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E-BANKERさん |
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平均点: 6.01点 | 書評数: 1812件 |
No.732 | 5点 | 雪花嫁の殺人- 阿井渉介 | 2012/08/06 22:10 |
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堀&菱谷両刑事が活躍する警視庁捜査一課シリーズの第3弾。
季節感を無視したセレクトでスミマセン・・・(この暑いさなかに「雪花嫁」って・・・) ~警察をも牛耳る政界の黒幕・壬生興之介。その息子で乱行を重ねる道安が殺された。雪の中の凶行現場には白無垢姿の「花嫁」がいた! 私兵を用いて報復を図る興之介を嘲るように起こる第二、第三の殺人。美しき殺人者の向こうに浮かび上がる、6年前の悲惨な出来事とはなにか? 警視庁捜査一課シリーズ渾身の第三弾~ 作者のテイスト全開の作品。 阿井氏の作品といえば、「列車シリーズ」から本シリーズに至るまで「不可能趣味」+「重い動機」という2つのエッセンスで貫かれている。 本作でも、過去の悲惨な事故に端を発した連続殺人事件が起こるが、殺人者の怨念とも思える叫びが聞こえてくるかのような暗く重いストーリー・・・ 真犯人については、前半からほぼ察しがついてしまうのだが、恐らく作者もあまり隠す意思がないのだろう。 (何しろ、「名前」からして真犯人としか思えない) ということで、本作はあくまでも「ハウダニット」に拘った作品ということでよい。 トリックはずばり「雪密室」。 サッカーグランドの真ん中で発見された死体と被害者以外に足跡のない現場、そして越後湯沢の別荘地の庭でも同じように雪の中で足跡のない殺人が2件も発生し、しかも目に見えないほどのスピードで犯人が移動する・・・ 魅力的な設定なのだが、トリック自体は前例のあるものなのが残念。 もう一つのアリバイトリックもかなり力技で、現場の地理的感覚がないと読者には推理不可能ではないか? 個人的には好みの範疇なのだが、かといってミステリー的に優れているという作品ではない。 ちょっと作者の「型」(不可能趣味+重い動機)に拘り過ぎたという感覚が拭えなかった。 |
No.731 | 3点 | 退職刑事5- 都筑道夫 | 2012/08/06 22:08 |
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「国産安楽椅子型探偵シリーズ」の定番といえば本シリーズ。
創元文庫版では「5」(徳間書店版では「4」)。 ①「落葉の墓」=タイトル名は演歌歌手である登場人物の歌のタイトルからとったもの。切れ味のない「マッタリ」した作品。 ②「凧たこあがれ」=本シリーズではよく登場する一昔前の東京(華のお江戸って感じかな?)の風物が味わえるのがまずまず楽しい。というのも、本作の事件は「退職さん」が現職の頃の事件を語って聞かせるというスタイル。 ③「プールの底」=とあるホテルのプールの底から赤い血が水面へ浮かび上がる・・・というと何だか不気味な感じだが、真相はいたってのんびりしたもの、っていうかよく分からん。 ④「五七五ばやり」=珍しく「俳句」を題材にした暗号ものなのだが・・・面白そうと感じたのもつかの間。これは「落語ファン」でもなきゃ解けんわ! ⑤「闇汁会」=「闇汁」とはいわゆる「闇鍋」のこと。闇鍋の最中に参加者の一人が青酸カリで毒殺されてしまう。フーダニットの面白さが味わえるはずなのだが・・・何か煮え切らない。 ⑥「遅れた犯行」=男が殺人犯として自首してくるが、殺したと主張した男は生きていた。ところが3日後、その男が本当に殺されてしまう・・・という謎。プロットは結構魅力的なのだが。 ⑦「あくまで白」=状況証拠が揃いいかにも「クロ」の容疑者だが、だからこそ「シロ」という気がしてならない「現職さん」。「退職さん」が見抜いた“弱さの自信”というのが割と面白い。ラストは皮肉が効いてるし・・・ ⑧「Xの喜劇」=一応ダイニング・メッセージものなのかな。ただ、何とも面白くない真相だが・・・ 以上8編。 うーん。ダメだな。 本シリーズは1~3までとそれ以降でクオリティに大きな差があるように見える。 本作はどれも短編らしいロジックの切れ味もなく、退職さんが「こうじゃないか?」という推理を述べているだけに思えるんだよな。 要はネタ切れってことかな。 (敢えて選べば⑥とか⑦だろうか。あまりお勧めはしないが・・・) |
No.730 | 8点 | 家蝿とカナリア- ヘレン・マクロイ | 2012/08/06 22:05 |
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1942年発表の作者第4長編作品。
作者のメインキャラクターであるベイジル・ウィリング博士が探偵役として登場。 ~精神分析学者のウィリングは魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが、劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。刃物研磨店に押し入りながら何も盗らずに籠からカナリアを開放していった夜盗。謎の人影が落とした台本。紛失した舞台用のメス。不吉な予感が兆すなか観客の面前で成し遂げられた大胆不敵な犯行。緻密な計画殺人に対して、ウィリングが鮮やかな推理を披露する。一匹の家蠅と一羽のカナリア・・・物語の冒頭、作者が投げつけた一対の手袋を果たして読者は受け止められるか?~ これはなかなか極上の逸品。 舞台は戦時下のNYの劇場。登場人物の多くは一癖も二癖もある俳優や舞台関係者たち、そして幕を開けた舞台で観客の目の前で起こる殺人事件・・・まさに本格ミステリーとしてはこれ以上ないほどの舞台設定だろう。 邦題となった「家蠅」と「カナリア」は、ウィリング博士が真犯人を特定するに至った「ヒント」そのものであり、それを作者は冒頭(プロローグ)で堂々と宣言しているところに、本作に対する並々ならぬ自信と矜持が窺える。 1942年といえば、クイーン・クリスティといったミステリー黄金世代からはやや外れるが、それらの作品に勝るとも劣らない作品だし、マクロイなら他の代表作(「暗い鏡の中に」など)よりも本作を押したい。 フーダニットの醍醐味や、クリスティばりの登場人物たちの心理描写の妙を味わうことができるだろう。 細かい齟齬についてはいろいろ考えられなくはない。 例えば、なぜわざわざ舞台上というややこしい環境で殺さなければならなかったのかについては明快な解答がなされていないし、「カナリア」を逃がした理由についても、心理的な理由にしてはあまりにも表層的に過ぎる気がする。(もし本当にそうなら、真犯人は籠のなかに飼われたカナリアを見るたびに放してやらないといけなくなる・・・のか?) でもまぁ、トータルでは十分に読み応えのある力作、自信を持ってお勧めできる作品、という評価。 (ウオンダとマーゴ・・・2人の女性登場人物に対する見方・スタンスというのが、いかにも女流作家という気がした) |
No.729 | 7点 | 顔のない肖像画- 連城三紀彦 | 2012/07/31 21:23 |
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表題作を含むノン・シリーズの短編集。
何とも「連城らしい」「連城にしか書けない」作品が目白押し。 ①「潰された目」=トリックそのものはどうってことのないレベルだが、ラストに明らかになる「反転または逆転」がやはり連城! こういう男女のドロドロした心の襞を描かせるととにかくウマイ。 ②「美しい針」=これはまた見事な「反転」モノ。逆に見事すぎるので、中盤過ぎる頃にはプロットはほぼ分かってしまった。何とも言えない読後感。 ③「路上の闇」=これも②と同様で、さすがにここまでくると「反転の構図」は分かってしまう。でも何とも言えない緊張感がラストに向けて徐々に盛り上がってくるのが良い。 ④「ぼくを見つけて」=このプロットは強烈。連城好きなら、本編は堪えられないのではないか? リアリティの感じられない数々のピースがラストに見事に収束させられる手口は感動もの。 ⑤「夜のもうひとつの顔」=これもウマイが、サプライズ感ではちょっと小粒か。前半に何気なく埋め込まれた伏線がラストに生かされるのはさすが。 ⑥「孤独な関係」=いろいろなすったもんだの末、明らかなになる事実(部長の気持ち)は個人的にはよく分かる。そうだよなぁー、会社や家庭でいろいろなストレスを感じるよなぁ・・・ ⑦「顔のない肖像画」=かなり大掛かりな「反転」なのだが、ちょっと想像しにくい。簡単なプロットをわざとかなり複雑にしたように見えるのがどうか。個人的にはどうも「絵」に関するミステリーと相性が悪い気がする。 以上7編。 もはや連城の「短編」のクオリティについては、多くを語らなくてもよいでしょう。 今回もとにかく反転に次ぐ反転・・・ その分、ちょっとミエミエになるところはあるのだが、それを補って余りある技巧の確かさ、見事さでしょう。 まぁ、未読の方にはお試しいただきたい。 (④がベストかな。①~③も水準以上。) |
No.728 | 7点 | 漂流者- 折原一 | 2012/07/31 21:21 |
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文春文庫で折原といえばこの「~者」シリーズ。
本作はもともと「セーラ号の謎」というのがメインタイトルだったが、サブタイトルだった「漂流者」を正タイトルとして文庫化。 ~妻と担当編集者の3人でダイビングに出掛けた人気推理作家・風間春樹。潜水中の事故で助けを求めたが、不倫関係にあった2人に見捨てられる。風間は流れ着いた島から自力で無人ヨットに辿り着いたが・・・。航海日誌、口述テープ、新聞記事等に仕組まれた恐るべき騙しのプロットとは? 叙述ミステリーの傑作長編~ なかなかの力作ではある。 映画「シーラ号の謎」をメインのバックボーンに据え、N・ブレイク「野獣死すべし」さらにはA.クリスティ「そして誰もいなくなった」までもモチーフに加えるというところが、いかにも折原らしい。 ミステリーファンなら「ニヤリ」とするようなプロットだが、普通の作家なら消化不良を起こしかねないように思うが、そこはさすが! 終盤に向かうにつれて、徐々に混迷の度合いを増していく複雑なプロットをうまい具合に処理している。 まぁ、折原を読み慣れた読者なら、それ程のサプライズは感じないかもしれないが、ヒネリ具合は他作品と比べても高いレベルではないか? 最終章(エピローグ)を前に事件の構図が明かされるが、最初は別々だったはずの2つの大きな流れが徐々に絡み合い、もつれていくところが読者の眼前で展開されるが、実はその裏で巧妙な叙述トリックが仕掛けられているのだ。 この辺りは、ちょうど脂の乗った頃の作品ということだろう。 難を言えば、詰め込み過ぎたためにやや中途半端になっているところか。 あとは、ある人物に仕掛けられた「欺瞞」なのだが、これはちょっと卑怯な気がする。ネタバレになるが、○田○と□原はかなり人物像が違うはずなのだが・・・(「それくらい気付けよ!」ってことなのかな?) トータルで評価すれば、折原作品としては「中の上」というのが妥当な線。 |
No.727 | 6点 | 密林の骨- アーロン・エルキンズ | 2012/07/31 21:19 |
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大好評「スケルトン探偵シリーズ」の13作目。
今回の舞台は、南米アマゾンのジャングル。まさに「ジャングル・クルーズ」に参加したギデオンたち一行に災厄が降りかかることに・・・ ~アマゾン河を旅する格安ツアーに参加したギデオンだが、同乗者は奇妙な人間ばかりだった。不穏な雰囲気の漂う民族植物学研究者一行、秘密を持つ船長、出自不明のガイド。やがて事件が勃発する。岸の方から槍が飛来し、船内に突き刺さったのだ。そしてその穂先の基部に巻かれていたのは・・・さらに接岸した場所で不思議な穴の開いた骨が発見される。一片の骨から名推理を展開するスケルトン探偵ギデオンが密林の闇に挑む~ 安定した面白さ。ある意味「様式美」とさえ感じる。 本作は、骨をもとにした推理云々は付け足しみたいなもので、ジャングルそのものが主役のような扱い。 首狩り族や毒矢を使う部族が今の世の中に存在しているのかどうか、残念ながらその辺りの知識に疎いためよく分からないのだが、こんな未開の地が地球上に存在するというだけで、何だかワクワクする。(ちと怖いが・・・) まっ、終盤以降の「骨」に関する推理については、今回も見事なものです。まさか「牛の乳搾り」と骨が関係してくるなんてね・・・ でも、それ以外はちょっと見るべき所がなかった。 事件の構図自体分かりやすすぎたという気もするし、謎自体の魅力が薄いのが痛い。 (地図を見ればすぐに分かるトリックというのもレベルとしてどうか?) ということで、本格ミステリーというよりは、ジャングルツアー参加者を巡るサスペンスを楽しむというのが本作へのスタンスでしょう。 因みに本作の原題は「Little Tiny Teeth」。“小さな歯”ということだが、これはピラニアを表しているのだろう。 (暑さが苦手の私としては、こういう場所へはちょっと行けないなぁ・・・) |
No.726 | 5点 | 天使の耳- 東野圭吾 | 2012/07/26 22:15 |
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1992年に「交通警察の夜」として刊行された作品を改題。
改題前のタイトルのとおり、全編が交通事故をベースにしたミステリーという連作短編集。 ①「天使の耳」=とある交差点で発生した2台の車の衝突事故。双方とも自分は青信号で進行したと主張するのだが、同乗していた全盲少女の「超絶的な聴力」のおかげで事件は解明する。それだけで終わらせないのがさすが東野圭吾・・・。 ②「分離帯」=突然右折し逆レーンで衝突事故を起こしたトラック。問題は「なぜ急にトラックが右折したのか?」なのだが・・・。交通事故に絡む法制度の不備を皮肉るラストが尾を引く。 ③「危険な若葉」=若葉はもちろん「若葉マーク」のこと。前をノロノロ進む「若葉マーク」にイライラさせられた経験は誰しもあるはずだが、こんなしっぺ返しを食うのはキツイねぇ・・・。まっ因果応報ではあるが。 ④「通りゃんせ」=本編の問題は不法駐車。本人は何でもないこと、のように思っているが、一歩間違えるとこんなことになるリスクを孕んでいるということ。こういう計画的な「仕返し」は怖い。 ⑤「捨てないで」=本編は「ポイ捨て」がメーンアイデア。ポイ捨てされた空き缶でこんなことが起こるのは予想外だが・・・これもやっぱり因果応報的なラストを迎える。 ⑥「鏡の中で」=車とバイクの衝突というとよくある事故っていう感じだが、関係者がオリンピックを目指す女子マラソンチームのコーチというのが異色なポイント。担当の警察官は事故にある違和感を抱くのだが、真相は分かりやすいかな。 以上6編。 「交通事故」というのが共通のテーマだが、登場人物は全て異なっている。交通事故特有かもしれないが、何とかして事故を隠そうとする当事者や、隠せない場合は何とかして自身の罪を軽くしようとする当事者など、人間のエゴがむき出しになるという特徴が窺える。 さすがに東野圭吾だけあって、全編うまくまとめてあるし、サラサラと読めてしまう。 ただ、どれも小品という感じは拭えないかな・・・ (③④あたりが皮肉が効いててよい。①もマズマズ) |
No.725 | 6点 | 陸橋殺人事件- ロナルド・A・ノックス | 2012/07/26 22:13 |
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「ノックスの十戒」で有名な作者の処女長編作品。1925年発表。
『推理小説ファンが最後に行き着く作品』とのことであるが・・・ ~ロンドンから汽車で1時間というイングランドの一寒村。そこのゴルフ場でプレー中の4人組は、推理小説談義に花を咲かせていた。たまたまスライスした打球を追ううちに、鉄道の走る陸橋から落ちたとおぼしき顔のつぶれた男の死体を発見する。被害者は倒産状態にあり、自殺、他殺、事故死の三面から警察の捜査が始まった。だが、件の4人は素人探偵よろしく独自の推理を競い合い、この平凡に見える事件に四者四様の結論を下していく・・・~ まずまず面白いのではないかと思えた。 最終的な真相が「腰くだけ」気味なのは確かで、さんざん持って回ったような推理をしておいて「それはないだろう!」という気にはさせられる。 4人組がそれぞれ推理合戦を行うというプロットは、バークリーの諸作を髣髴させるのだが、それほどの「企み」は感じない。 そもそもダミーの推理自体、かなり信憑性に欠けるものであるため、説得力がないのが致命傷ではある。 (ある女性の写真が無表情から笑顔に変わった謎に対する答えだけは個人的に感心) まぁでも全体的には、なかなか愉快な作品だとは思う。 「狂言回し」的な役割を務めるリーヴスとゴードン、最終的な探偵役となるカーマイクル、そして○○○のマリオット。 登場人物たちも愛すべきキャラクターだし、素人探偵らしい丁寧な捜査&推理も好ましい。 (「謎の暗号」の真相は如何なものかとは思うが・・・) ということで、著名作として読んでおいて損のない作品という評価。 (創元文庫の復刻フェア版にて読了。でも、何か変なラインナップだな) |
No.724 | 6点 | リバース- 北國浩二 | 2012/07/26 22:11 |
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作者はデビュー長編「ルドルフ・カイヨウの事情」で日本SF新人賞に佳作入選。本作は3作目の長編。
ミステリーにSFの要素を加えているのが作者らしさなのだろうか? ~プロを目指すバンドマン・柏原省吾はある日、恋人の美月から別れ話を切り出されてしまう。省吾の幼馴染みである妙子の交際相手のエリート医師・篠塚と付き合うというのだ。その直後、省吾は不思議な能力があるといわれれている少女とともに、篠塚が美月を殺しかけている光景を幻視する。嫉妬ゆえの妄想か、それとも・・・? 彼は美月を守り、彼女との幸せを取り戻せるのか? 二転三転の長編ミステリー~ マズマズうまくまとめてるとは思った。 巻頭の紹介文(千街氏の解説)に惹かれて購入したのが本作なのだが、中盤終わりに「表の事件」である『姫ちゃんフォロワー連続殺人事件』から二重構造である『裏(真)の殺人事件』への切り替えがきれいに決まっている。 青春ミステリーを思わせるラストも、作者の手際の良さを感じさせてくれて読後感も良い。 (「予知能力」を絡めてあるのはSF作家でもある作者の特徴か?) ただ、他の方も言及しているとおり、仕掛けはかなり分かりやすい。 ある入院患者が登場し、彼女の背景が語られる段階で、大方の読者が「こういうカラクリが用意されているんじゃないか?」ということに気付いてしまう。 でも、まぁもう一段階「ヒネリ」があるんだろう・・・と期待していたが、そのまま終了してしまった。 プロットも伏線も実に丁寧で、リーダビリティーも水準以上だと思うのだが、これではミステリー作品としてはやっぱり「二流」という評価を下さざるを得ない。 「動機」についても、こういうプロットである以上、もはや「必然」といった流れで、既視感が強過ぎる。 キャリアを考えれば、これからに期待できる作家だとは思うので、他作品も手を取ってみたい。 (文庫版解説によれば、文庫化に当たって、単行本からかなり手を加えているとのことであり、単行本しか読んでない方は読み直す手もあるでしょう。) |
No.723 | 7点 | 青い虚空- ジェフリー・ディーヴァー | 2012/07/20 22:08 |
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2001年発表。非リンカーン・ライムシリーズの長編作品。
かれこれ10年前の作品になるが、電脳空間でのハッカー同士の息詰まる攻防を描く力作。 ~護身術のHPを主宰するシリコン・ヴァレーの有名女性が惨殺死体で発見された。警察は周辺捜査からハッカーの犯行と断定。コンピュータ犯罪課のアンダーソン刑事は容疑者特定のため服役中の天才ハッカー・ジレットに協力を依頼する。ゲーム感覚で難攻不落の対象のみを狙う連続殺人犯は何者か? 息詰まるハッカー同士の一騎打ち!~ これぞディーヴァーというべき良質なサスペンス作品。 文庫版で600頁を超える大作だが、さすがのリーダビリティーを感じさせられた。 今回の相手は伝説のハッカー・ホロウェイとその協力者である通称「ショーン」。こいつらがトンデモない奴らなのだ。 米国のあらゆるコンピュータシステムにハッキングを行い、ニセ情報をばらまく。こうなったら警察なんて単なるでくの坊に過ぎない。 考えたら怖い世界である。 リアルの世界とどれだけ乖離があるのかは正直分からないが、天才ハッカーともなれば、これはもう1つの大型殺人兵器と同程度のポテンシャルを持つということなのだろう。 そして、この天才ハッカーと対決するのも、また伝説のハッカーであるジレット。 ただし、彼はかなり人間臭く描かれており、当初はなかなか尻尾をつかめずにいた2人を徐々に追い詰めていく。 ストーリーの4分の3を終え、大勢は決したと思ったところからが作者の真骨頂だ。 必殺の「ドンデン返し」がやはり炸裂する。 ただし、今回はちょっと意外感はあった。 いつもなら、「まさかあいつが・・・」というドンデン返しなのだが、今回は「まさかこんなことか・・・」というサプライズが待ち構える。 いずれにしてもサスペンス&エンタメ作品としては安心して楽しめる作品に仕上がっていると思う。 好漢・ビジョップ刑事とジレットの友情(?)も何だか微笑ましい。 (コンピュータ&ハッカー用語が頻出しますので、巻頭の用語集をまずはよく理解することをお勧めします) |
No.722 | 8点 | 刑事のまなざし- 薬丸岳 | 2012/07/20 22:06 |
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作者初の連作短編集。
法務技官(少年鑑別所で罪を犯した少年たちと会話し教唆する)から転職した新米刑事・夏目信人を主役に、どこか物悲しい事件と犯人・・・しんみりして最後には泣けてくる作品。 ①「黒い履歴」=夏目のプロフィール、そして刑事に転職した哀しい理由が読者に明らかにされる。本作の主人公、そしてその家族も実に不幸&不運な方たち・・・なんでこういう人たちに限って事件に巻き込まれてしまうのか、せつない。 ②「ハートレス」=東池袋の某公園を根城にするホームレスたち。ホームレスの中にも序列はあるわけで、生じた怨恨が殺人事件につながってしまう。真犯人は明明白白だが、夏目の優しさが心に染み入る。 ③「プライド」=ストーカーから逃れ池袋に引っ越してきた若い女性の殺人事件。肉体関係のあった男性が容疑者として浮かぶのだが、夏目は思わぬ人物を真犯人として指摘する。 ④「休日」=夏目の旧友・吉沢が本編の主人公。父一人子一人で協力し合ってきた息子の態度に疑問を抱く。「息子を信頼している」という言葉を盾として、見て見ぬふりをしてきた父親・・・なんか身につまされる話だなぁー ⑤「オムライス」=発表順としては本編が最も古い(らしい)。なんとなくほのぼのしたタイトルとは裏腹に、本編がこの中で最もブラックな話。こんな女性・母親って本当にいるのか? もし本当にいるのなら、女性なんて決して信用してはいけない!って強く思わされる。ラストに畳み掛ける夏目の追及は読者の心を熱くさせる。 ⑥「傷痕」=不登校、リストカットの常習犯である女子高生。彼女の通う高校の心理カウンセラーと夏目が大学の同級生だったことから、夏目が事件に巻き込まれることに・・・やっぱり、人生には「勇気」を持って前へ進まなければならない瞬間があるということかな。 ⑦「刑事のまなざし」=夏目が刑事へ転職した理由・・・それは十年前、愛娘が頭をハンマーで強打され植物人間となってしまったからだった! そして今、ある事件がきっかけになり、ついに判明する真犯人。しかし、それは新たな哀しい家族たちを生み出すことになった。ラスト、夏目の言動は刑事としての矜持なのだろうか・・・ ただし、本編は1つだけどうしても不満なのだ。それは登場人物である「恭子」の言動。夫の過去の仕打ちを知っていながら、それでもここまで庇って、それどころか自ら罪を背負うなんて(ネタバレ?)、その「動機」は感覚的に受け入れられないし、リアリティが欠如しているのではないか? 以上7編。 デビュー長編である「天使のナイフ」を読んだ時からだが、薬丸氏の作品にはやはり「強い筆力」と「強い訴求力」を感じる。 巻末解説の言葉を借りれば、本作も「犯罪と贖罪」そして「罪と罰」を主題として、「俺はこれが言いたいんだ」「これを訴えたいんだ!」とでもいうべき作者の主張が心を捉えて離さなかった。 ベタな部分があるのは否めないが、良質な作品集ということは間違いはない。 夏目も本作だけでは惜しいキャラクター。是非とも彼のその後を書き綴って欲しい。 (ベストは圧倒的に⑤。⑦は掉尾を飾るに相応しい。その他も良質。) |
No.721 | 6点 | 少女- 湊かなえ | 2012/07/20 22:01 |
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大ヒット作となった処女長編「告白」に続く作者の第2長編。
こういうやつを「現代のミステリー作品」と呼ぶのかもしれない(と思ってしまった)。 ~親友の自殺を目撃したことがあるという転校生の告白を、ある種の自慢のように感じた由紀は、自分なら死体ではなく、人が死ぬ瞬間を見てみたいと思った。自殺を考えたことのある敦子は、死体を見たら死を悟ることができ、強い自分になれるのではないかと考える。ふたりとも相手には告げずにそれぞれ老人ホームと小児科病棟へボランティアへ行く。死の瞬間に立ち会うために、高校2年の少女たちの衝撃的な夏休みを描く長編ミステリー~ なるほど! こういう「仕掛け」だったのか・・・と最後には納得。 終盤までは、これって本当にミステリーなのか甚だ疑問を抱きながら読み進めたが、ラストにこういう大技が炸裂するとはね。 2作目にしてこれだけのプロットを仕掛けるあたり、やはり「只者ではない」という気にはなった。 途中から「ミエミエ」の仕掛けをエサとして読者にちらつかせ、実はその裏で更なるドンデン返しが待ち受けているのだ。 ただ、こういうプロットって既視感あるよなぁーと思ってたら、「伊坂幸太郎」がよく使う仕掛けじゃないのか? (ストーリーが進むごとに、登場人物たちが次々とつながっていく、あの感覚・・・) 主人公の少女の口を借りて言い放つ台詞もどこか説教じみた感じがして「伊坂っぽい」。(感じるのは私だけか?) まぁ、だからといってつまらないというわけではなく、これはこれで面白くはあるのだ。 手軽に読める作品なので、サクッと読書したい方にはお勧め。 |
No.720 | 5点 | 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー | 2012/07/14 22:40 |
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ミステリー黄金世代を彩る大作家・J.Dカーの処女長編作品。
パリ警視庁の大立者アンリ・バンコランが登場し、作者らしい怪奇趣味溢れる作品。 ~数年前、愛した女性ルイーズを殺害しようとして精神病院に収容されてしまったローラン。彼はルイーズがサリニー公爵と結婚するという噂を聞き、脱走をくわだてた。まんまと成功した彼は、整形手術で顔を変え、公爵の命を狙い始めた。夜な夜な快楽の都パリを徘徊する「人狼」と化し、狂暴化していく。そして衆人環視のなかで戦慄すべき殺人事件が起こる! 名探偵バンコランが颯爽と登場~ 実にカーらしい雰囲気を持っているが、反面アラの目立つ作品という読後感。 紹介文にもあるが、とにかく怪奇的雰囲気を出すための道具立てには事欠かない。多分、江戸川乱歩がフランスを舞台にミステリーを書いたらこんな風になるのではないかという気さえする。 衆人環視のなかの「準密室」や首切り殺人なども、処女作品からカーらしさ全開という感じがしてむしろ微笑ましい。 ただ、トリックは相当強引っていうか、ムリだろ!というレベルなのが気になった。 特に、例の『○れ○○り』。 これを多用するあたり、乱歩と被るのだが、これが成立するというプロット自体感心できない。 それに「密室」とアリバイの複合トリックなのだが、これも相当リスクの高い仕掛けで、アリバイについては真面目に論じるレベルではないとさえ思える。 巻末解説でも触れているが、これはやはり「習作」というレベルであり、とにかくカーらしい雰囲気を味わうための作品なのだろう。 ただし、人物造形はこの頃から巧みで、真犯人などは実に魅力的人物として書かれている。 まぁ、カー好きなら外せない作品でしょう。 (ハヤカワ文庫版で読了。訳が古くて少し読みにくい。) |
No.719 | 6点 | ダブル・ジョーカー- 柳広司 | 2012/07/14 22:37 |
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結城中佐率いるスパイ組織“D機関”の暗躍を描く「ジョーカーゲーム」シリーズの第二弾。
太平洋戦争前のきな臭い雰囲気が何と言えない作品世界を生み出してます。 ①「ダブル・ジョーカー」=もう一つの秘密組織”風機関”と創始者の風戸陸軍中佐。あるミッションをD機関と風機関が競うことになったが、結果は結城中佐のすごみを知ることに・・・ ②「蠅の王」=軍医という仮面を被って活動する男・脇坂。お笑い芸人たちの慰問団が野戦病院を訪れることになったが、脇坂の正体がバレてしまう。そして、脇坂の秘密を暴いたのはある意外な人物だった・・・。前フリがうまい。 ③「仏印作戦」=舞台は旧フランス領ベトナムのハノイ。異国情緒溢れるこの街で陸軍の秘密通信の任務を司る男に危険が迫る、そしてそれを防ごうとする男とD機関の影・・・。これも最後に逆転の発想が見事に決まる。 ④「柩」=こちらの舞台はドイツ。若き日の結城中佐を知るドイツ人軍人が再び日本人スパイを相手にするとき、やはり結城中佐の影がちらつく・・・。結城中佐のエピソードが興味深い。 ⑤「ブラックバード」=まさに真珠湾攻撃の直前、アメリカ・LAに潜入したD機関の一員。平和なバードウォッチャーを装い現地で結婚までしたが・・・。これはスケールの大きい作品。 ⑥「眠る男」=文庫版のみ収録。「おまけ」のような作品。 以上6編。 まぁ、ワンパターンといえばワンパターンなのだが、この作品世界は秀逸だと思う。 (結構映像向きなのかもしれない) サスペンス性やラストでの逆転、ドンデン返しなどミステリーとしての面白さは十分に詰め込んでいる。 ただ、前作よりは1枚落ちるかなという印象は拭えないかな。(理由はよく分からないが・・・) でも、十分に楽しめる作品だし、クオリティは高い。 (個人的ベストは②。あとは③⑤かな) |
No.718 | 7点 | マグマ- 真山仁 | 2012/07/14 22:34 |
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2008年発表のノンシリーズ作品。
登場人物の設定などはいかにも「ハゲタカ」の作者らしいのだが、「地熱発電」という題材が今となってはタイムリーな作品となった。 ~外資系投資ファンド会社勤務の野上妙子が休暇明けに出社すると、所属部署がなくなっていた。ただ一人クビを免れた妙子は支店長から「日本地熱開発」の再生を指示される。なぜ私だけが? そのうえ、原発の陰で見捨てられ続けてきた地熱発電所をなぜ今になって・・・? 政治家、研究者、様々な思惑が錯綜するなか妙子は奔走する。世界のエネルギー情勢が急激に変化する今、地熱は救世主となれるのか?~ これはヒロイン小説だな。 とにかく主人公・野上妙子が実にヒロインチックなのだ。 東大卒。子供のころから勉強、スポーツともに優秀。おまけに美人でリーダーシップも十分という才媛。外資系金融機関に入り、またたく間に出世。そんな彼女が畑違いの「地熱発電」会社で、様々な人間の欲望や想いに揉まれながらも成功を勝ち取っていく・・・ こんな非の打ちどころのない女性が、内心は不安でしようがないのに、肩肘張って健気に啖呵を切るのだ、男としては「キュン」とせずにはいられない・・・ そしてもう一つのテーマは当然「地熱発電」。 本作は東日本大震災前に発表された作品であり、今現在の脱原発の動きとは全く関係ない。それだけ作者の先見性が窺える。 もちろん本作はフィクションなのだが、電力業界周辺や裏側に渦巻く利権に関しては十分にうなずけるところがある。 そして、大震災後の今、「地熱発電」は再び注目を浴びようとしている。 (確か、出光興産が福島県で大規模な地熱発電所を計画しているっていうニュースを見たなぁ) 脱原発が本当に可能なのか、つい最近民主党を離れた某剛腕政治家に聞いてみたいものだが、個人的には少しでもクリーンで安全性の高い発電方法へシフトさせるのは、我々の世代の使命ではないかとも思う。 なんだかミステリーの書評ではなくなったが、エンタメ小説として十分楽しめる作品ではあるでしょう。 |
No.717 | 5点 | サウサンプトンの殺人- F・W・クロフツ | 2012/07/08 20:46 |
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お馴染みのフレンチ警部が「主席警部」となって初めて手掛けた事件という設定。
本作の発表年である1934年は、三大倒叙として名高い「クロイドン発12時30分」も出版された作者の円熟期と言える。 ~セメント会社ジョイマウントの取締役ブランドと化学技師キングは、暗闇に横たわる死体を前に立ちすくんでいた。経営危機に陥った社を救うためにライバル会社の工場に忍び込み、セメントの新製法を盗み出そうとした2人だったが夜警に見つかってしまい、殴った拍子に死んでしまったのだ。彼らは自動車事故を装って死体の始末を図るが、フレンチ主席警部がこの事故に殺人の匂いをかぎとらないはずはなかった!~ ちょっと中途半端な「倒叙もの」という印象が残った。 「倒叙」というと、ミステリーの醍醐味である「犯人さがし」を放棄する代わりに、警察の捜査や目撃者の出現に一喜一憂したり、徐々に追い込まれる心理にシンクロしたりというのが面白さなのだと思うが・・・ 本作ではその辺りが弱いのだ。 要は犯人側の視点とフレンチを中心とした警察側の捜査が交互に描かれてるせいで、どちらも中途半端になっているというワケ。 恐らくは第二の爆破事件の方で、倒叙ではなく普通に犯人捜しの要素を取り入れたためだとは思うが、これはちょっと失敗ではないか? まぁ「クロイドン」と同じプロットではさすがにダメだということだったんだろうなぁ。 出来栄えは「クロイドン」に到底及ばない水準になってしまった。 ただ、ブランドを中心に心理描写などは実に丁寧で、この辺はクロフツらしいなぁと思える。 ラストに隠されていた構図が明らかにされるのがミステリー作家としての矜持か? (東京創元社は数ある作品の中で何でこれを復刊したんだろう?) |
No.716 | 5点 | 私の大好きな探偵―仁木兄妹の事件簿 - 仁木悦子 | 2012/07/08 20:42 |
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雄太郎&悦子の仁木兄妹シリーズの作品集。
最近ポプラ社のピュアフル文庫で出版されたものを読了。 ①「みどりの香炉」=ジュブナイル向けに出された作品ということで、相応にデフォルメされてるのが特徴。作者特有の「弱者へのいたわり」の気持ちがよく出ている。トリックは実に何てことないが・・・ ②「黄色い花」=巻末解説によると、本作は「猫は知っていた」に先んじて発表されたシリーズ初作品とのこと。雄太郎の植物に対する造詣の深さが事件の解決にストレートに結びついているのが特徴。アリバイは何だかよく分からなかったが・・・ ③「灰色の手袋」=これが一番ミステリーとしては正統派な作品という感じ。ある人物の「企み」に別の「企み」が乗っかってしまい、一見すると事件が複雑化する、というプロット。何とはなしにこの時代の「のんびりした」感じがよく出てるのが好ましい。 ④「赤い痕」=事件の舞台が東京ではなく奥秩父というのが珍しい。雄太郎の推理というか直観が冴えるのだが、これは読者が推理できるというものではない。まぁ因果応報ってことを言いたいのかな。 ⑤「ただ一つの物語り」=結婚し二人の子供までもうけた悦子が登場(最初分からなかった・・・)。悦子と体の弱いある女性との交流がある事件を引き起こすことに・・・。よくあるプロットだとは思うが、雰囲気のいい作品ではある。 以上5編。 正直、ミステリーとしては喰い足りない作品ばかりという印象は拭えない。 ただ、何となくノスタルジックで心温まる気持ちにさせてくれるのは確か。好きな人は好きなんだろうね。 そういう雰囲気を味わう作品なのだろう。 (③がベストか。あとは②) |
No.715 | 5点 | イノセント・ゲリラの祝祭- 海堂尊 | 2012/07/08 20:41 |
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田口&白鳥シリーズの第4作目。
お馴染みのキャラクターが大暴れする人気シリーズの異色作。 ~東城大学医学部付属病院・万年講師の田口公平はいつものように高階病院長に呼ばれ、無理難題を押し付けられようとしていた。厚生労働省で行われる会議への出席依頼だったが、差出人はあの白鳥圭輔だった! だが、そこで田口が目にしたのは、崩壊の一途を辿る医療行政に戦いを挑む、一人の男の姿だった~ もはやミステリーの範疇なんて超え、作者の医療行政のへの熱き思いが迸った作品。 海堂氏が声高に主張するのは「死因不明社会への警鐘」。 ミステリーの世界ではお馴染みの「監察医」だが、現実ではこの制度が適用されているのはごく一部の地域でしかなく、解剖も適切にされないまま「心不全」という不透明な死亡診断書が作成されている・・・ 考えてみれば恐ろしい世界ではないか? そして、この危機を回避するための救世主が「エーアイ」。 (これは「チーム・バチスタ」から作者の一貫した主張だよねぇ) 本作のハイライトは、終盤の委員会での「彦根医師の独断場」。 厚生労働省のエースや法律家のトップを敵に回して、ロジック切れキレのスピーチ。そして、最後にうまくまとめる白鳥・・・ いささかフィクションは混じっているにせよ、官僚という奴はこういう人種なんだろうなということは十分想像できる。 結局シオン医師については謎めいたままで終わってしまったのが唯一の心残り。 まぁ、海堂氏には今後とも医療行政の問題提起をし続けてもらいたいね。 ミステリーの評価としてはまぁこれ以上つけられないけど、そんなことはあまり関係ない作品。 (姫宮がそんなにスゴイ人物だなんて・・・どういうこと?) |
No.714 | 5点 | 三本の緑の小壜- D・M・ディヴァイン | 2012/07/03 22:33 |
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生涯で13の作品を発表した作者後期の長編。
タイトルはマザーグースのタイトルから取っているようだが、特に事件との関連はなし。 ~夏休み直前、友人たちと遊びに出かけた少女ジャニスは帰ってこなかった・・・。その後ジャニスはゴルフ場で全裸死体となって発見される。有力容疑者として町の診療所に勤める若い医師ケンダルが浮上したものの、崖から転落死。犯行を苦にした自殺とされたが、やがて第二の少女殺人事件が起こる。犠牲者はやはり13歳の少女。なぜ殺人者の歯牙にかかってしまったのか? 真犯人への手掛かりは思わぬところに潜んでいた~ 引っ張った割にはちょっと肩透かし。 というのが正直な感想か。 さすがにディバインらしく一人一人の人物描写は素晴らしい。その人物の性格・人間性すべてが読者にも手に取るように分かるほど綿密に書き込まれているし、それだけ作品世界を堪能できる。 章ごとに視点人物を変え、いろいろな角度から事件に光を当てる手法というのも、物語に重みや深みを与えている。 そして、ラストに向かって徐々に盛り上げるやり方も熟練の味わい・・・ ただねぇ・・・真犯人があまりにも平凡なのが致命傷。 「動機」もこれだけ引っ張ったにしては表層的で今一つ納得感はない(これでは「狂気」ということになってしまう)。 そもそもいつのまにか、クローズドサークルのように容疑者が一家の関係者に絞り込まれてしまった過程が不明。 もう少しロジックの裏付けが必要なのではないかと思った。 ストーリーテリングの上手さは感じるけど、全体的には他の作品よりは劣るかなという印象。 (とにかく人物描写はこわいぐらいエグイ。) |
No.713 | 4点 | 愚行録- 貫井徳郎 | 2012/07/03 22:31 |
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2006年発表。ノンシリーズ長編作品。
作者らしい「企み」が光る実験的作品かな。 ~幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ・・・。「慟哭」の作者が放つ、新たなる傑作~ 評価しにくい作品だなぁー。 正直なとこ、よく分からなかったというのが本音。後でパラパラと読み返してみて、やっと「分かった」という感じだった。 本作は未解決事件として有名な「世田谷一家惨殺事件」をモチーフとして、殺された夫婦の関係者のコメントを通じ、2人の人間性が徐々に明かされる・・・という趣向。 で、その中にミステリー的「仕掛け」が施されている。 (まぁ、ほとんどの登場人物が最初名前が明かされず、一人称でしゃべるという形態・・・なんかあると思うよなぁ。) 確かに相当練られたプロットなのだろうと推察するのだが、如何せんテーマが見えにくいのが難点。 文庫版解説の大矢氏によると、「愚行」なのは殺された夫婦なのではなく、夫婦のことを「あれやこれや」と批判めいてしゃべる方なのだということらしい。 あとは、途中に挿入されてくる「ある兄弟」のパート。 これは冒頭の新聞記事とつながってくるのだろうが、この女性って後で指摘されないと分からないレベルの登場人物なんだよなぁ・・・。 (これって叙述トリックを狙っているのか?) というわけで、ちょっと消化不良気味に終わったというのが全体の感想でしょうか。 「お勧め」というわけにはいかないなぁ。 (慶応義塾大生の生態をここまで事細かく書くなんて・・・よっぽど嫌いなんだね!) |