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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.39点 書評数:188件

プロフィール| 書評

No.168 8点 天涯の砦
小川一水
(2024/08/24 21:52登録)
高軌道宇宙ステーション望天で起こった爆破事故によって、閉鎖環境下に閉じ込められてしまった十人のサバイバルを描き出す、ハードSF&サスペンス。
酸素は限られ、内部に生存者がいることさえも伝えられない極限状況下。その上、生存者は偏屈な医者、エゴイストの女、変わり者の制御環境科学者と癖のある者ばかりで、中には今回の事件の関係者と思われる人物もいる。
度重なる気密破戒によって環境は悪化し、一人また一人と死者が増える中、空気に食料、宇宙服をかき集め、通信手段を模索していった過程を、科学的にほぼ正確に描いていく。二十一世紀末が舞台で、未来の宇宙建造物や、月社会と地球社会の対立といった側面も書き込まれていて、サスペンスだけでなくSF的にも素晴らしい。


No.167 7点 猫のゆりかご
カート・ヴォネガット
(2024/08/24 21:42登録)
舞台はカリブ海に浮かぶ「ボノコン教」が流行したサン・ロレンゾ共和国に移動しつつ、ジョーナと博士の子供たちとの騒動は続く。作者のシュールで社会風刺に満ちた喜劇作家という側面が前面に出た物語である。
宗教と科学というテーマを描きつつも、社会に対する風刺やナンセンスな小道具によって笑わせる。特に架空の主教「ボノコン教」の細部の設定については、彼のセンスがふんだんに盛り込まれ、シュールながら惹かれてしまう。
本書は後続の作品にもしばしば見え隠れする「この世に真実なんてない」という皮肉を、最初に打ち出した作品と言えるのではないか。内容にもモチーフにしても、作者らしさが詰め込まれている。


No.166 7点 スラップスティック
カート・ヴォネガット
(2024/08/04 21:43登録)
突然重力が強くなり、謎の疫病が蔓延し、アメリカ合衆国は分裂してミシガン国王やオクラホマ公爵らが跋扈し、紛争すら起こる。タイトル通り、滅茶苦茶になった世界でのドタバタを描く一方で、人間の常にあるべき姿を人工的な拡大家族に求めた。血縁のない人々を一つの集団に帰属させ、そこで小さな民主主義社会を作り、それらの集合体として社会全体を形成し、些細なことにも真剣に取り組めるような制度を整える。
疫病と分断、そして戦争。本作で描かれた世界の情勢は非常に過酷であると同時に、今日の現実の情勢にも酷似している。物語をそのまま現実に安易に敷衍することは憚れるが、作者が説いた理想、そしてその根底にある優しさは忘れてはならない。


No.165 6点 蜂の物語
ラリーン・ポール
(2024/07/12 22:08登録)
蜂社会を絶対的な教理で管理された王国として描く蜂小説。果樹園の巣で清掃を担当する最下層の働き蜂・フローラ七一七。しかし彼女は他の仲間と異なって口を利くことが出来た。規格外として警察蜂に殺されかけたところを巫女の蜂に救われ、実験台となる。
リアルな蜂の生態をカースト社会に落とし込み、綿密に描く。女王にしか許されないはずの母性を持ってしまったフローラの運命は波乱万丈。人間社会を皮肉るディストピア小説でもあり、女王をめぐる蜂たちの宮廷陰謀劇でもある。


No.164 6点 蛇の言葉を話した男
アンドルス・キヴィラフク
(2024/07/12 22:01登録)
語り手のレーメットは、キリスト教世界に逆らい森で暮らす孤独な男。動物たちを従わせる「蛇の言葉」を話せる最後の人間でもあった。
文明と自然の対立、滅びゆく野性という構図は王道。
その中で、舌をキノコのように腫らして習得する蛇の言葉、睦み合うクマと人間の娘、猿人が育てた巨大なシラミなどが奇想がディテールと臭いを伴って立ち上がる。森を見せるビジョンは力強い。


No.163 6点 鏡の中の世界
小松左京
(2024/06/25 22:00登録)
古くからの民話や習俗と現代文明のずれを扱ったものが比較的多いが、単純に発想を逆転させたものから、悪魔との契約もの、オリンピックなどのネタまで、多彩な題材をそろえて飽きさせることが無い。
中では、夏の情緒が漂う怪談「夏の終り」、モンティパイソンの殺人ジョークを思わせる「牛の首」、戦争をやめようとしない大人に子供が最後通告を突きつける「見すてられた人々」などが出色の出来。


No.162 5点 沈黙
ドン・デリーロ
(2024/06/25 21:54登録)
原因不明の大停電が起こった混乱を描き出すサスペンス。
ただ停電するだけではなく、通信機器も軒並み使用不可となり、スーパーボウルを観戦していた夫婦や、旅先からの帰路の飛行機で停電に遭遇し不時着した人々など、複数の視点から謎めいた状況を描き出していく。
中国人の仕業だという人物もいれば、太陽のフレアの結果だという人物もいる。何かの意外な真実が明らかになったりするわけではないが、現代の漠然とした不安を写し取っている。


No.161 7点 完璧な涙
神林長平
(2024/05/30 21:31登録)
感情を持たない宥現は、砂漠で魔姫という女生と出会い、発掘された無人戦車に追われる。あえて分類するなら時間SFだろうが、「過去と未来」という観念を具体化し、「現在」を挟んで争わせるというアクロバティックなアイデアはいかにも神林SFらしい。
作者の初期に描かれた「主観時間」という観念を「感情」と結びつけてあらためて規定し、「時間が感情に基づく主観であれば、他者との時間との共有とは?」という問い掛けが通じ「自己と他者」、そしてコミュニケーションについての思索が展開される。
自身が死者であると自覚する人々、兵器の機動にまつわるテクニカルタームの用い方など、作者の他作品と共通するアイデアや語り口が惜しみなく投入されている。


No.160 8点 六つの航跡
ムア・ラファティ
(2024/05/11 21:18登録)
二四九三年、宇宙船ドルミーレ号の内部で、六人のクローンが目覚めた。彼らは自分たちの前世代にあたるクローンの無残な姿を見て驚愕する。前世代のクローンのうち、四人は殺害され、一人は縊死、残る一人は瀕死の状態。そして乗船以降二十五年間のクローンたちの記憶は失われており、しかも船を管理するAIは停止し、クローン再生は不可能になっていた。
密閉された宇宙船を舞台としたSFがミステリと結びつくクローズド・サークルものになるのは理の当然だが、本書の場合、クローンである登場人物全員が冒頭の時点で死んでおり、別の意味では生きているというSFならではの設定が目を引く。
六人のうち誰が殺人犯なのかを考えれば、縊死状態で発見された人物が最も怪しいのだが、もちろんそう単純な話ではない。では誰がという謎にいくつもの疑問点が付随し、クローンたちの疑心暗鬼に拍車をかける。しかも記憶が失われている以上、たとえ彼らが内心で自分は犯人ではないと考えていても、そうである保証はないのだ。内心で自分の無実を語っている登場人物は基本的に犯人ではない、というミステリのフェアプレイのルールを逆手に取った展開と言える。
そして、六人がなぜドルミーレ号に乗せられたのかをめぐるミッシングリンクが明かされ、過去のシーンも挿入されることで、彼らがそれぞれ抱えた秘密が次第に暴かれてゆく。複雑かつ壮大に絡まりつつあった因果の糸がほぐされる過程は、あのエピソードがここにつながるのかというサプライズとカタルシスの連続で圧倒的に面白い。


No.159 6点 完璧な夏の日
ラヴィ・ティドハー
(2024/04/20 21:25登録)
不老の宿命に呪縛された特殊能力者たちがバトルを繰り広げる、第二次世界大戦から今世紀に至るまでの「もうひとつの世界史」。
アメリカン・コミック的な設定のもとで展開されるル・カレ風の国際謀略に、戦いの中で翻弄される恋愛と友情の行方を絡めた物語は、緊迫感と切なさが拮抗していた忘れ難い魅力を放つ。
イスラエル出身の作家でないと書けないかもしれない、アイヒマン裁判のパロディ的エピソードには度肝を抜かれた。


No.158 5点 たまご猫
皆川博子
(2024/03/28 21:31登録)
表題作では、主人公が有能な姉の不可解な自死の原因を探りつつ、姉の夫や旧友と会話を重ね、その足跡をたどる。
それに象徴されるように作中では、しばしば家族・血族の絆が隠されていたはずの過去を引きずり出し、作品世界に影を落とす。姉と弟、叔母と姪、夫と妻、母と娘、義兄と義妹、どの関係も危うさを孕み、時に切なく美しく、時に醜悪に描かれる。さらには、死さえ絶望ではなく、生を凌駕する希望と化すことも。
どこかほの暗い展開は先が読めず、最後のページに至るまで、ミステリか恐怖小説か幻想譚か判断がつかない。


No.157 7点 渚にて
ネビル・シュート
(2024/03/06 21:17登録)
全面核戦争により北半球は一瞬で滅亡、無事だった南半球にも放射能が南下していく。数ケ月後、オーストラリア南端にも最後の荷が迫っていた。
夢だったカーレースに挑む科学者、ギリギリまで現実から目を背け庭作りに勤しむ女、亡くなった家族への土産を探すアメリカ人艦長。
SFとしては動きがないが、今読んでもなお、核戦争の恐怖を身近に感じさせる。


No.156 7点 さなぎ
ジョン・ウインダム
(2024/02/14 21:47登録)
舞台は<試練>後の中世風の村社会。ミュータントを忌み嫌い、些細な変異でも追放される社会に生まれたテレパシー能力を持つ主人公は、仲間がいることを隠して成人したが、強力なテレパシー能力を持つ妹が生まれたことから事態が発覚し、捕らえようとする村人たちから逃亡する。
息詰まるような破滅後の暮らしを鮮やかに描いたこの作品は、テレパシーを描いた小説としても一流である。また、ウィンダムの特徴である「生き残るのは誰か?」というテーマはここにも盛り込まれている。


No.155 6点 鏖戦/凍月
グレッグ・ベア
(2024/02/14 21:40登録)
「鏖戦」 遥かな未来、姿も社会体制もすっかり変わった人類の子孫と、別の星から来た知的種族の果てしない戦いを描いている。

「凍月」 月に作られた近未来の社会を舞台に、絶対零度の実験と、凍結保存した人の頭部410個を用いた巨大データベース計画が進行するが。

異質な世界を表現するために、翻訳にも工夫が凝らされていて、仏教語由来の難字が多用されている。その字面とルビが独特のニュアンスを醸し出し、重層的なイメージを喚起して悠久の未来世界を想像させる。生命科学や時空に関する奇想が、いかにも作者らしい。


No.154 8点 幻影の構成
眉村卓
(2024/01/23 21:25登録)
舞台は二〇二〇年、人々はイミジェックスと呼ばれる端末の情報だけを信じて生活していた。配信は中央市にある企業体が行っている。それは現実に見えるものさえ歪めてしまう。繫栄する都会の光景は、実は廃墟に近いみすぼらしいものだった。偶然秘密を知った下級市民の主人公は、スラムに隠れ住む自由民たちのグループに合流すると、束縛からの解放を目指して立ち上がる。
一九六六年に書かれた第三長編の文庫化作品。会社が国家を超えて人々をコントロールするなんて非現実的と、発売当時は批判されたが、今のGAFAなどは本書で描かれた企業のシミュラクラのようだ。グローバル企業による情報支配を予見したとみなせる、先駆的な作品。


No.153 7点 世界樹の棺
筒城灯士郎
(2024/01/23 21:13登録)
美しい国にある王城でメイドとして仕える少女・恋塚愛埋が、突然交流が途絶えた古代人形たちが暮らす世界樹へ、ハカセとともに調査に赴く。そこで棺を洋館へと運び込む少女たちと出会い、密室殺人に巻き込まれる。
図書館に置かれた文献から明らかにされた古代人形の特性が、密室殺人に解決の糸口を与える。一方で、恋塚が王城のお姫様と連れ立って世界樹へと入り込み、帝国から侵略を迫られている国王の危機を防ごうとするエピソードが展開。少しずれた時間に起こった二つの出来事が重なった時、ハカセと恋塚が暮らす世界に何が起こっているかが見えてくる。筒井康隆を唸らせた才能が繰り出すSFミステリ。


No.152 6点 襲撃のメロディ
山田正紀
(2023/12/29 21:11登録)
いたずらレベルから税金逃れの帳簿操作、潜入しての物理的破壊工作まで、多様なコンピュータ「襲撃」を描いた連作。
持ち味の映画的な話が多いが、一般に開放されている末端装置に皆で無意味な質問を繰り返す「混乱ゲームで喜ぶ若者たち」というネタが、現在のDDoS攻撃をSF作家の想像力で予測しているようで興味深かった。


No.151 6点 人間そっくり
安部公房
(2023/12/29 21:05登録)
火星人だと自称する男との問答の末に、自分が人間だという根拠を思弁の海の中で喪失していくラジオ脚本家の顛末やいかに。
ほぼ会話文で進んでいく中、明確に一文一文を理解したまま目眩に似た感覚を抱くことになる。正気と狂気、自分と他人、地球と火星、対話を重ねれば重ねるほど、境界線が曖昧になる。その混沌に最後まで目が離せなくなる吸引力はさすが。


No.150 6点 目を擦る女
小林泰三
(2023/12/07 23:14登録)
意味も分からない計算に従事させられる「算盤人」の主人公は、やがてそれがひとつの仮想現実であることを知る。算盤をハードウェアとする仮想世界という、人力計算機SFの中でもとのかくスケールが大きい奇想に、計算する行為の意味にまで踏み込んだ展開がポイントだ。
その他、ホラーあり、ハードSFあり、テレビゲームのトリビュートありと、SF媒体を象徴するがごとき多様な作品集であるが、書き下ろし「未公開実験」で登場人物がメタな突っ込みを入れるように、仮想世界を扱った作品が多いことも特徴。宇宙を論理遊戯の題材にするSF性と、現実が揺らぎ崩壊する恐怖が融合している。


No.149 6点 はだかの太陽
アイザック・アシモフ
(2023/12/07 23:07登録)
ロボットの行動に対するホワイダニットであり、一種の密室殺人を扱ったSFミステリである。前作「鋼鉄都市」における事件解決の手腕を買われ刑事ベイリは、政治的な理由により惑星ソラリアに派遣され、ロボット・ダニールとサイドコンビを組む。ロボットに管理された惑星ソラリアは、人口二万人に対してロボットが二億体。そこに暮らす人々は映画通信を用いてコミュニケーションし、互いの姿を直接見ることも禁忌になるという、究極のパーソナル社会だった。
そんな惑星ソラリアで有史以来初となる殺人が起きる。現場には死体と壊れたロボット。ロボットは犯人か。なぜロボットは殺人を止めなかったのか。生活習慣も思考パターンも、全てが異なるソラリア人の中でキレそうになりながら孤軍奮闘するベイリと、甲斐甲斐しく彼をフォローするダニールのコンビは愛らしい。

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