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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1085 5点 偽りの殺意- 中町信 2014/12/20 21:17
「模倣の殺意」のヒットを受け光文社で編まれた作品集第二弾。
寄せ集め的だった前作(「暗闇の殺意」)に比べ、作者最初期の「アリバイ崩し」を集めているのが特徴。

①「偽りの群像」=鮎川哲也の作品に感銘を受けミステリー作家を志した作者が、繰り返し賞に応募し続けた作品。メインのアリバイトリックについては2014年の現在から見ると正直陳腐化しているのが難。時刻表トリックよりは○○の錯誤をうまく使っているのがミソか。
②「急行しろやま」=タイトルは発表当時大阪~鹿児島間を走っていた寝台急行。作者得意の時刻表+電話を組み合わせたアリバイトリック。問題は○○の錯誤を利用したメイントリックなのだが、成る程だから福山~笠岡間なのかぁ・・・。広島県には○○町もあるけどねぇー。
③「愛と死の映像」=中編と呼ぶに十分な分量の作品。それだけ読み応えも十分で、①②よりも更に堅牢なアリバイが刑事たちの前に立ち塞がる。羽田~福井~金沢(小松)間の飛行機を使ったアリバイトリックは、当時の航空事情を知ることができ非常に興味深かった(現在ではまず考えられないが・・・)。最終的に解明されるトリックは時刻表トリックの“王道”とでも言うべきもの。動機にもひと工夫がなされており佳作の評価に相応しい一編。

以上3編。
よく言えば「渋い」、悪く言えば「地味」な作品が並んでいる・・・という印象。
全てが時刻表トリックなので、この手の作品を好まない方には不向きかもしれない。
軽妙さと“気付き”の要素を前面に押し出した鬼貫警部シリーズよりも、とにかく名も無き刑事たちが靴底すり減らし重い雰囲気をまとっているのが特徴。

なお、三編すべてに登場する「津村刑事」は作者の知友・津村秀介氏がモデルとのこと。
津村氏は作者の作風を引き継ぐかのようにトラベルミステリーを量産したが、作者はその後叙述ミステリーへと傾倒していった点が興味深い・・・
評価はまぁこんなものでしょうか。
(③がダントツ。②も面白いといえば面白い)

No.1084 7点 クラインの壷- 岡嶋二人 2014/12/20 21:16
1989年発表の長編作品。
合作作家として著名な作者がこのペンネームで最後に発表したミステリー(という位置付けでよいのか?)

~ゲームブックの原作募集に応募したことがきっかけでヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることになった青年・上杉。アルバイト雑誌を見てやって来た美少女・高石梨沙とともに、謎につつまれた研究所でゲーマーとなって仮想現実の世界へと入り込むことになった。ところが、二人がゲームだと信じていたそのシステムの実態は・・・。現実が歪み虚構が交錯する恐怖!~

素直に楽しめる作品だと思う。
プロットは90年代のハリウッド映画のような感じ。
前半に示される大いなる謎が、後半に入ってふとしたきっかけから徐々に露わになってくる。前半の伏線も順次回収され、終盤のサプライズに突入・・・という具合だ。
SFのような作品と評されるのもよく分かる話で、パラレルワールドをテーマにしているという見方もできる。

本作をミステリー的に読むならば「入れ子」構造、いわゆる「作中作」と似たような構造なのかなぁー
どこまでが地の文で、どこまでが作中作なのか・・・最後まで作者の企みに翻弄されてしまうあの感じ。
本作でも終盤、それまで「現実」と思わされていた「世界」が実は「虚構」だったと知らされてしまう。
その刹那! その衝撃!
それこそが本作の真骨頂なのだろう。
とにかく読者を“騙す”手口はさすがの一言だ。

現在の目線で見れば、ひと昔前という印象にはなってしまうが、それでも色褪せない面白さを内包した作品。
作者(井上夢人氏ということになるのだが)の代表作のひとつという評価で良い。
サスペンスやSF好きにもお勧めできる。
(ラストはなかなか微妙だが・・・)

No.1083 6点 トランク・ミュージック- マイクル・コナリー 2014/12/10 22:14
ハリー・ボッシュ刑事シリーズの長編第五作目がコレ。
1997年発表。
「トランク・ミュージック」とは、ヤクザ物たちの殺人方法のひとつで、死体を車のトランクに詰め込む姿を指してこう呼ぶ(らしい)。

~ハリー・ボッシュが帰ってきた! ハリウッド・ボウルを真下に望む崖下の空き地に停められたロールスロイスのトランクに男の射殺死体があった。『トランク・ミュージック』と呼ばれるマフィアの手口だ。男の名はアントニー・N・アリーソ、映画のプロデューサーだ。どうやら彼は犯罪組織の金を「洗濯する」仕事に関わっていたらしい。ボッシュは被害者が生前最後に訪れたラスヴェガスに飛ぶ。そこで彼が出会ったのは、あの「ナイト・ホークス」で別れた運命の女性エレノア・ウィッシュだった・・・~

さすがの安定感・・・そんな印象だった。
相変わらず組織に与せず、FBIや政府組織を向こうに回し、己の考えを貫こうとするボッシュ。
今回は紹介文のとおり、運命の女性エレノア・ウィッシュが登場し、彼女をめぐってにっちもさっちもいかない状況に陥ることになる。
それでもウィッシュを守り、複雑に絡み合う事件までも解決に導くのだ。

本作ではいつものLAだけではなく、LAよりも退廃した街としてラスヴェガスが登場する。
ボッシュはLAとラスヴェガスを交互に捜査しながら、事件のからくりに気付いていく。
(ラスヴェガスで登場してくる人物・・・女性も男性も、警官も民間人も実に印象的だ・・・)
そして終盤は思ってもみなかった裏の構図に気付くことになる。
この辺りのドンデン返し的プロットはもはやお約束。

ただし、これまでのシリーズ作品に比べると、やや起伏に乏しかったかなという感じ。
終盤早々には事件の大筋が判明してしまい、それ以降の頁がやや冗長だった。
ボッシュのピンチも小粒だったし、分かりやすくてももう少し“手に汗握る”展開があっても良かったかなと思う。
シリーズも折り返しを迎え、次作以降の新たな展開に期待というところかな。
よって評価はちょっと辛め。
(今後、ボッシュとエレノアの関係はどうなるのか? 気になるので次作をチェックしていこう・・・)

No.1082 5点 殺人偏差値70- 西村京太郎 2014/12/10 22:13
500冊以上の著作を誇る作者。
本作は角川書店によって編まれた作品集。ラストの1編以外は“非トラベル・ミステリー”という構成。
表題は最近地上波ドラマ化されたもの。

①「受験地獄」=この言葉も最近は「死語」になったのだろうか? 二浪し何としてもT大に合格したい主人公は、あろうことか受験日当日に朝寝坊をしてしまう。窮地に陥った主人公の取った行動が悲劇を招く。何とも皮肉なラスト。
②「海の沈黙」=東北の漁村を訪れた新聞記者を待っていたのは漁船の沈没事故。取材を進めると、明らかに沈没は保険金狙いの偽装事故に思えたのだが・・・。これもラストは逆説的。
③「神話の殺人」=TV業界が舞台の一編。業界を牛耳るスポンサーとそれに群がる業界人たち。「黄金番組殺人事件」という長編も書いている作者はこの業界にも詳しいのか? 設定自体が一昔、ふた昔前だが・・・
④「見事な被害者」=本編もマスコミ、新聞社が舞台。喉から手が出るほどスクープを欲しがっている記者が陥る陥穽。これも売名行為が横行するマスコミ業界ならでは。
⑤「高級官僚を死に追いやった手」=今度は官僚たちの権力闘争を描いた作品。まぁ当然ながら汚い世界ではあるのだが・・・これも大人の世界なのだろう。
⑥「秘密を売る男」=とある財界の大物をひたすら非難する選挙活動を行う男。その男の選挙資金は謎の人物から贈られていた・・・。やがて明らかになる謎の機関。
⑦「残酷な季節」=ワンマン社長の肝いりで子会社の社長として出向した生え抜きの専務。熱意を込め新事業に邁進していた元専務に罠が迫る・・・。ラストも切なく残酷。
⑧「友よ 松江で」=本編のみトラベルミステリー風味の作品で、脇役として十津川警部まで登場する。まぁ小品だな。

以上8編。
冒頭に触れたとおり、⑧以外は作者の代名詞であるトラベルミステリー以外の作品が並ぶ。
どれも人間の醜い「保身」とか「妬み」などを元に起こる事件を集めており、それが本作のテーマなのだろう。

どれも小品というレベルの作品ではあるが、さすがにうまくまとめてるなという印象は持った。
旅のお供や時間つぶし程度にはちょうどいいかもしれない。
そんな評価。
(ベストは①かな。②~⑦はマズマズ。⑧はダメ)

No.1081 7点 さまよえる脳髄- 逢坂剛 2014/12/10 22:12
1988年発表のノンシリーズ長編。
発表当時は斬新なジャンルだった、いわゆる「サイコ・サスペンス」に分類される作品。

~精神科医・南川藍子の前に現れた三人の男たちは、それぞれが脳に「傷」を持っていた。試合中突然マスコット・ガールに襲い掛かり殺人未遂で起訴されたプロ野球選手。制服姿の女性ばかりを次々に惨殺していく連続殺人犯。そして、事件捜査時の負傷がもとで大脳に障害を負った刑事。やがて、藍子のもとに黒い影が迫り始める・・・。人間の脳に潜む闇を大胆に抉り出す傑作長編ミステリー~

これはなかなか興奮させられた。
サイコサスペンスといえば、ちょうど「羊たちの沈黙」が同時期に発表され、当時は流行の最先端ともいえるジャンル。
美貌の女性精神科医が主人公というのも「羊たち・・・」と同様で、サスペンス感を盛り上げるためには最も適したキャラクターだと思う。
本作でも、脳に傷を負った男たちに執拗に狙われる存在として、なかなか淫靡な活躍を見せる。

そしてもうひとつのテーマが脳科学。
「脳」疾患について、精神学的アプローチと脳科学的アプローチが多種紹介される。
特に右脳と左脳の機能の違いについては非常に勉強になった!(今さらだけど・・・)
今となっては一昔前の話ではあるが、「脳」という存在は“大いなるミステリー”ということなのだろう。

本作の山場は終章。
藍子に訪れる大ピンチの連続。
そして解決と思わせた瞬間に判明するドンデン返し!
まさかこういうオチが用意されているとは思っていなかった。
(でもこれって伏線なかったよなぁ・・・)

他の方の評価は辛めだけれど、個人的には予想よりも面白かった。
さすがの力量という評価。

No.1080 6点 獣たちの墓- ローレンス・ブロック 2014/11/30 20:15
1993年発表のマット・スカダーシリーズ長編。
原題“A Walk among the Tombstones”
「墓場への切符」「倒錯の舞踏」に続く、いわゆる「倒錯三部作」の掉尾を飾る作品。

~麻薬密売人のキーナンの魅力的な若妻フランシーンが、ブルックリンの街角で誘拐された。キーナンは姿なき犯人の要求に応じて大金を支払う。だが、フランシーンは無惨なバラバラ死体となって送り返されてきた。復讐を誓うキーナンの依頼を受けたスカダーは、常軌を逸した残虐な犯人を追うが・・・。鬼才ブロックの筆が冴える最高のハードボイルドシリーズ!~

三部作の中では一番落ちる・・・という感想。
前二作(「墓場への切符」「倒錯の舞踏」)が相当強烈でプロットも起伏に富んでいたせいもあるのだけど、それに比べると本作は良くいえば「静謐」。悪く言うと「単調」に思えてしまう。
何より、犯人のキャラが薄味なのが食い足りなさを感じる理由かもしれない。
(紹介文を読んでると猟奇的でサイコめいた犯人像を予想するのだが、実際はそれほどでもない)

一番の山場はやはり終盤の対決シーン。
タイトルどおり「墓場(NYのグリーン・ウッド墓地)」を舞台にスカダー軍団(?)と犯人グループが対峙、緊張感は最高潮を迎える。
ただ、思った程のサプライズなく、それ以降のドンデン返しも特段ないまま終局を迎えてしまう。

まぁ本作の良さはそんなところにはないのだろう。
エレインやTJなどシリーズでお馴染みのキャラクターに加え、本作では依頼人のキーナン兄弟までスカダーに協力を申し出るなど、スカダーの人間的魅力を前面に押し出している感がある。
どちらかというと孤独で静か、他人との接触を避けている印象が強かったスカダーが、周りの人たちの信頼を勝ち得、探偵として人間として成長していく・・・というようなものを描きたかったのではないか?

本作の後、新たな展開を見せる本シリーズ。
なぜか「倒錯三部作」から読み始めることになってしまったのだが、次は遡るのがいいのか、それともシリーズ順に読むのがいいのか?
いずれにしても、本シリーズの面白さは不動だな。
(「電話」がしつこいくらいに登場してきたが、あまり○○○ではなかったな・・・)

No.1079 6点 隻眼の少女- 麻耶雄嵩 2014/11/30 20:12
第十一回日本推理作家協会賞&本格ミステリー大賞のダブル受賞作。
ということは、作者の代表作といってもいい位置付けの作品になるのかどうか?
2010年発表の長編大作。

~山深き村で大学生の種田静馬は、少女の首切り事件に巻き込まれる。犯人と疑われた静馬を見事な推理で助けたのは、“隻眼の少女”探偵・御陵みかげ。やがて静馬はみかげとともに連続殺人事件を解決するが、十八年後に再び惨劇が・・・。日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞をダブル受賞した、超絶ミステリーの決定版~

これはまた・・・凄まじい変化球投げたなぁ・・・って感じ。
一見、胸元にズバリとくるストレートなのだが、実はグニャグニャ曲がりながら最後にはストンと落ちる、まるでナックルボールのような作品・・・(意味不明)。
こんなプロット、作者にしか思い付けないだろう。

まずは、「成る程、だからこのタイトルかぁ・・・」って思わされた。
最初から何でこのタイトルなんだろうと疑問に思いながら読み進めてたけど、このラストならこのタイトルは十分に頷ける。
この手のミステリーには付き物の現場地図や屋敷の見取り図の挿入も一切なく、個人的にはメタミステリー的展開を予想していたのだが、真相はある意味想像を超えるものだった。
これはアイデアの勝利としか言いようがない。二度とできない大技だけに、作者にとっても乾坤一擲という感じだったのかも。

とここまで誉めてきたけど、あまりにもメイントリックが大技のため、他はどうしようもないほど不満点が目に付く。
一番はやっぱり動機だろうなぁ・・・。こんな動機ある? しかも首切りで? 見立てもあったもんではない。
十八年前の事件でもねぇ、欺瞞の山場となる最後の事件で使われるのが腹○○ではなぁ・・・
あとは、この真相を読むために付き合わされた序盤から終盤までの込み入ったストーリー・・・決して無駄とはいわないけど、「なんじゃそりゃ」と感じた読者も少なくないことと思う。

でもまぁこんなブッ飛んだ作品を発表できるのも作者ならでは。
「騙された!」という感覚を心ゆくまで味わうのもいいだろう。
(結局水干姿の意味は何だったのか? 作者の趣味か?)

No.1078 5点 わが一高時代の犯罪- 高木彬光 2014/11/30 20:11
1951年発表の中編。
今回はハルキ文庫版にて読了。表題作のほか、続編的位置付けの「輓歌」を併録した中編二編にて構成。

①「わが一高時代の犯罪」=~時あたかも大東亜戦争を目前にしたある日、一高で発生した奇怪な人間消失事件。本館正面に聳える時計塔の中からひとりの学生が忽然と姿を消した! 事件前日に彼を訪ねたひとりの女と一高生に扮した偽学生の影が見え隠れするなか、事件は悲劇的な展開を見せ始める・・・~

これは何とも言えない暗い時代背景。それがメインテーマだろう。もちろん謎の中心は「時計塔の屋上という準密室からの人間消失」ということになるのだが、このトリック自体は別にどうということはない。名探偵・神津恭介なら看破して当然というレベル(実際話中でもすぐに分かったという表記あり)。学友のために身を賭して事件に立ち向かう神津恭介の姿に痺れる、そんな作品。(しかも松下は最初から松下だったのね)

②「輓歌」=青髯、フラテンなど①と重なる人物が登場する続編的作品。堅物・神津恭介をも揺さぶるほどの美女が登場し、男たちの心を弄ぶ。その美女が暮らす名家が今回の舞台。折から戦争前のきな臭い雰囲気が流れる中、突如発生する殺人事件と謎の白木の箱。一体、彼女はどのような秘密を抱えているのか? というのが粗筋なのだが、神津が煽った割にはそれほど大した結末を迎えるわけではない。とにかく“若い”、ひたすら“若い”・・・神津や松下の姿が痛々しさまでも感じさせる。
まぁミステリーとしては二級品としか言いようがないが、①とともに名探偵・神津恭介の「エピソード0(ゼロ)」という扱いでよいのではないか。そういう意味では、ファンにとっては外せない作品かも。

以上2編。
上記のとおりで、それほど高い評価は難しい。
作者もまだまだ試行錯誤だったのではないかと感じさせる作品。
(とにかく暗~い時代だったのね・・・)

No.1077 7点 思考機械の事件簿Ⅰ- ジャック・フットレル 2014/11/22 17:15
「思考機械」という異名を持つ奇人にして名探偵オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン博士(長い・・・)。
彼の活躍譚を収めた作品集第一弾。
創元推理文庫の『ホームズのライヴァル・シリーズ」にて読了。

①「『思考機械』調査に乗り出す」=唯一、語り手役となる「わたし」が冒頭に登場する一編・・・というのが貴重な作品。作品集の「頭」としては適当かも。
②「謎の凶器」=タイトルどおり、凶器の謎にスポットライトを当てた作品。これって理系ミステリーの走りのようなものか・・・
③「焔をあげる幽霊」=幽霊屋敷にまつわる数々の怪奇現象。“焔”の正体などは正直なところ拍子抜けなのだが、作品全体の雰囲気が良い。
④「情報漏れ」=これもトリックは最初から明々白々なのだが、趣向そのものは好き。
⑤「余分の指」=なぜか人差し指の切断を要求する妙齢の女性・・・という魅力的な謎でスタートする一編。これもトリックは分かりやすいのだが・・・
⑥「ルーベンス盗難事件」=厳重に保管してあった部屋から盗まれたルーベンスの名画。最初から「誰が」は明白だったのだが、「どうやって」にひと工夫が成されている。
⑦「水晶占い師」=インド人の占い師が使う水晶玉に自身の殺害現場が写っていた・・・というカラクリを解き明かす一編。トリックはこの年代の作品によく出てくる道具。
⑧「茶色の上着」=一風変わったプロットの作品で、警察に捕まった稀代の金庫破りが、妻あてに残した暗号メッセージを解き明かすというもの。思考機械でも苦戦した暗号を果たして妻が解けるのかどうか?
⑨「消えた首かざり」=イギリス警察が追いながら決して逮捕することができない貴族かつ犯罪者。盗んだ首かざりをアメリカに持ち込もうとするのだが、どこにも発見されなかった・・・。このトリックは面白いといえば面白いけど、他に方法があるのではと思ってしまう。
⑩「完全なアリバイ」=アリバイ崩しを扱った一編。死亡推定時刻に複数の証言者がある容疑者の完璧なアリバイを思考機械がどのように崩すのか、というのが当然焦点に。でも、この“やり方”は相当リスク高いだろうと訝ってしまう。
⑪「赤い糸」=①~⑩よりもプロットが進化したような印象。巻末解説では密室ものという説明がされているが、そこはあまり響かなかった。それよりも犯人設定にひと工夫あり。

以上11編。
『二プラス二は常に四なのだよ!』という思考機械の決めゼリフが頻繁に登場するなど、とにかくロジックに拘った作品が並んでいる。
とはいっても、やや飛躍気味かなという作品がないわけではなく、この時代の作品らしさは窺える。
名作の誉れ高い「十三号独房の問題」が未収録なのは痛いが、この収録作品も水準以上の出来栄えはあると感じた。
まずは評判どおりの作品という評価に落ち着く。
(個人的ベストは⑪かな。③や⑨なども面白い)

No.1076 4点 殺意は必ず三度ある- 東川篤哉 2014/11/22 17:13
「学ばない探偵たちの学園」に続く、鯉ヶ窪学園探偵部シリーズの第二弾。
今回も探偵部の三馬鹿トリオ(?)が大活躍を見せる、作者ならではの本格ミステリー。
2006年発表ということで、プロ野球に纏わる話もやや古め・・・

~連戦連敗の鯉ヶ窪学園野球部のグラウンドからベースが盗まれた。我らが探偵部にも相談が持ち込まれるが、あえなく未解決に。その一週間後、ライバル校との練習試合の最中に、野球部監督の死体がバックスクリーンで発見された! 傍らにはなぜか盗まれたベースが・・・。探偵部の面々がしよーもない推理で事件を混迷させるなか、最後に明らかになる驚愕のトリックとは?~

何とも緩~い本格ミステリー。
まずまずの分量の長編だけど、煎じ詰めればたった一つの大型トリックに行き着く。
要はそれだけなのだ。

このトリックをいかに有効に使い、ミステリーファンに納得感を持たせるか・・・
見立てやら、寒い(?)ギャグやらを散りばめながら、読者を引きずり込んでいく。
この辺りは作者の得意技。

でもねぇ・・・こんな手の込んだトリックわざわざやります? っていうのは野暮なのだろうか。
こういう作風だし、それが嫌なら読まなきゃいいだけだけど、もう少しプロットに拘ってもいいんじゃないかという気にはなった。

これで作者の既読作品は十二作目になったけど、結局一番良かったのはデビュー作(「密室の鍵貸します」)だなぁ・・・
今のままでは長編を次々発表していくのは危険。
(クオリティはどんどん落ちていくだろう)
トリックのアイデア自体は良いのだから、むしろ短編の方が安心して読めるのかもしれない。

No.1075 6点 扼殺のロンド- 小島正樹 2014/11/22 17:12
「十三回忌」に続き、素人名(?)探偵・海老原浩一が登場する本格長編作品。
師匠・島田荘司を彷彿させる謎と不可能趣味溢れる奇想ミステリー。

~女は裂かれた腹から胃腸を抜き取られ、男は冒されるはずのない高山病で死んでいた。鍵のかかった工場内、かつ窓やドアの開かない事故車で見つかった二つの死体。刑事たちの捜査は混迷を深める。その後も男女の親族はひとりまたひとりと「密室内」で不可解な死を遂げていく・・・。読み手を圧倒する謎の連打と想像を絶するトリックに瞠目必至の長編ミステリー~

これは・・・読み手を選ぶ作品。
小島正樹といえば、島田荘司-二階堂黎人とつながる不可能趣味と大型トリックの後継者という評価が確立された昨今(?)。
特に二階堂氏が妙な方向へ進んでいる感がある現状では、この手の作品を所望する本格ファンの期待を一心に背負う存在。
本作もその期待に応えるべく、本格ミステリーといえばコレ!というべきガジェットがてんこ盛り。
特に三つの事件はいずれも密室という拘りよう。

問題はそのクオリティということになるのだが・・・そこがたいへん微妙。
第一の殺人は紹介文のとおりなのだが、これは果たして医学的、科学的に正しいのだろうか? 目撃者の見た様々な現象を伏線としているのだが、これは相当のご都合主義と言われても致し方ない。
第二、第三の殺人もそれぞれ問題を孕んでいるのだけど、何より密室トリックというより、「なぜ密室に?」というホワイダニットが納得できないのが辛い。
(結局、○○ということなのだろうか? 正直よく分からなかった・・・)

まぁ細かな瑕疵を挙げていくとキリがないのだけど、つまるところ、読者をそういう気にさせてしまうのは師匠・島荘のような「豪腕」の域に達してないということなのだろう。
島荘だって相当強引でご都合主義のオンパレードという作品も多いのだが、舞台設定や登場人物など作品世界の魅力やプロットでそれを十分カバーしてしまう力量がある。
そういう意味では、素材こそ島荘と同じものだけど、料理人の差でここまで評価が違ってくるということだ。

ということでどうしても評価は辛めになってしまうのだが、決して折れずに「王道」を歩んで欲しい。
そう思うミステリーファンも少なくないはず・・・(少ないか?)
(この一族に纏わる背景や動機なんかは二階堂の「悪霊の館」のインスパイアだろうか?)

No.1074 7点 人喰いの時代- 山田正紀 2014/11/13 22:44
SF作家としても名高い作者の処女ミステリー作品。
~昭和初期の小樽(作中ではO-市となってますが)を舞台に、放浪する若者二人-呪師霊太郎と椹秀助が遭遇した六つの不可思議な殺人事件を描く、奇才による本格推理小説の傑作~

①「人喰い船」=樺太へ向かう船が嵐に遭い小樽へ臨時寄港することに。その船中で不可思議な格好で発見された変死体・・・。不可思議な格好には意外な理由があった。本編の序章とも言える一編。
②「人喰いバス」=小樽郊外の山中を走る路線バス。最後部に座っていた特高刑事が毒殺される。ただし、彼には誰も近づいていないはずなのだが・・・という謎。
③「人喰い谷」=よこしまな恋心を持つ者が下ると必ず遭難するという“邪恋谷”。ひとりの女性を奪いあう男二人がその谷でぷっつりと消え失せる・・・。ラストはいわゆる「反転」が待ち受けている。
④「人喰い倉」=小樽は昔から倉の町として有名ですが・・・というわけで、とある密室状態の倉で死体が発見される。自殺かと思われたが、どこにも凶器が存在しない・・・? まぁ普通の密室トリックではありませんが・・・
⑤「人喰い雪まつり」=「雪まつり」とはいっても札幌や横手の雪祭り」ではありません。戦中の北国で起こった悲しい事件。その舞台は小学校のグランドで行われていたつつましい雪まつり。不可能味を醸し出してはいるが、そこがテーマではない。
⑥「人喰い博覧会」=①~⑤までの各編を受け、連作の種明かしの役割を持つ本編。「過去」と「現在」という時空を超え、作者の仕掛けたトリックが明らかにされるのだが・・・。動機、そして舞台背景の意味、作者の狙い・・・成る程ねぇ・・・

以上6編の構成。
本作はとある書店で「店員のオススメ本」として紹介されていたのだが、「なかなかのセンスあるねぇー」と思わせる、とにかく雰囲気のある作品だった。
本格ミステリーと銘打っており、実際作中には密室やら不可能趣味というコード型のガジェットが盛り込まれてはいるが、そこはあまり響かなかった。
①~⑤まで読み進めるうち、徐々に本作に対する“熱”や“思い”が高まっていくような感覚。最終編ですべてが明らかにされるカタルシス。
それこそが連作形式ミステリーの真骨頂だと思うし、そういう観点では本作は合格水準だろう。

山田正紀は本作が初読となる。「ミステリ・オペラ」など、前々から気になっている作品も数多くあるので、引き続き手にとっていくようにしよう。
(巻末解説で触れているけど、1988年発表=綾辻の「十角館」発表の翌年に当たる・・・というのが意外だった)

No.1073 7点 リプレイ- ケン・グリムウッド 2014/11/13 22:43
1988年発表。
第十四回世界幻想文学大賞(そんな賞があるのね)受賞作。
乾くるみ「リピート」、北村薫「リセット」などの元ネタ作品。

~NYの小さなラジオ局でニュース・ディレクターをしているジェフは、四十三歳の秋に死亡した。気がつくと学生寮にいて、どうやら十八歳に逆戻りしたらしい。記憶と知識は元のまま、身体は二十五年前のもの。株も競馬も思いのまま、彼は大金持ちに。が、再び同日同時刻に死亡。気がつくと、また・・・!! 人生をもう一度やり直せたら、という究極の夢を実現した男の意外な意外な人生~

これは前から読みたかった作品なのだが、ようやく読了。
ある意味、思ったとおりというか予想したとおりの筋書きだったけど、まずまず堪能させていただいた。
他の方も書いているとおり、いわゆる「繰り返し・繰り返し」のプロットであり、現代の目線で言うと物珍しさはない。

金や女性を思いのままにし、“リプレイ”する人生に浮かれる姿が描かれる前半。
必ず同日同時刻に死ぬことが分かり、半ば虚無的な人生を歩むことになる後半・・・
特段謎解き要素があるわけではないが、それでも作者のストーリーテリングにより、主人公そしてそのパートナーの数奇な物語に引き込まれていく。

こういう展開ならば、当然「どんなオチで締めるのか?」という疑問が先に立ってくる。
徐々にリプレイされる期間が狭まっていくなか、死の恐怖に苛まれる二人。そして、ついにリプレイにも終わりが・・・?という後で語られるのは、新たなる物語なのか・・・?
あまり書くとネタバレが過ぎるけども、ラストはシンプル。やっぱり、人生は先が見えないからこそ面白いということなのだろうな。
(でも「一度でいいから人生やり直せたら・・・」というのは誰しも願うことなんだろうけど)

ジャンルでいえばSFかファンタジーかという感じだが、そこはあまり気にならなかった。
エンタメ小説としても十分楽しめる作品だと思う。
(人生をいくつも繰り返していくということは、いくつものパラレルワールドが作られてるってことだよねぇ・・・て考えると実にSF的だ)

No.1072 5点 人それを情死と呼ぶ- 鮎川哲也 2014/11/13 22:42
1961年発表。鬼貫警部シリーズの長編作品。
当時隆盛を誇った社会派ミステリーのプロットを取り込み、特に松本清張の出世作「点と線」を強く意識した作品となっている。

~人は皆、警察までもが河辺遼吉は浮気の果てに心中したと断定した。しかし、ある点に注目した妻と妹だけは偽装心中との疑念を抱いたのだった・・・。貝沼産業の販売部長だった遼吉はA省の汚職事件に関与していたという。彼は口を封じられたのではないか? そして彼が死んでほくそ笑んだ人物ならば二人いる。調べるほどに強固さを増すアリバイ。驚嘆のドンデン返し。美しい余韻を残す長編~

他の方の書評は好意的な意見が多いようだけど、個人的には今ひとつパッとしない作品という印象が残った。
確かに心中事件という煙幕を張り、終盤に事件の構図そのものをひっくり返すというプロットは見事。
さすが鮎川哲也というべき手練手管。
紹介文どおり、余韻を残すラストもなかなかの味わい。

なのだが、如何せん本格ミステリーとしての出来栄えとしては素直に高評価できない。
特に途中で起こる管理人殺人事件のアリバイトリック。
あるひとりの人物の錯誤に頼ったトリックなのだが、これは相当弱い!
(アリバイトリックのよくある手としては「場所の錯誤」なのだろうが、この「○○の錯誤」は著しく綱渡りだと思うのだが・・・)
フーダニットについても最初から明々白々過ぎでは?
巻末解説では芦辺拓氏が擁護してますが、ここまで分かりやすいと「犯人探し」という、読者にとって本格ミステリー最大の興味を自ら放棄しているようにも見える。

あと加えるなら、鬼貫警部の出番少なすぎ!
他の刑事(or素人)の捜査→頓挫→丹那刑事の捜査→行き詰まり→鬼貫警部の再捜査→解決、というのが本シリーズの王道なのだが、今回は素人が頑張りすぎだな。シリーズファンにとっても満足いくものではなかった。

冒頭に触れたとおり、本作は「点と線」のヒットを相当意識して書いたフシがあるが、二つを読み比べると、鮎川好きの私でも「点と線」に軍配を上げざるを得ないと思う。
嫌いな方も多いかもしれないが、本シリーズは「時刻表」と「鬼貫警部の丹念な捜査行」が必須なのではないかと感じた次第。

No.1071 6点 目撃者を捜せ!- パット・マガー 2014/11/06 21:07
五作発表された作者の初期長編のうちの第四作目。
「被害者を捜せ」「探偵を捜せ」の次は「目撃者を捜せ」というわけか・・・
1949年発表。

~新聞記者のアンディは社命でリオへ赴く途上にあった。貨物船による長旅、戯曲でも書いて過ごすつもりだったが、乗り合わせた人々は皆それぞれ秘密を抱いているらしく、交わす言葉にも奇妙な緊張感が漂っている。やがて不安は現実のものとなった。乗客の一人が殺害後海へ突き落とされる事件が発生。動機の点で犯人の正体は明瞭だった。が、状況からして存在するはずの目撃者が一向に名乗りを上げない。新たな殺人を恐れたアンディは閉ざされた船上で密かに目撃者捜しを開始した~

なかなか捻りの効いた佳作という評価。
ただ、正直コウルズ夫妻による謎解きが始まるまでは、「ちょっと退屈」という感じになっていた。
とにかく、主人公であるアンディの捜査が的外れというか、なかなか核心に到達しないダラダラ振りなのだ。
(一種の船上ミステリーでもあるわけで、乗客ひとりひとりの“人となり”を丁寧に書いてくれてるのはいいんだけど・・・)

その分逆に、ラストの捻りにやられた感を強く感じることになるのかも。
まぁサプライズというほど大げさなものではないのだけど、これこそ王道の「ミス・ディレクション」と呼びたい。
「なぜ目撃者が名乗り出ないのか?」という本作最大の謎が解き明かされる瞬間の刹那。
これこそが本作の白眉。

これで初期五部作のうち三作を読了。
多少のレベル差はあるけど、やっぱりアイデア&プロットの妙という評価がピッタリ当て嵌る。
残り二作も楽しみにするとしよう。
(これほど主役がコケにされる作品も珍しい・・・)

No.1070 4点 化学探偵Mr.キュリー - 喜多喜久 2014/11/06 21:06
第九回「このミステリーがすごい大賞」を「ラブ・ケミストリー」で受賞し、デビューした作者が贈る連作短篇集。
東京大学大学院修士課程(薬学)修了という華々しい学歴を有する作者のバリバリの理系ミステリー。
果たして素人(経済学部卒業)の私がついていけるのか?

①「化学探偵と埋蔵金の暗号」=まずは連作の初っ端ということで、探偵役の沖野准教授とワトスン役の七瀬舞衣が紹介される冒頭。でも埋蔵金の暗号って・・・これではショボすぎるのではないか?
②「化学探偵と奇跡の治療法」=ガン治療に絡む奇跡の治療法、それが今回の謎。明らかに怪しい民間療法なのだが、なぜか完治した患者がいる・・・? 結果は予想の範囲内。
③「化学探偵と人体発火の秘密」=大学内で催されたパーティーの席上、突如燃え上がった主催者の髪の毛・・・というのが今回解き明かされる謎。人体発火などというと、いかにも化学ミステリーらしいけど、どうにもショボイ真相がイタイ。
④「化学探偵と悩める恋人たち」=同棲を始めた二人なのだが、どうにも彼女の様子がおかしい。そしてなぜか彼の方にはストーカーの影がちらついて・・・。という展開の本編なのだが、結末は十分に予想の範囲内。でもストーカーのくだりって必要だったのか?
⑤「化学探偵と冤罪の顛末」=①~④までも緩い作品が並んでいたが、最後の本編もかなり緩~い展開。ミステリー部分よりは、沖野と七瀬の仄かなラブストーリーっていう方向でまとめたかったんだな。

以上5編。
前言撤回。化学素人でも全く大丈夫です。ノープロブレムっていうか、これでは「理系ミステリー」と呼ぶのはおこがましい。
東野圭吾の「ガリレオ」シリーズに触発されたのか、化学や物理学を応用したトリックをテーマにした作品が増えている昨今。
これもその流れのひとつなのは間違いないだろう。
ちょうど森博嗣「すべてがFになる」が地上波ドラマ化されたけど、本作もそのセン狙ってんじゃないのーと邪推したくなる。
(続編も出されたことだしね)

どうもその辺りがハナについて仕方がない。
ミステリー的には殆ど見るべきものがなかったし、これでは学歴が泣いているじゃないかねぇ・・・
(別にやっかみではない)
続編は多分読まないな。

No.1069 8点 サマー・アポカリプス- 笠井潔 2014/11/06 21:03
「バイバイ・エンジェル」に続いて発表された矢吹駈シリーズの第二長編。
南仏地方を主な舞台に、圧倒的なスケールと壮大な宗教史に彩られた連続殺人事件。
本格ミステリー好きには決して避けては通れない作品だろう。

~ラルース家事件の傷心を癒しきれないナディアは、炎暑のパリで見えざる敵の銃弾を受けた駈に同行し南仏地方を訪れる。心惹かれる青年と過ごすバカンスは、ヨハネ黙示録を主題とした連続殺人の真相究明へと一変する。二度殺された死体、見立て、古城の密室殺人、秘宝伝説、曰くある過去・・・絢爛に散りばめられたモチーフの数々が異端カタリ派の聖地というカンヴァスに描き出されるとき、本格ミステリーの饗応は時空を超えて読む者を陶酔の彼岸に誘う・・・~

これは・・・「大作」という冠に相応しい作品。
前作「バイバイ・エンジェル」は首切りの謎にフォーカスした作品だったが、本作は紹介文のとおり密室あり、見立てあり、二度殺された死体ありと、とにかく盛りだくさん。
本格好きには堪えられないガジェットに彩られている。

「密室」は南仏の都市カルカソンヌの城壁内という広い空間を舞台としているのがミソ。解法そのものはやや拍子抜けかもしれないけど、まずはその舞台設定そのものに賛辞を贈りたい。
「二度殺された死体」については、アリバイトリックと有機的に繋がっているのが面白い。特にアリバイについては「分単位」という細かさ!
そして、それらの“背骨”ともいえるガジェットが「見立て」ということになる。
「見立て」を出してくるからには、その必然性というのが問われるわけで、そこに真っ向勝負を挑んだ野心作ともいえる。

他の皆さんが書かれているとおり、キリスト教の異端「カタリ派」を中心とした宗教史の蘊蓄で多くの頁を占めているところが、本作の評価を微妙にしているのだろう。
確かに蘊蓄に酔っている部分はあるのかもしれないけど・・・でもこれがなかったら「笠井潔」じゃないからなぁー
(当然ながら「見立て」にも関わってくるのだし・・・)

ということで、読了まで時間はかかったけど、個人的にはなかなか楽しい読書にはなった。
「やっぱり、ミステリーはこうでなければ」と再認識した次第。
まっ、この辺は好みの問題ですから・・・

No.1068 7点 大いなる眠り- レイモンド・チャンドラー 2014/10/26 20:46
原題“The Big Sleep”。1939年に発表されたR.チャンドラーの長編第一作。
ということは、つまりフィリップ・マーロウが登場する長編としても初の作品ということになる。
最近早川書房で復刊された、村上春樹新訳版にて読了。

~私立探偵フィリップ・マーロウ。三十三歳。独身。命令への不服従にはいささか実績のある男だ。ある日、彼は資産家の将軍に呼び出された。将軍は娘が賭場でつくった借金をネタに強請られているという。解決を約束したマーロウは、犯人らしき男が経営する古書店を調べ始めた。表看板とは別にいかがわしい商売が営まれているようだ。やがて男の住処を突き止めるが、周辺を探るうちに三発の銃声が・・・~

いやぁー、やはりF.マーロウは最初からマーロウだったわけですなぁ・・・
(当たり前の話ですが)
後の作品よりは若干若さが目立つ設定&書き方だし、訳文のせいかもしれないけど、いつもよりも“やさぐれ感”が強いようにも思える。
しかし、やはりマーロウはマーロウだなと思わずにはいられない。

チャンドラーの作品には毎回印象的な女性が登場するが、本作では依頼人の娘であるヴィヴィアン&カーメンの姉妹がそれに当たる。
二人とも美貌の持ち主であり、かつあまりにも奔放な女性として登場する。
当然ながら、マーロウは二人の奔放さに巻き込まれながら、頻発する犯罪と対峙することになる。
三つの殺人事件(ひとつは○○自身が起こしたものですが・・・)があらかた片付いたあと、マーロウと二人の間には更なる運命が待ち受けている。
そのシーンこそが本作一番の山場。
ラストはちょっと唐突に終わったなぁという感じだが、マーロウのカッコいい台詞&アクションは今回も強く印象に残った。
そして、終章で判明するタイトルの意味もなかなか味わい深い。

他の方も指摘されているが、本作はややプロットが錯綜気味で、ミステリー的にいうとロジックは殆ど無視されている。
そこを“粗さ”もしくは弱点と捉えることもできるが、訳者である村上春樹氏はあとがきで「それがチャンドラーの持ち味」ということで擁護されており、個人的にはその考え方に賛成したい。

これでマーロウものの長編作品は全て読了したことになるが、個人的ベストは世評通り「長いお別れ」かなぁー
ただし二番手は難しくて、「高い窓」や「湖中の女」も捨てがたいが、本作も独特の味わいがあって、これを押される方もいるのではないかと思う。
いずれにしても、記念すべき「一作目」として、決して外すことのできない作品なのは間違いない。

No.1067 7点 天使たちの探偵- 原尞 2014/10/26 20:45
私立探偵・沢崎シリーズの短篇集。
作者あとがきによると、処女長編「そして夜は甦る」と二作目「私が殺した少女」の間の時期に書かれた作品とのこと。
1990年発表。

①「少年の見た男」=沢崎の元に訪れた依頼人は、何と10歳の少年だった。しかも依頼内容は「ある女性を守ってほしい」というもの。調査を引き受けた沢崎は偶然にも銀行強盗の現場に遭遇する・・・。とにかく非常によくまとまっている佳作。
②「子供を失った男」=世界的な音楽家である在日朝鮮人の男からの依頼。昔一緒に暮らしていた女性の子供から脅迫を受けている・・・。その子供を突き止めた沢崎は事件の裏に潜んだ事実を明らかにしていく。結局男って甘いってことかな・・・
③「240号室の男」=娘の素行調査を依頼してきた金持ちの男。だが、大勢の愛人を持つその男はあるラブホテルの一室で死体として発見されてしまう。血のつながりのない娘に疑いの目が向けられるのだが、沢崎は意外な事実を突き止める・・・。こういう男ってやっぱりいるんだろうなぁー
④「イニシャル“M”の男」=沢崎にかかってきた一本の間違い電話。その相手は何とアイドル歌手だった。しかし、彼女は無惨に殺害された姿で発見されてしまう・・・。っていうことで、犯人と目される男がイニシャルMというわけ。相手が芸能人であろうが、沢崎のスタイルは変わらない。
⑤「歩道橋の男」=ある日事務所にやって来た妙齢の女性は同業者(私立探偵)だった。意外な申し出をしてきた彼女なのだが、歩道橋から突き落とされ大怪我をすることに・・・。沢崎の事務所が入居する雑居ビルの住人が次々に登場するのが興味深い。
⑥「選ばれる男」=タイトルどおり、今回は選挙運動中の候補者が依頼人となる。ただし、沢崎に舞台&設定など関係ない。いつでもどこでもクールそしてドライなのだから・・・

以上6編。
上記のとおり、タイトルの末尾はすべて「男」で統一されていて、文字どおり様々な男が登場する。
大抵の場合は犯罪者なのだが、彼らを含め作品中に登場する男と対極で描かれるのが沢崎ということになる。
とにかく余計なことには関心を示さず、自身の矜持に則って生きる男。
特に本作は、どれも未成年者が絡む事件を扱っているのだが、例え相手が子供であろうが、自身のスタンスを変えることのない沢崎の姿が凛々しく映る。

単なるハードボイルドに留まらず、謎解き要素もふんだんに詰め込んだ良質のミステリー。
短編も十分に達者だし、他には短編集は存在しないため、本作は貴重な作品と言えるだろう。
(ベストは迷うが①かな。②~⑤も良質。⑥はやや毛色の違う作品。)

No.1066 7点 魔の牙- 西村寿行 2014/10/26 20:44
1982年発表の長編作品。
作者得意の「動物もの」のハードバイオレンス、またはハードロマン(?)

~新宿駅前のM銀行から一億八千万円を奪った強盗犯人を追って、涸沼刑事は南アルプス赤石連峰へ分け入る。折からの暴風雨を避けて、湯治場・鹿沢荘には十数名の男女が避難していた。遭遇する刑事と犯人。極限状態に追い込まれた人間の本性が交錯する、長編ハードロマン!~

さすが「西村寿行」。
数多くの作品を残した作者が得意としたのがいわゆる「動物パニック」もの。
鼠やらバッタやら、とにかく恐ろしいまでの描写で人間に襲いかかるのだが、本作で登場する動物が『魔の牙』を持つニホンオオカミ。
作中でも詳しく触れられているが、ニホンオオカミは明治時代には絶滅したとされる動物で、その生体は依然として多くの謎を秘めた伝説の生き物なのだ。
そのオオカミの大群がある山荘に閉じ込められた男女をジリジリと追い詰めていく状況。
徐々に狂っていく男女。
事態を打開しようと山荘を飛び出した屈強の男たちも、オオカミの大群の前には為すすべもなく殺られてしまう・・・

そういう訳で中盤以降は人間対オオカミという図式のなか、徐々に追い詰められていく男女の姿が生々しく書かれていく。
(そこはハードロマンの巨匠・西村寿行の真骨頂)
そして、終盤からラスト。いよいよ進退迫られた残りの男女は決死の覚悟で山を降りる覚悟をする。
それまで沈黙を守っていた屈強の刑事・涸沼のリーダーシップのもと、オオカミの群れとの決死の戦い。
でも、そこはそれ、最後には主人公は生き残るんだろうという甘い予測は大きく裏切られることになる・・・
凄惨なラストシーン。全く救いのないまま終わりを迎えることになる。
もはや冒頭の銀行強盗のくだりなど一切関係なし!
(何のためにそんなシーンを入れたんだろうと思うほど・・・)

まぁこういう手の作品をくだらないと取るか、面白いと取るかは読み手次第だろう。
本サイトではほぼ無視されている作者ではあるが、個人的には声を大にして言いたい。
「面白いものは面白い」と!

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E-BANKERさん
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