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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.54 7点 戦争獣戦争
山田正紀
(2020/03/25 21:28登録)
圧倒的な迫力で書かれた本格長編SF。北朝鮮の使用済み核燃料を保管するプール中を泳ぐ不思議な動物が見つかる。生物が生存できないはずの空間で動いていたのは四次元生命体「戦争獣」だった。戦争獣は「生態系」と対をなす「死態系」に潜む「死命」の頂点に立つ存在だという。
高次元の原点に立つと、人類文明があまりに発達すぎるのは宇宙全体のためにならず、戦争はその過剰な蓄積を打ち砕き、バランスを回復するためのいわば清算システムなのだという。人類は、どうしても戦争をやめられないのだろうか。
物語は時空を超えて、人類のあらゆる文明と戦争の歴史を巻き込んだ壮大な規模で展開していく。その情報量の多さはすさまじい。哲学的な思考と手に汗握る冒険サスペンス要素がふんだんに盛り込まれた怒涛の力作である。


No.53 7点 神獣聖戦 Perfect Edition
山田正紀
(2020/02/09 11:11登録)
背景は、航宙刺激ホルモン(FISH)を利用した非対称航行(アシメントリー・フライト)により、人類文明が光速の壁を突破した未来。恒星間宇宙へと羽ばたく人類から派生した二つの種、「鏡人=狂人(M・M)」と悪魔憑き(デモノマニア)との間で千年戦争が勃発。この壮大な戦いの結節点となる一人の男を軸に、さまざまな時間線のさまざまな物語が融合し交錯しつつ重なってゆく。
例えば、チェルノブイリ原発事故直後のある挿話では、天才物理学者の牧村が、ソビエト連邦崩壊を食い止めるような量子状態、「シュレーディンガーのソ連」の実現を求められる。
既発表の中編群もリミックスされることでその意味合いが変化し、めくるめくアイデアの奔流の中にのみ込まれる。小松左京「果てしなき流れの果てに」に正面から挑戦状を叩きつけている。


No.52 5点 ミカイールの階梯
仁木稔
(2020/01/26 09:05登録)
現代文明崩壊後の未来史を語るシリーズの第3弾だが、話は独立しているので、いきなり本書から読んでも大丈夫。
27世紀の南米を描く「グアルディア」、23世紀の中米を描く「ラ・イストリア」に続き今回は、25世紀半ばの中央アジア(現代のウイグル自治区あたり)が舞台。
旧世界のテクノロジーを守るミカイリー一族をめぐる戦国絵巻に、骨肉相食む陰謀劇や、遺伝子改造によって誕生した戦闘美女同士の対決が絡む。異文化の混合から生じる野蛮な力に満ちたダイナミックな未来時代劇。


No.51 9点 虐殺器官
伊藤計劃
(2020/01/12 10:46登録)
「9・11以後」に正面から挑む、恐ろしいほどアクチュアルな近未来SF活劇。
時は二十一世紀半ば。主役は、暗殺を専門とする米情報軍事特殊検索群i分遣隊のシュパード大尉。心理操作とハイテク装備によって優秀な殺戮機械となり、紛争地域へと潜入して任務を遂行する。やがて、各地で激増する民族虐殺を背後から操る米国人の存在が浮上。大尉はその創作と暗殺を命じられるが・・・。
押井守「機動警察パトレイバー2」の世界でコッポラの「地獄の黙示録」を再演したと言えば当たらずといえども遠からずか。作戦行動用に感情を鈍麻させた「ぼく」の一人称が、グローバリズムの波に洗われる戦場の残虐を淡々と語り、テロ、環境破壊、貧困など、現代社会の問題が恐ろしく冷徹に分析される。
プロットの核になるのはSF的なアイデアだが、むしろホワイダニットの意外性とそれを正面から引き受ける結末が重い衝撃を与える。現在進行形の新しいリアルを描く傑作だ。


No.50 4点 宇宙細胞
黒葉雅人
(2019/12/29 21:43登録)
南極で発見された異様な単細胞生物「粘体」が砕氷艦の上で次々に人間を食らい、異様な姿に変形する。乗員のほとんどはその犠牲になるが、ヒロインはなぜか変形が左腕だけで止まり、からくも生き延びる。
映画「遊星からの物体X」風にはじまった物語は猛スピードで進み、あっという間に東京は壊滅。後半は地球さえ捨てて宇宙のかなたに飛翔する。
文章やストーリーテリングはとても褒められないが、投入される大量の奇天烈なアイデアは英国SFの奇才、バリントン・J・ベイリーを彷彿とさせる。いい意味でも悪い意味でもSFの馬鹿馬鹿しさを凝縮した一冊。


No.49 7点 先をゆくもの達
神林長平
(2019/12/08 10:14登録)
「話せば分かる」は理想だが、それは本当に可能なのか。自分自身のことも完全には分からないのに、安易に「分かり合える」なんて不遜ではないか。この作品には、理解し合うのが困難な多様な「他者」たちが登場する。
作中の未来の地球は、温暖化による環境の激変で人口が激減したものの、AIのおかげで、人間たちは平穏に暮らしていた。だが、そんな生活に飽き足らない人々は火星で自分たちらしく生きることを目指す。3次までの火星移民が男たちの争いにより失敗したと考え、第4次入植団は女性だけで構成された。
そんな時ある原因で、火星は思わぬ大混乱に陥り、長らく人的交流が途絶えていた地球に救助を求める必要が生じた。こうして地球人と「火星人」、AIなど、いくつもの「相互理解困難な知性」がぶつかり合い、世界そのもののありようが変化し始める。
他者を受け入れることは難しい。「自分」そのものもまた、他者と関係し、融合することで変化する。そうした揺らぎを極限まで描く神林作品は、同時に共存の努力がもたらす大きな可能性と希望をも感じさせてくれる。


No.48 6点 クォンタム・ファミリーズ
東浩紀
(2019/11/24 18:48登録)
物語の発端は2007年。T大学人文学部准教授で芥川賞候補作家の「ぼく」こと葦船往人のもとに奇妙なメールが届き始める。ぼくには子供はなく、年上の妻との関係もぎくしゃくしているのに、差出人は、2005年に生まれたあなたの娘だと名乗り、並行世界の2035年から通信していると告げる・・・。
「ぼく」のパートは「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を下敷きに村上春樹風のタッチで語られるが、娘のパートは、量子計算機の普及によりネットワークが別の現実からの干渉を受けている未来の話。量子脳計算機科学や検索性同一性障害など魅力的なアイデアを惜しげもなく投入し、グレッグ・イーガンやテッド・チャンに正面から挑んでいる。


No.47 7点 私たち異者は
スティーヴン・ミルハウザー
(2019/10/13 09:31登録)
日常の光景の中に何かを投げ込むことで、盤石と思っていた現実を揺るがす7編が収録されている。
理想的なスモールタウンに突如現れた連続平手打ち犯や、のどかなボーイ・ミーツ・ガール譚を変容させてしまう「白い手袋」といった、精緻さとポエジーを併せ持つ超絶技巧の描写がもたらす日常と異物との二物衝撃感。手練れの技が光る短編集。


No.46 6点 ディオニュソスの蛹
小島てるみ
(2019/08/15 10:10登録)
ひとり親の母を亡くしてナポリの施設で育った18歳の少年アルカンジェロは、存在さえ知らなかった父の死を手紙で知らされ、発信地のブエノスアイレスへ飛ぶ。そこで25歳の兄、レオンと出会う。レオンはカリスマ的なアートディーラーだった。
この二人が絵を通してぶつかり合い、傷つけ合い、愛し合ううち、母親のたどった数奇な運命が明らかになっていき、それに牛頭人身の怪物ミノタウロスの神話が絡んでいく。ミノタウロスは迷宮ラビュリストで殺されては生き返り、また殺される生贄の神。アルカンジェロとレオンとミノタウロスの激しい物語が展開し、最後にもつれ合ったエピソードが美しくほどけていく。幻想文学の面白さを凝縮したような作品。


No.45 6点 ヨハネスブルグの天使たち
宮内悠介
(2019/07/21 20:28登録)
近未来の五つの都市を舞台にした連作短編集。
どの地域もおのおのの事情によって紛争を抱え、人々は戦いと死が身近にある中で生活を営んでいる。
歌う少女ロボットが、それぞれの戦いでどのように使用されるかも読みどころだが、紛争や内戦の原因には現代の世界情勢が巧みに組み込まれ、「今ここ」で平和を求める人々の切なさはリアルに胸に迫る。


No.44 8点 カッコーの歌
フランシス・ハーディング
(2019/07/06 09:51登録)
第一次世界大戦終結から間もない1920年の英国を舞台にしたダークファンタジー。
激しい頭の痛みを感じながら意識を取り戻した少女は、耳元で「あと七日」という言葉を聞く。トリスという名前らしいが記憶は曖昧で、自分が何者なのか自信が持てない。妹のペンは自分を「偽物」とののしり、嫌っている。
伝統的な社会秩序を守ろうと、子供たちに厳格に臨む両親に対し、戦死した兄の婚約者ヴァイオレットは、女性の社会進出を象徴するような行動派。物語の基底には、伝統派と進歩派の双方が抱く「今ここにある世界」への違和感がある。
恐怖と暗さに彩られた不思議な現象が頻発し、この世界は何者かに侵食されているらしい。それに気づいた少女は、「自分は何者か」という問いを抱え続けながら、ペンと協力して世界の謎に挑むことになる。その答えは「自分探し」ではなく、「自分はどうするか」という挑戦の先にある。


No.43 8点 天冥の標X 青葉よ、豊かなれPART3
小川一水
(2019/06/10 21:04登録)
「Ⅰ メニー・メニー・シープ」から10年。21世紀初頭から29世紀に至る壮大な未来宇宙叙事史を描き切った著者に、感謝したい。
人類は、謎の感染症「冥王斑」や地球環境の悪化に苦しみながらも、ロボット工学や宇宙開発によって活路を開いてきた。月や火星への移民、新たな生存環境に適合するための人体改造や、それに伴う性愛の多様化、感染症への対応を巡る政治的分断、知的生物との出会いなど、シリーズを通して人間の在り方を考えさせられるテーマが展開。その果てに人類は自分たちが、銀河全体を襲う宇宙規模の脅威に直面していることを知る・・・。
人類の卑小さを見せつけられる場面も多いが、どんな困難に直面しても常に「理解しがたい他者」との共存を探り続ける人々の姿は感動的で、不寛容が覆いつつある私たちの社会に対するアンチテーゼのようでもある。


No.42 7点 巨獣めざめる
ジェイムズ・S・A・コーリィ
(2019/05/22 19:29登録)
太陽系の諸惑星に人類が植民した未来が舞台の宇宙SF。
富豪の娘の失踪事件、宇宙空間での氷運搬船攻撃事件、独立を希求する小惑星帯と火星の対立が太陽系全体を巻き込む星間戦争の危機が迫る。
スペースオペラらしい冒険味も豊かだが、諸設定が緻密な上、ホラー風味も効いていて、サービス満載。大きな構造的陰謀を前に、個人の行動がどこまで事態を変えられるかが読みどころ。


No.41 5点 火星の遺跡
ジェイムズ・P・ホーガン
(2019/04/21 17:51登録)
火星の荒野で発見された1万2千年前の巨石遺跡を巡る物語。世界各地の古代文明の遺跡と共通性があり、太陽系規模の太古の文明の存在を示唆していた。
遺跡の扱いを巡り、宇宙開発企業と、老古学者や地質学者が対立。企業は営利優先で、遺跡を軽視しているかに見えたが、実は失われた文明の英知に関心を寄せていた。
科学的な合理性を重視する「ハードSF」で知られる著者だが、本作は超古代文明というオカルト的なテーマを取り入れている。同じSFでも、水と油とされている両者の魅力が巧みに融合されている。


No.40 7点 鐘は歌う
アンナ・スメイル
(2019/03/25 20:00登録)
「大崩壊」なる出来事によって、多くの文明が失われた近未来のロンドンを舞台にした正統派ファンタジー。
町並みなどには「現代」の面影が残っているものの、この世界では言葉が力を失い、ほとんどの人は文字が読めず、単に記号にしか見えなくなっている。
そして言葉や文字の代わりに力を持っているのは音楽。音は人々になすべきことを教え、旋律は意味だけでなく感情をも統御する。しかし文字がない世界では、私的な記憶は失われやすく、観念的で複雑な思考も育たない。それは個性や自我も自覚し難いということでもある。
自由と秩序、故人と公の在り方を鋭く問いかけるドラマは、間違いなく現代の神話と言えるでしょう。


No.39 7点 言語都市
チャイナ・ミエヴィル
(2019/03/10 10:29登録)
遠未来、人類は辺境の惑星アリエカに居住地を建設していた。口に相当する二つの器官から同時に発話するアリエカ人と意思の疎通をはかるため、人類はクローン技術によってうり二つのペアを人工的に生み出して特訓し、彼らを大使として交渉に当たらせていた。
おそろしく独創的な異星言語の設定と、エキゾチシズムに満ちた異星描写が素晴らしい。伊藤計劃「虐殺器官」とも共通するアイデアをまったく違う角度から扱った言語SFとも読める。


No.38 9点 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック
(2019/02/23 09:41登録)
舞台は、最終世界大戦後の地球。放射性物質から成る「死の灰」に汚染されて多くの動物が絶滅、人間も大勢死んだ。生き残った人の多くは、火星など別の惑星に移住していった。
ある日リックが出勤すると、上司から呼ばれる。同僚のデイヴが撃たれたというのだ。デイヴは新型のアンドロイド8人を追い、2人までは殺したが、3人目に逆にやられた。リックはデイヴの仕事を引き継ぎ、残りの6人を追うことになる。
やっかいなのは、新型アンドロイドが従来に増して、人間と区別しにくいこと。見分けるためにこれまで使っていた検査法は、新型に通用するのか。
作者の設定によれば、アンドロイドと人間を見分けるときの鍵は、感情移入や共感。両者を判別する検査方法も、これを指標とする。しかし人間の側の共感力が強ければ、アンドロイドに同情したり愛情を持ったりする可能性もある。そんな人間が、相手を無慈悲に殺せるだろうか。
登場人物が人間なのかアンドロイドなのか、判断に迷う場面も出てくる。さらに、アンドロイドが今の社会で差別されている人たちと重なって見えてきて、誰に味方をすればいいのか、だんだん分からなくなってくる。
人間とは何か。人間らしさとはどんなものか。示される問いは人間存在の根源に迫っている傑作。


No.37 7点 クラウド・アトラス
デイヴィッド・ミッチェル
(2019/01/27 09:24登録)
トム・ハンクス、ハル・ベリーなど主要キャストの大半が1人6役以上を演じるという、前代未聞の実験的エンターテインメント映画として話題となった映画の原作小説。
19世紀半ばのニュージーランドから、文明崩壊後、数世紀を経たハワイまで、6つの時代の6つのジャンルの物語が6種類の文体でつづられる。第2次世界大戦前のベルギーで天才作曲家に師事する若き音楽家の苦闘が語られたかと思えば、1970年代のアメリカで原発スキャンダルを追う女性ジャーナリストの身に危険が迫り、現代のロンドンでインチキな出版社を営む老編集者の珍冒険を描くコメディーがそれに続く。
出色は、ファーストフード店で働く人造人間(ファブリカント)を主役にした近未来SFパート。差別と支配に抵抗して立ち上がるクローンたちの感動の物語が、扇の要となる遠未来パートへとつながっていく。6つの物語をつなぐのは、体のどこかにほうき星のかたちのあざを持つ主人公たち。
翻訳に多少違和感を覚える部分があったが十分楽しめました。


No.36 7点 君の話
三秋縋
(2018/11/18 10:23登録)
作り物の記憶「義憶」によって、架空の思い出を獲得したり、記憶の一部を消去したりできる技術が一般化した世界の物語。
主人公の大学生は甘酸っぱい楽しい日々を共にした幼馴染とのかけがえのない思い出を胸に抱いている。だが、それは「義憶」にすぎず、主人公は自分が本当に成長するためには消去すべきではないかと悩んでもいる。そんな彼の前に、実在しないはずの幼馴染が現れる。彼女は詐欺師なのか、それとも自分の頭が変になったのか。
優しい嘘である「義憶」は「偽憶」ではなく、人生を補い、人を育む「もう一つの本当」。定番の設定ながら、巧みな構成と叙情性を備えた青春SF。


No.35 8点 天冥の標Ⅶ新世界ハーブC
小川一水
(2018/11/02 19:58登録)
未来世界での生き残りのための戦いを描くシリーズ第7巻。太陽系全体に意図的にまかれた病原体により、人類社会は破滅しかけている。そんな中、宇宙船事故の生き残りと、都市の地下シェルターに避難していた子供たちが合流してのサバイバルが続く。
極限状態にあっても「最悪の中での最良」を選択すべく、人々は組織を立て直し「社会」を機能させようとする。本書にはいい意味での政治的戦略思考への意識があり、絶望の中でも輝く気概の美しさと切なさがある。また本シリーズに散りばめられていた数々の謎が、次第に集約されて壮大な絵の全体像が浮かび上がってくるのは感動的。

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