皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
miniさん |
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平均点: 5.97点 | 書評数: 728件 |
No.228 | 6点 | 最悪のとき- ウィリアム・P・マッギヴァーン | 2010/09/02 09:34 |
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社会派ハードボイルドの雄マッギヴァーンは前期と後期ではテーマが違い、前期だけなら”悪徳警官ものの”というキャッチコピー通りの作家である
いかにもマッギヴァーンらしい前期の代表作であり集大成とも言えるのが「最悪のとき」だ この作品を最後に後期になると”悪徳警官”というテーマから離れてしまうらしいが、後期作は未読なのでどんな感じかは分からない 作家事典などによると、悪徳警官ものか否かという違いだけで、作品の質はさらに進化したらしいのであるが 前期の出世作「殺人のためのバッジ」は、正直言って展開が形式通り過ぎて面白いと思わなかったが、「最悪のとき」は進歩していて、これなら代表作に相応しいだろう ただ不満も有って、やはり人物が若干ステロタイプで、しかも人物配置も有りがちなパターンだ まるで日本の時代劇によくあるような人物配置なのだ 悪くない作家だとは思うけど、何かこう物足りなさを感じる作家でもあるんだよなぁ |
No.227 | 7点 | メリー・ディア号の遭難- ハモンド・イネス | 2010/08/27 10:01 |
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ちょっと以前には冒険小説というとD・バグリイかJ・ヒギンズあたりから入る読者が多かった気がするが、確信は無いけどおそらくその前だったらA・マクリーンから入門するのが一般的だったのだろう
しかし戦後にマクリーンより前から活動していた冒険小説作家としてハモンド・イネスの名を落とすわけにはいかない マクリーンの先駆みたいな作家だけど今読んでも楽しめるんだな 案外と冒険小説というのは時代を超えて古びないジャンルではある 「メリー・ディア号の遭難」は中期の作で、丁度マクリーンがデビューしたのと同時期の海洋冒険ものである 舞台となる海域は英仏海峡の仏沿岸の岩礁地帯だから、冒険小説の舞台にしては随分と地味な海域である 同様に船名を冠したマクリーンの「ユリシーズ号」と違い、メリー・ディア号という船は主人公が乗る船ではない 主人公の船は別の船であり、航海中にメリー・ディア号と遭遇するのが発端 メリー・ディア号という貨物船の座礁にまつわる謎の積荷に関する謎解き小説的な雰囲気が濃厚だ 中盤では保険会社も巻き込んだ海難審判のシーンが延々と続き、裁判小説的要素もある 冒険小説と銘打つだけでミステリーの範疇外のレッテルを貼るのは浅い判断であることはこの作品が証明している H・イネスは冒険小説作家としては直球勝負な作風で、ユーモアもゆとりも感じられないが、それだけにマクリーンと比べると人気面で不利だったのは仕方ない でも私はマクリーンよりイネスの方が好きで、イネスの味も素っ気も無い剛直な感じが好きなんである 翻訳者が日本における海難ミステリーの第一人者の高橋泰邦なのはピッタリで、船舶に関する専門知識の正確さは流石 |
No.226 | 5点 | ミステリーファンのための古書店ガイド- 事典・ガイド | 2010/08/24 10:29 |
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たまにはこういうのもいいでしょ
これは書籍のガイドではなくて、あくまでも古書店のガイド本 なんたって北海道から沖縄まで著者が実際に古書店を巡り、 名前が載ってるだけなら細かい古書店まで紹介している しかも学術専門古書店などミステリーを置いてないような店は掲載せず、あくまでもミステリー古書を探すという視点が貫かれている だから神田神保町や早稲田古書街といった古書店密集地帯の章などは、ミステリーを重点的に扱う店に絞り込んでおり、案外と紹介している店が少なくて、かえって地方の方が細かいところまで拾っているくらい 笑えるのは著者の経験から、リュックを背負った古書探しの旅の服装まで指南している、うわっ本格的な奴 きっと目ぼしいのは野村さんがみんなごっそりさらってしまったんだろうから、この本を見て今から行っても、特別な珍品はもう無いんじゃないかな それにしても、内容は古書店ガイドなのに、この本の発売直後に新刊で買った相当おバカな私 |
No.225 | 7点 | 紅楼の悪夢- ロバート・ファン・ヒューリック | 2010/08/13 10:19 |
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* お盆の時期だからね(^_^;) *
盂蘭盆(うらぼん)の時期だった為、ここ楽園島内の宿屋はどこも満室で、狄(ディー)判事一行がかろうじて泊れた部屋は何やら怪しげな部屋だった 一泊して翌日に隣県のルオ知事に挨拶に行く予定であったが、そのルオ知事が楽園島に来ていて半ば強引にある事件の解決を代理で依頼されてしまう狄判事 江南にある第3の赴任地時代の話で、題名の出典は述べるまでもないだろう 今回の舞台は、酒場・賭博場・娼館が立ち並び、水路に囲まれたその名も”楽園島”、まぁ古代中国のラスベガスと言ったところか 話の展開も真相も珍しい舞台と良く合っている 過去現在含めて全部で3つの密室事件が出てくるのだが、トリックに期待しちゃ駄目よ 密室トリックが主眼ではなくて、なぜ密室事件が3つも起きるかってぇーと、それは自殺か他殺かを読者に混乱させるのが狙いだろーて 登場する副官も酒と女には目が無い馬栄(マーロン)1人なのは必然だ しかし今回の馬栄、腕っ節を見せる場面もあまり無く、終いにはほろ苦い結果に・・ ほろ苦いのは真相も同様で、3つも密室事件が起こる割には話の展開が分かりやすくトータルバランスに優れ、暗く重い真相が舞台設定と良く調和しており余韻が心に沁みる 前期5部作を除く読んだ中後期作の中では最も出来が良い それにしても”小蝦どん”の荒業すっげぇぇぇ~! |
No.224 | 6点 | 夜の熱気の中で- ジョン・ボール | 2010/08/10 09:50 |
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* 夏だからね(^_^;) *
黒人刑事ヴァージル・ティッブスのシリーズ第1作 ジョン・ボールは冒険小説も書いているが、日本ではほぼこの1作のみで知られていると言っていいだろう 作者はもちろん白人なので、やはり黒人の描き方に少々のわざとらしさは感じるものの、この作が書かれた当時は根強かった人種差別に対する黒人への温かい眼差しは好感が持てる 謎解き面でも多分にこれもわざとらしいミスリードを入れて、読者の目を真犯人から逸らす工夫がされている まぁ、ちょっと勘の良い読者なら中途で見抜けてしまうが 長編としては短い分量なので小粒感は否めないが、山椒は小粒でぴりりと、と言うのはこういう作品を指すのだろう |
No.223 | 6点 | 現代海外ミステリ・ベスト100- 事典・ガイド | 2010/08/06 09:54 |
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Tetchyさんの書評を見て驚いて便乗しました
実はこの本、私も登録しようかなと思っていたので これもTetchyさんの書評通りで、文庫の版型で上下二段組に見開き2ページで1作というスタイルだけど、上下二段組の必要性が疑問だし、解説も粗筋紹介に大部分が割かれ、肝心の紹介文の部分がイマイチ魅力に欠ける それと各書評の配列順が、作品題名のアイウエオ順て・・ もっと適切な配列順はなかったんだろうか 多分同じ仁賀克雄だし「海外ミステリ・ジャンルベスト100」と対になってるのだろう 「海外ミステリ・ジャンルベスト100」・・・基礎編 「現代海外ミステリ・ベスト100」・・・応用編てな感じでね 発行年を見ると「現代」の方が先だから、「ジャンルベスト」の方は思い切り入門向きにしたんじゃあるまいか 「ジャンルベスト」の方はあまりにも基本図書的な選択なんで、海外ものは全く読んでない読者にしか参考にならないだろうし それだけこの「現代海外ミステリ・ベスト100」が、作品選択という意味だけなら、よく出来ているという事だと思う 仁賀氏は作品選択のバランス感覚だけは絶妙だからね 一言で言うならまさに”過不足なし” つまりこの本で挙げられている100冊よりも範囲を広げてしまうと、ちょっとマニアックになり過ぎる それでいてこのガイド本が出た当時の現代海外ものの重要なところは全て押さえてある ジャンル的にも各ジャンルをバランスよく配分しているし 海外ものはクリスティ、カー、クイーンくらいしか読んだことがないという読者には実用的で適切な参考書だ |
No.222 | 9点 | ヨットクラブ- デイヴィッド・イーリイ | 2010/08/05 09:49 |
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異色短篇作家デイヴィッド・イーリイは、”奇妙な味”という表現を言うならR・ダール以上に相応しい作家だ
早川書房の異色作家短篇集全集において、もし第二期が計画刊行されていたとしたら最優先で収録されただろう 私がイーリイを初めて読んだのは代表作と目される有名な短篇「ヨットクラブ」だけれど、当初ハードカバーで刊行された時の短篇集のタイトルも『ヨットクラブ』だった 今では内容はほぼ同じだが『タイムアウト』と短篇集の題名が変更されて河出文庫から出ていて、価格的にも求め易くなった どうしても「ヨットクラブ」の印象が強くて固定観念を持ってしまうが、短篇集としては結構ヴァラエティに富んでいて、しかも内容レベルも高い 特に得意なのがじわじわとサスペンスを醸成する語り口調で、アイデアやオチの持って行き方も優れてはいるが、やはり基本は途中経過を読ませるタイプだと思う すらすらと読み易い翻訳文もマルだ |
No.221 | 6点 | どんがらがん- アヴラム・デイヴィッドスン | 2010/07/30 09:31 |
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異色短篇作家アヴラム・デイヴィッドスンは、本格中心な読者だとクイーン「第八の日」の代作者ではないかと噂になっている事で知られているだろう
「盤面の敵」のシオドア・スタージョンといい、なぜかクイーンの代作者と言われるのが異色短篇作家なのが不思議である 河出書房の奇想コレクションはその叢書名からも分かるようにややSF寄りと思われる 例えばジョン・スラデックは本来はSF作家ではあるが、この叢書に入っているのはまさにSF短編集らしいようだ しかしスタージョンの『不思議のひと触れ』もそうだがこのデイヴィッドスン『どんがらがん』もジャンルを超越した異色短編集で、ミステリーとしても読める 早川の異色作家短篇集全集にもしも第二期があったとしたら、この2人はきっと入るのではと思ったのが、デイヴィッド・イーリイとアヴラム・デイヴィッドスンなのである 異色短篇作家としてのデイヴィッドスンは中上級読者向きであって、比較的とっつき易いロバート・ブロックやリチャード・マシスンのような異色短篇入門向きではない 収録の「ナイルの水源」などアイデアも卓越しているのだが、アイデア優先な作家でしかも難しい 内容だけでなく方言を多用した文章も難解で、この分野に慣れていないとデイヴィッドスンは難しいと思う 解説はこの作家を敬愛する殊能将之 |
No.220 | 6点 | シロへの長い道- ライオネル・デヴィッドスン | 2010/07/26 10:11 |
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CWA賞を三度も取ったライオネル・デヴィッドスンは前から読みたい作家だったのだがやっと初読み
私にとっては得体の知れない作家だった 何となく冒険小説系統かなと思っていたが作品によっては諜報謀略小説のようでもあるし 初めて読んでみた感じではこれは諜報謀略小説では絶対無い 組織が絡むような場面は一切無く、終始個人に視点が当てられる 好き好んで巻き込まれる冒険小説の一形態と言ったところで、気品のある筆致といい、英国伝統の冒険小説の香りが濃厚だ でも一般的な冒険小説とは何となく違う 結局は読み終わっても謎の作家のままなのであった(苦笑) 訳者はフランシスでもお馴染みの菊池光だが、デヴィッドスンの文章は格調はあるがフランシスのような切れのある文章ではないから、ちょっと直訳調の菊池光には合わない感もある |
No.219 | 5点 | クッキング・ママは名探偵- ダイアン・デヴィッドソン | 2010/07/26 10:01 |
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グルメ系コージー派の代表的作家の1人
アメリカでは日頃からプロの料理人頼んでパーティーしてるのか、暇な奴らだぜ コージー派の舞台で多いのは大都会ではなく地方の中小都市で、限られたコミュニティ内部の人間関係の中で事件が起こるが、地方都市といっても割と特徴の無い平凡な都市が多い その点このゴルディシリーズは、コロラド州の一大スキーリゾート地、アスペン・メドウというのが珍しい この第1作だけ読んだ感じでは、それほどリゾート地という舞台設定が活かされているとも思えなかったが、登場人部の中には養蜂家も居たり、山岳の麓という感じは一応出ている 都会から移り住んできた人も多く、全てが観光客に依存している町というのでも無さそうだ 謎解き的には犯人の意外性は全くないが、ゴルディがある手掛りに気付く経緯や、殺人犯が判明後、別のある真相が明らかになる件などまあまあかな ところでコージー派は数作しか読んでないのだが、読んだコージー派作家の中では最もユーモアに乏しい印象を受けた むしろコージー派にしては重苦しい位 しかしユーモアはコージー派の必要条件ではない よくコージー派の定義を”ユーモアミステリーのようなもの”とか”日本の日常の謎みたいなもの”と定義する人が居るが、これは完全なる解釈間違いであり、コージー派を理解していない コージー派はユーモアミステリーでもなければ日常の謎でもない 大抵は普通に?殺人事件が発生するんだぜ ただ描写がどぎつくなかったり、身近で起きた殺人事件の割には登場人物達が他人事と言うか自分達の身辺雑事に追われてるという印象なだけなのだ たしかにコージー派の中にはかなりユーモア調の作家も居るが、ダイアン・デヴィッドソンはその中ではシリアス調の最右翼の方であろう |
No.218 | 8点 | ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー | 2010/07/16 10:20 |
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明日17日に映画『華麗なるアリバイ』が公開となる
その原作が「ホロー荘の殺人」なのだ ただしポアロが登場しない設定の戯曲版だが フランス映画なので舞台もフランスに代えていて、被害者の職業も行政官から医師に置き換えている 以前ニュースでクリスティの名が採り上げられた時、「オリエント急行の殺人」や「ホロー荘の殺人」で有名な、と紹介していた 「ホロー荘」の位置付けが分かるエピではないか 日本での初心者にとっては「アクロイド」や「そして誰も」だろうが、世界一般的には「オリエント急行」や「ホロー荘」のクリスティなんだな、と思った 「ホロー荘」はたしかに特別な作品の一つである クリスティはよく謎解き部分は上手いが人物描写が薄っぺらみたいにいわれることもあるが、人間が描けなかったのではなく、あえて描こうとしなかったんじゃないかと思わせる お!やれば出来るんだなクリスティ、 ただし私はこの作品を”ブンガクテキ”などと思ったことは無い トリック自体は大したことは無いが、トリックしか興味の無い読者が読んでも良さが分かリ難いのだ 真相がつまらないと言う読者も当然居るだろうが、真相だけを抜き出して吟味しても意味が無い 要するに総合的に判断して真相が作品世界にマッチしているかが重要なポイントで、「ホロー荘」においては他の解明は有り得ず真相は絶対これしかないし、それでいいのだ まぁだからこそ私は途中で真相が分かっちゃったけど 「ホロー荘」はブンガクとかそういう観点じゃなくて、普通にミステリー小説として総合的な世界観としての傑作なのである 小説版ではポアロものだが戯曲版ではポアロは登場しない それも道理で、この作品でのポアロは「八つ墓村」の金田一みたいに終盤で推理と説明は一応披露はすれど、事件の根本的解決に役割を果たしているとは言えない もっとも事件直後を目撃させる必要があるので、それが小説版ではたまたまポアロだったわけだが、1人だけに目撃させるなら確実な証人の方が良いわけで、そうなるとポアロの存在意義が全く無いわけではない 映画予告ではどうやら複数の目撃者を立てて確固たる証人としているようだ |
No.217 | 9点 | 悪魔に食われろ青尾蠅- ジョン・フランクリン・バーディン | 2010/07/09 09:55 |
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12月に創元から文庫化される予定
早過ぎた作家J・F・バーディンはミステリー作品としては実質3作でしか名を残していないが、その先進性は今では高く評価されている 埋もれていたバーディンを発掘し再評価した伯楽がジュリアン・シモンズで、有名な”シモンズ選サンデータイムズ紙ベスト99”の中にも選ばれて日本でも知られる作品名となった 変な題名の由来は作中に出てくる歌詞の一節である パラノイアな心理サスペンスという分野自体は発表当時でも特に目新しいものではなく、例えばマーガレット・ミラーも既にデビューしていた しかし「悪魔に食われろ青尾蠅」のモダンな感覚は類を見ないもので、これが1940年代に書かれた事は驚嘆するしかない もしこれが1960~70年代以降に書かれたのなら採点は8点だが、40年代に書かれているのを考慮して+1点だ まぁ暇潰しで読んだり”館もの”やクローズドサークルものばかりをこよなく愛するような奴には絶対に良さは分からんでしょうな(大笑) |
No.216 | 5点 | 水底の妖- ロバート・ファン・ヒューリック | 2010/07/07 10:40 |
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夏の湖上で町の有力者から舟遊びの宴会に招待された狄(ディー)判事だが、余興で舞った芸妓が船から落ちて溺死する
この湖では溺死者は湖底に沈んで浮かばない伝説があった 同船した容疑者宅の密室で花嫁が死んで花婿は密室から消え失せ、さらに遺体が別の死体と入れ替わり、格子戸の窓から覗く幽霊の姿 前期5部作の一つ「水底の妖」は、序盤からこれでもかと怪奇趣味濃厚で、読んだシリーズの中では最も怪奇色が強い 今回の舞台となる判事の2番目の任地は山間の湖の辺にあり、都からも比較的近くて馬を飛ばせば一昼夜で行ける距離に在る 今の日本で言うなら信州諏訪湖畔の茅野市みたいな所か 唐代の都市は律令制度の理念で作られ周囲を城壁で囲まれている場合が多いが、この町は城壁の無いオープンな構造をしているのが珍しく、シリーズでの判事の任地の中では異色だ 残念ながら怪奇性は前半までで、後半では大規模な陰謀が暴かれるのだが、やや風呂敷を広げ過ぎた感じもあって事件性が大味になってしまい、結末も些か話を纏めきれず尻つぼみだ また前期作の特徴でもある3つの事件が絡むのではあるが、今回は3つの事件の容疑者達が共通しているなど、最初からいかにも関係がありそうで胡散臭い つまり最初からあまりに関連が疑わしいので、意外性という意味で一見関係無さそうな3つの事件が後半に結び付いてくるような興趣には乏しい 未読の「釘」を除く、読んだ前期5部作の中では最も劣る ただ全体に副官の活躍が目覚しいのが救いで、この作で風車の弥七的存在の陶侃(タオガン)が初お目見えする この作単体なら水準作以上なんだろうけど、前期5部作だからどうしても傑作「黄金」「迷路」と比べちゃうからなぁ 題名も不満で、和邇桃子さんの付ける訳題は他の作も首傾げるのが多いが、今作も原題に”Lake”が入ってるんだから、例えば”湖底の妖”みたいに”湖”という単語を入れなきゃ駄目でしょ |
No.215 | 7点 | ジェイムズ・ジョイスの殺人- アマンダ・クロス | 2010/07/05 10:04 |
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夏休みにケイト・ファンスラー教授一行は故出版社主の娘に依頼されて、作家ジェイムズ・ジョイスの手紙や原稿の整理に別荘へやってきた
アカデミック本格、ファンスラー教授シリーズ第2作 講談社なのに文庫ではなく四六版ソフトカバーという中途半端な装丁で出たので、海外では定評ある作なのに現状では捜し難くなっているのが残念、講談社は文庫化すべき ジェイムズ・ジョイスは「ダブリン市民」「ユリシーズ」などで有名な20世紀でも最も謎の多い作家の一人で、作家としての履歴を見ている方が面白いが、基本的なプロフィルくらいはネットで確認しておく方が良いだろう 各章立てを見ると一見何の変哲の無いような全15章の題名が並ぶが、実はジョイス作の短編集「ダブリン市民」収録の各短篇の題名と全く同じという趣向なのだ ただし物語の進行に合わせて配列順は変えてあるが シリーズ第1作「精神分析殺人事件」は決して悪い作では無いものの持ち味が充分に発揮されてないもどかしさがあったが、「ジェイムズ・ジョイスの殺人」は文学的素養と謎解きが融合し、持ち味が存分に発揮された作者の代表作と言って良い出来だ |
No.214 | 3点 | 殺人のためのバッジ- ウィリアム・P・マッギヴァーン | 2010/07/03 09:44 |
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50年代に入るとハードボイルド派は質的変化を起こし、それまでの私立探偵が主役のものから警官を主役に据えたものが登場してくるが、そんな一人がマッギヴァーンである
社会派ハードボイルドの雄マッギヴァーンは前期は悪徳警官もので存在感を確立した しかしハードボイルドという感じはあまりしなくて、トンプスン「おれの中の殺し屋」みたいなノワール小説をイメージしてしまう もっともトンプスンやエルロイみたいな歪んだ性格の登場人物像ではなくて、普通に”悪徳”なので、その辺がノワールとは一線を画し社会派と呼ばれる所以か ただ悪徳警官ものの出世作「殺人のためのバッジ」は描き方がストレート過ぎて物足りない 社会派としての要素にも乏しく、ノワール特有の屈折感にも欠ける シンプル・イズ・ベストとは言うけど、この手の小説にはシンプルさは似合わない もっとゴテゴテと飾り立てた方が良かったと思う |
No.213 | 9点 | ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件- ホルへ・ルイス・ボルヘス | 2010/06/29 10:05 |
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本日夜に決勝トーナメント第1戦のパラグアイ戦が行なわれる
パラグアイのミステリー作家は聞いた事が無いが、隣国アルゼンチンならボルヘスが居る 知の巨人ボルヘスはもちろん専門のミステリー作家では無いが、おそらく20世紀文学史を代表する南半球最重要な作家だろう だから出版の中心は一見ミステリーとは縁の無さそうな岩波書店だ 薀蓄の塊みたいな奴だから当然ミステリーにも興味を示し、欧米のミステリーをスペイン語圏に紹介した ミステリー著作としては一般的には「伝奇集」の方が有名だろうが、狭い意味で重要なのはこの「イシドロ・パロディ」で、短編集として”クイーンの定員”にも選ばれている カサーレスとの共著で原著はブストス・ドメック名義だった 「イシドロ・パロディ」の魅力を一言で言ってしまえば、ずばり”超論理”で、書かれた時代も近いがT・S・ストリブリングのポジオリ教授シリーズを思わせる 星座占いの12星座の順番が決め手となる「世界を支える十二宮」や謎解き興趣満載の「タイ・アンの長期にわたる探索」など逸品の短篇揃いだ まぁ、読者によってこの超論理にはまるか否かが全てだろうから万人向きでは無いが、私ははまったので高得点 |
No.212 | 5点 | メランコリイの妙薬- レイ・ブラッドベリ | 2010/06/26 09:59 |
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昨日発売の早川ミステリマガジン8月号の特集は”異色作家の最新潮流”
全然最新潮流じゃないけど、異色作家短篇集全集から1冊 異色短篇作家ブラッドベリはSF作家との認識の人が多いみたいだが、本質はSFじゃなくてダークファンタジーとかの方が近いと思う しかし『メランコリイの妙薬』はそのどちらとも違って、この作者にしてはミステリー色が強い この短篇集なら当サイトで採り上げても何ら違和感が無いだろう ただ悪く言えば、ブラッドベリ独特の暗さが無い 一応"SFの叙情詩人”と異名を取る作者らしい叙情性はあるものの、ちょっと本領とは方向性が違うかなぁとも思える 余談だが3戦目デンマーク戦での快勝は、メランコリイを吹き飛ばす妙薬だったな |
No.211 | 8点 | 雨の国の王者- ニコラス・フリーリング | 2010/06/19 09:12 |
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日本時間で本日夜に2戦目の強豪オランダ戦が行なわれる
ミステリーの世界でオランダと言えば「オランダ靴」・・ じゃなくてニコラス・フリーリングなのだ フリーリングは国籍上は英国作家なのだが、描く舞台は欧州大陸側で、中心はオランダ アムステルダム警察のファン・デル・ファルク警部は、自嘲気味な人物造形も魅力で、さながらオランダのメグレと言ったところか ボードレールの詩の一節を題名の由来とする「雨の国の王者」は、MWA賞受賞も納得の傑作である 冒頭の警部が銃で撃たれる衝撃的なシーンで幕を開け、話は捜査を依頼されるきっかけに戻って経緯が語られる そして欧州各地を転々と舞台は移るのだが、国際色豊かな舞台設定といい、異国情緒が漂う やはり警察小説と異国情緒は相性が良いのだなと改めて思った |
No.210 | 5点 | キリンの涙- アレグザンダー・マコール・スミス | 2010/06/14 10:19 |
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WC南ア大会も開幕し、日本時間で本日夜に初戦の日本対カメルーンの試合が行なわれる
この作品中でもボツワナの隣国である南アフリカの治安の悪さが語られて、平和な国としてのボツワナが強調される サバンナのミス・マープル再び登場 第1作「№1レディーズ探偵社、本日開業」はマ・ラモツエの身辺雑記を縦糸に、極めて連作短編集的な構成だったが、この第2作「キリンの涙」ではメインとなる事件が一つ有って別の事件は全て脇筋という、完全に長編としての構成である シリーズの雰囲気からすると1作目の連作短編集形式の方が合ってる 1作目のほのぼの感が後退し、全体に事件がほろ苦い結末なのは決して嫌いではないし、児童文学者でもある作者らしいヒューマニズムは良く出ている ただ主人公とその夫の生活がボツワナという国の中では裕福ではないにしても比較的安定しているので、生活上の悲壮感には乏しい 養女が整備士の仕事に興味を抱く件など、ちょっと御都合主義なキャラ設定なのも不満だ 事件の部分も第1作よりも密度が薄く、悪人が性悪なので物語の雰囲気と何となくミスマッチな感もあって、全体に勧善懲悪なのが鼻につくし、この点では1作目の方が好ましい ところで題名の由来だが、ボツワナに古くから伝わる籠に編まれた小さな雫型の模様をキリンが贈った涙に例えたのだ なぜキリンが涙を贈ったのか?それはキリンには涙しか贈る物が無かったから、って、なかなかいい話ではないですか |
No.209 | 6点 | 英国人の血- ジェイムズ・マクルーア | 2010/06/12 09:49 |
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昨日いよいよワールドカップが開幕した
舞台は南アフリカ ミステリーの世界で南アフリカと言えばもちろんジェイムズ・マクルーアだ シリーズ第1作「スティーム・ピッグ」には感心してしまったが、「英国人の血」は作者が書き慣れてしまったのが裏目に出たのか、ちょっと読み難く感じる 相変わらずヴィヴィッドな会話文は良いんだけど、度が過ぎて意味が解り難くなっている部分も散見された シリーズ中でも最も本格寄りだと言われる作だが、逆に警察小説としての面白さは「スティーム・ピッグ」の方が上だ 本格寄りと言われる理由の一つになっているのが、巨人が徘徊するという謎だが、これを作者はあまり強調してないので、そうした不可能興味で読むと若干肩透かしだろう 謎の巨人の真相もそれっきゃないだろ、って感じだしなぁ |