皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1493件 |
No.353 | 7点 | 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー | 2010/11/20 13:38 |
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最初に収められているのは、演劇有名作『ねずみとり』の原作『三匹の盲目のねずみ』です。短編集は1950年に出版されていて、戯曲化されたのは1952年だそうですから、小説が先であることは間違いないのですが、再読して感じたのが、最初から完全に舞台化を意識しているな、ということでした。特に真相が暴かれる部分など、マザー・グースの歌のピアノ演奏、多少無理してまでの舞台の固定など、いかにも演劇的です。真相は単純でむしろ平凡ですが、小説の文章や映画のカットバック映像等でていねいに説明しなければ理解できないような複雑なトリックや論理は、演劇には向きません。
ミス・マープルもの『管理人事件』は再読して、後期某長編の元ネタはこれだったのかと気づきました。 クィン氏の『愛の探偵たち』は30年代の某長編と同じアイディアです。道化亭に言及されていることから『謎のクィン氏』の第4作になるはずだったと思われます。雰囲気があまりクィン氏ものらしくないので、連作短編集としてまとめる時にはぶいて長編に仕立て直したのでしょうか。 |
No.352 | 6点 | 霧の罠- 高木彬光 | 2010/11/17 21:19 |
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近松茂道検事が活躍する長編第3作は、第1容疑者の設定が最大のポイントになっています。非常に疑わしい人物なのですが、本当に犯人なのかどうか。犯人であるにしてもないにしても、登場人物も非常に少ないですし、裏にどのような状況が隠されているのか、ミステリとしてどこにサプライズを持ってくるのかが問題になります。最後に明かされてみると、さすがに納得のできる筋書きになっています。
全体の流れを後から振り返ってみると、主役は検事であるにもかかわらず、むしろ弁護士的なところもあり、両方の役を兼任しているようなストーリーとも言えそうだと思いました。グズ茂の異名をとる慎重さが、このような役柄を可能にしているのでしょう。いや、本職の弁護士も登場するんですけどね、この弁護士も近松検事の非常にオープンな流儀には面食らっています。 山口警部の視点から書かれた部分がかなりありますが、近松検事に対する彼のぼやきがなかなかユーモラスです。 |
No.351 | 5点 | どもりの主教- E・S・ガードナー | 2010/11/13 11:01 |
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説教に慣れた主教(Bishop:創元版では「僧正」。ヴァン・ダインの例のやつですね)という位の高い聖職者がどもるなんて変だ、メイスンを訪れたその主教は偽者ではないかというのが、まず興味をひく謎です。しかし、一番最後に明かされるその答は、なんだか拍子抜けでした。
銃を撃ったのが誰かという謎は、普通に考えればあまりに当然なところですが、動機がネックになって、根本的なからくりはすぐには思い浮かばないでしょう。しかし作者はそれだけでは弱いと考えたのか、さらに事件の経緯をやたら複雑化していますが、かえって不自然になってしまったように思えます。主教の行方は明らかに無理があります(もっと手っ取り早くて都合のいい方法が目の前にあったはず)。ホテルから消えた女の行方にも、被告人の黙秘理由にも、説得力はありません。 ご都合主義で万事めでたしの結末にするため相当無理をした筋立てなのですが、読んでいる間はメイスンが逮捕されそうになったり、罪体問題を論じたりして、それなりに楽しめました。 |
No.350 | 7点 | メグレと消えた死体- ジョルジュ・シムノン | 2010/11/10 21:21 |
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メグレものについては、例外はもちろんあるにしても、フーダニット系より最初からほとんど犯人がわかっているようなものの方が合うように思われます。で、本作も怪しい人物というか家族は決まってしまっていて、彼等をいかにして追い詰めていくかというところに、興味は絞られます。捜査、尋問を進めていく中で、容疑者たちの人物象が明確な形をとっていくところが、見所ということになります。
さらに、事件の通報をしてくる「のっぽの女」(原題直訳は「メグレとのっぽ」です)もなかなか魅力的に描かれています。彼女が最後の方でも再度十分な登場機会を与えられる構成もいいですね。 メグレが容疑者を拘引してしまうきっかけは、いくら何でも無茶じゃないかと思えますが、それで事件の核心を探り当てていく手際は、さすがです。その上ちょっとした意外性まであり、なかなかよくできた作品です。 |
No.349 | 5点 | 松風の記憶- 戸板康二 | 2010/11/08 21:11 |
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現在創元推理文庫からは『第三の演出者』と併せた分厚い形で出版されていますが、読んだのは以前の単独で出ていた版です。
新聞に連載された作品だそうで、同じ事実を後から再度説明しているところがあったりするのは、そのせいでしょうね。一気に読む場合にはどうもわずらわしい感じがします。 名探偵中村雅楽による謎解きということでは、見所は全くないと言っても過言ではないでしょう。途中に小納戸容(こなんどいる)なんて珍妙な作家の推理小説を持ち出してくるお遊びもあり、その部分ではホームズばりに知人がしてきたことをあててみせますが、本筋での推理は空振りしています。 その本筋は、最初に奇妙な状況の病死事件(本当に病死です)があった後は、歌舞伎や日本舞踊の世界を舞台に穏やかなタッチで繰り広げられる人間模様。そして最初の事件から3年後、小説では8割を超えてから起こる殺人へとつながっていきます。どういう方向に向かうのかは、半分ぐらい読んだところで予想はつきましたけど。主人公と言えるふみ子の描き方が、もう少しなんとかならなかったかな、と思えました。 |
No.348 | 6点 | トレント最後の事件- E・C・ベントリー | 2010/11/05 21:14 |
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本格派黄金期の幕を開ける作品だとか、謎解きと恋愛の初融合だとかいう歴史的な評価が高い作品ですが、どうなんでしょう。だいたい余計な恋愛を否定したヴァン・ダインの20則は本作発表の10年以上後のことです。実際には創元版解説でも引用されている作者自身の「推理小説を皮肉ったもの」という言葉がぴったりくると思います。黄金期を迎える少し前に現れたひねりのきいた異色作という歴史的位置づけの方がいいのではないでしょうか。
要するに構成がかなり変なのです。恋愛要素もこの風変わりな構成にはうまくはまっています。また最後は一応伏線があるとは言え、おいおいと言いたくなるようなどんでん返しです。 名探偵トレント「最後の」事件というのも、なんだかこじつけめいています。この点ではクイーン中期の作品も思わせるところがあったりして(全然深刻ではないですけど)。 |
No.347 | 6点 | 遠い砂- アンドリュウ・ガーヴ | 2010/11/01 22:11 |
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事件が起こって警部が説明するのを読んですぐ、そんなバカなことはあり得ないと思いました。ハンドバッグがヨットに置かれた経緯の問題で、これは誰でも気づくでしょう。その後その点について疑問を提示され、さらに説明を思いついた後でさえ、その自分自身の思いつきを主人公が信じず不安を感じているのには、少々あきれながらも読み進めることになったのですが。そんなわけで、サスペンスは渚での対決シーンを除いて全く感じませんでした。
フーダニットの原則からは大きく外れたところがありますが、写真についてのアイディアや犯人を絞り込んでいくところなど、意外に謎解きの捜査小説的な面も感じられる作品でした。そうは言っても、犯行方法にはやはりかなり無理があります。 なお真犯人の設定は、ホームズ(『生還』)の某作品の登場人物を思わせます。ガーヴ自身それは意識していたのかもしれません。 |
No.346 | 7点 | 七十五羽の烏- 都筑道夫 | 2010/10/29 22:08 |
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解決の論理を主軸にした初期クイーン式発想への共感から生まれた本作。ただし松田氏の角川文庫版解説にも書かれているように、カーがやったお遊びミスディレクションも取り入れられています。
名探偵の職業(?)がゴーストハンターで、伝説にのっとった事件が起こるという、それこそカーや横溝正史みたいなおどろおどろしい話にもできたような題材ですが、第1章の小見出しに「ここは…飛ばして先へすすんでも推理に支障はきたさない」なんて書いているマニアックなユーモアが、全体の雰囲気を表しています。物部太郎と片岡直次郎コンビの漫才的な会話も、なかなか楽しめます。 「糸や針金をつかって閉りをしたものでもない」と小見出しで宣言してしまっている密室について、糸を使って鍵をかける実験をやっているところは無駄だと思いましたが。 |
No.345 | 5点 | メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン | 2010/10/26 20:57 |
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奥さんが妹の看病のため留守の間、メグレ警視が家に帰ることに居心地の悪さを感じるのが、微笑ましいような冒頭です。さて、それでも帰宅したとたん呼び出し。お気に入りの部下の一人ジャンヴィエ刑事が路上で撃たれて重傷を負うという事件です。奥さんがいないのをいいことに、警視はジャンヴィエが張り込んでいた家具つきアパートに数日住み込んで、捜査を行うことになります。
二つの別個の事件が偶然重なっているところ、否定意見もありそうですし、個人的にもこういうタイプはあまり好きではないのですが、本作に限って言えば、かなりうまくまとまっていると思えます。このシリーズの中でも謎解き要素は少ない方であるのも、構成のバランスとして悪くありません。 各章に長ったらしい見出しというか内容説明がついているのが、変な作品でもあります。 |
No.344 | 7点 | 殺す風- マーガレット・ミラー | 2010/10/24 12:10 |
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これも久々の再読(早川文庫版)ですが、完全に内容を忘れてしまっていました。
作者等に対する前知識なしで読めば、ミステリだとは全く気づかず、最後で驚愕することになるかもしれません。ほとんど9割ぐらいは不倫を題材にした普通の小説を読んでいるような気分にさせられる作品です。愛と願望と後悔と不安とがていねいに描かれた小説としておもしろいのです。ただ、最後の方になってばたばたと軽い後日談めいた展開になるのが、ちょっと気になるところでしょうか。その段階でまだ30ページぐらいは残っているわけですから。 で、その後突如として純然たるミステリと化すことになります。気になって前の方を確認してみたのですが、やはりアンフェアな記述が少なくとも2箇所ありますね。そこはパズラー作家ではないので、最初から気にせず執筆していたのかもしれませんが、インチキだという気はします。そのかわり、ラスト・シーンはまた登場人物の複雑な心理を巧みに見せてくれて、なんとも言えない余韻があります。 |
No.343 | 6点 | 死墓島の殺人- 大村友貴美 | 2010/10/20 21:39 |
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最初に、これはいわゆる「本格派」ミステリではないと断言しておきましょう。フェアプレイが守られているとは言い難いですし、鮮やかな論理や大胆なトリックがあるわけでもありません。
では何かといえば、人情派ミステリです。ラストである中心的な登場人物の性格が掘り下げられていくところが、最大の魅力になっています。「死墓島」が本来の漢字の「思慕島」の意味を取り戻すようなエピローグも味がありますし、いじけたところのある藤田警部補も、このような小説の探偵役にはふさわしいと言えるでしょう。 そんなわけで、横溝正史との比較については、優劣の問題以前に、目指すところが全く違うわけです。 ではタイトルの不気味さはどうなのかというと、これが内容にどうも合っていないのです。流刑の島としての歴史にしても、まさに歴史的興味があるだけで、現代までつながる怪しげな雰囲気が感じられません。 過疎の問題を抱えた島が舞台というだけにした方がよかったと思える作品でした。 |
No.342 | 7点 | スリーピング・マーダー- アガサ・クリスティー | 2010/10/17 12:11 |
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同じように死後発表を予定して書かれた作品でも、いかにもという感じの『カーテン』と異なり、最後だからといって他のミス・マープルものと特に異なる点はありません。
ほぼ同時期に書かれたらしい『五匹の子豚』と対比してみた方がいいでしょう。どちらも十数年昔の殺人を調査する話ですが、ポアロの登場する『五匹の子豚』がひたすら地味な作品でそこがよかったのに対して、こちらは怪談めいた冒頭、新たに起こる殺人など変化をつけてストーリーの盛り上げにも気を配っています。特に最後の「猿の前肢」の意味がわかるところは、サスペンス映画をも髣髴とさせて印象的。ただ結末の意外性という点では、本作はちょっとパターン化にはまりすぎているかなとも思えます。 作者の長編の中でミス・マープルものの割合が増えるのは、本作執筆後であることを考えると、シリーズの中ではむしろ初期に属すると位置づけられそうです。 |
No.341 | 7点 | インターコムの陰謀- エリック・アンブラー | 2010/10/15 20:48 |
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『ディミトリオスの棺』では主役を演じたミステリ作家チャールズ・ラティマーが再登場するといっても、彼の出番はほとんどありません。まずプロローグで、ラティマーが失踪したことが明かされますが、その後は彼の短い手紙が途中にはさまれるだけです。
今回の主役は、ごく小規模な雑誌「インターコム」の編集長カーターで、彼がその雑誌を利用したスパイの謀略に巻き込まれる話です。カーターからラティマーへの手紙や、ラティマーが執筆した断片、様々な人物のインタビュー回答などを継ぎ合わせた構成は、確かに異色作と言えるでしょう。 最初からネタをほぼ明かしているので、真相の意外性はありません。何人かの謎の接触者たちについては、たぶんKGBだろうとかCIAだろうという予想の域を出ないまま、小説は終ってしまいます。そういう意味では、ミステリとしては欠陥があると言えるのかもしれませんが、作者の狙いは別のところにあります。本当にドキュメンタリーを読んでいるような気分にさせられる奇妙なリアリティが魅力となっている作品です。 |
No.340 | 6点 | メグレ夫人と公園の女- ジョルジュ・シムノン | 2010/10/14 21:51 |
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メグレ夫人が事件の捜査をする、なんていうところが楽しい作品です。
彼女が公園で出会った女に関連してちょっとした災難に会うのが発端です。そのことが、警視が担当していた事件とどうやら繋がりがあるらしいということがわかってきて、メグレ夫人も一人で聞きこみ調査を行って、夫をびっくりさせます。そんなに高齢ではありませんが、なんとなくミス・マープルをも思わせるセリフも口にしたりして。 死体のない殺人事件とメグレ夫人の災難との結びつきは最後に明かされますが、それなりに意外性もありうまく考えられています。 全体的に軽快な感じがする作品になっています。殺人事件捜査のきっかけとなった匿名の手紙の筆者は、最後の1文で明かされますが、この書き方もなかなか気がきいています。 |
No.339 | 5点 | 蒼い描点- 松本清張 | 2010/10/08 21:41 |
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内容的にはずいぶん軽いミステリです。途中に「誰もいなくなった」なんて章がありますが、確かにクリスティーとも共通する雰囲気があります。本作での意味は、関係者たちがみんな失踪してしまったということで、結局その後また現れたりするのですが。かなり長い作品で、分量はあの名作の2倍以上。
まあ軽くて読みやすいのはいいのですが、ミステリの女王と比べると解決はどうもすっきりできません。殺人の経緯にはいくらなんでも偶然過ぎるところがありますし、旅館の立地を利用したちょっとしたトリックもご都合主義、さらにそんな時間をかけたことをする必要がないとしか思えないのも問題です。思いつきの仮説とその検証が実は行われていたことが後から明かされるのも、アンフェアな感じです。 長さに見合った複雑な解決を意図したのかもしれませんが、犯人の(ある意味での)意外性を除くと結末には不満なところの多い作品でした。 |
No.338 | 7点 | 門番の飼猫- E・S・ガードナー | 2010/10/05 21:09 |
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ペリー・メイスン・シリーズというとどれも平均してそれなりにおもしろいという印象がありますが、やはり出来不出来はあるわけで、本作は相当いい方です。作中で起こるいくつかの事件のつながりは、最後に法廷でメイスンがなんと検察側の証人として説明することになりますが、かなり複雑で意外性があります。依頼人になる人物を、逮捕される前に警察に出頭させるための策略も、痛快です。
実はメイスンが依頼を受けるより前に起こった館の火事事件については、知識や予測の部分で無理があるなと思えるところもありますが、まあいいでしょう。 それにしても警察・検察が被告人の看護婦殺しの動機を何だと考えていたのか、疑問は残ります。その前の門番老人(彼がメイスンの最初の依頼人)殺しについてなら、利益目的ということでしょうが。 |
No.337 | 6点 | 編集者を殺せ- レックス・スタウト | 2010/10/02 11:56 |
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どういうわけか今までスタウトには縁がなく、長編初読です。
編集者により出版を没にされた小説『信じるなかれ』が関わる3件の殺人が最初に起こった後、捜査は膠着状態になります。アーチーが法律事務所の女性事務員たちを招待する場面も、そんなにいいとは思えません。しかしウルフが考えた罠を仕掛けにアーチーがカリフォルニアに飛ぶあたりから、俄然おもしろくなってきます。カリフォルニアに住む第1被害者の妹ペギーも魅力的です。 フーダニットとしてそんなに凝ったことはしていませんが、動機を利用してうまくオチをつけています。この動機については解説では疑問視していますが、個人的にはとりあえずOKです。ただ、中心にある動機のタイプが全体の犯行計画と多少ミスマッチな感じがするのは否めません。 ウルフが推理を披露する第22章の最後部分、ある人物の意外な行動が非常に印象的で、好感度を高めています。 |
No.336 | 6点 | エジプト女王の棺- 山村美紗 | 2010/09/29 22:13 |
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エジプト、政界の派閥争い、中学生売春など様々な要素てんこ盛りの作品です。殺された人の数は全部で8人(あいまいなままのエジプト人1名を除く)という多さ。
しかし全体の核となるのはエジプト展に展示中のカノピス容器が偽物とすり替えられるという事件です。赤外線警報装置を作動させないようにするトリックは専門的知識さえあればという感じのものですし、途中で犯人の告白によりあっさり明かされるので拍子抜け。しかしむしろ、盗難の計画性と機会の問題をどう解決するのだろうと思っていたら、これはかなり手際よく説明していました。 密室殺人も1件ありますが、このトリックも専門知識利用で、今ひとつ。 いろいろ詰め込みすぎて、かえってメリハリがなくなっているようにも思えますが、欲張った構成はそれなりに楽しめました。 |
No.335 | 6点 | メグレ保安官になる- ジョルジュ・シムノン | 2010/09/27 23:06 |
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1940年台後半は、シムノンがまたメグレものに取り組み始めた(一般的には以降がメグレ第3期とされています)時期ですが、この第3期初期は、作者が様々な変化をメグレものに取り込もうとした時期と言えます。ニューヨークへ行ったり、南仏で休暇中だったり、若い頃の事件だったり。本作では思い切って西部劇の世界にメグレを放り込んでいます。舞台はアリゾナ州の砂漠の中の町。
タイトルにも関わらず、メグレが保安官として活躍するわけではありません。司法警察警視として名誉副保安官みたいなバッジはもらっていますが。若い女が汽車に轢かれた事件の検死審問をメグレが傍聴する話で、ほとんど全編法廷ものといった展開です。 メグレが慣れない検死審問のやり方に戸惑いながらも自分なりに出した結論が、事件担当副保安官の解決と一致していたということですが、結末の意外性はメグレものの中でも特に希薄です。しかしアメリカ南西部の空気が非常に感じられるのが魅力になっています。 |
No.334 | 8点 | ディミトリオスの棺- エリック・アンブラー | 2010/09/23 19:22 |
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アンブラーといえばスパイ小説の大御所としての評価が定着していますが、本作を読み直してみて、スパイ小説の枠組みには納まらないというのが率直な感想でした。確かにすでに引退した大物スパイは登場します。しかしそれはエピソードの一つに過ぎません。
主役であるミステリ作家ラティマーは、ラストで新作のプロットを練っているところからするといかにも英国古典的フーダニットの作家です。その彼がディミトリオスという悪党の過去の足取りを15年も前のトルコからヨーロッパ各国を回ってていねいに追っていくストーリー。前半退屈だと言う人がいるのもわかりますが、クロフツ等が好きな人には充分楽しめるでしょう。このじっくり型調査過程があればこそ、政治社会的な事件を背景にして強盗殺人や政治家暗殺計画、スパイ、麻薬密輸などで冷酷に立ち回ってきたディミトリオスにリアリティが感じられるのでしょう。 最後には命を賭けたアクションもあります。それはクロフツだって時々やっていることですが、やはりアンブラーの方が自然です。 |