皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1505件 |
No.365 | 4点 | シャーロック・ホームズ最後の挨拶- アーサー・コナン・ドイル | 2010/12/26 12:18 |
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『帰還』までと違い、かなり長い期間に少しずつ書かれた短編の寄せ集めで、それに『最後の挨拶』を付け加えた構成になっています。
本集の中で最も謎解きのおもしろさがあるのは『ブルース・パーティントン設計書』で、久々にマイクロフト兄さんも登場します。メインのアイディアは、ホームズが途中であっさり明かしてしまいますが。 『瀕死の探偵』も発想はなかなか楽しいですが、他の作品はどうもいまひとつといったところです。 『ボール箱』は本来だと『回想』の2番目に入るはずだった作品。当時ボツになった理由は事件背景の倫理性だったそうですが、犯人が耳を送りつける理由と経緯にあまり説得力がないことも、関係していたかもしれません。『赤い輪』は、謎の下宿人についての推理とその正体はなるほどと思えただけに、その後が冴えないのが残念です。『悪魔の足』は、後のヴァン・ダイン20則中での否定が現在も常識となっているトリック。 『最後の挨拶』は『回想』の『最後の事件』とは異なり、エピローグもちょっとミステリ(時代背景をとらえたエスピオナージュ)仕立てにしてみました、というだけでしょうね。 |
No.364 | 7点 | オックスフォード連続殺人- ギジェルモ・マルティネス | 2010/12/23 11:09 |
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アルゼンチン発というだけでなく、不思議な作品と紹介されているようですが、個人的にはペダンチックなパズラーとして普通に楽しめました。
これは解説でも似たアイディアの作品があることが書かれているとおりで、基本的なところは気づくのですが、最後の殺人に至ってなるほどこういう決着の付け方で締めくくったか、と感心させられました。確かに明瞭な伏線があったので、何かありそうだとは思っていたのですが。第1の殺人の経緯もなかなか工夫されてはいるのですが、これは何となくすっきりできないところがありました。 数学の薀蓄がたっぷり披露されていて、フェルマーの定理とかゲーゼルの不完全性定理とか、どっちも基本的な概要は知っていましたから苦になりませんでしたが、人によっては拒否反応を示すかもしれません。 話の語り手の名前は最後まで出てきませんが、途中に"ll"があることは明かされるので、作者自身(Guillermo)と考えていいのかなという気がします。 |
No.363 | 6点 | カーテン ポアロ最後の事件- アガサ・クリスティー | 2010/12/21 20:50 |
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死後出版の予定を変更して、死の直前に発表した作者の思いはどんなものだったのでしょうか。
本作に対するユニークな論評としては、西村京太郎の『名探偵に乾杯』がありますが、西村氏も言っているように、この犯罪者はポアロ最後の対戦相手としてはそれほどと思えません。まあ、なかなか始末に困る人物ではありますが。それよりクリスティーらしい意外性ということでは、意外な人物のある何気ない行為が関与する毒殺事件の真相が最も記憶に残ります。 ラストについては、う~む、やっぱりそうなってしまうんですね。まあ、やはりこれは老いたポアロの倫理観によるけじめだろうと思います。謎解きミステリとしてのアイディアでは、西村氏も挙げている他の巨匠のあの作品の方がすぐれているでしょうけれど、『スリーピング・マーダー』みたいないつものクリスティーとは違うこところを見せてくれたこれはこれでいいと思います。 |
No.362 | 4点 | 海の葬祭- 水上勉 | 2010/12/17 21:33 |
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水上勉は後年私小説的な作品もかなり書くようになりますが、そんなタイプの作家らしく、出身の福井県を舞台にした作品がいくつかあります。日本海沿いの村のリアリティは、作者が実際にそのような土地に育ったから出せるものなのでしょう。本作でも、冒頭三人の人物が歩いているシーンからして印象的です。
現在では、不適切と思われる表現もそのまま残しました、との注釈を入れないといけない事件です。福井県の寒村で起こったその事件は、平凡そうに見える事件から出発することの多いこの作者にしてはかなり不可解なもので、謎解きの興味が最初から感じられます。 しかし捜査小説としてはもたついた印象を受けますし、従犯者数に関して矛盾があるなど、構成は少々雑で安易です。最初の事件で自動車がどの道を通って消えたのかが問題にされていないのも疑問です。二重誘拐が別の殺人事件に結びついてくるところは悪くないと思ったのですが。 |
No.361 | 6点 | メグレとベンチの男- ジョルジュ・シムノン | 2010/12/14 21:21 |
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パリの薄暗い路地で起こった殺人事件。被害者が黄色い靴(当時は派手目なおしゃれと言えばまずこれだったらしいです)をはいていた点が注目されます。
ストーリーはごく普通の警察小説といった感じです。しかし、警察小説風ではあっても、ミステリ度はメグレものの中でも低い作品と言えるでしょう。 本作のテーマは被害者とその家族や友人の姿を描くことにあると思われます。働いていた会社が解散した後も、そのことを家族に知らせず昼間広場のベンチに座って過ごしていた被害者は、どうやって金を手に入れていたのか。どうにもやりきれないような家族の状況が明らかになってしまえば、それでもう小説としてはほとんど終わりで、犯人は誰かということなど付け足しに過ぎません。 メグレ自身第8章の最後でコニャックでも飲まないとやってられないという関係者たちの状況に対してどう感じるかで、評価も変わってきそうな作品ですが、ちゃんといやな気分にさせてくれるということで個人的にはこの点数。 [追記]↑江守さんの疑問へ:フランス語のinspecteurは英語と違い、私服刑事の意味なんです。聞き込みなんかは、ま、フィクションですからね。 |
No.360 | 8点 | 明日なき二人- ジェイムズ・クラムリー | 2010/12/11 10:37 |
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ミロがシュグルーを探しているところから始まる本作。
この二人の初共演が話題になった作品だそうですが、クラムリーを読むのは本作が初めてなので、そこは何とも言いようがありません。全体としてはミロの方が主役。しかし二人ともただ酔いどれというだけでなく、ヤクもかなりやっていますね。 チャンドラー以上にプロットを軽視したスタイルで、二人が何のために行動しているのか、その根本であるはずのところを忘れてしまうようなところがあります。さらに真相への到達は完全に偶然に頼っていたり、いつの間にか適当に判明してしまっています。ハードボイルドと言っても、ロス・マク系の理性派が好きな人には嫌われるかもしれません。個々のインパクトある場面の寄せ集めというか。文体によるこのインパクトがすごいわけです。 バイオレンス映画の巨匠サム・ペキンパー監督の西部劇『ワイルド・バンチ』のタイトルも出てきますが、砂漠地帯が主要舞台なこともあり、ひりひりするような乾いた感じは、確かに通じる雰囲気があります。 文章が凝っていて、読み進むのが意外に大変でしたが、それだけに充足感もたっぷりです。 |
No.359 | 7点 | 黒い白鳥- 鮎川哲也 | 2010/12/09 19:50 |
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読んだのは角川文庫版なので、有栖川有栖が創元版解説でどう書いているのかは知らないのですが。
どこで知ったのだか忘れたのですが、これって松本清張のあの作品と同時連載だったんですよね。作品のタイプは全く違いますが。いやあ…こりゃ確かに、書いてて困ったでしょうね。 このシリーズにしては、犯人がなかなかわからないのがちょっと珍しいところでしょうか。アリバイ崩しだけでなく犯人の目星をつけるのまで、途中参加の鬼貫警部がやってしまうのですから。そのアリバイ・トリックだけとり上げてみれば、二つともそれほどのものではありません。最初に読んだ時不満に思ったのもその点です。しかし再読してみると、写真を手がかりに容疑者を絞り込む足の捜査、視点の使い方の理由、そしてエピローグで明かされる伏線の妙などきめの細かさはさすがです。 ただし、前半のストライキや新興宗教の描き方については、社会派ではないという言い訳はあるでしょうが、ちょっともの足らないというか。 |
No.358 | 5点 | 宇宙気流- アイザック・アシモフ | 2010/12/05 10:17 |
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「あなたの話は、まるで探偵小説ですよ」「そうです……現在のところ、私は探偵です」
こんな対話が出てくるのは、人類発祥の惑星は地球だということが伝説化している遠未来の話です。本作はアシモフが書き継いでいたファウンデーション(銀河帝国の興亡)シリーズの番外編で、そこにこんな台詞が出てくるのは、妙な感じがします。宇宙に散らばった人類は、どんなミステリを読んでいるのでしょうか? というわけで、『鋼鉄都市』ほど徹底はしていませんが、やはり同じような意味で、謎解きミステリになっています。謎は、惑星フロリナの壊滅を予想した空間分析家に神経衝撃療法を加えた犯人は誰かということで、完全にフーダニット。犯人の条件を並べてみれば、ちゃんと推測がつくようになっていますが、意外性を出すためのたくらみが少々無理っぽいのが難点でしょうか。 SFとしては、むしろミステリ仕立てにしない方が惑星の危機という壮大なテーマを明確にできたのではないかと思えるところが、気になりました。 |
No.357 | 7点 | 屠所の羊- A・A・フェア | 2010/12/02 21:06 |
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ガードナーをハードボイルドの系譜に入れるのは、ペリー・メイスンだけ見れば違和感があるでしょう。しかし、A・A・フェア名義で書かれたこのドナルド・ラム&バーサ・クール・シリーズを読めば、なるほどと思えます。と言ってもハメット等とは違い、軽ハードボイルドです。ユーモア・ミステリに分類されることもある軽いノリが持ち味です。
デブ所長の探偵事務所で働く若い男の一人称形式といえば、所長が名探偵というのが普通でしょう。スタウトがいい例です。しかし、本シリーズの事件解決頭脳は「ぼく」ことラム君の方であるところが特徴。この第1作は、彼がクール探偵事務所に採用されることになるところから始まります。 謎解きの要素もそれなりにあるのはこの作家ですから当然で、有名なタイプのトリックが大胆に使われています。しかし何といっても本作の見所は、終盤さすが弁護士作家と思えるとんでもない法律の抜け穴利用アイディアが飛び出してくるところでしょう。ラム君の経歴が伏線になっています。 |
No.356 | 6点 | メグレの拳銃- ジョルジュ・シムノン | 2010/11/29 20:58 |
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タイトルの拳銃は、メグレがアメリカに行った時に贈られたものだということです。その拳銃に刻印されたイニシャルに関連して、メグレの名前がジュール・ジョゼフだという説明もありますが、これは本作より前に書かれた『メグレの初捜査』とは矛盾しているところです。
一方『メグレ式捜査法』でフランスに研修に来ていたスコットランド・ヤードのパイク刑事が再登場するのは、作品相互間の整合性がとれています。今回はメグレの方がロンドンに行くのですが。 ロンドンのホテルのロビーでメグレがビール等を飲みながら張り込みを続けるところがかなり長々と書かれますが、その間のメグレの感情描写がおもしろいのは、この作者らしいところです。ただし謎解きとは無関係なので、全く評価しない人もいるでしょう。 これも殺人犯が誰かというのではなく、その殺人の裏にどんな事情が隠されていたのかを探っていくタイプの話で、そういうものとしての評価はこれくらいです。 |
No.355 | 5点 | 風は故郷に向う- 三好徹 | 2010/11/27 20:41 |
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1959年、自動車(ジープやトラクター)販売のため、カストロ首相による革命から間もない時期のキューバに赴任した男の一人称で書かれた巻き込まれ型エスピオナージュです。
読んでいる間は、次々に起こる不可解な出来事や政治情勢のための日本との連絡困難が興味を盛り上げ、おもしろかったのですが、後で考えてみると、相当ご都合主義が目立つ作品でした。まずスパイのリーダーの技能を考えると、自分自身でそれを行わず民間人を脅迫してやらせるという危険な方法を採る理由が全くないこと。さらにその企画の性質上、実行の数ヶ月も前から民間人を巻き込む準備をしていたはずがないこと。以上2点は、本作品の謀略の根本的な部分に関する問題点です。 さらに、日本との連絡を阻止する理由がないこと、最後の方の場面で刑事が登場できた経緯など、論理的に考えれば問題点は山積みです。 また、ラストの少々感傷的な故国に対する思いはよかったのですが、ここまで何のためにスパイたちが様々な努力を重ねてきたのか、肩すかしの感は否めませんでした。 |
No.354 | 6点 | バスカヴィル家の犬- アーサー・コナン・ドイル | 2010/11/23 16:23 |
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ホームズもの長編の中では最も長く、しかも他の作品と違って捜査過程と別に犯人の過去が延々と語られるわけでもない、ということは現在進行中の事件展開がそれだけ複雑ということになります。
事件依頼の背景の伝説が語られるところからして、超自然的な雰囲気で読者に期待を抱かせます。まあホームズは伝説を冷たくあしらってますけど。古代の住居跡や底無し沼の点在するデヴォンシャーの荒涼たる風景の中、事件の捜査自体かなり起伏があり、サスペンスもたっぷりです。 荒野に逃げ込んだ脱獄囚がいるということから、展開の予測をつけるのは現代では簡単でしょうが、筋立てはさすがにしっかりできています。准男爵の靴が二度も盗まれるロンドンでの小事件の理由も、納得できます。 ただ、犯人が誰であるかが明かされる部分は時代を考慮に入れてもあっさりしすぎですね。もう少しホームズが秘密めかしてワトソンをじらすところがあってもよかったでしょう。 |
No.353 | 7点 | 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー | 2010/11/20 13:38 |
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最初に収められているのは、演劇有名作『ねずみとり』の原作『三匹の盲目のねずみ』です。短編集は1950年に出版されていて、戯曲化されたのは1952年だそうですから、小説が先であることは間違いないのですが、再読して感じたのが、最初から完全に舞台化を意識しているな、ということでした。特に真相が暴かれる部分など、マザー・グースの歌のピアノ演奏、多少無理してまでの舞台の固定など、いかにも演劇的です。真相は単純でむしろ平凡ですが、小説の文章や映画のカットバック映像等でていねいに説明しなければ理解できないような複雑なトリックや論理は、演劇には向きません。
ミス・マープルもの『管理人事件』は再読して、後期某長編の元ネタはこれだったのかと気づきました。 クィン氏の『愛の探偵たち』は30年代の某長編と同じアイディアです。道化亭に言及されていることから『謎のクィン氏』の第4作になるはずだったと思われます。雰囲気があまりクィン氏ものらしくないので、連作短編集としてまとめる時にはぶいて長編に仕立て直したのでしょうか。 |
No.352 | 6点 | 霧の罠- 高木彬光 | 2010/11/17 21:19 |
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近松茂道検事が活躍する長編第3作は、第1容疑者の設定が最大のポイントになっています。非常に疑わしい人物なのですが、本当に犯人なのかどうか。犯人であるにしてもないにしても、登場人物も非常に少ないですし、裏にどのような状況が隠されているのか、ミステリとしてどこにサプライズを持ってくるのかが問題になります。最後に明かされてみると、さすがに納得のできる筋書きになっています。
全体の流れを後から振り返ってみると、主役は検事であるにもかかわらず、むしろ弁護士的なところもあり、両方の役を兼任しているようなストーリーとも言えそうだと思いました。グズ茂の異名をとる慎重さが、このような役柄を可能にしているのでしょう。いや、本職の弁護士も登場するんですけどね、この弁護士も近松検事の非常にオープンな流儀には面食らっています。 山口警部の視点から書かれた部分がかなりありますが、近松検事に対する彼のぼやきがなかなかユーモラスです。 |
No.351 | 5点 | どもりの主教- E・S・ガードナー | 2010/11/13 11:01 |
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説教に慣れた主教(Bishop:創元版では「僧正」。ヴァン・ダインの例のやつですね)という位の高い聖職者がどもるなんて変だ、メイスンを訪れたその主教は偽者ではないかというのが、まず興味をひく謎です。しかし、一番最後に明かされるその答は、なんだか拍子抜けでした。
銃を撃ったのが誰かという謎は、普通に考えればあまりに当然なところですが、動機がネックになって、根本的なからくりはすぐには思い浮かばないでしょう。しかし作者はそれだけでは弱いと考えたのか、さらに事件の経緯をやたら複雑化していますが、かえって不自然になってしまったように思えます。主教の行方は明らかに無理があります(もっと手っ取り早くて都合のいい方法が目の前にあったはず)。ホテルから消えた女の行方にも、被告人の黙秘理由にも、説得力はありません。 ご都合主義で万事めでたしの結末にするため相当無理をした筋立てなのですが、読んでいる間はメイスンが逮捕されそうになったり、罪体問題を論じたりして、それなりに楽しめました。 |
No.350 | 7点 | メグレと消えた死体- ジョルジュ・シムノン | 2010/11/10 21:21 |
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メグレものについては、例外はもちろんあるにしても、フーダニット系より最初からほとんど犯人がわかっているようなものの方が合うように思われます。で、本作も怪しい人物というか家族は決まってしまっていて、彼等をいかにして追い詰めていくかというところに、興味は絞られます。捜査、尋問を進めていく中で、容疑者たちの人物象が明確な形をとっていくところが、見所ということになります。
さらに、事件の通報をしてくる「のっぽの女」(原題直訳は「メグレとのっぽ」です)もなかなか魅力的に描かれています。彼女が最後の方でも再度十分な登場機会を与えられる構成もいいですね。 メグレが容疑者を拘引してしまうきっかけは、いくら何でも無茶じゃないかと思えますが、それで事件の核心を探り当てていく手際は、さすがです。その上ちょっとした意外性まであり、なかなかよくできた作品です。 |
No.349 | 5点 | 松風の記憶- 戸板康二 | 2010/11/08 21:11 |
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現在創元推理文庫からは『第三の演出者』と併せた分厚い形で出版されていますが、読んだのは以前の単独で出ていた版です。
新聞に連載された作品だそうで、同じ事実を後から再度説明しているところがあったりするのは、そのせいでしょうね。一気に読む場合にはどうもわずらわしい感じがします。 名探偵中村雅楽による謎解きということでは、見所は全くないと言っても過言ではないでしょう。途中に小納戸容(こなんどいる)なんて珍妙な作家の推理小説を持ち出してくるお遊びもあり、その部分ではホームズばりに知人がしてきたことをあててみせますが、本筋での推理は空振りしています。 その本筋は、最初に奇妙な状況の病死事件(本当に病死です)があった後は、歌舞伎や日本舞踊の世界を舞台に穏やかなタッチで繰り広げられる人間模様。そして最初の事件から3年後、小説では8割を超えてから起こる殺人へとつながっていきます。どういう方向に向かうのかは、半分ぐらい読んだところで予想はつきましたけど。主人公と言えるふみ子の描き方が、もう少しなんとかならなかったかな、と思えました。 |
No.348 | 6点 | トレント最後の事件- E・C・ベントリー | 2010/11/05 21:14 |
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本格派黄金期の幕を開ける作品だとか、謎解きと恋愛の初融合だとかいう歴史的な評価が高い作品ですが、どうなんでしょう。だいたい余計な恋愛を否定したヴァン・ダインの20則は本作発表の10年以上後のことです。実際には創元版解説でも引用されている作者自身の「推理小説を皮肉ったもの」という言葉がぴったりくると思います。黄金期を迎える少し前に現れたひねりのきいた異色作という歴史的位置づけの方がいいのではないでしょうか。
要するに構成がかなり変なのです。恋愛要素もこの風変わりな構成にはうまくはまっています。また最後は一応伏線があるとは言え、おいおいと言いたくなるようなどんでん返しです。 名探偵トレント「最後の」事件というのも、なんだかこじつけめいています。この点ではクイーン中期の作品も思わせるところがあったりして(全然深刻ではないですけど)。 |
No.347 | 6点 | 遠い砂- アンドリュウ・ガーヴ | 2010/11/01 22:11 |
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事件が起こって警部が説明するのを読んですぐ、そんなバカなことはあり得ないと思いました。ハンドバッグがヨットに置かれた経緯の問題で、これは誰でも気づくでしょう。その後その点について疑問を提示され、さらに説明を思いついた後でさえ、その自分自身の思いつきを主人公が信じず不安を感じているのには、少々あきれながらも読み進めることになったのですが。そんなわけで、サスペンスは渚での対決シーンを除いて全く感じませんでした。
フーダニットの原則からは大きく外れたところがありますが、写真についてのアイディアや犯人を絞り込んでいくところなど、意外に謎解きの捜査小説的な面も感じられる作品でした。そうは言っても、犯行方法にはやはりかなり無理があります。 なお真犯人の設定は、ホームズ(『生還』)の某作品の登場人物を思わせます。ガーヴ自身それは意識していたのかもしれません。 |
No.346 | 7点 | 七十五羽の烏- 都筑道夫 | 2010/10/29 22:08 |
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解決の論理を主軸にした初期クイーン式発想への共感から生まれた本作。ただし松田氏の角川文庫版解説にも書かれているように、カーがやったお遊びミスディレクションも取り入れられています。
名探偵の職業(?)がゴーストハンターで、伝説にのっとった事件が起こるという、それこそカーや横溝正史みたいなおどろおどろしい話にもできたような題材ですが、第1章の小見出しに「ここは…飛ばして先へすすんでも推理に支障はきたさない」なんて書いているマニアックなユーモアが、全体の雰囲気を表しています。物部太郎と片岡直次郎コンビの漫才的な会話も、なかなか楽しめます。 「糸や針金をつかって閉りをしたものでもない」と小見出しで宣言してしまっている密室について、糸を使って鍵をかける実験をやっているところは無駄だと思いましたが。 |