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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1354件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1334 7点 ベルの死- ジョルジュ・シムノン 2025/02/24 09:00
「君には彼女と一緒に飲むようなことはなかったのかい?」

冒頭の何気ない描写から、濃密なストーリーのグレイヴィソースへと飛び込む予感で満ちている。 舞台は雪のニューヨーク近郊(コネチカット州)。 主役夫婦と同居するハイティーンの娘は、家族ではない。 その彼女が陵辱の上(?)殺された。 容疑は主役に集中した。 物的証拠も上がった。 

「わたしはあんたの旦那さんがわたしのことを見つめる目つきが嫌いさ。もともとわたしは男が嫌いなんだ」

微妙で温かい夫婦関係。 奇妙に低温の隣人関係。 急に冷え込んだ友人関係。 少年の日のトラウマはフラッシュバックする。 やがて殺された娘の母親がやって来る。 小さな嵐が巻き起こる。 主役への疑惑は増す。

「君が人殺しと握手するという機会を僕らに与えてくれるのがその十の可能性なのさ」

ほのかに薫り始めた変態性のミスティ・フレイグランス。 隣人との関係に微妙な、やがて顕著な変化が。 いやいや、後半に至り主役は眼を瞠る加速度でおかしくなり、不幸と罪の坂を転げ落ちて行く。 ストーリーに喝を入れる妻の親類も加勢する。 やばいぜ。

“彼が身を屈めてその葉書を拾い上げ、見もせずに大きな屑籠へ放り込む時に、誰かが、十人か十五人のうちのたった一人が笑い声を立てた。”

第二部第一章終わりの10行ちょっと、この心理の乱れ、凄いねえ。
悲劇性が雪だるま式に膨れ上がった挙句、最後の ・・・・・・ 凄いねえ。。

“そして教区の台帳の中にも彼の名前の載っているページは一ページたりともなかった。”


【ネタバレ】

容疑者No.1の主人公こそ実は真犯人だった、なんて陳腐な(?)可能性を地の文でしっかり潰してあるからこその、狂った悲劇的結末の高鳴りですよね。

No.1333 9点 黙過- 下村敦史 2025/02/22 01:36
「”早まったな” と」
「一言だけですか」
「はい」

結末だけではなく、思いがけず話の途中から、大きな反転が攻め入って来る。 それもジャブではない、思い切ったKO狙いの激しいやつ。(と見せて脅かしの寸止めだったりもする。)
こいつ死にゃあいい、と思わせるような人物が実は ・・・ とか。 時に極端な行動を見せるキーマンの、ちょっとした無理矢理感とか。
上述のあたり、各作に共通の要素かも知れない。 医学のディープな問題提起が底に流れる短篇集。 こいつぁちょっと凄い。

優先順位
急患で運び込まれたのは車に轢かれた青年。 肝臓に致命的損傷を負った彼は、臓器提供の意思表示をしていた。 彼への肝臓移植に僅かな望みを託すか、或いは彼の肝臓以外の臓器を他者へ提供の方向で進めるか、二人の准教授が対立する。 主人公は片側の派閥に属する若い医師。 そこへ轢かれた青年の幼なじみだと言う若い女性が登場。 片方の准教授に或る事をお願いしたらしい。 やがて予想外の事象が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ 思わず唸る、凄い反転 + 反転返しで連城三紀彦を容易に連想させるド迫力の一篇。 ただ、最後が、割り切れてない振りしてほんとは割り切れ過ぎなのかな。。 そこがどうも微妙だ。

詐病
なにしろタイトルの睥睨力が凄い。 パーキンソン病のため厚生労働省事務次官(!)を退いたとされる男には、しっかり者の長男と風来坊の次男がいる。 次男は十数年ぶりに実家へ帰り、介護に忙殺され荒んだ生活を送る長男と、重い病を得てなお傲岸さの衰えない父親とに再会する。 父親の謎めいた行動には底が見えず(野暮用って。。)、あまつさえ彼は次男にある重大な告白をする。 遺産相続の問題が絡む。 すると予想外の事象が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ 熱い熱い反転劇の挙句、こんな○ー○○○ー○○○な結末ってあるか。。。

命の天秤
二つの養豚場と、家畜解放(だけじゃない!)を訴える過激集団。 悩ましくも予想外の事象、不可解に過ぎる事件が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ こんなに重く複雑な問題提起をしておきながら、どことなく大味なクロージング。 事件解決と問題提起との噛み合わなさもその一因か。 これだけ激動に躍動を重ねる大逆転のストーリーでありながら、急に割り切って話を終わらせたような。。 それでも胸を打つ。

不正疑惑
妙に大雑把なタイトルにはきっと何か罠が・・?! 娘を心臓の病で亡くした直後、あるメッセージを残して自害した医師。 彼は或る主婦から “娘を殺された” と訴えられていた。 或る汚職的不正行為への疑いも持たれた。 そこに巨木の如き大きな疑惑を感じたのが、彼の古い友人であった研究医。 やがて一人の医療ジャーナリストが合流し、何重ものカーテンに深く覆われた行為と心の真相へ辿り着こうと藻掻く。 最後は、内向きには激しいが、外向きにはやさしい反転で締まる。

うむ、ここまで短篇4作。 どれも相当な高水準には違いないが、どうにもモヤモヤが残った。 まあそういうミステリもまた良しである。


■□■□■  ここから先は、本作の○○に関するネタバレを含みます 真相自体のネタバレには及んでいません それでも、未読の方にはここで STOP する事を強くお勧めします  ■□■□■








“――人間として赦されないことでした。”

やはりこの著者は短篇より長篇の人なのかなあ、なんて思ってたら 。。。。 長篇じゃねえか!!

究極の選択
ってのは、実は長篇小説『黙過』の最終章のタイトルだったのか・・ それは良いとして

・・ ま・さ・か ・・

“横たわっているのはーー”

恩人に迷惑を掛けたくないってか。。 無茶も必要か。。 そんで、まさかの、色んな意味で尊い友情の発露か・・・ 本気なのか・・
思わせぶりで、結局読者に対しては寝返った(?)伏せ字会話のギリギリの。。

「ま、軽く●●●●の歴史を講義しよう」

いやあいやあ、まいりました。 この、めくるめく極彩色てんやわんや反転×反転の大盤振る舞いがまったく大味にならない、凄まじい底力を見せる長く内容に溢れた真相暴露の大海原。
そうか、あのクソ忌々しいチャラファッキンデブのスムゥーズ過ぎる言動が、最高のスリル焚き付けに寄与していやがったのか。。

「告発するしかないねえ」

さあ皆の者、病院へ集合だ!! 皆それぞれの期待を胸深くに収め、人倫審査の栄光あるブライトステージへと押し寄せよ!!!!
本作、長篇としてのオーラスへと向かうサスペンスと見せ場と発熱との伸び具合がまるで幻の様に、行きつく先が見えない。
最終コーナーに至ってもアルティメットブルズアイをヒットするまでは行ったり来たり間をたっぷり取ったスイッチバックで実に愉しい旅路だ。

「父がまた行方不明になりました」

うおおおーーーーー 更に、おーーーい、そっちかよーーーーーーー  いんやいや違う違う違う違う違う、そうじゃな~い~ うおおおおーー!! あまりに熱い、秘密を伴う、”時系列”の自然な目眩しかよーーーー なんだよその、反転まで行くまでもない、シアーでグラビングな現代ならではの逆説はよーーーぉう  いったい何重の嘘の逆説のウェディングケーキ走馬灯がそこに回っているんだよ。 終わりそうでいつまでも終わらない詰将棋のような、焦らすようで実は高速で動いている解決ストリップティーズの最高の臨床体験よ。

謎が解けた後、更に立ちはだかるのが、この小説の大結末の絶壁だ。
倫理問題もあるが、やはりミステリとして怖いくらいの谷底の深さをそこに感知せざるを得ない。

「証拠を押さえたらスクープだよ」

私のような頭のおかしいトンチキ野郎にはその “アレ” が充分に味わい尽くせませんが、まともな倫理感覚を持ち合わせていらっしゃる多くの皆様にとっては、充分におぞましい。。いやいやいや、違いますよそんなんじゃねえ、真相の奥の方まで覗かせていただいたら、おいらにとっても充分に気狂い沙汰でした、流石に ”アレ” は。

「当事者がいきなり現れたら、もう言い逃れできないでしょ」

エピローグが、記事の “下書き” で終わるというのがね、また色々妄想させるわけでしてね。

有栖川有栖氏の、ちょっと圧倒されてる感じの巻末解説には共感しかありません。


ところで本作、最初の4作が本当にただの短篇だったら、採点は
「優先順位」 8点
「詐病」   8点
「命の天秤」 7点
「不正疑惑」 8点
となり、そこ迄の総合で8点になっていた事と思います。

4作それぞれに見られた “微妙な弱さ、もどかしさ” の隙間こそが、実は最後の「究極の選択」でギュギュッと締め上げられて、全体として完璧な形態に成り上がるという構造、素晴らしく熱いです。

連作短篇集の各話が(表あるいは裏で)繋がっていたり、最後の話で収束するといった形式は普通によく見られますが、この本はそういった次元を跳び越えて、遥かな遠くへと飛び去ってしまっています。 ブラボー・・・・

No.1332 7点 雪の炎- 新田次郎 2025/02/18 11:40
「私はあなたの兄さんの普通でない死に方に興味を持ちました」

谷川岳を目指した、男3人女2人のパーティ。 天候と女のわがままに翻弄される中、リーダーの男が凍死する事故(事件?)が起きる。 被害者の妹はこの死に疑惑を抱き、事件(事故?)をきっかけに知り合った男女数名の協力を得、”兄の殺人者”(仮にいたとして)を糾弾すべく、真相究明の旅に乗り出す。 だがその数名の中にこそ ”犯人” が紛れ込んでいるのではないか。

「名菜枝さんは、これがきっかけになって、山から離れられなくなるでしょうね」

凍死トリック?への匂わせには、趣向は異なるが “ホッグ連続殺人” を連想させるものがある。 ○○図を紛失ですと! そして思わぬ物陰から頭をもたげる、空白の××。。。
中盤から不意に登場した、新たな登場人物、こいつがいい具合に場を搔き乱しつつ、手掛かりへの道標にもなってくれそうな予感。 ○○派大反転への腹を衝く予感と、その裏打ちめいた、お山さんにもそぐわぬ、具体的事象。 「◯い」 という被害者最後の言葉の謎。 いくつかの(いくつもの、決して煩くない)恋愛案件。

解決に向けての推理乃至追究のポイントをまとめてくれた箇所があったのはありがたかった。 ところどころ、こそばゆいような、或るものを折半した並び?が見えたのも良かった。
どうしてそこに外国人・・それもドイツと日本のハーフ・・が配置されるのかと思ったら。。そういう物語構成の事情でしたか。 うん、そこから過去に遡り、地に足の着いた感動に繋がる所は美しかったですね。

「見えない頂に立った瞬間、足を滑らせて墜落して死んだ者もいます。そうなりたくはないが、そうなったとしても後悔しないつもりです」

ミステリ興味で引き摺るだけ引き摺って、いよいよ “山の裁判” シーンに入り、思わせぶりな最終章で、アレッと思わす。。 しかし普通文学としての充分な爪痕を残した。 そこに少なからぬミステリの毒素が忍ばせてあったというだけで、ミステリ小説として、私は満足です。

タイトル「雪の炎」、読前はちょっとシャバいんじゃないかと危惧もしたが、決してそんなことはなかった。 自然現象に因んだ、良いタイトルだ。
「名菜枝」が稀に「名探偵」と空目されてしまった事を、最後に添えておこう。


臣さんの評、特に
> 後半になってその人たちの人物像に変化が見られてきて、俄然楽しくなる
> 最終的には、動機や真相を主たる謎とした広義の社会派ミステリーといった感じ
> そんなマイナス点が気にかからない何かがあり
のあたりには大いに共感いたします。


“「雪だわ」 と××が叫んだときがその年の初雪の訪れだった。” 。。。

No.1331 8点 チムニーズ館の秘密- アガサ・クリスティー 2025/02/16 12:10
「この前、同じくらい危険な目にあったのは、野生の象の群れに襲われた時です」

軽快にうねる漫才に始まり、すかさず、異なるスタイルで別の漫才へと雪崩れ込む序盤。 ここで得られる予感の通り、一貫してパリッと痛快愉快な物語。 南アの青年アンソニーが、悪友(?)ジミーからの依頼に乗り、その悪友になりすまして或る冒険的ミッションを帯び英国へ渡る。 主舞台となるチムニーズ館には館主の英国貴族、英国高官、大資本家、パリ警視庁刑事、東欧王族・貴族に米国人ビブリオマニア等々が集まり、その中心には ”ヘルツォスロヴァキア(!)” なる国の未来が懸かった或る陰謀めいた事象が置かれているとかいないとか。 クリスティ再読さん仰る通り、アガサの心を通した “ルリタニア” が浮かび上がって来るお話ですね。 (国名、もうちょっとどうにかならなかったのかという気もしますが・・)

「わたし、取りはずしのきく襟の特許を取ろうかと考えているの」

ページの狭間から溢れ出るのは、やんやの大喝采が途絶えないカラフルなストーリー展開にミステリの牽引力。 様々なレイヤーでのなりすまし入れ替わりが錯綜し、更なる疑惑を唆しつづける。 熱いじゃないか。 一人、アッカラサーマにアレな奴がいる・・ こいつはルアーの様な逆ルアーと見せかけて実はチョメチョメ、なのかどうなのか、分からないぞ。 まるで、落ち着いたルパン対ホームズのような、主役(?)アンソニーと探偵役(?)バトルの、一連の時間に関する対話シーン、いいね。 いやいや、果たしてどちらも 「本物」 なのか? 更には(?)本物の怪盗フロムパリが別箇に存在するというのだが。 いやいや、この疑心暗鬼ワクワク感はもはや雲をも突き抜けそうでございます。 とにかくこの、分厚い冒険の中盤に是非ザ~ンブリと浸かって、いずれ来る目くるめく終盤に心と体を備えておいていただきたい。

“バトル警視は賢明にも姿を消しており、彼がどうなったのかはだれも知らなかった。”
“彼女はバトル警視がそばに立っているのに気づいて、ちょっとびっくりした。この男は、なんの予告もなしにどこからともなく姿を現すことに、非凡な技術を持っているらしい。”
「バトルさん、あなたはいつか回想録を書くんじゃないですか」

落ち着き払って神出鬼没 “非の打ち所のない” バトル警視には初めて人間的魅力を感じたかも。

「あなたはまったく有能な刑事です、バトルさん。スコットランド・ヤードのことを、ぼくは終生、尊敬の念をこめて思い出すでしょう」
「ねえ、バトルさん、あなたは恋に落ちたことがありますか?」

絶妙な中途のタイミングより、思わぬセカンド探偵役(?)が登場した。 意外なタイミングを見計らって予想の斜め前を駆け抜ける活躍だ。
挙げ句の果ては皆を呼び集め真相暴露の大団円。 あーーーー (‘◇’)ゞ またしてもアガサクの人間関係トリック応用編に討ち取られた!! 嗚呼、このなりすましには流石の俺サマーも驚き桃の木バンザイ三唱ノーキーエドワーズよ。

「なんて性質(たち)の悪いトリックだ」

その、動機があると見做されるかも知れない可能性の機微なあ。 終盤、アンソニーとバトルで主役争い(?)の信頼ある仲良し綱引きが眩しかった。 アジトのシーンも面白かった。 ラス前章タイトルの機微も目を引いた。 ちょっとしたコンプライアンス案件をも呑み込んでしまう、明るさ無比のイカしたざわざわエンディング。 麗しき恋愛劇の仮締めを経、終盤に迸り出た短い大演説の鮮やかなこと!! ダメ押しは、最高の友との再会。 それも単純な惰性のモンじゃねえ。 そこにはユーモア連射のレインボーファウンテンがある。 訳者あとがきの熱さ、華やかさ、簡潔さ、書き出しの抉りっぷりも特筆したい。(点数には関与せず)
8.4点は超えました。

「山賊たちに山賊でなくなることを教えるとか、暗殺者に暗殺しないことを教えるとか、国民の道徳性を一般に高めるとかね」

「どうやら今週は偉大な一週間だったようですな」

No.1330 6点 推理クイズ 名探偵登場- 加納一朗 2025/02/14 01:18
「学研ジュニアチャンピオンコース」から『あなたは名探偵』の姉妹編という位置づけで、かの作より難易度が上がっている。 劇画含む絵柄の猟奇性・怖さ・熱さは特筆事項。 ”天ぷらそば殺人事件” なんてトボケた問題の挿絵の顔の不気味なこと・・・ なお有名/無名ミステリのネタバレは結構ある。 乱歩さんの『世界推理短編傑作集』にも収められたアレだとか、なんとか番目の密室(このアレの絵が凄い!!)とか、中には海野十三の渋い短篇から持って来たネタもある。 ある有名古典のトリックをネタにした ”4ひく4は1だった” って、何の事だか分かりますか? 巻頭のモンキー・パンチ作画による ”ホームズ対ルパン ダイヤのビーナス” ではホームズの方がむしろルパン三世っぽいチャラい顔してて、ルパンの方が次元大介的な風格を備えている、ってのは一部では有名な話のようです。 ピーター・フォークも出演のオールスター映画『名探偵登場』とは関係ありません。

No.1329 6点 推理クイズ あなたは名探偵- 藤原宰太郎/桜井康生 2025/02/14 01:08
いにしえの「学研ジュニアチャンピオンコース」(小学校中学年~高学年向け?)から定番の一冊。 当シリーズは割とハードでサイケでギラギラのラインナップが人気でしたが(『もしもの世界』とか..)本作は意外と折り目正しくおとなしめ。 殺人などの重犯罪が登場しない短めの“絵解き”クイズが目立つ。 中には漫画形式も。 最後の方は噛み応えのある(小学生にとっては)ちょっと長い文章問題が並び、そこだけは挿絵もちょっとだけ猟奇的というか、ミステリらしいどこかしら怖い/不気味な感じが漂っていた。 ミステリ小説のネタバレはクイズの中ではあまり無いが、コラムでは結構やっちゃってたかな。 しかしま魅力的な一冊です。

No.1328 7点 終身不能囚 傑作短編集(五)- 森村誠一 2025/02/09 22:41
紺碧からの音信 
「止むを得ない、撃墜する」 本作に拮抗し得る切なさの見本があったら見せてみよ。 戦中、戦後に渉る空軍親子二代物語の構造がね、もう一分の漏れもなく、やばいの。 これは読み返すわ。たまらん。 ”主客の逆転” が短時間にこれ程までの燃焼を齎すとはな。 航空自衛隊の鮮烈痛烈な飛行描写も一役演じた。 悪癖(?)左翼演説に振り過ぎなかった事も、本作の美しさに一役買っている。 ナニナニ誤認トリック的な要素もあった。 いやそこはマジでいい話だった。 善意と “ものの弾み” とのすれ違い。。。 ‘風船’ の果たした/果たす/これからも果たし続ける(←最後のが泣ける)役割。。 ファンタジーめいたオープニングから、一転して躍動する映像的空中シーン、やがて分厚い、戦争を挟んだ個人史披瀝へ。 エンドはきれいに割り切ったかな。 でも泣きました。 こいつァ、やばかった。 物語がミステリを包み込む形ながら、ミステリ興味と感動とがじりじりと拮抗しました。  9点強

虫の土葬
森誠さん、だめですよ、いくらなんでも、あなた、、 てか主人公、おばかさんだよなぁ。。 会社を早期退職した中年男が、送別会の帰りに陥った穴。 “上松は、穴の中での怒りと誓いをはやくも忘れかけていた。”  いやいや、この存外にたくましいまさかのストーリー展開、しかと受け取りましたよ。 なかなか最後のキレまで上手に持たすものだ、と愉しく思っていたら。。 あの穴のアレは、穴だけに、ダブル・アナロジーなのだろうか。 寓話的なところに落ちた分、安くなった。 とは言え、これぞ短篇・・・ 主人公が脳内ずっと東京03の角田さんでした。  7点

孤独の密葬
引っ越したばかりのアパートに、前住人宛てのラヴ・レターらしきものが届いた。 数日後、彼女の名前は新聞の社会面に、殺人事件の被害者として再び現れる。 「あら、何を考えてるの、あなたってエッチ!」 道半ばにして唐突な某誤認トリック暴露!? こりゃ驚いたよーー 自然を愛する都会人サークルを背景に、真相目指して二人三脚でサスペンスフルな草の根捜査の末、、 “ブランデーをゆっくり掌で暖めるように、私はこの道程を楽しまなければならない。”   真相は、、 ひでー話だが、ある意味見え透いてるっちゃ見え透いてる。 最後のオチはそっちにもってったか・・  6点

無能の真実
一緒になれない不倫相手との将来に見切りを付け、勢いで婚姻関係を結んだ相手は、怠惰で無能だが、容子(ようす)の良い男、からの・・・  やがて元不倫相手の妻は病死し、あらためての結婚が申し込まれた。 彼にはやはり病を患う息子がいた。 ある日、郵便配達員をしていた “容子の良い男” が郵便物と共に失踪するという事件が起きた。 この展開からの、この反転は泣ける。 これぞ短篇。  7点

無限暗界
社会派ポー? 生まれつき心臓に欠陥を抱える会社員の男は、その日は特に、勤務時から体の具合がおかしかった。 仕事上のしくじりも犯した。 夜は奇妙な悪夢にうなされた。 ファンタジーの羽衣をひらひらさせつつ。。 そっか、あらためて物語の冒頭から振り返ると・・・  6点

行きずりの殺意
「もちろんよ、私、今夜のことは忘れないわ、今度は主人にも紹介するわ」 問題作! 非常時ユーモア、そこへ珍客。 逆方向から観たホワイダニット構築劇か。 これを順叙中篇~長篇でやっても面白そうだが、そうすると本作のキッツイ美点である●●●●性は薄れてしまうかも知れない。 マンションの一室へ強盗に入ったのは若い男。 彼には不幸な生活と、その延長で犯して来たばかりの重い罪があった。 ○○〇かと思いきや。。 最悪だ。。 読まなきゃ良かった。。 あのクソババアさえ。。。。そういう問題じゃないんだ。 しかしこの展開はやはり、凄いな。 あらためて、分厚いホヮイダニット中篇~長篇のかたちで提示して欲しかった気もする。 だが満足。  8点強

喪われた夕日
バカなやつ、バカなやつら。。 田舎暮らしの幼き日、淡い恋心で繋がった二人が(若い)大人になって都会で再会。 やさぐれた主人公は相手の手前精一杯の恰好を付け、それに見合うカネを手に入れようともがく。 勤務先の高級クラブには良いカモがやって来る。 「あいからわず、エッチなのねえ」  プチエロドタバタご都合チャンチャンからのアレと、盛り込んだ急展開でせわしないエンドが訪れたが、いかんせん、浅いのだ。  5点弱

終身不能囚
ギラギラと刺激的なタイトル。 売れない俳優どうしの夫婦。 夫はスタントシーンの事故で、足腰の障碍は幸い残らなかったが、男性機能を失った。 女優を辞め保険外交員を始めた妻は、ホテルの火災現場にて、焼死体で見つかる。 夫は、妻を見棄て去った不倫相手(?)を捜し追い詰めようと調査を始める。 これは、もしや・・・と思ったな。 真相はまあ意外かも知れないが、もっともっと文学的な背景を想像してしまいました。 終局に至り、なんだかバランスがグラグラして、取って付けたような喜悲劇的(?)絵が浮かぶエンド。 更に一押しの思索的クロージング。 ここでタイトルが重い意味を持つ。 或る “復讐” に纏わるサブストーリーがちょっと熱かった。  6点強

言葉択びに文学魂が滲む、元祖昭和のイヤミス/イヤサスと言った風合いだが、リーダビリティも相当に高い。
ところで、エロ系でやるならともかく、某作、きったねー下ネタにまで格調高い描写を施さずにはいられない森村誠一の作家的良心(?)には笑わせてもらいました。

シュルレアリスム風(?)表紙がなかなかエグいんですよ、この文庫本。

No.1327 7点 笑う警官- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 2025/02/08 01:56
「あなたは自分が大量殺人を犯すなんて想像することができますか、ときいて歩くわけだ。すると、千人のうち二人は、“ああできますとも、そいつはさぞすばらしいでしょうな” と言うんだろうぜ」

造りのがっしりした警察ミステリだ。 風格がある。 反戦デモ隊が気炎を上げ、警察との衝突も激しくなって来た折も折、ソルナとストックホルムの境にて8人もの射殺屍体を運びながら荷役場に突っ込んで来た、二階建ての市内バス。 その中にはマルティン・ベックの部下たる若い警官も含まれていた。 彼は銃を手にしている。

「ええ、スウェーデンは悪い国です。ストックホルムは悪い町ですもの。暴力、麻薬患者、泥棒、アルコール。ぼくには合わないんです」

アクが強かったり愉しい奴だったり、散開しては集合する警察チームプレーの盤石な描写は実にスリリング。 捜査には味がある。 クリスマス・イヴにアクアヴィットを飲む刑事。 犯人側の動機もさることながら、被害者であり或る種の探偵役(← ネタバレでもない)側の動機こそ、より謎も意外性も趣きも深い。 この小説構造は面白い。 一見、おふざけかな? と思った数ページが後から効いてくる趣向やら。 犯人確保のあたりにはちょっとした ‘叙述の戯れ’ もあったりして。

“しかし、その場合は情痴殺人と呼べるだろうか?”

解決篇ではわずかばかり熱い何かが萎んだ気もした ・・ もう少し厳しい顔で社会派の見得を切ってくれたら ・・ いやいや、ミステリ興味も充分に分厚く面白い、力作快作警察小説と呼ぶにやぶさかではない。 最高の皮肉が妙に爽やかにスプラッシュするエンディングも忘れられまい。

最後にちょっとネタバレかも知れませんが、そもそも警察内部で “よかれと思って” 施した(?)或る事が、巡り巡ってこんな重大事件を誘発した、って因果関係になりますよね。 これぞ何たる皮肉なコトか。 全く頭がクラクラします。

No.1326 8点 そして夜は甦る- 原尞 2025/02/03 22:28
”影というものがこんなにその人間の特徴や癖を表わすとは知らなかったよ。”
"誰も欲しがらない二千万円が入ったアタッシュ・ケースが支えを失って、床に倒れた。"

吸着力上々の文章とストーリー。 魅力溢れて零れ落ちる、登場人物の群れ。 8点以上確定の信号は早かった。 西新宿を文章力でカリフォルニアの地中海性気候に変えた一冊だ。 HYYY(早く読みたいゆっくり読みたい)の精髄だ。 「渡辺探偵事務所」ただ一人の探偵「沢崎」を訪ねた男は、「佐伯」というルポ・ライターから連絡が無かったかと訊く。 沢崎に憶えはない。 依頼人の行方と、「佐伯」の行方とを追う事になった沢崎は、やがて「佐伯」の家で警察らしき男の射殺屍体に出遭い、依頼人の家で若い女性に出遭い、「佐伯」とは姻戚関係の日本を代表する新興財閥一家に出逢い、日本を代表する政治家と俳優の兄弟に出逢う。

「私がハンフリー・ボガートに見えるか」 警官は頭を振った。
「私が最後に握手をした女性は護身術の教官で、私をその場で投げ飛ばすつもりでしたからね」

悪くない箴言やワイズクラックでいっぱいの長篇。 まるでダークサイドに鼻を突っ込み過ぎたMrs. GREEN APPLEのよう。 著者も公言するチャンドラーの引き継ぎ方には、田島貴男期のピチカート・ファイヴを連想させる様な、日本人ならではのいい所がMAXで大爆発した様子が沁み渡っている。 絵に描いた如き、もちろん良い意味での焼き直し×仕立て直しタペストリーは、ちょっとフリッパーズ・ギターを想い出す。 パロディではない。 となると果たして、真犯人像は ・・・ 読者の思い込みに一人歩きさせようと企んでいる気配は無いか ・・・

”私は最後の質問にだけは答えられなかった。”
「十二時に、三日前の夜、 ( 中 略 ) から、"ありがとう"、以上です」

ルサンチマンもどきはなんちゃっての様だが、それが良い。 煩くない程度に表れる馨しき翻訳調は大江健三郎を思わせなくもない。「名緒子」が時々「名調子」に見えるのもオツだ。 何人何役への疑惑。 双子の弁護士。。(屋根屋のフンドシじゃあるまいし)。 盗撮する側、される側のロジック。 録音された “聴かせたくない電話” の、言葉の機微。 面白い算術の問題。 携帯が無い頃の電話の使いようライフハック。 話を聞いている/聞いていないの機微。 そいつに引っ掛けた、大いに "泣かせる逆説" 暴露シーンには、泣かされました。。。

「どうして、そんなことをあの人に言えます!」
”この女に愛されていながら、幸せにできないと考える男――それが私の捜し出すべき男だった。”

大胆に実名出したり出さなかったりの悪ノリ(?)、思い切った踏み込みがあきれるやら印象深い。 「向坂兄弟」の微妙絶妙極まりない「実像」とのズラシ具合には感心するやら笑うやら。(兄貴が弟よりひと回り小柄とか、凄い美男子だとか・・) 安全地帯がブレイクした頃にビートルズがまだ不良呼ばわりされてたりとか、これはどういうボケなのか。 一方で太本岡郎さんだったかそんな名前の芸術家さんがそのまんまの名前で鬼ディスの対象にされてたり。 ”機嫌を直すのが早いのはスターの条件だ” ← これ笑ったなあ


或る "その" 地点より、残留ページのファットネスが気になり出す。 なかなか姿を現さない重要登場人物が何人かいる。 ただ家に帰るだけの事が、これだけのシーンに化けるなんて。。 ドラマ性が良い意味で過剰なエンドというか。。エピローグでそれ語るんですか。。 更には、箴言まみれの後日談を気取ったような、ニクいあとがき!


”彼女とは話ができて楽しかったと、よろしくお伝え願いたい。では、また。”

No.1325 8点 モルグ街の殺人・黄金虫 -ポー短編集Ⅱ ミステリ編-- エドガー・アラン・ポー 2025/02/01 02:18
言葉で人を殺せる人が人を殺したりする話を書いたらこれほどまでに罪深い。 容赦ない文章力に心臓掴まれに行こう。「モルサツ」「手紙」「おまはん」「ネムシ(黄金虫)」の四つは単独で書評済み。 え? 四つ? ここに「マリロジェ」と書けない、つまり本アンソロジーに収録されていないのは、おっさん様も仰せの通り実におかしな事だと思います。『ミステリ篇』と銘打っておきながらデュパン3を含むポーミス五人衆が揃ってないなんて! おっさん様同様「マリ」はポーミスの中ではさほど高評価でもない(それでも7点付けました!)私でさえ強い違和感を感じます。 まあ、難があるとしたらその編集要素と、翻訳に若干程度。 濃厚で激熱の得難い一冊である事は間違いありません。 「ホップフロッグ」が見せるぶっちぎりで見栄えの良い(?)物理的物理トリックは最高にファンタスティック。 勧善懲悪より復讐心より、この劇的大量殺人トリックこそ作中の肝ではなかろうか。 乱歩さんの「おどイチ」は本作の骨子に思いっきり心理の残虐を注入して全くの別物に仕立て直したインスパイア案件かな。 社会をメラメラ凝視し過ぎたような「群衆の人」も、何故だかスウッと沁み渡る。 でもやっぱり、黒光りの宝石x2「モルグ街の殺人」「黄金虫」、暗闇ショッカー「おまえが犯人だ」、そして逆説の絶景「盗まれた手紙」。 子どもたちには是非、ネタバレ喰らう前に読んで欲しいものだ。

No.1324 6点 虚構推理 鋼人七瀬- 城平京 2025/01/25 21:06
“これは特別な戦いではない。虚実織り交ぜより多くの支持を勝ち取る、民主主義の舞台だ。”

どんな荒野にもロジックは在る。どんな阿房宮にもロジックは在る。 父親殺し疑惑という大スキャンダルの末、謎まみれの死を遂げた “そこそこ有名半地下アイドル(?)” の巨乳亡霊(?)が夜な夜な街で目撃されるという。 この巨乳亡霊が巻き起こそうとする暴虐沙汰を抑えるため、特殊設定世界の中の特殊設定世界(?)、謂わば特殊設定特殊設定世界(?)の中、元はワケアリの経緯あって或る大病院で出逢った二人の若い男女、彼らのそれぞれ異なる特殊能力がクロスしてしっかりエンブレイスし合い、◯◯◯◯◯◯の力も使い使われやっぱり使い、『虚構推理』なるものを駆使し、最後はなんとか事なきを得る物語。

“おお”

頭の中に実体は生まれる。。 少数精鋭で最小限に絞られた、クセの強い登場人物たち。 未来決定に観察者効果めいたもの(?)とか、目線人物の設定の妙とか、個人的に全く萌え対象でない萌え案件とか、箴言ぽいものとか、色々。 なんつぁんすかこの・・ おいー、こいツは流れをしっかり押さえないと、肝腎なポイントを見逃すぞえおえおーー ウェブサイト上の大演説、その傍らでは不死身の者同士の、何度も死んでは甦るゲームの様な激しいバトルが繰り広げられ巨乳。 おっと、それは主人公からの最後の一撃、だったのか? ハァン!?

“物語が紡がれている真っ最中、自分が登場人物の一人として立ち会っているというドラマを拒否できるだろうか。”

いやはやこの物語は、まくりがすごい。 幻想的論理を背負ってのまくりが本当にすごい巨乳。 前半は少なからず読むのが辛い摩擦力やら抵抗値の高さがあったが(単につまらないのとは違う)、後半、更に後半の後半に至っての、瞬時も見逃せない激アツややこしロジック実践ドラマには目を瞠らざるを得なかっ巨乳。 たいへんよく出来た推理小説であり準アンチミステリだと思う巨乳。 だからと言って私の嗜好では面白さが飛びぬけていたわけではないボイン。 それでも充分に合格点だが、7点の壁は越えられなかっ巨根。

「長いの?」
「何がです?」
↑ ここ笑ったなあ。

“◯ンポを優先して割礼” かと思ったら
“テンポを優先して割愛” でした。
随分誤解を招く評し方をしてしまったかも知れませんが、決して下ネタ押し一本のエロラノベではありません巨(以下略)。

“多重解決はどれほど理屈を費やし、ひとつひとつが説得力を持っていても、重なる分だけ真実をいっそう不確かにし、真相を明らかにするのにかえって不利かと思っていたが、こんな使い方があったとは。”

No.1323 7点 人魚の眠る家- 東野圭吾 2025/01/23 01:31
「こういう日が永遠に来ないと私が思っていたとでも?」

これぞ “日常のサスペンス”。 プール事故で ‘おそらく脳死’ という際どい状態に置かれた幼い娘。 彼女との暮らしを手放したくない母親の強い意志に牽引される形で、彼女の体には最新技術の粋を束ねた或る装置が接続され、在宅での介護が始まる。 装置を開発したのは、父親が経営する特殊機器メーカーの若い男性技術者。 この事故をきっかけに、娘の両親は離婚を無期限延期した。 介護補助のため足繫く娘の家に通う技術者は、いつしか娘の母親に惹かれ始め、彼の恋人との間には暗雲が立ち込める。 やがて、娘の “体” には奇跡が起こり始めるが・・・

“あれがあなたの守りたい世界なの? その世界の先には何があるの?”
“手遅れですよ、と答えたのだった。 つまり、その気はある、ということだ。”

事故に関する重大なホワットダニットと、明かされるタイミング、これが熱かった。。 奇跡のような或る “お別れ” のシーンには、眼の醒める感動があった。 作中作(?)の “中盤が省かれ” ての展開趣向はちょっと面白かった。 登場人物追加のタイミングとイントロデューシングがさりげなく上手。 その一方で、物語の中でもう少し躍動するかと思われた人物が意外とおとなしく引き下がってしまったり、トリッキーな◯人◯役進行で生成された “逆・幻の登場人物(?)” 興味がやわらかく萎んでしまったり、登場人物の扱いでちょっと肩透かしな部分もある。 しかしまあ、社会問題啓蒙の何気な深みに、いつもながら科学技術との臨場感溢れる真摯な対峙ぶり、このあたりは本作の見逃せない美点と言えましょう。 思わぬ所でボウモアの名が登場したのも萌えました。 恋愛要素も綺麗に併走。 終盤、残りページ数の怖さが身に沁み、冷静な医学描写をありがたく感じました。

やはり、プロローグとエピローグとを結ぶ “虹の架け橋” の眩しさは沁みます。 娘への愛情に裏打ちされた、決して後ろを振り向かない驀進ストーリーの激しさの裏に、こんな素敵なエピソードが存在していたというのです。

No.1322 7点 ずっとお城で暮らしてる- シャーリイ・ジャクスン 2025/01/20 22:56
「だいたい●●たな」
「いい●●だった」

時間は存在しない。。と思わせる箇所があった。 心は暗くも色彩は明るいミュージカルのように感じる場面もあった。 片田舎の名家にて、数年前、一家ノ大半が毒殺される事件がアった。 村人は、家に引きこもる生き残りの名士様たちを忌み嫌ウ。 中には親しくしてくれる者モいる。 主人公(語り手)は生き残ッた姉妹ノ妹。 他に、事件以来車椅 子生 活の伯父がいる。 ある日、親類筋の若い男が訪ね て来 た。 彼に憎悪の炎ヲ燃やす主人公は明らかに頭がおかし い。 伯父もお かしイ。 姉 は果たして・・ それにしても毒殺犯は誰なノカナ・・ 最後の日とはいったい何のことダ? ねばねばした文章でリーダビリティは低いが、終わりまで辿り着けば、溢れ出る味わいは喩え様もなく尊く、落とし穴はあ まりに も深 ク馨しい。 この怖さ、気分悪さ、えげつなさを圧縮してサッと立ち去る短篇こそSh.ジャクスンの精髄だと思っていたケれド、圧縮したまま延々と引き摺る・・とは言え短い・・長篇のコレも、体には悪そ うだが、棄て難い。
ザ ・キ チガ イ ・・・

「そのうちここは、<恋人の通り>って呼ばれるわね」

No.1321 7点 トランプ殺人事件- 竹本健治 2025/01/18 20:32
「巧妙な叙述トリックだわ」

なんだか凄い、破格の不可解興味が迫る、密室での消失~殺人案件。 事が起きたのは別箇の密室(だが・・)。 コントラクト・ブリッジ愛好サークルには、イラストレーターの男女ペア、金持ちのカード蒐集家、そしてハンサムな精神科医がいる。 その中に、俳句の枠で高度な言語遊戯を弄する者がいる。 独特の清洌な文体、意外な被害者、面白い章タイトルと章立ての企(たくら)み。 暗号が活躍。 コントラクトブリッジとカードゲーム全般に関する用語集のリッチなこと。 この表題、実は本来の意味の ”トランプ” を意味する、三部作通しての出落ち叙述トリック?だったりして・・という疑いも少しばかり持ってみた。

「だったら、何もそんな叙述トリックなんか持ち出さなくっても・・・」

精神科医は、友人の大脳生理学者と(彼を通し)その助手でミステリマニアの若い女性と(更に彼女を通し)その弟で天才囲碁棋士の幼い少年、この三人に事件の解明を委ねる。 この少年こそが探偵役センター『牧場智久』。 ブリッジ、俳句、心の病、神経の病、暗号、海遊び、見えない人間関係等々 .. が場の内外を飛び交う中、或る “大きな資料” の小さなきっかけを掴んで光を見いだそうとする三人(と、・・)。 あーーー、コレ、ブラウン神父のアレと、某叙述トリックのパターンをさりげなくアクロバティックに噛み合わせた構造、なの、かな。。 ははん、ぐんわりすんなりメタ持ち込みのドリブルカットイン絶妙。 いやいや、この「作中作」と「作」のメタ×××な関係性、スィヴィレます。 三人の探偵は賑やかにじわじわとエンドへ向かって迫り、幻想に浸りながら爽やかなエピローグにて開放型の落着。 人の話に拠れば、人生は、満ちたり、欠けたり、その繰り返しだそうです。

「・・・考えに考えて、この叙述トリックを思いついたんだと思うよ」

No.1320 5点 白い陥穽- 鮎川哲也 2025/01/15 22:02
思うに短篇の鮎川さんは、割り切ってA級作品とB級作品とをはっきり分別して書いていたのではないですかね。 本書に収められた八篇は思うに一つ残らずB級作品です。 鮎川さんの場合、B級作品がA級に較べると格段に旨みが落ちるというか、ほぼA級イコール一流品、B級イコール二流品の構図になってる気がします。 季節のお造り盛り合わせは文句無しに旨いのだが、焼きとんや牛モツ煮込みを頼むとイマイチ、みたいな。 氏の清廉潔白好みな生き様がそうさせていたのでしょうか。 とは言え、たとえ旨みは薄目でも無視して切り捨てることなど到底できない魅力は不思議と備わっておるし、どういうわけだか再読したくもなるのです。

白い盲点/暗い穽(あな)/鴉/夜を創る/墓穴/尾行/透明な同伴者/葬送行進曲   (光文社文庫)

偽のアリバイ作るならアッチだけでなくコッチもね、とか、素人犯罪だからそこは流石に見落としちゃうよね、とか、偶然くんのインターフェアは仕方ないよね、とかそういう、邪魔になった相手を謀殺したらどうしてすぐバレちゃったのか系の倒叙推理クイズ風なんばかりズラリと並んでいます。 音楽を含めた ’音’ が重要ファクターとなる話が多いですね。 中の一篇 「透明な同伴者」 なるタイトルはなかなか含蓄があって良いな。 ‘男娼’ ことホストさんやポピュラー音楽家へのムニャムニャには眉を顰めるなり苦笑する向きもあろうか。

「もう止めましょう、そんなお話。 ベッドのなかにいるときはそれにふさわしい話題があるのよ」

鉄道旅のお伴には、せっかくの風景見物を邪魔しない程度の緩やかさで丁度良い本かも知れません。

No.1319 6点 小説帝銀事件- 松本清張 2025/01/13 12:00
“全国いたるところに、人違いの悲喜劇が繰り返された。”

不謹慎だがクローズアップマジックを思わせるキメの細かい毒殺トリック、水彩画の乾きの機微、写真を撮る/撮られる策略など、表題に違わず推理小説らしい作りの第一部は、確かに小説的面白さと高い可読性で満ちていた。 だが、ノンフィクションドキュメンタリー、というより調査結果を羅列した論文かと見紛う第二部、こいつがなかなかの曲者で、文章に熱量と使命感は感じるのだが如何せん小説興味と読むスピードとが一気に落ちる。 第三部で再び小説感を取り戻し、相当に内側へ抑圧したと思われる◯◯糾弾への炎が噴き上がって実に熱いが、やがて思いがけず呆気ない終結を迎える。 (◯◯◯ー◯ンはどうなったんや・・)

“そして、皮肉なことに、平沢貞道だけが、この「◯◯◯」な条件を持っていないのだ。”

第一部から第三部まで、どれもだいたい同じ長さ。 体感的には圧倒的に第二部が長かった。 その第二部も、読み返してみれば決して事実や想像のつまらない列記だけというのでもないけれど、躍動する第一部が終わって急におとなしい(内容は決しておとなしくない)第二部に突っ込まれると、、 摩擦係数が一桁上がったような感覚に囚われてしまいます。 当時の出版事情や時代の圧力による過度の抑制もあった事でしょう。(それとは別に、清張らしからぬ過度の文言繰り返しも目に付きました) 実際に清張は本作での消化不良に因る不満が起爆剤となり、翌年かの 『日本の黒い霧』 執筆に取り掛かったと言われています。

“この一分間という時間は、犯人にとって、最も重要な、かけがえのない時間であったと思われるのだ。”

当事件に纏わる、今となってはあまり語られない細かな客観的事実群の確認など興味津々な一篇です。 個人的には、意外と自分に縁のある土地がナニだったりする面白さもありました。 やはり、内容は詰まっています。

No.1318 6点 何者- 江戸川乱歩 2025/01/06 22:30
足跡往復のロジック、証拠隠滅のロジック、実に良い。 表題が良い。 最終章タイトルは “THOU ART THE MAN”。 夏休みに学生の「私」が友人宅で奇妙な事件に出くわす話。 真犯人も動機も早くに分かってしまいましたが、それでも魅力は落ちません。 変格のヘの字も無い、乱歩さんにとっては異色と言える本格中篇。 まあ状況証拠やら後出しやらアレで、完全に論理で締め上げるパズラーでもないんですが、犯人糾弾の畳み掛けが素晴らしく、充分本格だと思います。

「ところがね」 ( 中 略 ) 「ところがね」   ← このへんの空気感、好きだなあ

No.1317 7点 酔いどれ天使- 渡辺淳一 2025/01/04 00:20
医学と恋愛とを主軸に、時代の気分でミステリが絡んだような初期(S40年代前半~中盤)短篇集。

乳房切断
刺激的で怖い表題。 医療プロセスの際どい所に見えない穴があき、切断しなくてよい乳房が切断される。 事の異状が静かに顕れたのは手術の四年後。 被害を受けたのは医学部教授の妻。 記録と記憶の物陰から強力な容疑者達が躍り出る。 地道な個人捜査の末、抉り出された真相は、、意外とアレっちゃアレだが、シリアスな人間ドラマが猛烈な押し出しで、勝ち切った。 7点

酔いどれ天使
表題から受ける印象とはずいぶん異なる内容。 “酩酊児” への恐怖に駆られる男を中心に据えた、一気読みブラックユーモアサスペンス。 ちょっと長めのショートショート。 黒澤三船の映画とは関係なし(医者が出て来るという共通項はあり)。 6点

ある心中の失敗
緩慢なるサスペンス。 恋愛経緯が甘苦い空気を送り込み、医学の現場対応が場を締める。 表題そのままの結末とも言え、ミステリ性は極薄だが、一般小説ならではの良さというものか、実に後を引く深みあり。 7点

脳死人間
交通事故で脳死状態(植物性人間!)になった大学教授。 残されたのは妻と二人の子、そして同居する甥。 この甥が妻に色目を使う。 やがて息を引き取った夫を前に、妻は或る後悔の混じった哀しみに襲われる。 サスペンスは在るがミステリ性は薄い。 だがやはり余韻は深い。 脳死問題とは縁の深い、元医者である著者による、あたたかい物語。 7点

No.1316 6点 今夜は眠れない- 宮部みゆき 2025/01/01 22:24
「そうなの、坊や。 変わった形の亀だけど、あれはスッポンなのね」

突然の巨額遺産相続通知から始まり、○○の過去と□□の秘密、更には●●案件 (←むしろ逆●●!) に大きなツイストかまして快走する少年ユーモア・冒険サスペンスの意欲作。 事象の核心を突く◇◇横取りトリックの熱さと、それに翻弄されたストーリーそのもの(!)。 頼りになる最高の友と、頼れない?両親。 疑惑と謎と希望とを振り撒く大人たち。 宮部みゆきのやさしさテンダネスがやり過ぎること無く、適度の深みと温かみを湛えた結末の場所に着地した。 若年者へのまなざしも伝わる。 主人公はサッカー小僧。 親友は将棋部エース。 章立てもサッカー試合の時系列に因んでいるが、そのくせ小説にサッカー感がまるで漂っていないのは御愛嬌。 ユーモアを醸すワーディングや文体も嫌味なく、控えめ過ぎず、絶妙なポイントを突く。 パラパラマンガも雰囲気づくりに一役買った。 悪くない。

No.1315 4点 夜行観覧車- 湊かなえ 2024/12/30 00:18
「だから、今わかっていることだけをふまえて、どうするのが俺たちにとって一番いいのか、これから考えよう」

バスケがしたいです ・・・  出だし、イヤミスコメディか? と錯覚したけど、別にふざけてるわけじゃない、実にイヤミスらしい堂々たる直球勝負のイヤミステリを読んでるつもりでしたが。。 高級住宅街で殺人事件発生、向かいの家では問題山積み、信頼できない証人、信頼できない隣人など興味津々 ・・ ところが終結部、ホワイはともかくフーダニット興味のしゅるしゅる萎み具合で一気におじゃん! ぽっかりあいたキモミス日和の数時間。。 これが連城三紀彦だったらどのタイミングでどんな切り返しを見せつけに来るか、なんて妄想せずにいられません。 一方で冒頭から中盤~結末前までは相当にエキサイティングで期待を持たせてくれましたので、、その美点を勘案して、それでもこの得点。 だけど、割り切れ過ぎの薄い結末かと思いきや、モヤモヤが絶妙な分量で引き摺るエンディングにはそれなりの味わいもありんした。 ホワイダニットはそれなりに重みがありました。 そしてタイトルの意味合い、その象徴性の向かう先はいちおう分かったつもりですが、小説の中身詳細にしっかり嵌っていませんよね。 。 とにかく、どなた様も無理はするな。 人間臭いのもほどほどにな。 って事で。

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.69点   採点数: 1354件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(59)
松本清張(54)
鮎川哲也(51)
佐野洋(39)
島田荘司(37)
アガサ・クリスティー(36)
西村京太郎(35)
島田一男(27)
エラリイ・クイーン(26)
F・W・クロフツ(24)