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[ ハードボイルド ]
レイモンド・チャンドラー語る
ドロシー・ガーディナー、K・S・ウォーカー編
レイモンド・チャンドラー 出版月: 1967年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1967年01月

早川書房
1984年09月

No.1 6点 クリスティ再読 2020/12/21 22:33
この本は名目的には「チャンドラー書簡集」みたいに言われがちな本だけども、書簡自体を断章としてテーマ別に「語りなおした」ようなものだから、「一次資料」ってこういうもんじゃなかろうよ、と言いたくなる。しかも小説「二人の作家」と未完の遺作「プードル・スプリングス物語」を収録し、またチャンドラーによるミステリ論「推理小説についての覚え書」、ハリウッドでの仕事の感想(というか、業界に毒づいた)「ハリウッドのライターたち」、出版エージェントについてシニカルに考察した「あなたの人生の十パーセント」などの雑誌発表済みの雑文、それにD・J・イバースン宛書簡で、チャンドラーが「マーロウについて語った」手紙文(「こんな男は探偵にならない」とかよく引用される)を収録していて、チャンドラー資料集みたいなもの...
だけどね、それでも評者「二人の作家」がお気に入り、しかもこれはハヤカワのチャンドラー短編全集になぜか収録漏れなので、あえて創作側で扱いたいと思う。

「二人の作家」は、いい。夫婦作家が山奥のロッジに引っ込んで各々執筆生活をしているのだけども、男女関係以上に、作家としての創作の行き詰まりもあって、感情の齟齬から衝突してついに妻が出ていく...という話。だからミステリではない。でも描写が大変いい。ハメットで言えば「チューリップ」みたいな作品なんだが、感情描写をほぼ外見動作とセリフに畳み込んだ、ハードボイルドらしいハードボイルド文で、緩みがない。本当に好き。

それに比べると注目度の高い「プードル・スプリングス物語」は、冒頭4章だけ。マーロウがリンダと結婚して、新居を高級住宅地の「プードル・スプリングス」に借りて、新婚生活を始める。それでもマーロウは探偵を続けたくて、街に出て事務所を借りようとするが、街のヤクザと行きがかりがあって...というあたりで終わり。読みどころは1章のリンダとのやりとりで、金持ちの妻をゲットした夫、という自分の新しい役回りにスネて、攻撃的な皮肉ばっかり言っている(警句じゃないよ)。嫌味でヤな奴にマーロウが成り下がっている。
何回も没にしては最初から書き直して...というのが、書簡によるとチャンドラーの執筆スタイルだったらしい。だから今あるこの原稿は、もしチャンドラーが長生きしてたら、絶対に没だったと評者は思うんだ。チャンドラーが亡くなったから、「遺稿」扱いで「未完が惜しまれて...」になってるだけのもののように感じる。

全体に「チャンドラーって厄介な男だな」というのが感想。喧嘩っぱやい。どうやらハリウッドをしくじったのは、この本所収の「ハリウッドのライターたち」で、小説家視点だけの主観的な攻撃をハリウッドにしてしまって、ハリウッド子たちに単に嫌がられたことが原因のようだ。この後に書いている手紙だと、映画が単に小説の映像化ではないのを受け入れたようだから、後の祭りみたいなもののようだ。
自分の仕事に直接関わらない部分だと、さすがに客観的で冷静な評価ができて知性を感じさせるのだが、「自分のしたこと・すること」には、目が晦まされがちにしか見えないなあ。

私がものを書き始めたときにしたかったことは、魅力にあふれた新しい言語をあやつり、その言語を表現の手段として、知的でない考え方のレベルのまま、ふつうの文学的ムードでのみ言い得ることを言いあらわせるかどうかを試してみることだったのです。

だから俗悪でキッチュな素材というものも、チャンドラーの意図的な「やつし」というか、低廻趣味に近いものがあるようにも感じられる。そういう屈折と複雑性がチャンドラーの面白味なんだよね。ハヤカワ文庫だけに所収なので触られなかった「イギリスの夏」が、イギリスで教育を受けたチャンドラーの生来の資質に一番近い世界だったのでは、なんて思う。


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