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ミステリの祭典

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臨海荘事件

作家 多々羅四郎
出版日1977年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2020/11/16 19:03登録)
(ネタバレなし)
 昭和の初め。その年の10月12日。東京は大井町の高級アパート「臨海荘」の13号室で、元鉱山技師の資産家でひとりぐらしの62歳の男・本野義高が何者かに殺害された。状況は鍵のかかった密室。当日の午前中、義高のもとに甥の義夫、その義夫の友人の大枝登、さらに遠縁の娘・秋川澄江が順々に訪問していたことが判明。捜査主任である警視庁の市川警部と、その部下のベテラン刑事・長瀬幸太郎たちは関係者それぞれの証言を洗うが、やがて事件は思わぬ方向へと。

 昭和11年に春秋社から書き下ろしの形で刊行された、フーダニットのパズラー長編。
 もともとは昭和10~11年にかけて春秋社が実施した「長編探偵小説懸賞募集」企画に応募された作品(原稿用紙で約500枚)で、本作は北町一郎の作品『白昼夢』と並んで、準優勝といえる第二席の栄誉を獲得した。ちなみにこの時の第一席が、あの蒼井雄の『船富家の惨劇』。
 同企画の審査にあたったプロ作家たち(乱歩、雨村、甲賀、大下)の高評は完成度の高い『船富家』と、印象的な異色作『白日夢』におおむね傾むいたようで、本作を語るコメントの類は少ない。そのせいか、元版の刊行から80年以上経った今でも、マトモな形ではいまだに復刻されていない長編。

 今回、評者は興味がふと湧いて、前後編の分割で完全再録した雑誌「幻影城」の本誌1977年7~8月号にて一読した。
(しかし山本禾太郎の『小笛事件』の一挙再録とかも快挙だったけれど「幻影城」本誌って、改めてスゴイ雑誌だったと今になってようやっとわかる。なにしろ当時の評者なんか、この1977年後半の時期の同誌なら、初出連載の亜愛一郎ものばっか、とびついて読んでいた~汗・笑~。)
 
 それで本作『臨海荘事件』だが、作者の多々羅四郎は結局これ一本を残してミステリ界を去ってしまった作家のよう(再録の後半に寄せた解説記事で、中島河太郎がもしかしたら、と同一人物のものらしい短編の名をあげているが、グレイゾーンのようである)。
 したがって今回のレビュー(感想)も、あくまでこの作品単独のもの、せいぜい『船富家』との比較くらいしかできないんだけれど、個人的には予想以上に面白かった。

 作品の形質に関しては、当時の数少ない講評を乱歩がしており、その乱歩のコメント「真犯人の(ここは評者の判断で省略)、それについての作者のトリック、クロフツ流にリアルに描かれた探偵経路、幕切れの小道具としての(ここも中略)など、仲々よく出来ていると思う。古めかしい文体に力がそがれているが、トリックは相当廻りくどく考えてもあるし、一方またズバっとした所もある」という賞賛に実に同意。今の目で見ても、かなり的確な乱歩の評価だと思う。
 つけくわえるなら、容疑者が循環してゆく物語前半の流れ(あまり書かない方がいいか)を受けた、後半の探偵役たちのポジションがストーリーテリング的にかなり小気味よい。特にその軸となる、根は善人で正義漢ながら、酒に弱くて失敗を重ねてしまう初老刑事・長瀬のキャラクターが絶妙だ。
 あれやこれやのミステリギミックの結晶度では、たしかに『船富家』には及ばなかった本作だけれど、こういう人間臭い造形の登場人物は向こうにはいなかったよ(笑)。
 乱歩が賞賛のトリックについても、手数の多さをきれいにまとめている(一部、情報の後出し的な部分もあるが)。
 特に密室の真相は、ヒトによってはいろいろ言われるかもしれないけれど、昭和30年代の笹沢や佐野が使いそうなアイデアで、自分的にはニヤリ! であった。

 地味な戦前の謎解きフーダニットパズラーといってしまえばそれだけだし、作者の作品が事実上コレだけしかない無名作家ゆえ、セールスも難しいだろうけれど、それでも2020年代のこれから「あの『船富家の惨劇』と賞を競った幻の本格謎解き長編、初版以来、85年ぶりに発掘!」とかなんとか帯に謳って、新刊の文庫化してもいいかと思うよ。それでくいつく好事家の国産クラシックミステリマニアなら、そこそこいるんじゃないかしらん?

 評価は0.5点オマケして、この点数。
 ちなみに『船富家』の方は、名作の定評ゆえにややきびしくして7点なので、その辺りのニュアンスはよろしく読み取ってくださると有難い(笑)。

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