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[ ハードボイルド ]
チャンドラー傑作集
講談社文庫「チャンドラー美しい死顔」
レイモンド・チャンドラー 出版月: 1977年02月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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番町書房
1977年02月

講談社
1979年11月

No.1 7点 クリスティ再読 2019/07/18 13:16
創元=稲葉チャンドラー短編をコンプするための補完本は、晶文社から出た「マーロウ最後の事件」なんだけども、それでもブラック・マスクに掲載された3つの短編が漏れてこれは看過しづらい。が、補完する本があるんである。各務三郎が企画して「チャンドラー論」を書き、清水俊二が訳した本書、「殺しに鵜のまねは通用しない(スマート・アレック・キル)」「スペインの血」「"シラノ"の拳銃」に加えて、他でも読める「待っている」「怯じけついてちゃ商売にならない(事件屋稼業)」「殺人の簡素な芸術」を収録している。稲葉訳ではないのが残念だが、ピンポイントでナイスなコンパイルである。
補完の3作はどれも初期作で、すべて三人称。探偵役はマーロウではなくて、それぞれ別な個性がある。一概にマーロウの別バージョンに解消しづらい主人公たちなので、チャンドラー理解に重要な作品が多いようにも感じる。
「殺しに鵜のまねは通用しない」は、訳題がスゴいなあ。ただし、原題の「Smart-Aleck kill」も「しったかぶりの殺人」くらいの意味なので、意訳として通用しなくもないか。初出は「別冊宝石」らしいので、「雑誌文化」の現れくらいに思っておこうよ。本作は短編の2作目で、処女作とは探偵の名前は違っても、ラストで同じキャスカート署長(部長?)と探偵が馴れ合い気味に会話して終わる。ハリウッドが背景にちょっとだけある...と共通点も多いが、とくに良い、ということはないのも同じ。
「スペインの血」ではうって変わって主人公は宮仕えのデラグエラ警部補。事件の被害者である政治家とプライベートに友人で、その妻のために圧力に負けずに真相の解明に執念を燃やす。スペイン系と設定がずっと盛ってある。市政の腐敗の背景もあるので、社会派風の内容。なかなかいいが、一般に「チャンドラーらしさ」とされるものからはやや遠い。
「"シラノ"の拳銃」、本書の補完3作では一番いい。主人公がホテル付きの探偵、ということになってはいるが、市の有力者だった父親の遺産の分前としてホテルの所有者でもある。そのホテルの客のトラブル処理から、ボクシングの八百長疑惑、上院議員のスキャンダルなど、事件が広がっていく。展開も派手で、キャラも立っている。場面転換も唐突ではなくてスピーディ、に練れてきている。主人公も背景から、必ずしもヒーローではなくて、腐敗に多少なりとも負っている部分もあるのを意識して、屈折している。しかも、ホテルのカタギな従業員を自分の調査にかかわらせたために、とばっちりを受けて殺される、なんてトラウマまで負わされるハメに陥るが、ハードボイルドなのであまり顔には出さない。自分が騎士ではないのに、騎士みたいに振る舞わざるをえない、といった感覚が、評者に言わせればチャンドラーでも最後期の「長いお別れ」とか「プレイバック」のカラーに近いように感じる。結構必読かも?とも思う短編。
ついでなので、稲葉明雄と清水俊二の「待っている」比較でもしようか。文章としては、評者は稲葉訳だなあ、硬質な美しさがあるように思う。清水訳の方には崩れた感じがある。「チャンドラーらしさ」は意外にかもしれないが、稲葉の方を押したいよ。解釈上大きく違うのは、稲葉は女を連れて行く案を「洗濯物の籠に隠れて降りることもできる」と支持しているけども、清水は「あんたがバスケットに入れられて運ばれることになるよ」と却下している。まあこれ「死体を入れるバスケット」と解した清水が正解だろう。とはいえ「50年めの解題『待っている』」で清水訳がトニーとアルの関係を「古い知り合い」としているけども、読んだ感じでは兄弟説に近い気もする。母親に言及するのを嫌がらせな皮肉と取るかどうかもあるから、微妙なんだけどね。
というわけで、チャンドラー、短編もいろいろ面白い論点がありまくり。何か評者は「難しさが面白い」なんて感覚になってきている。一部にある清水訳絶対主義は視野が狭いようにも思うんだがなあ....


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