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miniさん |
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平均点: 5.97点 | 書評数: 728件 |
No.588 | 7点 | エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談 ---憑かれた鏡- アンソロジー(海外編集者) | 2014/10/27 09:56 |
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発売中の早川ミステリマガジン12月号の特集は、”エドワード・ゴーリー”
ミスマガ特集内ではゴーリーの作家面についても紙数を割いているが、エドワード・ゴーリーと言えば挿絵画家・イラストレーター・表紙デザイナーであろう 表紙デザイナーの仕事にはミスマガもこだわりを見せいくつかの表紙を載せているが、表紙に関わった作家の顔触れもゴーリーの読者としての好みが伺えて興味深い 中でも印象に残ったのが、”私の好きな作家は既に亡くなっているか、純文学方面に行っちゃった、P・D・ジェイムズみたいに”、という一文 なるほどゴーリーはP・D・ジェイムズが嫌いなのか、と言うかどこまでも純文学ではないエンタメとしての怪奇幻想の世界が好きなんだろうなぁ ゴーリーのもう1つの仕事が編集者としての側面である、その業績の1つがホラーアンソロジーの本書である ここ数年の河出文庫のミステリー分野への貢献には目を見張るものが有るが、特にジャンル境界線上の作品群には早川や創元とは違った趣が有って良い 「エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談」は、書名の通り彼の愛する怪奇短編1ダースで纏めたもので、”愛する”だけあって大部分が定番アンソロジーピースである ただし解説でも触れているが、ゴーリー選という先入観から見るといささかオーソドックス過ぎないかという疑問は湧く 案外とエキセントリックな性格の編者ほど、選択がオーソドックスになるのかも知れない、もしかして温和な編者の方が怪作を選びたがるのかな? 解説の濱中氏はその辺について擁護しているが、当サイトでの書評・採点という立場では擁護してばかりもいられない(苦笑) 私はアンソロジーでの書評は収録作品の質は二の次、編集上の仕事振りやセンスへの評価の方が重要であるというスタンスで有る、例えば他のアンソロジーでは読めない珍品も1~2編は入れて欲しいのである 実際に私は12編中4作は既読で、作品は異なるが12人中9人は作家としては既読だった つまり内容的には8~9点は付けられるのだが、定番過ぎる顔触れにアンソロジーとしてはどうしても8点以上は付け難かったのである しかしながら怪奇小説初心者には古典的怪奇小説入門書としてもお勧め出来るし、あのゴーリーが愛する怪奇小説は何なのかという純粋な視点でもお勧めである |
No.587 | 4点 | ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー | 2014/10/24 09:57 |
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本日24日に早川書房からソフィー・ハナ「モノグラム殺人事件」が刊行される、文庫じゃなくて単行本なので注目され難いかもしれないが、実はこれ新しいポアロものなのである
そう、著作権などの管理団体と思われる英国クリスティー社公認の正統ポアロ後継作なのだ 公認後継作にちなんでという事になると、まぁ最後の作という事で出版上の名目的ポアロ最終作「カーテン」か、あるいは執筆順で事実上のポアロもの最終作である「象は忘れない」あたりを選ぶのが妥当だろうが、どちらも未読なんだよね(残念) 尚、「象は忘れない」の後に事実上の長編最終作「運命の裏木戸」があるがこれはトミー&タペンスものなので対象外 そこでデビュー作でもある「スタイルズ」の再書評も考えたが既に便乗企画で使用しており断念、次善の策でこれにした マープルが初登場するのはクリスティの全作品中でも初期から中期にかけてなので、初期作はポアロものが中心だと普通思うでしょ、ところがこれが違うんだな ある程度ポアロが軌道に乗ってからはそうなのだが、最初期のクリスティは迷っていたのかいろいろ試していたフシが有る 例えば「スタイルズ」の後すぐにポアロものの2作目ではなく、長編2作目「秘密機関」はトミー&タペンスものなのだ 第3作目は一応ポアロ再登場だが、その後を見ると第4作「茶色の服を着た男」はレイス大佐、第5作「チムニーズ館」はバトル警視、第6作目でポアロ3度目登場のあの「アクロイド」、この後2作ポアロものが続き順調にポアロに専念かと思うと第9作目「七つの時計」では再びバトル警視、第10作目がミス・マープル初登場の「牧師館」で、第11作「シタフォード」に至ってはノンシリーズだ 皮肉な事にマープルが初登場してから後の方がポアロものの比重が高まっている これが短編だと初期はポアロものが中心なので、当初は短編シリーズ向けキャラとして考えていたのか?との疑問も有る 私は苦手なスポーツがいくつか有って、中でも嫌いなスポーツがボウリングとゴルフである、要するに腕力を使ったりとか自分の動く範囲が狭くてボールだけがすっ飛んでいく系のスポーツが嫌い 好きなのは自分自身が走ったりして広い範囲を動き回るスポーツで、陸上競技で例えるとトラック競技ならいいけど投てき種目系は全て苦手なのである したがってゴルフというスポーツに全く興味が無い ポアロ再登場の長編3作目が「ゴルフ場殺人事件」で、前作「秘密機関」が国際諜報スリラーだったのでまたオーソドックスな謎解き本格に戻したわけである、でもこれ本当にオーソドックスだな(笑) 「スタイルス」ではまだ大胆な仕掛けが施されていたが、「ゴルフ場」はクリスティらしいと言えばらしいのかも知れないが、古臭いトリックといい習作っぽさが抜けていない いや習作というより前時代的なミステリー小説作法の影響が色濃いと言った方が近いか、「秘密機関」も古臭いしな |
No.586 | 6点 | 黒後家蜘蛛の会1- アイザック・アシモフ | 2014/10/17 09:58 |
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* 日本各地でセアカゴケグモがお騒がせさせていますが
本日17日に創元の単行本で内山純「B(ビリヤード)ハナブサへようこそ」が刊行される、第24回鮎川哲也賞受賞作である、東京創元社主催の鮎川賞だから創元から出るのは当然だ、題名の”B”の後には括弧に入れて”(ビリヤード)”を付けて登録すべきだったんじゃないかなぁ 帯には”新・黒後家蜘蛛の会、誕生”とある、久々に聞いたなこの例え さて話はちょっと遠回りするが、アメリカのジャンルに”コージー派”ってのが有るでしょ、このコージー派を説明せよとなった時によく言われるのが、”ユーモアミステリーみたいなもの”とか、日本で言う”日常の謎みたいなもの”みたいな説明だ 私が何冊かコージー派作品を読んだ印象では、まずユーモアミステリーに例えるのは必ずしも正しくない、作家によってはほとんどユーモアが無くてシリアス調のも有る また日常の謎とも違う、私が読んだ範囲では1つの作品を除いてほぼ全てにきちんと(?)殺人事件が発生する もちろん話の進め方や推理法などに普通の本格派とは一線を画す面も有るが、少なくとも事件性だけで言うならコージー派と本格派とは大差無い コージー派というのは警察官や私立探偵などのプロの捜査官に対して、探偵役がアマチュアである事を必要以上に強調した進化系みたいなものなのだ、是非は別にしてね 要するにコージー派はアメリカ独自のジャンルで日本では対応例はあまり無い、だったら一方で日本の”日常の謎”に対応するジャンルがアメリカには有るのか? 私が知る限りではこれもあまり無いと思う、アメリカ人は日常に謎を見出さない国民性なのだろうか? 例えばケメルマンの「9マイル」は?いや違う、私が思うに日本独自のジャンル”日常の謎”に比較的に近いというと「黒後家蜘蛛」なんじゃないかと アシモフ「黒後家蜘蛛の会」の特徴はただ単に安楽椅子探偵ものというだけではない、大きな特徴は出演メンバーによるディスカッションである、このルーツはクリスティー「火曜クラブ」あたりかと思う 日本でも鯨統一郎「邪馬台国」などの作例が有るが、「邪馬台国」は内容的にやはり歴史ミステリー扱いになっちゃうよなぁ、今回の内山氏のはより本家に近いということなんだろうか? 本家「黒後家蜘蛛の会」は面白い事は面白いのだがちょっと不満も有る、それは解決とか真相とかの問題ではない ディスカッションを特徴とするならあれこれ論じるメンバーにある程度個性が必要だろうと思う、その点で「黒後家蜘蛛の会」では誰の発言だか分かり難かったり、もう誰が誰でもいいやみたいに感じてしまった、そういう意味では先祖「火曜クラブ」の方が人物が描き分けられていた気がする |
No.585 | 5点 | 判事への花束- マージェリー・アリンガム | 2014/10/14 09:56 |
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* 台風スギタ―――(°∀°)――― !!
創元文庫からマージェリー・アリンガム「窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿」が刊行された、本日14日予定だったはずだが早まった? 副題の通りシリーズ探偵キャンピオン氏ものの短編集で、有名な「ボーダーライン事件」も収録されている 今秋は各出版社による注目の海外作品新刊ラッシュだ、今後も公認ポアロ後継作「モノグラム殺人事件」、L・ブロックの殺し屋ケラーの新作、コナリーのリンカーン弁護士、ディーヴァーのライムものの新刊、古典のマニアックなところでは原書房のブルース・グレイム、創元と早川の復刊フェアetc、など目白押し 私1人ではとてもフォローしきれんな(苦笑) 英国4大女流作家の内、マーシュとアリンガムはまだ不足とは言えそこそこ翻訳はされている、ただ読者層が薄い印象が有るのは内容のせいではないと思う、じゃあ理由は何か? 理由は簡単、それは殆ど文庫で読めるものが無かったからだ、マーシュには有ったが絶版でマニアしか読んでないだろうし、アリンガムの場合は今回の短編集の刊行で唯一の入手容易な現役文庫本となったわけだ ただし両作家とも文庫じゃなくてハードカバーなら何冊も入手容易なので、ハードカバー版だからと敬遠して欲しくないんだけどね アリンガムといえばシリーズ探偵キャンピオン氏、なぜ”氏”を付けるのが一般的かと言うと、警察官じゃなくてアマチュア紳士探偵だからなんだろう 初中期に業界3部作とも言うべき、ある業界の内部事情が絡む作品群が有って、アリンガムの特色の1つともなっている 出版業界の「判事への花束」、演舞業界の「クロエへの挽歌」、ファッション業界の「屍衣の流行」の3作だが、その第1弾が「判事への花束」である 例の森事典では後の2作に比べてキャンピオン氏の役割がぱっとせず、風俗小説的な部分とミステリー部分とのバランスがとれていないと評価されている う~んたしかにそんな感じ、森事典の引用だけで書評終りになってしまいそう(微笑) ただ業界との関わり風俗部分では「クロエ」も謎解き面に偏り過ぎて風俗面の中途半端さ感は有る、逆に言えば本格派偏重な読者には3部作の中では「クロエ」が一番合いそうだけど 「屍衣の流行」になるとアリンガム”らし過ぎて”、一般受けしないだろうしね 「判事への花束」は謎解き面で見るべきものは無いが、皮肉な真相といい斜陽の出版業界の悲哀みたいなものは良く表現されているとも言える ところで過去に刊行予定が立ちながら未訳のマーシュ「Spinsters in Jeopardy」とアリンガム「More Work for the Undertaker」を出してくれる出版社ありませんか? |
No.584 | 6点 | 過去からの狙撃者- マイケル・バー=ゾウハー | 2014/10/10 09:56 |
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* 台風クル―――(°∀°)――― !!
本日10日に早川文庫からマイケル・バー=ゾウハー「モサド・ファイル」が刊行される、モサドとはイスラエル版CIAみたいな組織で、どうやら某ジャーナリストとの共著のノンフィクションらしい 紹介文を見てもイスラエルからの一方的視点に立った取材リポートな感じなのでコメントは差し控えたい、その手の知識も無いしね イスラエル作家のバー=ゾウハーはパリ大学で学び小説の原文もフランス語である つまり邦訳された多くは英語版からの二重翻訳で、道理で訳文があっさりして平易な文章だと思った 読み易いのは良いのだが、本来の仏語の原文はもっと凝った文体なのかも知れないのが気になる、でもジャーナリスティックな経歴を考えると訳文通りの割と素っ気無い文章なのかも 私はバー=ゾウハーに関してはこれまで食わず嫌いだった、今人気のディーヴァーのようなジェットコースター式スリラーがあまり好みで無いので、何となくそんな感じの作家との先入観を持っていたのだ デビュー作「過去からの狙撃者」を読んでみて意外にイメージと違い地味な作風だと思った、それも私好みの地道な捜査小説的趣が有る よく終盤のどんでん返しばかりが喧伝されるバー=ゾウハーだが、たしかに綿密に計算された二重のどんでん返しは有るが、その真相の暴露は案外とケレン味を排した地味なシチュエーションで行なわれる 終盤に関係者一堂を集めて謎解きが行なわれるような展開が嫌いな私としてはなかなか好ましい 今回初めて読んでみたバー=ゾウハーだが悪くない、この「過去からの狙撃者」は謎解き興味が強く本格派しか読まないような読者にも楽しめる作品で、作者後続の作品群と比べると異色作なのかも知れないが、今後も読んでみたい作家である |
No.583 | 7点 | X電車で行こう- 山野浩一 | 2014/10/06 09:58 |
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* 台風キタ―――(°∀°)――― !!
少々話題が遅れてしまったが先月に本の雑誌社から 牧眞司・大森望編集「サンリオSF文庫総解説」が刊行された キティちゃんで御馴染みのあの”サンリオ”は出版部門も持っており、昔々に”サンリオSF文庫”というのを出していた 当時は早川書房や創元社がリードしていた海外SF分野に1978年に参入したのだが、結局は商売上はフィリップ・K・ディック頼みになり行き詰って1987年廃刊打ち止めになった経緯が有る、僅か10年あまりの出版活動だった 実はサンリオSF文庫はミステリーとも全く縁が無いわけじゃなく、今では扶桑社文庫で復刊されて入手容易なピーター・ディキンスン「キングとジョーカー」も元々はサンリオSF文庫の1巻で、かつてはミステリーマニアが中古本を漁っていたという伝説が有る このサンリオSF文庫の創刊及び作品選択に関わっていたとされるのがSF作家の山野浩一である 山野浩一というと私などは競馬評論家、特にサラブレッド血統研究家のイメージが強いが、本職は一応SF作家と思われる 日本におけるニューウェーヴSFの旗手の1人山野浩一は、その時代のいかにもなSFらしいSF小説に対し、空想科学小説の枠を超えたユニークな作風で日本のSF小説の流れを変えた 前述の「キングとジョーカー」などもパラレルワールドではあるが内容的にはSF小説とは言えず、選択したのが山野氏かは分からぬが山野浩一監修のサンリオSF文庫らしいと言えばらしい 、もし早川か創元だったら普通にミステリーとして出してたと思う 山野浩一のSF小説家としての代表作が短編「X電車で行こう」である、短編集はサンリオじゃなくて早川文庫版である 今で言う一種の鉄道マニアを主人公に、ノンストップサスペンス風に展開するグルーヴィーな話は面白く、もしも太宰治が鉄道オタクだったらこんなの書いたんじゃないかと思わせる 海外の異色短篇作家やニューウェーヴSFの影響をあまり感じさせず、日本独自のニュータイプSF短編として評価したい、ミステリー読者にも楽しめると思う |
No.582 | 5点 | 腰ぬけ連盟- レックス・スタウト | 2014/10/02 10:00 |
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昨日1日に論創社からジョルジョ・シェルバネンコ「傷ついた女神」とレックス・スタウト「黒い蘭 ネロ・ウルフの事件簿」が刊行された、シェルバネンコのは珍しい伊産ノワールらしいがこれはちょっと便乗企画が難しい(苦笑)
スタウトのはオリジナル編集の短編を含まない完全な中編集らしいが、”ネロ・ウルフの事件簿”という語句は単なる副題に非ずでシリーズ名じゃなくて題名に組み込んで登録すべきなんじゃないかなぁ、実際にAmazonでも込みの名称で登録されているし、でないとおそらく中編集で有る事を強調したかったであろう版元の論創社の意向が反故になってしまう ところで短でも長でもない”中編”の意義とは何ぞや? 良く解釈すれば、ワンアイデアの短編では書ききれない芸当や、逆に長編では間延びしてしまいそうなプロットを綺麗に纏める事が可能である それは裏返して言えば、どっちつかずの中途半端に陥る危惧も有り、案外と難しい長さなのかも知れない ”中編”の分量的なテーマについては、例えばクイーン「新冒険」の書評書く時にでも深く掘り下げてみようかな、今回はこの程度にしておく スタウトは短編も書いてはいるがガードナー等と並んで中編に定評の有る作家であまり短編には有名作が無い、例の『世界短編傑作集』でも他の作家に比して中編に近い長さの作が選ばれていた スタウトの”中編集”というのは論創は良い所に目を付けたと思う 「毒蛇」で登場したネロ・ウルフシリーズ第2作が「腰抜け連盟」である 例の森事典ではシリーズ最高傑作の1つとの評価で、またシモンズ選サンデータイムズベスト99でも代表作的にこれが選ばれている たしかに複雑なプロットや助手アーチーとの絶妙な絡みなど、2作目とあってデビュー作よりは進歩が見られる ただ私が感じるには複雑なというよりゴチャゴチャしたプロットに感じられ、特に腰抜け状態の連盟のメンバーの人数が多過ぎて上手く描き分けられてない気がする、結局のところ重要な連盟メンバーはごく一部なわけだし スタウトは早熟の天才で早くから小説を書き始め作家キャリアは積んでいたがミステリー分野に手を染めたのは意外と遅く、前作「毒蛇」でも真相解明が中途半端に早過ぎる欠点が有ったし、どうも初期のウルフシリーズはミステリー小説というものを書き慣れていなかった印象が有る、やはり本領発揮は中期以降なのだろうか? |
No.581 | 5点 | 死の扉- レオ・ブルース | 2014/09/29 09:56 |
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一昨日27日に創元文庫からレオ・ブルース「ミンコット荘に死す」が刊行された、戦後のキャロラス・ディーンシリーズの第3作目である
ブルースに詳しい小林晋氏によれば、全体に仕掛けが小粒になったディーンものの中では第1作と第3作が比較的に仕掛けが大掛かりらしいので第2作目を跳ばして選ばれたものと思われる 「ミンコット荘」が第3作ならばシリーズ第1作が「死の扉」である 新たなシリーズ開始という事でレギュラー登場人物の紹介も含め心機一転な感じが出ている、特にワトソン役を務める生徒などは印象的だ また非レギュラーと思われるが、当サイトでkanamoriさんも言及しておられるミステリー趣味の農場主もマニアには楽しいところ 例の森事典によれば、ブルースの弱点はレギュラー登場人物以外の人物描写が薄っぺらだと指摘されているが、たしかに初期のビーフものでは顕著だ しかしディーンものでは容疑者の群れ達も印象的な人物造形を施しており、これは進歩したという事なんだろうか ただしブルースの本領はと言えば、すれからし読者向けの捻くれた仕掛けである 実は私は「死の扉」については真相の8割方は看破しちゃった、作中で肝となるあるミスリードについてはもしかしたら真の狙いはこうかな?と思ったら合っていた、真犯人も半分は正解だった なぜ見抜けたかというと、私は邦訳された初期のビーフもの4作品は全て既読なので、ブルースだったらこの位は仕掛けてくるんじゃないかと予想出来たからだ ディーンシリーズの中では「死の扉」の仕掛けも大掛かりなんだろうけど、やはりビーフもののあのメタな大仕掛けを知ってしまうと、小粒感有るんだよなぁ 邦訳されたビーフもの4作は1冊も文庫化されてないのだが、ハードカバーだからと敬遠せずに多くの人に読んで欲しいものだ |
No.580 | 4点 | ポアロ登場- アガサ・クリスティー | 2014/09/25 09:56 |
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本日25日発売の早川ミステリマガジン11月号の特集は、”さようなら、こんにちはポアロ”
ドラマ版ポアロシリーズのラストシーズン放映に関する連動企画が中心 小説版企画では、「死者のあやまち」の元となった中編の掲載も有るが、目玉は近々刊行予定のソフィー・ハナ作「モノグラム殺人事件」の一部掲載、これは本家クリスティーがもう書く事が出来ない今、クリスティー社公認のポアロシリーズの正統後継作なのである さらに各評論家作家によるポアロ登場作品ベスト3アンケートの実施や、クリスティーファンの第一人者である数藤康雄氏による久々のコラムなども有り、特にドラマ版ポアロのファンには見逃せない号だろう アンケート結果だが、何で「そして誰もいなくなった」が1位じゃないの?みたいなアホな突っ込みはしないようにね さてそうなると私の書評もポアロ連動企画となるわけだが、当サイトのアイスコーヒーさんと企画が被っちゃった(苦笑)申し訳ないで~す 『ポアロ登場』(1924)はポアロものの第1短編集だが、じゃぁ第2短編集がすぐ書かれたわけじゃないのだよな、短編集だけを整理すると『ポアロ登場』の後は 『おしどり探偵』 (トミー&タペンス、1929) 『謎のクィン氏』 (1930) 『火曜クラブ』 (ミス・マープル、1932) 『死の猟犬』 (ホラー短編集、1933) 『リスタデール卿の謎』 (ノンシリーズ、1934) 『パーカー・パイン登場』 (1934) 『死人の鏡』 (ポアロものだが中編集、1937) 『黄色いアイリス』 (オムニバス、1939 米版のみ) 『ヘラクレスの冒険』 (ポアロ、1947) 『死人の鏡』は完全な中編集なので本格的なポアロものの短編集は戦後まで無いのだ、意外と皆様知らなかったでしょ こう見ると、初期のクリスティーは色々な探偵役を試していた感が有るんだよね、そしてポアロの造形もまだ後の長編諸作とは違い口調が軽薄(笑) 出版エージェントからの依頼の可能性も有るが、書かれた時期がまだホームズのライバルたちが跋扈していた時代だけに完全にホームズコピーなんだよね ただ真相や展開に後のクリスティを思わせるキラりとした面も感じさせるのは流石 しかしながら軽妙さばかりが目立ち、後の作に見られる人生の陰影が全く感じられないのは、初期の限界を感じさせてしまう 収録短編だが、固定化した舞台設定が嫌いな私としては「グランドメトロポリタン」みたいなものよりも、「百万ドル債権」とか「総理大臣の失踪」みたいな舞台が移動する作の方が好み |
No.579 | 7点 | おひまなぺネロープ- E・V・カニンガム | 2014/09/18 09:52 |
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* 私的読書テーマ、今年の生誕100周年作家を漁る、今年のはこれが最後になると思うけど第8弾はE・V・カニンガムだ
映画『スパルタクス』の原作者ハワード・ファストはいくつかの別名義でミステリーも書いているが、最も有名なのがE・V・カニンガム名義の題名が女性名で統一されたシリーズだろう と言っても内容には関連性は全く無く、単に題名だけの統一性なのだ 題名中に女性名を織り込んでいるのではなく、「ヘレン」「マギー」「サリー」「アリス」「フィリス」という風に原題は全て女性名の名詞一語のみである その中で「シルヴィア」「ぺネロープ」「サマンサ」の3作がポケミスで邦訳されている 「おひまなぺネロープ」も原題では「ぺネロープ」一語である これは私的な掘出しものだ、おそらく合わない読者には全く合わないだろうけど(苦笑) 邦訳題名通りの”お暇”な銀行家の若奥様の盗癖が巻き起こす騒動を描いたもので、そんな盗癖くらいで突っ込んじゃダメよ~ダメダメみたいな展開に、人によってはユーモアミステリーに分類すると思う 私もジャンルは迷ったのだが、そこまでユーモアを前面に押し出した作風とは思わなかったので無難に犯罪小説に投票した しかし犯罪小説としてみても相当にユルユルな話で、展開もユルければ結末も作者がヤル気ねえのかってくらいユルい しかしこのユルさがツボなお話である、ミステリー小説って別にこれでいいんじゃねえの?と思っちゃう |
No.578 | 5点 | ダーティトリック- チャプマン・ピンチャー | 2014/09/09 09:56 |
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* 私的読書テーマ、今年の生誕100周年作家を漁る、第7弾はチャプマン・ピンチャーだ
今年の生誕100周年作家は大物作家が少なくマニアックな顔触れである これは各ジャンルに言えるのだが国際政治謀略小説で言及したいのがチャプマン・ピンチャーで、数少ない翻訳刊行された作が文春文庫の「ダーティトリック」である 題名のトリックとはミステリーで御馴染みの用語ではなく”汚い策略”みたいな意味で、まさに国際政治謀略小説らしい題名だ 米ソの冷戦を背景にした広い意味でのスパイ小説と言えなくも無いが、何となくスパイ小説という形容は似合わない やはり諜報と言うよりも陰謀・謀略という語句の方が似つかわしい フレミングや初期のル・カレみたいな組織の末端の諜報活動が描かれるのとは全く違い、政治家同士の駆け引きの世界なのである 何しろ米ソの大統領や首相、CIAやKGBの長官等が架空名で登場するというさながらパラレルワールド的設定をリアリズムで描いたような話で、具体的に登場はしないが中にはエジプトのサダト大統領みたいな実名も引用されるのでちょっと混乱する フィクションを大真面目に書いたらノンフィクション風になった感じで、案外とこういうの有りそうで無かった作風だ 個性的な点は評価出来るのだけれど、訳文のせいか文章が少々読み難いんですよねえ |
No.577 | 6点 | チャーリー・チャン最後の事件- E・D・ビガーズ | 2014/09/02 09:56 |
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先月末に論創社からE・D・ビガーズ「鍵のない家」とハーマン・ランドン「怪奇な屋敷」が刊行された
「怪奇な屋敷」は怪盗グレイ・ファントムものかと期待したら紹介文によると非シリーズの密室本格みたいに書かれていたのでちょっと残念 今回論創から出た「鍵のない家」はチャンシリーズの第1作目だが、最終作が題名通りの「チャーリー・チャン最後の事件」である、もっともチャンものは全部で6作しかないのだが nukkamさんも御指摘の通りで、「最後の事件」と銘打った割には特に最後の事件らしい趣向は無い 原題を直訳すれば『鍵の番人』となるのだが、解説にもあるようにこの題名だと一種のネタバレっぽくなるのと二重の意味が掛けられているので日本語で表現するのが難しい 味気ない邦訳題名だけど無難に「最後の事件」としたのは仕方なかったかも知れない 昨今は真犯人の設定に関して○○○が存在するのを忌み嫌う読者が増えた気がするが、私は何でも○○○の存在を駄目と決め付ける風潮はどうかと思う、ケースバイケースだ、この作品ではある意味それが魅力になっているわけだし ちなみに私は犯人は当ててしまった、直感ではあるがこの話の流れならこの人物かなぁと思ってたら当たってた、こういうタイプの隠し方だと何となく気付くよな もう1つ言及したいのが館ものとしての舞台設定についてである 序盤は湖の畔に在る館に関係者一堂が集められる展開なので、この手の館ものばかり好むような読者にはピッタリンコ(笑)な設定なのだが、そこからビガーズらしさが出てくる(再笑) 途中から登場人物が2つのグループに分けられ、一方のグループは湖の対岸に建つリゾートホテルに逗留する事になって、探偵役や一部の関係者が船で湖を往復したりするのだ 2つのグループは、別に怪しい連中と犯行が行えなかったはずだという容疑除外グループとに意図的に仕分けされたわけじゃなくて、単なる成り行きと関係者の都合である しかもチャンが近郊の小さな町に捜査に行く場面が有ったりで、「チャンの追跡」でも感じたのだがビガーズってクローズドサークルっぽい舞台を提供しながら意外と舞台場面があちこちに動くよな 終始関係者一堂が館や孤島に閉じ込められる設定ばかりを好む読者にとっては、そういう展開かと期待させておいて閉じ込められたままにならないのを不満に思うかも知れないが、クローズドサークルや館ものが大嫌いな私としては、そういう定型を外したところがビガーズという作家の好きな理由である |
No.576 | 6点 | マーク・トウェイン短編集- マーク・トウェイン | 2014/08/28 09:59 |
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本日28日に新潮文庫からジェイムズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の新訳版と「カクテル・ウェイトレス」が刊行される
「郵便配達」の方はちょっと前に光文社新訳文庫版からも新訳版が出ており競合する事になったが、「カクテル・ウェイトレス」の方はケイン幻の遺作との事だ さてケインの2冊の陰に隠れて新潮文庫からもう1冊、『ジム・スマイリーの跳び蛙 マーク・トウェイン傑作選』も刊行されるのを御存知だろうか 私は旧版で読んだがトウェインじゃなくてトウェン表記なっており(笑)普通の短編集だが、新訳版ではエッセイやコラム記事まで収録されていて読むなら今回出た新訳版を買うべきだろう えっ!、マーク・トウェインって純文学の人でしょ?ミステリーと何の関係が有るの?と思った人も居るかも知れないが実は関係有るのである マーク・トウェインと言うと長編「ハックルベリー・フィンの冒険」や「トム・ソーヤーの冒険」などで有名で、特に「ハックルベリー・フィン」はアメリカ文学の金字塔の1つである トウェインは短編にも定評が有り短編での代表作が「噂になったキャラベラス群の跳ぶ蛙」である そしてこの短編を含む短編集があの”クイーンの定員”の1冊に選定されているのである、クイーンの御墨付きなのだからミステリーの範疇内だ 「跳ぶ蛙」は一種の詐欺事件を扱った犯罪小説ではあるが、このユーモアたっぷりの騙り口調こそが生命線みたいな短編で、これをミステリーに分類したクイーンの慧眼の賜といったところだろう 他にも短編集冒頭の「私の懐中時計」など卓抜なユーモアと風刺の中にミステリーのセンスも感じさせる ヘミングウェイやフォークナー等と並んでアメリカ文学の中でミステリー分野を見出すならトウェインも外すわけにはいかない作家の1人である |
No.575 | 5点 | サンジェルマン殺人狂騒曲- レオ・マレ | 2014/08/25 09:58 |
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本日発売の早川ミステリマガジン10月号の特集は、”藤田宜永責任編集”
福井市出身の藤田宜永氏は、推理小説協会賞や直木賞を受賞した和製私立探偵小説の第一人者の1人である、奥さんも作家の小池真理子 洋の東西を問わず不思議とハードボイルド作家の妻にはミステリー作家が多く、離婚してしまったが生島治郎と小泉喜美子も夫婦だった 海外ではこれも離婚してしまうがブレット・ハリディとヘレン・マクロイ、離婚してない方で有名なのがロスマクとマーガレット・ミラー、ビル・プロンジーニとマーシャ・マラー さらに不思議なのが奥さんの方はサスペンス系統の作家が多い事だ、夫婦揃ってハードボイルド作家のプロンジーニとマラー夫妻などは例外に近いだろう 藤田宜永はフランス渡航経験が有り、フランス作品の翻訳も手掛けていた、絵画も文学もパリには”藤田”の名が似合うのだろうか 中公文庫からレオ・マレ作品が4冊出ており、私はブックオフの100円棚で4冊揃いを見つけて纏めて買っておいたのだが、この内2冊は仏語では御馴染みの長島良三訳だが、もう2冊を訳したのが藤田宜永なのである ミスマガ10月号でもレオ・マレの短編が収録されておりマレと藤田の縁は深い フランスでは英米のミステリー動向の影響を受ける事がよくあり、戦前の本格派ブームは有名だが、チャンドラーなどに影響を受けた戦後のハードボイルドの流行も見逃せない、その時期の仏産ハードボイルドの人気作家の1人がレオ・マレである その代表シリーズが”新編パリの秘密”シリーズで、これはパリの各区(具体名ではなく通し番号で呼ばれる)に1作を割り当ててパリの観光案内にもなるという趣向である 東京で言うなら新宿区だけでなく、1話ごとに各区を舞台にするようなものだ、東京五輪に向けて日本のミステリー作家もやってみてはいかがでしょうか この「サンジェルマン殺人狂騒曲」だが、パリの街にも私立探偵がちゃんと似合っているのは良いのだが、ただいかにもアメリカ産ハードボイルドに影響されて書きましたっていうレプリカっぽさは拭えない感は有る |
No.574 | 6点 | 家蝿とカナリア- ヘレン・マクロイ | 2014/08/21 09:56 |
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本日21日に創元文庫からヘレン・マクロイ「逃げる幻」が刊行される、月内にはマーガレット・ミラーも予定されているのだが、マクロイの方は刊行前の相当早い時期に当サイトに登録されていたのにミラーの方は未だに、ミラーのがサスペンス小説だからなんだろうな、相変らず本格派以外は冷遇されてるのね
今回の新刊「逃げる幻」は1945年と「ひとりで歩く女」以前に書かれているので、マクロイがまだサスペンス風本格に転向する前のガチ本格を書いてた頃の作だ ウィリング博士が登場するが珍しく英国が舞台で、人間消失と密室殺人に彩られるという本格オタクが即手を出しそうな内容である 初期のガチ本格書いてた頃の代表作が同じ創元文庫の「家蠅とカナリア」である 時代背景が戦時中なのだが、灯火管制など戦時色が濃厚で、元々が独特の暗い雰囲気を持つマクロイらしさに溢れている しかも劇場ミステリーの一種という一見戦時下とは不似合いな設定が不思議な効果を醸し出して、大都会ニューヨークが舞台なのにまるでハリポタの世界に入り込んだかのようだ 謎解きに関しては”家蠅”と”カナリア”という2つのキーワードの意味するものについて読者によって評価が分かれそうだ たしかに作者が煽って強調するほどの驚愕の真意じゃないのだが、別段ガッカリするレベルでもないと思う |
No.573 | 8点 | ギャラウエイ事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2014/08/18 10:03 |
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先月末に論創社から、アンドリュウ・ガーヴ「運河の追跡」、ジェイムズ・リー・バーク「太陽に向かえ」、金来成(キム・ネソン)「魔人」の3冊が同時刊行された
今年の論創は毎月複数刊行が続いていたが先月は一挙に3冊、いや頑張ってんなぁ、息切れしないでね その3冊、恒例の刊行前早い時期の当サイト登録は無視されてましたが、やはりガーヴもバークも本格じゃないからでしょうかね、本格以外のジャンルは冷遇ですね ガーヴの最盛期は「メグストン計画」と「ギャラウエイ事件」の2トップが書かれた1950年代半ばだと思われるが、今回出た「運河の追跡」はその両作の丁度間に書かれた50年代で唯一未訳で取り残されていた作だけに期待大だ 「メグストン計画」も面白いのだが、後半の展開がどうせこうなるだろうと予想出来てしまうのがちょっと難点だ、アイデア自体は良いだけに惜しいところ 2トップのもう一方「ギャラウエイ事件」は「メグストン」を上回る面白さである 「ギャラウエイ事件」はガーヴ得意の冒険要素は終盤にオマケで付け加えたか位の分量でしかなく、ガーヴファンには物足らなくて作者の本領が発揮されているとは言い難い 話の大部分は地道な調査と調査結果の検討に費やされるという地味な展開である いや本当に地味、主人公も新聞記者もアマチュア探偵役だし、一応殺人事件は絡むがそこに重点が有るわけではなく、中心は推理作家の盗作スキャンダルとやはり地味 アマチュア探偵役だから殺人事件の調査はプロの警察組織には到底歯が立たない、そこで関連する剽窃事件の方から切り崩していく作戦なのである しかも探偵役が仕事の合い間に調査に没頭する動機は彼女への恋心であって、そもそも探偵役自身が盗作事件の免罪晴らしに懐疑的なのである、だから時々これ以上調査を続行すべきか心が折れそうになる 普通に考えたらとても面白い話になりそうなシチュエーションとは思えない ところがこの地道に地道を重ねるが如しの地味な調査が抜群に面白いのである、こんな面白いミステリー小説は滅多に無い ミステリー小説の面白さって案外こういう展開に有るのではないかと主張したい 地味というのは欠点ではない、地味だからこその面白さなのだ、地味な捜査小説好きな私としてはドンピシャに嗜好のど真ん中である つくづく私はこういうのが好きなんだなぁと思う |
No.572 | 6点 | 五枚目のエース- スチュアート・パーマー | 2014/08/12 10:01 |
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ちょっと前に論創社からパーマーとライスの合作短編集が出たと思ったら原書房からもパーマー久々の長編が刊行されて、やっとこの作家に光が当たり出したのは嬉しい
パーマーはEQMMにも度々短編が掲載されるなど当時の人気作家で、パーマーをマイナー作家と思い込んでいるのは日本の読者だけだろう、過去にマトモな紹介をされ損ねたのが残念だ さてここで質問、黄金時代の本格派作家の中で、英国風とは対極的ないかにもなアメリカ的な本格派作家を3人選べと言われたら誰を選びますか? 条件は本格派としてのロジックとかトリックがどうとかの要素は二の次、あくまでも”英国には居ないタイプのアメリカならでは”というのを最重要条件とする その条件で私が選んだのは次の3人、まず1人目はレックス・スタウト、これはもういかにもミスター・アメリカン・ミステリーそのものだからね 2人目は当然ながら御大クイーンである、これは異論が無いだろう、アメリカの社会風俗描写などを取り入れているし、作家だけではなく編集者として業界をリードした功績も含めてだ 3人目はクレイグ・ライスと言いたいところだが、ライスのデビューは黄金時代には遅く活躍時期的に戦中戦後作家と言うべきで、黄金時代全盛期の只中に活動したという条件には合わない そうなるとライスの代わりにP・A・テイラーか少々マニアックだがデイリー・キングあたりかだが、テイラーは日本では未紹介過ぎるし、本格マニア受けのキングではこの場合の選択の主旨とは少々ズレてくる これも紹介が不十分だが一応本格黄金期に活躍という条件にぴったり当て嵌まる点など、ライスの代わりに3人目を選ぶなら絶対外せない作家がスチュアート・パーマーである パーマーはアメリカンな雰囲気という意味ではスタウトやクイーン以上の正にミスター・アメリカン本格だ 生まれも育ちも生粋のニューヨークっ子で、その能天気で明るいユーモア、都会的な雰囲気、どう見ても絶対に英国からは出てこないタイプの本格派作家である 今回原書房から出た「五枚目のエース」、題名の由来は4枚のエースを揃えても負ける”緑のエース”という故事らしいのだが知らない故事だ デッドラインものという基本設定だけど、あまりその手のサスペンスが横溢していない これには理由が有って、あまり詳しく言うと勘の良い人にはネタバレになるのでボカシてしか言えないが、要するにちょっとした仕掛けが有る訳だ だからデッドラインものとしてのサスペンス不足はこの作品の弱点ではないと思う、そう考えると当サイトでの他の方の御指摘通りで解説で森英俊氏が主張するほど特別な異色作でも無い ちなみに私は真相は8割方見破った、何となく違和感有ったんだよね、パーマーならこの位は仕掛けてくるだろうとね ところでこれはよくクリスティがやる手なんだけど、終盤の解決編で容疑者全員を一堂に集めて探偵役が謎解きを披露するパターンって有るでしょ ケレン味が嫌いで渋い謎解き場面が好きな私としては、関係者一堂解決場面演出って嫌いなんだよな ところが「五枚目のエース」にはこの手法に対する皮肉が込められた文言が有って、私の感性にマッチしていたのも好感 |
No.571 | 7点 | ネオン・レイン- ジェイムズ・リー・バーク | 2014/08/08 09:59 |
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先月末に論創社から、アンドリュウ・ガーヴ「運河の追跡」、ジェイムズ・リー・バーク「太陽に向かえ」、金来成(キム・ネソン)「魔人」の3冊が同時刊行された
今年の論創は毎月複数刊行が続いていたが先月は一挙に3冊、いや頑張ってんなぁ、息切れしないでね 3冊の中で韓国の作家キム・ネソンに異色性を感じる人も居るかも知れないが、ネソンは日本統治時代の戦前には日本に居住して乱歩とも親交が有り早稲田大卒で日本語でもミステリー書いてた人だから特に珍しい作家でもあるまい、戦後は韓国に戻り韓国語でミステリーを書いたので戦後の作は海外作品扱いとなる 先月の3冊の中で最も驚くべきはジェイムズ・リー・バ-クである、だってさバークには著作権料が必要でしょ?違うの? 論創社がなぜ古典ばかり出してるかって言うと、版権が関わらないというコストダウンが理由なわけで、だからこれまでバークに手を出したのは角川や講談社のような大手だった ジェイムズ・リー・バ-クはMWA長編賞を2度も獲った世界的に評価の高い大作家であり、日本の現状ではハードボイルドファンにしか読まれていないようなのは勿体無い 今回論創から出たのはノンシリーズっぽいが、作者を代表するシリーズはデイヴ・ロビショーのシリーズで、シリーズ第1作が角川文庫の「ネオン・レイン」である ロビショー警部補はそりゃ気の強い奴でさ警察内部での食み出し者、結局後には警察機構から食み出ちゃうのだが(笑) ん?この設定どこかで読んだような、そうですこれはマイクル・コナリーのハリー・ボッシュ刑事ではないか、実際にコナリーのデビューはバークに遅れること5年、90年代型ハードボイルドとしてバークはコナリーの先輩と言えそうだ 90年代型と言ったのは、両作家とも80年代型ハードボイルドから脱却して一歩先を行っており2000年以降もこの流れは続く ところでこの両作家、似ている要素も多いが文章表現に決定的な違いが有る コナリーの文章は緻密な描写力が持ち味でリアリズム調である、バークの文章にはこうした面は欠けているが代わりに美しく情感的なリズムが有りコナリーにはやや欠けている要素だ これはコナリーが元々ジャーナリズム出身の記者だったのに対して、バークが文学畑出身というのが原因に違いない コナリーのボッシュ刑事もバークのロビショー警部補も一匹狼的で、後に警察を辞めるなど警察小説というジャンルには当て嵌まらない、やはりハードボイルドの一種だと思う 「ネオン・レイン」はアメリカ南部の土着風土の情景が内容と調和していて、流れるように読み進められる 私はこのような作品を評価出来るような読者・書評者で今後もあり続けたいと思う |
No.570 | 6点 | 恐怖の島- サッパー | 2014/08/04 09:59 |
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英国工兵隊将校のハーマン・シリル・マクニールは第一次大戦中から人気作家だったが、当時は現役軍人が本名で小説を書く事は禁止されていたので、トレンチでは無い塹壕(サップ)を掘る工兵の通称であるサッパーの筆名を使用した
サッパーは冒険スリラー小説の書き手として当時の人気作家であり、もっと早くまともな紹介がなされていてもおかしくなかった作家である 実は私はサッパーの歴史的位置を今まで間違えて捉えていた、1910年代の古典的スリラー小説作家達、E・ウォーレスやオップンハイム等と同期だと思い込んでいたのである ところがサッパーを代表するシリーズ、退役軍人ブルドッグ・ドラモンドのシリーズ第1作目がそもそも第1次大戦終結後の1920年であり、この「恐怖の島」に至っては本格黄金時代の真っ只中1930年(31年説も有り)の作なのである、ちょっと驚いた つまりサッパーは本格派全盛期の中で冒険スリラーを書き続けた作家だったのである、そして書かれた年代が内容にも影響していると思われる 正直言って「恐怖の島」の宝島での宝探しという基本設定自体が古臭い、全体に1910年代のスリラー小説を引き摺っている感じだ ネット上の評価で「宝島」の方が上という意見が有ったが、いや「宝島」と比較しちゃいかんよ(笑) 当サイトでは冒険小説とスリラーとは同ジャンルに分類投票するシステムになっているが、仮に冒険小説とスリラー小説とを区別して考えてみよう そうするとこの「恐怖の島」は7対3位の比率でスリラー小説の要素の方が多い、島に上陸してからの冒険小説的部分は後半の3分の1程度で、王道の冒険小説を愛するタイプの読者が読んだら物足りなく感じるに違いない 全体に人対大自然ではなく、人対人同士の腹の探りあい裏のかき合いに終始するスタイルは、サッパーってやはり根はスリラー作家なんだろうな 私の受ける印象では、第一次大戦前のスリラー小説の流行と第二次大戦後の冒険小説ブームとの過渡期的な中途半端さを感じる、まぁ良く言えば1粒で2度美味しいとも言えるが それとこれは明らかな欠点だと思うのだが、英国人から見た南米の人々に対する見下した気持ちが滲み出ているのが鼻に付く ただし小説としては面白く読めるし上手い作家だと思う。サッパーはきっと根っからのエンターテイナーなんだろう ところで各出版社の皆様、「ブルドッグ・ドラモンド」の新訳を出してもいい頃なんじゃないでしょうか |
No.569 | 6点 | ギリシャ棺の秘密- エラリイ・クイーン | 2014/07/31 10:00 |
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昨日30日に創元文庫からクイーン「ギリシア棺の謎」の中村有希による新訳版が刊行された
中村有希は訳文がすーっと頭に入ってこなくて苦手な翻訳者なんだよな、私としては多分新訳で再読する事は無いと思う(苦笑) 「ギリシア棺」は過去に書評済だが一旦削除して再登録 御三家の中でそれぞれ読者によってこの作家が好きという好みが分かれるであろう クリスティやカーに比較して、クイーンを優先的に特に好むタイプの読者は多分私の感性と合わない読者なのだろうという思いはずっと持っている 何故ならクリスティやカーの方を好む読者だと必ずしもロジックだけを好むタイプじゃ無さそうだけど、他の2人に対してクイーンだけを特に好むタイプの読者って、ミステリー小説にロジックとフーダニットだけを求めるタイプが多い印象なんだよな、それ以外の要素は冗長無駄みたいに言う しかしこの「ギリシア棺」はロジック以外の面でも魅力を発揮しており、そういう面では「フランス」や「オランダ」よりも進化していると私は思う ただ舞台設定の面では特徴が無く、大都会の喧騒といった社会風俗的な魅力は後退している、次の「エジプト」での舞台はニューヨークを離れちゃうしね 「ギリシャ棺」は探偵クイーン君がまだ青二才の頃の事件だが、これは探偵役の青春を書きたかったわけではなく、設定上そうでないと都合が悪いからなのは明白だ 初期クイーンに顕著な”属性”による意外性だが、「ギリシア棺」の場合だけは基本設定が固定化してから使うわけにはいかんもんな 従って探偵役クイーン君の若かりし日の事件だからという理由で初心者にこれを薦めるのは明らかに不適切で、国名シリーズ入門には絶対向かないと思う 真犯人の設定に於いてクリスティ作品にも似たパターンのはあるが、クリスティがしら~っと平気で使ってるのに対して、やはりクイーンは細かい面にも気を配るなぁ ※ 以下は決してネタバレでは無いが神経質な人は読まないほうがいいかも 途中で、赤色を緑、緑色を赤、と呼ぶ人物が登場する 原文は不明だが、この人物に”色盲”という語句を使用しているなら、これは作者クイーンの勘違いである ”赤緑色盲”というのは、赤と緑が区別出来ない症状を指すのである この登場人物は色の区別は可能で、ただ単に色の名前を間違えて覚えているだけだから、頭がアホではあるが色盲ではない 空さんが指摘されていたのはこれでしょうか ところでカーにも色盲が決め手となる某短篇が有るが、カーは色盲の意味を正しく解釈していた |