糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.41点 | 書評数:180件 |
No.160 | 8点 | 六つの航跡 ムア・ラファティ |
(2024/05/11 21:18登録) 二四九三年、宇宙船ドルミーレ号の内部で、六人のクローンが目覚めた。彼らは自分たちの前世代にあたるクローンの無残な姿を見て驚愕する。前世代のクローンのうち、四人は殺害され、一人は縊死、残る一人は瀕死の状態。そして乗船以降二十五年間のクローンたちの記憶は失われており、しかも船を管理するAIは停止し、クローン再生は不可能になっていた。 密閉された宇宙船を舞台としたSFがミステリと結びつくクローズド・サークルものになるのは理の当然だが、本書の場合、クローンである登場人物全員が冒頭の時点で死んでおり、別の意味では生きているというSFならではの設定が目を引く。 六人のうち誰が殺人犯なのかを考えれば、縊死状態で発見された人物が最も怪しいのだが、もちろんそう単純な話ではない。では誰がという謎にいくつもの疑問点が付随し、クローンたちの疑心暗鬼に拍車をかける。しかも記憶が失われている以上、たとえ彼らが内心で自分は犯人ではないと考えていても、そうである保証はないのだ。内心で自分の無実を語っている登場人物は基本的に犯人ではない、というミステリのフェアプレイのルールを逆手に取った展開と言える。 そして、六人がなぜドルミーレ号に乗せられたのかをめぐるミッシングリンクが明かされ、過去のシーンも挿入されることで、彼らがそれぞれ抱えた秘密が次第に暴かれてゆく。複雑かつ壮大に絡まりつつあった因果の糸がほぐされる過程は、あのエピソードがここにつながるのかというサプライズとカタルシスの連続で圧倒的に面白い。 |
No.159 | 6点 | 完璧な夏の日 ラヴィ・ティドハー |
(2024/04/20 21:25登録) 不老の宿命に呪縛された特殊能力者たちがバトルを繰り広げる、第二次世界大戦から今世紀に至るまでの「もうひとつの世界史」。 アメリカン・コミック的な設定のもとで展開されるル・カレ風の国際謀略に、戦いの中で翻弄される恋愛と友情の行方を絡めた物語は、緊迫感と切なさが拮抗していた忘れ難い魅力を放つ。 イスラエル出身の作家でないと書けないかもしれない、アイヒマン裁判のパロディ的エピソードには度肝を抜かれた。 |
No.158 | 5点 | たまご猫 皆川博子 |
(2024/03/28 21:31登録) 表題作では、主人公が有能な姉の不可解な自死の原因を探りつつ、姉の夫や旧友と会話を重ね、その足跡をたどる。 それに象徴されるように作中では、しばしば家族・血族の絆が隠されていたはずの過去を引きずり出し、作品世界に影を落とす。姉と弟、叔母と姪、夫と妻、母と娘、義兄と義妹、どの関係も危うさを孕み、時に切なく美しく、時に醜悪に描かれる。さらには、死さえ絶望ではなく、生を凌駕する希望と化すことも。 どこかほの暗い展開は先が読めず、最後のページに至るまで、ミステリか恐怖小説か幻想譚か判断がつかない。 |
No.157 | 7点 | 渚にて ネビル・シュート |
(2024/03/06 21:17登録) 全面核戦争により北半球は一瞬で滅亡、無事だった南半球にも放射能が南下していく。数ケ月後、オーストラリア南端にも最後の荷が迫っていた。 夢だったカーレースに挑む科学者、ギリギリまで現実から目を背け庭作りに勤しむ女、亡くなった家族への土産を探すアメリカ人艦長。 SFとしては動きがないが、今読んでもなお、核戦争の恐怖を身近に感じさせる。 |
No.156 | 7点 | さなぎ ジョン・ウインダム |
(2024/02/14 21:47登録) 舞台は<試練>後の中世風の村社会。ミュータントを忌み嫌い、些細な変異でも追放される社会に生まれたテレパシー能力を持つ主人公は、仲間がいることを隠して成人したが、強力なテレパシー能力を持つ妹が生まれたことから事態が発覚し、捕らえようとする村人たちから逃亡する。 息詰まるような破滅後の暮らしを鮮やかに描いたこの作品は、テレパシーを描いた小説としても一流である。また、ウィンダムの特徴である「生き残るのは誰か?」というテーマはここにも盛り込まれている。 |
No.155 | 6点 | 鏖戦/凍月 グレッグ・ベア |
(2024/02/14 21:40登録) 「鏖戦」 遥かな未来、姿も社会体制もすっかり変わった人類の子孫と、別の星から来た知的種族の果てしない戦いを描いている。 「凍月」 月に作られた近未来の社会を舞台に、絶対零度の実験と、凍結保存した人の頭部410個を用いた巨大データベース計画が進行するが。 異質な世界を表現するために、翻訳にも工夫が凝らされていて、仏教語由来の難字が多用されている。その字面とルビが独特のニュアンスを醸し出し、重層的なイメージを喚起して悠久の未来世界を想像させる。生命科学や時空に関する奇想が、いかにも作者らしい。 |
No.154 | 8点 | 幻影の構成 眉村卓 |
(2024/01/23 21:25登録) 舞台は二〇二〇年、人々はイミジェックスと呼ばれる端末の情報だけを信じて生活していた。配信は中央市にある企業体が行っている。それは現実に見えるものさえ歪めてしまう。繫栄する都会の光景は、実は廃墟に近いみすぼらしいものだった。偶然秘密を知った下級市民の主人公は、スラムに隠れ住む自由民たちのグループに合流すると、束縛からの解放を目指して立ち上がる。 一九六六年に書かれた第三長編の文庫化作品。会社が国家を超えて人々をコントロールするなんて非現実的と、発売当時は批判されたが、今のGAFAなどは本書で描かれた企業のシミュラクラのようだ。グローバル企業による情報支配を予見したとみなせる、先駆的な作品。 |
No.153 | 7点 | 世界樹の棺 筒城灯士郎 |
(2024/01/23 21:13登録) 美しい国にある王城でメイドとして仕える少女・恋塚愛埋が、突然交流が途絶えた古代人形たちが暮らす世界樹へ、ハカセとともに調査に赴く。そこで棺を洋館へと運び込む少女たちと出会い、密室殺人に巻き込まれる。 図書館に置かれた文献から明らかにされた古代人形の特性が、密室殺人に解決の糸口を与える。一方で、恋塚が王城のお姫様と連れ立って世界樹へと入り込み、帝国から侵略を迫られている国王の危機を防ごうとするエピソードが展開。少しずれた時間に起こった二つの出来事が重なった時、ハカセと恋塚が暮らす世界に何が起こっているかが見えてくる。筒井康隆を唸らせた才能が繰り出すSFミステリ。 |
No.152 | 6点 | 襲撃のメロディ 山田正紀 |
(2023/12/29 21:11登録) いたずらレベルから税金逃れの帳簿操作、潜入しての物理的破壊工作まで、多様なコンピュータ「襲撃」を描いた連作。 持ち味の映画的な話が多いが、一般に開放されている末端装置に皆で無意味な質問を繰り返す「混乱ゲームで喜ぶ若者たち」というネタが、現在のDDoS攻撃をSF作家の想像力で予測しているようで興味深かった。 |
No.151 | 6点 | 人間そっくり 安部公房 |
(2023/12/29 21:05登録) 火星人だと自称する男との問答の末に、自分が人間だという根拠を思弁の海の中で喪失していくラジオ脚本家の顛末やいかに。 ほぼ会話文で進んでいく中、明確に一文一文を理解したまま目眩に似た感覚を抱くことになる。正気と狂気、自分と他人、地球と火星、対話を重ねれば重ねるほど、境界線が曖昧になる。その混沌に最後まで目が離せなくなる吸引力はさすが。 |
No.150 | 6点 | 目を擦る女 小林泰三 |
(2023/12/07 23:14登録) 意味も分からない計算に従事させられる「算盤人」の主人公は、やがてそれがひとつの仮想現実であることを知る。算盤をハードウェアとする仮想世界という、人力計算機SFの中でもとのかくスケールが大きい奇想に、計算する行為の意味にまで踏み込んだ展開がポイントだ。 その他、ホラーあり、ハードSFあり、テレビゲームのトリビュートありと、SF媒体を象徴するがごとき多様な作品集であるが、書き下ろし「未公開実験」で登場人物がメタな突っ込みを入れるように、仮想世界を扱った作品が多いことも特徴。宇宙を論理遊戯の題材にするSF性と、現実が揺らぎ崩壊する恐怖が融合している。 |
No.149 | 6点 | はだかの太陽 アイザック・アシモフ |
(2023/12/07 23:07登録) ロボットの行動に対するホワイダニットであり、一種の密室殺人を扱ったSFミステリである。前作「鋼鉄都市」における事件解決の手腕を買われ刑事ベイリは、政治的な理由により惑星ソラリアに派遣され、ロボット・ダニールとサイドコンビを組む。ロボットに管理された惑星ソラリアは、人口二万人に対してロボットが二億体。そこに暮らす人々は映画通信を用いてコミュニケーションし、互いの姿を直接見ることも禁忌になるという、究極のパーソナル社会だった。 そんな惑星ソラリアで有史以来初となる殺人が起きる。現場には死体と壊れたロボット。ロボットは犯人か。なぜロボットは殺人を止めなかったのか。生活習慣も思考パターンも、全てが異なるソラリア人の中でキレそうになりながら孤軍奮闘するベイリと、甲斐甲斐しく彼をフォローするダニールのコンビは愛らしい。 |
No.148 | 6点 | シュレーディンガーの少女 松崎有理 |
(2023/11/17 22:28登録) 様々なディストピアにあらがう女性たちを主人公にした6編からなる短編集だが、それらのディストピアは私たちがふと思い浮かべる日常的空想を徹底したような世界だ。 命の定年がある世界を舞台にした「六十五歳デス」や、健康のためであるはずの肥満対策が極端化された「太っていたらだめですか?」には、ユーモアながら極端な適正化志向が本末転倒に陥りかねない社会への風刺が感じられる。表題作は量子力学の有名な命題を応用し、多世界解釈を巧みにエンタメ化している。 |
No.147 | 7点 | 三体0 球状閃電 劉慈欣 |
(2023/11/17 22:24登録) 「三体」と緩やかにつながった前日譚。 主人公の陳は少年時代に「球電」を目撃した。壁を通り抜けたそれは陳の両親を一瞬で灰にして消えた。陳は球電研究に人生を捧げることになるが、研究は純粋に学問的に進められるものではない。 膨大な費用を必要とする研究は軍事応用とつながり、国際的な競争も激化する。国防大学新概念兵器開発センターの女性将校・林雲は、有能で利口な知性派だが、兵器開発に取りつかれており、陳とは別の意味で球電研究に執着していた。 球電は帯電し発光する球体が大気中を浮遊する物理現象で、実際に被害例も報告されているが、その発生機序は解明されていない。作中でも解明は困難を極め、人為再現実験はうまくいかない。まれに発生させられても制御できず危険だ。陳は、球電はただの電磁的現象でなく、道の空間構造を秘めているのではないかという大胆な仮説を立てる。やがて研究チームに世界的な理論物理学者の丁儀が参加したことから、研究は新たな局面を迎える。 奇抜なアイデアやガジェットが次々繰り出され、キャラの立った登場人物たちが活躍する第一級のエンタメであると同時に、宇宙論や量子力学の知見を踏まえた本格SFだ。 |
No.146 | 9点 | 地図と拳 小川哲 |
(2023/10/27 23:23登録) 中国・日本・ロシアの人々が繰り広げる建設と破戒、理想の模索と現実の闘争の物語である。 奉天の南東、鶏冠山の麓の小さな集落。人々は根も葉もない噂に導かれてこの地に移住し、集落はやがて都市へと発展する。ロシアや日本の思惑も交錯し、この地では様々な企みが絡み合う。題名にもある地図は、作中でも大きな役割を担う。地図に記されるのは地形だけではない。歴史、文化、政治。そうした事象を紙の上に記した地図は、鉄道の敷設と都市の発展にも関わっている。そして、地図に記された人々の思惑が衝突するところに戦いが起こる。 多数の人物が行き交い、一本の川が無数の支流に分かれ、やがて合流し、また分かれてと、複雑に入り組んだ流れをたどる。叙述の力になぎ倒される快楽を満喫でき、国家と都市、歴史と地図への考えが膨らむ一冊となっている。 |
No.145 | 6点 | 夢魔の標的 星新一 |
(2023/10/27 23:14登録) 漣や奇妙な夢に悩まされる腹話術師の主人公が、街角の占い師を訪ねるくだりから始まる。いくつもの遅延を合間に挟みながらも、次第に全容をあらわしてゆく夢の侵略に、彼は包囲され翻弄される。 ひとりでに話し始めた腹話術人形と主人公によって交わされる問答や、テープ・レコーダーによる寝言の録音などの道具立てを巧みに用いることによって、作者は非現実的なガジェットを登場させることなしに違和感を演出し、「世界の外側からの侵略」というテーマを魅力的に描き出すことに成功している。敵の企みをいかに阻むかに焦点があてられる後半にかけては、彼らの盲点を探る謎解きの要素も加わり退屈させない。 |
No.144 | 9点 | 母なる夜 カート・ヴォネガット |
(2023/10/06 22:05登録) ナチスの広報員として活動したアメリカのスパイであり、劇作家でもあるハワード・キャンベル・ジュニアが獄中で回想する罪と半生。 スパイものといっても、一般的にイメージされるような痛快な冒険譚にはもちろんならず、シニカルで硬質なユーモアを交えた独白が静かに淡々と続く。だがそれでも物語には、緊迫感があり目まぐるしく展開していく。状況に流されながらも、ナチスとしてもスパイとしてもきちんと仕事をこなしてしまうキャンベルの姿には、善と悪という単純な二元論では割り切れないものがある。 本書では冒頭、ヴォネガットがキャンベルの告白を編んだ「編者」として登場する。この構造が本書の虚構性を強調するが、アイヒマンなど実在の人物の描写も興味深い。世界文学史の中で評価されるべき「戦争文学」である。 |
No.143 | 7点 | 戦国自衛隊 半村良 |
(2023/10/06 21:58登録) 昭和の自衛隊員が戦国時代にタイムスリップする。「近代兵器が古代の戦場で通用するだろうか」という架空戦記ものの元祖である。 その時代にあるはずのない科学があれば、かつての歴史を変えられたはずだと、隊員らは意気投合した武将と新たな日本を築こうとする。圧倒的戦力で領地を拡大しつつ、現代で培った知恵を活かし、文化も育てようとする様が印象的だ。 冒頭、二十代前後の隊員らは、胎児のように丸まった姿勢で時を超える。戦争小説という側面より、若者らが「なぜ自分らが選ばれたのか」と時に問いつつ、運命を半ば受け入れ新世界を生きようとする姿に静かな感動を覚える。 |
No.142 | 6点 | 悪魔のいる天国 星新一 |
(2023/09/13 22:14登録) ショートショート集だが、タイトルと同名の作品はない。天国のごとき状況にも、ある瞬間に悪夢が入り込むことがある。それは時に異星人であり、時に狂人であり、よく知った身近な人であり、政府の残酷な政策であり、仕込まれた作戦であり、ふとしたアクシデントである。 シニカルな展開には、しばしばニヤリとさせられる。しかし、作品に含まれる毒は、決して世の人を害することなく、むしろ読む者に自省をうながすはずだ。 大人のための小洒落た寓話集でありながら、SF入門書として小中学生にも勧められる。そんな星新一の稀有な作風と改めて向き合うことが出来る一冊である。 |
No.141 | 7点 | プレイヤー・ピアノ カート・ヴォネガット |
(2023/09/13 22:05登録) 工業が徹底的に自動化され、文化的活動も目的の明確さと効率が最優先になった未来のアメリカ。格差は極端になり知識階級と単純労務者と軍人に大別された。知識階級の上位に属する主人公は、いくつかのきっかけにより体制に反旗を翻すのだが。 ヴォネガットの長編デビュー作で、いわゆるデストピア小説に分類できるが、後の作品よりストレートながらヴォネガットらしい特異さが既に読み取れる。社会・文明批判は人間個々に跳ね返ってくるという皮肉と、人間性の肯定も否定も所詮は立場違いの同じ生物によるものだという達観である。人々の愚かな行いへの眼差しに、愛情よりシニカルさが勝っているのが初々しく感じられる。 機械化管理社会という舞台設定は、わかりやすくSF的であるが、本作はSFというより、そうした肯定、否定される、あるいは全く変化しない「アメリカンウェイ」についての小説であるように読める。 |