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パメルさん
平均点: 6.13点 書評数: 593件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.593 7点 メルカトルと美袋のための殺人- 麻耶雄嵩 2024/07/25 19:30
自分の身はさておき、他人に乱暴したり、見捨てたりすることは決して厭わないという性格の名探偵・メルカトル。本書における最大の犠牲者は事件の被害者ではなく、ワトソン役を務める友人のミステリ作家・美袋にほかならない。そんなメルカトルが名探偵としての才能をいかんなく発揮した7編からなる連作短編集。
「遠くで瑠璃島の啼く声が聞こえる」別荘で起こった密室殺人。美袋が事件に巻き込まれ、自分にかかった疑いを晴らそうとメルカトルに救いを求めるが。美袋は探偵を読者と同じ地位に押し込めてフーダニットを競わせる。本格ものとして秀でている点は、その先にあるホワイダニット。
「化粧した男の冒険」ペンションの一室で刺殺された男の顔に、なぜか化粧が施されていた。メルカトルの相変わらず突拍子もない物証の提示には良い意味で唖然とさせられた。
「小人閒居為不善」退屈したメルカトルは、財産絡みで殺されそうな老人ばかりを選りすぐり、探偵事務所のPRダイレクトメールを送り付ける。まさにホームズ譚を思わせる結構。あきらめの良すぎる依頼人と対峙するメルカトルの知略が冴え渡る。非人道的なやり口が楽しめる。
「水難」メルカトルと美袋が泊まった民宿は、10年前に起きた土砂崩れで死んだ少女の幽霊が出るという。少女にまつわる因縁の物語。トリックは大したことなく、意外性もない。
「ノスタルジア」いわゆる雪密室の離れで、さらに密室殺人が企てられる。メルカトルが暇つぶしに書き上げたという犯人当ての小説が、作中作ではめ込まれ、美袋は二重密室の謎に挑む。ワトソン役の美袋が、探偵の解明にアンフェアだと文句をつけるくだりが堪らない。
「彷徨える美袋」大学時代の友人から美袋に送られてきたシガレットケース。その直後、彼は何者かに拉致されてしまう。犯人の陥穽にはめられた美袋が殺人の容疑を掛けられる。美袋はメルカトルに翻弄されっぱなし。メルカトルの性格の悪さが本領発揮している。
「シベリア急行西へ」雪原を走る列車内で発生した射殺事件をめぐるパズラー。利き腕をめぐる消去法は手垢のついたものだが、偽の犯人を動かす手並みは鮮やか。

No.592 6点 おれたちの歌をうたえ- 呉勝浩 2024/07/21 19:26
第165回直木賞候補作。昭和、平成、令和の時代の変遷を背景に五人の幼馴染が辿った軌跡を描いている。
物語は令和元年、元刑事の河辺久則のもとに一本の電話が掛かってくるところから始まる。電話の主は茂田という男で河辺の旧友「ゴミサトシ」が死んだと告げる。裏社会の住人となり死を迎えた男は、古本に手書きの暗号を残していた。それは詩のような謎めいた文だった。河辺は茂田とともに友人が残した暗号を解読しながら、40年前に起きたある事件の真相に迫っていく。
中学時代の「栄光の五人組」と呼ばれた幼馴染たちが遭遇する殺人事件とその顛末を描く昭和五十年の章、五人組の人生が激しく分岐していく平成十一年の章、現在の時間と河辺の回想が交互に綴られながら、物語は宝探しと犯人捜しの二つの軸をもって進行していくという深みのある構成。この回想パートが最も心を揺さぶられる。それぞれ出目や家庭環境に複雑なものを抱えながら熱気に満ちた日々を過ごすパートは青春小説として読み応えがある。
キャラクターが魅力的で、「栄光の五人組」が五人ともいい味を出している。子供の頃は呼び名がカタカナ表記だが、平成十一年以降は漢字表記になっている。それによって関係性が垣間見えて切ない。波乱の少ない物語ではあるが、心は絶えず動かされ続ける。幸せと不幸せ、信頼と裏切り、生と死、様々な二項対立が物語のあらゆる局面で浮かび上がり幾度も問い掛けてくるからだ。
過去と現在を往還しながらすべての謎が解かれた先に、彼らの人生においての変わるものと変わらないものが明示され物語は優しく幕を下ろす。犯罪は関わった人間すべてに影響を及ぼし、人生を決定的に変えてしまう。だが、本当に取り返しのつかない事なのかの一つの答えが提示されている。

No.591 6点 再会- 横関大 2024/07/17 19:20
スーパーの店長・佐久間秀之が何者かに銃で撃たれ死体で発見された。警察の捜査の結果、使われた拳銃は、23年前の事件で殉職した刑事のものであることが判明する。実はこの拳銃は、23年前に小学校の同級生4人で校庭にタイムカプセルとして埋めたものだった。一体誰が拳銃を取り出し秀之を殺したのか。
本書はこのように殺人という悲劇によって、長い歳月を経て同級生が意外な再会をする。懐かしい思い出と、失われてしまった絆、それぞれが抱える苦悩が見事に描かれたノスタルジックな雰囲気が漂う物語である。
殺人事件そのものは地味だし、容疑者もある程度限られるため面白く書くのが難しいはずだが、作者は丁寧に被害者や同級生のそれぞれの人物像をさまざまな視点から描いていて、動機などにも無理がない。
また最後にもう一つ捻りをきかせて別の過去の犯罪の意外な真相に迫るなど読ませる工夫がされている。残念な点は、容疑者の行方が判明するプロセスや南良刑事の係累などの設定にご都合主義に思えてしまったところ。

No.590 6点 名探偵に甘美なる死を- 方丈貴恵 2024/07/12 19:17
加茂冬馬は、大手ゲーム会社・メガロドンソフトから、大ヒットしたミステリゲームの続編の制作協力を依頼される。そしてイベント試遊会で犯人役を務めることになる。イベント試遊会は、孤島にある保養所メガロドン荘で開催され、冬馬を含む8人の素人探偵が集められた。しかし、それは罠で邪悪なデス・ゲームへと変貌する。
8人のプレイヤーは、探偵役、犯人役、執行役の3つの役割に割り振られる。首謀者であるゲームマスターの手足となる執行役がいることが事態をより複雑にする。探偵役と犯人役の攻防は、多重解決ものの体裁を取っており、常に推理が飛び交う様子が描かれていて読ませる。
VR空間と現実空間を頻繁に行き来する複雑な構成を持った本作は、VR空間ならではの条件やVR装置の特性なども謎と関わっていて、フーダニット重視のミステリでありながら、倒叙ミステリとしての魅力も兼ね備えている。手掛かりもさりげない事象が終盤近くで謎解きに使われるなど感心させられる。

No.589 5点 愚行録- 貫井徳郎 2024/07/07 19:26
第135回直木賞候補にもなり、映画化もされた作品。
静かな住宅街で起きた一家四人惨殺事件。被害者となったのは、エリートの夫、美しい妻に二人の子供。幸福を絵に描いたような家族が、なぜ無残にも殺されなくてはならなかったのか。
取材を受ける関係者の証言と、兄と会話する妹の告白が交互に繰り返される。初めは被害者を悼んでいた証言者たちが、インタビューが進むにつれて徐々に心に潜む悪意がむき出しになっていく。被害者たちにまつわるエピソードも、それを語る証言者たちも、自分のことは棚に上げて他人を陥れるように話そうとする愚かなものばかり。幼児虐待やスクールカースト問題についても触れていて、人間の嫌な部分が多く描かれている。
もう一つのポイントとなるのが少女の独白。この少女の暮らしぶりが悲惨で、読むのが辛いと感じる読者も多いのではないか。少女自身が自分の生活を普通に受け入れてしまっているところが、いっそう哀れで仕方がない。彼女の独白が、本筋である殺人事件と思いがけないところで結びついていく過程は見事。

No.588 4点 地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険- そえだ信 2024/07/03 19:20
交通事故に遭い目が覚めた時、刑事の鈴木勢太はロボット掃除機になっていた。そして隣室には、密室状態で見知らぬ男が死んでいた。
刑事である「俺」にとって気がかりは、姉が遺した小学生の娘・朱麗の存在。娘を守るためには、この部屋を出て札幌から娘がいる小樽まで行かなくてはならない。ロボット掃除機の機能を使って、何が可能かを考察しながら三キロの道のりを走破を試みる。道中、危険な目に遭ったり様々な人々に出会ったり、数々のトラブルに巻き込まれる。
設定自体は、独創的で面白いと思うが、ストーリー自体がのんびりしており(ロボット掃除機の冒険ということで仕方ないのだが)、起伏も少ないため途中で飽きてきてしまう。最後のオチも収まるところに収まった感じで、ミステリとして意外性がなく残念。

No.587 5点 天帝妖狐- 乙一 2024/06/29 19:21
2編からなる中編集。
「A MASKED BALL」煙草を吸うために学校の敷地の隅にある人気のないトイレを使っていたら、「ラクガキスルベカラズ」という落書きが書かれてあった。それに対して主人公を含めた見知らぬ者同士の交流が始まり、返事をしていくことに。その中で、常にカタカナ文字を書く人物が理不尽な粛清予告のようなものを書き始めてエスカレートしていく。サイコ・サスペンスとしての完成度は高いが、作者らしいインパクトがあるかといえば、それほどでもない。
「天帝妖狐」夜木と杏子の悲しい物語。一人コックリさんの世界で、「人ならざるもの」に体を乗っ取られてしまい自分の人生を破滅させてしまう夜木の悲しみと、そんな夜木が出会った何ものにも代えがたい優しさが心にしみる。仕事を与え一緒に暮らし、それでも別れなくてはいけない杏子。二人の出会いから別れまでを夜木の独白の手紙と杏子の回想を交互に描く手法が効果的。夜木の人生のことを考えると救いがなく辛く切ない。恐ろしい境遇を追体験できる。

No.586 6点 アイルランドの薔薇- 石持浅海 2024/06/25 19:33
日本人科学者・黒川が同僚と出掛けた週末のバカンスで、嵐に巻き込まれ辿り着いた南アイルランド郊外のホテル「レイクサイド・ハウス」には奇妙な緊張感が漂っていた。
気立ての良い女主人、働き者のボーイ、三人組の釣り客、オーストラリアから来たビジネスマン、二人連れの女子大生、アイルランド人会計士。この中に正体不明の殺し屋が紛れ込んでいた。翌朝、ある人物の死体が発見されるや活動家たちは困惑する。そして捻りの効いたクローズド・サークルの状況で、知力と誇りをかけた論理ゲームの幕が開く。
アイルランド紛争という重たいテーマを扱いながら、その舞台設定を見事に本格推理の中に落とし込まれている。アイルランド紛争の歴史的背景や、その政治的・社会的・宗教的・民族的課題については作中で詳しく説明してくれる場面があるので知識が無くても大丈夫。「殺し屋」というカードを巧みに使いまわすことで、物語に厚みを加えているし解決につなげる論理の切れ味も鮮やかで心地よい。
真犯人の正体に意外性はないが、捻りの効いた状況設定とプロット、そして誰が嘘をついているのかを読者に考えさせるように仕向けるギミックが効果的。背景に滲ませた政治問題も緊迫感につながっており好印象。

No.585 7点 球形の荒野- 松本清張 2024/06/21 19:16
芦村節子は唐招提寺を訪れ、芳名帳に亡き叔父の野上顕一郎の筆跡に酷似した「田中孝一」という署名を発見する。野上は十七年前にスイスで病死しているはずだが。久美子の恋人・添田彰一は、この話を聞き野上は生きているのではと、疑念を抱き調査を始める。
戦争の「亡霊」の帰還を親子の情愛に絡めて描いたロマンチックサスペンスで、時代的意義は大きい。舞台となった奈良・京都・観音寺などの風景描写にも生彩がある。
終戦後の国際外交という視点から戦争のもたらした一つの悲劇を紡ぎ出し、凄絶な孤独を背負った男を経済成長期の日本の現実の中へ出現させるという野心的な試みは注目に値する。
旧軍人による右翼組織の策動や殺人事件を絡ませてスリリングな展開、戦争によって引き裂かれた父と娘の運命、そして再会。静かに繰り広げられる終幕は感動的である。殺人の謎もあるが、どちらかと言えば数奇な運命を担う一人の男の娘に対する愛情というテーマの方が強く印象に残る。読み終えてタイトルの意味を知った時は切ない気持ちになった。

No.584 6点 死命- 薬丸岳 2024/06/17 06:07
榊信一は、デイトレードで巨万の富を築いた成功者。澄乃という恋人がいるが、性的欲求が高まると、全ての女性を殺したくなるという衝動を内に秘めている。末期癌で余命宣告されたことを契機に、欲望に忠実に生きることを決意し、次々と殺人を犯していく。一方、警視庁捜査一課の蒼井凌は、組織捜査に馴染まない一匹狼だが、独特の勘の持ち主である。胃癌の再発で奇しくも同じく余命宣告された日から、連続女性殺害事件の捜査に執念を燃やす。追う者、追われる者、共に長く生きられないタイムリミットの設定に惹き込まれる。
物語は、この二人に澄乃を加えた三人の視点から交互に描かれる。物語の進展につれて、榊の殺人衝動のもとになった少年時代の事件が浮かび上がる。異常心理による快楽殺人を扱ったクライム小説であり、連続殺人のホワイダニットをめぐる本格推理小説であり、執念の捜査を描いた警察小説であり、禁断の恋の行方を追う恋愛小説の四つを同時進行で味わうことが出来る。
しかし最大の読みどころは、病魔に死命を制された二人の男が残された生命をかけて文字通りの死闘を展開する息詰まるサスペンスである。とはいえ、結末は想定の範囲内であり、既定路線なところには不満が残った。

No.583 7点 汚れた手をそこで拭かない- 芦沢央 2024/06/12 19:17
誰もが抱える心の闇と、その驚きの顛末を描いた5編からなるイヤミス短編集。
「ただ、運が悪かっただけ」余命いくばくもない妻が、残り少ない日々を夫と静かに過ごす。ある日、夫は長年抱えてきた秘密を打ち明ける。自分の行為を悔やみ続けている夫と、妻もまた苛む葛藤から出ざるを得なくなる構成が美しい。
「埋め合わせ」小学校教師の主人公は、不注意から学校のプールの水を流出させてしまう。主人公はどうにか隠蔽工作を図るが。ラスト三ページで怒涛の如く真相が分かる展開は鳥肌もの。犯行のロジックとそれを瓦解させるロジックの切れ味が素晴らしい。
「忘却」アパートの隣人が熱中症で死亡する。主人公は、誤配された隣人宛の電気料金滞納のハガキを渡し忘れていたことを思い出す。少しずつ記憶が保てなくたっていく妻の言動と相まって、忘却の悲しみ、残酷さが伝わってくる。
「お蔵入り」主演俳優の違法行為で、新作映画の公開が危ぶまれる事態に陥る。映画がお蔵入りになるのを避けようと行動をとるが。証言者の悪意がどこにあるのか、気づかないのはおかしいのではないだろうか。
「ミモザ」人気料理研究家となった主人公は、サイン会の席で不倫関係にあった男と再会する。意外な人物の恐ろしさを知り戦慄させられた。
いずれの作品でも判断と選択によって事態を暗転させていく様が端正な筆致で綴られている。読み手が身につまされるのは、人間心理とその行為がもたらす負の結果が絶妙に戯画化されているからであるが、随所で光る巧みなレトリックがなんとも心地よく、ブラックコメディ調の作品すら一抹の叙情性を帯びていくのは作者ならではだろう。

No.582 5点 怖ガラセ屋サン- 澤村伊智 2024/06/08 19:24
依頼主から頼まれる復讐、懲戒、悪ふざけ。あの手この手で怖がらせ、願いを叶えてくれる怖ガラセ屋サンに恐怖させられる人たちの7編からなる短編集。
「人間が一番怖い人も」浦部の自宅に会社の後輩・司馬戸が遊びにくる。怪談好きで、婚約者とも怪談クラブで知り合ったらしい。しかし婚約者の発した言葉が恐怖の色に染め上げていく。信頼が計画的に作られたものだったらと疑えば疑うほど怖くなる底知れない恐怖を感じさせる。
「救済と恐怖と」高額なパワーストーンやサロンの代金を払うため、樹理亜は娘の藍凛に体を売るように求める。救いの果てにある地獄が描かれており、ゾッとさせられる。
「子供の世界で」仲良しグループ内の一人をいじめ続け、結果的に死に追いやった小学生三人の罪と罰が描かれる。彼らに待ち受ける恐怖は、まだこれからと思わされる怖さがある。
「怪談ライブにて」怪談ライブで4人の怪談師が各々の怪談を話し始める。怪談話が終了後、客に怪談話を募る。怪談を話すと思ったら、思わぬことが暴露されことに。最後のオチがしっかり決まる。自業自得。
「恐怖とは」不倫現場をとらえるため張り込むゴシック週刊誌カメラマンの菊池と、情報屋の恵子が車内でたたかわせる恐怖論。油断ならない切ない結末。
「見知らぬ人の」四人部屋の病室の自分の向かいの徳永さんのところに毎日、見舞いにくる女性がいる。毎日、欠かさず来て訳のわからない話をして帰る。恐れおののく人々を描きながら、恐怖とは何かという根源的な問いを改めて突き付けてくる。
「怖ガラセ屋サン」謎めいた怖ガラセ屋サンのルーツに迫るルポルタージュ的な一編。断片的な資料から浮かび上がる、その不気味な存在感。恐怖を論じることで読者を恐怖させる。そんなアクロバットに挑み見事に成功している。

No.581 7点 案山子の村の殺人- 楠谷佑 2024/06/04 19:26
コンビミステリ作家・楠谷佑として活動する宇月理久と篠周真舟は、土着信仰のある村の小説を構想していた。従兄弟同士で合作する彼らは大学の友人に誘われ、秩父の奥の宵待村へ取材旅行に出かける。訪れた宵待村は、至る所に案山子が設えられた、まさに案山子の村。その村で毒矢で射られる案山子に、忽然と姿を消す案山子。緊張が高まっていく中、ついに起きてしまう殺人事件。
特殊設定ミステリが流行している現代において、この作品は昔ながらの本格ミステリの趣があり、どこか懐かしさを感じさせてくれる。因習が残る地域ということもあり、横溝作品を連想させるが怪奇色は控えめ。あくまで作中の描写や、登場人物の言動など、些細な手掛かりを起点とした推理で楽しませてくれる。意外なロジックを存分に味わえる構成になっており、読者への挑戦状も二度挟まれている。
素人探偵として謎に直面し戸惑い、他者の秘密を知り、その事実と向き合い傷ついていくところが魅力的。それでも解かざるを得なかった者の悲哀と孤独を温める従兄弟同士のコンビ作家というバディ関係も絶妙で、爽やかな印象を残す。今後もこのコンビは続きそうなので楽しみである。

No.580 5点 ビター・ブラッド- 雫井脩介 2024/05/30 19:27
警視庁S署E分署に勤務する新米刑事の佐原夏輝が、初めて担当した殺人事件でコンビを組みことになった相手は、彼が幼い頃に家庭を捨てて出て行った父親の刑事・島尾明村だった。S署には情報屋との接触を一元管理していた刑事がいたのだが、何者かに殺される。やがて警察内部の者が犯行に関わっている疑いが浮上する。
本書で描かれるのは、聞き込みや情報屋から得たネタの裏付けといった足を使う地道な捜査の実態。聞き込みの際の効果的な身分証の提示法や、似顔絵を見せた時の相手の反応の真偽を目の動きで判断する方法を、明村が夏輝に伝授するといった場面が興味深く読めた。科学捜査がいかに進歩しようと、長年の経験に裏打ちされた刑事の勘や洞察力、人間観察の目は捜査の上で大きな力になることがよくわかる。
キャラクターは、明村以外の刑事も個性派揃い。刑事以外も情報屋の相星や平石という女性など癖があっていい。謎解きには、さほど力点が置かれておらず、スリリングな面も多くないためミステリとしては地味な印象がある。事件の捜査に絡めて、父子の葛藤や心の絆が極めて細かく、ユーモラスに描かれていて、どちらかと言えば家族小説に重きを置いた作品と言えるのではないか。

No.579 6点 同姓同名- 下村敦史 2024/05/26 06:45
冒頭で六歳の少女・津田愛美が公園の公衆トイレでめった刺しの遺体となって発見されるという痛ましい事件が紹介されるが、物語はありがちなサイコホラーものようには運ばない。
やがて容疑者が逮捕されるが、それは十六歳の少年だった。当然ながら少年の名前は伏せられるが、犯行の残虐性や遺族の悲しみを考えれば実名報道がふさわしいということで、少年法改正の声が強まっていく。世間が揺れ動く一方で、やがてとある雑誌が少年Aの実名公表の挙に出る。その実名とは「大山正紀」だった。将来を嘱望されるサッカー高校生の大山正紀やネットゲーマーの大山正紀、コンビニでバイトに励む大山正紀もそうした風説の渦中に巻き込まれていく。
彼らは殺人犯と名前が一緒だったというだけのことで、進学や就職への道が閉ざされてしまう。ネットの時代となりSNSの網を張り巡らされた今、世の利用者はあぶれ者の断罪に、いともたやすく走る。マスコミのように事実のウラを取ったりはしない。その情報が際立ったものであればあるほど、発信者の言うがままに乗せられてしまう者も少なくない。そうした現代情報社会が抱える闇の恐怖をスリリングに暴いている。
後半になると、社会派のタッチを温存したまま、謎解きものの様子を強めていく。少女殺しが起きてから七年がたち、服役を済ませた犯人・大山正紀は釈放される。大山正紀と同姓同名の一人が、ネットで世の同姓同名たちに呼びかけ、「大山正紀同姓同名被害者の会」を立ち上げる。そこから始まる、大山正紀たちによる大山正紀狩りは二転三転していく。よくぞこんなことを考えつくものだと感心してしまった。同一名の描き分けは難しいと思うが、ひとつひとつの人生を丁寧に描いているため、それぞれの人物像も自然と頭に入ってきて混乱することはなかった。

No.578 7点 光媒の花- 道尾秀介 2024/05/22 19:30
第33回山本周五郎賞受賞作の6編からなる連作短編集。
「隠れ鬼」印章店を営む主人公は、認知症を患った母親と二人で暮らしている。ある日、母親が画用紙に絵を描いている。笹の花の絵に思えた。まさか母親が描いているのは、あの光景なのか。このオチには驚かされた。
「虫送り」主人公の少年は、妹と川辺で虫を取る習慣があった。二人が川辺にいると、いつも川向うで懐中電灯の光を見かけた。今日も光が見えたのだが、すぐに消えてしまった。しばらくすると、おじさんが声をかけてきた。意表を突く展開が素晴らしい。
「冬の蝶」かつて昆虫学者になろうと夢見ていた男は、少年時代のことを回想していた。ある日、川辺でサチというクラスメイトと話すことになり、毎日サチに会いに行くため川辺に向かった。ふとした偶然が重なりサチの家に行くことになったのだが。偶然、覗き見してしまった好きな女性の生々しくも悲しい物語。
「春の蝶」隣の部屋に警察がやってきていた。その時は、「何か物音を聞きませんでしたか」と警察に聞かれただけだったが、後で聞くと大金を盗まれたとのことだった。隣に住んでいる女の子を見かけ、声をかけたが反応がなかった。どうやら心理的な理由で耳が聞こえなくなってしまったらしい。心温まるラストに感動。
「風蝶花」トラックの運転手をしている主人公は、入院することになった姉を見舞うべく病院へ向かった。そこで母親の姿を見かけ、咄嗟に姿を隠してしまう。父親の癌の症状に回復の見込みがないと知るや、性格まで一変したかのような母親の態度が許せなかったのだ。姉の策略でハッピーエンド。微笑ましい話。
「遠い光」小学四年生のクラス担任である主人公は、再婚によって名字が変わるクラスメイトを気にかけていた。その女の子がテレビで紹介された猫に石を投げて殺そうとしたらしいので現場に向かってくれと教頭から連絡が入る。ラストの大団円の意味が分からない。
連作短編集だが、作品同士の繋がりはそれほどない。ただ、前の物語の脇役だった人物が、次の物語では主人公になっているという構成になっている。
主人公たちは、それぞれ狭い世界の中で、大小あれど失望している。その一瞬一瞬の心情の変化の描写力が緻密で素晴らしい。それぞれの「狭い世界」。しかしそれが主人公にとっては世界の全て。外の世界の価値判断からすれば異常な物事を、狭い世界を濃密に描くことで「正しい」という価値観に転化させているような印象。主人公たちは、それぞれ悩み、苦しみながら生きている。そんな哀しい物語ではあるが、心に傷を抱えながらも生きる希望の光を与えるような描き方が抜群に上手い。

No.577 6点 安楽探偵- 小林泰三 2024/05/18 06:19
依頼人の奇妙さを堪能できる6編からなる短編集。
「アイドルストーカー」アイドルの富士唯香が、マネージャーに狂気のストーカーについて相談する。マネージャーは、それぐらいでは警察は動いてくれないと難色を示す。その後、自宅に閉じこもる生活を続けることになったが。探偵は、あるシーンから真相を看破する。これは想像つきやすいと思ったが全然違った。思い込みの力に恐怖を感じる。
「消去法」中村瞳子は、自分には超能力があると語り始める。「消えろ」と口に出して言うと、その人物の存在が最初から無かったことになってしまうのだと。こんな大掛かりのことをやるなんて。オチは読みやすいブラックコメディ。
「ダイエット」戸山弾美は、何者かに太る薬を盛られていると訴える。一カ月、ほとんど何も食べていないのに、太り続けるのだと。このような叙述トリックは初めて。想像を超えていた。
「食材」持ち込んだ食材を調理してくれるというレストランで、娘が忽然と姿を消した。食事のシーンがグロテスクなホラーで、ひねくれた物話。誰もが想像しそうなオチでないところがいい。
「命の軽さ」伊達杏太郎は、NPOに給料の三カ月分を寄付したのだが、NPOがどんな金の使い方をしたのか調査し、詐欺に遭ったかもしれないと訴える。調査目的が要領を得ず、不気味さを助長している。
「モリアーティ」これまでの5つの事件の伏線の回収が楽しめる。探偵と助手、依頼人と読者の関係性に捻りを加え、連作集としている。
本書の探偵は、推理する者というよりカウンセラーに近い立ち位置であることが特徴。依頼人の妄想を否定せず、その論理に沿って謎を解決しようとするところが、普通の謎解きと違って面白い。

No.576 4点 ポイズン 毒 POISON- 赤川次郎 2024/05/14 19:28
毒というアイテムを触媒にして、人間の潜在的な悪意を描いた4編からなる連作短編集。
わずか一滴飲んだだけで心臓麻痺で死に至り、いかなる科学捜査でも検出は不可能。しかも効果が出るのは、飲んでから24時間後。そんな完全犯罪を約束する究極の毒薬が、大学の研究室から消えた。
「男が恋人を殺すとき」雑誌記者の秋本俊二は、大学の研究室に勤める恋人の笹田直子から究極の毒薬のことを教えられ、秋本はある目的のために毒薬を盗み出す。ある意味、ミステリではありふれた動機で今ひとつ。
「刑事が容疑者を殺すとき」刑事の中野は、自分がかつて取り調べた原田からの報復を恐れ毒を使って原田を殺害しようとする。子供を思う親の愛情が胸に迫るが、少々暴走気味では。絶望感漂うラストに呆然。
「スターがファンを殺すとき」人気アイドルの牧本弥生は、所属事務所が弥生に見切りをつけ、次のスターを売り出そうとしているとファンから教えられる。弥生は、毒を使って後輩を殺そうとする。世間知らずで我儘な娘の破滅の物語。最後の一行が印象的。
「ボーイが客を殺すとき」ホテルマンとして働く笹谷は、無政府主義のテロリストでもあった。総理大臣の息子の結婚式で、毒を用いて政府要人を暗殺しようとする。無理矢理収拾をつけたようなところもあり、ご都合主義な感は否めない。

No.575 6点 6時間後に君は死ぬ- 高野和明 2024/05/10 06:32
未来予知能力という題材を通じて、運命と向かい合う様々な人間の姿を描く5編からなる連作短編集。
「6時間後に君は死ぬ」原田美緒は、25歳の誕生日を迎える前夜に、江戸川圭史と名乗る青年から突然、「6時間後に君は死ぬ」と警告される。予言者とはいえ、非日常的な出来事が起きた瞬間が見えるだけで、何もかもが見通せるわけではない。この設定が、スリルの盛り上げに一役買っている。興味を惹かれる不思議な状況の中での謎解きが読ませる。
「時の魔法使い」苦しい生活をしているプロットライターが地元の神社を訪れると、幼い頃の自分と遭遇する。過去の自分を見ながら、今の自分を見つめる、心温まるストーリー。
「恋をしてはいけない日」どんな相手でもすぐに飽きてしまい、次々と恋人を変える美亜。そんな時、圭史に「今度の水曜日だけは人を好きになってはいけない」と言われる。警告は何を意味していたのか。その別れが印象深い。
「ドールハウスのダンサー」ダンサーを夢見て、ダンスの練習に明け暮れオーディションを受ける美帆。彼女は、時折デジャ・ビュのような不思議な感覚を覚えるのだが。夢と厳しい現実の間にいる主人公の描写が魅力的な不思議な物語。
「3時間後に君は死ぬ」圭史はあるパーティー会場で、彼自身を含む大勢の人間の死を予知してしまう。何とかして惨事を防ごうとするが、事態は悪い方向へ転がっていく。きめ細やかなサスペンスの演出が読みどころ。
全体を通して、辛い現実を描きつつ示される未来への明るさが、テーマとして感じられる。

No.574 8点 地雷グリコ- 青崎有吾 2024/05/06 06:34
主人公は女子高生の射守矢真兎。亜麻色のロングヘアに短めのスカートにぶかぶかのカーディガン。いつも飄々としていて、一見やる気のなさそうな彼女の特徴は、勝負ごとに滅法強いこと。いざゲームが始まると誰もが驚くような洞察力と閃きを見せる。
そのゲームは、グリコ、神経衰弱、じゃんけん、だるまさんが転んだ、ポーカーといった誰もが馴染みのある子供の遊びにアレンジを加えており、全体が統一されている中での駆け引きが楽しめる。読み合い、ルールの穴を探り、心理戦を仕掛け合い、完璧に見えた相手の戦略を真兎が毎回、土壇場でひっくり返してみせるのが痛快。
物語の始まりは、文化祭でどの団体が一番人気の屋上を使うか決める勝ち抜き戦。次第にスケールが大きくなり、最終的には大金が動くゲームと発展していくのだが、ギャンブル小説でありながら、同時に最後まで青春学園小説の基本線は逸脱することない。克明に描かれる機微も、あくまで高校生の等身大の悩みや迷いに寄り添っているのが特徴的で女性同士の友情物語でもある。エンターテインメントとしての語り口の巧さがあり、どこまでも爽やかで軽妙でありながら熱い勝負が成立しているのが素晴らしい。
いつも真兎を応援する友人の鉱田ちゃんや、対戦相手の理論派の椚先輩や豪快な佐分利生徒会長、図抜けた頭脳を持つ雨季田などキャラクター造型も魅力的。「カイジ」や「賭けグルイ」といったギャンブル漫画が好きな人には特におすすめしたい思考ゲームミステリの傑作。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 593件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(15)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)