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ミステリの祭典

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ALFAさんの登録情報
平均点:6.67点 書評数:190件

プロフィール| 書評

No.30 10点 謎のクィン氏
アガサ・クリスティー
(2017/04/01 16:37登録)
「愛」「救済」をテーマにした12編の短編集。しかし決してミステリ風味の恋愛小説ではない。12編すべて本格的なミステリの骨格を持っていて当たり外れはない。後の長編に昇華するテーマやモチーフもいくつか見受けられる。
と、ここまでならよく出来た短編集という評価で終わりなのだが、この作品を濃く彩っているのは探偵役二人、クィン氏とサタスウェイト氏。
クィン氏は半ばスピリチュアルな存在として描かれていて、二人の関係はホームズ、ワトソンやポアロ、ヘイスティングスとは大いに違う。普段は社交界のスノッブな老人サタスウェイト氏が、どこからともなく現れるクィン氏に出会った時だけインスピレーションを得て謎を解き明かす。
したがって二人(?)の関係は生身の人間同士というよりは霊と霊媒のようなものか。あるいはクィン氏とはサタスウェイト氏が夢見た理想の自分、若く自由で俗物根性とは無縁の自分自身なのも知れない。
個性の強いキャラ設定だけあって好き嫌いは分かれるかもしれない。しかしいうまでもなく「相性は読者側の都合であって作品の質とは無関係」である。自分の世界観と合わない場合、すぐれた作品であればあるほど論評には客観性と表現力が求められる。したがって極端に好みに合わない場合は論評を差し控えるというのも一つの見識だろう。珍妙な言説を弄して自爆されてもはた迷惑である。
いずれにしてもこの探偵役によって優れたミステリがさらに幻想的な持ち味になった。
クリスティの短編集の中でも「死の猟犬」と並ぶ個性の強い名作。
印象に残るフレーズ
「私はまだ一度もあなたの小径を通ったことがありません」(サタスウェイト氏)
「後悔していますか」(クィン氏)
「い、いえ」(サタスウェイト氏)
セリフの持つ象徴性はぜひ本編で・・・・


No.29 5点 バートラム・ホテルにて
アガサ・クリスティー
(2017/03/28 18:10登録)
クリスティは「組織」を描くとどうしてこんなにリアリティがないのだろう。個人をあれほど生き生きと描くのに。
古き良き時代風のホテルの役割が面白いのと、セジウィックのキャラが魅力的なのでオマケ。


No.28 5点 パディントン発4時50分
アガサ・クリスティー
(2017/03/28 17:53登録)
タイトルからして列車モノかと思いきや、実は館モノ。
オープニングからいきなり事件発生でテンポよく展開する。
ルーシーの活躍も楽しく読めたのだが、最後の解決がミス・マープルが仕掛ける逆トリックだけというのが弱い。


No.27 5点 11の物語
パトリシア・ハイスミス
(2017/03/26 12:31登録)
奇妙な味を持った11話からなる短編集。
分類は難しいがあえて言えば生理的サスペンスかな。緩効性の毒が神経をマヒさせるような読後感になる。
全体に好みとは言えないが、あえてのフェイバリットは「もう一つの橋」。
主人公の虚無感がよく描かれている。


No.26 7点 顔のない肖像画
連城三紀彦
(2017/03/25 16:16登録)
七編の短編集。どれも反転に次ぐ反転で連城ワールド満載。表題作以外は短いがどれも最後の反転に向かって精緻に組み立てられている。余分なドラマ性はない分読みやすい。
その点で「夜よ鼠たちのために」より洗練されている。
フェイバリットは「顔のない肖像画」。
もう少し現実的にして長編にしたらきっと面白いだろう。


No.25 6点 ゼロ時間へ
アガサ・クリスティー
(2017/03/25 09:40登録)
よく出来たミステリはあとから思い出しやすい。トリックだけではなく全体像が。
クリスティでいえば例の前衛トリック三作をはじめ「白昼の悪魔」「ナイルに死す」「葬儀を終えて」など。いずれもシンプルな構成の中に生き生きとした人間関係、精緻なトリック、大胆な反転が仕組まれているから思い返してみても全体像がくっきり浮かび上がってくる。
「ゼロ時間へ」は読後すぐでも、トリックだけが印象に残って全体はもやっとしたイメージになる。つまりすっきりしない。ここはこうで・・・・と頭の中で再整理したくなる。で、その原因を考えてみると
(以下ネタバレしますよ)





1.結局これは「未遂事件」だったということ
「いやいや二人も死んでるって。」しかし一人目は単なる口封じ、それに殺人といえるかどうか。二人目は富豪の老婦人、しかも惨殺されるのだから申し分のない被害者だ。ところが読者は最後に、この殺人は本筋のたくらみのための材料に過ぎないこと、そしてそのたくらみは結局未遂に終わったことを知る。
二つの殺人を本命と思って追究してきた読者は最後に微妙な納得を強いられることになる。
2.三つの前振り
本命の犯罪は、被害者を心理的な罠に嵌めて冤罪で処刑するというものだが、この罠は被害者の心理描写だけでは弱い。そのため冒頭に同パターンの話を振って補強しておく必要があった。
やむを得ない前振りだったが、目撃者の前振り、法律家の前振りと重なることで構成は複雑になってしまった。
3.心理的な違和感
細かいことだが、第一の殺人(?)は犯人のキャラにそぐわない。この犯人なら危険な証人を偶然に任せることはしない。
というわけで、ほぼクローズドサークル、いかにもな登場人物、巧妙なトリックのわりに地味な出来になってしまった。タイトルのアイデアは面白かったのだが。
トリックはベタだがよく出来ているので、これを追っていくぶんには楽しめる。
なお、この作品はどういうわけかフランスで映画化されている。往年の名女優ダニエル・ダリューが老夫人を演じていて楽しい。映画の出来はいいが原作に忠実な分、残念なところも同じ。


No.24 5点 忘られぬ死
アガサ・クリスティー
(2017/03/22 11:04登録)
「六人の人間が、この世を去ってやがて一年になるローズマリー・バートンのことを考えていた。」
そして彼女が死んだ同じ場所、同じ顔ぶれでパーティが企画されていることが明らかになる。
いかにも傑作ミステリらしい予感。ところが・・・・
(以下ネタバレですよ)





私は「傑作ミステリに名犯人あり」だと思う。名探偵ではない。真相の解明は普通の捜査官でもいいし場合によっては自白や事件調書でもいい。しかし犯人はしっかりとした存在感がほしい。それも作品全体を通して。終盤にいきなり現れた殺人鬼なんてのはゴメンである。
この作品は構成も見事、トリックも鮮やか。しかし遠くにいるはずの、登場シーンも少ない人物が犯人となっていた。しかも初めから札付きと分かっている血縁。それが変装して主犯だったなどというのは私は楽しめない。
一方共犯者は冒頭から存在感があるのはいいが、冷静沈着かつ有能な人物が一目ぼれで共犯者になるというのも無理がある。叙述できわどく補強してあるが。
二人の動機が片や金目当て、片や結婚目当てと異なっている点も弱い。
同時期に書かれた二編の傑作では、いずれも抜き差しならぬ共犯者同志が一つの目標に向かって突き進む。そして二人の関係性にも大きなトリックが仕掛けられている。
というわけでこの作品は優れた構成、鮮やかなトリック+弱い犯人という、私にとっては決定的に残念な結果になってしまった。


No.23 10点 終りなき夜に生れつく
アガサ・クリスティー
(2017/03/21 10:41登録)
読み終えた感想は「ヤバい!これ反則でしょ!」だった。
「反則」は例のミステリの作法のことではない。作法でいえば私は「オリエント急行」も「アクロイド殺し」も「そして誰もいなくなった」もOKです。
反則とはこの作品が、ミステリの枠を超えて心にというよりミゾオチあたりに「悪を為す人の心」というダークなイメージを残したこと。
「悪」を為す心の弱さ、エゴ、やさしさ、悲しさをリアリティ豊かに、言い換えると意地悪く描き切ることで、読み手の心に自らのものとしてそのイメージが住みついてしまう。

読み手、読み方によってはその毒が効かない場合もある。その場合は純粋に謎解きを楽しむことになる。私の場合はかなり効いた。だからうかつに再読もできない。
普通のミステリは読み手のリアルとは切り離されているから、真相が開示されて解決し、あとは安心して寝るということになるが、この作品の場合そうはいかなかった。


No.22 8点 アガサ・クリスティー完全攻略
評論・エッセイ
(2017/03/20 14:57登録)
クリスティの全作品を取り上げた力作評論集。
最も参考になったのは、「クリスティの傑作はトリックだけを30字以内で取り出すことはできない。」「クリスティの傑作は作品全体が「騙し」である。」という解説。
自分が今までに面白く読んだミステリはすべてこの構造のものだったことが分かった。
もう一つ分かったことは、高評価は人それぞれだが低評価はおおむね一致するということ。
これは当サイトの評点でもそうですね。
クリスティファンならずともおすすめです。装丁もオシャレ。


No.21 9点 招かれざる客たちのビュッフェ
クリスチアナ・ブランド
(2017/03/20 13:48登録)
フルコース料理になぞらえた、コックリルカクテルからブラックコーヒーまでの5コース16編からなる短編集。ミステリ、スリラー、倒叙、いずれも切れ味鋭くブラックな味わいに満ちている。読後感は当然「苦い!」
ベストはオールタイム級の傑作「ジェミニー・クリケット事件」。「騙し」の作法はクリスティのある後期長編を思わせるが、あちらが一貫して悪を為す人の心を描き切っているのに対し、こちらは「すべては最後の一撃のための効果的な長い前振り」という趣がある。(評価10)。
「婚姻飛翔」は本格ミステリの骨格を持った傑作。長編にしたらさぞ読みごたえがあるだろう。(評価9)
いずれも深町訳で読みやすい。
フェイバリットは「スコットランドの姪」。毒がやや薄い分、皮肉が効いていて楽しい。(評価8)、
長編すべてを読んではいないので断定する資格はないが、ブランドの切れ味は中、短編で最も発揮されるのではないかとも思う。
好き嫌いはともかく16編すべて外れはない。書誌と北村薫の丁寧な解説までついて、お得感あふれる短編集。


No.20 9点 シャーロック・ホームズの冒険
アーサー・コナン・ドイル
(2017/03/19 13:00登録)
いわずと知れた聖典。小学生のころから楽しんで、今もなお楽しめるというのもすごい。
19世紀ロンドン、ワトソン、ホームズという不動のパッケージに多彩な着想の「お話」が盛られているのが楽しい。そしてこの多彩な着想が後世のミステリ、スリラー、冒険小説へと進化していくということだろう。
フェイバリットは元祖ミステリ「赤毛連盟」と元祖スリラー「まだらの紐」
グラナダTVの名作ドラマシリーズではこの二作に加えて、「ボヘミアの醜聞」「青いガーネット(紅玉)」がおすすめ。
このころはまだ美青年の面影が残るジェレミー・ブレットがさっそうと演じている。ドラマは四作とも評価10。


No.19 7点 ジェゼベルの死
クリスチアナ・ブランド
(2017/03/19 10:56登録)
「緑は危険」と並ぶブランドの代表作。トリックの精度はあちらのほうが上だが、作者らしいブラックな味が楽しめるのはこちら。
冒頭の「死」から七年後、殺人予告が次々に来て・・・とテンポよく展開する。
そして衝撃のクライマックス。
また本筋とは関係ないが、第二の死体発見のシーンは大いにウケた。
ところがそのあと展開はもたつき始める。ブラックなトリックが明かされる最終盤はさらに「散らかっている」。ここは切れ味鋭い刃物のような真相開示を期待したいところなのに。
コックリルもずいぶんもたついている。ポアロの真似をする必要はないが、何もここで読者をイラつかせることはないだろう。
人物の名前で遊ぶ作者の癖も困りもの。ネーミングに洒落があるのは結構だが、一人の人物を二、三通りに呼び変える癖にはイライラする。
イゼベルとブライアンは別として、ジョージ=マザーディアー、エドガー・ポート=シュガー・ダディなんてどうせ皮肉な呼び名なのだから、紛らわしいカタカナにせずに「ジョージ坊や」くらいに意訳すればいいのに。と訳者に八つ当たりしたくなる。
八つ当たりついでにさらに、例の人物の「訛り」の日本語訳には非常に違和感がある。あれでは訛りではなく別の方向にキャラがイメージされてしまう。
単なる日本語への置き換えではなく、日本語で作品を再創造するくらいの新訳が出たら評価は2ポイントは上がるところだ。
とはいってもブランド一流のブラックなキャラ満開のミステリ。未読の人にはお勧めです。


No.18 9点 そして誰もいなくなった
アガサ・クリスティー
(2017/03/18 13:18登録)
いわずと知れたクリスティの三大前衛ミステリの一つ。他の二作同様、ネタバレを食わなかった幸運な人だけが人生に一度楽しめる。
展開は邦題通り、猛スピードで次々に人が殺されていく。推理する暇はあまりないから終盤まではミステリというよりスリラーテイスト。
真相は最後に明かされるが、犯人のダークな心象は後期のクリスティ作品にも通じるものがある。
こんな着想を単なるパズルミステリに終わらせない力量はさすが。
それだけでもう満点だが、最後から二番目の「死」を心理的な可能性に頼った点でマイナス一点。


No.17 6点 緑は危険
クリスチアナ・ブランド
(2017/03/17 09:56登録)
陸軍病院という閉じられた空間、限られた登場人物、そして次々に起こる殺人と殺人未遂。
申し分ない本格派ミステリの骨格を持った長編である。にもかかわらず読後の感想は「うーん長い!」であった。
実際には300P(ハヤカワ)だからそれほどの尺ではない。長く感じるのは、最初の殺人が起こるまでと後半の容疑者六人が軟禁される場面。この両方で全体の半分を占める。
特に後半、読者としては六人が軟禁されてお互いが疑心暗鬼になり、じわじわと真相が見えてくるスリルを味わいたいところだが、そうはならない。お互いに遠慮しながらの推理合戦でそこに真相はないことが見えてしまう。そして真相は突然外(警部)からやってくる。直前に荒っぽいミスリーディングを伴って。
四つの事件の関連性、巧みな伏線、複数のミスリーディングなどが精緻に組み立てられているから、フーダニットを最重視する読み手には満足感は大きいだろう。しかし私には高性能のエンジンとシャシーに大きすぎるボディを乗せた車みたいに思えた。前半と終盤をコンパクトにしたら引き締まったいい中編になっただろう。
短編集「招かれざる客たちのビュッフェ」のような毒のある切れ味は感じられなかった。
ミステリを商品としてみた場合の不満もある。人物をその時々で、姓、名、ニックネームで呼び変えるのは不親切である。英語のネイティブはこれでも煩雑ではないのだろうか。もちろん原文がそうなっているのだろうが、ここは訳者の裁量でファーストネームとフルネームくらいに統一できなかったものか。


No.16 9点 オリエント急行の殺人
アガサ・クリスティー
(2017/03/16 10:57登録)
採点はむつかしい。
とにかくこのトリックを小説化しただけでもう満点ともいえるし、その分犯行のリアリティや、謎解きの楽しさが犠牲になっているともいえる。
でも読まないより読んだほうが「一度目は」思いっきり楽しいのでこの評価。
映像に向いた作品と見えて、映画もTVドラマもそれぞれ名作になっている。
映画はオールスターの演技合戦が見もの。アルバート・フィニー(ポアロ)の速射砲のような尋問を「食い」ながら返していくウェンディ・ヒラー(公爵夫人)の緊迫感あふれるやり取りが印象に残っていたがDVDでは別テイクになっていた。
TVドラマ版は重厚でシリアスな改変は見事だが、一部のキャスティングが物足りない。
追記 ケネス・ブラナーの最新作も楽しい。ジョニー・デップの絵に描いたような悪役がいいし、堂々たる英国紳士になってしまったポワロは笑える。
いずれも評点9。


No.15 8点 葬儀を終えて
アガサ・クリスティー
(2017/03/16 10:10登録)
お屋敷、富豪の死、遺産相続、連続する死者、と絵にかいたような古典本格派ミステリの構成。
しかも開始早々、たった一言のセリフでいきなりミステリモードに突入する。
比較的後期の作品のわりに人間ドラマの要素が少ないので落ち着いてフーダニット、ホワイダニットが楽しめる。登場人物がいささか多すぎるが。
どの作品でもそうだが、現実世界のリアリティとミステリ内のリアリティとの距離をどうとるかによって楽しみ方は変わってくる。現実寄りにリアリティを設定すると、この犯人がフェルメールを換金することは全く不可能だから、この作品は評価できなくなる。同様に入手方法としてこんな仕掛けをするかという疑問もありうる。そして例のトリック、ミステリではおなじみだが、現実ではまず使えない(厳密な意味では)。
私はここでは、いずれもミステリ内のリアリティ基準としてアリとする。ただしクリスティも多用する例のトリックは作品によって、またその前提条件によって評価は変わってくると思う。
なお、デヴィッド・スーシェ主演のドラマ版ではストーリーが若干改変されていて、個人的にはより楽しめた。
細かいところでは、フェルメールがレンブラントになっているし、きわめて礼儀正しい犯人が最後の最後にタガが外れたような壊れっぷりを見せる。鬼気迫る演技で見ごたえがある。
ドラマ版もおすすめ。(こちらは10点)


No.14 9点 ブラウン神父の童心
G・K・チェスタトン
(2017/03/14 17:03登録)
初めて読んだとき、ルパンとホームズしか知らなかった中学生は「大人のミステリとはこういうものか!」と感激した。
十分な大人になって再読すると、メルヘンな味わいを持った、とてもよくできたミステリという感じがする。
近年新訳が二つも出たので比較を。
「オリーブとシルバーの色にとざされた嵐模様の夕暮れがせまるスコットランドの灰色の谷、そのはずれにやって来て、なんとも妙なグレンガイル城をつくづく見やっていたのは、これも灰色のスコットランド式肩掛けにくるまったブラウン神父であった。」(創元)
「オリーブ色と銀色の嵐の夕暮れが迫る頃、ブラウン神父は灰色のスコットランドの格子縞羅紗服にくるまり、灰色のスコットランドの谷のはずれへやって来て、奇怪なグレンガイル城を見やった。」(ちくま)
「オリーブ色と銀色の嵐の夕暮れが迫る頃、ブラウン神父はスコットランド風の格子縞の肩掛けをまとい、灰色のスコットランドの谷の外れにやってきて、奇怪なグレンガイル城を眺めやった。」(ハヤカワ)
いずれも「イズレイル・ガウの誉れ」の冒頭。
旧訳が英文の逐語風で読みにくいのに対し、新訳はいずれも日本語としてこなれている。ちくまがあえて漢語表現を多くして、一種の風格を感じさせるのに対し、ハヤカワは圧倒的に読みやすい。(活字もいちばん大きい)
12編中のフェイバリットは「折れた剣」。初めて読んだとき、映画にしたらさぞ見ごたえがあるだろうと思った。
また「木の葉は森に隠す」「森がなければ森を作る」というフレーズなど、その後の行動哲学に影響するくらい心に残った。


No.13 7点 落日の門
連城三紀彦
(2017/03/13 18:11登録)
未遂に終わった架空の2・26事件を背景に、将校たちやその関係者を主人公にした五編の物語。
話はそれぞれ完結しているので短編集ではあるが、人物は相関があり因果もつながっているのでむしろ長編として読むべきか。
ただ五編すべて、そのオチが人間関係の反転なので、少々飽きる。
中では、「家路」がやや異質。時間軸のひずみもあるので、ミステリというよりは中井英夫風の幻想小説として読んだほうが無理がない。
短編としてのフェイバリットは「落日の門」。


No.12 4点 人質カノン
宮部みゆき
(2017/03/11 18:40登録)
7編からなる短編集。
ミステリ風味の人情噺か、「社会派メッセージ」仕立てのミステリか。
それぞれの割合がちょうど五分五分なのが気持ち悪い。
同じく社会派と言われた松本清張の場合、どんな大きな社会的テーマも傑作ミステリ創造のための材料に過ぎなかった。結果として大きなメッセージ性を持つ場合もあったということだ。
この短編はメッセージ発信のために書かれたように読めてしまう。
さすがにスラスラ読めるが、やたらモチーフにいじめが出てくるのも食傷する。
敢えてフェイバリットは「八月の雪」。この主題をしっかりしたミステリ仕立てで読みたかった。


No.11 7点 黒地の絵
松本清張
(2017/03/09 17:21登録)
9編からなる短編集。
最も読みごたえのあるのは「真贋の森」。日本美術史界という閉じられた世界の中で、あるたくらみが緻密に構築されていくのがスリリング。エンディングはもう一方の「解」のほうが読み手のカタルシスは強いのだがなあ。それだけ読者に対する「動機」の刷り込みがうまいということ。
もう一つのフェイバリットは「拐帯行」。鮮やかな反転とどん底からの希望が見えて読後感がいい。
表題作は社会性とインパクトのあるモチーフによる復讐譚だが、尺の長さのわりにミステリとしての構造はシンプル。
「確証」は、何もこんなものをモチーフにすることはないだろうと思ってしまう。

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