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ミステリの祭典

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シャーロキアン殺人事件
ファーガス・オブリーンシリーズ 番外編

作家 アントニー・バウチャー
出版日1995年01月
平均点5.75点
書評数4人

No.4 6点 弾十六
(2024/08/27 06:00登録)
1940年出版。グーテンベルク21が拾ってくれるなんて想像もしなかった。教養文庫は持ってるはずだがずっと書庫を探して見つからず、だったので非常にありがたい。翻訳は非常に良い。(仁賀さんクオリティへの心配と駒月さんの名前で安心… というのが人並由真さんと全く同じだったので苦笑…) まあただ数少ないが意味不明のヘンテコ訳はトリビアでご紹介しちゃいました。
初版のダストカバーを見るとオブリーンものとしての出版ではないが、現行のペンズラー監修Mysterious Press版(Kindleで入手可能)ではFergus O'Breenシリーズ第二弾となっている。本作にはFO'BシリーズのレギュラーであるA・ジャクソンとモーリーンが登場し、第一作The Case of the Crumpled Knave(1939)への言及が数箇所あるので当然の扱いだろう。
シャーロキアン(ただし原文には一度もこの語は登場しない)なら本作は楽しめるだろうけど、読み込んでない人には「ふうん」レベル。バウチャーの悪い癖であるお遊びの強い浮世離れ感が出過ぎ。得意の言葉遊びも(いつものように)胃にもたれる。まあでも全体的に気に入りました。
バウチャーさんって、なんか人に興味が無さそう。キャラが薄いのはそのせいかな、と思う。
さて、以下トリビア。参照した原文はCarroll & Graf 1986。翻訳は大胆に訳注をほぼカット。潔ぎ良い姿勢だが、ならば三箇所ほどの割注も無しで良かったのでは?
電子本なのでページ数はpXXX/全ページ数で表記しています。
作中現在は本文に記されている通り1939年6月から始まる。最初の場面が何日かは不明だが6/26(手紙の日付)の数日前と思われる。第二次世界大戦の開始はナチスのポーランド侵攻1939-09-01である。
価値換算は米国消費者物価指数基準1939/2024(22.63倍)で$1=3270円
原文には献辞あり。“All characters portrayed or referred to in this novel are fictitious, with the exception of Sherlock Holmes, to whom this book is dedicated”
p6/378 蛇則(Buy Laws)◆ 普通はby laws(附則)。ワザとbuyにしてるが何かにかかってるのかなあ。
p7/378 おもしろいことになってきたぞ!(The game is afoot!)
p8 ハードボイルドなどという… ミステリ小説(mystery novels of the type known as hard-boiled)
p11 ショートカットの黒髪(her short black hair)◆ アイルランド娘という事でMaureen O’Hara(赤毛)のイメージかな?と思ったけど、メジャー・デビューは『ノートルダムの傴僂男(RKO 1939-12)』だった。
p11 ハーマン・ビングやマイク・カーティズ(Hermann Bing maybe, or Mike Curtiz)◆ いずれも欧州からハリウッドに逃れてきた映画監督。ビングはドイツ出身、カーティズはハンガリー出身だがドイツに亡命していた。
p11 『ホートン』を高速度撮影で(direct Horton in slow motion)◆ ここは映画の題名ではなく、映画俳優のEdward Everett Hortonのことか? 気取った感じが笑いを誘う。
p30 『楽しみにする』という動詞の用法が初歩的なミスを犯している(the disgraceful misuse of “anticipate.”)◆ 手紙文の原文は“Hoping that I shall soon receive a favorable reply from you” 私は文法が苦手だが、いろいろ探ったところでは、hopeは未来が当然なので、that以下でshallとかwillであえて未来形にすると反対のことを含意してしまう(「良い返事をいただけないかもですが… 」というニュアンス)らしいので正解は現在形だと思う。でも口語ではつい未来形にしちゃうことがあるようだ。
p40 誰が手紙を書いてたんだい?… 『誰に』でしょう(“Who were you writing to?”… “Whom”)◆ 『ゴルゴタの七』でもwhomは絶滅危惧種とあった。
p45 かつては隆盛を極めたあのUFAが強制追放されてゆく様を描いた宣伝映画『大混乱』(the propagandistic Mischmasch which our once great UFA has been forced to turn out)◆ 試訳「かつては偉大であった我らのUFAが無理矢理製作を強いられた宣伝映画『大混乱』」 この題名のUFA映画は該当がない。当時の有名なプロパガンダ・ドキュメンタリー映画といえばTriumph des Willens(1935)だが…
p47 ベルリンのカフェで我々が接触した三人の同志の話(the story of the three friends who met in a Berlin café)◆ 試訳「ベルリンのカフェで出会った友だち三人の話」
p50 グルーチョ・マルクスの特別室(Groucho Marx’s stateroom)◆ 『オペラは踊る』(1935)でグルーチョの小さな船室にサービス要員がどんどん入ってくる場面はstateroom sceneと呼ばれているようだ。某Tubeに抜粋あり。
p55 エイミー・ロブザート… フローラ・マクドナルド(Amy Robsart … Flora MacDonald)◆ Amy, Lady Dudley(1532-1560)、Flora MacDonald(1722-1790) ここはCharles Edward Stuartを追っ手から匿ったFloraが正解。
p65 今はオスカーの時代じゃない(a line that nobody’s got away with since Oscar)◆ 調べつかず。アイルランド神話にオスカーというのがいるらしいが…
p66 ケニー・ワシントン選手(Kenny Washington)◆ 黒人で初めてNFLと契約したレジェンド選手。大学ではジャッキー・ロビンソンのチームメイトだった(二人とも野球とアメフトをやっていた)。
p67 『シェイクスピアの霊の黙示録』 (Revelations by Shakespeare’s Spirit)◆ Sarah Taylor Shatfordが1919年に出版した自動筆記によるというふれ込みの本。
p69 A・ジャクスンのAが何の略字かという謎(What that A. stood for was a deep mystery)
p69 今年一月の特異な事件(an extraordinary case last January)◆ 原文には注あり。The Case of the Crumpled Knaveのこと。
p72 男たちはそれぞれ見習いだったつらい修業時代を思い出していた(the men began to remember the rougher days of their apprenticeship)◆ 試訳「男たちは若かりし時代の荒っぽい日々を思い出していた」
p74 ダイズ委員会(Dies Committee)◆ House Un-American Activities Committee 下院非米活動委員会の1938年ヴァージョン。
p86 おちょくる(rib)
p99 アスルリー・ ジョーンズ(Athelney Jones)◆ 勘違いか誤植だろう
p101 なんたるたわごと!(Horse feathers)
p102 身長制限をほんの一、二センチ上回るほどの(half an inch over the police minimum height)◆ 試訳「警官の最低身長基準を半インチ超えているだけ」
p109 中国人みたいに(like the Chinaman)◆ 話の流れで若い女性が口にすべきでない下ネタ・ジョークだろうと見当をつけ調べるとジャック・ニコルソンが『チャイナタウン』(1974)で床屋から聞いて下品に披露するヤツが見つかった。この映画は1930年代後半のL.A.が舞台なので時代も場所もぴったり。某Tubeでlike a chinaman jokeを検索すると出てくる。
p111 マルヴェイニーの小説(the Mulvaney stories)◆ キプリングの作品群。アイルランド人マルヴェイニー(Mulvaney)、コックニーのオーセリス (Ortheris)、ヨークシャ人のリアロイド(Learoyd)の三人が登場するシリーズ。インドの言葉がたくさん出てくるようだ。
p118 独断的なワトスン(a confidant, a Watson)◆ 試訳「腹心の友、ワトスン」 confidentと間違えたのね
p118 東の丘に朝露結び、歩道に朽葉色の衣ふむ夜明け(the dawn in russet mantle clad walks o’er the dew of yon high eastern hill)◆ Hamlet, Act 1, Scene 1 (Horatioのセリフ)
p122 韻を踏んでみたが最後のがちょっと弱いかな(Last line’s weak, but I like the third)◆ ここに登場する詩文はキプリング "West meet East"(1889)のもじり。原文は“For there is neither East nor West, /Border nor breed nor birth, /When one strong man’s been done to death, /And of suspects there’s no dearth”キプリングとは三・四行目が異なる。原詩は“When two strong men stand face to face, /tho’ they come from the ends of the earth”
p131 女性だったら真二つに切断されかねないような怪力で(one who knows that the woman wasn’t really sawed in two)◆ 試訳「女性が本当はノコギリで真っ二つにされてないことを知ってる人のように」 マジック実演が実に不思議だなあ、とポリポリ頭を掻いている情景。
p131 握りの部分に極めて美しい真珠の装飾がほどこされた小さなオートマチック(small and exceedingly pretty pearl-handled automatic)◆ 試訳「小さくてとても美しいパール・グリップのオートマチック」拳銃の握りでよくあるパール状の模様は白蝶貝などが原材料。真珠を埋め込んでるわけではない。
p138 スプリング錠(a spring lock)◆ ばね仕掛けでドアを閉じると自動的にロックする仕組みのように読める。このドアの場合は、鍵を使えば外からも開けられると記されている。
p148 偉大な狩猟家バーラーム(Bahram, that great hunter)◆ ササーン朝の君主(在位420-438)のバハラーム五世のことらしい。無駄に知識があるバウチャーさん
p149 合法的殺人(justifiable homicide)◆ 法律用語。正当防衛の結果や、法執行中のやむを得ない殺しのこと。
p155 小麦の山(a stack o’ wheats)
p160 あったのは絶対確かです(That there was a door was an obvious fact)◆ 「ドアが」が抜けている。
p164 オールド・ペッドかブラインド・スポット(old Ped… the Blind Spot)◆ Old PedはOzark FolksongのThe Old Peddlerのことか?Oh, Old Ped got out and out him a gad,/ Back to the wagon Old Ped did pad... He got in and he gave him a lick,/ He struck so hard that he broke his stickという歌詞あり。Blind Spotは1932年の英国犯罪映画が見つかったが内容不明。
p168 『トリスタン』を暗誦しました。「可愛いアイルランド娘、いったいおまえはどこにいる?」(whistled the phrase from “Tristan” which accompanies the words: “Mein Irisch Kind, wo weilest du?”)◆ このままの文句がワーグナー『トリスタンとイゾルデ』Act 1, Scene 1 冒頭、若い船乗りの朗唱にでてくる。この文句はT.S.Eliot “The Waste Land”にも引用されており、有名な一節のようだ。
p169 その自由連想の結果生じたすばらしい主題について、今ここでゆっくりお話しできないのが重ね重ね残念です(But this paper is no place in which to indulge in the fascinating subject of the results of free association)◆ 試訳「ここでは自由連想がもたらす結果という魅力的なテーマにふれている余裕はない」
p178 一応、念には念を入れて……か (...)お偉いさんがその言葉を文字通りの意味で使うことはまずないからな(Merely corroborative detail (...) though hardly, I trust, in the sense in which Pooh Bah used the phrase)◆ ここはギルバート&サリヴァン『ミカド』第二幕から。試訳「『ただの裏付けとなる細部』… というところかな。『ミカド』でプー・バーが言った時の意味とは全く違うがね」
p183 あなたは片足をもう片方の足より遠くへ投げ出してらっしゃいますね?(you’ll notice that one of your legs Is quite a stretch longer than the other)◆ 「あなたの片方の足はもう一方よりほんのちょっとだけ長いと気づくでしょう」と読める。でもこの場面ではピンと来ない。隠された意味があるのかなあ。もしかして「あなたは観察力が鋭いから、そういうどうでも良いくらいの長さの違いも気づいちゃうかもね」というジョークか?
p184 オックスフォード・グループ(Oxford Group)◆ 英Wiki参照。ここら辺、カトリック教徒のバウチャーがカトリックを控えめに称賛している。
p198 カリフォルニア出身のローズヴェルト二世好みとカンサス出身のローズヴェルト一世好み(a curious mixture of Roosevelt II Californian and Roosevelt I Kansan)◆ 翻訳は合ってるが、有名なローズヴェルトはテディとフランクリン(FDR)の両大統領しか思い浮かばない。いずれもニューヨーク出身で特にカリフォルニアやカンサスと関係なさそうなのだが…
p206 大いなる賞賛を受けた嫌われ者、いわば〈よき平凡な料理人〉(being that most highly praised abomination, a “good plain cook”)◆ 話者は皮肉屋なのでgood plain cook という表現は大嫌い、という趣旨か。
p206 スタイケンやウェストンにとってのUP社の報道カメラマン、ガストゥルのようなもの(somewhat the same relation to my Gustl as a U.P. news cameraman bears to Steichen or Weston)◆ SteichenとWestonは当時の有名写真家。ニュース・カメラマンと有名写真家の関係が、このgood plain cook と「我がGustl」の関係と相似形だという。ということはGustlは馴染みの最高級料理人なのだろう。
p210 エリザベス・ホーズ(Elizabeth Hawes)◆ 米国の有名ファッションデザイナー
p210 ダニロワ◆ Alexandra Danilova、ロシア生まれのバレリーナ
p215 ヘブロック・エリスのような禁欲の固まりのような権威者(a less austere authority than Havelock Ellis)◆ 試訳「ハブロック・エリスよりいささか劣る専門家」
p223 犯罪人類学のフートン(Hooton)◆ Earnest Hooton、著書Crime and the man. (1939 Harvard Univ. Press)など
p225 検視陪審(coroner’s jury)
p233 へロデルマ・サスペクトゥム(Heloderma suspectum)◆ なかなか可愛い
p234 私の姓を取って『ジョン・オウダブ』名義で(under ‘John O’Dab’ from my own name Jonadab)◆ 試訳「私の名前ジョナダブから『ジョン・オウダブ』名義として」
p242 ジェイムズ・サーバーの『さあ、ヤマウラへ行ってスズメッチになりましょう』という有名なくだり(the immortal line of James Thurber… “Now we go up to the garrick and become warbs”)◆ The Black Magic of Barney Haller By James Thurber、初出The New Yorker August 19, 1932
p253 悪質遺伝の典型のジューク家やカリカック家(the Jukeses and the Kallikaks)◆ 懐かしいなあ。このキ印家系の名前を初めて知ったのはEQだったような気がする。もちろん両家とも仮の名字。
p255 ソウニー・ビーン(Sawney Bean)◆ Wiki "ソニー・ビーン"で項目あり。
p255 ジーン・ファウラー(Gene Fowler)◆ 1890-1960、米国のジャーナリスト、作家。映画シナリオでも有名。ここで言及されているのはTimber Line(1933)と思われる。
p264 ハバナ産高級葉巻の〈コロナ・コロナ・コロナ〉(Corona Corona Corona)
p264 パパ(sugar-daddy)◆パパ活の方の「パパ」
p266 ルクセンブルク伯爵のワルツ(Count of Luxemburg waltz)◆ レハールのオペレッタDer Graf von Luxemburg(1909)を英語で改作したロンドン版(The Count of Luxembourg 1911)の時に新たに追加したもの。有名曲なので聴いたことあるでしょう。
p268 「ダブル、ダブル、ドイル。そしてトラブル」(Double, double, Doyle, and trouble)◆ 『マクベス』 (第四幕 第一場)魔女たちの歌のもじり。オリジナルはToil
p270 掛け金を外さずにドアを開けた(kept the door on the latch as he opened it)◆ ドアのメイン・ロックを外して「開く」にしたが、ボルト(latch)はかけたまま(ドアは開けていない)という状況だろう。次の文で、まだ外の姿は見えず声だけが聞こえている。
p272 『適正に処理した』と称するサラミ(kosher salami)◆ ユダヤ教の肉の扱いは難しいよね(イスラム教ならハラールという)
p276 死体があった(there was a body)◆ 正確には「身体があった」この時点では生き死にを明確にしたくない。ミステリ界では時々訳語にこまる言葉。
p288 男が夜に髭を剃る意味(why men shave at night)◆ だいたい想像がつくが、私の見聞では初耳情報。欧米人はヒゲが濃いからか?
p290 フォンデュ(fondue)◆ バウチャーのレシピ公開。美味しそう!
p291 高名なコック…アレクシス・ソイア(the eminent Alexis Soyer)◆ フランス人シェフ(1810-1858)
p303 ブラームス第二交響曲の最新版(the newest recording of the Brahms Second)◆ Brahms:Symphony No.2 in D major Op.73、当時のレコード(LPはまだなので五枚組になる)ならEugene Ormandy(1938?)だろうか。
p303 〈ラリー・ワグナーとリズマスター〉の演奏による...(Two Dukes on a Pier, fox trot, by Larry Wagner and his Rhythmasters)◆ このレコードは実在する(Victor 1937-11-24発売)。A面はAutopsy on Schubert。Internet Archiveで聴けますよ。
p305 八枚とももらうよ。ええと七五セントの、一ドル五〇セント、三……全部で六ドルだね(Eight records at seventy-five—one fifty—three—That would be six dollars)◆ 試訳「75セントが八枚… 1ドル50… 3ドル… 全部で6ドルだ」
p307 STEIN GO (以下略)◆ 誤植あり。 単語数が多すぎる。冒頭のSTEINは不要。 GOから始まるのが正解。
p307 六ドルにかかる売上税(The sales tax on six dollars)◆ よそ者だからこの種の税金に馴染みがなかったのだろう。 米国は全国一律の売上税を制定したことがない。1930年代には23州が売上税を採用していた。
p312 ベッド代二五セント部屋代五〇セントより(Beds 25¢, Rooms 50¢ And Up)◆ Bedsは一泊(夜だけ)、Roomsはまる一日という意味かなあ… 安宿代がレコード一枚より安かったとは。それでも一日約1600円だから激安。
p312 危険も二倍(Double Jeopardy)◆ 法律用語。一事不再理(同一の罪について二度裁かれない)原則のこと。試訳「二度裁かれないはずなのに」
p312 ガーネット事件… あの札つきの悪党(Garnett case. That crumpled knave)◆ いずれも The Case of the Crumpled Knaveへの言及。翻訳者は気づいていないらしい。後段は「あのくしゃくしゃになったジャック」
p329 するとエヴァンズさんが生んだ男の代名詞は、単に因習を引きずってるだけかな(Particularly if we consider Mr. Evans’ masculine pronoun as a mere convention)◆ 試訳「あえて言うがエヴァンズさんが「彼」という代名詞を使ったのは便宜的なものだろう」前段でエヴァンズが犯人を「he」と称したのでこのセリフ(翻訳では「彼」を使っていないため余計に分かりにくくなっている)。それに対するエヴァンズの返事は“It was intended as such”(そのつもりでした)
p353 マックス・ファリントンのような頭の切れる弁護士(a good lawyer, like Max Farrington)◆ The Case of the Crumpled Knaveに登場する弁護士。
p364 「あれはなかったことなの?」 「そのとおり」◆ この誤訳は最悪。ただでさえ弱弱な男が最低の返事をしてることになる。原文は“Did you mean it—what you didn’t quite say?” “You know I did.” 試訳「本気じゃなかったの?ちゃんと言葉にしなかったことだけど」「本気に決まってる」
p369 「会の罰則により」(Our Buy Laws)◆ ここはp6に合わせるべきところ。

No.3 7点 人並由真
(2020/11/11 03:00登録)
(ネタバレなし)
 1939年6月のロサンゼルス。映画会社「メトロポリタン・ピクチャーズ」はシャーロック・ホームズものの新作映画『まだらの紐』の製作企画を進めていた。だが映画の脚本家に、かねてよりホームズの名探偵ぶりを揶揄しているハードボイルドミステリ作家スティーヴン・ワースを起用したことから、国際規模のシャーロッキアン集団「ベイカーズ・ストリート・イレギュラーズ」の苛烈な攻撃が始まる。この非難に恐れをなした「メトロボリタン~」のプロデューサー、F・X・ワインバーグはイレギュラーズの懐柔策を敢行。自社の宣伝スタッフの美女モーリーン・オブリーンに命じて、アメリカ国内の主なイレギュラーズ会員たちを映画の監修役として呼び寄せるという大技に出た。だがそんな参集したイレギュラーズ会員の周辺で、思わぬ殺人事件が?

 1940年のアメリカ作品。
 創作者というよりはミステリ批評家(&ビッグネームファン)として名高いバウチャーが著した7本の長編(別名義を含む)のうちの一本。
 本作は、短編作品『ピンクの芋虫』そのほかや未訳の長編作品で活躍するバウチャーのレギュラー探偵ファーガス・オブリーンものの番外編的な設定で、ファーガス当人は欠場だが、その姉の美人OL、モーリーンがメインヒロインを務める。
(評者はまだ読んでいないけれど、ブランドの『ゆがんだ光輪』がコックリル警部の妹のみ登場ということで、似たような趣向かもね。)

<偉大な名探偵ホームズの映画化、そのシナリオライターに、お門違いのハードボイルド作家を使うな>という、いかにもミステリファンダムにありそうな悶着(しかも実在のシャーロッキアン団体が実名で登場・笑)から開幕する序盤からしてケッサクだが、中身のミステリギミックも、消えた死体の謎、アリバイの検証、暗号、大戦の緊張の影響下でのスパイ探し……とふんだんな趣向に満ちていて、実に楽しい。
(あと、ネタバレになるのであまり詳しくは言えないが、この作品がレギュラー名探偵不在の番外編というスタイルをとったのも、最後の最後でなんとなく作者の意図が窺える。)
 
 お話の組み立ても中盤、ロサンゼルスに招かれたイレギュラーズ会員のひとりひとりが個別に奇妙なエピソードに遭遇。しかもそのエピソードの大半がホームズ譚に見立てた? 内容。そんないわくありげなが複数の挿話が、物語の半ばで並び立てられるところで、おお、これは泡坂の『11枚のとらんぷ』の先駆か!? と小躍りしてしまう(とはいえ本作の場合は、後発の『11枚』ほど、この構成が(中略)なのだが、そこは愛嬌?)

 ……まあ最後まで読むと、伏線の張り方ヘタだよね、思わせぶりな描写に意味がなかったよね、日本人にはわからないよね……とか、あれやこれやの不満は続々と湧いてくる(汗)。
 だけどそれでも、とにかくいろんな仕掛けを興じようとしたバウチャーの心意気はビンビン伝わってくるようで、個人的には結構なレベルで楽しめた長編なのだった。

 しかしバウチャーの実作といえば、クレイトン・ロースンと並んで小説がヘタで読みにくいという前評判であった(おかげで『ゴルゴダの七』を読むのに二の足を踏んでいるうちに、家の中で本がどっかに行ってしまった~汗・涙~)。
 しかも本作の翻訳は、近年さらに悪評が高まる仁賀克雄。こりゃ相当キツイかなあと予期したが、先にちらりと訳者あとがきを読むと駒月雅子に手伝ってもらったそうで、ほっとする。そういうことをあえて書いているなら、実質的な翻訳は駒月さんなんだろうしね。実際、日本語として、地の文も会話も特に不順なところもなくスムーズに楽しめた。
 そんなアレコレも含めて、個人的にはそれなりに愛せる一冊(出来がよいかというと微妙だが)。

 ちなみに最初の方に書いた、この作品世界にいながら最後まで顔を見せなかったバウチャーの名探偵ファーガス・オブリーン。大昔に『ピンクの芋虫』を読んで狐につままれたような印象だけは覚えているが、webで検索すると、かの渕上痩平氏のブログやTwitterなどで、改めてかなりとんでもない名探偵キャラクターだということが分かる。未訳の長編二本も読んでみたいなあ。
 来年2021年以降は、また未訳のクラシックミステリの発掘が活性化しますようにと、切に願う。

No.2 5点 nukkam
(2016/08/13 06:38登録)
(ネタバレなしです) 1940年に発表された本書は自身もシャーロキアンだったこの作者にふさわしくシャーロック・ホームズに関する薀蓄が散りばめられた本格派推理小説です。ユーモアは豊かだし時代小説的な描写もあり、暗号や不可能犯罪などの謎解きネタも満載ですが全体の仕上げはごった煮風で非常に読みにくく、ストーリーテリングに関しては「ゴルゴダの七」(1937年)と同じく低い評価にならざるを得ません。典型的なパズルミステリーで人物描写も精彩に欠けていて記憶に残らず、唯一ロマンスだけがわかりやすかったです(笑)。名評論家必ずしも名作家ならずを実践してしまった作品というのが私の印象です。

No.1 5点 mini
(2009/09/26 10:09登録)
昨日25日発売の早川ミステリマガジン10月号の特集は、”ドイル生誕150周年”
150周年なんて区切り方があるとは思わなかったよ
便乗企画としてシャーロキアンな話を

バウチャーと言えばアメリカを代表するミステリー評論家で、アントニー賞という賞もこの評論家を記念したものだ
SFも書いているがガチな本格も書いている
ただし現在普通に入手出来るものは無く、潰れた現代教養文庫とは言え最も古本屋で入手し易いのはこれだろう
ミステリー作家としてのバウチャーが活躍したのは、アメリカン本格が衰微していって貧血状態に陥っていた時期で、この作品を読んでもそれは感じられる
後に本格の主流がイネス、ブレイクらの英国教養派に移っていったのも仕方ないことだろう
この作品も完全にすれからし読者向きで、ホームズすら読んだ事がないような読者が読んでも面白さは分からない
ただしバウチャーにしては意外と文章は読み易い
アンソロジーでバウチャーの短編はいくつか知っていたが、文意がすっと頭に入ってこない文章を書く作家なので、長編だからなのか幾分マシな感じである
謎解き面も評判ほど悪くもなく、最初の事件などは映画会社なのを考慮して私は真相を見破ってしまったし、第二の殺人未遂事件も多分そうかなと見抜いたけど、ある重要な人物が登場人物一覧表に載ってないのを不思議に思っていたが、なるほどそういう事かよ

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