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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.548 6点 復刻 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン No.1-3- アンソロジー(出版社編) 2014/04/25 09:58
本日25日発売の早川ミステリマガジン6月号の特集は、”創刊700号記念特大号”
以前にポケミスうん周年記念特大号の時も大部だったが、今回はミスマガ自身の記念という事で2700円、もう雑誌の値段じゃねえよ(笑)、売れる売れないとかじゃなくてこの際だから派手にやりましょって感じか
並行して早川文庫から700号記念アンソロジーが海外編と国内編との2巻で刊行されている、国内編は編者が日下三蔵氏だけに期待出来そうだ、この2冊は買おうか迷ってるところ(苦笑)
あとおまけ的にNHKドラマ「ロンググッドバイ」の小特集も

藤原編集室でも本日の”日々のあぶく”で採り上げているが、そうかコラム再録にあまり頁数を割いてないのかぁ、まぁ今回は回顧録というより収録短編総目録的意味合いが強いという事情なんだろう、その辺は仕方ないかも
そのかわり藤原編集室でも言及してたが、コラム集みたいなのを早川文庫で出してもいいんじゃないかな、私としてはそれだったら買ってもいい

さて現行の早川ミスマガの前身が日本語版EQMMである、本家EQMMとの専属契約は後に光文社の雑誌”EQ誌”に引き継がれるのだが、早川ミスマガの方は独自路線の編集となり現在に至る
早川ミスマガの功績は大きく、翻訳短編ミステリーの歴史そのものである、長編が最近初めて訳されたような作家でも、実は過去にHMMの何月号に掲載されて短編だけは紹介はされていたというケースはよくある

うわっ!前説が長くなっちゃった、初代日本版EQMMの最初の3冊を1巻に纏めた単行本が「復刻 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン №1-3」なのだ、最初は雑誌カテゴリに登録すべきか迷ったが、内容は雑誌の復刻であっても本の体裁は単行本なのでやはり出版社編のアンソロジーの一種と見なすべきだと判断した
復刻なのでつまる音の小さい”っ”が普通の大きさだったりと活字が読み難いとか、私にとっては収録短編の半分以上が他の短編集などで既読とかだが、企画ものという事情なので今回は許す(苦笑)

今の視点で見ると当時の息吹が伝わってくるなぁ、第1号の巻頭はカーのあの乱歩訳「妖魔の森の家」、クイーン御大も軽いパズラーながら毎号1篇ずつ書いているし
中でも注目はコリア、エりン、ダールといった異色短篇作家たちが日本に紹介され出した時期に当たっている事だ、当時の読者は古臭い形式から脱した新たな躍動を見出したに違いない
これに比べて現在の日本の読者、特に若いミステリー初心者の脳内は残念ながら保守的に凝り固まっていると思う
他にブラウンのあの「後ろを見るな」、アンブラーの珍しい本格派短編「エメラルド色の空」とか
それから言及したいのは、今はマイナー視されがちだが当時のアメリカでは人気作家だったと分かるのがスチュアート・パーマーだ
パーマーはライスとの合作短編を含めて2編、これ以外にも短編は結構HMMでは紹介されていて、パーマーをマイナー作家だと思い込んでいるのは現在の日本の読者だけだろう
新鋭ネドラ・タイアは案外と期待外れだったが、ベテランのPマクやHIBK派エバハートは健在、ジョン・D・マクドナルドも当時売り出し中だったんだろうな
あと気が付いたのはストリブリングが2編入っている、クイーンにボジオリ教授シリーズの新作を要請されそれに応えた後期作だけど、あの『カリブ諸島の手掛り』に先立って中後期作は断片的には既に紹介されていたんだねえ
それともう1つ、ポーと並ぶ先駆者ディケンズの「追いつめられて」が第3号に掲載されてたんだな、クイーンが発掘した事は有名なので知っていたが、ここで遭遇するとはね

No.547 8点 長いお別れ- レイモンド・チャンドラー 2014/04/18 09:54
一部で話題になっていたが、明日19日にNHK土曜ドラマ「ロング・グッドバイ」が始まる、原作はもちろんチャンドラーのあれ
一応舞台を日本に置き換えているが、マーロウ役に浅野忠信、酔漢テリー役に綾野剛など実力派を揃え、音楽担当にあの『あまちゃん』の音楽を手掛けた大友良英を起用するなど、う~んNHK気合入ってんなぁ
ドラマに合わせて早川文庫から司城志朗によるドラマ版も刊行された、多分ノベライズじゃなくてこれを元にドラマが創られたのかも
これはもう便乗するしかないでしょ、既に書評済だったけど一旦削除して再登録

マーロウは卑しき街を行く孤高のヒーローなどではなく、生意気な口調のすれた兄ちゃん像の方が正しいという意見も根強いが、さてNHKドラマではマーロウ像をどう料理するのだろうか
「長いお別れ」は酔漢テリー部分と中心的事件部分とで話が二つに割れているのだが、一般的には酔漢テリー部分が面白いとよく言われる
しかし中心的事件部分の地道な調査探偵場面もなかなか面白いと私は思う、そこだけを見ればそれほど複雑なプロットじゃない、まぁ真相はちょっとややこしいし解決も中途半端感は有る
でも他のチャンドラー作品の方が事件自体はもっとややこしいしね
「長いお別れ」が複雑に感じさせるのは中心的事件に酔漢テリーが変な絡み方をする二重構造になっているからで、ややこしいと感じた読者は一旦テリーを頭から追い出してしまえばいい(笑)
でもテリーが登場するからの8点ですよ、中心的事件だけで採点するなら6~7点でしょうね

No.546 6点 芝居がかった死- ロバート・バーナード 2014/04/14 09:59
昨年亡くなったミステリー作家追悼書評の最後はロバート・バーナードだ、ちょっと遅くなっちゃったけど

「不肖の息子」で探偵役を務めたメレディス主任警部が再登場する「芝居がかった死」は例の森事典では、謎解き要素では紹介された中で最も優れていると記されている
たしかに謎解き要素だけならクリスティーを想起させるいかにもバーナードらしい極めて巧妙な騙しのテクニックが用いられており、そういう部分だけなら前回読んだ「雪融けの死体」よりは上だろう、「雪融けの死体」の騙し方はちょっと見え透いてたからなぁ
ただ当サイトでのkanamoriさんの御書評が的確に言い表しているように、かなり既視感のある手法で、納得は出来るものの意外性という意味ではそれほど感じない
もう1つこれもkanamoriさんが御指摘されておられるのだが、事件が一応解明された後のラストで意外なある真相が明らかにされる部分が有る
この意外性はかなりのものなのだが、残念ながら本筋の真相とは遊離した感じで、なにか最後におまけで取って付けた感が有るのだ
全くの無駄だとまでは言わないが、その真相が明らかになったからと言って”だから何?”的な感じもしてしまった、この辺はkanamoriさんの御意見に全く同感ですね

No.545 6点 世界鉄道推理傑作選2- アンソロジー(国内編集者) 2014/04/07 09:56
一昨日、昨日と三陸鉄道の北リアス線と南リアス線が全面復旧となった、よかったと思う反面今後の運営も心配だ
復旧は政府の補助金の割合が大きかったが運営収支は別な問題、震災で人口減の中、定期券収入にあまり期待出来ないだろうからやはり観光客乗車が鍵だろう
三陸鉄道は三陸復興国立公園(旧陸中海岸国立公園から改称)の只中がルートなので沿線は風光明媚、観光客の更なる増加に期待したい
またJR東日本が黒字企業という理由で被災地の一部JR路線は未だ暫定措置、一部を三陸鉄道に移管という案も出ているらしいがう~ん住民は納得しないんじゃないかなぁ

さて小池滋編の「世界鉄道推理傑作選」の第1巻を私が書評したのが3年前の3月11日の午前中だった、そうですその日の午後に東日本大震災は起きたのだ
第1巻をその日に書評した理由は同日に九州新幹線が開通した便乗企画で、別に私の書評と地震は何の関係もない、しかし分かっていただけるでしょうか、私にはそれ以来トラウマになっていたのだ
この鉄道アンソロジーの第2巻はいつでも書評しようと思えば出来たのだけれど、鉄道アンソロジーの書評は縁起が悪いのではないかという不安がずっとつきまとって・・
このトラウマを払拭し第2巻の書評を書くとしたら、それは三陸鉄道の復興のタイミング以外に有り得ないと思ってたので、ようやく念願かなって書評書く気持ちに吹っ切れた

第1巻が特定の探偵役が謎を解く作品群なのに対して、第2巻は1編を除いてノンシリーズという編集方針である
その為かkanamoriさんも御指摘の通りで、第1巻が割と形式的なのに対して第2巻の方が自由に書ける分だけ面白い
ただしクロフツの2短編はつまらなかった、クロフツはやはり長編作家なんじゃないだろうかねえ
個人的集中ベストは謎解きものではなくブラックユーモア系ショートショートだが、唯一のマイナー作家ポール・タボリの「とても静かな乗客」

あっそれと1巻2巻共に言えるのだが挿絵が素晴らしい

No.544 8点 ディミティおばさま現わる- ナンシー・アサートン 2014/04/04 10:00
これは何系と言ったらいいのだろう、メルヘン系コージー派とでも言うのだろうか
主人公ロリは名前の印象とは違って(笑)コージー派にはよく有る設定のバツイチのアラサー女性だ、彼女の亡き母親がロリの幼少時に語って聞かせてくれたディミティおばさま
”おばさま”といってもロリと血の繋がりは無く母の親友といったところだ、ロリは母が創造した架空の人物だと思い込んでいた
ところが弁護士事務所からの連絡でおばさまが実在の人物でつい最近亡くなった事を知り驚く、そして若き弁護士と共におばさまが残した手紙を検証する為英国に赴く

コージー派には基本的に英国作家は存在せずアメリカだけの独自のジャンルだと私は勝手に定義している、だからよくコージー派に分類されがちなケイト・チャールズもコージー派とは私は認めない
逆にアメリカやカナダのコージー派作家の中には、C・C・ベニスンの女王のメイドシリーズなど英国を舞台にしたものもあり、その代表シリーズがナンシー・アサートンの”優しい幽霊”ことディミティおばさまだ

コージー派というと殺人事件など起こらないような長閑なミステリーだと思い込んでいる人も居られるかもだが、この手の認識は完璧に間違いであり、長閑どころか中にはギスギスした人間関係のシリーズさえある
私の読書範囲ではコージー派作品は全て普通に殺人事件が発生し中盤は事件の検討・調査が行なわれ最後に犯人が明らかになる
つまりコージー派は形式上は一般の本格派と何等変わらないのである、ただ探偵役が全くの素人で推理過程が弱かったりして本格度が薄味なだけなのだ
しかし今回殺人事件の起こらないコージー派というのを初めて読んだ、いや事件すら起こらないのだ、一応ある意味で謎は存在するのだが
コージー派の特徴の1つに主人公が等身大の人物像で日常生活の中に生きているリアリティがあり、日常生活に根ざしたジル・チャーチルやレスリー・メイヤーの主婦探偵シリーズなどは特にそうだ
ところがアサートンの「ディミティおばさま」はリアリズムとは対極なファンタスティックなコージー派の極に位置する
案外とこういう作風はコージー派には珍しいのである

ちなみにカバー表紙絵にピンクのウサギが描かれていますが、その正体は読み出せばすぐに分かります

No.543 6点 ジャンピング・ジェニイ- アントニイ・バークリー 2014/03/31 09:56
先日に原書房からアントニイ・バークリー「服用禁止」が刊行された
原書房のヴィンテージ・ミステリ叢書と言えば、国書や論創社などと並んでハードカバー版海外古典ミステリー叢書の代表格の1つだったが、暫く鳴りを潜めていた
ところが今年になって復活の狼煙を上げた、監修はもちろん森英俊氏のようで、今後もヴァル・ギールグッド、ヴァージル・マーカム、ブルース・グレイムといったかなりマニアックなラインナップが予定されている
ヴァージル・マーカムのもかなりな怪作らしいが、ブルース・グレイムのはなんと警察官が過去の時代へタイムスリップしてエドウィン・ドルードの謎を解くのだが指紋を決め手にしようとしたらその時代には指紋を証拠に使う習慣が無いので狂人扱いされるというトンデモな怪作らしい
今回出たバークリー「服用禁止」はシェリンガムシリーズが打ち止めになった後のノンシリーズ作で、元々は懸賞小説で読者挑戦状も挿入された完全なパズルミステリーらしい

「服用禁止」はシェリンガム打ち切り後のノンシリーズ作だが、シェリンガムシリーズの最終作「パニック・パーティ」の一つ前の作が「ジャンピング・ジェニイ」である
「ジャンピング・ジェニイ」はある意味最もシリーズらしい作で、おいおいシェリンガムよここまでやっていいのか?って感じで、この後の「パニック・パーティー」を最後にシェリンガムが退場するのも無理無いかなと思わせる
ここまでくるとそもそも探偵役という存在・役割とは何なのかと問いかけてくるようだ
バークリーは別名義のフランシス・アイルズ名義でも戦後の犯罪小説ジャンルへの先駆的役割を果たしているが、「ジャンピング・ジェニイ」も探偵役が一応推理を披露しながらも、犯罪小説へ一歩踏み出しているという点で興味深いものが有る
野球の投球に例えるなら、走者一塁で牽制球ばかりで打者になかなか投げず、ようやく打者に投げたのが直球ど真ん中見逃し、打者も次は打つぞと意気込んだらまた牽制球で一塁走者タッチアウトみたいな感じか

No.542 7点 アシェンデン- サマセット・モーム 2014/03/28 09:57
本日28日に新潮文庫からサマセット・モーム「月と六ペンス」が刊行される、もちろんミステリーじゃなくて純文学作品だが、画家ゴーギャンをモデルにしたモームの代表作である
今だと岩波文庫のイメージかもだが新潮文庫はモームを得意にしている

サマセット・モームは英国諜報部の仕事の経歴があり、その体験を活かした作品が「アシェンデン」である
モームで唯一ミステリー作品として扱われる作品だろう、実際に岩波文庫や新潮文庫だけでなく創元文庫(題名は違う)でも刊行されている、私は創元文庫で読んだ
「アシェンデン」は後のアンブラーに通じるリアリズム型スパイ小説の先駆で、007などとは全く異なるタイプである
連作短編集の体を成しており、モームらしい特に何という事も無いエピソードの羅列だ、スパイの生態って案外とこんな感じなんだろうなぁ
当サイトで空さんも御指摘通りでスパイ活動とは言えないエピソードすらある
ル・カレ同様に体験者が書くとこうなるのでしょうねえ、そう考えると007のフレミングって自身余程の冒険家だったのだろうか?

No.541 5点 死の会計- エマ・レイサン 2014/03/25 09:55
昨日に早川ミステリマガジン5月号が発売されたが今月は発売日が1日早いのか?、特集は”MONEY MONEY MONEY”
つまり金融ミステリー特集という意味合いらしい、昨年の半沢ブームの便乗企画なんだろうか?、あるいは消費税増税直前企画か?

企業・金融ミステリーと言えば国内なら池井戸さんだが、海外だと第一人者は文句無くエマ・レイサンである、何たって付いた異名が”ウォール街のクリスティー”
レイサンは女性2人の合作作家で、夫婦含めて男女の合作コンビというのは全く珍しくないが、女性のみの合作は大変珍しい
活躍年代はディヴァインなどと同様の60年代、この60年代に関しては本格しか読まない読者はすぐに”本格不毛の時代”と嘆くが、こういう見方は必ずしも正しくない
そういう見方は本格しか興味の無い視点であり他のジャンルの動向が全く理解されていない、実は例えば40~50年代にあれほど全盛を誇ったハードボイルド派も不毛な時代だった
ロスマクの充実期なので見過ごされているがロスマク以外に60年代に目立った活躍をした狭い意味でのハードボイルド作家は居らず、ロスマク1人が気を吐いていただけなのだ、ハードボイルド派が復活を遂げるのは70年代ネオハードボイルド旋風以降である
警察小説なども総じて低調で、要するに60年代というのは冷戦を背景にした”スパイ小説の1人勝ち”の時代なのである、本格派だけが割を食ったわけじゃないのだ

そんな60年代に活躍したレイサンだけに、中には「小麦で殺人」のような国際関係を背景にしたものもある、本格派しか興味の無い読者って往々にして国際問題や諜報小説的な要素が入り込むのを嫌がる傾向が有るが、私はそうは思わない
大体が本格派の動機ってのは金や怨恨など決まりきったものが多く、スパイ小説的な要素を導入する事によって動機に広がりを持たせる事が出来るという利点が有る
もっとも本格派しか読まない読者の中には、”動機は重視しない”という志向の人も居るからなぁ

「死の会計」は作者初期の出世作で、いかにも企業経済ミステリーの典型で、らしさが出ているという意味では「小麦で殺人」よりも「死の会計」の方が代表作には相応しい
しかし「死の会計」は経済問題という観点で言えばセコい(笑)、私は背景に国際問題が絡むスケール感で「小麦で殺人」の方が面白かった

No.540 6点 虹をつかむ男(早川書房)- ジェイムズ・サーバー 2014/03/19 09:53
本日19日に映画「LIFE !」が日本公開となる、本国アメリカでは昨年末に公開になっていたが、日本が世界で最も遅い封切り日らしい
監督兼主演はベン・スティラー、日本語吹き替えは何とナインティナインの岡村隆史
さてこの映画、実は過去に映画化された「虹をつかむ男」のリメイク版なのだが、原作となった短編が「ウォルター・ミティ氏の秘密の生活」、その原作者が異色短編作家の1人ジェイムズ・サーバーなのである
早川書房では映画公開に先立ち、短編集『虹をつかむ男』を1月に文庫化もしている
異色作家短篇集全集の文庫化は寂しいが、過去に文庫化されたのはラングラン1冊しかなく、今回も映画化という事情に鑑みた例外的措置だろう、こういう全集は安易に文庫化しても魅力が薄れるしねえ

異色短編作家数多いと言えど、ジェイムズ・サーバーほどそのジャンルにドンピシャで当て嵌まる作家はそうは居ない
例えばホラー寄りのマシスンやR・ブロック、SF寄りのF・ブラウンやシェクリイ、ファンタジー寄りのスタージョンやフィニイやブラッドベリ、本格風のエリン、純文学風味のデュ・モーリア、雰囲気型のボーモント、奇妙な味系のコリアやダールやS・ジャクスン
大抵の異色短篇作家にはそれぞれの特色というものが存在するが、サーバーはちょっと説明が難しいのだ、当サイトのジャンル投票でも、”分類不能”という言葉が如実に当て嵌まる短編集である
強いて言えば奇妙な味系かも知れないが、ダールなどとは全く作風が異なっており奇妙という語句は似合わない
全体にショートショート的な短めの短編が多いが、さりとてオチだけを重視したワンアイデア型ショートストーリーとも違う
う~ん、どう説明したらいい?、私の印象では”落語っぽい”と思ったのだが、落語的という形容に賛成してくださる読者は居られませんか?
ところでこの短編集、全集の中で最も挿絵の数が多いのだが、それもそのはずで全ての挿絵イラストは作者自身が描いているのだ、絵はアマチュアなんだろうけど流石はサーバー芸達者な奴

No.539 6点 サンセット77- ロイ・ハギンズ 2014/03/14 09:56
1914年生まれ、つまり今年が生誕100周年作家を漁る、第3弾はロイ・ハギンズ
何度も繰り返しになるが、今年の生誕100周年作家は大物作家が少なく、全体にマニアックな顔触れである、その中でハードボイルド系で名前を挙げたいのがハギンズだ
ロイ・ハギンズを知っていたらそこそこのハードボイルド通であろう、ただし”そこそこの”と微妙な表現にしたのはそれほどのマイナー作家でもないからだ
ハードボイルドにさほど関心の無い読者には無名だろうが、活躍時期が中期頃のロスマクと重なり、TVドラマ化もされたりで当時のアメリカでは文字通り”そこそこの”人気作家だったらしい
ただ今では忘れられていて、大御所ロスマクの陰に隠れてしまっているようだ

”ブールバード”というのは仏語のブールバールが由来のシャンゼリゼ通りみたいな”街路・大通り”の意味で、サンセット・ブールバードと言えばロサンゼルスを代表する有名な大通りの1つである、よく分からんが札幌や名古屋の大通りみたいなものなんだろうか
その一画サンセット・ストリップに事務所を構えるのが私立探偵スチュアート・ベイリーである
再三名前が引き合いに出されるロスマクと活躍時期が被るせいか、初期のロスマク同様にチャンドラーに影響を受けているようで、私立探偵ベイリーもマーロウをもう少しお気楽な通俗調にした感じだ

この『サンセット77』は雑誌に連載された中編3本を纏めた中編集で、事件はそれぞれ全く独立しているのだが共通する美女を介して話を繋げており、もしかしたら単行本化に合わせて加筆したのかも知れない
ロスマクもハードボイルド作家としては”トリック使い”なのは有名だが、『サンセット77』収録の中編3本も全てトリックが使われており、この時期のある種流行だったのだろうか
ただトリックのネタ自体はまぁジャンル相応か(苦笑)
第1話目の「死は雲雀に乗って」は後処理に工夫は凝らされているものの、多分この手のトリックが使われたのだろうと真相はほぼ看破してしまった、狙いは分かるが残念ながら動機が弱いのが弱点
第2話の「殺人ベッド」は密室トリック自体はちょっと強引だが、トリックネタといかにもなハードボイルドらしい話の展開とのバランスが取れており集中のベスト
第3話の「闇は知っていた」は凶器消失の謎にユニークなトリックが使われ、トリックだけなら最も印象に残るが、トリックを弄する理由付けが弱く、館もの風の舞台設定もあまり面白くない

No.538 8点 これが密室だ!- アンソロジー(海外編集者) 2014/03/10 09:55
1914年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家だが、一昨年が当たり年過ぎたせいか昨年に引き続いてやや不作な年回りである
特に大物作家と呼べるのがシーリア・フレムリンくらいしか居らず、一般的知名度ではマイナーだがその分野のマニアックな作家が多い印象だ
私的読書テーマ”今年が生誕100周年作家を漁る”、第2弾は密室短編の専門家ジョセフ・カミングスだ
ただカミングスには1冊に纏められた翻訳本というものが存在しないので、ここはアンソロジーの形で書評するしかない

ロバート・エイディーという名前を全く知らないなら、そんな読者は密室マニアとは言えない
もちろんエイディーは作家ではない、密室作品の蒐集家・研究者であり、研究者としては世界的に名を知られている
このアンソロジーは森英俊氏がエイディーとタッグを組んで編んだものだ、マイナーな作家も含まれており、どちらかと言えば海外密室ものに慣れた読者向けであろう
アンソロジーの価値というものは、1つには収録作品にある程度他では読めない独自性が有る事、編集のポイントが明確で意義が有る事、書誌・出自・解説がしっかりしている事などだと思う
このアンソロジーは上記の点では独自性以外は満点で、私はアンソロジーにあまり収録作品の質を問わず、編集者の編集能力の方を重視する立場なのでやはり高得点を付けたい
惜しむらくはホックのサム医師もの2作が創元文庫で出てしまったので今となってはというところか
アンソロジー前半ではホックを除けば比較的にマイナーで良く言えば珍しいものが多い、作家名的にはタルボットは有名だが作品自体は長編短編共に寡作だしねえ、やはり貴重品でしょう
比べて後半ではカミングス、コーニア、スプリッグ、アフォード、キング、カーと不可能犯罪系マニアには怒涛の名前が並ぶ
ところでニコラス・オールドの「見えない凶器」は、『世界短編傑作集』にも収録された例のあの密室短編とどっちが先だったんだろう?ご存知の方居られますかねえ

書中で森氏曰く、”密室もの長編でカーに比肩する作家は殆ど居ないが、短編に限れば2人居る”とある、E・D・ホックとジョセフ・カミングスである
編中でもこの両名だけは1人の作家で2作づつ採られており、このバランス感覚も編者の上手さを感じる
先ほど言ったように今となってはだがホックの2編は創元文庫のホーソーン医師ものの短編集で読めるので希少価値は無い
しかしカミングスのは他では読めないので価値が有る、ただし質的には2編ともイマイチな気もする、密室トリックに必然性が乏しいんだよな
この作者のものでは読んだ中では他のアンソロジー収録の「海児魂」がベストだと思う、トリックが行なわれた理由に必然性が有るし
カミングスの特徴の1つに、アウトドアな舞台設定が多い点がある、上記の「海児魂」などは典型だが、本書収録の「悪魔のひじ」にしても雪の山荘テーマの1種だしトリック的にも屋外が全く無縁とは言いきれないしね
お屋敷もの館ものが嫌いな私としては、アウトドア派なカミングスは結構好きな作家である

No.537 6点 夜明け前の時- シーリア・フレムリン 2014/03/06 10:00
* 1914年生まれ、つまり今年が生誕100周年作家を漁る
一昨年が当り年過ぎたせいか、昨年の生誕100周年作家は2~3名の大物作家は居たものの中堅どころが寂しく豊作とは言えなかった
今年の生誕100周年作家は昨年にも増して不作で、総数は多いものの大物と言える作家が殆ど居ない、どちらかと言えばマニアックな作家ばかりな印象だ
その中で唯一大物作家と言える存在がフレムリンなのである
私的読書テーマ”生誕100周年作家”を漁る、第1弾はシーリア・フレムリンだ

ミステリーの歴史に於いて時々エポックメイキングな作品が登場してきた
エポックメイキングというのはただ単に傑作という意味ではない、その時代を象徴するような1つの潮流を作り出すとか、突然変異のように現れた衝撃性のある作品の事だ
フレムリンの「夜明け前の時」もそんな作品で、今でも女流サスペンス作家の話題が出ると、”あの「夜明け前の時」のフレムリン”という言い方をされる事が有る
つまりそれだけ衝撃的作品の登場だったわけだ
とこう書くと、何やら凄いサプライズでも有るのか?、とそういう方向性ばかりを求める読者の気を引きそうだが、「夜明け前の時」には何のサプライズも無い、単なる普通のサスペンス小説である、じゃぁ何がエポックなのか?
戦後のアメリカには3大女流サスペンス作家と呼ばれる御三家が存在する、アームストロング、ミラー、マクロイだ
しかしフレムリンはそのどれにも似ていない、極めてドメスティック色が強いのだ
御三家の中では比較的に日常生活に忍び寄るサスペンスを描いたアームストロングでさえもドメスな感じが強いとは言えず日常生活から遊離した面にサスペンスを仕掛けている
フレムリンは御三家と違って強烈なドメスティック性が有り、それまでのサスペンス小説には無かった分野を開拓したのである、つまりこんな日常生活的な中にもサスペンスを表現出来るという意味で
そしてさらにエポックなのは作者フレムリンが英国作家だという点だ
それまでアメリカ一辺倒だったサスペンス小説の分野に、後にレンデルが登場する以前に英国女流作家が進出した先駆者なのである
フレムリンの英国作家らしからぬアメリカ産サスペンス小説っぽい作風は、CWA賞ではなく受賞したのがMWA賞であるのを見ても分かる
もし女流サスペンス作家の”神セブン”を挙げろと言われたら、先ほどの御三家以外に同じアメリカのサスペンス女王M・H・クラークが入るだろうが、英国勢からはレンデルと並んで絶対に入れるべきサスペンス作家がフレムリンなのである
え、あと1人は?だって、それは総選挙をしてみないと・・

No.536 6点 シカゴ・ブルース- フレドリック・ブラウン 2014/03/04 09:57
先月末に論創社からフレドリック・ブラウン「ディープエンド」が刊行された、未訳で残っていた作者中期のノンシリーズ作で紹介文だとサスペンス小説っぽい、ブラウンの未訳長編は残り僅かでミステリー分野の長編刊行って久し振りじゃないかなぁ

F・ブラウンはSFとミステリーの両刀使いで、いずれにしても短篇作家のイメージが付きまとうが、長編の数もかなり多く一概に短篇作家とは決め付けられない、この辺は例えば同じ異色短篇作家のロバート・ブロックも同様か
F・ブラウンはSFとミステリーの両刀使いと言うだけでなく、短編も長編も両刀使いなのである

そのブラウンのミステリー長編はノンシリーズにも定評の有る作が多々有るが、シリーズものに限定するならもちろんエド・ハンターシリーズである、シリーズ第1作がMWA新人賞受賞作「シカゴ・ブルース」だ
他が未読なので推測だがシリーズ全体だと私立探偵小説の趣なんだろう
しかし「シカゴ・ブルース」はシリーズ第1作目という事も有って、エドがこの道に入るきっかけとなる自身の家族に関係した事件となっていて、2作目以降とはちょっと切り離して見るべきかもしれない
シリーズ入門にはこの作から読むしかないわけだが、シリーズ全体がこんな感じなのかは他のシリーズ作も読んでみないと分からない

No.535 6点 エッフェル塔の潜水夫- カミ 2014/02/28 09:59
先日25日発売の早川ミステリマガジン4月号の特集は、”乙女ミステリのススメ”、小特集として”カミのワンダーランド”
ここでカミが採り上げられているのは、今月7日にそれまでポケミス仕様だった「機械探偵クリク・ロボット」が文庫化されたのと、来月にポケミス新刊で「三銃士の息子」が刊行されるのに合わせた宣伝も兼ねてだろう
こうなったらカミのミステリー分野での代表作、短編集「ルーフォック・オルメス」の新訳を御願いしたいものである
この「エッフェル塔の潜水夫」は一昨年ミスマガでユーモア特集やった時に書評済だけど一旦削除して再登録

ピエール・カミは大戦間に活躍したフランスを代表するユーモア作家で、名前が紛らわしいがノーベル文学賞の不条理作家カミュとは全くの別人である
活躍したのが本格黄金時代真っ只中ということもあってか、カミは「ルーフォック・オルメス」というホームズのパロディも書いている
私は出帆社版「ルーフォック・オルメスの冒険」を所持しているので(古本屋で少々高かった)読んで書評書書こうと思えば出来るのだがする気は無い
だって「ルーフォック・オルメス」は現在やや入手難となっていて、これを紹介しても意味が無いと思うからだ、こいうのは各出版社が何とか復刊すべきだろう
その点現役本の「クリク・ロボット」やちくま文庫で復刊したので古本でも見付け易い「エッフェル塔の潜水夫」なら意味があるだろう
「エッフェル塔の潜水夫」はカミの長編代表作と目される作でユーモア小説を通り越してナンセンス小説の領域である
冒頭からエンジン全開、セーヌ川に身投げした死体を潜水夫が引き上げたら再度川に転落、再度川に潜った潜水夫の目前で幽霊のような謎の潜水夫が死体を回収、しかも目撃した潜水夫は後にエッフェル塔の上部で溺死体で発見される
そして謎の幽霊船があちこちに出没
もうやりたい放題の展開に、こんなの収拾するのかと危惧してしまうが、かなり強引だが力技で謎を解決してしまうのには恐れ入った、ちゃんと最後にはミステリー小説の範疇に収まっているのだ
関西弁まで交えた翻訳文にも笑えるぞ

No.534 6点 乙女の悲劇- ルース・レンデル 2014/02/25 09:59
本日25日発売の早川ミステリマガジン4月号の特集は、”乙女ミステリのススメ”
乙女ミステリってなんじゃそりゃ?、オトメチック漫画風なやつって事か?、誌面を見ないとよく分からないので、便乗企画は単なる題名繋がりで(苦しい)

ウェクスフォード警部シリーズの「乙女の悲劇」は、シリーズ中では代表作の1つ「指に傷のある女」と発表年も近く割と作者がノッていた時期の作である
その為かかなり仕掛けのあるプロットで、リアリティに不満を感じる読者も居るかも知れないが、本格としてはよく出来ていると思う
私としてはへ~レンデルってこういうことも仕掛けてくるんだ、と感じた
それとレンデルはやはり文章とくに会話文が良い、人物描写も上手く、こってりしてないんだけど見事に描写している
この辺は濃厚な人物描写を試みながらあまり人物を描き分けられていない同期のP・D・ジェイムズとは対照的だ

nukkamさんの御書評にもありますが、ラストで警部から語られる、犯人は誰かという問題とは別のある真相には驚いた
成る程これはたしかに”乙女”の悲劇だ

No.533 5点 SAS/イスタンブール潜水艦消失- ジェラール・ド・ヴィリエ 2014/02/20 09:59
昨年の追悼特集を続ける、あと2人
昨年10月末にジェラール・ド・ヴィリエが亡くなった、ド・ヴィリエと言えばもちろん”SASプリンス・マルコ”シリーズである、SASは仏語で”殿下”の意、つまりマルコ殿下だね
このシリーズ、全100冊以上にも及ぶ膨大なシリーズだが、大河ロマン的なものでは無く、一話完結的ないわゆる時空を超越したヒーローがあまり歳をとらないタイプのもので、現実の世界的事件などに題材を採ったものも多く、言わばタイムリー時事ノベルって感じだろう

プリンス・マルコは敬称の通り欧州貴族の血筋で、代々伝わる古城の修復費用捻出の為にアメリカCIAの仕事を引き受けている
ここで注目なのはマルコの国籍はアメリカでは無く欧州人なので、アメリカという国家に対する愛国心や忠誠心などは無いのである
あくまでも請負契約なのであって、傭兵のように金の為に働くプロなのだ
ただし傭兵というとマッチョなイメージを抱きがちだろうけど、マルコは基本的に暴力は嫌いで腕っ節も強くは無い、腕力担当はアメリカ海兵隊上がりの2人のゴリラみてえな奴の担当
マルコは欧州貴族の末裔、どこまでも優雅なのである

この「イスタンブール潜水艦消失」はシリーズ第1作で、このシリーズ今回初めて読んだのだが、先入観ほど荒唐無稽な感じは無く、まぁ仏版007といったところか
作者ド・ヴィリエは偏った右翼思想者としても知られるが、たしかにアメリカの冒険小説の方がかえって単純な右翼思想に凝り固まっていない感じがする、トム・クランシーを除けばだが

No.532 7点 バレンタイン14の恐怖- アンソロジー(海外編集者) 2014/02/14 09:58
* 季節だからね (^_^;)

あまり知られていないが新潮文庫から海外編集者によるアンソロジーがいくつか出ていて、テーマ性がはっきりしているので興味深い
中でもアシモフの編んだものが何冊か有り、その中の1冊が今回採り上げたバレンタインをテーマにしたアンソロジーだ
博識だけにアシモフはいくつものアンソロジーを編んでおり、名編集者の1人と言ってもいいんじゃないだろうか

バレンタインと言うと日本ではチョコの話題しかなく、国内作品ではむしろクリスマスをテーマにしたものの方が怖い話が多かったりするが、どうやら海外作品では逆なようだ
海外作品でクリスマスのミステリーは子供を登場させるなどファンタジーでメルヘンな傾向が強い
ところがバレンタインデーというのは海外では意外と不気味な日という認識が有るみたいで、このアンソロジーでも題名通りの恐怖な話がほとんどだ

恐怖という語句で誤解してはいけない、編者がアシモフだけにホラーやSFっぽい話が多いのではないかと先入観を持ちがちだが、内容的には殆どミステリー分野のアンソロジーである
ただアシモフの編集方針は内容重視だったようで、作家の顔触れがかなりマイナー、E・D・ホックを除けば有名どころはプロンジーニとの合作で知られるマルツバーグくらいかな
ホックのはサイモン・アークものだがまぁまぁの出来かも、しかしSFネタとは言え1番受けそうなのはリック・ホータラの「コルト24」かな
とにかく知名度の低い作家の顔触れな割りに内容は優秀、かなり高く評価出来るアンソロジーである、ただし全体に血生臭い話が多いので苦手な人は苦手かも

No.531 6点 はなれわざ- クリスチアナ・ブランド 2014/02/10 09:59
先月29日に創元社からクリスチアナ・ブランド「領主館の花嫁たち」が刊行された、同じ創元から出た晩年の「暗闇の薔薇」の後の作、作者最後の長編である
”おぉ!ブランドの新刊なら読むか”と思った貴方、早速新刊書店に行って文庫棚を探しても見つかりませんよぉ~、なぜなら創元だけど文庫版じゃなくてハードカバー版なんだよね
しかも内容的にはゴシック小説風らしい、ブランドの中期には「猫とねずみ」といったゴシック・ロマンスっぽい作も有るので元々こういう方面に関心が有ったのだろう

さてブランド作品を大きく前期後期に分けると「はなれわざ」もどちらかと言えば後期作と言えるだろう、初期の2作の後の前期の4大傑作あたりまでが前期だと思う
「はなれわざ」は結構以前だとブランドで1番読まれていた時期があった作だろう、ただしその理由は内容が特に優れていたからではない
未だポケミス版のまま文庫化されていない「自宅にて急逝」はともかく、「疑惑の霧」も今では文庫化されてるが当時はポケミスしかなかったし、早くから文庫化された「緑は危険」「ジェゼベルの死」が逆に文庫化が早過ぎて絶版になるのも早かったという事情が有った
その頃にポケミス版とは言え1番入手が容易というか唯一新刊本で入手可能なのが「はなれわざ」だった時期が有ったのだ
この為にブランドでこれから読んだという人も居たみたいで当時はブランドの代表作に祭り上げられていた感も有る
しかし「緑は危険」「ジェゼベルの死」などと比べて明らかに見劣りするのは否めない
途中のしつこいディスカッションがブランドの特徴では有るが、これは好みが分かれる事だろう
でも「緑は危険」ではそれが魅力では有るし、「ジェゼベル」ではそれがクライマックスに効果的に使われていた、まぁ「疑惑の霧」では流石にちょっとくど過ぎるなとは思ったけど
「はなれわざ」ではディスカッション部分がダレる感が有ってサスペンスに結び付いていない印象が有る
さらにいけないのがメイントリックで、「ジェゼベル」での戦慄のトリックを先に知ってしまうと、どうしても「はなれわざ」のトリックはつまらなく感じてしまう
一応凡作ではないにしても「緑は危険」などが凄過ぎて、「はなれわざ」はまぁ作者としては佳作レベルかなぁ

文庫化の話題が出たのでちょっとついでだが、早川書房さん、コックリル警部初登場作「切られた首」と「自宅にて急逝」の2冊は文庫化すべきでしょう

No.530 7点 チャイルド44- トム・ロブ・スミス 2014/02/07 09:57
一部競技の予選などは前倒しで始まっているが、日本時間で今夜ソチ五輪開会式が行なわれる、ソチとの時差は5時間、現地では宵に行なわれるが5時間後ということで日本時間では深夜の生中継となる
時差的にはソチはまぁまぁ日本の視聴者も見易い方なのではないかな、これがアメリカ大陸開催だと多くの競技が日本時間では明け方になりがちだからねえ
ソチの場合は日本時間だと昼間の競技ならゴールデンタイム、夕刻から夜にかけての試合でもちょっと夜遅くくらいだから比較的にTV観戦向きかも

さてロシア開催という事で何かロシアかソ連絡みのものを書評したいと思ったのでこれ「チャイルド44」、このミス1位作品、私的読書テーマ”スミス姓の作家を漁る”の一環でも有る
ソ連時代の80年代に犯行を重ね世界を震撼させた実在の連続殺人鬼チカチーロをモデルに時代をスターリン体制末期の50年代に設定している、ちなみに予備知識としてスターリン後のフルシチョフ体制では強圧的な共産主義体制が多少は緩められた(その後のブレジネフ体制では逆行するが)という政治的展開は知っておく方がいいかも
厳密にはチカチーロ事件は現在だとウクライナなのでロシアではないのだが、ソ連時代であり小説設定ではモスクワを中心にした話に置き換えている
このソ連体制化での捜査物語という内容は、同じスミス姓のマーティン・クルーズ・スミス「ゴーリキー・パーク」を思わせる
「ゴーリキー・パーク」と「チャイルド44」、私が他人に薦めるとしたら絶対「チャイルド44」である、それは出来映えが理由ではなく「チャイルド44」の方が間違いなく万人受けするだろうからだ、文章が読み易いし内容も分り易い
冒頭プロローグの寒村のシーンから物語に引き込まれその後の展開も素晴らしい、夫婦や家族の再生というテーマも人間ドラマとして魅力で成功している、誰が採点しても6点以下は付けられないだろう
しかし個人的にどちらが好きかと言ったら私は「チャイルド44」よりも「ゴーリキー・パーク」の方が好みなのだ
「チャイルド44」は全てがきっちり説明され過ぎ、きれいに纏まり過ぎな印象なんだよね、読んでる間はメチャ面白いが読み終わると案外と薄味な感じがする
私としては「ゴーリキー・パーク」の先の展開が読めない得体の知れない感じが好きなんである

No.529 7点 霧の中の館- A・K・グリーン 2014/02/04 10:00
世界初の女流作家の書いた長編ミステリー(現在では異論が有り他の候補作家・作品が存在する)「リーヴェンワース事件」だけで知られている感のアンナ・キャサリン・グリーンは、その歴史的意義から”探偵小説の父”であるポーに対して同じアメリカ作家として”探偵小説の母”の異名を持つ
従来は私もそうした歴史的意義だけの作家だと思い込んでいたが、長命だったので黄金時代まで書き続けるなど創作活動は長く当時はそれなりに人気作家だったらしい、この辺はポストホームズ時代から黄金時代まで書き続けた息の長い英国作家フィルポッツと似ている
グリーンは中短編にも定評が有り、数作がアンソロジーにも採られており、有名なところでは創元文庫の乱歩編『世界短編傑作集』第1巻収録の「医師とその妻と時計」は流石に私も既読だった
今回の論創社版ではこれまで未訳だった中短編の中から翻訳者でもある波多野健氏が選んだ傑作選である、A・K・グリーン入門の決定版と言えよう、論創社やるなぁ

何たってあのドイル「緋色の研究」に先立つ10年前のデビューだけに古色蒼然としているのは否めないが、今回選ばれたものは現在の新本格からの読者でも楽しめそうなものが中心で、グリーンへの先入観・偏見を払拭するものだ
グリーンの欠点としてメロドラマが勝っているとよく言われるが、勝っているのとメロドラマに流れているというのは意味が違う、たしかにメロドラマめいた要素も有るがそれで退屈はしなかった
いやむしろメロドラマとプロットが上手く融合しており、意外と謎解きプロットはしっかりしていてプロット派という感じすらする
絶版なので私は未読だが当サイトでのおっさんさんの「リーヴェンワース事件」の低めの評価の御書評を拝見するに、推測ですがグリーンは本質的には中短篇作家で、長編だと物語を膨らませるテクニックに欠けていたのかも知れない

中編2篇・短編3篇での構成で、「深夜、ビーチャム通り」での鮮やかなどんでん返し、「霧の中の館」での怪しげな館でのサスペンス、「ハートデライト館の階段」での潜入捜査のスリルと館ものらしいトリック、「消え失せたページ13」でのやはり館でのメロドラマと謎解きの一体感、「バイオレット自身の事件」の引き込まれる人間ドラマ、とそれぞれに味が有る
全5編中3作がいわゆる典型的な”館もの”なので、館ものが嫌いな私の好みには個人的には合わないのだが、館ものを好む今の読者には意外と合うかも

これはもうあれですね、”クイーンの定員”にも選ばれた中短編集「Masterpieces of Mystery」と作者を代表するシリーズ淑女探偵バイオレット・ストレンジものの短編集の2冊だけはどこかの出版社で出して欲しいものだ

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