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パメルさん
平均点: 6.13点 書評数: 451件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.451 8点 卒業タイムリミット- 辻堂ゆめ 2022/10/03 08:05
卒業式を目前に控えた三月。欅台高校の教師、水口里紗子が誘拐された。監禁されているその姿が動画サイトにアップされ、同校の教師や生徒、あるいは世間一般が事件を知る。誘拐犯はその動画において、七十二時間後に里紗子を始末すると宣言した。動揺する生徒たちのうち、四人だけは更なる衝撃を受けていた。彼らには、誘拐犯らしき人物から個別に手紙が届けられていたのだ。
まずは七十二時間というタイムリミットが作品に緊張感をもたらす。しかも、その七十二時間という設定が、卒業式が始まる時間と一致している点も意味深でワクワクさせてくれる。そしてそのカウントダウンが進む中で、里紗子が弱っていく様子が時折動画としてアップされ、それと並行して学園の秘密が明らかになっていく展開も絶妙。
また、この事件まであまり交流がなかった四人がチームとして結束していく様や、あるいは危機感の中で親や教師との関係に変化が生じていく様は、青春小説としての味わいを愉しませてくれる。ミステリとしては、ちょっとした、しかしながら十分に効果的な仕掛けもあるし、犯人が誰で動機は何かという謎もある。それに加えて、なぜ犯人がこの四人を選んだのかという新鮮な謎もある。それらの謎が鮮やかに解かれ、事件が着地し、そしてそれぞれが未来へと進み始める。そんな結末が青春ミステリとして実に素晴らしい。

No.450 5点 鳩の撃退法- 佐藤正午 2022/09/28 08:18
地方都市に暮らす津田伸一は、コンパニオンの女性を車で送迎する仕事についていた。ある時、懇意にしていた古書店主の老人が亡くなり、形見のキャリーバッグを受け取ったところ、中に入っていたのは、古本のピーターパンと絵本、それに三千万円を超える札束だった。老人は、なぜ大金入りの鞄を自分に渡したのだろうか。
だがやがて津田は、働いている店の社長から思いもよらない話を聞かされる。町では偽札事件が巻き起こっており、そのお札の出どころは津田自身ではないかというのだ。しかも、一年前に一家三人が失踪した事件と今回の騒ぎに繋がっているらしい。
本作は、小説家だった津田が、一連の出来事を文章におこしている、というスタイルで出来上がっている。なにか裏社会に関係した犯罪と絡んでいるなとにおわせつつ、話は現在と過去を行き来するため、なかなか事件の全貌が見えない。
一方、ページごとに笑いを誘うくすぐりや、気の利いた言葉遊びが連打されている。そのほか古本のピーターパンの男たちの間で回っていく筋立てをはじめ、主人公の勘違いぶりや再起への道など、ストーリーの要約だけでは紹介しきれない妙味が随所に詰まっている。
そして、人間関係の綾と物語の断片がすべて繋がるラスト。作者ならではの、酒悦で愉快で寓話めいた世界を堪能できる。

No.449 6点 偶然にして最悪の邂逅- 西澤保彦 2022/09/23 08:49
作者の故郷である高知市を舞台とした5編からなる短編集。
「ひとを殺さば穴ふたつ」住宅の床下に穴を掘り、人骨らしきものを掘り当ててしまったかつての教え子の前に、38年の時を経て幽霊となって現れた高校教師がたどり着く自分が殺された真相。殺したのは誰、そしてこの場所は。
「リブート・ゼロ」芸能事務所の女社長が帰宅した際、玄関から押し入ってきた男と思しき何者かに頭を殴打された事件の真相。濃密な人間関係が事件を複雑にしている。
「ひとり相撲」救急車で病院に担ぎ込まれた男が、15年ぶりに再会したかつての教え子の前で告白する。ある女性に操られるがごとく犯してしまった殺人について。
「間女の隠れ処」大みそかの夜に洋風居酒屋へ集まった長年の友人たちが、40年以上前に起きた殺人事件をモチーフにした未発表のミステリ原稿を読んで話し合い導き出した結論と、この原稿に込められた真意。
「偶然にして最悪の邂逅」ミステリ作家を相手に談話室で語られる、1970年代に建築事務所で起きた殺人事件と廃屋になった旧校舎から向かいの家族を覗いていた僕らの行為が交錯する。実は思わぬ事件に巻き込まれていた。
過去に発生していた事件などを、今ある情報をもとに、「実はこうだったのでは?」と推理していくのがメイン。各短編の出来不出来の差はあるものの、作者ならではのアクロバティックな捻りとテクニックが冴える作品集。それに加え、ユーモアやセクシャルな要素を絡ませている。特に表題作は、巧みなロジックとダークなオチが印象深い。

No.448 5点 疑惑- 松本清張 2022/09/16 08:25
表題作である「疑惑」と「不運な名前」の中編2編が収録されている。
「疑惑」ある地方都市の秋の情景の中に、二人の主要人物を置いて、それを映像的に見つめていく描写で始まる。新聞記者と弁護士の対話の中から、「鬼塚球磨子」という特異な女性の存在と、彼女が起こしたという疑惑がもたれている事件の全体像が客観的に浮かび上がってくるという構成。そしてラストは、セミ・ドキュメンタリー形式で作られた、大胆不敵なスリルの盛り上げ方で突然終わりを迎える。
「不運な名前―藤田組贋札事件」ある男が、札幌から岩見沢にやってきて、タクシーに乗り月形というい町へ行く。そして樺戸刑務資料館という施設を見学する。そこへもう一人、女が入ってきて、さらにもう一人、男が傍若無人に乱入してくる。展示室にある関係文書や、その昔に囚徒たちが作った作品、あるいは掲げてある観音図などから熊坂長庵という名前の人物がクローズ・アップされ、やがて「藤田組贋札事件」なるものが浮上してくると、といったプロセスもなかなか息をのませる。ラストが、つつましやかな存在だったもう一人の女性の手紙によって締めくくられるという結末も意表をついている。

No.447 6点 完全恋愛- 牧薩次 2022/09/10 08:10
他者にその存在さえ知られない罪を完全犯罪と呼ぶのなら、他者にその存在さえ知られない恋は、完全恋愛と呼ばれるべきか。こんな挑発文で始まる本書は、辻真先が初めて牧薩次の名で著した長編である。
主人公の究は、少年時代に画家の娘・朋音と出会い恋心を抱く。終戦後、朋音をかばって犯罪の隠蔽をした究は、富豪のもとへ嫁いだ朋音とその娘を陰から慕い続ける。しかし、やがて朋音は亡くなり、その娘も不可解な密室事件で命を落とす。画壇の巨匠へと上りつめた究は、愛する者を奪われた哀しみから復讐の完全犯罪へと向かっていく。青春ミステリの瑞々しさや敗戦からの日本社会の変動などが、軽妙な文章で描かれ深みのある人間ドラマが繰り広げられる。
ミステリとラブロマンスが見事に密接に絡み合っている。アリバイトリックやバカミス的なトリックなど、一つ一つのトリックは古典的だが、タイトルに隠された真の意味には驚かされた。捻りのあることは覚悟していたが、予想を上回った。読後感も爽やか。

No.446 6点 予言の島- 澤村伊智 2022/09/05 09:08
職場でのパワハラで心を病んだ幼なじみを励まそうと天宮淳は、もう一人の幼なじみの手配により、旅行に出ることにした。瀬戸内の小島に巣喰う怨霊と戦いに敗れた霊能者は死の直前、島で再び起きる惨劇を予言したという。その予言が当たるのかどうか、現地で確認しようというのだ。いささか不謹慎な動機で赴いた三人組は、この島で一夜のうちに六人が死ぬという趣旨の予言が的中していく様を体験することになる。
怨霊、呪い、予言。これらに支配されたような島という舞台と、その島民や島に縁のある登場人物たちを最大限に活用して作られている。作中で言及される霊能者が、冝保愛子と人気を二分した人物だったり、心霊写真といった懐かしいガジェットを駆使したり、あるいは迫り来る怨霊が引き起こすパニック劇を盛り込んだり、と往年のオカルト・心霊ブームを体験した人にはたまらない描写も多い。
これらを通して立ち上がってくるのがやはり、共同体を含む恐怖の源泉としての家(家族)だが、キャラクター描写が設定にとどまり、ドラマ面が型通りになってしまっているのは残念。

No.445 4点 119- 長岡弘樹 2022/08/30 09:03
和佐見消防署の消防官たちを主人公に据えた九編からなる連作短編集。消防官は出場以外は、署内で二十四時間待機しなければいけないため、食事は自炊。着用した防火服はデッキブラシと洗剤で人力手洗い。トイレの個室に入ったら、いつ出場の指令が下っても飛び出せるように、いち早くトイレットペーパーを手に巻き付ける。各話三〇ページに満たない短さの中に、消防官というい誰もが知っていながら、内実は知らない特殊な職業にまつわる大変さを知ることができ、興味深く読める。
本書の最大の特殊性は、自殺絡みの案件を多く扱っていること。「石を拾う女」の主人公のモノローグが象徴的かもしれない。作中で何度も記されている通り、消防官は命を救う仕事であると同時に、救えなかった命を目撃する仕事でもある。闇を覗き込む者は、闇に魅入られる可能性が高い。けれど闇に魅入られている者だからこそ「ぎりぎり」の地点にいる人々の心情を理解し、彼らに効く言葉を放つこともできる。
「逆縁の午後」は基本ダークだが、かすかに優しいというバランスが遺憾なく発揮されている。消防官という題材と向き合ったからこそ書けた、作者らしいミステリに仕上がっている。
ただ、「逆縁の午後」以外は、ミステリとしての驚きや意外性はなく、人間ドラマとしても物足りなく感じた。

No.444 7点 骨を弔う- 宇佐美まこと 2022/08/25 08:26
登場するのは、小学生の少女二人、少年三人。リーダー格の佐藤真実子は、あとの四人をあごで使うようなタイプ。この作品は、清々しく朗らかな成長物語とは違う。少年少女たちは、時を経て中年の男女になっている。かつて真実子が、担任教師を困らせるために理科教室から盗み出した骨格標本を山の中に埋めに行った小さな冒険のことなど、記憶の隅に追いやっている。それぞれが今、立ち向かうべき問題や事情を抱えて手いっぱいなのだ。
故郷の川の増水で堤防が崩れ、バラバラの白骨が発見されたが、正体は理科教材の標本だった。その新聞記事が、本田豊の記憶を刺激する。三十年前の小学校五年の夏休み。四国の田舎町の集落に住む同い年の五人は、骨格標本をそれぞれリュックに隠し、確かにそれを埋めた。だがその場所は山の中だった。では自分たちが埋めたのは、本物の白骨だったのではないか。
今も故郷近くに住む豊は、幼なじみを訪ね歩き、その疑問をぶつけていく。だがグループのリーダー格だった佐藤真実子が、亡くなっていたことを聞く。真実子は理科室から標本を盗み、夏休みになってから皆に埋葬を命じた張本人だった。三十年前のあの時、いったい何が起きていたのか。
豊と語り合ううちに、幼なじみたちは忘れていた記憶を思い出し、子供時代には分からなかった「事情」を忖度していく。優しかった老夫婦の人格の変化、異臭騒ぎ、殺人の告白、失踪。そして輝いていた子供時代と「今」を比べ、それぞれの現況と向き合い始める。同棲相手との将来、夫の暴力と舅夫婦の無神経な言動、大震災による家族の死。そして巡礼者である豊自身も、心の奥に納めていた秘密を見つめ直す。
こうして過ぎ去ったはずの過去の行いが、現在にまで手を伸ばし、意外な真相が導かれるが、その過程のどんでん返しが衝撃的。謎解きの鮮やかさと同時に、登場人物たちの人生の意義も浮かび上がる忘れがたい作品となった。

No.443 6点 いくさの底- 古処誠二 2022/08/20 07:51
ビルマを平定した日本だが、治安を乱す重慶軍に悩まされていた。閑職にあった賀川少尉は、急造された舞台を率いてヤムオイ村に向かう。少尉は7カ月前まで村にいて、村長を補佐する助役に清水次郎長一家から名を借りた渾名を付けていた。しかも現地で実戦も経験したらしい。村に到着した夜、少尉が首を大きく切られて殺された。その死は村人に伏せられたが2日後、村長が同じ手口で殺されてしまう。
犯人は日本兵か、村人かそれとも重慶軍か。外部との連絡が難しい閉鎖空間の村で、日本兵と村人が互いに疑うことで生まれる息苦しいまでのサスペンスは圧倒的。さらに戦時下の、ビルマ奥地の小村でしか成立しないトリックを使っているので、意外な犯人にも衝撃の動機にも驚かされるのではないか。
そして謎が解かれるにつれて、目の前の勝ちにこだわらず大局を見ず、現実より体面や建前を重視し、個人の良心を圧殺する日本軍の問題点も浮き彫りになってくる。これらの指摘は、現在の日本の組織が直面する課題とも無縁ではないだろう。

No.442 6点 友罪- 薬丸岳 2022/08/17 07:51
ある町工場に益田と鈴木という2人の若者が同時入社する。鈴木には独特の近づきにくさがあり、誰も彼とは打ち解けない。だが一人、益田だけは鈴木との距離を縮め、鈴木もまたそんな益田に心を開くようになる。そして2人の間では友情が育まれていくのだが、しかしふとしたことで、益田に恐ろしい疑念が沸き上がる。鈴木はメディアを騒がせた、あの少年犯罪の犯人なのではないか。考えてみるといくつもの不審な証拠が思い出された。そしてどうも事件の犯人は、実社会に復帰しているらしい。疑いを深めた益田は、疑念を打ち消したい一心で独自の調査を開始する。
この作品が、あの神戸で起きた猟奇的児童殺人をモチーフにしていることは明らか。過去に苦しむ事件の犯人。同時に他の登場人物たちも彼の苦悩と共振する、消してしまいたい過去を抱えている。中学時代の同級生の自殺が今も重くのしかかる主人公。そして流れ着くように工場の事務員に収まった元AV女優。
過去と今が激しく交錯し物語は突き進む。互いの過去を隠したまま、かけがえのない友となり恋人となった今。しかし、ひた隠しにしてきた忌まわしい過去を許すことが出来るのか。友の罪はあなたにとっても罪なのか。
伏線や謎の配置によって読ませる物語ではない。登場人物に己を重ねることで共感し、自分がほのかに抱える暗部をのぞき見するような気持ちで読み進め、そして切っ先の砥がれたような鋭い問いを突き付けられ身震いせざるを得なくなる。
人間は過去から逃れることはできない。しかし友なら理解することができるはず。それでも赦すことができないのはなぜか。ラストの言葉が心に響いた。

No.441 7点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック- 鴨崎暖炉 2022/08/11 08:27
「僕」こと葛白香澄は、高校二年生のミステリマニア。幼なじみの女子大生、朝比奈夜月の雪男捜しに同行することになった「僕」らが、宿泊予定の雪白館は、密室ものを得意とする推理作家、雪城白夜のかつての邸宅だった。
誰も解けない密室での殺人なら無罪となる時代。10年前に館の主が密室の謎を遺した「雪白館」で、連続密室殺人が起こる。すべての密室を解き、犯人を有罪にできるのか。この設定、世界観がなんとも魅力的。
登場人物は、それぞれ名前や性格が記号的で分かりやすくなっている。例えば、探偵が探岡エイジ、マネージャーが真似井、支配人が詩葉井など。まるで、人物を把握する労力を減らしたので、密室トリックにだけに集中して欲しいと、作者が言っているかのようだ。
一見、典型的な雪の山荘ものと思われるが、とにかくあの手この手の密室殺人の仕掛けが凝っていて、推理する側も個性派ぞろい。一問一答式で密室の謎を解いていき、少しずつ密室の難易度が上がっていく。無罪になるために、わざわざ密室を作るので、リアリティは薄いが、論理的に解かれ納得できる。また、実際の情景を考えると、シュールで笑ってしまうトリックもあって楽しい。
クローズド・サークル、殺人現場にトランプ、怪しい宗教団体など、古典的要素は押さえつつもライトな雰囲気。殺人事件が起きていても、モノポリーをやるなど緊迫感が皆無なところは好みがわかれるでしょう。

No.440 6点 アリバイ崩し承ります- 大山誠一郎 2022/08/06 08:17
県警本部捜査一課の「僕」は、腕時計の電池が切れていることに気づき、美谷時計店に入る。そこで「僕」は、店内に「アリバイ崩しを承ります」という張り紙を見つける。「時計にまつわる依頼はなんでも受ける」という祖父の遺志を受け継ぎ、孫娘の美谷時乃が、「時を戻すことができました」という決め台詞のあと、推理を披露する7編からなる連作短編集。
「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」大学教授が殺害された事件の容疑者は、被害者の胃の内容物から特定された時刻にはアリバイがあった。
「時計屋探偵と凶器のアリバイ」死体よりも先に凶器の拳銃がポストから発見された殺人事件。現場で発見された銃弾から凶器はこの拳銃と判明。被害者の上司が容疑者として浮上するがアリバイがあった。
「時計屋探偵と死者のアリバイ」交通事故に遭ったミステリ作家が、自分は殺人を犯したと告白して死んでしまう。しかし死亡時刻を考えると、アリバイが成立してしまう。
「時計屋探偵と失われたアリバイ」ピアノ教師が殺害され、バーに勤める妹が殺人の容疑者となる。しかし「僕」は妹が犯人とは思えない。
「時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」時乃は小学四年生の時に、祖父から出題されたアリバイ崩しの問題を「僕」に出す。
「時計屋探偵と山荘のアリバイ」「僕」が訪れた山荘で殺人事件が起こる。雪上に残された足跡から、中学生の少年以外のアリバイが成立してしまう。
「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」元会社経営者の男性が、自宅で死体となって発見される。犯行当日のみダウンロードすることが出来た楽曲を容疑者は、友人の前でダウンロードしていた。
たったそれだけの情報でアリバイを崩すなんてありえない、ロジックよりインスピレーションで解決するタイプの安楽椅子探偵もの。犯行そのものも、現実的ではないもの、ご都合主義的なものも確かにあるが、アリバイ崩しに特化した作品集なので、そこには目を瞑れば、盲点を突き、固定観念を覆すアイデア溢れた、奇想なアリバイ工作に驚くことができるのではないか。

No.439 7点 検察側の罪人- 雫井脩介 2022/08/01 08:21
主人公はベテラン検事の最上と、若手検事の沖野。ある殺人事件の調書を読む最上は、かつて知り合いの少女を殺し最重要容疑者でありながら、証拠不十分で釈放され時効となった男が容疑者の一人であることを知る。最上の支持のもと事件を担当していた沖野は、捜査の偏りに違和感を覚え、尊敬する最上と対立することになる。
「時効」がテーマのひとつで、2010年に改正刑事訴訟法が執行されて、死刑に相当する殺人罪の公訴時効が廃止されたが、執行前に時効を迎えていた事件は、改正前の期間が適用されるため、犯行を行った時期によっては罪科に処されずに済んでしまう。そのような現実や、検事一人の裁量で事件の流れを決めることが出来てしまう司法制度の問題点が描かれている。
冤罪かそうでないかという謎だけでも引き込まれるが、それについては、途中で明らかになる。沖野検事の取り調べ場面には、綿密な取材を裏打ちされた圧倒的なリアリティがあり、冤罪はこうして作り上げられるのだと納得させるだけの臨場感と説得力がある。そして罪の償いとは何かという問いに突入する。法律には穴がある。その穴によって正しく裁かれなかった場合、それを人間の手で正してはいけないのか。
これは本来あり得ない話。あってはならない物語である。しかし、二人の検事が正義の信念や自身の現状に対する葛藤がぶつかり合うことで、迫力ある人間ドラマとして読ませる。また時効、冤罪など考えさせられる社会的な問題を二人の検事の関係の絶対性として共感を誘う熱い小説でもある。

No.438 6点 カササギたちの四季- 道尾秀介 2022/07/26 08:36
「リサイクルショップ・カササギ」は、赤字続きの小さな店。店長の華沙々木は推理マニアで、事件があると商売そっちのけで首を突っ込みたがる。副店長で修復担当の日暮は、売り物にならないガラクタばかり買い入れてくる。中学生の菜美は名探偵華沙々木のファンで、いつも店に入り浸っている。
彼らの周囲で起きるのは、店の倉庫に誰かが忍び込んで鳥のブロンズ像を燃やそうとした放火未遂事件とか、山奥の木工所で原木が傷つけられた器物損壊事件といった軽微なものばかり。血なまぐさい事件は一つも出てこない。
華沙々木がホームズ、日暮がワトソンという役割になっているが、このホームズは実は自称だけの名探偵。菜美を落胆させないために、日暮が秘かに現場を修復してホームズの手柄に作り替えるところが、アンチ・ミステリとしての読みどころになっている。
ミステリとしては弱いが、軽妙でしかもイメージ喚起力のある文章、魅力的な登場人物、捻りの効いたプロットなど、さすがと思わせる面もある。

No.437 7点 アルバトロスは羽ばたかない- 七河迦南 2022/07/21 08:46
児童養護施設・七海学園を舞台にした「七つの海を照らす星」の続編。前作を読んでいなくても十分楽しめるが、読んでいないと最後の衝撃度は半減されると思う。本作は「冬の章」の合間に「春の章」「夏の章」「初秋の章」「晩秋の章」がカットバック的に挟み込まれた構成となっている。一つ一つの短編に伏線を散りばめ、全体を貫く仕掛けが用意されている。
「春の章」母親に殺されそうになったと思っている一ノ瀬少年の話。真相は見えやすいので、ミステリとしての面白味はないが、伏線がしっかり描かれ説得力がある。
「夏の章」城青学園の生徒がサッカーの試合で会場から姿を消す話。話としては面白いが、それは気付くだろうと思ってしまった。
「初秋の章」鷲宮瞭が織裳利映にCD-Rをもらう。しかし再生できない。また樹里亜という七海学園の新入生が転校前にもらった寄せ書きが無くなるという二つの謎が描かれる、日常の謎的ミステリ。胸に苦いものが残る。
「晩秋の章」望という少女が七海学園に預けられる。刑務所に入っていた望の父が出所し、望を連れ戻そうとする話。海王さんのある言葉が伏線になっている叙述トリック。完全に騙された。
そして「冬の章」では、校舎屋上からの転落事件を中心に、それまでに登場した人々を巻き込んだ物語が展開される。
最後の最後で、それまで頭で思い描いていた構造が一変する構成は、見事としか言いようがない。このどんでん返しには、かなりのインパクトがある。伏線も十二分に張られている。納得のサプライズ。

No.436 6点 七つの海を照らす星- 七河迦南 2022/07/17 08:41
様々な事情を抱えた子供たちが暮らす児童養護施設・七海学園で起きる、不可思議な事件の数々。七海学園に勤めて2年目になる北沢春奈の視点から描かれる7編からなる連作短編集。
「今は亡き星の光も」七海学園の葉子が、以前いた児童施設での不思議な体験について語る。急死したはずの玲弥という少女が自分の窮地を救ってくれたのだという。玲弥の人物像が、児童福祉士の海王の視点でがらりと変わるどんでん返しのお手本のようなミステリ。
「滅びの指輪」七海学園の浅田優姫は、かつて戸籍が無かった。廃屋で生活しているところを保護されたのだった。しかし優姫は思わぬ貯金を持っていた。不思議な謎、思いもよらない真相、なんとも言えない後半などインパクトが高い。
「血文字の短冊」沙羅と健人の父親・秋本譲二は、母親が家を出て育児ができないので施設に入れている。沙羅は父から嫌われているという話を春奈にする。春奈の話を聞いて大学時代の同級生・野中佳音が謎解きをする。いわゆる叙述トリックだが、意外性はなく驚くことはない。
「夏期転住」俊樹は12年前に夏期転住として田舎に行った時、小松崎直と出会い、一緒に生活し思い出を作る。しかし直の父が直を探しにきて、直は姿を消してしまう。最終的に明らかになる真相は、ある古典ミステリを想起させる。そこに加えられた捻りが興味深い。
「裏庭」七海学園の裏にある開かずの門。「開かずの門の浮姫」という七不思議をめぐる話。ミステリとしては弱い。恋愛話としては悪くない。
「暗闇の天使」女の子6人で通ると幽霊が出るというトンネルの話。ミステリとしては、真相にやや釈然としないところがある。
「七つの海を照らす星」最後の話で6つの話の「謎」が繋がる。完全な脇役かと思われていた野中佳音の過去が描かれ、物語の中心人物にすり替わる展開はかなり衝撃的。
北沢春奈をはじめとする七海学園の生徒や関係者など、魅力的なキャラクターに溢れている。個々の短編の謎に目新しさや驚きは少ないが、散りばめられた伏線を最終話で一気に回収し、各短編で残された謎がわかりスッキリする。

No.435 7点 W県警の悲劇- 葉真中顕 2022/07/13 08:08
W県警の特徴は、日本の県警の中でも旧態依然をもって知られ、男尊女卑がまかり通っていること。当然ながら松永警視を始め、女性警官への風当たりも強くなる。
W県警では月に二度、「円卓会議」が開かれる。出席者はお飾りである本部長を除いた県警幹部たちで、ここで合意されたことが県警の決定事項となるのだ。松永警視は一刻も早くこの会議に出席できるよう、出世を目指していた。女性警察官を低く見るW県警の古い体質を刷新することに意欲を燃やしているからだ。しかし...。
本書は全六編からなる連作短編集で、各編でW県警に勤務する女性たちがフィーチャーされるのが特徴。同時に彼女たちに支持されている松永警視の存在も、ストーリーに影響を及ぼしていく。
極秘任務を与えた警部の不審死に隠された二重三重の仕掛けとは「洞の奥」。
女子小学生殺害事件を捜査しながらも、コンビを組んだ先輩刑事への想いを断ち切れない女性刑事が登場する。騙りの倒叙を交え翻弄してみせる「交換日記」。
家宅捜索で特技を見せる。極上の仕掛けを凝らしている「ガサ入れの朝」。
痴漢容疑で逮捕され黙秘を続ける男を取り調べながら、かつて自分が受けた痴漢被害を思い起こす。組織内部の戦いを描いた「私の戦い」。
実父を殺したと自白した神父の真意を探っていく。悲哀の構図「破戒」。
ついに警視正に昇進し幹部になった松永が、山で姿を消した少女の捜索のため現地に赴く。真相はかなりブラックな「消えた少女」。
警察小説の意匠を隠れ蓑に、さまざまなテクニックを駆使した仕掛けが爆発するどんでん返しミステリ。さらに最後の一撃というべき驚きも待っている。

No.434 6点 微笑む人- 貫井徳郎 2022/07/08 07:47
エリート銀行員の仁藤俊実が、蔵書を置く場所を確保するために妻と娘を殺害した。異様な動機で世間の注目を集めた仁藤に興味を持った小説家の「私」は、事件をノンフィクションにまとめたる関係者を訪ね、証言を集めていく。やがて「私」は、仁藤の同僚や大学の同級生が不可解な死を遂げていた事実を知る。
常識では理解できない猟奇事件が発生すると、マスコミではすぐに幼少期のトラウマや、不況が生み出す閉塞感といった分かりやすい動機を探し出そうとする。ところが本書は、物語が進めば進むほど、仁藤の人物像や動機が見えにくくなる迷宮のような構造になっている。
作者が、実際に起きた事件をモデルにしたようなエピソードや、仁藤を取材する「私」に、知人が「あんな良い人」と答えるなど、どこかで見たことのある場面を並べながらも、ラストに意表を突くどんでん返しを用意したのは、週刊誌やワイドショーが報じる分かりやすい動機は、犯人や社会の闇に到達していないとの想いがあったからではないだろうか。
本書は、一般的なミステリとは異なる展開をたどるため、モヤモヤが溜まるかもしれない。だがミステリのお約束を拒否したことが、逆に現代の不条理な犯罪をどのように向き合うべきかを考えるきっかけになっている。
この作品は、いわゆるミステリ的な解決がない。人は誰も不可解なものに無理やり理屈をつけ、納得しようとする。それが事実かどうかは、誰にも分らない。作者は、そうした人の心の闇に目を向けようと訴えかけいるかのようだ。

No.433 6点 教室が、ひとりになるまで- 浅倉秋成 2022/07/03 08:10
私立高校で三人の生徒が立て続けに自殺した。死ぬ動機もなく、後追い自殺の理由もないにもかかわらず、三人とも同じ文面の遺書を残して死んだのだ。クラスメイトの白瀬美月から「死神」に命を狙われていると聞いた垣内友弘は、その直後、人の噓を見抜く不思議な力を与えられ、連続死の謎に挑むことになった。
校内には特殊な能力を持つ人間が四人いるが、本人がその秘密を他人に明かすと能力は失われてしまう。しかも、一人一人に与えられた能力は異なっているので、友弘は誰がどんな能力を持っているのかもわからぬまま真相に迫らなければならない。
三人の連続死には誰かの能力が関係しているのか。書きようによっては何でもありになりそうな設定だが、異能バトルをロジカルに組み合わせた展開はとても興奮させられるし、登場人物たちが自らの置かれた環境への違和感をぶつけ合うクライマックスの重苦しい絶望とわずかな希望が交錯する悲痛さは、学校という独特の閉塞感や居心地の悪さを感じたことのある人には突き刺さるのではないだろうか。

No.432 5点 名もなき毒- 宮部みゆき 2022/06/28 08:30
物語は、首都圏で発生した連続無差別毒殺事件を、主人公・杉村の会社から解雇された女性アルバイトの巻き起こす騒動が絡み合う形で織りなされる。他者との関係を無化したうえで成り立つ無差別の凶悪犯罪と、人と人が接触を持つがゆえに起こる人間関係のトラブル。対照的な二本の縦糸は、根底に怒りがあるという点で共通する。自分だけが幸せになれないことへの怒り、自分を受け入れてくれない周囲に対する怒り、理想と現実とのギャップが生んだ怒り。
もちろん、それらは客観的には理不尽極まりないもので、身勝手で自己中心な言い分だと切り捨てることはたやすそうに見える。だが、この作品は紋切り型の正義や正論を上から安易に振りかざすことを許さない。
怒りはやがて毒になり、他者をそして自分自身をも侵す。だが作者は、喜びも悲しみも噛みしめてきた年長者の姿を、幼い子供のあどけなさを、生きることへの確かな「敬意」を持って描く。
だからこそ、負の諸相が手加減なしに描かれた怖い作品なのに、読後には人間や人生や社会に対する前向きな思いが胸に残る。

パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 451件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(26)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(18)
綾辻行人(15)
松本清張(14)
米澤穂信(14)
西澤保彦(13)
法月綸太郎(12)
歌野晶午(12)
横山秀夫(11)