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[ SF/ファンタジー ]
ベーシックインカム
井上真偽 出版月: 2019年10月 平均: 7.38点 書評数: 8件

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集英社
2019年10月

集英社
2022年10月

No.8 8点 ぴぃち 2024/01/22 20:02
現在進行形の先端技術が日常生活にまで浸透した近未来を描くSFミステリ短編集。
保育園で実習中のエレナ先生が、園児の気になる言動を得意の言語学に基づいて解き明かす「言の葉の子ら」、VR怪談を見た後に失踪した妻の行方を探るため繰り返しVRに没入する夫「もう一度、君と」など、全5編からなる。
各編に凝らされた趣向はもちろん、巻末に置かれた表題作による全体の締めくくりも見事。

No.7 6点 E-BANKER 2023/07/23 14:13
~遺伝子操作、AI、人間強化、VR、ベーシックインカム・・・。来るべき世界に満ちるのは、希望か絶望か。”未来”に美しい謎を織り込んだSFミステリー短編集~
単行本は2019年の発表。

①「言の葉の子ら」=事件の舞台は保育園。主役は保母のエレナ先生。容姿端麗、経験は少ないけれど、園児たちには大人気の先生。ある園児のちょっとした変化の理由を彼女が突き止めたとき、あるサプライズも明らかになる。なるほど・・・そういう方向か!
②「存在しないゼロ」=一転して、刑事である父親が幼い我が子に過去の事件の顛末について語る本編。「虫」がポイントにはなるのだが、そんなこと以上に「遺伝子操作」というキーワードがクローズアップされることになる。当然、植物だけでなく人間も・・・
③「もう一度、君と」=本編のテーマとなるのが”VR”(バーチャル・リアリティ)。最新のVRは完全にその世界に入り込めてしまえる。自宅勤務になった主人公が家を出て行った妻がよく入り込んでいたのと同じVR空間を経験したとき・・・
④「目に見えない愛情」=まさに「目に見えない」ことがストーリー上のカギとなる。そしてもう一つの隠しテーマが「人間強化=エンハンスメント」。ラストにある事実が明らかとなるが、それはまあ予想の範囲内だった。
⑤「ベーシックインカム」=一時期新聞紙上も賑わしたように記憶している「ベーシックインカム」という単語。要は社会におけるセーフティーネットの一種なのだが、SFミステリーとはそぐわない気が・・・。単行本化に当たり、連作の締めとして追加されたのが本編のようなのだが、ちょっと無理があるようにも思えた。

以上5編。
まずまず良くまとまっているとは思う。その反面、「まとまりすぎ」のようにも感じた。
まだまだ若手作家のはずなのに、妙に老練しているような・・・
今回は冒頭にも書いたとおり、SFチックな題材を扱ってはいるものの、「SF」というほどのものは一切なく、実に短編らしい作品が並ぶこととなった。
まあ作者の器用さはよく分かったので、次回は腰の据わった長編が読みたい。そんな気にはさせられた。
評価は・・・まずまずってところ。
(個人的ベストは②か③か。)

No.6 7点 みりん 2023/05/18 00:00
近未来が題材の短編集
SFミステリでありながら本格好きが喜ぶ要素も多かった。

「技術は革新されても人間の情は変わらない。驚くほどエモーショナルなミステリだ」──大森望
と表紙で評されているが嘘偽りのないこの言葉をお借りしたい。

No.5 8点 小原庄助 2023/02/05 07:59
ベーシックインカムとは、国民の一人一人に最低限の生活が出来るレベルのお金を一律無条件に給付しよう、という社会保障制度のことをいう。とはいえ、本書は社会派サスペンスでも経済ミステリでもない。全五話のうち、表題作となる最終話には、確かにジョン・スチュアート・ミルやクリフォード・ヒュー・ダグラスの名前が出てくるし、事件現場は大学の経済研究室だが、その核心は、「オートロックのドアと暗証番号で守られた金庫からいかにして通帳が盗まれたか」という謎。基本はあくまでも本格ミステリなのである。
他の四話は、近未来の日本を背景に、新たなテクノロジーが人間の日常生活にもたらす変化を描く。AI、遺伝子操作、VR、身体増強と、SF的設定がミステリ的な謎の解明と密接に結びついているのが本書の最大の特徴。技術は革新されても人間の情は変わらない。驚くほどエモーショナルな連作集だ。

No.4 7点 パメル 2022/11/28 08:53
現在進行形の先端技術が日常生活にまで浸透した近未来を描いた5編からなる短編集。
テーマはAI、遺伝子工学、VR、身体増強、ベーシックインカムなど、どれも近未来に実現可能とされる、あるいは実用化しつつあるテクノロジーに美しい謎を織り込んで描いている。テーマからして専門用語が飛び交う小難しい物語と思ったがそのようなことない。「存在しないゼロ」では、刑事の父親が娘に話して聞かせる体で、豪雪地帯の一軒家で起きた事件の顛末が語られていく。大雪の中に取り残された三人家族が一ヶ月後に発見されるが、父親は右腕を切断、失血死していた。トラクターのロータリーに巻き込まれたというが、現場には失血死するほどの血痕はなかった。そこから話は二転三転するものの、SFらしさは出てこない。だが真相が明かされる段になってSFネタが飛び出す。切れ味鋭いその決め技には仰天の一言。
妻が失踪した理由を探るため夫が繰り返しVR怪談を見て気づく「もう一度、君と」、視覚障碍者の娘に人工視覚手術を受けさせようとする父の秘密「目に見えない愛情」、全国民に最低限の生活が出来る金を支給する政策を唱える教授が預金通帳を盗まれる表題作と、いずれもSFミステリならではの趣向に凝らされ、先端技術を道具立てにしている。だが、あくまで日常譚をベースに構築されているので馴染みやすいし面白く読める。

No.3 8点 メルカトル 2020/11/30 22:27
日本語を学ぶため、幼稚園で働くエレナ。暴力をふるう男の子の、ある“言葉”が気になって―「言の葉の子ら」(日本推理作家協会賞短編部門候補作)。豪雪地帯に取り残された家族。春が来て救出されるが、父親だけが奇妙な遺体となっていた「存在しないゼロ」。妻が突然失踪した。夫は理由を探るため、妻がハマっていたVRの怪談の世界に飛び込む「もう一度、君と」。視覚障害を持つ娘が、人工視覚手術の被験者に選ばれた。紫外線まで見えるようになった彼女が知る「真実」とは…「目に見えない愛情」。全国民に最低限の生活ができるお金を支給する政策・ベーシックインカム。お金目的の犯罪は減ると主張する教授の預金通帳が盗まれる「ベーシックインカム」。
『BOOK』データベースより。

これはカテゴライズが難しい短編集ですね。確かに体裁はSFかも知れませんが、根底には本格ミステリの魂が宿っていると思いますので、私はジャンルを本格ミステリに一票投じます。それにしても井上真偽はこの作品集で一皮剥けたと思います。全ての短編の作風が異なり、変幻自在の筆運びを披露しています。素晴らしいですね。どれもこれも途中で突然異世界に放り込まれたような感覚に陥り、これまで経験したことのなかったような驚きがあります。

四話目までは『小説すばる』に掲載されたもので、最終話が書下ろしです。この書下ろしの表題作の出来がまた良いんですよ。最初に違和感を覚え、あ、なるほどそういうことかと、まあよくあるタイプのアレだなと思いました。しかし、そこからの話の膨らませ方の手際がよく、それまでの作品を上手く利用してここまでの本格ミステリに仕上げた手腕は褒められるべきだと思います。名探偵ジャパンさんが書かれているように『このミス』や『本格ミステリベスト10』にランクインしていなかったのが不思議なくらいです。
一方でSFファンが読んだら物足らないのかなとは思います。しかし本格ミステリファンにとっては決して読んで損のない作品集だと私は考えています。

No.2 8点 名探偵ジャパン 2020/01/08 14:49
もし、作者名を伏せられてこれを読まされて「作者は誰か?」と問われたら、井上真偽の名前は私は永遠に出てこなかったと思います。それくらい既存作品とのギャップが凄いです。
手が届きそうで届かない近未来的なガジェットがテーマになった短編が続き、最後にそれまでとは一風変わったテイストのもので締められます。いわゆる「連作短編」なので、拾い読みではなく最初から順番に読んでいくことが推奨される作品です。

確かにジャンルを問われれば「SF」と言うしかないと思いますが、荒唐無稽なホラ話ではなく、描かれているのは、SFというジャンルを通してしか語ることのできないドラマ(ミステリ)、あるいは問題提起で読み応えがあります。

紛れもない傑作だと私は思いますが、「このミステリーがすごい」や「本格ミステリベスト10」にはランクインしませんでした。審査員たちが「これはミステリーではない」と位置づけたためでしょうか? それとも単純に「ランクインに値しない作品」と評したということでしょうか? 前者なら見識が浅すぎますし、後者であれば見る目がなさすぎます。

No.1 7点 虫暮部 2019/11/25 13:24
 まず、表紙背表紙裏表紙総動員して“SFミステリ”と謳っているが、つい“SF要素探し”をしてしまうので、これは素直な読み方を邪魔する余計な先入観。売る為のラベルが商品の質を損なうと言うのも可笑しな話だ。少し未来のテクノロジーが登場するのでSF宣言しておかないとアンフェア認定される?
 そして、本作は良く出来た短編集だが、今コレを書きそうな作家を思い浮かべれば十指に余る。つまり、作品としてのレヴェルはアップした反面(と言うかそれ故に?)、個性はダウンしている嫌いがある。講談社からの過去作は、論理を徒に錯綜させて判りにくくしているだけだと思っていたが、“だけ”ではなくそれが井上真偽の紛れもない作風であると逆説的に実感した。しかし作品としてはあくまで本作が上。一筋縄では行かないものだ。


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