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ミステリの祭典

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平均点:5.92点 書評数:102件

プロフィール| 書評

No.82 5点 私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選
アンソロジー(国内編集者)
(2023/10/12 13:06登録)
己の秘密を明かされ、過去への至福が痛みへと変わっていく主人公の心理を描いた「幸福の家」。ふとした日常の違和感が現実と虚構の境界を揺らす「坂の上の家」。その他、死の匂い漂う幼年の日々を追走する表題作など哀切な物語集。


No.81 7点 名探偵と海の悪魔
スチュアート・タートン
(2023/10/12 13:01登録)
十七世紀前半、インドネシアからオランダまでの航海に出た貿易船を主な舞台としたミステリ。
前半、帆船に浮かび上がる印、謎の言葉、「魔族大全」など数々の怪奇をめぐる思わせぶりな展開が続くも、後半、極秘の積み荷の消失あたりから怒涛の展開を見せていく。船の上でゴシック趣向が全開し炸裂する。魅せられました。


No.80 6点 アフター・サイレンス
本多孝好
(2023/08/25 16:10登録)
主人公は、大学の心理学研究室に籍を置く高階唯子。県警の「被害者支援室」だけではカバーしきれないカウンセリングを受け持つ臨床心理士であり、国家資格の公認心理師でもある。彼女が担当したクライアントそれぞれのドラマと、彼女自身のドラマが絡まり合って物語は進んでいく。
唯子が心を寄り添わせるのは、犯罪被害者の遺族だが、同時に加害者家族にも焦点が合わされていて、それは唯子が加害者家族でもあるからだ。彼女の父親は、殺人の罪を犯し服役中だった。
殺人が許されない罪であることは間違いないが、ではその罪に見合う罰とは何か。極刑なのか、仇討ち的な復讐なのか。被害者、加害者、双方の家族が心に抱えてしまう痛みと傷は、一朝一夕に癒えることなどない。しかしいつか、許し許される日が来ることもあるのではないか。そんな作者の祈りにも似た声が聞こえる。


No.79 5点 覗く銃口
サイモン・カーニック
(2023/08/25 16:02登録)
ロンドンの暗黒街を背景に、凶悪事件に巻き込まれた元傭兵と、操作する刑事の両社の視点から交互に語られる緻密な構成の物語。
元傭兵の造形もさることながら、刑事の行動がストレートな正義感に貫かれているところがポイント。正義感の存在が複雑な構図を明快なものにしている。


No.78 8点 事件
大岡昇平
(2023/08/25 15:58登録)
刃渡り十センチの登山ナイフで女性の心臓を一突きし、殺人罪で起訴された十九歳の上田宏。一見すると簡単に殺意が認められるようなケースである。しかし、そこには宏と恋人、そしてその姉である被害者が織りなす生活の現実と男女の愛憎の機微が伏在する。
それらを丹念に紐解いていく老弁護士によって、事件の様相は当初検察官が描いていたものとは大きく異なる意外な展開を見せる。裁判は、決定的な真実に到達できるのか静かに考えさせる。


No.77 8点 お前の彼女は二階で茹で死に
白井智之
(2023/08/25 15:52登録)
強烈なインパクトあるタイトルだが、元ネタはJ・ケルアック&W・バロウズの「そしてカバたちはタンクで茹で死に」だろう。作中の世界には、成長するにつれて人間とミミズのハーフみたいな外見になる遺伝子疾患を持つ血筋が存在し、ミミズと呼ばれて被害別階級扱いされている。第一話「ミミズ人間はタンクで共食い」では、高級住宅地に住む、整形外科医の家で乳児が殺害され、容疑者としてミミズの青年ノエルが浮上するが。
事件の捜査を担当するヒコボシは、現場で不謹慎なジョークを飛ばすような不良刑事だが、その性格に似つかわしからぬ緻密な推理を披露する。非論理性と生理的嫌悪感を強調した世界観の中で、真相と偽りの解決が複雑に入り乱れる多重推理の趣向が繰り広げられる。この作者でしか書けない本格ミステリといえる。


No.76 5点 フルスロットル トラブル・イン・マインドI
ジェフリー・ディーヴァー
(2023/08/25 15:43登録)
シリーズキャラクターが活躍する3編とノンシリーズの3編からなる短編集。
首から下がほぼ麻痺した科学捜査官のリンカーン・ライムが物証過多の事件に挑む1編は、犯人の意外性もさることながら、ライムと事件の距離感が愉快。
ノンシリーズ作では、再起を目指す俳優がポーカー勝負に挑む「バンプ」が捻りたっぷりで嬉しくなる。


No.75 5点 ALIVE 10人の漂流者
雪富千晶紀
(2023/08/03 13:50登録)
スクリューが壊され、さらに船長を失った観光ボートは、日本人観光客たちを乗せて、漂流を始める。彼らを強烈な日差しと飢えと渇きが襲うが、それは彼らが体験する危機の、ほんの序の口に過ぎなかった。
作者は読者の想定を超えた意外な二つの舞台を漂流者たちに与え、質の異なる極限状況のもと、彼らが生存に向けて協力する様や、あるいは生存に向けて身勝手になる様を描く。
サバイバル小説としての魅力を満喫できるし、主人公に据えたひ弱な大学生の成長小説としても読ませる。


No.74 6点 クラウドの城
大谷睦
(2023/08/03 13:43登録)
イラクで心に深い傷を負った元傭兵の男が主人公。北海道に建設中の外資系データセンターで警備員としての職を得た彼が、そこで起きた密室殺人に挑む。
戦場およびIT分野での国際感覚と、ITも駆使して構成された密室殺人の謎が組み合わさり、そこに舞台ならではの謎解きと活劇が加わり、さらに男と恋人の関係にも筆が費やされていて盛り沢山だが、それらが一つの長編の中に破綻することなく共存している。


No.73 6点 フォーリング 墜落
T・J・ニューマン
(2023/08/03 13:37登録)
ある航空機の機長のもとに謎の男から、彼の家族を人質にとったと連絡が入った。命を助けたければ、飛行機を墜落させろという。いわばハイジャックとトロッコ問題で幕を開ける。
捻りのある驚きや状況の変化とともに生まれるサスペンスをうまく話しの中に落とし込みつつ、誰一人として被害者を出さないように奮闘する主人公たちの活躍が、正攻法で描かれていく。登場人物の個性と旅客機内のディテールが存分に書き込まれ、ぐいぐいと読ませる。


No.72 6点 君が護りたい人は
石持浅海
(2023/08/03 13:33登録)
碓氷優佳シリーズの第六弾。弁護士の芳野は、アウトドア用品店の常連たちとともにキャンプ地に来ていた。芳野は、七人の参加者の中に、ある殺意を持つ者がいることを知っていた。
芳野はその人物の行動を注視し、犯行の手段を推理し、ターゲットを護ろうと動く。だが、殺害を目論む者も二の矢三の矢を用意しているという具合に、推理または推理という密度の濃い作品。
優佳が果たす役割も印象深いし、彼女が放つ冷徹で理詰めの言葉の切れ味も抜群。知的遊戯を満喫できる。


No.71 6点 無頼の掟
ジェイムズ・カルロス・ブレイク
(2023/08/03 13:26登録)
一九二〇年代のアメリカ南部を舞台に、危険と隣り合わせの人生を選んだアウトローたちの姿を鮮やかに描いている。注目すべきはその主人公像。西部小説の残り香を漂わせつつ、古いモラルへの反発を抱えたその姿は、二〇年代という時代を反映したものなのだ。
彼を動かすのは、絶望や歪んだ感情ではなく、自由と冒険への欲求なのだ。爽やかな犯罪活劇である。


No.70 4点 トリックスター
ムリエル・グレイ
(2023/06/02 15:45登録)
スキー場で働くサム・ハントはカナディアン・ネイティブで、白人の妻ケイティと息子、娘の四人家族。最近サムは悪い夢を見たり、原因不明の失神状態に陥ったりするようになった。
映像のカットつなぎを意識したのか場面がブツブツと切れ、感情移入がしにくい。登場人物もインディアンか白人か、過去か現在か、比喩なのか幻覚シーンなのかわかりにくい。翻訳もこなれていない。


No.69 5点 怪談人恋坂
赤川次郎
(2023/06/02 15:39登録)
物語の舞台は、幾重にも折れ曲がった急坂の上にある家。不審な死に方をした姉が、実は自分の母親だったことを、姉の霊に告げられるヒロイン。忌まわしい出生の秘密。彼女が十六歳になった時、姉(母)の怨霊による凄惨な復讐劇の幕が開いた。
タイトルにも「怪談」と銘打たれているだけあって、本書は「四谷怪談」や「真景累ケ淵」の正系を継ぐ怨念どろどろの古典的日本怪談の定石を踏まえた作品となっている。ともかく全編にわたって、ひたすら暗く救いがない。ストーリーは暗い方へ悪い方へと転がり落ちていき、登場人物の大半が恐るべき運命に見舞われる。
プロットやキャラクターがステレオタイプなことも含め「日本のジョン・ソール」と呼ぶにふさわしい作品。


No.68 4点 災いの天使
パスカル・フォントノー
(2023/06/02 15:30登録)
ヒロインの美少女とその仲間たちの無軌道な犯罪行為は、生臭さがなく奇妙に明るい。登場人物のすべてがそれぞれに異常な暗部を抱え、それが互いに重なり合い増幅し、亀裂を生じ破滅へと進んでいくのが、軽快なタッチで語られる。
しかし、ムード一辺倒で終わるし、小粒で小手先の技巧に走るフランス・ミステリの弱点も否めない。このあたりが、好き嫌いの分かれるところだろう。


No.67 5点 女王陛下を撃て
ピーター・カニンガム
(2023/04/07 13:17登録)
カリブ海に浮かぶアンティグア、小さいとはいえ独立国家である。ここの警察のホープ巡査部長は、驚くべき計画が進められていることを知る。それはイギリスの女王暗殺計画であった。
スコットランド・ヤードもやっと暗殺計画をつかんだが、犯人の顔やいつどこで女王を襲うのかもわからない。空前の警備網を敷く警察、着々と準備を進める暗殺者、そして犯人の顔を知っているただ一人の男、カリブのホープ巡査部長。
この三者のカットバックによるクライマックスは多分に映画的だが、かなりの迫力である。大詰めがダービーとなると、ついD・フランシスの作品と比べてしまうが、重厚さは当然フランシスが上、だがその分読みやすさは抜群。


No.66 7点 ミステリ・オペラ
山田正紀
(2023/04/07 13:09登録)
化石人骨の甲骨文字を巡る神話の解釈、及びオペラ「魔笛」の解釈という二重の見立てが含まれる。それは直接的に犯罪に関わるものでありつつ、全体としては歴史そのものの壮大な見立てになっている。
そんなことも可能にする見立ての力はなんなのだろう。おかしな言い方になるが、現実や歴史が現にそこにあるという考え方は一種の危険思想ではないだろうか。確かにそこにあるように見えて、それらは実体のない蜃気楼のようなものだ。見立てとはそんな蜃気楼に触れるための、いや蜃気楼を蜃気楼として鮮やかに感じるための装置である。


No.65 6点 バースへの帰還
ピーター・ラヴゼイ
(2023/04/07 13:00登録)
退職刑事ピーター・ダイヤモンド・シリーズの第三弾。
冒頭のマウントジョイの刑務所脱獄シーンから力が入り、早くも面白くなりそうだとの期待を抱かせる。ミステリとしての謎解きの興味にも事欠かない。もしマウントジョイが無実なら真犯人はだれなのか。美人ジャーナリストを滅多切りにして、口に薔薇の花を挿した意味は。被害者の大家、ボーイフレンドの音楽プロデューサーや馬術家など次々と怪しい人物が登場する。そんな中でも脱獄囚と人質の女性とのやり取り、ダイヤモンドと助手の女性警部ジュリーとの友情の芽生え、夫婦間の会話に絶妙の冴えを見せる。
ダイヤモンドは、果たして警察に復帰できるのか。暗闇の中での大捕物のおまけまであり、最後の一行まで楽しめる。


No.64 5点 癒されぬ傷
リー・グルーエンフェルド
(2023/01/19 16:06登録)
いわゆるサイコ・サスペンスだが、ある意味では真犯人の完全犯罪が崩壊する過程を描いた物語だともいえる。犯人の企みは、クリスティーの棒作品を思わせる古典的なものだが、新しい形にアレンジされているのは興味深く、それが犯人の立場と密接に関連していることもミステリとして評価できる。
サイコという言葉からは「異常」というイメージばかりが先行しがちだが、本書は極めて知性的な意図によって進行する物語である。異常者の心理や行動に興味のある人ばかりでなく、知性的に犯人を指摘したいという要求にも応えることのできる作品といえるだろう


No.63 5点 死ぬほど会いたい
B・M・ギル
(2023/01/19 15:58登録)
全編、熱に浮かされた者が見る夢を思わせるような、どこかとりとめのない官能的な雰囲気に侵された異常心理ホラー。
宿命の恋に憑かれた男が、現実と妄想の一線をじりじりと踏み越えてゆく姿を、抑制された筆致で描き出している。
かつて山荘に暮らしていた老婆に、さりげなく魔女のイメージを重ね合わせることで、山荘の神秘性と物語の超自然的な背景を暗示している点も見逃せない。

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