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ミステリの祭典

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脱獄九時間目
ウェイド・パリス警視/別邦題『九時間目』

作家 ベン・ベンスン
出版日1961年07月
平均点5.33点
書評数3人

No.3 8点 人並由真
(2020/11/09 15:17登録)
(ネタバレなし)
 1956年1月9日。未明のマサチューセッツ州の州立中央刑務所。服役中の大物ギャング、ダン・オークレーと、殺人罪で終身懲役のスティーヴ・ランステッドが、かねてよりひそかに入手していた拳銃で脱獄を図る。両者は脱獄に消極的な仲間ピーター・ゾルバを半ば強引に同道。脱獄する3人の囚人は、退職間際の老看守ボブ・バーネーと、社会勉強で看守仕事についていた大学生ケン・グリントリー、そしてランステッドが遺恨を抱く囚人の青年レッド・フォーリーを人質とした。だが逃走の算段は失敗し、バーネー老人が足を骨折したまま、囚人たちは刑務所の敷地内に立て籠もる。突然の事態に苦慮する刑務所所長カースン・クレイのもとに、応援に駆けつける州警察の刑事部長ウェイド・パリス警視。だが凶暴さで鳴らすランステッドは、かつて自分を逮捕したそのパリスへの復讐の機会をうかがっていた。

 1956年のアメリカ作品。
 おなじみウェイド・パリス警視シリーズの一本で、日本では最初に邦訳されたシリーズ内の作品。

 本来、脱獄ものの警察小説ならモーリス・プロクターの『この街のどこかに』みたいに、脱獄あるいは護送中からの逃走後、市内に潜んだ犯罪者と捜査陣のサバイバルラン&マンハントという緊迫戦となるのがセオリーだろう。だが本作は、前半の発端部でその定石をあえて外し、重傷者を人質にとった大物犯罪者と司法側の対峙という構図のみを明確に際立させる。この辺は、作者ベンスンのあざやかな構想の妙だ。
 
 オークレーとランステッドが立て籠もった刑務所敷地内の一角でのサスペンスドラマを軸としながら、物語を映すカメラアイは、刑務所の外へも自在に移動。主人公パリスと彼が率いる、または連携する州警察の機動力を、読み手に叩きつけるように活写。脱獄計画に関わった協力者や、今回の事件で立場を揺さぶられる関係者たちの境遇を並べ立てていく。このあたりの話の広がりぶりも、実に小気味よい。

 二転三転する刑務所内のメインストーリーも絶妙だが、小説としての主題(文芸的なテーマ)として「人間は他人の一面しか見ないもの」を描き抜こうとしたフシもうかがえる。
 たとえば刑務所所属の老医師アーネスト・マールボローなどはまぎれもなく善人ではあるのだが、息子を若死にさせてしまった辛い過去ゆえ、つい人にやさしくしよう、人間の善性だけを見よう、という切なくもいびつな一面があり、そういう対人面でのゆがみを、かねてより気安く言葉をかわしていた元ギャングの大物ランステッドによって、狡猾に利用されてしまう。
 そもそも錯覚の目で見られるのは、主人公のパリス自身からしてそうである。彼が今回の事件のなかでとる対応は、時に英雄的だとも、時に冷血非情だとも周囲からみなされるが、本当のところはそのどちらでもない。彼は最初から最後までごく普通の一人の人間であり、そして職務と司法の精神に忠実であろうとする一介の警察官、ただそれだけなのである。
 本作が本当に面白く見えてくるのは、この辺の文芸が身に染みてくるそんな瞬間だ。

 登場人物の素描の積み重ね、起伏に富んだ展開と、実によくできた作品だと思うが、あえて弱点をあげるなら目次が一種のネタバレになってしまっていること。

 あと、評者は今回、創元文庫版が見つからず、世界名作推理小説大系版で読んだけれど、邦題も一部のトンチンカンな読者に「脱獄してないじゃん」と言われそうな『脱獄九時間目』よりも最初の邦訳タイトル『九時間目』の方を文庫でも通した方が良かったかも(原題はシンプルに「The Ninth Hour」だ。)
 
 あと、評者はまったくの偶然というか成り行きで、このシリーズは邦訳された作品のなかでの原書刊行順通り『あでやかな標的』『燃える導火線』を先に読んでから、これを手にしたのだが、これは本当にラッキーだった。
 この作品(『九時間目(脱獄九時間目)』は十分に秀作~優秀作だと思うけれど、パリスシリーズの中で最初に読んでいい作品じゃないよね。パリスの通常の職務からいえば明らかに変化球の事態であり事件だろうし。87分署ものでいえば(いかにサスペンスフルで面白いからといって)ビギナーにいきなり『殺意の楔』から読ませるようなアレだ。

 世界名作推理小説大系版の巻末解説で厚木淳は、本作をアメリカ本国での高評も引用しながら激賞しており、たぶん当時はそのノリでこれから出しちゃったんだろうけれど、もうちょっとシリーズ展開の戦略は考えてほしかった(涙)。ああパリスシリーズが「87分署」や「マルティン・ベック」シリーズみたいに全部邦訳されている並行世界があるというのなら、ぜひとも数か月だけ行ってみたい!
(なお本作で、ゲストヒロインの娘ローリー・バーデットがパリスに接し、35歳の魅力的なエリートなのに、なぜ独身なのかと思った、しかし当人は何も語らなかった、というくだりなど読むと、評者なんか胸が張り裂けそうに切なくなるよ。作者ベンスンは、ちゃんとパリスの内面に(中略)……と。)

 未読のシリーズ邦訳が二冊。ゆっくり大事に、味わっていこうと思います(笑)。

No.2 3点 mini
(2015/04/14 09:45登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第5弾はベン・ベンスンだ、今年の生誕100周年作家はハードボイルドと警察小説に特色が有る
「脱獄九時間目」は過去に書評済だが生誕100周年テーマに合わせて一旦削除して再登録

50年代はアメリカン警察小説の時代である、ローレンス・トリートから始まってマッギヴァーン、ヒラリー・ウォー、トマス・ウォルシュなどを輩出し後のマクベインで頂点に達した
ベン・ベンスンも同期の代表的作家の一人
森事典で森英俊のこの作家の解説は魅力たっぷりで、”人物描写にたけ、サスペンスの演出でも非凡なところを見せた”などと紹介されれば期待してしまうではないか
しかし代表作と言われるこの作品だけに、期待に反するガッカリ感が余計強調されてしまった
これはつまらないだろう、いわゆる駄作というタイプでは無いが、つまらんことに変わりは無い
だってさ脱獄計画が頓挫した後の状況はさ、圧倒的に囚人側の方が不利なわけで、囚人側の武器は銃以外は人質だけなんだぜ
そりゃさ、怪我してるので人質の命というタイムサスペンスはあるけど、ここまで状況に有利不利の差があるとそれも効いていない
やはり主人公自身が危機に陥らないとサスペンスの醸成は難しいよな
あと社会派的なスパイスもこの作品では中途半端な効果しか挙げていない
kanamoriさんのおっしゃる通りで、これが代表作だったら他の作も読むのを躊躇するよな
でもまぁ、もう1~2作は読んでみようか(苦笑)

No.1 5点 kanamori
(2010/10/17 18:04登録)
看守を人質にして監獄内に籠城した脱獄犯たちと州警察の対峙を描いた警察小説。
いやあ、渋い警察小説とは聞いていましたが、この設定でここまで地味な内容になるとは思いませんでした。いくらでもサスペンスを盛り上げることが出来るのに、ほとんど動きがない。主人公の刑事部長パリスと脱獄犯らの交渉の過程と心理状態をていねいに描写するうちに9時間が経過したという感じです。
入手したあと2冊、当分積んどく状態だなこれは。

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