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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.897 8点 死の会議録
パトリシア・モイーズ
(2020/07/07 04:11登録)
(ネタバレなし)
 ジュネーブで、西洋主要国の警察組織の代表による、国際麻薬犯罪対策会議が開催される。ヘンリ・ティベット警部はスコットランドヤードの代表として会議に列席。愛妻エミーもこの出張に同伴する。ティベットを議長に据えて、イタリア・スペイン・フランス・アメリカ・ドイツ各国の実力派捜査官との会議が進行するが、そのさなか、この会議の参加者のなかに国際麻薬シンジケートに情報を流しているスパイがいるらしい、という知らせが飛び込んでくる。予期せぬ事態に緊張が走るなか、ティベット夫妻とも親しい、会議のとある関係者が殺害された。状況から、被害者はくだんの犯罪組織のスパイに関する情報を何か携えており、それを開陳する前に口封じされた? との見方が強まる。しかもその殺人容疑の疑惑度の高い人物とは、種々の状況から見て他ならぬティベット警部だった! 地元警察から、犯罪組織のスパイかつ殺人者ではないか? との疑念を向けられながら、ティベットは真犯人をあげて身の潔白を晴らそうとするが。

 1962年の英国作品。ヘンリ・ティベット警部シリーズ第三作。

<シリーズ名探偵、当人が殺人事件の被疑者にされて大ピンチ!>という王道パターンは、私立探偵ものや広義のハードボイルド作品(グルーバーのジョニー&サムものとか)なら結構あるはずだが、正統派パズラー系ではこれ、というのが、意外にぱっと思い浮かばない(たぶん、評者がド忘れしてるだけだろうが~汗~)。
 わかりやすいところでは、獄門島で清水さんに怪しまれて留置場に入れられる耕助あたりか(あれは単に不審者として捕まったんだっけ?)。

 ということで、これはガチで、主人公探偵の一大クライシス。
 今回のティベットは、地元スイス警察のコリエ警部(なんとなく、ベルギーで現職警察官だった時期のポアロを想起させるキャラクター)から「つきつめるとあなたしか犯人はいないんです」「とはいえ心情的にはあなたを捕まえたくないので、二日間の猶予のうちに自分で身の潔白を晴らしてください」とかとんでもない物言いをされ、同格の各国の捜査官たち(の一部)からも疑いの目で見られる。ガクガクブルブル(……)。
 いやこちらは、このあともまだまだシリーズが継続することはわかっているし、そういうメタ的な視点からもティベットが犯人ということは120%ありえない(?)と確信しているのだけれど、しかしそんな安心も油断も許さない、という感じで、さらにこともあろうか、クロフツのフレンチ夫妻、シムノンのメグレ夫妻なみのおしどり夫婦だと思っていたティベット夫妻にも思わぬ愛情の亀裂の危機が襲い来る!(この辺の事情はここではナイショだが)

・関係者の証言を信じるかぎり成立してしまう広義の不可能犯罪(殺人ができる機会があったのは主人公探偵のみ!?)
・その状況を起点にスパイと殺人者の二重嫌疑をかけられる主人公探偵
・さらにはそんな主人公探偵夫妻に迫る愛の絆の危機!
 ……と、いやー実に盛りだくさんの趣向の作品で、本当に堪能した。

 薄皮を剥ぐように進行する捜査の流れも、それに連れて様相を変えていく事件の輪郭も、そして終盤のマメに伏線を拾いまくる謎解きもどれも読み応え十分(まあメイントリックだけは、ああ、アレをやっているな、と割と早めに見当がついたけれど)。
 フーダニットとホワイダニットの興味を核に、終盤の事件全体の決着の仕方もサービス満点。
 一部、登場人物の思考で、ここはこうした方が自然だったんじゃないかな、と思える箇所はあるが、まあその辺は例によって「そのキャラがとにもかくにもそうしたのもまちがってない」というロジックで納得はできる。
 
 評者はモイーズは『ア・ラ・モード』『第三の犬』『サイモン』ぐらいしかまだ読んでいないから、あまり大きなことは言えないんだけれど、少なくとも現状では間違いなく、この作品が一番面白かった。
 この作者の未読の作品をこれから少しずつ消化していくのが、とても楽しみである。
(考えてみれば、長編作品を全部、同一のシリーズもののみで一貫させたモイーズって、地味にスゴイ作家かもしれんな。)


No.896 5点 装飾庭園殺人事件
ジェフ・ニコルスン
(2020/07/06 04:45登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと、ロンドンにある「ハンコック・ホテル」の警備責任者ジョン・ファンサムは、美貌の女性リビー・ウィズデンから一週間の契約で、調査の仕事を受ける。リビーの願いとは、彼女の夫で有名なタレント造園家リチャードが少し前にこのホテルで死んだ、自殺とみなされているが疑いがあるので生前の関係者を調べてほしいというのだ。もともとファンサムはホテルの警備係として、この件にも関わっていた。だがリビーはファンサムのみならず、あちこちの男女に夫の死についてのさまざまな調査を依頼。共稼ぎで当人も食通の人気コラムニストとして活躍しているリビーには、多くの人間を動かすだけの資産があった。リビーの友人である女医モーリン・テンプルや、リチャードの愛人アンジェリカを初めとする少なくない数の男女がこの件に巻き込まれるが、やがて事態は思わぬ方向に。

 1989年の英国作品。本サイトでのkanamoriさんのお怒りのレビューと極端な評点がかなり破壊力があったので、気になって「そんなにヒドいのですか。どれどれ……」と、古書を通販で購入して読んでみた(そうしたら帯付き、さらにスリップまで残っている、デッドストック級の極美本が届いた)。

 章が変わるごとに(あるいは同じ章の中でも)話し手(一人称)が交代。最初の話者「おれ」=ファンサム以外にもモーリンやアンジェリカを皮切りに、最終的に本文のなかに10人近くの「わたし」「あたし」が並ぶことになる。
 物語の大きなモチーフのひとつは、題名の通りに人工的に組み上げられた造園(庭園)だが、それにシンボライズされるように、正にこれは読み手を迷宮のごとき造園の場に誘い込んで鼻面を引き回すミステリ。そのくせ作品のスタイルとして、トリッキィなフーダニット、あるいはホワットダニットのパズラーっぽい雰囲気もあるから、いろんな意味で目くらましされてしまう。

 前述のとおりに視点がコロコロ変わるからその意味ではちょっと煩わしいが、お話そのものは章単位では別段ややこしいことはなく、総じて平明。なんでここでこのキャラの挿話が語られるかな? といった配列上の疑問が生じることはあるが、難解とか読者置いてきぼり、といったことはたぶんほとんど無いと思う。ただしセックスというか性愛に関しての物言いと諧謔はかなり多いので、これから読む気のある人は、その点だけは前もって了解の上で。

 でまあラストのオチですが、ああ……という感じのぶっとんだ説明で決着。まあ改めてまともなパズラーじゃ絶対にないよね。トリッキィな作品ではありますが。
 とはいえ(Amazonのレビューで同じことを言っている人もいますが)、語られた真相もどこまで本当なのか眉唾もので、その辺のどっか煙に巻かれた気分のまま本を閉じるのがこの作品の正しい読み方ではないかと(笑)。まあたまにはこういうのもあっていいんじゃないんですか、という感想です。

 なお長々と文字数を費やして、この作品の観念的な部分にご大層な解釈を設けた巻末の解説(訳者あとがき)には最大級の努力賞を進呈したい。


No.895 6点 ミスター・マジェスティック
エルモア・レナード
(2020/07/05 05:48登録)
(ネタバレなし)
 メキシコ国境近隣のテキサス州の一角で、中規模のメロン農場を営む中年男、ヴィンセント(ヴィンス)・マジェスティック。彼は収穫期のために短期の労働力を募るが、そんな状況につけこんだワルの人材斡旋屋ボピー・コパスが押し売りのごとく、質の悪い労働者を多数雇うように要請してくる。固辞したマジェスティックだが、コパスは難癖をつけてマジェスティックに傷害の罪を負わせてしまった。マジェスティックは逮捕されるが、彼の片腕で農場の作業頭ラリー・メンドーサ、そして気の良いメキシコ人娘の流れ労働者ナンシー・チャヴィスたちが留守中の農場を守る。しかし大量のメロンの収穫を指揮するためにマジェスティックは一刻も早く留置場から帰宅する必要があった。そんなマジェスティックが拘留された留置場には、暗黒街でその名を響かせた大物殺し屋フランク・レンダがたまたま捕まっており、事態は思わぬ方向に動き始める。

 1974年のアメリカ作品。
 評者は、80年代後半からの本邦でのレナード人気の波にはまったく無縁だったので(汗)、これが初めて読む著者の作品。
 初期の作品らしく、裏表紙でも訳者あとがきでも、のちの作家性が成熟した時期のレナードの諸作とは相応に作風が違うようなことを書いてあるが、そういうわけだから評者にはその辺の比較はまだできない。
 
 単品としての本作の大筋はおおざっぱに言って、<地味に暮らしていたのに思わぬトラブルが降りかかってきて、それまで眠っていた主人公の野性と闘志が目覚める(正確には、内側に潜んでいたそれらが表に表れる)>パターン。
 敷居が低い言い方をすれば『野性の証明』をふくむ往年の高倉健の映画みたいな作劇だが、それでも主人公の心には最後まで一片の理性(必要な戦いはするが、可能なかぎり暴力沙汰は避けたい)があり続けるのには、ちょっとほっとする。
 そういう意味で物語の大綱はシンプルだが、ストーリーの組み上げはけっこう小技が利いており、ある意味では中盤以降の主人公のピンチはマジェスティック自身が呼び寄せた一面もあるのがなかなか面白い(その辺について、ここでは詳しくは書かないが)。
 そもそも本作は、もともとチャールズ・ブロンソン主演の映画『マジェスティック』(1974年)のためにレナードが書いたシナリオを、その直後(同時?)に本人自身がメディアミックスとして小説化した長編というから(ジャプリゾの『さらば友よ』みたいなもんだね)場面場面の視覚的な見せ場や小規模な山場の連続ぶりなど、いかにもソレっぽい。メインヒロインであるナンシーの、直球で剛球のいい女っぷりも(こんな偏差値の高すぎる娘、まず現実にいねえよと思わせるくらいに)ステキ(笑)。

 もちろんこれ一作でレナードらしさの片鱗に触れたなどというおこがましいことを言う気などは毛頭ないが、まずは一晩フツーに楽しませてもらった。評点はあと0.5点くらいつけてもいいんだけれど、たぶんこれからもっとこの作者のより良い作品に出会うと思うので。
 さて、次はレナードのどの作品を手にとりましょうか?


No.894 5点 「期待」と名づける
樹下太郎
(2020/07/04 04:49登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月3日。中堅企業「所山計測器」の業務部長で36歳の浜田宗仁(むねひと)と、その部下だった24歳の美女・雪本絢子(まりこ)の挙式が行われる。先妻と死別した浜田は年の離れた新妻と再婚し、幸福そうに見えた。だが二人が新婚旅行に向かった熱海の宿で、浜田は宿泊したホテルから転落して死亡。新妻の絢子はわずか半日で未亡人となった。絢子は夫の死後も姑である55歳の未亡人さよの後見を受け、多大な資産を誇る浜田家で若奥様として暮らす。そして一年が経ち、さよは絢子に、自分の甥で新興出版社の社長である青年・片岡文彦との交際を勧めた。文彦を憎からず思い始める絢子だが、そんな彼女の周囲に「木田竜三」と名乗る一人の男が出没し始める。

 作者・樹下太郎の第五長編。1961年に桃源社から書き下ろし刊行。

 樹下の長編作品はたしか初めてのはずの評者だが、今回は「別冊・幻影城」の樹下太郎編で読了。

 先行する本サイトのカテゴリー分類が「サスペンス」だったので、フーダニットの昭和風俗パズラーというよりそっちの傾向かなと予期したが、まんまその通りだった。
 雰囲気はズバリ、和製ウールリッチというか、本作の十数年後に登場してくる日下圭介の初期作品などに近い。
(悲劇の未亡人にして婚姻後のシンデレラとなった絢子が、姑のさよと二人だけの大邸宅内で、少女時代からの憧れだったピアノを思い切り弾く描写など、いかにも醤油味のアイリッシュという感じ。)
 
 なお、くだんの「別冊・幻影城」巻末に併録された評論家各氏ほかの論評(当時の新鋭だった栗本薫や筑波孔一郎などのエッセイもふくむ)をざっと読むと、樹下作品のひとつの持ち味は多視点の自在な切り替えによる映画的なカットバックだそうだが、本作でもズバリその手法を活用。
 主人公でメインヒロインである絢子と並行して、彼女の元同僚の男女の人生の交錯図、さらには夜の女でいささか頭の弱い(少女時代に頭に怪我を負ったため)若い娘・桐里かすみとそのヒモみたいな情人・坂田友八郎の挿話が語られる。特に後者の二人は、メインの絢子とどういう関係性でからんでくるのか、なかなか判然としない? 
 そんな複数のストーリーラインの中にトリッキィな仕掛けが用意されているが、これはたぶん先読みはそんなに難しくない。しかしその先読みのもとに読者が読み進んでいくと妙な違和感が生じるはずだが、そこからまた器用に結末に向けてストーリーを束ねてゆく作者の手際こそ、本作の大きな賞味要素のひとつだと思える。

 最後のクロージングはそういうまとめ方か!? とちょっと虚を突かれたが、独特の余韻があるのはまちがいない。ただし作中のリアリティを考えるなら、何カ所か登場人物の思惟などに疑問が生じる部分がなくもない。まあその辺は、もしかしたら読者によって受け止め方に差があるかも。
 
 トータルとしてはやろうとしたことはわかるんだけれど、いまひとつミステリとしての面白さにつながらず、昭和の人間ドラマとしてはもうひとつ奥深いところで心に響かない。評点はまあこんなもので。決して悪い作品ではないけれどね。


No.893 6点 プレード街の殺人
ジョン・ロード
(2020/07/03 04:33登録)
(ネタバレなし~途中まで~本レビューは後半ちょっと変則的になります。)

 大昔に購入したポケミス(奥付は「昭和31年11月30日 印刷発行」)で読了。
 あらすじは、先にkanamoriさんが書かれたレビューの冒頭のものがとても明快なので、今回は評者はパス。
 森下雨村の翻訳は古い言葉が続出ながら、ブッシュの『100%アリバイ』同様、存外にテンポがよくて読みやすい。さすが「新青年」&博文館の大ボス。

 犯人の正体は早々にバレバレで、21世紀にこれを読んで素でダマされる読者はまず絶対にいないと思うが、kanamoriさんがおっしゃっている通り、終盤に「怪人対名探偵」ティストが浮上してきて、妙なオモシロさになる。フィリップ・マクドナルドの『ゲスリン最後の事件』とかに近い敷居の低い面白さで、これはこれで楽しめた。





【以下・いささかネタバレ。そして……】

 本サイトでは先行の方のレビューの批判をしないというのがルールで、もちろん当方・評者もそれを遵守したいのだが、今回に関しては、決して批判ではないつもりで、先の◇・・さんのレビューに疑問を感じた。
 そこで今回、評者は以下の文で、あくまで客観的な事実をもとに、冷静な(決して批判ではない)お話をさせていただけると誠に幸いに思います。

 まず、◇・・さんはレビューのなかで

・この作品はミッシングリンクの傑作ではない
(そもそもミッシングリンクテーマのミステリとして成立していない)
・なぜならば「冒頭に裁判の場面があって、本章にはいると、
 それに出席した人が一人ずつ殺されていく。」
 ゆえに(被害者の関係性は)最初からわかっている

という主意のことを書かれている。

 実のところ、評者はこのご意見になんとなく違和感を覚えたので、メモをとりながら今回、ポケミス版を読んでみると

・物語の序盤、最初の被害者である青果商ジェームズ・トーヴィが殺されるまで、またはそれ以降も、裁判シーンはストーリーの中にまったく登場しない。
(過去のある刑事事件と、その判決が話題になるシーンは前半にある。)

・その上で連続殺人事件が進行し、ポケミス版のP66で、いったいなぜこれらの被害者は(殺人予告カードを送ってくるおそらくは同一犯によって)次々と殺されるのか? と、作中人物から疑問が投げかけられる(つまり、このタイミングで、ミッシングリンクテーマという本作の謎の主題が、読者に提示されている)。

・さらにポケミス版のP120で、中盤から登場した名探偵プリーストレイ博士によって、真相に繋がるある伏線が張られる。

・そして実際に被害者の関係性(ミッシングリンクの真相)が明かされるのは、本文全220ページ(ポケミス版)のうち、ストーリー全体の75%も進んだ166ページめで、このあとは真犯人と犯行の細部の解明、探偵と犯人との対決などのまとめの山場シーンとエピローグに費やされる。

……ということで、これでは十分に、ミッシングリンクテーマの謎解きミステリとして成立しているのではないだろうか? 少なくともポケミス版を読むかぎり。

 誠に恐縮ながら、◇・・さんにつきましては、改めまして、ご記憶、読書記録など、そして何よりの作品現物の再確認を、(決して批判ではなく)どうかお願いの次第(平伏!)。

 なにせ、ことが「ネタバレ」なので、万が一ご勘違いで作品の大ネタをバラしていたら(誠にもって恐縮ながら、現状の◇・・さんのレビューは、事前警告なしの盛大なネタバレになっていると思えます・汗)、本サイトの参加者、さらにはこのサイトにこの作品のレビューを見に来る、これから本作を読むミステリファンにとって、あまり望ましいこととは思えないので(……汗)。

 もちろん昭和26年刊行の「雄鶏みすてりーず」版、もしくは原書などに◇・・さんのおっしゃる冒頭の裁判のシーンなどがもしちゃんと存在して、◇・・さんがそちらをもとにレビュー内のご意見をされたというのなら、まったく話は変わってくるのですけれど(大汗)。

 重ねて誠に恐縮ながら、ご記憶、作品そのものの再確認を今一度願えますと幸甚に存じます。

【2020年7月7日追記】
 この件につきまして、本サイトの掲示板内の7月6日の「おっさん」様の御指摘で、事情が判明しました。翌7日の当方(人並由真)のレスとあわせてご参照ねがえますと幸いです。


No.892 6点 海のオベリスト
C・デイリー・キング
(2020/07/02 15:10登録)
(ネタバレなし)
 北大西洋を横断する豪華客船「メガノート号」。その夜、船上では乗客たちによるオークション大会が開催されていたが、いきなり照明が停電。闇のなか、銃声が響いてアメリカ有数の大富豪ヴィクター・ティモシー・スミスの命が奪われた。船長ホリス・マンフィールド指揮のもと、客船の保安係や船医たちは殺人事件を捜査して犯人を捜すが、やがて死体の意外な事実が判明した。それと前後して、船に乗り合わせていた四人の心理学者グループは持てる学識を、事件解決と犯人逮捕のために役立てようとするが。

 1932年のアメリカ作品。
 当初は、比較的単純な射殺事件と思われたものの、新事実が明らかになっていくにつれて少しずつ犯罪の様相が変わっていく作劇はフツーに面白い。
 さらに本作のキモといえる複数のプロの心理学者(精神分析学者)による事件の介入。その各人の実働ぶりは、21世紀の今なら素人目にも相応にトンデモではあるのだが、当時は一種の専門科学分野からのミステリジャンルへの独特の? アプローチではあったのだろう。
 我が国の島田一男が1970年代から量産した「科学捜査官」ものとその派生シリーズ、(評者はまだ手つかずだけど)もしかしたらその辺りに近い興趣を狙ったもののようにも、評者は勝手に想像したりする。

 嘘発見器やら単語からの連想ゲームやらを活用した4人の学者のトンデモっぽい探求はそれなりに読んでいて楽しいが、当たり前ながら彼らのウンチクや見識が語られる物語中盤の時点で事件が解決するわけはない。だからこれらの学識にもとづく捜査はみんなおおむねファールに終わるんだな、でもそのなかで何らかの真相に繋がる伏線や手がかりは散りばめられるんだろうな? と予期しながら読み進めるが、はたして……(中略)。
(ただしある学者の見識・仮説にもとづいて、客船単位でとある大作戦を行うあたりの豪快さは、かなり笑えた。)

 その辺にからんで、本書のもうひとつの売りである巻末の手がかり索引の方が、今ひとつ効果が上がらなかったのは残念。個人的には(大昔に読んだ記憶ながら)同じ趣向ならクロフツの『ホッグズ・バック』の方がずっと良い仕上がりだったようにも思える。

 総括すれば、得点(楽しみどころ)はそれなりに多い作品ながら、足をひっぱる部分も目についてプラスマイナスでこの評点。nukkamさんがおっしゃった人物描写の不自然さは同感だが、物語の後半で、ある登場人物の名前がずっと伏せられている? のにも違和感。狙いがよくわからない。こちらでどこかで何か読み落としたか? 一応は該当部分は二度読みしたけれど。

 ちなみにこれは作者の処女作だったみたい。評者はすでにC・D・キング作品は何冊か先に読んでいたのだが、ある面でそれで良かったというか、その状況ならではの一種のサプライズを味わえた。まあファンの人は何を言っているか、分かってくれるでしょう。
(たぶんこの書き方なら、ネタバレにはなってないと思う。)


No.891 6点 殺人鬼
綾辻行人
(2020/07/01 20:51登録)
(ネタバレなし)
 蔵書の中に眠っていた元版のハードカバーの初版を引っ張り出してきて、読了。後ろの遊び紙に定価の半額の価格の鉛筆書きがしてあるので、新刊刊行後少ししてからどっかの古書店で買った本だと思う。
 購入当時は買ったはいいものの、コワそうなので敬遠していたが、今日はじめて読んだら、レトリックではなく本当に、惨殺スプラッターシーンで欠伸が出て軽い睡魔が襲ってきた(汗)。
 21世紀の広義のミステリ界には、これよりももっと生理的な恐怖とおぞましさ(それこそ人の心の病理にまで踏み込んだ)の観念のソースがかかった作品がいくらでもあるので、良くも悪くも紙芝居的な面白さ(コワさ)の域を超えるものではない。

 大仕掛けの方は、例によって自分なりの人名表を作りながら読んだので、当然ながら自然と違和感が芽生えて、その大枠に早々と気づく。
 ただまあ、こういう設定が作中のリアルにあるのなら、登場人物たちのリアルタイムの会話のなかから、あまりにもご都合主義的にその核心の部分が欠損し、話題にあがらなすぎる。
 その意味で、やはりこれは純然たるバカミスと思って、享受すべき一編であろう。そしてそういったニュアンスのもとで<ある種の豪快さ>は感じたので、この評点。

 一方で初期のころから、とにかく読者が期待する「綾辻行人らしさ」に何とか応えようとしていた作者の生真面目さには、相応の感動は覚えた。
 新本格の旗手と世の中から見なされた己のステイタスを自覚して、常になんらかの形でトリッキィであろうとしていた作者は、やっぱりステキな方だとは思う。
 まあ作家デビュー40周年記念作品に、これまでの本分とまったく異質な?『孤独の島』(すみません。まだ未読なのでそのうち読みますが・汗)を出してしまうクイーンみたいなのも、必ずしも間違っているとも思わないけれどね。


No.890 5点 寝台車の殺人者
セバスチアン・ジャプリゾ
(2020/07/01 05:52登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月の土曜日。マルセーユ発パリ行きの寝台列車のコンパートメントの中から、まだ若い女性の殺害死体が発見される。死体の素性は、化粧品会社の営業部長で30歳のジョルジェット・トーマと判明した。パリ警視庁のグラジアーノ(グラジ)警部を筆頭とする捜査陣が被害者の身元を探り、同じ車内に乗り合わせた乗客たちを捜索する。一方で、新聞記事から殺人事件を知った、当日にジョルジェットと同じ車室にいた38歳の台所用品製作会社の社員ルネ・カプールは、証人として自ら警視庁に連絡。だがそれと前後して。ジョルジェットと同じ車室にいた乗客たちは、何物かによって一人また一人と殺されていく。

 1962年のフランス作品。作者の初めての長編ミステリ。
 連続殺人事件にからむ(中略)ダニットの真相は豪快ではあるものの、いかんせん(中略)という弱点がある。個人的にはむしろもう一つのミステリ的なサプライズの(中略)という趣向の方が印象に残った(一瞬、え? この作品でそういう大技を!? と目が点になった)。
 ただしミステリ小説としての仕上げの面で、その衝撃の効果を存分に活かしているとはとてもいいにくく、最後のドンデン返しを盛り上げる演出のため、前半~中盤のうちにもう少しやっておく仕込みの余地はあったんじゃないか、と思う(まあ、あんまり丁寧に伏線を張ると、読者に見破られる危うさはあるんだけれど)。
 もしかしたら読みやすい新訳版でも出たら、だいぶ印象は変わるかな?

 ちなみに読後にTwitterで本書の感想を探ってみると、2013年10月頃の「週刊現代」の読書人向けのページで、連城三紀彦が「わが人生最高の10冊」を掲げて、その中の一冊にこれを選んでいたらしい(ミステリジャンルの中からは、この一冊だけ……だったのかな? Twitterの噂ではそのようにも読める)。
 なるほどやや生臭いそして切ないロマンスの交錯と、技巧派トリックのアンサンブルと書くと、たしかに連城作品に通じるものがあるかも。

 自分の現在の評点は、若書きゆえのファール感を見逃せず、ちょっと辛めに。
 つまんないとか、出来が悪いとかいうより、まだミステリ執筆のコツを学びきる前にこれを書いちゃったのが惜しい、そんな思いが強い一作です。


No.889 7点 罪人のおののき
ルース・レンデル
(2020/06/30 05:36登録)
(ネタバレなし)
 その年の9月初旬のロンドン近辺。文学に造詣の深い大富豪クェンティン(クェン)・ナイチーンゲールの屋敷「マイフリート館」から、ある夜、クェンティン夫人のエリザベスが近所の森に散歩に出た。だが翌朝、彼女は何回も頭部を殴打された惨殺死体となって発見される。レジナルド・ウェクスフォード主任警部は、相棒のマイケル・バーディン警部とともに事件の捜査に当たるが。

 1970年の英国作品。ウェクスフォード主任警部ものの第五作。

 後半で注目される某アイテムについての推理など手堅い感じだが、つきつめていくと必ずしも仮説通りの状況になるとも限らないような……?
 ただしさすがはレンデル、例によって英国ミステリ系の60~70年代捜査小説としては、フツーに面白い。

 かたや、犯人が明らかになったあと、掲示される長々とした手記で事件の真相の多くが語られるのは良し悪しではあるが、それでもそこで晒される、当の告白者のみが実感しえたであろう心の動き。今風に悪く言うなら「めんどくさい」心理という部分もあるんだけれど、一方で、どうしようもない魂の呪縛にからめとられた人間のあがきぶりが、強烈な印象を残す。
 本作のキモはフーダニットとホワイダニットもさながら、最後に切々と語られるこの心情吐露の迫真さだよね。

 犯人のキャラクターもかぎりなく(中略)で、そこらへんもしばらく心に残りそう。

 佳作~秀作で、多分に後者寄り。


No.888 8点 ビッグ・ヒート
ウィリアム・P・マッギヴァーン
(2020/06/30 04:51登録)
(途中のアイコン以降、ストーリーの筋運びに際してややネタバレあり)

 1940年代後半~1950年代初頭のフィラデルフィア。地元の警察署で書記の業務に従事する中年刑事トム(トーマス・フランクリン)・ディアリーが、ある夜、自宅で動機も不明のピストル自殺を遂げる。同僚の34歳の警部補デイヴ・バニオンはディアリーが死に至った背景を探るが、故人の妻メリーからは特に有益な証言は得られない。だが一方で、ディアリーとかつて恋人(不倫)関係だったと自称する酒場の女ルーシイ・キャロウェイがバニオンに接触。ルーシイは気になる未確定の情報をバニオンに提供するが、その直後、何者かに拷問を受けて惨殺された。彼女の殺害がディアリーの自殺に関連すると見たバニオンは捜査を続行するが、バニオンの上司で暗黒街との交流も噂される刑事課長ウィルクスがこれ以上の捜査を継続しないように進言してきた。それでもひそかに捜査を続行するバニオンだが……。

1953年のアメリカ作品。
 うーん。先行してレビューを書かれたお二人が、ある程度まで物語のなかでの小規模なツイストというか、ストーリー面でのうまみについて触れているので、自分もそれに倣ってもいいかとも思った。
 しかし自分自身、この作品に関しては、ああ、こういう方向で来るのか、と軽く驚いた部分もあるので、一応、以下の部分は、前もってネタバレ告知した上での記述ということに。 
 


【以下、その意味において、ややネタバレ】


 物語の大枠は、地方警察や法曹界の一部とも癒着する暗黒街のワルどもに、正義漢の一匹狼刑事が闘いを挑む、直球のスモールタウンもの。
 主人公バニオンは敵の攻撃に晒されて絶大な犠牲を払うが、それでも闘いを止めない。孤軍奮闘、さぞバニオンは最後までいたぶられるんだろうなあ、とも予想するが、あにはからんや、本作の場合は、
・かつて署内で取り調べを受けたとき、バニオンが自分を公正に扱ってくれたことに恩義を感じている黒人青年
・いまは閑職に追われているが、古武士的な正義漢でバニオンを後見する老警視
・上からの圧力を警戒しながらも、その上役の目を盗んでこっそりと協力してくれる警察官としてのギリギリの矜持を守ろうとする同僚たち
・100%善人で、暗黒街の嫌がらせなんかものともしないバニオンの妹とその旦那
・さらにはそのバニオンの義弟の元戦友で、自警団として集合してくる腕に覚えのある市民たち
……etc ともう、主人公バニオンを応援してくれる「いい人たち」のオンパレードである(笑・汗・感涙・嬉)。

 特にサイコーなのは、物語の中盤、復讐や腕力ずくに走りかけるバニオンを諫めながらも、のちの山場の場面でバニオンの近親者がピンチになった際に、暗黒街の連中と戦う味方の一助になろうと自分から応援に出向いてきてくれるマスターソン神父(人名表では「牧師」とあるが、本文では神父)!
 こういう「おいしいもうけ役」キャラクターの運用で泣かせ&胸熱に盛り上げるあたり、やっぱりマッギヴァーン、本物のエンターテイナーだと実感! 

 まあ21世紀の新作だったら、こんなダイレクトなヒューマニズム、よほどの天然か、あるいは逆に最大級の胆力がなければ書けないんじゃないかという感じだけれど、こういうのをごく自然に物語の流れに乗せられたんだから、やっぱ1950年代って良かったんだよとも思う(いや、100%、過去肯定の旧作信者じゃ、決してないつもりだけど~笑~)。

 なんつーか「主人公がいいヤツだから、その分、味方もできるのだ」という、あまりにも直球の倫理ドラマを極上のエンターテインメントとして読ませてもらった思い。
 たとえるならボガート主演の映画『デッドラインU・S・A』の鑑賞直後に、西村寿行の「あの」初期長編をイッキ読みしたような気分である。
 さもなくば、旧作テレビシリーズ『逃亡者』で3週に2週は登場した、それぞれの状況で各自の葛藤の果て、理性と良心をまっすぐに見つめてリチャード・キンブルを逃がしてくれた数多くのメインゲストキャラたち。あの人達に出会ったときの思い出に通じる心地良さが全開。

 ただしこういう作品は「いい人がいっぱい出てくる泣けるヒューマンミステリがここにあります!」と叫んで他の人に紹介するのはなんか気ハズカシイよね(笑)。こういった作品は、ほかのミステリファンに向けてそっと縁を作って、実際に読んでみた人たちに心のどっかに自然に引っ掛かってもらうのが一番ベストだと思う。
 その意味でも、やっぱりこのレビューは途中から、ネタバレ警戒を謳っておいた方がいいだろうな?
 
 なお「そっちの方」のことばっかり長々と書いたけれど、全体的には曲のないプロットながら、それでもじっくりと読ませる作者の手腕は、もちろんステキ。
 最後の方の、バニオンと某メインキャラの行動の対比で見せる文芸もとてもいい。終盤のバニオンの決断には、父親として、娘ブリジットのことも考える責任もあった、という意味合いも込められていると思うし。


No.887 6点 和時計の館の殺人
芦辺拓
(2020/06/28 05:20登録)
(ネタバレなし)
 27年前のその夜。愛知県の中堅企業「天知興業」の社長で72歳の天知時平と、その長男で同社の社員でもある31歳の鐘一(しゅういち)。この2人がそれぞれ離れた場所で、この世を去った。そして現在、時平の次男で、父の相応の財産を受け継いだ当年53歳の圭次郎が、今また逝去した。青年弁護士で名探偵でもある森江春策は知人の同業者・九鬼麟一の代理として、とある特異な建物の中で、圭次郎の遺言を執行しようとする。だがそれは、彼がまたも遭遇した連続殺人事件の序章でもあった。

 う、う、う……。ミステリとしての手数の多さ、そして何より『犬神家の一族』オマージュで仕立てた作品全体の意匠。この作者なりの入魂の力作なのは十分に理解できるんだけれど、全編の叙述が淡白なのと、ひとつひとつはゆかしいハズの複数のネタが、互いにミステリとしての面白味を相殺しあっている感覚。そこら辺の弱点まで踏まえて、なんか非常に芦辺作品らしい一冊であった。

 海外の某・古典名作ミステリの有名なトリックを作者なりに因数分解して、新規のものにあつらえ直したような密室の真相にはなかなか創意を感じるし、『犬神家』リスペクトの「包帯男」ネタの料理の仕方にも謎解きミステリとしての意欲を認める。ただそれらの工夫の数々が一向に相乗しなくて、秀作・傑作パズラーにあるはずのダイナミズムに繋がってこない感じ。

 昔、存命中の仁木悦子が自作(『殺人配線図』だったか)を自分で外側から客観視して「ゾクゾク感の足りないミステリなんか、ワサビのきいてないスシのようなもの(大意)」と嘆息・自嘲するのを読んだような覚えがあるが、この作品もまんま、そういう感触なんだよね。
 
 これまでも芦辺作品を読んでいて、そこにあるポテンシャルは認める一方、なんでこうもノレないんだろ? と思うことがしばしあるんだけれど、今回は正にソレでした。
 クライマックスの森江の金田一ごっこも、これだけ作者のマジメで不器用な地の方ばかり目立つ作品の中でやると、単にイタいだけだったり(涙)。
 名探偵を敬遠する現職警官というステロタイプを逆手にとった、坪井警部のキャラクターなんかは新鮮で楽しかったけれど。

 面白いとは素直に言えない、よくできているという評価とも違う。ただし、力作なのはたぶん間違いないので、その辺を一顧してこの評点で。


No.886 8点 七人のおば
パット・マガー
(2020/06/27 05:12登録)
(ネタバレなし)
 評者は長編ミステリを読む際にはまず100%、私製の登場人物一覧表を作りながら読み進めていく。
 大抵の翻訳作品の場合は巻頭に既成の登場人物リストがあるので、まずそれをB5~A4の白紙に転記し、そこに各キャラの作中情報を補遺、さらに元のリストにない登場人物の名前と情報も適宜に足していく。大体このスタイルで読み進める。

 しかし本作の場合は、創元文庫版の巻頭に掲示された、あまりにも面倒くさそうな<七人のおばとその関係者の続柄図>を一目見てゲンナリ。ここからいつもの私製の人物一覧表を作らなければならないのか、と気が重くなった(……)。
 それで結局はこういう場合の対応として、その関係図そのものを拡大コピーし、周囲に白身を設けたそのコピーの余白を使って、各キャラの情報を書き足していった。これでなんとかなった。

 さてそうやって一応の可能な限りの準備を済ませて、ページをめくる。
 序盤の設定部分こそ実に簡素に済まされるが、本筋の回想によるストーリーが転がり始め、特に本作の最大級のトリックスターといえる六女ドリスが物語の表に出てくると、もうストーリーに弾みがついて止まらない。
 1940年代当時のアメリカ上流家庭、その上の中クラスの下世話な内紛を覗き込むモノクロ映画に接するような独特の味わいも加味され、やや厚めの物語をほぼ一息に読んでしまった。
 ちなみに、前述した、面倒くさげな、少なくない数の主要登場人物は適度にストーリー上に配置され、それぞれのキャラクターも相応に語られている。
 際立って魅力的な人物造形というのは特にいないのだが、話の進行につれて頭のなかに各キャラの明確なイメージが次第に組み上がっていく感覚は、結構、快感だ。

 それでもってミステリとしての最後のまとめかたは確かに破格といえるが、それはこういう趣向と流れの作品である以上、穏当なところであろう。
 主人公サリーとピーターが結論を出したあとで、小説叙述の視点を変えて2章くらい費やし、黄金期クイーン風の論証・検証を行ったら、それはそれで豪快ではあろうが、一歩間違えればシラけるだけとなる。
 少なくとも評者は、この端正で余韻のある、そして人間の愚かさと切なさ(さらにはある意味での、人間らしいバイタリティ)を語る真相に納得した。うん、名作の定評に相応しい。

 思えば大昔に古書店で当時の稀覯本だった『怖るべき娘達』版も購入したのだが、結局は創元文庫版の新訳が出るまで(出てからも)読まずに今まで放っておいた(汗)。現時点ではその『怖るべき』版も家の中のどっかに行ってしまってすぐ出てこない(汗×2)が、もしアレをウン十年前に購入してすぐ読んでいたら、どうなっていただろう? 
 とはいえこの作品は、オッサンになってから読んだ方が確実に楽しめそうな内容ではあるが。

 旧訳は延原謙の仕事だから多分けっこう良かっただろうとは思うが、創元版の大村美根子の新訳もとても読みやすかった。あまり意識していなかった翻訳家だけれど、改めて、うまい、と思った。238ページのテッシーとドリスのいがみ合いの場面なんか深町眞理子ばりの躍動感で、感銘ゆえの溜息が出た。
 本作の評価には、この翻訳の良さも大きく貢献しているでしょう。 

 ところで最初に、文中での重要なはずの固有名詞を書かずに、サリーに事件を伝える手紙を送ってきた元学友のヘレン。最後まであくまで枕詞みたいな役回りだったけれど、ある意味で彼女はオールタイムのミステリ史上、最高のH.I.B.K.的なキャラだよね? もし、もうちょっと、あと一手、きちんとやっていたら、この作品はありえなかった、という意味で(笑)。


No.885 7点 萩原重化学工業連続殺人事件
浦賀和宏
(2020/06/26 06:17登録)
(ネタバレなし)
 それでは浦賀先生追悼の意も込めて、メルカトルさんお勧めの本作を読了。
 なお評者は幻冬舎文庫の『HEAVEN』版で読みました。

 悪夢としか思えない<被害者が(中略)の謎>は、とてもマトモな解決でおわるはずがない。こりゃさぞやぶっとんだ真相になるだろうと思っていたので、はたしてそっちの方向の大ネタの登場で、驚くというよりは納得した。
 ちなみに本気で驚きたいのなら、文庫版の解説は読み終わるまで見ない方がいい。さらに誠にもって申し訳ないですが、メルカトルさんのレビューも途中のところがちょっとネタバレ(汗)。
 どうせフィクションだから<こういう方向で>何やってもいい……とは思う。そう了解するのなら、イカれた世界観そのもので、劇中で起きた事件のロジックを説得にかかるような作りは、結構好みではあった。

 ただしサブメイン的なもうひとつの大ネタの方は、さすがに途中で気がついちゃうよね。まあこれにしても、大枠は読者に気づかれちゃうだろうことを作者も予見し、真相がくっきりしたあとで、前もって伏線を張っておいた小技の方で得点を稼いでいる感じ。
 
 ただなんにしろ、やはりコレ単発で読むよりも、もうちょっと浦賀作品に慣れ親しんだ方が楽しめそうです。特に終盤に明らかになる、2つの固有名詞のあたり。これって他の浦賀作品サーガとのリンクなんですよね?
(その上で、メルカトルさんが本サイトの掲示板でおっしゃった、それでも読む順番には留意して、というアドバイスが意味を持つ訳ですが。)

 総体的には面白かった、というよりは、読んで良かった、楽しめたという感じの一冊。
 しかしこれが2009年の作品(講談社ノベルズの元版)か。この5年後にあの白井智之のデビューというのが、何気に新本格円熟期における時の推移という印象ですね。
 評点は0.5点くらいオマケ。


No.884 8点 女の顔を覆え
P・D・ジェイムズ
(2020/06/25 07:14登録)
(ネタバレなし)
 故・瀬戸川猛資の遺した「ジェイムズを読むなら一気にじっくり」の言葉(大意)を尊んで、二日に分けずに徹夜で完読。
 そして曙光のなかで迎えた結末の衝撃! な、なんと……!!

 いや、実はこの(中略)は途中で一度、もしかしたら……と、頭をよぎったものの、小説本筋のストーリーテリングのうまさと語り口の鮮やかさ、そして終盤に加速度的に事件の真相の輪郭を見せてくる際のサスペンスにたっぷり魅せられて、いつのまにか脳裏から薄れてしまっていた(笑・汗)。。
 一方で、作者が中途の描写で、意図的にある種のミスリードを狙ったフシもあるし、かなり計算された作品だとも思う。

 ポケミスの残り少なくなるページを左手で覆いながら(ぎりぎりのギリギリのギリギリまで、真犯人の名を見たくないぞ!)、ダルグリッシュの語る謎解きにハラハラワクワクする高揚感、自分が思ったこととの合致点、予想しながらも外れたポイントなどを噛みしめていく、あたかも作中の現場に立ち会っているかのような疑似臨場感。これこそが、正統派パズラー優秀作の山場ならではの醍醐味というものだ!

 処女作のジェイムズはまだ完全にクリスティーの影響下、またはその影の中にあるんだけれど、しかしながらこれはそんな時期だからこそ書けた傑作。
 先達の巨匠の良い部分を自然に、あるいは何気なく継承しながら、かたや、自分らしい小説的なうまみを模索。その絶妙なバランスが、本作を香気ある一級の英国パズラーに仕上げている。あー、素で面白かったな。

 先にちょろっと名前だけ出した作中人物を、あとの方で読者との共通認識前提でいきなり登場(再登場)させたりする、やや傲慢な文調でもあるけれど、その辺さえこなせれば、独特のテンポに乗れてそんなによみづらくはない。
 自分も、ジェイムズ、面白いけれどヘビーだからな~と二の足を踏んでいたが、これはよみやすい、歯ごたえがある、そしてミステリとして楽しめる! の三拍子作。
 まだまだジェイムズ、未読のものが残っているけど、まあたぶんこんな刹那的な煌めきを感じさせる作品には、もう二度と会えないかもしれませんね?


No.883 6点 人間の証明
森村誠一
(2020/06/24 03:58登録)
(ネタバレなし)
 傑作だとも優秀作だとも思わないが、とにかくグイグイ読ませる力場を具えた作品。その修辞が的確かどうかは疑問の余地もあるが、あえていうなら<文芸作品に見せかけた、第一級の通俗ミステリ>?

 先行する別作家の某作品に似ているという噂は耳タコだったのだが、それでも謎解きミステリというよりは、昭和のエンターテインメント小説として面白く読めた。
 むしろ知らないで読んでいたら、途中のどっかで気づいて「なんだこりゃ! (中略)とおんなじやんけ!?」と憤慨してそのまま終わった可能性もなくもないので、ある意味では<これはそういう作品なのだ>と当初から心得ながら通読して、却ってよかったかもしれない(笑)。
(なお上のパラグラフの「(中略)」の中に入るのは、ひとつの作品とは限らないのです。)

 幹となる物語の節々の手前に、小器用に事前エピソードを設け、そこから本筋に乗り入れていく作劇。そのこせこせした反復が、とても効果をあげている。
 一方で世界観というか人間関係の配置がいささか窮屈で、リアルならそこまで綺麗に関係性が成立しないよね? という思いも時に湧くが、同時に物語というかドラマとしてはこういう組み立て方でいいのだ、という説得力もある。だから文句を言うには当たらず、か。

 あとね、中盤からの小山田と新見の奇妙な連合軍は、なんつーか、ほんっとうに、この作者らしい<中年男たちの純情ロマン>。こういうものを直球で描ける森村誠一、やっぱりスゴイ! と実感した。

 最後に、棟居ものは初めて読むハズだけど、この路線って、先行する那須警部シリーズと同じ世界観だったんですな(というかこの時点では一種のスピンオフ?)。ちょっとビックリしました。


No.882 7点 女刑事の死
ロス・トーマス
(2020/06/23 05:00登録)
(ネタバレなし)
 モンタナやダコタから熱風が吹き付ける北アメリカのとある町。地元の殺人課二級刑事で28歳の女性フェリシティ・ディルが、愛車に仕掛けられた爆弾で殺される。その兄でワシントンの上院直下の査察組織「調査監視分科委員会」に所属する38歳のベンジャミン(ベン)・ディルは、早速、自分の故郷でもある現地に向かう。ここでディルの上司ジョセフ・ラミレスは便宜を図り、ディルの遠出を公用の形にした。故郷でディルは妹殺害事件の真相を探りながら、一方で命じられた職務として土地の同世代の青年ジェイク・スパイヴィに接触。実はスパイヴィはディルの竹馬の友だったが、かつてベトナムに武器を調達したCIA局員でもあり、しかも終戦後に余剰武器を各国に横流しした疑惑を持たれていた。二つの案件でことを進めるディルだが、そんな彼の周辺にさらにもうひとり、ベトナム疑獄事件の重要人物が出現。それは当時のスパイヴィの上官クライド・トマリン・ブラトルで、武器の横流しの共犯だった彼は主犯格のスパイヴィの情報を提供することと引き換えに、自分の罪科を軽減するよう願い出てきた。

 1984年のアメリカ作品。
 個人的にここのところ、翻訳作品は50~60年代作品ばかり、ほぼ続けて読んでたので、もうちょっと後の時代のものも……と、コレを蔵書の中から引っ張り出してくる。といってもこれも30年以上前の旧作だけどね(笑)。なお今回読んだ訳書は、最初のハードカバー(ハヤカワ・ノヴェルズ)版。大昔にどっかの古書店で200円で購入したヤツだ(笑)。

 本作はMWA賞の本賞といえる長編賞を受賞、さらにスティーヴン・キングとJ・D・マクドナルドがホメているということもあって期待したが、そういった展望を裏切らない秀作であった。
 主人公ディルが個人的に追う妹の死に至るまでの事情、そしてディルの幼なじみスパイヴィにからんだ疑獄事件の対応という公務、この双方がいずれ何らかの形で繋がるのか、あるいはその裏をかいて……というのは、当然、読む側の注目ポイント。もちろんその辺の詳細はここでは書かないが、物語上でのバランス感と関係性の双方で、非常にこなれた流れになっていくことだけは言ってもいいだろう。
 
 全体のストーリーの組み立て、登場人物の描き分け、場面場面の叙述、それぞれの側面がどれも結晶度が高く、言いかえるなら軽妙手前のハイテンポで物語が進む一方、随所のシーンにいくらでも小説的なうまみを感じるというか。
(たとえばディルが情報を求めて向かった現地の記者クラブ、そこで再会するクラブのオーナーや従業員たち、そして旧知の老記者の描写とか。)

 さらにミステリとしては終盤の矢継ぎ早の意外性や二転三転の展開などそれぞれ実に鮮烈で、一方で、ハードボイルドミステリとしてのメンタル的にもなかなかサビの効いたシーンが用意されているのもよろしい。
(この辺ももちろん詳しくは言わない。ただし<こういう場面>に触れてロス・トーマス作品をもっと読み込んでいる人は「待ってました!」と喝采を送るのか、それとも「またか……」と苦笑するのか、ちょっと気になるところだが。ちなみに個人的には(中略)。)

 でもって、ラストの幕引きも予期した以上に剛球でキメたな! という感触。評者がもっと素朴に純情にミステリ小説を読みふけっていたハイティーンの頃にはじめてこの場面に触れていたなら、かなり心に響いていたかもしれない。いや、オッサンになった今読んでも、けっしてキライじゃないけれどね、こーゆーの。それでもたぶん若い読み手の方が、何かを感じる小説のまとめ方だとは思う。

 全体的に破綻が少なく、まとまりのよい、得点も多い作品。MWA賞受賞は納得で、これまでに読んだトーマス作品3冊のなかでは最も完成度の高い秀作という感じ。フツーならそういう褒め方をすると、どっかで優等生的な作品にありがちなある種の物足りなさを感じたりするんだけれど、今回はそういう不満の念があんまり生じないのだから、やっぱりこれは素直にいい作品なのであろう。前の『冷戦交換ゲーム』のレビューで書いた「ロス・トーマスってどっか生島治郎っぽい」という想いは、さらにもう一段、強まった手応えもある。

 最後に、この話の舞台となる町や市単位の直接の地名は、劇中に登場しない(通りとか区画とかの名称はいくらでも出てくるけれど)。ただしモンタナやダコタから熱風が吹き付ける故郷の町、という主旨の記述があるので、その条件に合う場を地図で参照するとワイオミング州のどっかあたりということになる。なんらかの考えがあって作者は特に架空の地名を設定したりもせず、そんな書き方をしたみたいだけれど、これがちょっとだけ気になった。


No.881 7点 生きている痕跡
ハーバート・ブリーン
(2020/06/22 15:03登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月のある夜のマンハッタン。「ぼく」こと30代半ばの雑誌記者ウィリアム(ビル)・ディーコン(ディーク)は、少年時代の友人で若手作曲家であるアキリ(アーチー)・ロバート・シンクレア三世の突然の訪問を受ける。およそ20年ぶりの再会だったが、彼は世にも奇妙な話題を持ち出し、その調査を事情通のディーコンにひそかに依頼した。アーチーの語る話では、知人の歌謡作家ブリル・ブリルハートが、少し前に人知れず死亡した。死の状況は現状で言えないが自分が殺した訳ではない、だがそんな完全に死んだはずのブリルハートがその後も音楽界のあちこちに出没しているというのだった! 半信半疑ながら、一応は正気に思えるアーチーの請願を受けて調査に動き出すディーコン。だがそんな彼の周辺にも、くだんのブリルハートの気配が感じられる。ディーコンは知己の生態科学者に連絡をとり、生物の蘇生についての可能性までを確認するが……。

 1960年のアメリカ作品。現代(当時)のアメリカ市街の周辺で、死んだはずの人物が徘徊……というと、まんま先日読んだばかりのロースンの『棺のない死体』だが、こちらはもうちょっと亡霊? の行動? 範囲は広い?

 評者はブリーンは大昔に『ワイルダー一家の失踪』と『もう生きてはいまい』のみ既読。どちらもそれなりに楽しみ、特に前者はSRの会の例会で「設定が面白そうな割にヘボい」という下馬評を聞いていた反動からか、いや、なかなかいいんじゃないの、と思った記憶がある(できれば新訳版をどっかで出してもらい、その上でもう一度読み直したいところだ)。
 そういうわけであくまで大昔の印象との比較なんだけれど、読んだブリーン作品3冊のうちではこれが一番面白かった、出来がいいのでは、という感触。
 ここではあまり詳しくは言えないが「甦った死者の謎」の扱い(どういうタイミングで、どのように決着をつけるか)、さらにそれに続く(中略)という流れなど、都会派怪奇ミステリとしての起伏がかなり躍動的(このあたりでさらにまた別のアメリカ作品を思い出したが、そこはそっちのネタバレになりそうなので、くだんの作品の具体名はナイショ)。
 評者の好きな「残りページが加速的に少なくなっていくのに、これでどう真相を語るのか」の作劇パターンも終盤には導入され、その山場直前の妙に活劇っぽいシーンの鮮烈さもあわせて、最後まで楽しませてくれた一冊。
 不満は、前半で少し、作中人物のものの考えにツッコミの余地があることと、最後の方でこの作品での某メインキャラの存在が薄くなってしまうこと。後者の件は、小説家としてのブリーンの書き方かね? 個人的にはちょっと違和感。まあ総体的には十分面白かった。蘇生の可能性を識者に問うくだりなどでは、フィクション内の一例としての、1960年前後の怪しい科学文明観も覗いてなんか楽しい。

 なお本書の読後に「世界ミステリ作家事典・本格派篇」のブリーンの項目を紐解くと、ディーコンものの第二作(で最後の作品)『メリリーの痕跡』はさらにこれより出来がいい、ということ。楽しみにしよう。 


No.880 6点 多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー
アンソロジー(出版社編)
(2020/06/21 23:07登録)
(ネタバレなし)
 しばらく前に帯つきのかなり状態の良い古本(元版の方)を購入。先に家人に読ませていたが、そろそろその気になって自分も読もうと思ったら、ちょうどそのタイミングでメルカトルさんのレビューが投稿されて、ちょっとびっくり(!)。
 それでチビチビゆっくり少しずつ読んで、ようやっと完読したので、自分も感想をば。

・山本弘「多々良島ふたたび」
「怪獣無法地帯」の真相を、想像力と推理で解明!
(ここ↑まではAmazonなどでのハヤカワ文庫JA版の各編の内容紹介。以下同)
……直球で原典世界に向かいあい、『ウルトラQ』『初代マン』の劇中情報を自由に組み合わせて織りなした、トリッキィかつ正統派のパスティーシュ。ここで語られた情報の大半は、ひとつの並行世界の公式設定にしてもいいよね。これ一本で元は取れた。しかし文庫版の表紙はネタバレでは?(もしかしたら、単行本版の方では最後のオチが意味不明という読者が多かったのだろうか?)

・北野勇作「宇宙からの贈りものたち」
巨大生物の退治に挑む青年の想いは虚実を彷徨う……。
……正編世界の物語を放棄。自分のイマジネーションで組み立て直した『Q』ワールドだけれど、狙いをとりあえず了解した上でマアマア。

・小林泰三「マウンテンピーナッツ」
ウルトライブした女子高生は、苦悩する正義の化身となる。
……比較的、近作のテレビシリーズ『ウルトラマンギンガS』の外伝? という設定だそうだが、あえてそのくくりは不要だったかも(ちなみに評者は『ギンガ』二部作はちゃんと全部観ている)。良くも悪くも厨二的な発想の数々が、いかにもこの作者っぽい。

・三津田信三「影が来る」
江戸川由利子が出会う不可解な事件。偽の自分は現か幻か!?
……すみません。かなりダメでした。悪い意味で、三津田版「悪魔っ子」からビジョンが広がらない。

・藤崎慎吾「変身障害」
ウルトラセブンに変身できなくなった男の数奇な運命とは?
……『セブン』世界の某ゲストキャラにして、ある意味で作品世界の基幹の一端となるあのキャラの後日? 譚。それなりに愛せる作品。

・田中啓文「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」
決死の覚悟で怪獣の足型を採取する男たちの熱いドラマ。
……冗談オチはいいのだが、オリジナルのウルトラ怪獣に魅力がないのが残念。実はこのアンソロジーのなかで意外なほど、オリジナルのウルトラ怪獣(正編世界にいそうな)、または原典世界の怪獣の派生種とかはあんまり登場してないので、もっと大事にしてほしかった。

・酉島伝法「痕の祀り」
街に転がる巨大な死体を始末する特殊清掃業者たちの矜持。
……いかにも「ウルトラというエスエフ」を「SF」に組み換えてやるぜというアレな印象の作品なんだけど、作者の方は存外に悪意も他意もなく、むしろ読むこっちの構えの方がワルイのかもしれない。作中の怪しい造語を原典世界の名称にひとつひとつ置換していく作業は、それなりに楽しかった。

 もう一冊くらいこういうアンソロジー出してほしいとは思う。でもってこっちは山本作品みたいばっかなの読みたい気もあるんだけれど、そういうものばっか取り揃えて、居心地のよいもの専科じゃイカンのだろうな? たぶん、こーゆー企画は。


No.879 6点 十二人の評決
レイモンド・ポストゲート
(2020/06/21 05:07登録)
(ネタバレなし)
 小金を貯めたオールドミス、ギリシャ系の食堂経営者、ギリシャ文学が専門の老教授、酒場の主人、食料品店に勤務する敬虔なクリスチャン、ユダヤ人の比較的若き女性、左官協会の労組の書記長、社会主義者の詩人、美容院の助手、二流の俳優、百科辞典のセールスマン、小新聞の編集長。互いに見知らぬ彼ら12人の人間が陪審員として呼集されたその裁判。だが人死にが生じたその審理を討議する者たちの中には、個人的な事情から法律に複雑な思いを抱く者、また実はひそかに重罪を犯しながら裁かれずにいる者もいた。やがて開催された法廷だが……。

 1940年の英国作品。
 まずは作者と作品の素性は、先行するnukkamさんのレビューをご参照願うことに。
 ポケミス旧版の黒沼健訳の方で読んだが、いつもながらこの人らしい好テンポの文調で古い訳ながら十分にスムーズに楽しめた。なおポケミスの本文の最後のページに訳者のコメントがつけられており、先に「宝石」に載せた際には紙面の事情で2割ほど抄訳したが、今回はちゃんと完訳した旨、書いてあるのが親切。

 小説の第一部は陪審員のひとり、オールドミスのヴィクトリア・メーリィ・アトキンズの半生を語るエピソードから開幕。これがおよそ20ページに及ぶので、12員全員このパターンでやるのか!? と軽くおののいたが、nukkamさんの言われるようにどんどん手抜きになっていく(笑)。作者の方で早々とネタ切れになったのか、各員これでは予想外に長くなっちゃいそうと途中で計算違いを反省したのか、あるいは編集から<巻き>が入ったのか。その辺のメイキング事情を知りたい(笑)。

 とはいえ小説の作りはなかなか見事で、特に中盤の家庭教師の青年エドワード・ギリンガムのエピソードの、英国流ドライユーモアの味付けをしたそこはかとない残酷さには唸らされた。なんか、こういうレベルのものをもっと読ませてもらえるのなら、ポストゲートの未訳作品はぜひとも発掘してもらいたい。

 その一方で裁判ミステリとしては、いくつかの意味で大筋と決着が先読みできちゃう面もあるんだけれど……。まあ良くも悪くも王道を決めた感じもあるし、これはこれでいいです。

 ちなみに本書の最大の売りとなっている例の<陪審員ごとの疑惑度のメーター表示>だけれど、12人それぞれについて何回も掲示し、個々の針の左右への振幅の変遷を見せるのかと思っていた(ゲーム『サクラ大戦』の花組メンバーの好感度の推移みたいな感じに)ら、最後にそれぞれ一回しか見せません(!)。これってポケミス旧版だけってことはないよね? いささか拍子抜けした。

 ポケミス新版の方でのAmazonとかの「BOOK」データベースに表記されている「証言ごとに揺れ動く陪審員の心の動きをメーターの針で図示。」という記述はそんな「揺れ動く」過程を見せているわけでないので、これはジャロロ案件(『Piaキャロット2』の玉蘭)ではないでしょーか(笑)。


No.878 5点 影の座標
海渡英祐
(2020/06/20 05:08登録)
(ネタバレなし)
 大企業「光和化学」の社長・関根俊吉の娘婿で、同社の研究所所長でもある岸田博が行方不明となった。岸田は会社が開発中の新製品・仮称「NK剤」の研究スタッフ主幹で、ライバル企業にその情報を渡した末に<何か>があったのではとも疑念が持たれる。社史と社内報の編集に携わる閑職の「私」こと稲垣昭彦は、同僚で旧友のそしてアマチュア名探偵として一部に知られる雨宮敏行とともに社長に呼び出され、岸田失踪事件の極秘裏の調査を行うように請願された。これに際していきなり社長相手に「名探偵」としての権限を主張する不敵な雨宮。稲垣はそんな雨宮をかつてのあだ名「エラリイ・レーン」で呼び、自分は相棒かつ格下の「ワトソン」役として調査を開始する。だがそんな彼らの周辺で、岸田失踪事件の重要な証人らしき人物がまもなく殺されて……。

 ……うーん、弱ったな……。かなり早い段階から作者の狙いが見え見えで(汗)。それで結局(中略)。刊行当時はそれなりに反響はあった? かもしれないが、21世紀の現在、本作の読者が100人いたとして、その中でこの真相を意外に思う読者は10人もいないだろ(汗)。

 まあ見方によっては、新本格超人気作品の先駆で原型みたいな趣もあるので、そういう興味でミステリブンガク史探求的に読むならアリかも。
(実際、作品総体としても、80年代後半からの新本格系列に似たような香気を感じる面はある。)
 あと最後の真相解明の際にちょっと面白い方向から、先に散りばめていた伏線や手がかりを回収するのは、本作の一応の興趣だとはいえる。

 一言でいえば、賞味期限が切れてしまった当時の力作。
 犯人告発時のあのパワーワードは、ちょっとスキだけれど。

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