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パメルさん
平均点: 6.12点 書評数: 707件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.707 6点 ブレイクショットの軌跡- 逢坂冬馬 2025/10/14 18:30
自動車工場で期間工として働く本田昴は、同僚がSUV車「ブレイクショット」の車体内部にボルトを落とすミスを目撃する。この1台の「ブレイクショット」を軸に、物語は8つの異なるエピソードへ散り、やがて複雑に交差していく。
タイトルのブレイクショットは、本作に登場する架空の車名であるが、ビリヤード用語のゲーム開始時の最初の一打でボールが散らばるように、物語が多数のエピソードに広がる構成をも暗示している。マネーゲーム、特殊詐欺、SNS、労働問題、LGBTQ、貧困、格差、アフリカ内戦など、現代社会が直面する様々な課題が描かれている。
この作品の最大な魅力は、バラバラに見えた物語が最後に見事に一つに収束する構成力。重いテーマを扱いながらも、この作品の根底に流れるのは絶望ではなく希望。最終的には救いを感じる結末で、困難な時代を生きる上での少しの勇気や温かい気持ちが残る。

No.706 6点 乱反射- 貫井徳郎 2025/10/11 19:15
第63回日本推理作家協会賞受賞作で、第141回直木賞候補作にもなった社会派ミステリ。
物語は「-44章」というマイナス番号の章から始まる。これは事故が起きる前の時間軸で、読者に「これから起こる悲劇」を予感させながら、それに関わる人々の日常と行動を描いている。
本作に登場する人物たちの「ちょっとしたルール違反」や「自己中心的な判断」、「他人への無関心」がまるで連鎖するように重なり合い、最終的に人の命を奪ってしまう痛ましい結果を招いてしまう。
タイトルの乱反射の意味は、無関係に見える人々の些細な行為が、予測不能な形で結びつき、一つの悲劇に収束していくさまを表していると考えられる。自らの非を認めようとせず、言い訳や他人のせいにする態度の描写が、読者も無意識のうちに同じことをしていないかという深い反省を促している。
現代社会の脆弱さと、そこで生きる一人一人の倫理観や責任について深く考えさせられる作品。

No.705 6点 六法推理- 五十嵐律人 2025/10/03 19:20
物語の舞台は霞山大学。探偵役を務める古城行成は、学部棟の一室で無料法律相談所を運営している。その古城と法律には素人だが鋭い洞察力を持つ戸賀夏倫が、大学内で起こる様々なトラブルを法律的知見と推理力で解決していく5編からなる連作短編集。
「六法推理」夏倫は事故物件とされるアパートに住んでいるが、二カ月前から赤ちゃんの泣き声が聞こえるなど、怪異現象が起こっていた。古城と夏倫が意見を交換し合った先に現れる真相は意外性に溢れている。コンビ結成となる記念すべき一編。
「情報刺青」人気ユーチューバーの小暮葉菜は、ツイッターでリベンジポルノを流出された。古城は発信者情報開示請求をレクチャーする。法律の限界と被害者の切実な思いが交錯する。相談者の強さと悲しみが印象的。
「安楽椅子弁護」古城の友人である三船が、学園祭実行委員を相手取って起こした裁判に臨んでいる三船を、古城が陰でサポートする。モヤモヤした後味で、法律家の倫理と現実の狭間を考えさせられる。
「親子不和」自分の金や物を盗む母親と縁を切りたいと鈴木椰子実が相談に来る。法律の抜け穴とジレンマを突く問題作。結末はやるせない。
「卒業事変」夏倫にカンニング疑惑が持ち上がる。この疑惑は、別の事件に関するものと密接に関連していた。締めくくりにふさわしい成長物語で、古城と夏倫のコンビの絆が強まっていくのが伝わってくる。

No.704 7点 血腐れ- 矢樹純 2025/09/29 19:44
人間の心の闇や家族の複雑で歪んだ関係性が生み出す不気味さや後味の悪さを存分に味わえる6編からなる短編集。
「魂疫」夫を大腸癌で亡くした芳枝のもとに、義理の妹・勝子が奇妙なことを言い出す。亡くなった夫への想いや、義理の妹に対する複雑な感情が交錯する中で、不可解な現象の真相が明らかになる過程と、その後に待つ戦慄の結末が印象的。
「血腐れ」幸菜は子供の頃、嫌がらせを受ける少女・晴香との縁を切るための縁切り神社で血を用いた儀式を行った過去を持つ。大人になった今、妻と不仲になった弟とキャンプに来たその場所は、あの縁切り神社の近くだった。土俗的な恐怖や、家族間の秘密が交錯する物語。過去の因習や現代の人間関係に影を落とす時、「縁切り」という願いが持つ危険な代償について考えさせられる。ホラーとしてだけなく、謎解きミステリとしても優れている。
「骨煤」父親の介護を一手に引き受けていた次男と、介護せずに高圧的な態度をとるだけだった長男。そんな兄弟の前に、父親の遺骨が黒く煤けているという不可思議な現象が起こる。ホラーというよりは、家庭のドロドロとした人間関係とそこからくるイヤな感じが支配する作品。とはいえ、怖さやイヤさの点で物足りなさも感じる。
「爪穢し」NPO法人で働く真面目な姉と、元アイドルで現在は引きこもり気味の妹。姉は妹に頼まれて通販で購入したネイルチップが、何度捨てても戻ってくるという奇怪な現象に襲われる。姉妹の複雑なコンプレックスや嫉妬が生み出す心理的ホラーで、呪いの品の不気味さとそれに翻弄される心理描写が緊迫感を高め人間の狂気を感じさせる。
「声失せ」ウェブライターの主人公は、叔父とともに祖父の実家であるお寺を訪れる。その寺には「撞いてはいけない鐘」があり、鳴らすと神隠しに遭うという伝承があった。鐘にまつわる伝承の真相と、現代の人間のトラブルが巧妙に結びつけられ、後半から急激に増す不気味さと、真相を知った後の不気味さが増幅する。ミステリとしての意外性やオチもいい。
「影祓え」原因不明の高熱で入院する息子を看病している母親は、同じ病院で難病の息子を看病する里香と出会う。彼女から「憑物による呪い」について聞かされる。病院という不安の募る空間で、我が子を想う母の愛と不安が極限まで煽られ、やがて想像を超える恐怖に発展する。ホラー映画にしてもいいぐらい完成度が高い。後味の悪さだけが残らないように、最後には少し気分が晴れるような展開も含まれている。

No.703 6点 眼の気流- 松本清張 2025/09/25 19:04
日常生活の中に潜む人間の暗い情念やもがきを抉り出す5編からなる短編集。
「眼の気流」タクシー運転手が乗せた男女との出来事が、東京での再会をきっかけに復讐劇へと発展していく。サスペンス性が濃く、ありそうな偶然がもたらす人間ドラマが読ませる。
「暗線」新聞社の文化部次長が、大学教授への手紙を記述する過程で、自身の父親にまつわる隠された過去や出生の秘密が明らかになる。運命の不条理さや、兄弟の対照的な人生に作者らしいテーマを感じる。
「結婚式」結婚式の披露宴に招かれた男が、スピーチを聞きながら自分が関わった中年経営者と若い女性社員との悲劇的な恋愛と、その末にとった恐るべき行動を回想する。中年男性のどうしようもない嫉妬が招いた不幸な結末が印象的。
「たづたづし」出世を目指す官僚が愛人を殺害しようとする。しかし殺したはずの女性が記憶喪失となって現れ、複雑な感情が渦巻く。結末の曖昧さや説明不足の部分が気になった。
「影」文芸作家を志望していた青年が、ゴーストライターを引き受けるうちに自身の作家としての道を失っていく。作家という職業の内側や、才能と現実の厳しさが興味深く読めた。
男女の機微や、社会的立場や体裁への執着、過去の行いによる代償といった作者らしいテーマが通底している作品集。

No.702 7点 彼女が探偵でなければ- 逸木裕 2025/09/22 19:00
人の本性を暴かずにはいられない私立探偵・森田みどりが活躍する5編からなる連作短編集。
「時の子」時計店主の父を亡くした少年とみどりの交流から、親子の記憶と真実が交錯する。時計の精密なイメージを謎解きに活用したトリックが喪失感と再生の希望を結び付ける。不思議な安らぎが感じられる幕切れが印象的。
「縞馬のコード」みどりが千里眼を持つとうそぶく少年と対峙し、少年の内面に踏み込んで行く。推理により、その人物の甘さに詰め寄っている。
「陸橋の向こう側」父親殺しを計画する少年のノートを発見したみどりが、少年の心を解きほぐしていく。プロットの巧妙さに加え、加害者になり得る心の闇と救済の可能性が交錯するラストは圧巻。
「太陽は引き裂かれて」クルド人差別を題材に、落書き犯の追跡を通じて、単純な善悪では割り切れない差別の構造を描き切っている。読者に「自分ならどう行動するか」を問い掛けている作品。
「探偵の子」みどりが抱く我が子への不安が、他の人物の本性と絶妙に共鳴する。本作全体を締めくくる救いの光が射し、重たいテーマとのバランスを取っている。
謎解きを通じて、親子の絆、社会的弱者への眼差し、自己との折り合いといった普遍的なテーマを昇華させている作品集。

No.701 6点 セント・メリーのリボン- 稲見一良 2025/09/19 18:56
男の贈り物をテーマにした5編からなる短編集。
「焚火」ヤクザに追われた男が森を彷徨う中で、一人の老人と出会う。追われる男と彼を助ける孤独な老人という構図は、ピカレスク・ハードボイルドの趣があり、幻想的でありながら渋い男の世界観に引き込まれた。
「花見川の要塞」花見川の河原でカメラマンの「俺」は、古いトーチカを発見する。そこで少年と老婆と出会う。懐かしくも冒険心をかき立てられる不思議な読後感が残る。
「麦畑のミッション」第二次大戦時、ドイツ爆撃に赴いたB17が敵の攻撃を受けて緊急事態を迎える。戦争ものの緊張感と父と息子の絆という温かいテーマが融合している。
「終着駅」東京駅で赤帽一筋に生きてきた男が、田舎でペンションと老人ホームを営むことを夢見るのだが。物語は中年男の人間臭いドラマとして始まりながら、後半で予想を覆す展開を見せる。結末は読者の想像に委ねられ、かえって余韻を残す。
「セント・メリーのリボン」猟犬探し専門の探偵・竜門卓のもとに依頼されたのは、盲導犬の捜索だった。調査の中で出会う全盲の少女と彼女を支える人々の関わりを通じて、不器用で優しい男の姿が静かにそして力強く描かれている。ラストは深い感動を覚える。

No.700 5点 ぬるくゆるやかに流れる黒い川- 櫛木理宇 2025/09/15 19:10
栗山香那と進藤小雪は、中学生の時に家族を無差別殺人により惨殺された。犯人の武内譲が拘置所で自殺したため、犯行動機は不明のままとなってしまった。納得のいかない小雪は香那を誘い、「鑓戸二家族殺人事件」と呼ばれるこの事件を調べることとなった。
事件の背景には「からゆきさん」(海外へ売られた娼婦)の悲劇から続く、武内家の女性蔑視の歴史が横たわっている。特に武内チヤの手紙や彼女たちの悲惨な運命は、歴史的事実に基づく理不尽さを強調し、現代のジェンダー問題にも通じる重さを感じさせる。
無差別殺人事件というテーマを扱いながら、被害者遺族の心の葛藤や事件の背景にある社会問題を丁寧に描き出している。香那と小雪は家族を失ったトラウマを抱えながらも、事件の真相を追う過程で「正しい怒り」を見出し、信頼関係を築き、最終章で二人が前を向いて進む姿は、深い余韻が残った。

No.699 8点 千年のフーダニット- 麻根重次 2025/09/12 19:15
人類初の冷凍睡眠実験に参加した男女七人が、千年の眠りから目覚めると七人の被験者の内の一人がミイラ化した他殺体として発見される。さらに巨大冷凍庫から顔を損壊された少年の遺体も見つかる。犯人は何らかの方法で建物に侵入した外部犯か、それとも被験者の誰かなのか。六人はシェルター近辺から探索を始めるが展開は、サバイバル要素と未来人類の邂逅を絡めアドベンチャー性を帯びてくる。道中では第三の殺人が起きてしまい、事態は混迷していく。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットが楽しめる作品となっている。フーダニットとしては、容疑者が限定されるクローズド・サークルから始まり、外部世界へ拡大する中で犯人像が推移していき、最終的には意外な事実が明らかになる。ハウダニットとしては、冷凍睡眠中の殺害方法に加え、「顔のない死体」の意味が物語後半で明かされるなど、細部の伏線回収が緻密である。ホワイダニットとしては、本作最大の衝撃とされる要素で、「千年後の世界で自らの遺伝子を残す」という生物的な欲望が、殺人と未来社会の形成に直結するという構図が素晴らしい。
千年という時間をトリックの道具に変えつつ、人類の本質を問う哲学性を併せ持った構成力は、ミステリ好きやSF好きだけでなく、人間の根源的な欲望や時間の重みに触れたい人すべてにお薦めできる野心作である。

No.698 6点 きこえる- 道尾秀介 2025/09/08 19:10
音声と文章から真相が浮かび上がる聴覚を用いて楽しむ5編からなる体験型ミステリ。各編の重要な場面でQRコードが登場し、それを読み取ると音声を聞くことが出来る。それにより文字だけでは表現しきれないニュアンスが出るように臨場感や不気味さを演出している。
「聞こえる」ライブハウス経営者の関ケ原良美と同居し、音楽活動をしていた夕紀乃は、何者かに殺されてしまう。幽霊の声が録音されたデモテープをめぐるミステリ。最後のメッセージが不気味に響きゾッとさせられた。
「にんげん玉」怪しげな資産運用ゼミナールに参加した主人公が講師の正体に気付き、一発逆転の賭けに出る。巧妙なミスリードが仕掛けられていて、体験型ミステリの醍醐味が詰まっている。
「セミ」富岡少年と「セミ」と呼ばれる同級生の友情を、カセットテープを軸に描いた勘違いが招く悲劇。世界の見え方がガラリと変わる真相と、子供の痛切な想いが胸に刺さる。
「ハリガネムシ」塾講師の主人公が、ある方法で生徒に迫る危機を察知するという緊迫感ある物語。最後の音声で急に声が大きくなることで真相が明らかになる。
「死者の耳」夫婦が奇妙な死を遂げたマンションで何が起こったのかを、ICレコーダーに記録された音声から推理する。音声だけでは分からない真相があり、読者を裏切る仕掛けが印象的。
「小説を読む」という行為に「音声を聞く」という要素を加えたこの作品集は、まさに現代ならではの実験的作品である。音声を聞き情報を読み解き、真相に辿り着く興奮を味わえる。

No.697 7点 六色の蛹- 櫻田智也 2025/09/04 19:10
タイトル通り六色で象徴される短編が収録されている。各編は独立しているように見えながら、後半で物語が有機的に繋がるので順番通りに読むことをおすすめします。
魞沢は虫を求めて出向いた先で事件に出くわし、いつの間にか関係者の懐に入り込み、話を聞くうちに鋭い洞察力で真相に気が付く。
第一話の「白が揺れた」の銃弾消失トリックや第二話の「赤の記憶」のポインセチアに隠された真実は、物理的、心理的の両面のミステリとして完成度が高い。第三話の「黒いレプリカ」は捏造事件のトラウマ、第五話の「黄色い山」では誤射事件の罪悪感が描かれる。作中で魞沢は、「人間にも蛹の時期があれば過去の後悔を忘れて生まれ変わるかもしれない」と語る。これは登場人物が抱える「後悔」や「囚われ」を象徴している。第四話の「青い音」の楽譜の謎を解く過程は、関係者の心に寄り添う語り手として機能している。これまで「自分と関わる人が不幸になる」という自責の念や孤独感が描かれるが、最終話の「緑の再会」で、彼の存在が他者に希望を与える証ともなっている。
本作は「色」と「蛹」を二重のモチーフに、過去に囚われた人々が魞沢との出会いを経て、「羽化」する過程を詩的に描いている。本格ミステリとしての論理性と人間の内面に光を当てる文学性が融合した作品。

No.696 5点 遺品- 若竹七海 2025/09/01 19:19
若くして謎の入水自殺を遂げた伝説的女優・曾根繭子。主人公の「わたし」は、金沢郊外の老舗ホテル「銀麟壮」で、曾根繭子のコレクターであるホテル創業者・大林一郎から整理と展示を依頼される。
「わたし」は、木箱を一つづつ開けていくが、狂気的な品々が次々と出てきて、不気味な様相を呈し、不可解な怪異現象が連鎖する。やがて主人公の外見が繭子に似始め、戯曲の内容を再現するように死傷事件が発生する。
ホラー作品でありながら、怪異現象には論理的な説明が試みられ、ミステリ的な合理性を持つ。本作では伝統的なホラーとしての怖さより、収集癖に表れる病的愛情や自己喪失への恐怖といった心理的ディストピア性に真価がある。葉村晶シリーズとは異なる毒とマイルド性が共存するやるせなさが残る物語。

No.695 6点 珊瑚色ラプソディ- 岡嶋二人 2025/08/29 19:10
結婚式を目前に控え、仕事でシドニーに赴任していた里見耕三は、帰国した際に婚約者である彩子が沖縄旅行中に盲腸で倒れ入院したことを知らされる。彩子は無事に手術を終えたものの、なぜか2日間の記憶を失っており、一緒に旅行に行ったはずの友人・乃梨子は行方不明になっていた。里見は彼女たちの失われた2日間の出来事を知るべく調査に乗り出す。
謎の2日間の解明が、婚約者の不貞を暴くような気配を見せ始める前半から、風光明媚な南方の小島に俄かに排他的ムードが漂い始める後半まで、サスペンスを高めスムーズに流れていく。
物語の背景には「命を救う医師の存在価値」と「犯罪の隠蔽」という倫理的問題が横たわっている。離島の楽園イメージと隠された悲劇という対比が効果的な作品で、サスペンスとしての緊迫感には、ばらつきがあるものの沖縄の風土を活かした設定や、医療倫理、共同体の欺瞞といった社会的テーマを軽やかに包み込むところが作者らしい。爽やかながらも切ない物語。

No.694 7点 沈黙の教室- 折原一 2025/08/26 19:14
青葉ヶ丘中学校の三年A組は、担任教師によって「沈黙の教室」と名付けられるほど、悪質ないじめが横行していた。クラス内では不気味な「恐怖新聞」が発行され、そこに書かれた人物が次のいじめの標的になる。いじめはエスカレートし、やがて残酷な結末を迎える。二十年後、同総会が開催されるが、同窓会の関係者が次々と不審な死を遂げる。
クラス全体が沈黙と恐怖に支配されている様子は、ホラー小説的な緊迫感をもたらしており手に汗握る。作者の代名詞である叙述トリックは本作でも駆使されているが、従来の意外性よりも過去と現在を行き来する時系列の錯綜や、視点の切り替えに重点が置かれている。記憶喪失の男性の正体、恐怖新聞の発行者、復讐者の正体など複数の謎が交錯する構造は読み応えがある。
タイトルの「沈黙の教室」が意味するものが、単に物理的な沈黙ではなく、生徒たちが抱える心の叫びや教師たちの見て見ぬふり、そして社会全体が抱える問題に対する沈黙が重くのしかかってくる。物語が終盤に差し掛かり、全てのピースがはまった時の衝撃はそれほどではないものの、それまでの登場人物たちの言動が全く違った意味を持って迫ってくる感覚は、まさに折原マジックという感じだった。

No.693 6点 ペルソナ探偵- 黒田研二 2025/08/23 19:20
作家を志す六人の男女が集う会員制チャットルーム(星の海)。星の名前をハンドルネームに同人誌を作る彼らは、互いに面識はないが同じ志を持つ者同士、特別な絆で結ばれていた。それぞれの本名や住所、電話番号などの個人情報を明かさない約束事があり、知っているのは会長のカストルのみ。メンバーはカストルに自分の書いた小説やエッセーを送り、カストルが編集、製本し同人誌を発行していた。
チャットのメンバーが実際に遭遇した事件を小説化した短編の間に「インタールード」としてある女性にまつわる悲劇的な出来事の描写をカットインさせていくといった凝った構成。一見独立したエピソードが最終章で怒涛の展開に突入し、有機的に結びつく構成はよく出来ている。
切なくも前向きな力強さが感じられるエピローグが印象的。ペルソナとは仮面の意であり、本作は仮面の下の素顔を暴く過程を象徴し、ネット社会の闇を描いている。人は仮面を被って生きるが、その仮面こそが真実を暴くという、匿名社会のパラドックスをミステリの枠で見事に具現化している。

No.692 7点 木挽町のあだ討ち- 永井紗耶子 2025/08/19 19:12
第169回直木賞と第36回山本周五郎賞のダブル受賞作。この作品は、芝居小屋で働く人々の証言を通じて、あだ討ちの真相が徐々に明らかになる構成となっている。
雪の降る夜、芝居小屋が立つ木挽町の裏通りで、菊之助は父親を殺めた下男を斬る。斬り取った首を高々と掲げ、菊之助のあだ討ちは見事に成功した。本書はそれから二年後、若侍が世に言う「木挽町の仇討」と顛末を知りたい、と木挽町へやってくるところから幕を開ける。
一幕ごとに異なる語り手たちの証言を元に、探偵役が過去に起きた殺人事件の真相に迫る。最後にきっちりとサプライズも待ち構えているのだが、実は本作の主眼は事件にまつわる証言とともに披露される、目撃者たちそれぞれの生き様にある。裏方として働く彼らはなぜ、当時「悪所」と呼ばれ蔑まれた芝居街に集まってきたのか。各章の語りの中に、仕事にまつわる普遍的なメッセージがたびたび顔を出す。
各章ごとに木戸芸者、殺陣師、衣装係、小道具師、戯作者が語り手となり彼らの人生とあだ討ちの関係を描くことで、物語に深みを与えている。語り手たちの過去が真相と絡み合い、最後に全てが繋がる展開が見事。堅苦しい時代小説のイメージを打破したミステリ的な構成と人間ドラマが融合した作品で、異色のお仕事小説でもある。

No.691 6点 それは令和のことでした、 - 歌野晶午 2025/08/16 19:12
令和時代の社会問題を鋭く切り取り、陰鬱な展開や心理描写に思いがけない仕掛けを秘めた、全8編(7つの短編と1つの掌編)からなる短編集。
「彼の名は」主人公の船橋太郎の母・和世は、世間の多数派に異を唱え、新しい価値観を見出そうとしている女性。息子に対しても本人の意思など構わずに胸元や袖口がフリルになったシャツやスカートで小学校に登校させる。当然のごとく太郎はいじめを受ける。早い段階で物語の前提の「何か」がおかしいと感じるが、その「何か」が言及されないまま進行するので、奇妙な読み心地に包まれる。オチは、現代の親子関係やジェンダー問題を鋭く突いている。
その他にも、良かれと思っての行為が全て裏目に出る「有情無情」、ひきこもりの姉と対立するようになった青年が主人公の「わたしが告発する!」など、現代の価値観を皮肉に扱いつつ、ブラックな余韻に突き落とす作品が多い。「彼の名は」や、母に厳格な育てられ方をした女性が自身の娘に対しても同じ行為を繰り返してしまう「死にゆく母にできること」、読後感という点では、収録作の中で異色の「彼女の煙が晴れるとき」などのように、作中の出来事の背景には歪な親子関係がある場合が多いのも本書の特色だ。
ミステリとしての秀逸さで際立つのが「君は認知障害で」。日雇い労働者の苛酷な現実と、そこに潜む犯罪の真相。暗号解読の要素もあり、満足できる仕掛けが詰まっている。「死にゆく母にできること」のホワイダニットの要素も強烈。ラスト一ページの切れ味が鋭いのが「無実が二人を分かつまで」。社会派的なテーマ性と、ミステリとしての完成度が両立している。

No.690 5点 Pの密室- 島田荘司 2025/08/12 19:20
御手洗潔の幼少期にあった事件簿2編が収録されている。(「鈴蘭事件」は幼稚園の頃「Pの密室」は小学校2年生の頃)
「鈴蘭事件」えり子の両親は、横浜でトリスバーを経営していたが、ある日父の音造が死体となって発見される。幼い御手洗は、運転を誤っての事故死と見る巡査に異を唱え、あることを手掛かりに独自の捜査で犯人を追い詰める。事件は解決したものの、実は法では裁けぬ恐ろしい裏の真相があり、それが彼の女性観に繋がっていることが明かされる。一見、事件と関係のなさそうなタイトル名がどう真相に結びつくかが読みどころ。
「Pの密室」高名な画家が自宅で人妻とともに惨殺死体となって発見され、死んだ人妻の夫が逮捕されるが、現場は密室状態で、しかも床に真っ赤に塗られた絵が敷き詰めてあった。この謎めいた状況の中で、御手洗少年の推理が冴え渡る。奇妙な間取りの部屋、そこにピタゴラスの定理が用いられ、数学的発想を駆使した解決が特徴的。しかし間取り図は非現実的。
どちらの事件も不可解で、御手洗少年が事件を解決する様子は超人的で痛快。その能力は、故に周囲から理解されず、女性嫌いや、権威への不信感といった後年の性格形成につながる経緯が垣間見えて興味深く読めた。2編とも物語性重視となっており、トリック自体は小品で物足りなさを感じてしまった。しかし御手洗潔のルーツを知る上では貴重な作品なので、御手洗潔シリーズファンの方は一読の価値ありでしょう。

No.689 7点 脳髄工場- 小林泰三 2025/08/08 19:22
SFとホラーが交錯する作者ならではの独特の世界観が堪能できるショートショートを含めた11編が収録されている。その中から6作品の感想を。
「脳髄工場」犯罪者の矯正が目的で開発された人工頭脳で、感情を制御する社会が描かれる。自由意志とは何か、人間にとって脳とは何かという命題に科学的、論理的アプローチを試みたような対話があるが、最終的には衝撃的の真実に直面する。決定論的な世界観の不気味さと、科学管理社会への警鐘とも読める。
「友達」内向的な少年が想像した理想の自分が実体化し、主体性を奪う。分身との対立は「自己否定」という心理的ホラーへ発展し、戦慄を味わうことになる。
「綺麗な子」ロボットペットが普及する社会で、生身の子供を「手間のかかる欠陥品」と見なす母親の狂気。技術依存が倫理観を侵食する過程が不気味。
「C市」クトゥルフ神話を下敷きに、科学者が異次元生命体「C」に対抗する自己進化型生命体を開発。しかし「塩の秘術」や呪文が突然登場し、科学とオカルトの境界を瓦解させる。
「アルデバランから来た男」バックアップされた意識が本体を消すディストピア社会を風刺。探偵たちの超能力やグロテスクな描写と軽妙な会話が奇妙に調和している。
「影の国」ビデオテープに記録された「影の王」の存在が、観測されること自体が現実を歪める恐怖を喚起。技術革新や社会制度の裏側に潜む倫理的闇を、ホラーの手法で可視化している。
SF的な設定を土台にしながら、人間の精神の脆弱性や社会の歪みをホラーとして昇華させた作品集。特に「穏やかな日常が少しずつ狂っていく」構成は、現代の技術依存、倫理の曖昧化を反映しており、単なる恐怖体験ではなく、人間存在そのものへの問いとして迫力を持っている。

No.688 6点 人影花- 今邑彩 2025/08/04 19:20
ホラーとミステリの境界を描く独特の世界観が特徴的なバラエティ豊かな、ショートショートを含む9編が収録されている。
「私に似た人」主人公が受けた一本の間違い電話。つい、からかいたくなり適当に受け答えしてしまう。すると思わぬ方向に話が進む。最後の主人公側の真実が明らかになる展開が切れ味鋭い。「世にも奇妙な物語」的な味わいがある。
「神の目」ペット禁止のマンションで「猫を飼っている事実を告発する」と、神の目なる人物から手紙が届く。謎自体は気付きやすいが、探偵二人のやり取りがコミカルで楽しい。
「疵」婚約者に自殺され、打ちひしがれる主人公。そこに一通の手紙が届く。そこには自殺ではなく殺されたという内容が綴られていた。静かながら悲しみと狂気を感じさせる。
「人影花」椿が咲く家に住む自分の妹とその夫。夫は自分の幼馴染でもあるがある時、妻が書き置きを残して家を出て行ってしまったという知らせを受ける。椿の花の言い伝えがミステリアスな雰囲気を盛り上げるのに一役買っている。ラスト一行は息を飲む。
「ペシミスト」ある日、主人公のもとに友人が訪れる。友人は職を失ったばかりか、結婚生活も終わりを告げていた。わずか4ページのショートショート。オチのブラックユーモアが効いている。
「もういいかい・・・」老人が語った幼き日の残酷な思い出。これも短いエピソード。読者の想像に任された部分が多い作品。
「鳥の巣」友人に誘われて保養施設を訪れた主人公。到着してみると友人はおらず、代わりに和子という女性が現れる。和子はかつて、鳥の巣を雛鳥ごと焼き捨てた話をする。予想可能な展開でも、描写の巧みさで読後に背筋が冷たくなる余韻を残す。
「返してください」ある日、主人公は留守番電話にメッセージが入っていることに気付く。聞き覚えのない女性の声で、「あれを返してください」と訴えるものだった。常軌を逸した内容であり、留守番電話の謎が解けたと思ったら、もう一つの真実が明らかになり、それが鳥肌もの。
「いつまで」娘の結婚式が無事終わり、安堵感と寂しさを嚙みしめる夫婦。そんな中、妻が夫に離婚を切り出した。妻はかつて、こっそり産んだ子を餓死させてしまったことがあるという。化鳥伝説を通じた夫婦の贖罪が「怖さと切なさ」の両方を喚起し、ラストにほのかな救いを感じさせる。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 707件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(32)
岡嶋二人(21)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(18)
西澤保彦(17)
貫井徳郎(16)
歌野晶午(16)
松本清張(16)
横山秀夫(15)