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ミステリの祭典

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小原庄助さんの登録情報
平均点:6.63点 書評数:279件

プロフィール| 書評

No.119 6点 光秀の影武者
矢的竜
(2018/06/28 10:37登録)
浅井家に仕え、姉川の戦いでは織田信長をあと一歩まで追い詰めた磯野員昌を描いている。
姉川での奮戦が認められ、信長に召し抱えられた員昌だが、家臣を平然と使い捨て、罪のない非戦闘員を殺戮する信長を信頼していなかった。信長に些細なミスをとがめられた員昌は、命の危険を感じ明智光秀のもとへ身を寄せる。理性的で家族を愛し、庶民の痛みを知る光秀を天下人にしたいと考えた員昌は、信長の排除に動き出す。
本能寺の変を題材にした作品は多いが、その中でも本書は、歴史的解釈の斬新さ、員昌と信長が繰り広げる頭脳戦のスリルもあって完成度が高い。何より、信長という巨悪を倒す時も卑劣な手段を使わず、理想を実現するためなら死もいとわない員昌の覚悟は、深い感動を与えてくれるはずだ。


No.118 7点 探偵フレディの数学事件ファイル
ジェイムズ・D・スタイン
(2018/06/19 09:30登録)
主人公は結婚生活が破綻した私立探偵フレディ。妻リサと別居後、ニューヨークからロサンゼルスへと移り住み、スポーツ・ベッティング(賭け)好きの家主ピートと暮らし始める。妻への複雑な思いを抱えつつ、依頼された事件に取り組んだり、友人の金儲けや恋愛の相談に関わったりの日々を送る。
ピートはフレディの行動を冷静に見つめ、折に触れて有効な示唆を与える。探偵とその相棒が織り成す、ありがちな物語の展開とみせて、一見さえないピートの助言が意外にも数学の深い素養に基づいている点が、数学の教材として使うことも意識して書かれたこの連作短編小説の特徴だ。
フレディは到着時刻に遅れ、友人の淡い恋の行方を危うくした。その原因は往路で時速40マイル、復路を時速20マイルで走った時の平均速度を時速30マイルと誤解したため、とピートは指摘する。また統計学での正規分布の考え方に基づき、あるバスケットボール選手のフリースローの成功回数が異常に少ないと判断したピートは、フレディに選手の身辺調査を勧め、事件は解決する。
話の展開を妨げないよう、数学的な説明は全体の3分の1を占める付録に譲りつつ、割合や複利計算などのうっかり間違えがちな問題や、未知の出来事への効果的な対処の仕方を教える確率、統計、ゲーム理論に基づく謎解きを全14話で語っていく。
付録の部分の記述は数学の教科書風。小学校高学年から高校生程度の知識で理解でき、学校で習っていれば読み通すのにさほど困難は無い。しかし、その知識が「数学のための数学」にとどまっていれば、ピートのような謎解きは出来ないことにも次第に気付かされる。
数学を日常生活に役に立つ形で自分のものにするには、試験で高得点を取るよりも数倍深い理解が必要だ。ピートは賭けという趣味を通じ、実践的な数学の実力を身に付けたに違いない。話の運びは軽妙で楽しめるが、著者が読者に求めている数学的な知の水準は実は相当高い。


No.117 5点 バネ足ジャックと時空の罠
マーク・ホダー
(2018/06/19 09:30登録)
一部の機械技術が異常に発展した19世紀ロンドンを舞台にした驚天動地の歴史改変SF。
バネ足ジャックは実在の犯罪者の切り裂きジャックに先立って現れたとされる謎の人物であり、対する王室直属の密偵リチャード・バートンは実在の探検家がモデルだ。バートンには詩人のスウィンバーンという相棒がいるが、このコンビはシャーロック・ホームズとワトスンというより、スパイ小説「007」シリーズ的な風合いが強い。
不気味で冷酷な常軌を逸した科学者ダーウィンや人体改造好きの看護婦ナイティンゲールも登場し、悪趣味な笑いや派手な見せ場が盛りだくさんの快作だ。


No.116 8点 地下室の手記
フョードル・ドストエフスキー
(2018/06/08 13:13登録)
この作品を読んだのは、高校時代の定期テスト前夜だった。その内容と文体がいかに私の全身に染み渡ったか、奥付までのすべての文字をいかに貪るように味わったか、読了時にふと見れば、窓の外にまったき無音の闇夜が広がっていたその印象も含め、当時の心の動きを私は、鮮烈に覚えている。
よく議論の的になるのは、本作の2部構成の前半部であるが、私の心が揺さぶられるのは、昔も今も、より野暮ったい後半部のほうだ。より情緒的で物語的な、くどくどしい、自己言及と自己嫌悪に満ち満ちた第2部。ある種の自虐的喜びをもって痛快に読んだ。
物語のクライマックスもまた素晴らしい。いったん幸福感の頂点に至りながら自らそれを崩す。わが身にとっての幸福とはまやかしの瞬間芸にすぎないことを、彼はよく知っているからだ。
私の魂の一部はいまだ、あの試験前日の午前3時に漂っている。あのペテルブルグの地下室に進んで囚われている。あの夜更けに受けた衝撃を、呪いを、救済を、他の誰かに受け渡したくて仕方ない。


No.115 7点 明日と明日
トマス・スウェターリッチ
(2018/06/08 13:13登録)
ギブスンやディック、バロウズを彷彿させると謳われているこの作者のデビュー作。記憶(記録)と現実が相互に侵犯し合うような迷宮世界の物語だ。
大規模テロで家族を失った主人公は、仮想現実上に再現された「街」に入り浸る生活を送っている。だが女性殺害の映像を発見し、さらに何者かがそのデータを消そうと工作したことに気付いたことで、真実を求めて調査を開始する。
過去にとらわれていた男は、未来をつかめるのか。彼の「今」はどこにあるのか。いつの間にか読者も、思い出とデータ上の記憶、過去と現在、真実と幻影が入り交じった世界での、甘美で切ない冒険に誘い込まれている。


No.114 8点 シルトの梯子
グレッグ・イーガン
(2018/05/29 09:21登録)
現代物理学とは異なる架空の理論が支配する未来世界を舞台にした作品を好んで描くイーガンは、SFファンから熱い支持を集めているが、その魅力を未読の人に伝えるのは難しい。
本作は、「量子グラフ理論」「サルンペト則」「量子単集合プロセッサ」といった架空の用語が登場し、おまけに舞台は約2万年後という設定。「難しそう」と思う人は多いだろう。でも大丈夫。ここに出てくる理論がわかる人はほとんどいない。それでも面白く読ませるのがイーガンだ。
人類は自己をデータ化することで桁外れの寿命を獲得している時代。宇宙ステーションで行われたある実験が予想外の暴走を引き起こす。別の物理法則を持つ宇宙が発生してしまったのだ。「新真空」と命名されたこの宇宙は、元の宇宙を侵食し始める。
そして約600年後。拡大を続ける新真空との境界面近くの宇宙船では、新真空への人類の順応を模索する「譲渡派」と、新真空を破壊して元の宇宙を維持しようと考える「防御派」が対立を深めていた。
描かれるのは、自分たちの価値観や存在をも揺るがすような巨大な変化に対して行動する人々の姿だ。それは現在の私たちにも無関係ではない。
人類の存亡を懸けて、未知の「宇宙」へのさまざまな仮想理論を駆使しながら、アプローチを続ける知的挑戦に加え、対立するグループの駆け引きや暴走など冒険要素が満載。さらに両派に分かれた研究者の恋物語もある。理論は難解だが、ストーリーはサービス満点の、理系冒険大ロマンだ。


No.113 6点 化け札
吉川永青
(2018/05/29 09:21登録)
主人公は、戦国武将の真田昌幸。衰亡する武田家を見限ってから、徳川家の大軍を撃破した第一次上田合戦までの激動の時代が、硬質な筆致でつづられている。
戦乱の世で成り上がるために、何度も主君を変えた昌幸を、トランプの一種である「「天正加留多」で、他のすべての札に変えて使える化け札(ジョーカー)に擬し、その生き方を表現した作者の着眼点が優れていた。
さらに複雑怪奇な時代情勢を簡潔に説明しながら、昌幸の神算鬼謀を際立たせた、ストーリーもお見事。実在人物のみならず、下原村の新平という愉快なキャラクターを創造し、庶民の視点を挿入しているところも、注目すべきポイントだろう。


No.112 4点 モナ・リザ・ウイルス
ティボール・ローデ
(2018/05/20 10:25登録)
世界規模の壮大な陰謀に立ち向かう物語は、荒唐無稽なこともあるけれど、そのスケールの広がりこそが大きな魅力だ。この作品もそんな小説である。
米国のボストンに住むヘレンは、奇妙な電話に導かれ、娘の失踪の手掛かりを求めてポーランドのワルシャワへと向かう。一方、メキシコではミス・アメリカ候補の女性たち全員が誘拐され、FBI捜査官のミルナーが捜査に向かう。彼は一方で、原因不明のミツバチ大量死の謎も追う。さらに、写真や動画の醜くゆがめるコンピューターウイルスが猛威を振るい、世界中に被害をもたらす・・・。
ヘレンの物語とミルナーの物語を軸に、いくつもの事件が絡み合う。大風呂敷を広げながら、物語は陰謀黒幕との対決へと突き進む。
キーワードは「美」。美しさという概念そのものをテーマに謀略ものを描いた着想が面白い。ユニークで読ませる小説であるが、要素を詰め込みすぎたため、細部に粗さが目立つ。


No.111 6点 弁天の夢
矢野隆
(2018/05/20 10:25登録)
幕末の江戸が舞台。歌舞伎などでお馴染みの泥棒一味・白浪五人男が、時の大老である井伊直弼の命を受けた隠密集団に狙われる。その一方で、五人男のリーダーの日本駄右衛門に、水戸浪士の関鉄之助が接触。時代は桜田門外の変へと流れていくのだが、五人男にとって、そんな武家社会の闘争など関係ない。
自分たちの敵となった隠密たちに、真正面から殴り込む。チャンバラ、肉弾戦、けんか殺法・・・。クライマックスで爆発する、何でもありのアクションの連続は、興奮必至の面白さ。そして巨大な権力に立ち向かう、無類の魂の輝きに、留飲が下がるのである。


No.110 9点 H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って
評論・エッセイ
(2018/05/12 09:52登録)
ラヴクラフトは不思議な作家だなと、本書を読みながら改めて思った。
1920年代から30年にかけて、米国の大衆エンターテインメント小説誌に、幻想と怪奇に満ちた作品の数々を発表したが、1冊の著書を出すこともなく不遇のうちに46歳で病没する。
ところが没後に刊行された作品集が、ホラーやSFのファン層を中心に熱狂的な愛読者を獲得、E・A・ポー、スティーヴン・キングと並ぶ米国ホラー三大家の一人に数えられるまでになる。とりわけ彼が生み出したクトゥルー神話(クトゥルーは異次元の神格の名で、他にクトゥルフ、ク・リトル・リトルなどの各種の訳語がある)と呼ばれる架空の神話大系は映画や漫画、現在ではワールドワイドな人気を博しているのである。
そればかりではない。本書に序文を寄せているキングをはじめ、アルゼンチンの文豪ボルヘス、英国の批評家コリン・ウィルストンから村上春樹や水木しげるに至るまで、多彩な著名作家がラヴクラフトに熱烈な関心を示し、自らクトゥルー神話の流れをくむ作品を執筆するなどしているのだ。
彼らの各人各様な反応ぶりを見ていると、あたかもラヴクラフト世界という鏡(照魔鏡!?)にそれぞれの文学観を投影させているかのようで、興味は尽きない。
その点では、著者が27年前に発表したデビュー作である本書も例外ではない。ラヴクラフトの特異な生涯をめぐる思索的エッセーであると同時に、ウエルベックというこれまた特異なプロフィルの作家-新作を世に問うたびに轟然たる反響とスキャンダルの数々を巻き起こしてきたフランス文学界きっての異端児をめぐる、裏返しの青春期、矯激な内容告白の書としても読むことができるのである。
著者の近未来小説に描かれる人種問題や人格転移、カルト宗教といったモチーフのルーツが、ラヴクラフトの作品世界に見いだされることにも一驚を喫するに違いない。


No.109 7点 人斬り草
武内涼
(2018/05/12 09:51登録)
舞台は京都で、池大雅、伊藤若冲などの絵師が登場する。主人公は、人の心の闇を苗床として、この世に芽吹く呪い草を刈る妖草師の庭田重奈雄。奇々怪々な植物に立ち向かうヒーローの活躍を描いた、ユニークな時代ホラーなのである。
本書には短編5作が収録されている。重奈雄と若冲の初顔合わせを描いた「若冲という男」や冤罪の怨念が妖草を呼び寄せる「西町奉行」など、どれも読み応えあり。しかも、妖草が「心の闇」のシンボルなら、次々と現れる芸術家たちは、己を高めていこうという、清々しい魂のシンボルとなっている。多くの絵師を登場させる作者の意図はここにあるのだ。


No.108 7点 ディア・ペイシェント
南杏子
(2018/05/05 09:09登録)
自己中心的で理不尽な要求をする患者と医療の今を鋭く射抜いたサスペンス。
真野千晶は佐々井記念病院に勤務する内科医だが、「患者優先」を唱える事務長のもと病院はサービス業と捉えられ、押し寄せる診察のみならず、わがままな患者の対応に時間をとられ疲弊していた。なかでも執拗な嫌がらせをする座間という患者に恐怖を覚えた。先輩医師の浜口陽子が励ましてくれるが、浜口も医療訴訟を抱えていた。
座間が、不気味なキャラクターを見せてなかなか怖い。追い込まれていく千晶の心理も説得力があり緊張感も高いし、事件の裏側にあるものが見えてくる過程も巧み。だが一番読ませるのは、病気と向き合う医師と患者の姿勢だろう。訴訟にまで発展する治療問題の内実を医師側から真摯に問いかけている(浜口の訴訟を巡る脇筋も印象深い)。
千晶の父親が「治すための医療だけじゃなくて、幸せに生きるための医療」とは何かを訴える場面には胸が熱くなる。これを読むと医師への見方、そして患者の心構えも変わるだろう。医療への信頼を改めて抱かせる力強く劇的な物語だ。


No.107 5点 柘榴パズル
彩坂美月
(2018/05/05 09:09登録)
19歳の短大生「あたし」が語る「山田家と五つのミステリ」。
繰り返される「なんでも見た目通りじゃない」という言葉のままに、隠された秘密が明らかになっていく。物語の設定にも意外性が隠されていて、最終章で驚かされる(呆れる人もいるかもしれない)。
ただ、大胆なプロットもさることながら、季節感を繊細にあらわす叙情と人物たちのやるせない情感が醸し出されて見事だし、やや作りすぎではないかと思わせておいて、エピローグで語られる新たな選択が後味を良くしている。たくまれた青春人情ミステリ。


No.106 8点 岡本綺堂 怪談選集
アンソロジー(国内編集者)
(2018/04/27 09:26登録)
「怪談」という言葉からイメージするおどろおどろしさは一切ない。文章は平易で簡潔。恨みつらみを言い募る幽霊も登場せず、残酷なことも起こらない。「怪談会で参加者が語った話」という体で、不可解な出来事とそれに慄く人々が描かれるだけだ。怪現象らしきことも一つ一つを精査すれば「見間違い」「気のせい」「夢」と考えるのが妥当だ。物語はすべて「偶然の連鎖」で済ませるのが理想的だろう。
そう分かっていても登場人物は恐れてしまう。前後のつじつまを合わせて「何らかの意思」「因果関係」を読み解き「怖いことが起こっている」と解釈してしまうのだ。そして読者もつられて恐怖してしまう。
収録作では「妖婆」が最も印象的だ。ある雪の日、道端に座り込む老婆を目撃した若侍に不幸が訪れる。それだけの話だ。老婆を見たという証言だけがあって実在するかは定かでない。不幸と関係するのかもわからない。ただ読み終わってしばらくの間、まぶたの裏に雪を被った老婆の姿が浮かんで消えない。


No.105 7点 遺訓
佐藤賢一
(2018/04/27 09:25登録)
庄内藩の維新を描いた快作「新徴組」の姉妹編である。とはいえ物語は独立しているので、本書だけ読んでも楽しめる。
主人公は、沖田総司の甥の芳次郎。天然理心流の使い手だが、明治になってからは、旧庄内藩で開墾に従事している。また、剣の腕を見込まれ、護衛役もしている。
やがて下野した西郷隆盛の周辺に、不穏な空気が強まる。西郷に深い恩義を感じている旧庄内藩の家老たちから、彼を守ることを命じられた芳次郎だが、赴いた鹿児島の地で、大きな時代の渦に巻き込まれる。
作者は西南戦争へと至る明治初期の動きを、多数の人物を交錯させながら活写している。その過程で芳次郎は、謎の刺客と死闘を繰り広げ、大きな悲劇に見舞われながら変わっていく。そして、この国の未来を憂える西郷の遺訓を、受け止めるのだ。時代を超えて、残すべき武士の志を、鮮やかに描き出した逸品。


No.104 7点 ハイ-ライズ
J・G・バラード
(2018/04/19 09:00登録)
先端テクノロジーで駆動する40階建て、全千戸の高層集合住宅が舞台。
独立した社会のような機能と構造を備えたこのマンションでは、階ごとに住民は階層分化し、その点でも社会の縮図を成している。下層階には低所得の者が、中層階には中間層、上層階には富裕層が暮らしている。
近未来社会というより、今日の現実を描いているかのような本作では、ある出来事をきっかけにして、日頃から住民たちの間に渦巻いていた嫉妬や軽蔑が露になり、次第に壊滅状況へと陥っていく。
恐ろしいのは、その破滅が登場人物によって極めて冷静に語られていることだ。混乱の果てに、住民たちはそれぞれのエゴをむき出しにし、野蛮な原始状態まで退行していくのだが、おのおの異常な行動をとりながら、自分は事態を冷静に把握していると思い込んでいる。
ここに描かれているのは、野蛮よりもずっとたちが悪い邪悪な知性に裏付けられた無機質な衝動だ。ある登場人物は、この現象を現代人の精神病理が極まった先の「進歩」だと考えるが、他者と共有できない「自由」は結局、地獄にしかなり得ない。


No.103 6点 森家の討ち入り
諸田玲子
(2018/04/19 09:00登録)
手あかの付いた題材である「忠臣蔵」に、こんな切り口があったのかと、まず覚えたのは、そのような驚きであった。
本書は全5話で構成されている。冒頭の「長直の饅頭」は、プロローグといっていい。元禄の世を震撼させた赤穂四十七士に、隣国の津山森家の旧臣が、3人も加わっていた。神崎与五郎、茅野和助、横川勘平である。相次ぐ不運があって改易となり、今は2万石になった森家の現当主の長直は、彼らが討ち入りに参加した理由が森家の家臣時代にあるのではないかという、かすかな疑問を抱くのだった。
以後、「与五郎の妻」「和助の恋」「里和と勘平」で彼らと深くかかわる女性たちのドラマが展開する。注目すべきは、1話ごとにストーリーの時間軸が、過去にさかのぼっていくことだろう。これにより忠臣蔵として始まった物語の焦点が、次第に津山森家のお家騒動へとスライドしていくのだ。しかもそれを通じて、3人が討ち入りに加わった心情が浮かび上がってくるのである。
さらに、エピローグとなる「お道の塩」も、余韻嫋々であった。新たなる忠臣蔵の誕生を喜びたい。


No.102 6点 ノベルダムと本の虫
天川栄人
(2018/04/11 10:33登録)
舞台は百年戦争で疲弊し、ほぼ停戦状態ながら、いつまた闘いが勃発するかわからない世界。そこにイストリヤという、永世中立の島国があった。別名、「物語の王国(ノベルダム)」。ここには、言語統制がしかれている国々から追放されたり逃げたりしてきた作家が暮らしていた。
大陸の国に住んでいた少女アミルは、その島の王立図書館に呼ばれ、「物語の森を自由に飛び回る本の虫」になった。配属先は「蛍科」。蝶科は受付、甲虫科は運搬、蜂科は警備、蛍科は・・・?
このファンタジー、アミルの王立図書館での冒険と、彼女の愛読書「五感物語」(未完)の作者の謎の死と、この物語の最終章をめぐるミステリが絡み合って、思いも寄らない展開を見せる。
プロットも面白いが、なんといっても物語機関(ノベルエンジン)という発想がいい。この島では船も自動車も、館内を巡回する蛍型のマシンもすべて、物語を燃料として動いているのだ。このユニークな設定が、作品の謎やテーマと見事にかみ合っている


No.101 5点 わずか一しずくの血
連城三紀彦
(2018/04/11 10:33登録)
幽霊譚を思わせる発端だが、その後各地から複数の女性の身体の一部が見つかり、事件は一気に猟奇的な連続バラバラ殺人事件の様相を呈する。
物語の鍵となる男は読者の前にやおら姿を現し、警察の捜査など恐れる様子も一切見せず活動を続けるが、全く尻尾をつかませない。男女の濃密な関係を描くのにたけた作者としても、いつにも増してエロティックな描写が多いが、そこにこの作品の生命があり、謎の中心がある。
雑誌掲載後20年間、未完のままだった本作。当時の沖縄の基地問題を背景とした、スケールの大きな本格的トリックが味わえる。


No.100 8点 NOVA+バベル
アンソロジー(国内編集者)
(2018/04/02 09:34登録)
表題作の作者、長谷敏司をはじめ、宮部みゆき、月村了衛、藤井太洋、宮内悠介、野崎まど、西島伝法、円城塔という豪華メンバーが顔をそろえる。
表題作「バベル」は、宇宙に届く軌道エレベーターが建設された近未来、中東を舞台に、科学技術のいびつな発展と社会的不平等の深刻化という重い主題を、読者の感性に訴えかける物語に結実させている。
収録作はバラエティーに富み、宮部みゆきの「戦闘員」は防犯カメラをモチーフとして、人間とシステムの戦いという、現実と地続きの恐怖を描いているかと思えば、西島伝法「奏で手のヌフレツン」では独特の造語によって異様な世界を描き出し、奇妙なリアリティーを醸し出す。また野崎まど「第五の地平」は恒星間宇宙の征服に挑むチンギスハンの物語という型破りな作品で、無理矢理の設定を合理化する胡散臭い「科学的説明」をでっち上げる力量には目を見張る。名状しがたい面白さでは、円城塔の「Φ」も負けていない。宇宙の終末という科学的にして哲学的な題材を、独自の言語実験的記述で描き、しかもユーモラス。
他の収録作品も力作で、本書を読んだ夜、興奮して眠れなかった。

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