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支倉事件
甲賀三郎 出版月: 1929年02月 平均: 7.50点 書評数: 2件

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平凡社
1929年02月

東方社
1958年01月

講談社
1973年01月

東京創元社
1984年12月

No.2 8点 2021/11/10 19:57
甲賀三郎の長編の中では現在最も有名かつ評価の高い作品ですが、作者の代表作とは言えない超例外作です。
現実の事件に材を採ったドキュメンタリー・タッチの作品であることは知られていますが、特に後半、支倉喜平が送検されてからのことはほとんど事実に基づいているのでしょう。普通の意味でのミステリ的興味は、後半ほぼなくなってしまいます。それを戦前の「本格派」推進者であった甲賀三郎がごく初期、1927年に発表したというのには驚かされます。だからといって、本作が異常心理等を主題とした「変格派」であるはずもありませんし、変格派の得意な作家には絶対書けないタイプです。戦後の作家だったら、間違いなく完全なドキュメンタリーとして書いたであろうと思われるような題材を、一応フィクションの中に収めた本作も、作者の考えでは「本格派」に分類されるものだったのでしょうか。

No.1 7点 人並由真 2018/12/10 20:42
(ネタバレなし)
 大正6年の初頭。当時36歳の宣教師・支倉喜平が、盗んだ聖書を売りさばいた容疑で捕まる。彼は日曜学校の教師である美人妻、静子や6歳の息子・太市と暮らしていたが、やがて放火や強姦などの余罪が判明し、さらに後者の被害者である女中の少女・小林貞子が3年前から行方不明であることまで明らかになる。支倉の周囲の証言から、神楽坂警察署の刑事たちは、先に見つかった身元不明の死体が支倉に殺された貞子のものだったのではないかと見当をつけるが……。

 現実の大正時代に起きた著名な事件「島倉儀平事件」に材を取った、警察小説+法廷ミステリ風の犯罪ドキュメントノベル。昭和2年の読売新聞に半年にわたって連載された。捜査側の主要人物の一人・庄司利喜太郎のモデルが、読売新聞&ロッキード事件で有名な実在の人物、正力松太郎ということでも一部の読者には有名なようである。

 評者は甲賀三郎の作品にそんなに詳しくないので、本書に関しては
①一応は代表作の長編のひとつであること
②犯罪&裁判実話風のドキュメントノベルであること
③甲賀三郎の作品の中ではどちらかといえば? 異端の系列に属すること
……くらいしか知らないのだが、①の点に関しては実際に本作は創元推理文庫の「日本探偵小説全集」を初めとしていくつかのミステリ叢書に作者の代表作として選抜されているようであり、そこからの興味でこのたび読んでみた(今回手にしたのは、くだんの創元推理文庫版~抜粋でもいいから当時の新聞の挿絵を再録してほしかったのに全くないのは残念)。
 
 それで実作の長編ミステリとしては平易な文体の上に会話もなかなか多く、さらに場面転換も頻繁なのでリーダビリティは好調。物語の主体は神楽坂署の捜査陣だが、随所に実質的な主人公である支倉や他の登場人物勢の動向の描写も適宜に配置され、古い作品ながらまったく退屈はしない。
 途中で登場人物側の思わぬしくじりがあったり、意外な形で劇中人物が退場したりするのもこれが作り物のフィクションなら演出過剰という感もあるが、もしかするとこれらの局面の流れはそれぞれ実話に沿ったものかなと勝手に思うなかで妙なリアリティを感じたりする。この辺の感覚は、こういう作品特有の味わいという思いで面白い。

 強烈なのは捕縛されてなお、最後まで自分の立場を訴えてあがき続ける支倉の執念で、物語後半の読みどころはここに尽きる。支倉の現実のモデルとなった島倉という人物に関しては、webで本当にざっとこの原典の事件の概要をうかがった限り、冤罪の可能性もとりざたされているようで、その意味では現在も無責任なことはいえないが、その上であえて一編の犯罪長編小説として読むのなら、支倉は国産ミステリ史上でも希に見る存在感の犯人キャラクターとして叙述されている。不遜な面に陥る愚に考慮しつつものを述べることをお許し願うなら、これはその辺りが価値の古典長編ミステリであろう。
 シーソーゲーム風……というのとは、ちょっと違うが、支倉の妄執を受けて延々と長引いた裁判の歳月の克明な記録の叙事も、後年の国産ミステリ界に直接・間接的に、少なからず影響を与えているのではないか、とも思う。


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