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[ サスペンス ]
盲目の目撃者
甲賀三郎 出版月: 1956年01月 平均: 3.00点 書評数: 1件

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No.1 3点 おっさん 2014/12/08 15:43
戦前の人気探偵作家・甲賀三郎の小説作品は、いちおう没後に全集(1947~48 湊書房)としてまとめられており、半世紀以上たってから復刻(2001 日本図書センター)もされています。その点では、ついに個人全集に恵まれなかった、同時代のライヴァル(とはいえ活動期間はより長く、戦後にも及ぶ)大下宇陀児より、恵まれているかもしれません。
しかし甲賀には、全集未収録の作品が山のようにあり、再発見・再評価を待っていますw

昭和22年(1947)刊の本書は、湊書房の全集がスタートする前に、松竹株式会社出版部でまとめられた作品集で(のち、東方社からも同題・同内容の本が出されています)、全集との収録作品の重複はありません。果たして埋もれた宝石はあるのか?
気になる中味のほうは――

 ①盲目の目撃者(昭6、サンデー毎日)
 ②鍵なくして開くべし(昭和5、新青年)
 ③原稿料の袋(昭3、新青年)

②と③は、論創ミステリの『甲賀三郎探偵小説選』にも採られた、探偵作家・土井江南(作者自身がモデル)とやはりシリーズ・キャラクターの青年紳士怪盗・葛城春雄が登場する(おっとネタバラシかw)、短編です。
酔った勢いと、懐の、貰ったばかりの原稿料に気持ちが大きくなり、夜の浅草に繰り出した土井に、「人殺しを見たくはありませんかね」と怪しい老人が声をかけてくる③は、錯綜したプロットを軽妙に語る、甲賀の話術が光りますが、まあ話術だけと云えなくもないwww
結局のところ、印象に残るのは、冒頭に登場する「ねばりのある女性的な関西弁」の同業者・床水政司(とこみずまさし)とか、「滅多に原稿料を出さない雑誌の編集をしている」満谷順(みつたにじゅん)とかの、楽屋ネタだったりします。
ミステリ的には、またしても酔っぱらった土井が、美女の頼みで、守銭奴の遺産の隠し場所探しに取り組む(ポオの「盗まれた手紙」が引き合いに出される)②のほうが、ひねりが利いていて面白いでしょう。謎解きにまつわる、金属の比重の計算とかは、筆者にはチンプンカンプンですがwww

ユーモアを打ち出した、これらの短編に対し、作者の論敵だった木々高太郎が、追悼文「甲賀三郎の思い出」のなかで、「『盲目の目撃者』『幽霊犯人』などが同氏の最も得意としたものであろう」と言及した表題作①は、原稿枚数200枚ほどの、サスペンス・タッチの(木々の表現を借りれば、「トリックを主とした通俗家庭小説風の」)メロドラマ。お話の導入は、こんな感じです。

嵐で外洋に沈んだ、客船ブラジル丸の生存者は、当初、富豪の遺産相続人である若い女性・民谷清子ひとりと思われていたが、船医の、「私」こと井田信一も九死に一生を得、遅れて帰国を果たした。助かりはしたものの、明日への希望を無くし、酒におぼれる日々を送っていた信一は、ひょんな事から、もうひとりの生存者が「民谷清子」だと知り、驚愕する。そんな莫迦な? 彼女は沈没前に、病気の悪化で亡くなっているはずだ。他でもない自分が、それを確認している。いま「民谷清子」を名乗っているのは、船上で彼女と親しくなり、熱心に見舞っていた――ひそかに信一が心惹かれた娘――草野妙子だ!
たまたま知遇を得た(何やら思惑を秘めて彼に接近してきた)、「民谷清子」の相続財産問題をあつかっているという、弁護士事務所の青年・緑川の助力で、信一は、ひそかに清子(妙子)と会い、入れ替わりの事情を確かめることを決意するのだが――深夜、待ち合わせの場所で発生した殺人事件が、彼を窮地に追いつめていく。凶器として現場に転がっていたのは、信一がブラジルで紛失したピストルだった・・・

う~ん、甲賀、書き直そうw
船医の信一がなんでピストルなんか持ってたの? まあそれは、治安が悪いから護身用に――で目をつぶるとしても(誰の持ち物か分かるように、わざわざ柄にイニシャルを刻むのも許そう)、紛失した経緯をスルーしてはいかんでしょ。問題のピストルがどうして日本に出現し、“その人物”の手に渡ったか、まったく分からない。分からないはずで、そもそも作者が考えてない。
窮地に立った信一を、謎の人物・緑川(彼の示唆で、ピストルの新たな所有者が判明)がいったん救い、しかしそれも束の間、今度はさらなる窮地が、信一と緑川ふたりを待っている(彼ら以外に犯人の存在しえない、密室状況下での殺人が発生)というジェットコースター的展開で乗り切れば、掲載誌は『新青年』じゃないし、探偵小説マニアでない一般読者からいちいち文句は出ないだろうと、甘く見たのかなあ。
思いつきで話を転がしているだけで、プロットがきちんと練り込まれていないのは、面白い(ないし面白くなる)要素がふんだんに盛り込まれているだけに、残念です。“盲目の目撃者”が証人となるという――彼女の鋭敏な聴覚は、何を捉えていたか?――後半の密室殺人なんかも、魅力的なシチュエーションが安易な種明かしに落とし込まれ、結果、バカミス(しかも笑えない)になってしまっています。せめてトリックの伏線くらい張っとけよ、甲賀・・・

とはいえ(以下は、ファンの欲目です)。
「そのころ、私の前途は暗闇だった」で始まり、「私は世界一の幸福者だと思っている」で終わるこの中編は、天涯孤独の若者が、地獄巡りののちに、生涯の伴侶と莫大な富を得るお話で、なんだかんだいってそのストーリーラインには、普遍的な物語の良さがあります。横溝正史の『八つ墓村』あたりを想起されよ(ワトスン的な主人公をサポートするのが、『八つ墓村』の金田一耕助は、ちゃんとホームズなのに対して、本作の緑川はルパンという違いはありますがw)。
前述のようなプロットの不備を補い、もう少しヒロインのキャラクターを膨らませて言動に説得力を持たせ――そのためには分量が不足だったでしょうから――いっそ長編化すれば良かった、そのヴァージョンを読んでみたかった、と思わせるものはあります。
埋もれた宝石ではなく、原石でしたwww


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