも全体見て締まりが緩い感はある。埋もれ気味なのもちょっと納得、清張基準では二線級の寄せ集め的(やや長い)短篇集。 とディスってはみたものの、後半二作はそれなりの重さと熱さでそれぞれ光を見せてくれた。「軍部の妖怪」の物語性ある分厚い人物評伝が呆気なく無様に墜ちて見せる、どこか爽やかに風の吹き抜ける結末。「表題作」は紀行文に寄せたスチャラカ軽クライム短篇、ヒントもやたらアカラサマなばかりと思いきや。。見事に油断させられました。。 あの『ダミートリック』が最後に瞬殺でひっくり返される逆説の輝きもグッド。勢いで吐き棄てる様に海外某短篇のネタバレする清張さんの稚気?に苦大笑い。 物語における『裁判』のプレゼンス、文字数で言えば本作が最も微々たるものかも知れないけれど、その意味する所の熱さはこいつが一番と見た。 そう思えば、やはり本短篇集は『裁判』を通しテーマとした、一本筋の通った作品集なのかも知れない。 |