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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2110件

プロフィール| 書評

No.750 6点 座席ナンバー7Aの恐怖
セバスチャン・フィツェック
(2020/02/17 20:57登録)
(ネタバレなし)
 2017年のドイツ作品。
 この作者は『乗客ナンバー23の消失』に続いて二冊目だが、人間関係の枝葉を広げてストーリーを組立てていく手際では今回の方が面白かった。
 ただし某キーパーソンの意外な過去については、その当時から現時点までそんな事実が隠蔽されおおせたハズはないだろ、警察やマスコミの追求でまず暴かれるよね? という違和感がある。

 とはいえ真犯人はかなり巧妙に隠され、そのためのミスディレクションもうまい(正直、まんまと引っかかった)。
 4~5時間でイッキ読みの佳作~秀作。
 ちなみに牛乳を飲むのをイヤな気分にさせられたことだけは、文句を言いたい(笑)。


No.749 5点 ニュー・イン三十一番の謎
R・オースティン・フリーマン
(2020/02/17 03:08登録)
(ネタバレなし)
 物語内の2つの流れの相関に気づかない読者はいないだろう。フィクションとして組立てられたクラシックミステリなら、並列する叙述には当然ながら意味があるから。とはいえ作中の人物が、あれやこれやの目前の現実(ロンドン中に蔓延するインフルエンザの対処とか)に気を取られて、なかなかそこに思い至らないというのは結構リアルかも。ジャービスの言う、開業医は頭を切り替えないとやっていけないのだという強引なイクスキューズ(あれはそういうことを言いたいんだよね?)にも、笑えた。
 ……とはいえやっぱり、一方は伝聞だけとはいえ、相応に重要なキーポイントが話題になっているんだから、そこで連想が生じないのはムリを感じるんだよなあ。
 あとソーンダイクの終盤の謎解きは評判がいいんだけど、個人的にはそれほど褒めるレベルか? という感じであった。犯人が(中略)自体を犯行のギミックにしたあたりはちょっと面白かったけど。

 翻訳が読みやすいこともあって一応は楽しく読めたものの、初期3作のなかでは確実に一番オチる。シリーズの研究家にはネタの多い作品だとは思う。評点はかなり4点に近いこの点数ということで。
 
※P2764行目
ミスター・スティーヴンズに(×)
ミスター・スティーヴンに (○)
この名前は作中に山ほど出てくるのに、なんでここだけ誤記が残ってるんだろ。再版の機会でもあったら、直しておいてください。


No.748 7点 ノワールをまとう女
神護かずみ
(2020/02/15 04:08登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと35歳の西澤奈美は、大手の医薬品メーカー「美国堂」の広報スタッフ、市川進から連絡を受ける。市川は、数年前に自社の重役に迎え入れた韓国人の実業家がかつて過激な反日発言をしていたことが露見したと語った。そのため市民運動家による美国堂を糾弾するデモ活動が日々かまびすしいので、この対策を奈美に願ってきたのだ。奈美の秘めた稼業は、裏工作を用いてネット上のヘイト発言や炎上案件の火消しなどを行うこと。今回の彼女は、デモ活動の中心組織「糺す会」の代表である青年「エルチェ」に接触。組織の切り崩しを図るが、そこで奈美が出会ったのは意外な人物だった。

 昨年2019年度の乱歩賞受賞作品。作者はすでに20年以上前から著作があり、さすがに書きなれた文章はこなれて読みやすい。
 一方で選考委員の一部が称賛するほど、Web上の火消し屋というのが斬新な設定とも思えないし(そもそも火消し探偵なら、同じ講談社に「おひいさま」こと岩永琴子さんがいるよな)、何より実際の作中での奈美はネットよりも現実の世界のなかで狙う標的に罠をかけている。それほど発想にも叙述にも飛躍のない、21世紀のフツーのノワール、フツーの事件屋稼業ではないか。
 とはいえ中盤からは、ある人物の退場を機にフーダニットめいた興味も発生。そちらの方をサイドストーリとして語る一方、奈美の仕掛けた組織への罠、さらに奈美自身の恩人に関わる案件……と複数の物語がよじりあうようにもつれながら進んでいく。
 主人公・奈美の秘めた過去も中盤以降に明かされ、そこで語られる昔日のエピソードも人によっては苛烈に思えるかもしれないが、並みいるバイオレンスノワールの中には、もっと過激なものもいくらでもある感じもする。人間の普遍的な暴力性を描いてもどこか節度があるようなのが、何とはなしに古めかしい。
 それでも筆慣れた文体は最後までリーダビリティが高いし、小さい山場を惜しみなく繰り出す作劇のテンポも良い。さらに終盤には(前もって最後に闘う相手を読者に半ば予期させたその上で)、斜め上? のクライマックスを用意。その辺の盛り上げ方にも達者さを感じる。さすがベテラン作家。
 そもそも乱歩賞は一般に新人作家の登竜門と思われがち? だが、実際には応募資格は誰にでもあり、プロ作家でも応募は自由。高木彬光なども自分を見出してくれた乱歩への畏敬の念から、デビュー後かなり時が経ったのちでも恩人の名を冠した賞の受賞を狙っていたと聞く。そんななかで今回の作者は、実際に受賞した作家の内では相応にそれまでの著作歴の長い方の一人ではないか(厳密に最長かどうかは、確認してみないとわからないけれど)。

 帯の「新ヒロイン誕生!」の文句がそのまま今後のシリーズ化を予想させる気もする。そういえば歴代の乱歩賞受賞作品でデビューし、そのままシリーズキャラクターになった主人公って、何人くらいいるのであろう。そのうちカウントしてみよう。


No.747 8点 九度目の十八歳を迎えた君と
浅倉秋成
(2020/02/11 04:39登録)
(ネタバレなし)
「俺」こと30代に向かう、印刷会社の営業職の青年・間瀬。彼は出社するその日の朝、かつて高校時代に思いを寄せた同学年の美少女・二和(ふたわ)美咲が、今も18歳の女子高校生のままの姿だとに気づく。間瀬は、二和の現在の学友の少女・夏川理奈そして自分のかつての学友や恩師たちの協力を得ながら、時を止めた二和の謎に踏み込んでいくが。

 表紙ジャケットの折り返しに書かれたあらすじ+作品紹介の最後に「ファンタスティックで切ない追憶のミステリ」とのセンテンスがある。
 それゆえスーパーナチュラル要素が何かしらの形で真相にからむのではないかと思う人もいるだろうが、その件については物語の着地点レベルでのネタバレになるので、ここには書かない。
 
 別の書評サイトではかなりのレビュー数を集めており、賛否両論の嵐(いくらか褒める声が多いような気がする)だが、個人的にはすごく良かった。
 ジャック・フィニイ作品のメンタリティだけを抽出して抜き取り、まったく別の形で書いたようなおっさん向けの青春小説。

 ただし、ヒロイン二和のためにあちこち駆け回る主人公の間瀬の奮闘ぶりは読んでいて応援したくなるほどだけど、これが現実の世界のできごとだったら必ずやるよねという種類のとある行動を、まったく試そうともしない。その辺が違和感といえば違和感なんだけど、まあ作劇の流れとして読む方も大目にみてあげたくなるような勢いを備えた作品だとは思う。

 最後の真相に至る大筋も悪くないが、全体的に細部が面白い作品。いわゆる送り手の都合を優先し、無神経にヘイトキャラを登場させるような無様さもない。人間の弱さやもろさをしっかり抑えながらも、それでも登場人物のひとりひとりを見捨てない温かさもある。
 2019年の現在形青春ミステリの優秀作が辻堂ゆめの『卒業タイムリミット』なら、こっちは回顧系青春ミステリのそれだな。
 この作者はまだ、今年の新刊二冊を読んだだけだけど、そのうちに既刊の作品にもトライしてみよう。

※最後に前述の、表紙折り返しのあらすじ紹介の本文で、間瀬の行動の軌跡を「僕」の一人称で記述してあるんだけど、実際の作品の本文は「俺」の一人称なんだよね。
 青春ミステリだから「僕」の方が似合うという編集部の判断だったのかもしれないけれど、キャラクターイメージに関わる感じで相応に違和感。
 あらすじの箇所は「間瀬は~」とかの三人称記述の方が、まだ良かったような気がする。

【2020年2月15日追記】
 あと本作が心地よかったポイントは、モブキャラ的な作中人物のひとりひとりに設定上の名前、無駄な固有名詞を与えず、なるべくそのポジション、立場のみの表意で済ませていること。些末な情報がノイズにならず、全体的に小説がスムーズに読み進められた。まったくもってバランスの問題ではあるけれど、書き手が自分の世界を築くある種の万能感に酔うのか、この辺の感覚が無神経な作家も時々見かけるような気もするので。


No.746 6点 緋い川
大村友貴美
(2020/02/10 17:44登録)
(ネタバレなし)
 日清戦争終結から5年目の明治33年。多様な金属を採掘する鉱山があることで知られる、宮城県の触別村(ふれべつむら)。そこに流れる猩紅川(しょうこうがわ)は酸化鉄の影響で緋色の水流を見せていた。だがその川にある日、双頭の犬、猫の足をした猿など奇怪な生き物の死体が流れてくる。さらに流れてきたのは人間のバラバラ死体。死人すら幽霊となって徘徊するというこの村だが、そこに東京から26歳の青年医師・衛藤真道(えとうまみち)が赴任。真道は恩師である帝大医科大学の教授・岡林太郎の提言を受けて、この鉱山病院の医師であるドイツ帰りの英才・殿村秀(とのむらひいで)の応援のためやってきた。だが真道の着任から間もなくして、怪異な失踪、そして殺人事件が勃発する。

 作者の本はこれまで何回か読もうと思っていたが、結局は本書が初読みになった。
 正直、謎解きミステリとしては大したことはないが、19世紀最後の年(明治33年=1900年)という文明の転換期を意識させる時代設定に見合ったストーリーはそれなりに読ませる。
 日新戦争で国内外に戦死者や障害者が続出した悲劇、そして富国策を講じるなかで発生する鉱山での職業病などを背景に、実践的な医学のありように目を向けていく主題そのものは真摯でよい。
 ただおそろしく筆が滑らかでリーダビリティが高い文章なので、読みやすい一方、重いテーマの割にどこか格調が得られない印象もある。例えるならNHKが近代史をテーマにした大河ドラマでヒットした同じ年に、その反響に便乗したどこかの民放がお金をかけて2時間半ドラマのエピゴーネン企画を実現したとき、こんなのができるんじゃないかという感じだ。

 それぞれの登場人物の描き分けも、物語が進むにつれて見えてくる反転の部分までふくめてなかなかくっきりしている。だけどその一方で、ドラマ上の役割に応じた類型的な印象を抱かせてしまう面もある。
 全体的に決してきらいではない、好ましいんだけど、2010年代終盤の新作としては良くも悪くも作りも狙いも、素朴すぎるよなあ、という感じ。
 3時間で読み終えたけれど、その時間分に見合った読み応えではあった。
 評点は実質5.5点くらいだけど、ちょっとオマケ。


No.745 6点 今昔百鬼拾遺 鬼
京極夏彦
(2020/02/09 02:48登録)
(ネタバレなし)
 いつものレギュラー男性陣4人組は欠席なのだけれど、懐かしい「京極堂」シリーズの雰囲気はたっぷりでとてもゆかしかった。

 ミステリとしての骨組みにそれほど破格なところはないが、中盤から出てくる「え!?」という感じの近代史上のさるキーパーソンの意外性、さらにはおなじみの常識の枠をひとつふたつ越えたロジックによる謎解きの妙で、十分に楽しめた。
 正編のようなボリューム感がないのはもちろん残念ではあるが、これはこれで短い紙幅が良い方向に機能した一冊だとは思う。

 ところで本作の時間的な設定である昭和29年3月、不在の京極堂たちは栃木に行ってるとあるので、これって『陰摩羅鬼の瑕』の事件のことだっけ? と思ってwebで確認。
 そうしたら『陰摩羅鬼』は長野、『邪魅の雫』は神奈川なので、これこそが未刊行の『鵺の碑』の事件なのでは? というファンたちの観測がとびかっている。
 もしそうなら、これってそろそろ近刊予定にあがってくる同作のさりげない予告編……だったらイイですな(笑)。


No.744 6点 ある醜聞(スキャンダル)
ベルトン・コッブ
(2020/02/08 05:32登録)
(ネタバレなし)
「わたし」ことスコットランド・ヤードの警部補ブライアン・アーミテージは、虫の好かない上司バグショー警視の言動に日々悩まされていた。アーミテージはさる犯罪者を追いつめるが、融通の効かないバグショーに捕縛の好機を邪魔された形になり、やむなく勝手な行動に出た。そんな折、アーミテージはバグショーの美しい若い秘書ペギー・ソーンダーズと偶然に遭遇。どうやら彼女は、休暇中のバグショーと密会してるらしい? だが少ししてそのペギーの墜落死体が崖下で見つかり、バグショーは死亡直前のペギーの軌跡など知らなかったと語る。当初は単に密通を隠すためにバグジョーが虚言を弄しているのだと考えたアーミテージだが、次第に彼の心にはある疑惑が浮かんできた。

 1969年の英国作品。唯一の邦訳にしてなかなかの秀作『消えた犠牲(いけにえ)』のベルトン・コッブ、60年目の未訳作の発掘である。論創さん、エライ。
 旧クライムクラブや現代推理小説全集に執着のある評者としてはこれはすぐにも読みたかったが、このところおそろしく多忙で(涙)、ようやく今夜、いっきに読了した。

 主人公のブライアン・アーミテージは、30代前半とおぼしき青年で、愛妻のキティーも職場結婚の現・部長刑事である。ちなみに訳者あとがきによるとアーミテージは、作者のレギュラー探偵で、本作は4番目の長編。うれしいことに『消えた犠牲』の主役探偵だったチェヴィオット(本書ではチェビオット表記)・バーマンも同じ作品世界を共有し、本作では警視正という立場から新世代の主人公アーミテージを後見する。
 
 紙幅はハードカバーで200ページほど。登場人物は少ないが、章立てが異常に細かい仕様がやや読みにくい。翻訳自体は全体的にスムーズで、特にひっかかる誤植などもない点は好ましい。

 物語の序盤は愛妻キティーとの安定した生活を守るため、反りの合わない上司バグジョーに気を使うアーミテージの心労が延々と描かれ、これはそういう縦社会もの的な警察小説なのか? とも思わされた。
 とはいえ作者はあの『消えた犠牲』のコッブであり、さらにその未訳長編が山のようにある(巻末リストを参照すると70冊以上)中から、最初にコレが選ばれている、だから、きっと何かあるんでしょ、と思いながらページをめくりつづけることにした。
 そうしたら後半、うん、まあ、なかなかトリッキィな作品に化けていく。ラストシーンの描写もかなり鮮烈。

 ただし登場人物の少なさと、妙な勢いで書き込まれた(中略)の叙述から、ある程度、先の流れは読めてしまう。その一方で小説的な意味での伏線やツイストなどはともかく、謎解きミステリとしての手がかりは少なめ。それらのプラスマイナスをトータルとして勘案すると、優秀作とホメるまでにはいかない。テクニックの妙は確かに感じさせる、佳作~秀作(まあ)というところ。

 ただまあこの作者、まだまだ面白いものは出てきそうな雰囲気もあるので、もうしばらく紹介していってほしい。実際に今度はバーマン主役もののかなり初期編の翻訳が予定されているみたいなので、ちょっと楽しみにしている。

 しかし、日本に一冊しか翻訳されてない作家のウン十年ぶりの発掘というのは、その事実だけでなんかワクワクしてくる。いや、発掘・再紹介してほしい不遇な海外ミステリ作家は、邦訳が一冊オンリーの人に限りませんが。


No.743 6点 天使はモップを持って
近藤史恵
(2020/01/31 04:43登録)
(ネタバレなし)
 忙しくて長編が読めない日のミステリ中毒者を慰めようと手に取っていた、就寝前にチビチビ読むための連作短編集。
 日常の謎ベースの仕様だが、違和感のない仕上げで連作の中に殺人事件の謎まで織り込み、バランスの良いバラエティ感が心地よい一冊だった。
 ある一編では、大好きな渡辺多恵子先生の少女コミック『ファミリー』の某エピソードを思い出す。ベスト編は『ロッカールームのひよこ』あたりか。
 なお、こういう形質だからこそ可能な、フツーの連作謎解きミステリではできない(とてもやりにくい)犯人の設定を、ある話で用意していた趣向も印象深い。

 しかしラストの話はまんまとダマされた(笑・汗)。おかげでおそろしく、読み終えた今でも後を引いている。というわけでシリーズの続編も、そのうちに読んでみたい。


No.742 6点 八人の招待客
パトリック・クェンティン
(2020/01/30 04:08登録)
(ネタバレなし)
 中編二本というよりは長めの短編二編という感じの読み応えであったが、それはそれで楽しかった。
 旧訳の掲載誌はどっちも持ってるハズだが、よっぽどのことがなければわざわざ引っ張り出して読まなかったろうな。その意味でも、今回の新訳での発掘は良かったと思う。
 ただし『そして誰もいなくなった』との接点というのは、実質あまり関係ないような。自分はその謳い文句を信じて「実は~」系のトリックが、一方の方の作品に使われているのかと思ったが、結果はムニャムニャ。

 しかし叢書「奇想天外の本棚」は刊行が止まってしまったね。やっぱり、完全な新規発掘作品でなく、ちょっとしたミステリマニアなら持ってる人も少なくない絶版長編の改訳二本からなんてスタートの仕方が良くなかったのかな。
 このまま企画が自然消滅なんてことが無ければよいが(山口先生のエッセイ集みたいな、翻訳作品ではない番外的な本は近く出るみたいだけど)。


No.741 6点 キャッスルフォード
J・J・コニントン
(2020/01/28 05:55登録)
(ネタバレなし)
 少し長めだが、そんなに多くはない主要な登場人物たちが丁寧に書き込まれた英国黄金期パズラーの佳作。
 探偵役は(たぶん本作のみの)地方警察のウェスターハム警部が先に初動、後半になってレギュラーキャラのクリントン・ドリフィールド卿に交代。ただしその新旧の捜査陣がとある容疑者のある物的証拠? をしっかり追求しないのにはちょっと違和感を覚えた。不満はそこだけ。
 犯罪の構造(というか仕掛け)は、やはり英国ミステリの某大家がよく使いそうなもので、その辺が先読みできるかどうかが、多分読み手のミステリファンの犯人当ての決め手になるであろう。
 作中で問われる銃の口径の差異などについては、そんなものなのかな? という箇所もあるが、この辺は弾十六さんみたいな詳しい方の見識をいつか伺ってみたい。
 最後に解説を読んで、コニントンがシモンズから(クロフツやロードと並ぶ)「英国退屈派」に称されていると知ってちょっと驚き。少なくとも論創で新訳の3冊はどれもそれなり以上に面白かったので。サンドーの名作表に入っていることで有名な『当りくじ殺人事件』の新訳・完訳も出してください。論創さま。


No.740 6点 珈琲城のキネマと事件
井上雅彦
(2020/01/27 14:59登録)
(ネタバレなし)
 茗荷谷駅から少し歩いたところにひっそりと佇む西洋館。そこは名画座を改装した古式ゆかしき喫茶店「喫茶 薔薇の蕾」であった。同所に集うのは、珈琲と、旧作を中心とする映画、そして謎解きを愛する常連客たち。若手刑事の春夫とそのGFで新聞文化欄の記者・秋乃は、おのおのが抱えた謎をその場に持ち込み、やがて新たな来客が抱える事件にも関わっていく。

 一般には、ホラー主体の作家&ホラー&SFをはじめとした映画研究家として知られる作者・井上雅彦。その井上が、すでに伝説の一冊として知られる新本格パズラー『竹馬男の犯罪』以来、四半世紀ぶりに書いた純正のミステリ。
 今回の仕様は書下ろしの一編をふくむ全五本の連作短編シリーズで、第1~4話までは「ジャーロ」に連載されたもの。
 各話の体裁は不可能犯罪? をふくむ怪異&奇妙な謎が持ち込まれる→黒後家蜘蛛の会のごとく常連メンバーが意見を出し合う→やがて意外な真相に……という王道パターン。
 ただし本作のミソは、登場人物の大半が映画マニアの作者の分身ともいえる連中なので、各話の事件から、旧作映画のなかに使われた珍奇な特撮または特殊技法的なトリックを連想してそのトリヴィアを披露。そこからのフィードバックで事件のトリックを見破る、という流れが基本になっている。
 本書の賞味は、この映画トリヴィアを楽しめるかどうかも大きなポイントで、たとえば第一話の狼男の殺人? 事件などはミステリとしてダイレクトに真相に向かえば割とあっけない気もするが、そこに旧作ユニバーサル映画『狼男の殺人』で使用されたある映画撮影上の広義の特撮トリックをからませることで、話の立体感を引き出している。
 当然、(あまりにもいろんな表現が可能になった)CGが全盛となった現代とは違う、手作り&別種の創意の技法が映画に用いられていた時代のトリックが各編の主題なので、それぞれの物語の目線は全般に過去の昔日に向かうが、そこもまた本書の魅力となっている。その意味では事件の内容と、そこに関連する映画のファクターから昭和の時代に接近する第三話と第五話が個人的には味わい深かった(特に前者の、未来世界風の異世界と非現実的な真紅の怪人の出現、それに応えた最後の謎解きに至る流れはニヤリ)。
 かたや第四話のトリックなんかは数年前に別の若手作家の新本格パズラーで同じネタがあったが、こちらもある有名な人気映画の意外な? 技法を介してその真実を語る作劇のおかげで、なかなか新鮮な気分で楽しめた。

『竹馬男』とはかなり方向の違う連作パズラーだが、これはこれで作者らしさが出た一冊。連作としての物語は最終編をもってひと区切りっぽいが、続きは書こうと思えば書けると思う。また気が向いたら&ネタがたまったら、続編をお願いします。


No.739 7点 不穏な眠り
若竹七海
(2020/01/25 16:37登録)
(ネタバレなし)
 一編60ページ前後の中編(長めの短編)が4本。例によってミステリとしての密度はどれも高いし、葉村晶のキャラクターの魅力は従来以上に炸裂。一本たりともつまらない話はない。
 しかし第一話で、あまりに仕事の依頼が来ないからって、WEBの匿名掲示板でステマを行う葉村晶の描写には本気で泣けた。ここまで切実なビンボー描写をされた私立探偵がこれまでのミステリ史上にいたであろうか……。

以下、簡単に寸評&感想&メモ
「水沫隠れの日々」
 事件の流れ、ゲストキャラクター、葉村晶の奮闘、そして最後の(略)。すべてがバランスの良い作品で、巻頭からこれが来たので本全体への期待が高まった。秀作。

「新春のラビリンス」
 怪談風の雰囲気からあれよあれよと話が転がっていく。真相の意外性はなかなかだが、そこに行くまでにかなり読み手もカロリーを使う話。個人的にはこれが本書の中で、一番ややこしかったかも。

「逃げ出した時刻表」
 ミステリファンの大勢が喜ぶであろう古書の稀覯本テーマの事件。最後に明かされる明快なホワイダニットの真相は、ホックのできのいい印象的な短編みたい。

「不穏な眠り」
 被害者の肖像が変遷していく「被害者ミステリ」タイプの話かと思いきや、登場人物がどんどん増えていくに従って予想外のふくらみを見せてくるエピソード。クライマックスのアレは作中の現実としてはただごとならぬ甚大な出来事だが、このシリーズならではのすっとぼけた語り口でつい笑ってしまう。映画化……とまでは望まないけれど、演出のいい2時間ドラマなどでも観てみたい一編。

以下・余談。
1:巻末の解説の辻真先先生は、このシリーズのファンとして呼ばれたっぽいが、くだんの解説本文の中で語る話題がこの新刊の本書の4編のことばかり。まさかこれまでのシリーズを実は読んでないってことはないだろうけど、少なくとも旧作を読み返してシリーズを俯瞰するためのメモを取ったりする労力はまったく払わなかったようで(?)、ある意味で潔い。まあ大御所の古老に編集部も無理は言えなかったのでしょう。
2:昨夜から始まったTVドラマ『ハムラアキラ』。まだ録画したばかりで観ていないが、どんな感じになっているのか、けっこう楽しみにしている。


No.738 6点 君待秋ラは透きとおる
詠坂雄二
(2020/01/21 02:25登録)
(ネタバレなし)
 横山光輝作品『地球ナンバーV7』あたりの雰囲気に近いエスパーバトルもの。19歳の女子大生エスパーが主人公で、その超能力ゆえに双子の弟の人生を狂わせた彼女自身のトラウマを軸とした、青春ドラマの要素もある。
 21世紀風の文芸で装飾してはあるものの、基本的には古い感じの作劇で、1960年代の「ボーイズライフ」とかに平井和正や矢野徹がこんなのを書いていたとしても全く違和感はない。
 ただし後半、SFミステリ的な要素が導入されて意外な襲撃者の正体、さらに事態の奥のどんでん返し……などの趣向を盛り込んであるのは、現代のエンターテインメントとして一応の水準を保った感じ。
 それでも作者が割と得意がって書いているような部分が、これまであちこちで見たような読んだような感じもする。そこはいささか減点。
 それなりに楽しめたけれど、とにかく20世紀後半のSFジュブナイルみたいに古めかしい。この古色さが、昭和ティストをあえて狙った感じみたいなスタイリッシュさに転じなかったのは、ちょっとキビシイところである。


No.737 7点 休日はコーヒーショップで謎解きを
ロバート・ロプレスティ
(2020/01/20 02:21登録)
(ネタバレなし)
 2018年に翻訳刊行された、ミステリ作家を主人公にした小粋な連作短編集『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』の作者ロプレスティ。その著作でノンシリーズものを中心とした短編8本、中編1本という構成の個人作家作品集。編集は日本オリジナル。
 短編8本はそれぞれサスペンスものとクライムストーリーを主軸にバラエティに富んだ内容で、60~80年代のミステリマガジン(日本版EQMM)、または日本版ヒッチコックマガジンに載った翻訳ミステリのショートストーリー諸作のような味わい。都筑道夫の『ひとり雑誌』の域にはさすがに行かないが、人間ドラマや密室劇もあれば意外な犯罪の実体の事件などもあり、個人作家としてはなかなか持ち技が多くて楽しめる。
 昔はこういう幅広い作風のしゃれた海外短編ミステリがその月の「マスターピース(選抜傑作短編)」の肩書きのもとに、ミステリマガジンでほぼ毎号、1~2本は読めたものだった。
 海外ミステリの本国版専門誌を読みこんでそのなかから日本読者向けの傑作編を選び、版権をとって翻訳する工程が面倒くさくなり、国内にあふれている有象無象の日本人ミステリ作家に実作を発注してお茶を濁している現行の「見捨て理マガジン」の誌上では、こういうものが安定して供給される機会はもう二度と来ないのである(涙)。

 閑話休題。本書に収録された各編には、作者ロプレスティからのそれぞれ思い入れを込めた自作へのコメントが付加されている。そのコメントのなかのひとつで、作者が昔から私淑していた作家のひとりがジャック・リッチーだった事がわかり、さもありなんという感じであった。本書を読み進める最中、評者が感じたある種の懐かしさの正体は、きっとこの辺にあるのであろう。

 なお巻末をしめる中編は、今後のシリーズ化を意識した、スタウトの作風に寄せた都会派パズラー。ネロ・ウルフのファンクラブに長らく属している作者が同組織内で設立した中編作品賞に合わせて書いたものだという。
 それまでの8本が凝縮された短編ミステリの醍醐味をしっかり味合わせてくれた分、作品の形質がここでいきなり変わってしまって戸惑い、途中で読むのをストップしてまた最初から読み直したりもした。ストーリーそのものは時代設定を1958年に据えた独特の興趣があるもので(映画『めまい』が封切られた直後で、テレビでは『探偵マイケル・シェーン』などが放映されている、ある意味で旧作ミステリファンにとってのベル・エポック)、犯人捜しの段取りも最後まで読めばなかなか楽しかったけれど。

 この雰囲気ならもう何冊か、ロプレスティの翻訳短編集を作れそうな感じだな。しばらくしたら是非ともまた続刊を出してほしい。


No.736 5点 黙秘犯
翔田寛
(2020/01/19 20:03登録)
(ネタバレなし)
 2019年の夏。千葉県船橋市の住宅街の路上で、大学生の西岡卓也が撲殺された。近隣に住む主婦・小森好美は、現場周辺で女の声と、逃げ去る男の姿を認めた。やがて現場に残されていた凶器の指紋から、二年前に傷害罪を起こして保護観察中の若い板前・倉田忠彦に殺人の嫌疑がかかる。逮捕され、取り調べを受けても黙秘を続ける倉田。捜査を担当する船橋署の面々は、この事件の奥に潜むもっと秘められたものを次第に見やり始めた。

 翔田作品は前にちょっとだけ読んだことのある評者だが、今年の新刊がAmazonのレビューで評判が良いようなので久々に手に取ってみる。
 しかし実際のところの内容は、極めてフツーの警察小説で、まあ水準作~佳作といったところ。
 最後に明かされる真相(タイトルの含意)も実にありふれたものだし、何より逮捕された倉田への尋問の場面がみっちり書かれていないのは、この作品の主題上、ヘンに思える(というよりそもそも、物語の軸として、何がなんでも警察側を××しようとする倉田の姿が十全に書き込まれていないと、この作品は成立しないのではないか?)。

 これは悪い意味で、被疑者の行動の心の謎に重きを置いた、一時間ものの刑事ドラマの筋立てを読まされたような印象。
 まあ、真犯人にトドメをさす決め手となる、ヒラリー・ウォー風の物的証拠だけはちょっと良かったかも(それも良くも悪くも昭和ミステリという感じだが)。
 あと、捜査陣の刑事連中のキャラクターは、そこそこの魅力はあった。

 最後に、平成31年~令和1年の設定のストーリーのはずだが、海水浴場などの監視カメラがいまだに記録媒体としてビデオテープを用いているというのは違和感がある。実際にまだそんな所とかあるんですか?


No.735 7点 流れは、いつか海へと
ウォルター・モズリイ
(2020/01/19 15:00登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと黒人の中年私立探偵ジョー・キング・オリヴァーは、元NY市警の刑事。10年前に事件関係者の女性をレイプしたという冤罪を契機に、警察を追われた過去があった。ジョーの別れた妻モニカが引き取った現在17歳の実娘「A・D」ことエイジア=デニスは不遇の父をずっと支援し、今ではジョーの探偵事務所の助手を買って出ている。そんなある日、ジョーが受けた依頼。それは警官を射殺した罪状で死刑を宣告された黒人ジャーナリスト、A・フリー・マンの潔白を証明してほしいというものだった。依頼人の新人弁護士の娘ウィラ・ポートマンは、大物弁護士スチュアート・ブラウンの事務所に勤務。そのブラウンがもともとマンの弁護を引き受けていたが、なぜか彼は急に態度を一転。その役割を放棄したという。調査に乗りだすジョーだが、そんな彼の周囲では、10年前の彼自身の事件に関する新たな事実が続々と頭をもたげてくる。

 原書は2018年のホヤホヤの新作で、MWAの最優秀長編賞受賞作。
 評者は、大分前に出たモズリイの既訳作イージー(エゼキエル・ローリンズ)ものは未読だが、長らく日本で忘れられていた(放って置かれた)作家がふたたび本邦に凱旋上陸した格好である。それで興味が湧いて読んでみた。
 
 でまあ、実質一日ほどでいっきに読み終えての感想だが、本文がポケミスの標準二段組みで310頁ちょっと。そんなに厚くない紙幅ながら、その割に登場人物が多い、場面転換が激しい(例によって登場人物名のメモを取りながら読み進めたら、名前の出てくるキャラだけで100人前後になった! アンソニー・アボットもびっくり!!)。
 事件の構造も(ネタバレにならないように書きたいが)現在形の死刑囚を救う案件と主人公ジョーの過去の件が絶妙な距離感で絡み合い、かなり錯綜している。
 それでもその割に物語の流れの理解においてあまりストレスを感じないのは、小説作りがうまいからであろう。登場人物が多い分、本当に小説の厚みを見せるためにだけ瞬間的に登場し、そのまま退場するキャラも少なくないが、その使い方も総じて効果を上げている(ジョーが電車やバス内の車中で会う複数の人物たちとか)。
 
 物語の主題は、腐敗した警察官僚と政財界の悪徳、それに立ち向かう市井の中年探偵とその仲間という図式。もうありふれた王道の構図だが、決して清廉なキャラクターでない主人公(妻帯時の時から女遊びもひどかった)の造形がまず前提にあり、そんな彼がギリギリのところで譲れない倫理の箍(たが)を遵守しながら行動する。が、きれい事ばかりでは勝負のしようがないため、必要に応じて裏の手も使う、心根も通じた凶悪犯罪者の協力も仰ぐ……そして……と、全編にわたって「この世の条理は善でも悪でもない」観点が作品世界の隅々まで浸透している。
 読み終わった後にwebのどこかで「旧弊ながら現代的な作品」という主旨の評を見たような気もするが、正にそのとおりで、種族を越えた人権、法の正義、家族の絆、弱者に寛容な社会……などの理想と倫理を心のどこかに仰ぎながら、それだけじゃ現実のなかでやっていけず、やむなくダーティプレイに手を染める主人公、の図がかなり際だった作品。
 いやまあ、実のところそんな文芸そのものは半世紀も一世紀も前からあるんだけれど、そういう清濁の融合への踏み込み方がすごく自然な分、ああ、21世紀の作品だなあという思いをひとしお感じさせてくれる一冊だった。
 絶対に勝てない社会の歪みに対してあがく主人公の姿は、どっかシドニー・ルメットの映画『セルピコ』あたりを想起させたりもする。

 ただし(すごい力作だし丁寧な作りの作品だとは思うんだけれど)、「傑作」と言う言葉でまとめて片づけたくはない長編。「優秀作」なら許せるような感触もある。そういった気分がどこら辺に由来するか、自分でもまだ消化しきれてないところもあるんだけれど。
 評点は8点でもいいかなあ……。そのうち気が向いたら、修正するかもしれない。


No.734 6点 サーカス・クイーンの死
アンソニー・アボット
(2020/01/15 05:31登録)
(ネタバレなし)
 先に読んだ『世紀の犯罪』同様に、動きの多い警察小説寄りの一流半のフーダニット。今回は、途中から明かされる<奇妙な凶器>の趣向も物語を盛り立てて、さらに面白かった。
 サーカス団の一角を占めるアフリカ人・ウバンギ族の連中のいかにも未開民族的な言動は、探偵役のコルトたちの捜査活動にまでじわじわと食い込んできて、その辺の異様な感覚が実に楽しかった。そんな文芸を受けた終盤のオチも決まっている。
 しかしこの<近代文明の大都会の一角にあまりにも場違いな未開人種のコミューンが成立し、その周囲で殺人事件が起きる>って、たぶんディッキンスンの『ガラス箱の蟻』の大設定の先駆だよね? 本書の解説でも特に触れられていませんが。
(と言いつつ、評者もまだ『ガラス箱の蟻』を読んでない~汗~。いつかそっちの現物を読んで、実際の異同のほどはこの目で確かめよう。)

 あと先駆といえば、事件の解決をわがままな理由でややこしくしたあの人だけど、こういうタイプのキャラって、のちのちに書かれた無数のミステリの中にタマに出てくるような。もしかするとこの作品は<その手の劇中人物>が登場するミステリの中で、結構先駆の一冊かもしれん? 
(まあ、これもしっかり検証したわけではないから、うかつな事は言えないのだが。)
 
 主要登場人物がそんなに多くはない(ただし名前だけ出るモブキャラは呆れるほど多い)こともあって、犯人の意外性は今ひとつだったけど、十分楽しく読めた佳作~秀作。アボットはこれからも良いペースで発掘紹介していってほしい。
 ただし本書巻末の横井司氏の解説は、今回はちょっと悪い意味で深読みしすぎ。ラストのアレは、そういう解釈とはまったく別ものの、ただの小説的な余韻を狙ってるものだと思うのですが?


No.733 6点 ひとんち 澤村伊智短編集
澤村伊智
(2020/01/13 20:41登録)
(ネタバレなし)
 ノンシリーズのホラー短編集。8本収録。就寝前に読んでひと晩経つとあまり記憶に残ってないものもひとつふたつあるが、おおむねの作品は、なかなかコワイ。
 以下、印象的な作品の短評。

『夢の行き先』
 学校怪談ものだが、どことなく民話風な展開。そこそこに怖いオチに行き着くのが、かえって作品の印象を深めている。

『闇の花園』
 ……作者は、こういうものを一度は書いてみたかったんですね、という感じ。ちょっと微笑ましいような気もする。

『宮本くんの手』
 スーパーナチュラル性よりも、人の心の闇の怖さの方が残る一編。結構キツイ。

『シュマシラ』
 webの感想では本書中の人気上位作のようだが、初読でピンとこなかったので二回読んでなんとなく魅力がわかった。水木しげるの昭和30~40年代の怪奇短編のような話。

『死神』
 直球・剛球の怪談。問答無用にじわじわ来る怖さ。

『じぶんち』
 50年代「異色作家短篇集」の(中略)ホラー編+奇妙な味、のような内容。これも地味にゾクゾク来る。ちょっと星新一っぽい。
 
 ちなみに『シュマシラ』が「比嘉姉妹シリーズ」の世界観とリンクしている? というAmazonのレビューがあって、「え?」と思ったけど、それって、237頁のあの名前のことか? この作品世界にもアレは存在する、という解釈も可能なような気もするけれど。


No.732 7点 不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件
手代木正太郎
(2020/01/13 17:39登録)
(ネタバレなし)
 吸血鬼やグール、そして魂なき動く死体「コープス」などの不死人(アンデッド)が跋扈する異世界。「俺」こと「不死狩り人(アンデッドハンター)」の巨漢クライヴ・アランデルは、「アンデッド検屍人」を自称する妖しい美少女ロザリア・バーネットとともに、吸血鬼の血族の居城と噂される古城「骸骨城」へと赴く。そこは200年前に不老不死を追求した当時の当主デズモンド伯爵の怪談が残り、そしてその妻エヴァ夫人の幽霊が今も徘徊すると評判だった。「骸骨城」の現当主にして城主エインズワース家三兄弟の長男、そして超美青年のセシルは、先日他界した母カリーナの遺志によって三人の花嫁候補と対面し、その中の誰かと婚姻を結ぶことになっていた。しかしそこに、さらに新たな花嫁候補が登場。だがくだんの四人の花嫁候補が怪異な状況の中で次々と絶命し、そしてそのそれぞれが……。

 異世界を舞台にしたフーダニットの謎解きパズラー。これも最近の一部のTwitterで話題になっているようなので、読んでみた。
 古城の舞台装置を活かした殺人トリックはちょっと興味深く、殺人手段のいくつかには、それぞれカーの複数の長編をなんとなく想起するようなギミックまで導入されている。
 とはいえ異世界パズラーとしての本作のキモは、この世界観と登場人物の設定ならではのクレイジーな動機。一番近い感覚でいえば、白井智之の諸作に登場する、犯行に至るまでのぶっとんだロジックの道筋あたりか。
 あと読み終わったミステリファンの大半は、真相を認めてそこで改めて、新本格派の某有名作品を思い出すだろうけど、そちらとは似た器と具材ながら、本作ならではの謎解きミステリのオリジナリティーを確保しているのは間違いない(特にその前述の、動機に至る思考の組立てにおいて)。
 作品の後半、ある種のキーアイテムとなる物品の逆転図もうまい。
 
 特殊な世界観を活かして、もう何冊かは良い意味でイカれたパズラーを読ませてもらえそうな気もするので、続刊も楽しみにしていきたいシリーズ。

【誤記・誤植】
135頁3行目
エヴァ夫人(誤)
エイダ夫人(正)
……再版か文庫化の際に直しておいて下さい。


No.731 7点 おしゃべり時計の秘密
フランク・グルーバー
(2020/01/12 14:12登録)
(ネタバレなし)
 『フランス鍵』『はらぺこ犬』に続いて本シリーズを読むのは三冊目。
 正直『フランス鍵』は大して楽しめなかったんだけれど、『はらぺこ犬』と本作は、これこそ自分が求める往年の海外ミステリ! という感じで涙が出るほど面白かった。
 ギャグコメディの愉しさ、登場人物の魅力、印象的で刺激的なシーンの配列、手数が多い一方で煩雑ではない謎の提示、サスペンスとちょっとしたペーソス、終盤の盛り上がりとラストの意外性……と、これだけ、一冊にあまねく盛り込んだ作者の職人芸的な腕前を感じる。

 ちなみに真犯人は意外であったが、ジョニーが疑問を持ったとする先行する場面での情報。そこはちゃんとさりげなく、読者の方にも手がかり&伏線として書いておいて欲しかったね。
(あれ? と思って読み直したけど、その該当の情報は前もって書かれておらず、犯人を暴いたのちに、ジョニーの口からいきなり出てきた。)
 まあ、そのさりげなく、が難しい(しっかり書くと、読者に、あー、ここが伏線だなと見え見えになってしまう)から、あえてオミットしたのかもしれないけれど。それでもその辺は古今東西のミステリ作家がみんな苦労しているところのハズだから、手を抜かないでほしい。そこだけ残念というか不満で一点減点。
 

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