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パメルさん
平均点: 6.12点 書評数: 713件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.713 6点 にわか名探偵 ワトソン力- 大山誠一郎 2025/11/05 19:20
主人公の刑事・和戸宋志は、特に目立った手柄を立てるわけでも無い平凡な刑事だが、自身の周囲にいる人たちの推理力を飛躍的に高めてしまう特殊能力を持つシリーズの第二短編集。
「屍人たちの挽歌」ゾンビ映画を観ていた和戸は、劇場内で一人が殺されているのを発見する。扉は内側から細工され、密室状態だった。ゾンビ映画というメタフィクション的な要素を絡めた推理が鮮やか。
「ニッポンカチコミの謎」非番の日に祭りの屋台で飲んでいた和戸は、二次会の店へ向かう途中、誤って暴力団事務所に迷い込んでしまう。そこで男の遺体が発見される。暴力団組長がエラリイ・クイーンを崇拝している設定がユーモラスで、硬派な舞台設定と論理パズルのギャップが楽しめる。
「リタイア鈍行西へ」和戸は地方の駅で、急遽乗り換えた列車内で毒殺された遺体を発見する。旅情ミステリの要素を取り入れつつ、限定された空間での人間模様と推理の応酬が読みどころ。次々と解決の糸口を探り出す展開は、本格ミステリの醍醐味が詰まっている。
「二の奇劇」和戸は令嬢が主催する婿選びのパーティーに警護役として駆り出されるが、そこで参加者の一人が殺害されてしまう。令嬢の奇抜な発想と、それに負けない求婚者たちのワトソン力による頭脳戦が見事。
「電影パズル」和戸はMR技術を使った体験型アトラクションに参加するが、ゲーム中に参加者の一人が殺害されてしまう。デジタルな情報と現実の証拠が複雑に絡み合う。ワトソン力の影響を受けた人たちが、新しい視点や論理を導入して謎を解き明かすさまが読みどころ。
「服のない男」和戸は事件に巻き込まれ、身に着けていた全ての衣服を失った男が発見された現場に立ち会う。消失の謎に焦点を当てた純粋な本格パズル。論理的な手順を経て、服が消えたトリックとその背後にある犯人の意図が明らかになる過程が楽しめる。
「五人の推理する研究員」和戸はワトソン力という特殊能力を科学的に研究しているという謎の研究所に招かれる。研究員たちがその能力を自身に受けて推理を繰り広げるという、メタ的な構造を持った物語。論理的解決を追求しつつ、和戸刑事という存在の特異性を改めて印象付ける一編となっている。
和戸という地味ながらも善良な主人公と、時にユーモラスな推理を展開する登場人物たちによって、作品全体にほのぼのとした、ある種コミカルな空気が流れている。気軽に楽しめる推理小説を探している方に特におすすめ。

No.712 6点 殺し屋の営業術- 野宮有 2025/11/01 19:07
第71回江戸川乱歩賞受賞作で、営業というビジネスの要素と殺し屋という犯罪サスペンスを独自に融合させた異色作。
主人公の鳥井一樹は、「ノルマを達成できなかったことが一度もない」と豪語する一流の営業マン。しかし、どれだけ売り上げを上げても心に虚しさを感じる日々を送っていた。そんなある夜、アポイント先で死体を発見するところから転がり始める。背後から襲われ、気づくと殺人請負会社「極東コンサルティング」の殺し屋たち・風間と耳津に口封じのため殺されそうになっていた。だが、ここから鳥井が本領を発揮する。自分に銃を突きつけている相手に命を懸けた商談を始めるのだ。
「殺し屋の営業」というこれまでにない設定がこの作品の最大の特徴で、殺されそうになった瞬間に営業トークを始めるという斬新さに惹きつけられた。また随所に散りばめられた営業トークや、ビジネス理論(パレートの法則、カクテルパーティ効果など)が、殺し屋との交渉や裏社会での駆け引きに活用されていく様は、ビジネス書のような説得力さえ感じさせた。
また、ずっと心に空虚を抱えて生きてきた鳥井が、ルール無用の文字通り命懸けの裏社会で能力を存分に発揮することで、生き生きしていくところが痛快。論理とハッタリが飛び交う騙し合い、仕掛け合いの頭脳戦が読ませる。鳥居をはじめ、極東コンサルティングの風間、耳津、籠原や周防商会の女性エージェントの鴎木美紅と相棒の殺し屋・百舌などキャラクターたちも個性豊かで魅力的である。終盤は、やや強引に感じたが、ある案件で敵対することになる鴎木美紅と百舌とのコンゲーム的展開は、ラストまでハラハラさせられた。

No.711 5点 TENGU- 柴田哲孝 2025/10/29 19:10
群馬県の寒村で起きた奇怪な連続殺人事件。遺体は人間の仕業とは思えないような強大な力が加えられており、犯人はいつしか地方に伝わる伝説から「天狗」と称されるようになった。中央通信社の記者・道平慶一は、事件当時に犯人のものとされる体毛を保存していた。
過去の出来事と現在の再調査の様子が交互に描かれミステリのように始まるが、物語はDNA鑑定、古代人類学、国際政治陰謀など多岐にわたり、予想を裏切る展開を見せる。物語全体を通して流れる陰鬱な雰囲気や、全ての謎が解けてもすっきりしない後味を特徴とする作品である。
作者らしいノンフィクション的な筆致で描かれるため、荒唐無稽な設定でありながらも、現実にも起こり得るのではという不思議なリアリティを感じさせ、読後に大きな余韻を残す。

No.710 7点 天国からの銃弾- 島田荘司 2025/10/25 19:25
作者らしい奇抜な発想と、どちらかというと暗くやるせない余韻を残す3編からなる中編集。
「ドアX」岩手県から上京し、女優を夢見る女性が主人公で、よく当たる易者に「Xと書かれたドアに夢を叶えてくれる人がいる」と言われ、そのドアを探し求めるようになる。作者らしい女性心理に迫った作品で、夢と現実の対比、強烈な自己認識の歪みを描いている。痛ましくも哀れな話で、やるせない気分が残る。
「首都高速の亡霊」桃代は誤ってマンションのベランダから植木鉢を落とし、通行人を死亡させてしまったと思ったところから物語は始まる。桃代は結婚を迫る男を利用して、死体を処理し事件を隠蔽しようと奔走する。一つの過失が全く別の悪意と交わり、予測不能な結末へと導く。皮肉な因果応報とも取れる結末で、社会の腐った部分(天下り、談合など)への批判的な視線も感じられる作品。
「天国からの銃弾」ソープランドの屋上に立つ自由の女神の目が時々、赤く光ることを発見した男が、そこには犯罪が隠されていることを知る。自由の女神の目が光る現象と息子の死という一見無関係に見える二つの出来事の謎を、父親自身の力で解明していく過程は、探偵小説的な面白さがある。

No.709 6点 すみせごの贄- 澤村伊智 2025/10/22 19:10
比嘉姉妹やオカルトライターの野崎昆が怪異に遭遇するなど、独特の不気味さが味わえる6編からなる短編集。
「たなわれしょうき」滋賀県のある村に伝わる民族伝承と、それに絡む人間の嫉妬と欺瞞が描かれる。後味の悪さと恐怖が巧妙にブレンドされている。
「戸栗魅姫の仕事」霊能者・戸栗魅姫が、迷宮化した温泉ホテルから脱出を試みる物語。閉所的な空間での心理的駆け引きや、過去の告白が緊迫感を生んでいる。虚言癖の少女との交流を通して浮き彫りにされていくドラマが印象的。
「火曜夕方の客」毎週火曜日に、決まってカレーを二人前買い、一口だけ食べて持ち帰る客の正体を探る物語。真相は重く悲しい現実であり、読後に無力感を覚える。
「くろがねのわざ」特撮映画の造形師が遺した秘密と、それを褒める者へと降りかかる呪いを描いている。芸術家のこだわり、業界への複雑な思いが描かれる人間模様。釈然としない部分もあるが個性的で印象に残る。
「とこよだけ」野崎昆が先輩ライターと共に訪れた無人島で、奇妙なキノコによる幻覚現象に巻き込まれる物語。幻覚の中に現れる大切な人の姿が、恐怖と切なさを同時に呼び起こす。
「すみせごの贄」料理研究家・辻村ゆかりが招かれた教室では、不気味な事件が相次ぎ、講師の料理人が謎の失踪を遂げていた。ゆかりが教室内の歪んだ人間関係を炙りだし、彼女の恐ろしさとカリスマ性が際立つ作品。

No.708 5点 シリウスの道- 藤原伊織 2025/10/18 19:07
本作は広告代理店を舞台に、25年前の幼馴染との秘密と18億円規模の大型コンペという二つの軸が交錯する物語。
辰村祐介は、大手広告代理店・東邦広告の営業副部長。上司である立花英子と中途入社した戸塚英明との三人が、得意先から依頼された新規事業のキャンペーン企画のプレゼンテーションに取り組むことになる。その過程が広告業界の内幕や仕事の臨場感がリアルに描かれている。このビジネス小説としての側面と、過去のトラウマと現在の脅迫というサスペンスフルな要素が融合している。
生き生きとした会話が全編に渡っており、キャラクターも魅力的である、特に最初に役に立たないように見えた戸塚が、次第に成長していくところが読みどころ。部長の立花や浅井など脇を固めるキャラクターも非常に個性的で物語に深みと彩りを与えている。
リアルな企業小説としての面白さと、過去の傷と向き合う人間ドラマ、ハードボイルドな魅力を兼ね備えた作品である。だが魅力的な謎と思っていたところが、大したことなかったりと残念と感じたところもある。

No.707 6点 ブレイクショットの軌跡- 逢坂冬馬 2025/10/14 18:30
自動車工場で期間工として働く本田昴は、同僚がSUV車「ブレイクショット」の車体内部にボルトを落とすミスを目撃する。この1台の「ブレイクショット」を軸に、物語は8つの異なるエピソードへ散り、やがて複雑に交差していく。
タイトルのブレイクショットは、本作に登場する架空の車名であるが、ビリヤード用語のゲーム開始時の最初の一打でボールが散らばるように、物語が多数のエピソードに広がる構成をも暗示している。マネーゲーム、特殊詐欺、SNS、労働問題、LGBTQ、貧困、格差、アフリカ内戦など、現代社会が直面する様々な課題が描かれている。
この作品の最大な魅力は、バラバラに見えた物語が最後に見事に一つに収束する構成力。重いテーマを扱いながらも、この作品の根底に流れるのは絶望ではなく希望。最終的には救いを感じる結末で、困難な時代を生きる上での少しの勇気や温かい気持ちが残る。

No.706 6点 乱反射- 貫井徳郎 2025/10/11 19:15
第63回日本推理作家協会賞受賞作で、第141回直木賞候補作にもなった社会派ミステリ。
物語は「-44章」というマイナス番号の章から始まる。これは事故が起きる前の時間軸で、読者に「これから起こる悲劇」を予感させながら、それに関わる人々の日常と行動を描いている。
本作に登場する人物たちの「ちょっとしたルール違反」や「自己中心的な判断」、「他人への無関心」がまるで連鎖するように重なり合い、最終的に人の命を奪ってしまう痛ましい結果を招いてしまう。
タイトルの乱反射の意味は、無関係に見える人々の些細な行為が、予測不能な形で結びつき、一つの悲劇に収束していくさまを表していると考えられる。自らの非を認めようとせず、言い訳や他人のせいにする態度の描写が、読者も無意識のうちに同じことをしていないかという深い反省を促している。
現代社会の脆弱さと、そこで生きる一人一人の倫理観や責任について深く考えさせられる作品。

No.705 6点 六法推理- 五十嵐律人 2025/10/03 19:20
物語の舞台は霞山大学。探偵役を務める古城行成は、学部棟の一室で無料法律相談所を運営している。その古城と法律には素人だが鋭い洞察力を持つ戸賀夏倫が、大学内で起こる様々なトラブルを法律的知見と推理力で解決していく5編からなる連作短編集。
「六法推理」夏倫は事故物件とされるアパートに住んでいるが、二カ月前から赤ちゃんの泣き声が聞こえるなど、怪異現象が起こっていた。古城と夏倫が意見を交換し合った先に現れる真相は意外性に溢れている。コンビ結成となる記念すべき一編。
「情報刺青」人気ユーチューバーの小暮葉菜は、ツイッターでリベンジポルノを流出された。古城は発信者情報開示請求をレクチャーする。法律の限界と被害者の切実な思いが交錯する。相談者の強さと悲しみが印象的。
「安楽椅子弁護」古城の友人である三船が、学園祭実行委員を相手取って起こした裁判に臨んでいる三船を、古城が陰でサポートする。モヤモヤした後味で、法律家の倫理と現実の狭間を考えさせられる。
「親子不和」自分の金や物を盗む母親と縁を切りたいと鈴木椰子実が相談に来る。法律の抜け穴とジレンマを突く問題作。結末はやるせない。
「卒業事変」夏倫にカンニング疑惑が持ち上がる。この疑惑は、別の事件に関するものと密接に関連していた。締めくくりにふさわしい成長物語で、古城と夏倫のコンビの絆が強まっていくのが伝わってくる。

No.704 7点 血腐れ- 矢樹純 2025/09/29 19:44
人間の心の闇や家族の複雑で歪んだ関係性が生み出す不気味さや後味の悪さを存分に味わえる6編からなる短編集。
「魂疫」夫を大腸癌で亡くした芳枝のもとに、義理の妹・勝子が奇妙なことを言い出す。亡くなった夫への想いや、義理の妹に対する複雑な感情が交錯する中で、不可解な現象の真相が明らかになる過程と、その後に待つ戦慄の結末が印象的。
「血腐れ」幸菜は子供の頃、嫌がらせを受ける少女・晴香との縁を切るための縁切り神社で血を用いた儀式を行った過去を持つ。大人になった今、妻と不仲になった弟とキャンプに来たその場所は、あの縁切り神社の近くだった。土俗的な恐怖や、家族間の秘密が交錯する物語。過去の因習や現代の人間関係に影を落とす時、「縁切り」という願いが持つ危険な代償について考えさせられる。ホラーとしてだけなく、謎解きミステリとしても優れている。
「骨煤」父親の介護を一手に引き受けていた次男と、介護せずに高圧的な態度をとるだけだった長男。そんな兄弟の前に、父親の遺骨が黒く煤けているという不可思議な現象が起こる。ホラーというよりは、家庭のドロドロとした人間関係とそこからくるイヤな感じが支配する作品。とはいえ、怖さやイヤさの点で物足りなさも感じる。
「爪穢し」NPO法人で働く真面目な姉と、元アイドルで現在は引きこもり気味の妹。姉は妹に頼まれて通販で購入したネイルチップが、何度捨てても戻ってくるという奇怪な現象に襲われる。姉妹の複雑なコンプレックスや嫉妬が生み出す心理的ホラーで、呪いの品の不気味さとそれに翻弄される心理描写が緊迫感を高め人間の狂気を感じさせる。
「声失せ」ウェブライターの主人公は、叔父とともに祖父の実家であるお寺を訪れる。その寺には「撞いてはいけない鐘」があり、鳴らすと神隠しに遭うという伝承があった。鐘にまつわる伝承の真相と、現代の人間のトラブルが巧妙に結びつけられ、後半から急激に増す不気味さと、真相を知った後の不気味さが増幅する。ミステリとしての意外性やオチもいい。
「影祓え」原因不明の高熱で入院する息子を看病している母親は、同じ病院で難病の息子を看病する里香と出会う。彼女から「憑物による呪い」について聞かされる。病院という不安の募る空間で、我が子を想う母の愛と不安が極限まで煽られ、やがて想像を超える恐怖に発展する。ホラー映画にしてもいいぐらい完成度が高い。後味の悪さだけが残らないように、最後には少し気分が晴れるような展開も含まれている。

No.703 6点 眼の気流- 松本清張 2025/09/25 19:04
日常生活の中に潜む人間の暗い情念やもがきを抉り出す5編からなる短編集。
「眼の気流」タクシー運転手が乗せた男女との出来事が、東京での再会をきっかけに復讐劇へと発展していく。サスペンス性が濃く、ありそうな偶然がもたらす人間ドラマが読ませる。
「暗線」新聞社の文化部次長が、大学教授への手紙を記述する過程で、自身の父親にまつわる隠された過去や出生の秘密が明らかになる。運命の不条理さや、兄弟の対照的な人生に作者らしいテーマを感じる。
「結婚式」結婚式の披露宴に招かれた男が、スピーチを聞きながら自分が関わった中年経営者と若い女性社員との悲劇的な恋愛と、その末にとった恐るべき行動を回想する。中年男性のどうしようもない嫉妬が招いた不幸な結末が印象的。
「たづたづし」出世を目指す官僚が愛人を殺害しようとする。しかし殺したはずの女性が記憶喪失となって現れ、複雑な感情が渦巻く。結末の曖昧さや説明不足の部分が気になった。
「影」文芸作家を志望していた青年が、ゴーストライターを引き受けるうちに自身の作家としての道を失っていく。作家という職業の内側や、才能と現実の厳しさが興味深く読めた。
男女の機微や、社会的立場や体裁への執着、過去の行いによる代償といった作者らしいテーマが通底している作品集。

No.702 7点 彼女が探偵でなければ- 逸木裕 2025/09/22 19:00
人の本性を暴かずにはいられない私立探偵・森田みどりが活躍する5編からなる連作短編集。
「時の子」時計店主の父を亡くした少年とみどりの交流から、親子の記憶と真実が交錯する。時計の精密なイメージを謎解きに活用したトリックが喪失感と再生の希望を結び付ける。不思議な安らぎが感じられる幕切れが印象的。
「縞馬のコード」みどりが千里眼を持つとうそぶく少年と対峙し、少年の内面に踏み込んで行く。推理により、その人物の甘さに詰め寄っている。
「陸橋の向こう側」父親殺しを計画する少年のノートを発見したみどりが、少年の心を解きほぐしていく。プロットの巧妙さに加え、加害者になり得る心の闇と救済の可能性が交錯するラストは圧巻。
「太陽は引き裂かれて」クルド人差別を題材に、落書き犯の追跡を通じて、単純な善悪では割り切れない差別の構造を描き切っている。読者に「自分ならどう行動するか」を問い掛けている作品。
「探偵の子」みどりが抱く我が子への不安が、他の人物の本性と絶妙に共鳴する。本作全体を締めくくる救いの光が射し、重たいテーマとのバランスを取っている。
謎解きを通じて、親子の絆、社会的弱者への眼差し、自己との折り合いといった普遍的なテーマを昇華させている作品集。

No.701 6点 セント・メリーのリボン- 稲見一良 2025/09/19 18:56
男の贈り物をテーマにした5編からなる短編集。
「焚火」ヤクザに追われた男が森を彷徨う中で、一人の老人と出会う。追われる男と彼を助ける孤独な老人という構図は、ピカレスク・ハードボイルドの趣があり、幻想的でありながら渋い男の世界観に引き込まれた。
「花見川の要塞」花見川の河原でカメラマンの「俺」は、古いトーチカを発見する。そこで少年と老婆と出会う。懐かしくも冒険心をかき立てられる不思議な読後感が残る。
「麦畑のミッション」第二次大戦時、ドイツ爆撃に赴いたB17が敵の攻撃を受けて緊急事態を迎える。戦争ものの緊張感と父と息子の絆という温かいテーマが融合している。
「終着駅」東京駅で赤帽一筋に生きてきた男が、田舎でペンションと老人ホームを営むことを夢見るのだが。物語は中年男の人間臭いドラマとして始まりながら、後半で予想を覆す展開を見せる。結末は読者の想像に委ねられ、かえって余韻を残す。
「セント・メリーのリボン」猟犬探し専門の探偵・竜門卓のもとに依頼されたのは、盲導犬の捜索だった。調査の中で出会う全盲の少女と彼女を支える人々の関わりを通じて、不器用で優しい男の姿が静かにそして力強く描かれている。ラストは深い感動を覚える。

No.700 5点 ぬるくゆるやかに流れる黒い川- 櫛木理宇 2025/09/15 19:10
栗山香那と進藤小雪は、中学生の時に家族を無差別殺人により惨殺された。犯人の武内譲が拘置所で自殺したため、犯行動機は不明のままとなってしまった。納得のいかない小雪は香那を誘い、「鑓戸二家族殺人事件」と呼ばれるこの事件を調べることとなった。
事件の背景には「からゆきさん」(海外へ売られた娼婦)の悲劇から続く、武内家の女性蔑視の歴史が横たわっている。特に武内チヤの手紙や彼女たちの悲惨な運命は、歴史的事実に基づく理不尽さを強調し、現代のジェンダー問題にも通じる重さを感じさせる。
無差別殺人事件というテーマを扱いながら、被害者遺族の心の葛藤や事件の背景にある社会問題を丁寧に描き出している。香那と小雪は家族を失ったトラウマを抱えながらも、事件の真相を追う過程で「正しい怒り」を見出し、信頼関係を築き、最終章で二人が前を向いて進む姿は、深い余韻が残った。

No.699 8点 千年のフーダニット- 麻根重次 2025/09/12 19:15
人類初の冷凍睡眠実験に参加した男女七人が、千年の眠りから目覚めると七人の被験者の内の一人がミイラ化した他殺体として発見される。さらに巨大冷凍庫から顔を損壊された少年の遺体も見つかる。犯人は何らかの方法で建物に侵入した外部犯か、それとも被験者の誰かなのか。六人はシェルター近辺から探索を始めるが展開は、サバイバル要素と未来人類の邂逅を絡めアドベンチャー性を帯びてくる。道中では第三の殺人が起きてしまい、事態は混迷していく。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットが楽しめる作品となっている。フーダニットとしては、容疑者が限定されるクローズド・サークルから始まり、外部世界へ拡大する中で犯人像が推移していき、最終的には意外な事実が明らかになる。ハウダニットとしては、冷凍睡眠中の殺害方法に加え、「顔のない死体」の意味が物語後半で明かされるなど、細部の伏線回収が緻密である。ホワイダニットとしては、本作最大の衝撃とされる要素で、「千年後の世界で自らの遺伝子を残す」という生物的な欲望が、殺人と未来社会の形成に直結するという構図が素晴らしい。
千年という時間をトリックの道具に変えつつ、人類の本質を問う哲学性を併せ持った構成力は、ミステリ好きやSF好きだけでなく、人間の根源的な欲望や時間の重みに触れたい人すべてにお薦めできる野心作である。

No.698 6点 きこえる- 道尾秀介 2025/09/08 19:10
音声と文章から真相が浮かび上がる聴覚を用いて楽しむ5編からなる体験型ミステリ。各編の重要な場面でQRコードが登場し、それを読み取ると音声を聞くことが出来る。それにより文字だけでは表現しきれないニュアンスが出るように臨場感や不気味さを演出している。
「聞こえる」ライブハウス経営者の関ケ原良美と同居し、音楽活動をしていた夕紀乃は、何者かに殺されてしまう。幽霊の声が録音されたデモテープをめぐるミステリ。最後のメッセージが不気味に響きゾッとさせられた。
「にんげん玉」怪しげな資産運用ゼミナールに参加した主人公が講師の正体に気付き、一発逆転の賭けに出る。巧妙なミスリードが仕掛けられていて、体験型ミステリの醍醐味が詰まっている。
「セミ」富岡少年と「セミ」と呼ばれる同級生の友情を、カセットテープを軸に描いた勘違いが招く悲劇。世界の見え方がガラリと変わる真相と、子供の痛切な想いが胸に刺さる。
「ハリガネムシ」塾講師の主人公が、ある方法で生徒に迫る危機を察知するという緊迫感ある物語。最後の音声で急に声が大きくなることで真相が明らかになる。
「死者の耳」夫婦が奇妙な死を遂げたマンションで何が起こったのかを、ICレコーダーに記録された音声から推理する。音声だけでは分からない真相があり、読者を裏切る仕掛けが印象的。
「小説を読む」という行為に「音声を聞く」という要素を加えたこの作品集は、まさに現代ならではの実験的作品である。音声を聞き情報を読み解き、真相に辿り着く興奮を味わえる。

No.697 7点 六色の蛹- 櫻田智也 2025/09/04 19:10
タイトル通り六色で象徴される短編が収録されている。各編は独立しているように見えながら、後半で物語が有機的に繋がるので順番通りに読むことをおすすめします。
魞沢は虫を求めて出向いた先で事件に出くわし、いつの間にか関係者の懐に入り込み、話を聞くうちに鋭い洞察力で真相に気が付く。
第一話の「白が揺れた」の銃弾消失トリックや第二話の「赤の記憶」のポインセチアに隠された真実は、物理的、心理的の両面のミステリとして完成度が高い。第三話の「黒いレプリカ」は捏造事件のトラウマ、第五話の「黄色い山」では誤射事件の罪悪感が描かれる。作中で魞沢は、「人間にも蛹の時期があれば過去の後悔を忘れて生まれ変わるかもしれない」と語る。これは登場人物が抱える「後悔」や「囚われ」を象徴している。第四話の「青い音」の楽譜の謎を解く過程は、関係者の心に寄り添う語り手として機能している。これまで「自分と関わる人が不幸になる」という自責の念や孤独感が描かれるが、最終話の「緑の再会」で、彼の存在が他者に希望を与える証ともなっている。
本作は「色」と「蛹」を二重のモチーフに、過去に囚われた人々が魞沢との出会いを経て、「羽化」する過程を詩的に描いている。本格ミステリとしての論理性と人間の内面に光を当てる文学性が融合した作品。

No.696 5点 遺品- 若竹七海 2025/09/01 19:19
若くして謎の入水自殺を遂げた伝説的女優・曾根繭子。主人公の「わたし」は、金沢郊外の老舗ホテル「銀麟壮」で、曾根繭子のコレクターであるホテル創業者・大林一郎から整理と展示を依頼される。
「わたし」は、木箱を一つづつ開けていくが、狂気的な品々が次々と出てきて、不気味な様相を呈し、不可解な怪異現象が連鎖する。やがて主人公の外見が繭子に似始め、戯曲の内容を再現するように死傷事件が発生する。
ホラー作品でありながら、怪異現象には論理的な説明が試みられ、ミステリ的な合理性を持つ。本作では伝統的なホラーとしての怖さより、収集癖に表れる病的愛情や自己喪失への恐怖といった心理的ディストピア性に真価がある。葉村晶シリーズとは異なる毒とマイルド性が共存するやるせなさが残る物語。

No.695 6点 珊瑚色ラプソディ- 岡嶋二人 2025/08/29 19:10
結婚式を目前に控え、仕事でシドニーに赴任していた里見耕三は、帰国した際に婚約者である彩子が沖縄旅行中に盲腸で倒れ入院したことを知らされる。彩子は無事に手術を終えたものの、なぜか2日間の記憶を失っており、一緒に旅行に行ったはずの友人・乃梨子は行方不明になっていた。里見は彼女たちの失われた2日間の出来事を知るべく調査に乗り出す。
謎の2日間の解明が、婚約者の不貞を暴くような気配を見せ始める前半から、風光明媚な南方の小島に俄かに排他的ムードが漂い始める後半まで、サスペンスを高めスムーズに流れていく。
物語の背景には「命を救う医師の存在価値」と「犯罪の隠蔽」という倫理的問題が横たわっている。離島の楽園イメージと隠された悲劇という対比が効果的な作品で、サスペンスとしての緊迫感には、ばらつきがあるものの沖縄の風土を活かした設定や、医療倫理、共同体の欺瞞といった社会的テーマを軽やかに包み込むところが作者らしい。爽やかながらも切ない物語。

No.694 7点 沈黙の教室- 折原一 2025/08/26 19:14
青葉ヶ丘中学校の三年A組は、担任教師によって「沈黙の教室」と名付けられるほど、悪質ないじめが横行していた。クラス内では不気味な「恐怖新聞」が発行され、そこに書かれた人物が次のいじめの標的になる。いじめはエスカレートし、やがて残酷な結末を迎える。二十年後、同総会が開催されるが、同窓会の関係者が次々と不審な死を遂げる。
クラス全体が沈黙と恐怖に支配されている様子は、ホラー小説的な緊迫感をもたらしており手に汗握る。作者の代名詞である叙述トリックは本作でも駆使されているが、従来の意外性よりも過去と現在を行き来する時系列の錯綜や、視点の切り替えに重点が置かれている。記憶喪失の男性の正体、恐怖新聞の発行者、復讐者の正体など複数の謎が交錯する構造は読み応えがある。
タイトルの「沈黙の教室」が意味するものが、単に物理的な沈黙ではなく、生徒たちが抱える心の叫びや教師たちの見て見ぬふり、そして社会全体が抱える問題に対する沈黙が重くのしかかってくる。物語が終盤に差し掛かり、全てのピースがはまった時の衝撃はそれほどではないものの、それまでの登場人物たちの言動が全く違った意味を持って迫ってくる感覚は、まさに折原マジックという感じだった。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 713件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(32)
岡嶋二人(21)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(18)
西澤保彦(17)
貫井徳郎(16)
歌野晶午(16)
松本清張(16)
横山秀夫(15)