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ミステリの祭典

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事件

作家 大岡昇平
出版日1977年09月
平均点7.43点
書評数7人

No.7 8点 ʖˋ ၊၂ ਡ
(2023/08/25 15:58登録)
刃渡り十センチの登山ナイフで女性の心臓を一突きし、殺人罪で起訴された十九歳の上田宏。一見すると簡単に殺意が認められるようなケースである。しかし、そこには宏と恋人、そしてその姉である被害者が織りなす生活の現実と男女の愛憎の機微が伏在する。
それらを丹念に紐解いていく老弁護士によって、事件の様相は当初検察官が描いていたものとは大きく異なる意外な展開を見せる。裁判は、決定的な真実に到達できるのか静かに考えさせる。

No.6 8点 クリスティ再読
(2021/02/23 12:47登録)
この作品の意義は、実は作品内で力説されていて、それに触れずにあくまで「フィクション」のエンタメで読むのは、どうか、と評者とかは思うんだ。あえて言うけども、本作はミステリに見えて実はミステリではない。

(死体の具体的な状況などの)それらは現場について、おそるべき詳細な客観性を持って書かれているものである。一般人はそんなものを読む必要は全然ない。犯罪とか戦争とかは、経験しないですまさられれば、それに越したことはないのである。
それら警察の記録を、現代人の病的な好奇心に沿うようにアレンジしたものが、小説やドキュメンタリーとして放出されている。しかしそれらは犯罪の実際について、正しい印象を与えるものではない。

本作は結果として協会賞も獲れば、映画ドラマに映像化された有名作になる。大岡氏というと実はミステリ・ファンの文学者としても有名なんだが、この作品でやろうとしたこと、は「裁判」という「営為」自体を「文学者の目」で再構築しよう、という試みだ。裁判を扱ったフィクションが「裁判を舞台にして、明らかになる人間のドラマ」を描こうとするのと、完全に一線を画しているのが、本作の面目になる。TVドラマも映画も、ありきたりな「裁判物フィクション」としてしか映像化できなかったのだけども、小説の狙いは全然別なところにある。
この小説の中では、具体的な裁判手続きの詳細が事細かに記述される。裁判を主宰する裁判官、告発を担当する検察官、そして被告とそれを弁護する弁護士の3つの陣営による、この「裁判」というゲームの具体的な手続きと、その手続きの中にある「理念」といったもの、そしてその「理念」を手続きにそって運用する判事・検事・弁護士の具体的な運用。これらを事細かに叙述することで立ち上がってくるのは、戦後に大きく改定された刑事訴訟法が具現化する理念「公正」である。この3つの陣営の模擬的な闘争が、判決として具体化される「公正」に結実するプロセスを丁寧に追った小説、と言えばいいのだろうか。人間ドラマ以上に、観念の運動を追求したフランス文学的な味わいが、やはり大岡昇平らしさでもあろう。

ミステリ、がジャンル小説であるのは今更言うまでもない。もちろん「法廷ミステリ」にいろいろな妙味と面白味があって、一大ジャンルになっていることを否定するのではないが、大岡昇平のアプローチはそれとはまったく異なったフリーハンドのものだ。たしかに「事件」には隠れた人間関係が潜んでいて、真相もある意味意外なものであるかもしれない。しかし、この小説を通じて浮かび上がるのは「事件」を媒介とした、刑事訴訟という具体的な制度とその運用手続きの姿なのである。

私はこの場合、持ち出した公正は抽象概念としてではない。公正は言葉としては概念だが、それを運用する裁判官の判断は一つの行為だ、と思っている。

刑事裁判はその手続きのただ中で選択される「行為」の集積であるがゆえに、「人間」の小説としてのテーマになりうるのだ。この大岡の視点の鋭さに敬服。

No.5 7点 蟷螂の斧
(2019/11/15 17:59登録)
(再読)「東西ミステリーベスト100(1985年版)」の第23位、2012年版ではランク外です。私の気持ちに似ているかな?。再読前は9点くらいの作品とのイメージ(記憶)がありました。当時は黒沢明監督の作品のような重厚でリアリティのある映像や、社会派といわれる松本清張氏の作品が好みでした。本作は裁判の過程をリアルに、かつドキュメンタリー風に描いたもので、当時の好みにマッチしていたと思います。しかし、今はエンタメ系の方が好みとなっています。よって7点どまりとなりました。小説はフィクションであるので本物のリアリティは求めません。嘘でも本物っぽく描かれていれば十分ですね。本作は映画化されており、若い大竹しのぶさんの演技にビックリ仰天した記憶があります。

No.4 7点 TON2
(2012/11/04 11:06登録)
どのようにして真実が探られていくのか、日本の裁判の仕組みがわかります。

No.3 8点 itokin
(2010/08/15 12:40登録)
裁判の進行状態を克明に描いた作品。裁判官、検事、弁護士それぞれが信念にのっとって行動しょうとしているのが良くわかる、事件そのものに派手さはないが、真理の解明とその過程の3者の駆引きで読者を引っ張る。裁判の勉強にもなったし読み応えも十分でした。

No.2 7点 kanamori
(2010/07/30 18:43登録)
単なる刺殺事件の裏にある男女の人間ドラマを、リアルな裁判小説で克明に描いています。冗長さもあるが、終盤は結構スリリングでした。泡坂妻夫「乱れからくり」と同時に協会賞を受賞しましたが、「東西ミステリーベスト100」国内編でも、「乱れからくり」に次ぐ23位というのはなにかの因縁か。
野村芳太郎監督の映画のラスト、妊婦役の大竹しのぶがひょこひょこ歩いてフェードアウトするシーンは印象に残る。

No.1 7点
(2009/12/01 10:45登録)
1978年の日本推理作家協会賞受賞作品。
映画もテレビドラマも見ていたので、いつかは原作も読みたいとハードカバー本を30年間も積読していた作品。このたび著者の生誕100年を機に読破した。

映像化作品は一級の娯楽作品だったが、小説は三人称神視点の地味な社会小説か、ノンフィクション風の退屈な裁判物かと想像していた(これが長期積読の原因)。読み始めると、たしかに神視点で描かれていて、裁判の進行方式を逐一説明する、くどさもあったが、法廷物らしい謎が提起され、圧倒的に現実感のある描写でもってその謎がロジカルに解明されていくから、知らぬ間に物語の中に入り込んでいける。事件とその裁判の内容を徹底したリアリズムで描けばベストエンターテイメントになり得ることを実感した。真相に向けて少しずつ謎が解きほぐされていく過程は、目が離せない。ほとんどが法廷シーンで、通常の法廷ドラマのラスト10分ほどの法廷弁論が全編にわたって繰り広げられているような感じだ。プロットはベストとはいえず平板な感はあるが(終始法廷シーンなので止むを得ない)、読者を飽きさせることはない。

映画では松坂慶子、渡瀬恒彦、テレビでは若山富三郎の演技が印象に残っている。実は読む前、ストーリーをほとんど思い出せなかったのだが、読み始めてすぐ、映画の真相シーンが浮かんできてしまった。これが唯一、残念なことだった。

真相に意外性はあるが、結果は小粒。どんでん返しというわけでもなく、全体として地味。ケレンミを望む読者には物足りないだろう。でも、真相はある意味、驚愕である。

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