皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ サスペンス ] 霧の中の虎 キャンピオン氏 |
|||
---|---|---|---|
マージェリー・アリンガム | 出版月: 2001年11月 | 平均: 5.33点 | 書評数: 3件 |
早川書房 2001年11月 |
No.3 | 6点 | 人並由真 | 2020/08/09 14:09 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
第二次大戦の終結からしばらくしたその年。美しい25歳の戦争未亡人メグ・エルジンブロットは、婚約者である実業家の青年ジェフリー・レベットと、新たな人生に踏み出そうとしていた。だがそんな11月の上旬、戦争で5年前に死んだはずの夫マーティンらしき人物が群衆の中に写る写真が数枚、彼女のもとに送られてくる。差出人はメグに、ロンドン駅周辺で会いたいとの簡単な指示のみを出していた。メグはジェフリーとともに、従兄弟の間柄である名探偵アルバート・キャンピオン、そしてその知己であるスコットランド・ヤードの捜査陣の協力を願うが。 1952年の英国作品。亡き夫の健在を示す写真が目の前に、という佐野洋の長編『砂の階段』みたいな導入部で開幕。 以前から題名がカッコイイので気になり、そしてパズラーではなく名探偵VS犯罪者の対決ものという内容も予期していたが、実際に読んでみたらなんかその辺は微妙に違っていた。 (ポケミス裏表紙のあらすじ最後のまとめには「霧のロンドンに展開される一大マンハント。キーティング、シモンズら斯界の達人が絶賛した、黄金時代の傑作!」とあり、「おお、なんかわからんがとにかくスゴイ、見よ! 電子レスラー・デンジマン」という感じなのだが。) そういえばキャンピオンが完全に脇役だってことも、すでにどっかで見ていたような気もする。 そもそも肝心の悪役側の人物造形がそんなにとんがったキャラクターではなく、近代ミステリの作法ならよくも悪くもそこにもっとエッジをきかすだろうという箇所が今の目で見ると結構ゆるいので、その分、中盤はやや退屈。 ただし最後の3分の1で、作者が仕込んでいたとある人間関係の綾が見えてくると、いくらか緊張感が高まってくる。 中でも特に白眉といえるのはキャンピオンでもなく悪役でもなく、後半以降に語られる、ある登場人物ふたりのそれぞれの内面で、ひとりはその気高い精神性に、またひとりは切ないまでに煮詰まったその屈折の念にそれぞれ、読んでいて強い感慨を抱いた。キーティング、シモンズ各人の評もまだ読んで(読み返して)いないが、二人のどっちかあるいは双方とも、こういう文芸味というか小説的な部分の輝きで引っかかったのではないか? まあ実際のところは、両人のレビューをしっかり読んでみないとわからないが。 クロージングは作者がこういうイメージ、ビジュアルでまとめたいという思いが先行しすぎた感じでやや強引だが、その分、効果は上げている。 アリンガムの長編を読むのはランダムな順番でまだ4冊目だが、小説としての得点部分だけカウントすれば、これが一番良かったかも。 (一方で、ポケミス版50ページ下段のルーク主任警部の物言いなど、これがアリンガムの地だとしたらかなり不愉快だが。) |
No.2 | 5点 | nukkam | 2016/09/09 15:20 |
---|---|---|---|
(ネタバレなしです) 1952年に発表されてジュリアン・シモンズらから絶賛された本書はアルバート・キャンピオンシリーズ第14作ですが本格派推理小説ではなくサスペンス小説に分類される作品で、キャンピオンも脇役でした。凶悪犯が登場しますがその危険性をそれほど強調した描写ではないので「恐怖感」を期待する読者には物足りないかもしれません。とはいっても決して退屈な作品ではなく独特の小説世界が築かれています。単なる勧善懲悪を超越した結末も印象的です。 |
No.1 | 5点 | 空 | 2011/11/14 20:40 |
---|---|---|---|
5年前に戦死したはずの前夫の最近撮影された写真が何枚も送られてくるという冒頭の謎は、なかなか魅力的です。その理由の説明も、説得力があります。
しかしその部分を除くと、本作には謎解きの要素はほとんどありません。タイトルの虎とは、霧に包まれたロンドンで犯罪を重ねる脱獄囚のことです。捜査側と犯罪者側の視点を交錯させるサスペンス系で、緊迫感はそれほどではありませんが、雰囲気はいいですし、登場人物の性格設定も巧みで、おもしろく読んでいけました。ところが… 最後2章での偶然積み重ねにはがっかりでした。たとえば第16章で部長刑事が眠ってしまうのも偶然ですが、これは経緯に工夫があるので、問題ないと思うのです。しかし、最後にフランスの村に舞台を移す手順は安易なご都合主義にすぎません。悪役は自分の運のよさに驚いていますが、その幸運の女神の正体は作者に他ならないわけですから、ばかばかしくなります。ここでは名探偵のはずのキャンピオンも不穏な状況に気づかない間抜けぶりで、興をそがれます。 |