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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2110件

プロフィール| 書評

No.830 5点 引き潮の魔女
ジョン・ディクスン・カー
(2020/05/07 02:01登録)
(ネタバレなし)
 評者の場合、十数年前に一度、半分くらいだけ読んだところで、その段階で本を紛失。このたび蔵書の山の中から見つかったその読みかけのHM文庫版を、改めて初めから通読・完読した。
 ちなみに『黄色い部屋の秘密』がほぼ完全にネタバレされていることと、ちっとも時代ミステリらしくないことは、すでに先のレビュアーの方々がさんざおっしゃっている通りです(笑)。

 家の中にとびこんできて暴行を為したのち、閉ざされた空間に逃げ込んで姿を消した賊の謎、さらに物語のメインとなる海岸での密室状況での殺人の謎……と、カーらしい不可能犯罪そのものはまあまあ読者の興味を惹く。
 しかし前者の方は割と早々と尻つぼみな形で説明がなされ、後者の方は真相そのものは実は存外にシンプルなのだが、その組み立て方と説明がややこしく面倒くさい。部分的に二回読んで、ようやくなんとか理解できたと思うが、いまだにこっちの勝手な解釈で補っているような箇所もある。

 本当の真犯人の設定はいくつかの意味でこの作品のポイントだと思うけれど、英国の1960年代においてコレってやっぱり……(中略)。別のイギリス系ミステリ作家たちが諸作で扱った、複数の類例的な文芸を思い出した。

 推敲を重ねれば、もっとずっと面白くなる可能性もあったような気もするけれど、実際にできたものは、色々と中途半端な惜しい作品。そんな感じである。


No.829 6点 これは殺人だ
E・S・ガードナー
(2020/05/06 12:40登録)
(ネタバレなし)
 評者の場合、昔からペリイ・メイスンものは山のように買い込んでそれなりに読み、『掏替えられた顔』なんかかなり面白いと思いながら、この数年間に読んだガードナーといえばなぜか非メイスンものばかりである(笑)。まだまだ未読のメイスンシリーズなんかいくらでもあるのに(汗)。
 
 そういう訳でどういう訳か今回もまたノンシリーズ作品だけど、なかなか面白かった。あともうちょっとで、7点あげてもいいくらい。

 物語の序盤、公職の地方検事フィル・ダンカンがポーカー友達の主人公サミュエル(サム)・モレインを公式な犯罪捜査(になる流れの場)につれだすのはいささか乱暴。
 とはいえ、のちのちに書かれるあまりにも一本気すぎる正義漢ダンカンのキャラクターとあわせて、オトナのガキ大将譚な趣が発露。ある程度はアクチュアリティをふみこえた破天荒さがオッケーという雰囲気で、それが読み物としての快感につながる作風になっている。この辺はガードナーが別名義で、いささか破格のものをこっそり書いてみた印象である。

 ヒロインでモレインの秘書のナタリー・ライスは、デラ・ストリートではたぶん許されない? ワケアリのキャラ設定が与えられ、とりあえず単発として書かれた? 作品ならではの自在な立ち位置が新鮮であった。モレインと相思相愛なんだろうけれど、最後までまったく(中略)。そういう意味では、この二人のその後を描くシリーズの続きも読みたかった。まあ続刊以降は二組めのメイスン&デラが別途に書かれるだけになったかもしれないが(ナタリーの父で、準キーパーソンともいえるアルトンのキャラを生かせば、面白い恋人関係ができたかもしれないね)。

 トリックは意外に「すげー」と驚くようなものが用意されていて軽くウケた(笑)。しかしこれって、そこに行くまでの、かなり奇抜で鋭い推理を関係者が組み立ててくれることが前提のトリックであって、リアリティからいえばまずありえない。まあフィクションとしてのミステリの範疇内で許されるんだけど。

 全体的にハイテンポでとても楽しめた。ガードナーのなかでは期待以上に相性の良かった作品。


No.828 7点 第四の扉
ポール・アルテ
(2020/05/06 00:28登録)
(ネタバレなし)
 アルテは最近の新シリーズ2本の方を先に読んでしまい、人気のツイスト博士ものはこれが初読である(ノンシリーズ作品もまだ手つかずだが)。

 ハッタリとケレン味を煮凝らせた甘いお菓子のような第二部までは、魂が震えるほどにワクワクしたものの、最後の3分の1はなあ……。
 容疑者の名前全員を推理の圏内に入れて、その上で読者の隙をつく大技を仕掛けるには、ああいう方策がよいと作者は判断したんだろうけれど、事件そのものの真相といい、作品全体の(中略)といい、二重の意味で裏切られたような気分である。

 21世紀に黄金時代クラシックパズラーのまんま踏襲をしたら、結局は古色蒼然たるものになってしまう危険性があるから、現代の作家(東西の新本格的な作風の書き手)はあれこれプラスアルファの趣向を盛り込むんだろうけれど、それって素直にレトロな形質の謎解きを書いたら後ろ指をさされるという疑心暗鬼の産物なんじゃないかと、意地悪もいいたくなる。なんか悲しい。
 これならまだ『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』の方が愛せる。

 最後のギミックも作者の狙いは理解できるものの、それも結局は書き手の悪い意味の(?)プライドの発露で、ああ、そうなんですか、と心に響いてこない。大体、第二部まで、大して感情移入の余地もなかったキャラクターに(以下略)。
 
 シリーズ第二作はもうちょっとフツーのものになるみたい(?)だから、そっちにはちょっと期待を込めておきます。

【2020年5月6日11時の追記】
 あ、とはいえE-BANKERさんのレビューで改めて意識したけれど、これは2000年代ではなく、原書は1987年の作品か。だったらその時期にこれだったのなら相応に挑戦的だったかもしれず、もうちょっと評価してもいいかも(笑)。評点を1点あげておきます。


No.827 7点 濃紺のさよなら
ジョン・D・マクドナルド
(2020/05/05 23:50登録)
(ネタバレなし)
 評者にとって本当に久々のマッギーもの……というか、マトモに読んだこのシリーズは、かなり昔に手に取った『レモン色の戦慄』だけであった(汗)。
 そっちはマッギーと悪役キャラの距離感とか、なかなか面白かった印象だけはある。

 というわけで、どうせなら積ん読の蔵書の山の中にあるシリーズの第一作から改めて読もうと思って手に取った、本書です。
 はたして期待通り&予想以上に楽しめた。

 トラヴがスネに傷を持つ依頼人側の立場に忖度しつつ、ヤバイ性根の悪党に奪われた、とあるお宝を取り返すという筋立てそのものはシンプル。
 だけど、場面場面の叙述、小説的な細部は実に読ませる。登場人物とマッギーの関係性も、そのひとつひとつが丁寧に語られる。
 特に情報を求めて乗り込んでいった実業家ジョージ・プレルの家庭内の事情にマッギーが絶妙な歩幅で関わり合い、秘密を探るためならヤバイことも辞さない一方、最後は呆然とするほど、向こうの家庭の今後まで思いやりながらうまくまとめて去って行く、そんなストーリーの組み立てぶりなど、感嘆のため息が出た。

 マッギーは必要とあれば、軽い傷害程度の荒事もよしとするアウトローなんだけど、かたや、事件のなかで関わった不遇な人間をとりあえずその場のみ助けて、わずかなアフターケアを授けて、しかし結局は放り出すことに本気で罪悪感を抱いたりする。情とモラルのゲージがかなり高めで、結晶度の高い時のフランシスの作品の主人公のようであった。
(その一方で、貧乏でもマジメに誠実に生活して仕事していれば、いつか神様が幸福を授けてくれるだろうと考えてるプチブル層にはかなり冷笑的で辛辣である。この辺は1960年代半ばの、改めて当時の階級差を意識しはじめたアメリカ社会の時代性の反映か?)

 さらに気が付いたら、自分ってまだジョン・Dのノンシリーズ長編の方も、まだ一冊もマトモに読んでなかったのよね(汗)。いや、職人的な実力派作家なんだろうということはおおむね予見してはいたんだけれど、そこから実作を嗜むという実働に至らず、なぜか止まってしまっていて。
 このシリーズもおいおい少しずつでも読んでいきたい。 


No.826 6点 罠の中
結城昌治
(2020/05/03 14:30登録)
(ネタバレなし)
 本作の集英社文庫版の解説(担当:九鬼明)を読むと確かに
「本書「罠の中」は、「ひげのある男たち」「長い長い眠り」に続く書き下ろし長編の第三作として昭和三十六年に新潮社より刊行された。(原文ママ)」
 とあるが、試みに大井廣介の「紙上殺人現場」(現代教養文庫)を紐解くと日本語版EQMMの1961年6月号で『隠花植物』、7月号で本作『罠の中』のそれぞれレビューという順番になっている。

1:大井廣介の新刊チェックの順番が前後した
2:九鬼明の認識が勘違いで『隠花植物』が先に書き下ろし刊行
3:実は『隠花植物』は連載作品だったので、九鬼明の記述はマチガイではない

 ……さあ、どれでしょう(笑)。手をかけて調べればわかるかもしれないが。

 
 でもって内容ですが、うん、これはなかなか。
 最後の真相発覚後に、実はあーでしたこーでしたと語られすぎるあたりは失点だが、作者がこの作品を書く時点で、ミステリとしてのどういう勝負球を用意したのかは、よくわかる。
 あまりくわしいことは言えないが、当時としてはかなり垢抜けた、海外ミステリっぽい作品だったのではないか。
(前述の「紙上殺人現場」でもかなりホメていた。)

 社会派プラスフーダニットのパズラーで、動機の真相もかなり強烈だねえ。口がムズムズするが、とにかくあまり多くは言えない。

 書庫の中からたまたま出てきた一冊を、気の向くままに読んでみたが、これは軽くアタリ。何の期待もなく時たま、こーゆーのに出会えるから、昭和のミステリライフは楽しい(笑)。


No.825 7点 冷戦交換ゲーム
ロス・トーマス
(2020/05/02 16:05登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ば。西ドイツのボン。そこで「私」ことアメリカ人のマッコークル(マック)は、かつてこの地で二年間の兵役を務めた縁から、喫茶店バー「マックの店」を開いていた。共同経営者の青年マイケル(マイク)・パディロは、実は六か国語に堪能な米国政府のエージェント。彼は東側を探る自分の表の仕事の顔が欲しいとしてマックの店に押しかけてきたが、当人は平時は店をこまめに切り回し、今はマックとパディロは本心からの親友同士だった。だがとある二人の数学者がアメリカからソ連に亡命し、さらに彼らが同性愛者だったと判明。米国の評価の高い学者がホモという事実が世界に暴露されるとスキャンダルになるため、アメリカの諜報機関はソ連側と交渉。人材的なトレード案を用意し、二人の学者を取り返しにかかる。そしてそのトレード要員として白羽の矢が立てられたのが、各国語に秀でた有能な情報員パディロだった。トレードなど本意でないパディロは、この事態の回避を画策。本来は諜報の世界とも無縁なマックも親友を支援するが、状況は予断を許さなかった。

 1966年のアメリカ作品。MWA賞新人賞受賞作品。
 ようやっと読んだ、マック&パディロものである。トーマス作品そのものも評者はまだ二冊目(先に読んだのはオリバー・ブリーク名義の『強盗心理学』)。
 
 評者にとってトーマスは、トンプスン、レナードあたりと並び、日本では一部にカルト的な人気がある分、なんとなく手を出しにくい(にくかった)作家の一人だが、思い立ってこの処女長編を読んでみると、案ずるより産むが易しで思ったよりもスラスラと楽しめる。先の『強盗心理学』も大好きだし、もう次からのトーマス作品は、物怖じしないで読めることだろう?

 ストーリーは、あらら、こんな話だったのか、という感じだが実際の小説本編では、冒頭からマック一人称視点の別の導入エピソードを、先に用意。本作のキーパーソンのひとりとなるドイツ人フランツ・マースとマックとの接触から、物語が開幕する。
 当人はプロスパイでもなんでもない(少なくとも本作の時点では)マックが、静かな男の友情ゆえに(自分が経営する店のことを考える部分もあるが)パディロたちスパイ紛争の場に分け入っていく図がなかなか染みる。
 たしかトーマスって大沢在昌が好きなんだっけ? わかるよね。だってまんま生島治郎(大沢の兄貴分)の世界だもの。

 文章もところどころで、ハッとなる叙述が散見し、たとえばポケミス版の86ページ。

「彼の死は、たいていの殺人というものがそうであるように、あまりに思いがけなくあっけなかった。しかし、暗い静かな部屋で、薬でも抑えられぬ痛みや、ゴム底の靴で囁きながら行き交う看護婦、家族やいつまでも引き止められて六時半のデイトに間に合わないのではないかと気を揉んでいる友人などに囲まれて死んでいくよりはましであろう。」

 などという辺りに、生粋のハードボイルドなこころを感じたりする。
(ウェストレイクの『その男、キリイ』も良かったけれど、丸本聰明の翻訳は今回もいいねえ。)

 物語のベクトルは割に直球気味(それでもプロットの二転三転はあるが)、一方で細部の書き込みぶりは作者自身が面白い作品を紡ごうとしている気概が満々で、下馬評通りに面白かった。
(要人のホモがスキャンダルになる辺りは、そういう時代だったのだなあ、という素直な感覚だが。)

 これも何十年も前に買ってあった本をようやく読んだけど、ここまでの長い歳月の途中でシリーズの未訳分が埋まったりしている。その辺は誠にもって有難いもんです(笑)。


No.824 5点 腰ぬけ連盟
レックス・スタウト
(2020/05/01 03:34登録)
(ネタバレなし)
 1910年代の初頭。アメリカのハーヴァード大学で、新入生ポール・チャピンが学友たちの悪い冗談の結果、重傷を負った。それからおよそ四半世紀が経ち、チャピンは小説家としてひとかどの人物になっていたが、過去の事件の後遺症で現在も左脚に障害が残ったままだった。学友たちは事件の直後からチャピンに対して「贖罪連盟」を結成。当時の悪事に参与した総勢35人の学友が連盟に参加し、障害者となったチャピンへの大小の支援を続けながら、さらに連盟の一部のメンバーは当人と友人としても交流していた。だがその連盟メンバーの一部の者が変死。チャピンは彼らの死を悼むような、もしかしたら自分の癒えない憎しみを語るかのような、そんな文言を残りのメンバーに送ってくる。さらにまた一人、今度は連盟の中から行方不明の者が現れた。消息を絶った心理学者アンドリュー・ヒパードの姪のエヴリンは、もしかしたらチャピンが殺したのでは? と、ヒマをもてあましているネロ・ウルフ探偵事務所に調査の依頼をしにくるが。

 1935年のアメリカ作品で、『毒蛇』に続くウルフシリーズの第二弾。
 評者は『毒蛇』は未読だが、すでに何冊か後年のウルフシリーズの長編も短編も既読なので、まあいいだろうと気が向くままに読んでみた。

 そもそも本作は『毒蛇』と並んでヘイクラフト&クイーンの名作表などにも選出される「名作」。実際、読み始めると、本当に存在するのかそうでないのか判然としない復讐計画で、ある種のホワットダニット的な興味のひき方はなかなか面白い。キーパーソンとなるチャピンも過去の事件を経て性格がいささかとんがっており、なかなか腹を割ろうとはしない。実際に復讐を考えてるのかもしれないし、あるいは勝手に「連盟」のメンバーが戦々恐々とするのなら、それもまたおまえさんたちの勝手だな、という構えのようだ?
 こんな中でウルフ陣営は連盟のメンバーを調査、ガードしつつ、事件の核心に迫るわけだが、いかんせん、ムダに登場人物が多い、また、話の表に出て来るキャラたちもあまり書き込まれておらず、大半が小説的な魅力のある人物でもない。(まあさすがに中心人物のチャピンと、ドブスヒロインとして設定されたその妻ドーラの存在感だけは並々ならぬものがあるが。)
 
 発端はなかなか面白い、「ぼく」ことおなじみアーチー・グッドウィンの一人称ワイズクラックもところどころニヤリとさせる……ではあるのだが、正直言って、全体の4分の1から4分の3くらいまでは非常に退屈(涙)。
 作者だけはわかってるつもりで、キャラの薄い登場人物を順番に動かして、実際の進展以上にページを稼ぐストーリーを、形だけ転がしてるような感じだ。
 HM文庫の訳者あとがきに「いろいろな人間像を、例によって、作者はよく書き分けている」なんてあるけれど、ウソだよ、そんなの。
 同じ大学を出ても社会的に成功した者もいればそうでもない者もいるという<設定>だけは、連盟のメンバーの職業をバラバラにすることで一応は押さえてあるけれど、ただのそれだけじゃ(笑)。

 というわけで全体的には期待ハズレ、楽しめたとはとてもいいがたいのだけれど、終盤で明らかになる大ネタのひとつ。これって後年の「あの〇WA賞受賞作品」のメインアイデアの先駆だよね? 向こうではずっと外連味豊富に見せているネタを、かなり朴訥にいわば天然に放り出している。少なくともその点だけは面白かった。

 正直、ウルフものって長編か中短編かっていえば、絶対に後者なんだよな、自分の場合は。たぶん今回あらためて感じた、一部の長編作品のような弱点が薄れて、中短編は良いところだけが残るからかもしれない。
 まあ懲りずにまたそのうち、長編ももうちょっと読んでみる気はまだあるけれど。


No.823 6点 ヒンデンブルク号の殺人
マックス・アラン・コリンズ
(2020/04/28 15:12登録)
(ネタバレなし)
 1937年5月3日。「聖者(セイント)」こと暗黒街の義賊サイモン・テンプラーのシリーズで大ヒットを博している当年30歳の英国人作家レスリイ・チャータリスは、当時のドイツの科学力を誇る巨大飛行船ヒンデンブルクで、フランクフルトからニューヨークへと向かう。雑多な人々で賑わう船内。だがその中には、台頭し始めたナチスが送り込んだ、政治的不穏分子や危険思想の主を探る内偵者が素性を秘めて入り込んでいた。やがて高空の船内で、チャータリスは殺人事件に遭遇。さらにヒンデンブルクには、また別の厄介な事案が生じていた。

 2000年のアメリカ作品。
「思考機械」の創造主ジャック・フットレルが探偵役を務める『タイタニック号の殺人』(評者はまだ未読)に続く、歴史的な惨事・被災事件の陰で実在の作家がアマチュア探偵となる「大惨事シリーズ(Wikipediaでは「事件シリーズ」と呼称)」の第二弾。

 厳然たる事実としてタイタニックとともに海底に没したフットレル(心から合掌)とは違い、ヒンデンブルクの最後の航海にチャータリスが乗っていたという現実の記録はなく、その辺はフィクション的な脚色らしいが、一方でチャータリスは確かに何回かヒンデンブルクおよびその前身の巨大飛行船グラフ・ツェッペリンの常客だったそうで。本作はそういう意味で史実をもとにし、さらに登場人物の設定や名前の多くも、当時から現代に至るヒンデンブルク関連の資料を読み込んだ上で実在した人々をベースに描かれている。

 歴史的な惨事というゼロアワーに向かうなかでの殺人捜査と意外な犯人の暴露、有名なミステリ作家に探偵役をさせるという二大設定の賜物で、この趣向だけで面白くならないわけはない。
 とはいえ一方で、オリジナル作品から各種メディアの映像作品のノベライズまで驚異的な冊数をこなす職人作家コリンズが器用に(そしてたぶんは書く当人も楽しんで)まとめた定食幕の内エンターテイメントという趣もあり、突き抜けたものがもうひとつ無い……ような。
(事件を解決し、大惨事に遭遇したのちの終盤のチャータリスの呟きは、ちょっとグッと来たけれど。)
 なんにせよ~個人的にだけど~一年ほど前に一冊だけでも「聖者」を読んでおいて良かったわ(笑)。コリンズはかなり、チャータリスに「聖者」のキャラクターをかぶせて書いてるみたいな感じがするので。

 あとミステリとしては「読者を驚かせるならこの人物が黒幕だな」という発想で、ある程度の大筋が早々と読めてしまうのはちょっと。それと、最後の真相解明時に伏線をこまめに検証するのはいいとして、その前の後半の「鍵を持っているから~」のくだりのロジックとかはあまりに乱暴ではないかと。

 とはいえ良い意味で普通には面白かった。Wikipediaとかで調べると大惨事(事件)シリーズにはまだ未訳の長編が4本あり、中にはヴァン・ダインが沈没した潜水艦事件に絡んだり、ロンドン大空襲下のクリスティーが探偵となるなんて、正に趣向だけ聞いてもすごく面白そうなのもあるらしい。だいぶ間が空いちゃったけれど、何かのはずみで翻訳が出ないものだろうか。

 ちなみに評者はコリンズのオリジナル作品で、私立探偵ネイト・ヘラーを主役にした『シカゴ探偵物語』が大好き。ネイト・ヘラーものは原書では十何冊も刊行されていながら、翻訳されたのは同作をふくめて3作品だけというのが残念だが、まずはその邦訳の出た残りの2冊を楽しもう。
(しかし、となると、とある関係性で、まだ評者が未読の<別の作家のあまりに有名な「あの作品」>も、あわせて読んだ方がいいということになりそうだが。)


No.822 6点 雪密室
法月綸太郎
(2020/04/27 03:41登録)
(ネタバレなし)
 読み終わってこれがシリーズ初弾だという事実に、改めて唸る。どう見ても名探偵サーガが積み重ねられたのち、少なくとも第五作目か六作目あたりに書かれるような内容ではないか。こんな文芸の物語からシリーズを開幕した作者の若き日の向こうっ気に讃嘆の念すら覚える(ちなみに本シリーズはつまみ食いで、まだ5冊前後しか読んでいない・汗)。

 一方で謎解きミステリとしての種々の工夫は認めるが、生々しいドラマの話だけに犯行の実現度の危うさが、結構気になってしまった(特に××トリックと、証拠の品を(中略)のあたり)。
 それと最初からの仕掛けは最後にどう切り返すかの大枠がさすがに見え見えで(細部の軌跡までは読めなかったが、アレは布石はあっても伏線がないのだから仕方がない・笑)、この辺りも挑戦的なギミックの反面、いささか夾雑な趣向に感じないでもなかった。
 ロマンさんがレビューでおっしゃる「媒体問わず様々な形で後継となる作品が出揃っている現代にあって、発展史を学ぶ以外にわざわざ読む意義がどれ程あるかは悩み所。」の言葉はいささか厳しいと鼻白むが、かたや作品総体で確かにそう思わされる部分もなきにしもあらず。
(ちなみに作中のある技術的な描写で「あ?」と思ったが、そうか、これってもう、ほぼ30年前の作品なんだね。当時はまだ(中略)。)

 とはいえリアルタイムで、この後のシリーズ展開も知らないで読んだ人にとってはたぶんそれなり以上に大事な作品にはなっているのだろうな。もちろんそれだけの価値と手応えのある長編だとは思うけれど。


No.821 7点 おれの中の殺し屋
ジム・トンプスン
(2020/04/26 16:23登録)
(ネタバレなし)
 1952年のウェスト・テキサス。その田舎町セントラル・シティで、保安官補として勤しむ「おれ」こと29歳の独身男ルー・フォード。人当たりの良い好青年として町の人々から慕われるルーは、実は少年時代から、心の中に巣くう獣性を飼い慣らしていた。ある日、ルーは、町の大物である建築業者チェスター・コンウェイから、コンウェイの息子エルマーが岡惚れしている美人の売春婦ジョイス・レイクランドを追放する要請を受けた。だがルーはこの件に乗じてジョイスを強姦して自分の女とし、さらに彼女を使い捨ての道具にしながらエルマーを惨殺する。ルーにとって、コンウェイは6年前に自分の義兄マイク・ディーンを事故に見せかけて殺した黒幕だったのだ。何食わぬ顔で完全犯罪をやりおおせたつもりのルーだが、彼の内なる暴力性はなおも鎮まらず、一方でエルマー殺人事件も妙な方向に流れていく。

 1952年のアメリカ作品。
 なんか妙にノワール系のクライムストーリーを読みたくなったので、部屋の本の山の中からだいぶ前にブックオフで105円で買った、2002年の河出書房新社のソフトカバー版『内なる殺人者』を取り出す。しかしこの本、先に文庫で翻訳刊行されたのちに全書判の書籍に格上げされているのだな。『ナイルに死す』『白昼の悪魔』やハイムズのエド&ジョーンズシリーズみたいだ(クリスティーは正確には、文庫ではなくポケミスからの格上げだが)。

 で、本作の中身だけれど、J・M・ケインの諸作と初期の大藪春彦作品群、その2つと本作を並べると綺麗に正トライアングルが築けそうな<文学的な香気を感じるコテコテのパルプ・ノワール>であった。

 評者の場合は自分が読んだ全書判の57ページ、後ろから2行目のジョイスの台詞で最初にそそけだったけれど、どこで一番初めにゾクリと来るかはたぶん人それぞれであろう。こういう本こそ、老若男女のメンバーを募って読書会とかやってみたい。

 一番気に入ったのは、馬鹿息子エルマーが売春婦ジョイスと殺しあったように偽装を終えたあと、町の大物コンウェイに向けて主人公ルーが胸中で呟くモノローグ

 彼の息子は売春婦を殴り殺し、息子もまたその売春婦に殺された。彼はその汚名を決してそそぐことはできない。たとえ、彼が百歳まで生きても無理だ。おれは、彼が百歳まで生きることを切に願った。

 でもって&とはいえ全体を読むと、商業作品のミステリとしては、miniさんの言われるように、割ときちんと仕上げられていて、その辺が破格さを減じた感というのはわからないでもない。
 ただまあ、それってトンプスンという作家のカルト的な器が見えてきている? 今だからこそ言えるような話でもあり(評者はまだトンプスン作品はこれでようやく二冊目だが)、単品で読むならやはりなかなか腹応えのある長編だとも思う。あくまでパルプ・フィクションなのですが。
 トンプスン作品にハマっていく人の気持ちは、なんとなく分かるような気がするよ。こういう作家、作品ばかり読み続けることは評者にはまずできないけれど、一方でこういう作品が無ければたぶん(ミステリの読書人としての自分は)生きていけない、とも思う。


No.820 6点 殺人鬼登場
ナイオ・マーシュ
(2020/04/26 02:43登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月14日。ロンドンのユニコーン座で上演される『鼠(ラット)と海狸(ビーヴァ)』の舞台。だがその本番中に、主演俳優のひとりが殺害される。正体不明の犯人は被害者を射殺すべく、舞台で使う小道具=空砲の拳銃に実弾を詰めておいたようだった。知己である新聞記者ナイゼル・バスゲートに誘われて、たまたまこの演劇を観にきていたロデリック・アレン(本書ではロドリック・アレイン表記)は、そのまま殺人事件の捜査に乗り出すが。

 たしかにnukkamさんのおっしゃるとおり、前作『アレン警部登場』より、人物描写は総じてこなれた感じがする。
 ただしその一方で、ミスディレクションにも小説の旨みにもならないとことんムダな登場人物が実に多い。さらに古い翻訳がよみにくい上に、個々の登場人物には大したキャラクターも与えられず薄っぺらい。そのせいか前半は、非常にかったるかった。

 とはいえ六興版の151ページめでアレン(アレイン)がギョッとするような行動をとってから少し話が弾み、山場の展開はそこそこ盛り上がった。ちなみに、油断していたこともあるけれど、犯人は結構スキを突かれた感じがあるし、終盤の探偵側のイジワルな知略なんかもけっこうお気に入り。

 この次のアレンシリーズの第三目が、秀作『病院殺人事件』(別冊宝石に訳載)なんだよな。まあ読んで面白かったのは大昔だから、改めて読んだら印象が変わる可能性もあるけれど(どうせなら、文庫とかでその『病院殺人事件』の新訳が出ないだろーか)。

 ちなみに今回は初訳版の六興キャンドル・ミステリーを書庫から引っ張り出してきて読んだけれど、この本は目次の周辺に22人分の人名が並んだ登場人物一覧を掲載。実際に自分でメモをとりながら読んだら、名前があるキャラだけで40人くらいいる。まあそれはとりあえずいいんだけど、問題は別のところ。
 この本にはサービスで、叢書特製の紙の短冊状の栞(しおり)が挟み込まれている。ところがその栞の裏に本文の目次の登場人物一覧をさらにコンデンスして、11人だけ名前を列記。その11人の中からアレン(アレイン)と部下の捜査陣、被害者がさっぴかれるわけだから、残りの主要人物の頭数が激減。つまり<真犯人であろう人物>も、ぐんと範囲をせばまれてしまう!(万が一、この中に犯人がいなければ、それはそれでアレな編集だしな~・笑。)
 大昔の編集さんって配慮が足りなかったんだねえ(まあ今の編集者たちも、問題があるときはあるけれど)。

 最後に、六興版の117ページで、アレン(アレイン)がソーンダイク博士のことを話題にしたりして(あくまでフィクション上の名探偵としてだろうけど)、ちょっとビックリ。特に、科学捜査とか倒叙ミステリの探偵とかいう文脈とかでもなく、本当にただ単に名探偵の代名詞的にポロッと出て来たので。
 いやまあ<ホームズのライバルたち>のなかでは筆頭クラスにメジャーな方なんだろうけど。
(というかソーンダイク博士の最後の長編って1942年だから、実はまだこの『殺人鬼登場』の1935年の時点では、余裕で現役なのか。なんかスゴイわ。もしかしたらマーシュはその意味で、面識や交流のある大先輩に忖度したのか?)


No.819 8点 破戒法廷
ギ・デ・カール
(2020/04/26 01:11登録)
(ネタバレなし)
 かつて1970年代のミステリマガジン誌上で、どの号かの誰かの翻訳時評だったと思うが、そこで書評子がその号で俎上に乗せる新刊を並べる前に、ひとつの翻訳ミステリをマクラにふる。
「みなさん、こういう作品を知ってますか? 殺人容疑に問われた三重苦の青年を60過ぎの弁護士が弁護する、なんとも異色の法廷ミステリでした」
 ……とかなんとかそんな感じの物言いだったと思うが、もちろんコレが本作の初訳版である『けだもの』(集英社)のこと。
 書評子がフッたその話題が当該号の新刊書評にどう繋がっていたかも、もう覚えてないが、いずれにしろそこで初めて、当時、聞いたこともない稀覯本らしい海外作品を教えられた当時の評者は「なにそれ、面白そう~読みてえ~!」と思って、あちこちの古書店の店舗やら古本屋の目録やら探索したものだった。
 結局、その本(集英社版『けだもの』)が入手できたかどうかはよく覚えてないのだが(なによりここが一番ダメなところである・汗……たしか買ったような気がするが、今回は本が見つからない・汗)、いずれにしろ本作は84年に新訳が創元文庫から刊行。
 評者はその時点で旧版の入手が叶っていたにせよ、まだ手に入ってなかったにせよ、いずれにしろ「じゃあもう慌てて読まないでもいいよね」と興味が減退した(ここもまた、ダメなとこ……かもしれない・笑)。
 でもってブックオフの百円均一棚がまだ105円時代に新訳の創元文庫版を(改めて?)古本で買ったが、その時からさらにウン十年も積ん読にしておいた。それでこのたび、例によってようやっとの一念発起で、その新訳の創元文庫の方を読んでみる。
 ちなみに原書は1951年のフランス作品。

 あらすじは――
 1950年5月6日。アメリカからフランスに向かう太平洋横断旅客船「ド・グラス号」の船上で、元GIの25歳のアメリカ人ジョン・ベルが殺害される。殺人現場で被疑者として逮捕された27歳のフランス人ジャック・ヴォーティエは生来の三重苦で、美貌の妻ソランジュとともにアメリカに渡航。本国に戻る最中だった。顔立ちはハンサムながら剛胆な体躯を持ち、一般人との会話もままならぬヴォーティエは「けだもの」の呼ばれて畏怖されるが、フランスの弁護士会会長ミュニエは、一見、犯人も明白なこの殺人事件を念には念を入れて調べる方針を採択。若手の弁護士がふたり、ヴォーティエとの対話が困難だと匙を投げたのちに、ミュニエはかつての学友で、今は法曹界の片隅でくすぶっている老弁護士ヴィクトル・ドリオに本事件の担当を任せる。弁護士の卵である女子大生ダニエル・ジュニーを助手役に本事件に介入し、容疑者ヴォーティエに接触したドリオは、この三重苦の青年が私小説の著作もある、常人以上の優れた知性の持ち主である事実を認めるが。

 いやー。とっても面白かった。「人間が描けているミステリ」という褒め言葉の凡庸さを百も千も自覚してなお、それでもその修辞がこれほどピッタリはまる作品はそうはない。筋立て上の主人公は老弁護士ドリオだが、当然ながら物語の作劇の軸はキーパーソンである三重苦のヴォーティエをフォーカス。彼の歩んできた半生のなかで関わりあった複数の人物の証言の累積が、あまりにも特異なキャラクターの人物像と周辺の人々との関係性を浮き彫りにしていく。
 ミステリ的にはたしかに、突き詰めて状況を考察していけばある程度の真相は見えるはずであったが、評者の場合は、小説としての語り口のうまさに幻惑されて、うまくはぐらかされた。推理ミステリとしての真実の発覚のあとに、また人の心の難しさ、そして逞しさに回帰する物語の組み立てが素晴らしい。
 
 作者はミステリはこれ一本しか書かなかったようだけど、弁護士ドリオも彼を実の祖父のように慕う若手弁護士の「孫娘」ダニエルもとてもいいキャラだった。この一作で会えなくなるのが残念なような反面、でもたぶん、シリーズ化していたら、この作品のなかでの輝きが薄れてしまいそうな、そんな感覚もあるキャラクターだったな。
 個人的には、フランス産ミステリのなかのベスト10候補のひとつに考えたいと思う出来。


No.818 6点 指に傷のある女
ルース・レンデル
(2020/04/23 14:10登録)
(ネタバレなし)
 評者にとって、久々のウェクスフォードもの。

 大昔に『ひとたび人を殺さば』だか『薔薇の殺意』だかを読んだ際に、作中でウェクスフォードが事件関係者にかけたやさしい一言「人生は全てを手に入れられる訳ではないのですよ(大意)」がすごく心に染みわたった(タイトルがどちらかでさえ覚えてない心許なさだが、いずれにしろその台詞に触れた当時の自分がさる事情からボロボロだったことはよく記憶している)。
 それゆえ、あんな『ロウフィールド館の惨劇』みたいなイヤミスの作者がどうしてこんなにやさしい主人公探偵を描けるんだ、と青い気分のなかで思ったものだった(結局それは、レンデルが優れたプロ作家の一人であるから、以上の何ものでもないこともわかってはいるのだが)。

 そういうわけで思い入れがかなり先行して、好きな探偵キャラクターのはずの割に、実はあんまり冊数読んでないウェクスフォードものなのだが(大昔に出会ったやさしいおじさんのイメージを壊したくない気分もあったかも~汗~)、さすがにもう今となってはその辺は緩やかな心情で、気の向くままに一冊読んでみる。

 そうしたら(ある程度は予想していたものの)、本格だのパズラーだのというよりも、ガチガチの警察捜査ミステリで軽くビックリした。
 しかもウェクスフォードは半ば直感で早々と容疑者を決め打ちし、証拠もないのにあまり暴走するな、クレームが来てるから、と釘をさしてくる事なかれ主義の上司の目を盗みながら独自の捜査を継続。さらにそこにはウェクスフォード個人の(中略)ドラマまでからんできて……これはもうクロフツのフレンチ警部もの(プラスアルファ)ではないか!?

 80年代以降の英国警察小説の系譜は本当につまみ食いで大系的な見識などもちあわせていないから、ここで驚くのはもしかしたら(たぶんきっと)何をいまさら、かもしれないが、クロフツからの血脈がここにちゃんと生きてることがかなり嬉しい驚きであった(しかも前述のとおり、ある意味でウェクスフォードはフレンチのひとつ向こうにいっているし)。

 予想以上にワクワク……と思いながら読み進んでいたら、えー!? というあの終盤の真相。いやミステリ作家として、もうひとつ大技のネタを導入したかったレンデルの気分も気概もなんとなくわかるような気もするが、一方でこれはちょっとあんまり唐突でしょう。サプライズの衝撃がそれまでの苦闘の捜査の積み重ねと融合してないよね? 自分が本作の途中までワクワクゾクゾクしたのは、一年前後の臥薪嘗胆を経て犯人と対決をむかえるウェクスフォードの姿(こう書くとなんかヒラリイ・ウォー風でもある)だったはずなのに、最後の最後で、あーん!?
 
 なんかもう甘味処に入ってクリームあんみつをうまいうまいと食べていたら、店の主人が出てきて、そんなに喜んでくださるのですか、でしたらこれもサービスしましょうと、頼みもしないのに、あんみつとアイスクリームの上にいきなり熱々の酒饅頭を乗せられたような気分であった。
 面白かったけれど、そういう意味で弱る作品です。サービス過剰で出来が悪く……とまでは言わないにせよ、楽しませどころがボケた感じ。
 
 それでもまあやっぱりウェクスフォード素敵だな、遅ればせながら今後も少しずつシリーズを読んでいきたいな、という一冊ではありましたが。 


No.817 6点 もう一人の乗客
草野唯雄
(2020/04/22 04:08登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月1日の夜。興信所「目白リサーチ・センター」の所長、山辺達也が事務所内で殺され、殺害現場から一人の娘が人目を避けて逃げ出す。彼女=出版社のOLで21歳の香原由美は流しのタクシーを拾うが、成り行きから、たまたま同じ方向に行くという見知らぬ男と相乗りになってしまった。だが奇しくもそのタクシーがまた別のタクシーに衝突。事故を検分にきた警官に対して由美はやむなく必要最小限の事実を伝えるが、事態はさらに思わぬ方向へと……。

 草野作品の中ではそれなりに評判が良い印象があるので、読んでみた。
 フーダニットではなく、あまり推理の余地もない作りだが、イヤミや皮肉ではなく昭和の読み物推理小説としてはまとまっていて及第点である。
 終盤に行くともうページ数も少なくなってきて、ここから作者が読者を驚かせにくるなら、もうあの人物を犯人にするしかないなと構造が見えてしまう。そこらへんは弱い一方、クライマックスに行くまでは読者の目を逸らすというか、意図的に一種のあるテクニックを用いているようで、その辺りはうまい。

 ちなみに、由美の姉の八重、その恋人で村瀬というキャラクターが登場するのだが、この男、カッパ・ノベルス版の35ページで「2年前に病気の妻と死別」と描写されながら、あとあとの175ページで「5年間独身だった」とも書かれている。この辺はさすがは僕らの草野唯雄、期待に応えた凡ミスである。

 あと中盤で、たとえ市民の義務であっても犯罪事件に関わるのは嫌だ、一文の得にもならない、面倒な証言なんかゴメンだという、ダメな本音剥き出しな小市民が出てくるが、このあたりの、ヤバいことに平穏な日常をゆさぶられる一般人の描写や作中での扱いが草野作品はうまいよね。『七人の軍隊』でも、暴力団に牛耳られた町で悪人追放の署名運動を敢行したらヤクザがその署名用紙を奪い、ここに署名した連中のもとにお礼参りに行ってやるとうそぶく、そんなリアルな描写が印象的だった。そーゆーあたりでも、この作者はポイントを稼いでいるのだと実感する。 


No.816 6点 妖女ドレッテ
ワルター・ハーリヒ
(2020/04/22 03:34登録)
(ネタバレなし)
 第一次世界大戦を経て国土が疲弊した時代のドイツ。シュワンテミール地方の貧乏荘主ブランケンホルンが、自宅の密室内で射殺死体で見つかる。自殺の可能性もとりざたされるが、それにしては不審な状況でもあった。それから少しして、ブランケンホルンの荘園の元管理人で、今はベルリンで馬丁兼乗馬コーチとして働くロルフ・シュテーゲンは、ブランケンホルンの若い後妻で現在は美しい未亡人となったドレッテと再会。そのドレッテは、富豪のアーベルクロンと再婚の噂が囁かれていたが。

「世界推理小説全集」版の巻末の中島河太郎の解説を読んでも、正確な刊行年は不明(マジメに調べればわかりそうだが)。いずれにしろ第一次世界大戦直後にドイツに本格的なミステリブームが到来し、あの『ドクトル・マブゼ』なんかが大ヒットした熱気のなかで書かれた作品。
 
 経済的にもドイツ国土が乱れている世相を背景に、ファム・ファタール風味のノワールロマンス的な匂いを感じさせる作り(ただしメインヒロインはドレッテばかりでなく、彼女の継子の次女ザビーネなどにも相応のウェイトは置かれる)。
 密室殺人のトリックやそれに関わるロジックなどに際して、その部分で剛球・直球の勝負するような作りでは決してないが、それでも一応は、不可能犯罪の興味を刺激する作劇ではある。とはいえ作者は早めにその密室のネタを割り、その後に改めてフーダニットの要素で、読み手の関心を煽ってくる。
 もちろんガチガチのパズラーではないのだが、一応はある種の伏線も張ってあり、犯人の設定はそれなりの意外性があって楽しめた。
 まあ結局は、本格派パズラーというより、賞味部分の幅広い準パズラー作品という感触なのだが。

 ちなみにこの作品、完訳版はくだんの創元社の「世界推理小説全集」版しかないハズだけど、その「世界推理小説全集」の収録巻はジョン・バカンの『三十九の階段(創元文庫版では『三十九階段』の書名)』と合本であった。
 背表紙(箱も本そのものも)には『妖女ドレッテ』のタイトルとワルター・ハーリッヒの著者名しか書いてないから、長い間この事実に気づかなかった。だから『ドレッテ』そのものは、小説の紙幅としてすごく薄い。短い長編、あるいは長めの中編作品という感じである。


No.815 6点 血ぬられた報酬
ニコラス・ブレイク
(2020/04/22 02:56登録)
(ネタバレなし)
 40歳の妻帯者で脚本家&劇作家のネッド・ストウは、27歳の大柄な赤毛の娘ローラ・キャムパーソンと不倫。邪魔な妻ミリアムを始末したがっていた。そんなネッドの秘めた思いに気づいた38歳の独身男チャールズ・ハンマーは、相手に接触。チャールズはかねてより、自分の70歳の叔父ハーバート・ベヴァリーを殺して叔父の所有する中堅企業「ベヴァリー商会」の全権の相続を目論んでいた。チャールズは言葉巧みにネッドを洋上のヨットに誘い、海難ぎりぎりの操舵を試させて相手の度胸をはかる。チャールズがネッドを巻き込んで考えていた計画。それは互いのアリバイを完璧に確保した上での、殺人者と被害者の間に何の接点もない交換殺人のプランだった。

 1958年の英国作品。ブレイクのノンシリーズものの倒叙クライムサスペンス。
 当時ではまだ新鮮だと作者ブレイクが思っていた「交換殺人」というメインアイデアが、実はすでにハイスミスの『見知らぬ乗客』という形で前例があり、ブレイクがハイスミスに「すみません、原作も映画も知りませんでした」と素直に謝って許してもらったという逸話でも有名。なんか微笑ましい。とはいえこの数年後にアメリカじゃフレドリック・ブラウンが『交換殺人』書いてるけど、そっちはお断りを交わしたとかいう話はきいたことない。
(ツヅキさーん。タイムマシンじゃないけど「二番目の作家はおそるおそる、三番目以降は知らん顔」という実例が、SFじゃなくってミステリジャンルの中にここにありますヨ。)

 それでまあ、ストーリーだけれど、もう少し長めに厚めに書き込んでおいてもいいんでないの? というところまでホイホイとハイテンポに進み、読みやすさったら、この上ない。
 その上で私見ながら、作家の資質でブレイクとハイスミスを分類するなら、
・ハイスミス……かなり黒いが、ポイント的に一部白い
 (クリスチアナ・ブランドも似たような感じだが、あっちはさらに黒い)
・ブレイク……根は白い。ただししょっちゅう、人間の黒さに憧れている

……的な見識があるので、今回も決着は<そういう仕上げになるだろう>と思いながら読んでいくと……(中略)。
 
 なんか1970年代以降の、劇画ブームの影響を受けた手塚マンガの読み切り中編作品100ページという感じだけど、これはこれでイイです。こういう余韻嫌いじゃないし。
 ただまあ、もし万が一ブレイクが本作の上梓後に改めて同世代の作家ハイスミスを意識して『見知らぬ乗客』やらリプリーシリーズやら読んだなら、きっとすんごくコンプレックス抱いたろうね。だってハイスミスの方がずっと精神的にオトナだもん(そのこと自体イコール作家の魅力や技量では必ずしもないとは思うが)。
 ブレイクの看板キャラであるナイジェル・ストレンジウェイズのシリーズって、60年代になるとあんなことをしたりアレな描写を盛り込んだり、妙に黒くなっていくのだけど、その辺の背景には本作『血ぬられた報酬』の刊行を経ての同時代作家ハイスミスたちを今一度意識したこととかもあるんじゃないかって、勝手に妄想しております(笑)。

 あと、ポケミス版の171ページで、登場人物のひとりが我が身を振り返って題名をあげずにシムノンの作品のある場面を連想するが、具体的にどの作品であろう。すぐわかる人がいたら調べてみてください。


No.814 8点 メリー・ディア号の遭難
ハモンド・イネス
(2020/04/22 02:14登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月16日。「私」ことサルベージ業の準備を進めるジョン・ヘンリー・サンズは、2人の仲間とともに、事業用に改造予定のヨット「海の魔女号」で太西洋上を航行していたが、不測の嵐に遭遇。さらに「メリー・ディア号」の船名を刻む老朽化した大型貨物船と衝突しそうになる。メリー・ディア号に何か不審なものを感じたサンズは同船の甲板に上がるが、そこにはほとんど人の気配はなく、ただ一人だけ姿を現したすさんだ風体の中年男がサンズを語気荒く追い返した。だがヨットに戻ったサンズは嵐の海に転落。そのまま仲間ともヨットともはぐれてしまい、なりゆきから先のメリー・ディア号の男に救われた。男は船長のパッチだと自己紹介するが、船から乗員たちが降りた仔細は語ろうとしない。だがなおも嵐は続き、当面を生き延びるためサンズとパッチは死力を尽くして協力し、ただ二人だけでメリー・ディア号の操舵と航行を図るが。

 1956年の英国作品。結論から言うと、これまで読んだイネス作品の中では個人的にベスト3クラスに面白い(あとの二作は『キャンベル渓谷』と『北海の星』あたり)。
 小説パートによっては会話もほぼ皆無で、延々と克明な自然描写が継続。早川NV文庫の総ページ数360ページはちょっとしたボリュームだが、嵐の中で半ば呉越同舟(のような状態)となりながら生き延びるために協力する主人公2人。そんな物語前半の海洋冒険ドラマの迫力は、正に巻を措く能わず。
 そして小説は中盤から大きく流れを転換。主人公サンズに同化した読者の視点から見ても、絶対の危機のなかで死線をともにし、背中を預けあったもうひとりの主人公パッチが絶対に悪人でないのは明白なのだが、それではなぜ彼は当夜の不可解な状況について消極的に口をつぐんでいるのか? 一体、この船にどんな秘密があるのか? その謎に迫りながら、本作の海洋冒険行は第二幕へと移行する。

 後半では悪人との追跡・逃走模様などで緊張を目いっぱい煽りながら、銃器や刃物などの無粋な凶器アイテムの類を最後まで登場させないイネス。海洋冒険ドラマの盛り上げは、あくまで自然と人間の相克を軸にするのだという主張がギンギンで、そのストイックさには感銘の域を通り越して唖然としてしまう。
主人公たちを(中略)にきた悪役の行動も、冷静に(?)見れば「んー?」という感じの部分もあるのだが、たぶん作中の当人にしてみれば真剣な行動。当該の悪役の印象的な挙動もまた、イネスの狙うポイントだったのだろうなあ、と思わせる。クライマックスのとあるビジュアルイメージは、長らく忘れられそうにない。
 メロドラマの演出もしっとりと味わい深く、骨太な海洋冒険ドラマと同時に、どこか大人のおとぎ話を読んだような独特な感覚も受ける。これはホメ言葉。
 やっぱりイネスすごい。


No.813 7点 世界ショートショート傑作選1
アンソロジー(国内編集者)
(2020/04/19 20:00登録)
(ネタバレなし)
 1978~1980年にかけて、講談社文庫から刊行された全三巻の翻訳ショート・ショートのアンソロジー。 ミステリマガジン編集長を退陣して光文社の「EQ」(1978年創刊)の顧問についたばかりの各務三郎の編集による。
 大昔に購入したような気もするが、一年ほど前に出先のブックオフ1巻のみ100円均一の棚で購入したので、ずっとちびちび読んでいた。
 この1巻は1978年11月15日の初版。

 1巻を(あらためて)読む限り、全44編を収録した内容はクライム&ミステリ、怪奇&幻想、コントの三部で構成。ほとんどの作品が日本語版EQMM、ミステリマガジン、旧「奇想天外」のどこかで読んだ覚えがある。たぶん本書のための新訳は一本もない?

 ミステリマガジンオールタイム(日本版EQMM時代ふくむ)の中でも、第四代目編集長・太田博(つまり各務三郎)の時期がいちばん独特の個性と充実感があったという世代人は多い? が、その時期によく掲載されたショートショートの名作群も、たとえばニールの『風のなかのジェレミイ』あたりを筆頭に多数すくい上げられ、読み応えでは申し分ない(ここに入ってない当時の気になる作品は、たぶん2~3巻に入ってるのだろう)。

 とはいえ読んでいくと、始終頭をよぎるのは、古書店で買い集めたミステリマガジンのバックナンバーや、旧「奇想天外」の誌上で初読時にふれたそれぞれに印象的な挿し絵のイメージ。
 原体験世代としてはこれらのショートショートの名作群も、それぞれの挿し絵イラストとセットになってこそのマスターピースだったんだよなあ、という贅沢な思いも拭えなかったりする。いやまあ無いものねだりは百も承知ですが(笑)。

 でもってこういうジジイの鬱屈がどこに向かうのかって? そりゃもう、現行のダメダメな、21世紀のミステリマガジンへの憤懣以外にないでしょう(苦笑・怒・涙)。まあいろんな事情は見えるんだけどね。 


No.812 7点 詐欺師の饗宴
笠原卓
(2020/04/18 21:22登録)
(ネタバレなし)
 その年の12月。横浜市内の新興企業「上州機工」の経営陣が突如、行方をくらます。その直後に判明したのは取引先の企業64社を欺き、上州機工の一般社員たちを踏みつけにした大規模な計画詐欺で、被害総額は8億7千万円にも及んだ。やがて18年の歳月が経過。渋谷の小さな事務所「江守経済研究所」の所長・江守欽司は、さる事情から今も上州機工の関係者を探し続けていた。だがある日、若いストリッパーの星川ユミが上州機工に関する情報を携えて接触をはかってくるが。

 改題された創元文庫版で読了。元版は1977年の『闇からの遺産』。

 18年前の上州機工の事件を前章に、物語の前半ではさらにまた新たな詐欺犯罪が、犯行に関わる側からの視点を主体にコン・ゲーム風に語られる。え? これがパズラー? と軽く違和感。

 とはいえ(この時期の創元文庫らしく)背表紙にはミスタークェスチョンマークがあるし、目次にもそれっぽいワードがあるしな……と思って読んでいると、中盤で不可解な(広義の)密室殺人が発生。その状況も丁寧に説明されて、いっきにパズラーに転調する(詐欺犯罪の要素も引き続き語られるが)。本サイトのnukkamさんがよくおっしゃる「ジャンルミックス型」のパズラーですな。

 それでストーリーの後半で繰り出される持ち技の豊富さは、まあ想定内だったけれど、フーダニットの真相についてはなかなか小気味よいものを感じた。まあ分かってしまう人は分かってしまうかもしれないが。
 しかし密室トリックはなかなか楽しかった一方、偽装工作に手間暇かけるコストパフォーマンス的にこの行為、作中の犯人の立場からして引き合うの? という感じ。だっていきなり警察の鑑識で(中略)ってバレてるよね? 
 この辺のすわりの悪さとその反面の妙な愛嬌は、いかにもこの時代(70年代)の一部の謎解き作品っぽい。

 なお某メインキャラの、混迷していく事態からつねに一歩引いたようなポジションには結構ムカムカしたけれど、最後の最後で(中略)。これって<あの英国作品>だったのだな。あそこまでのサプライズとカタルシスまでには及ばないものの、けっこう近いものを感じた。
 文章が全体的にサバサバしすぎているのはちょっと好みじゃないけれど、力作なのは間違いないね。


No.811 7点 危険なやつは片づけろ
ハドリー・チェイス
(2020/04/18 19:40登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと、雑誌「犯罪実話」のライター、チェット・スレードンが、編集長のエドウィン・ファイエットから受けた指示。それは14ヶ月前にウェルデン市のナイトクラブ「フロリアン」から行方不明になった23歳の美人ダンサー、フェイ・ベンスンの失踪事件を洗い直せというものだった。早速、相棒のライター、バーニー・ロウとともに現地に向かうスレードンだが、二人は事件に関係するらしい複数の人物の変死を確認。さらにスレードンたちが出会った何か情報を秘めていそうな人物までが口封じされる。そして危険な魔手は、スレードンたち自身にも迫ってきた。

 1954年の英国作品。骨っぽいノワールから、窮地に立たされた主人公の矜持を見せつけるキャラクタードラマ、小粋なクライムサスペンスまで、似たようで実は幅広い主題を器用にこなすチェイスだが、本作では完全に通俗B級ハードボイルド(今回はかなり乱暴にこの言葉を使ってるが)の世界を、実に職人的な熟練の手際で仕上げている。

 おおざっぱに分類すれば、発覚していない悪事とその黒幕を暴けば記事(金)になるし、正義のためにも貢献できると決め込んだ文筆家が、悪徳の町(スモールタウン)へ乗り込んでいく王道パターンだが、主人公コンビの所属雑誌「犯罪実話」が意外によく読まれていて、捜査(取材)先の事件関係者や物語前半の舞台であるウェルデン市の警官たちにも通りがいいのが、なんか笑える。おかげで物語の前半は実は、そんなに危ないスモールタウンという感じはしない(物騒な殺し屋は向こうから寄ってくるが)。
 おかげでこの手の作品としては、意外なほどにマジメでマトモな警官たちが味方についてくれて、物語の半ばには悪党を迎え撃つ正義のチーム的な布陣になるのがちょっと驚いた。
 だが悪事の本陣は実はもうひとつのスモールタウン、タンバ・シティであり、そこは正に、ほぼ完全にギャングと悪徳警官が結託する場。所轄の事情からウェルデン市のマトモな警官たちも表立った支援はできず、ストーリーの後半では単身敵地に乗り込んでいく主人公スレードンがゲリラ的な奮闘を強いられるという二段構えの構成もよくできている。ストーリーが、ホップ・ステップする躍動感が半端じゃない。
 
 美人ダンサー失踪事件の背後に何があるのかというミステリ的な興味の真相も、なかなか手の込んだもので(評者は別の可能性を考えたがハズれた)、ラストの微妙にノワールっぽい落としどころも気が利いて洒落た味わい。
 お腹いっぱいでこの手のものはしばらく読まなくていいやという思いと、面白いのでもうちょっとこーゆーものを読みたいという欲求、二律背反の気分がせめぎあっている。たぶん、それだけ良かったということであろう(笑)。

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