ボンベイの毒薬 ゴーテ警部シリーズ |
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作家 | H・R・F・キーティング |
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出版日 | 1967年01月 |
平均点 | 6.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/11/12 04:15登録) (ネタバレなし) インドのボンベイ。アメリカ人の大富豪フランク・マスターズが、砒素を飲んで死亡した。マスターズはボンベイで、私財を投じて慈善組織「浮浪児救済団体」を創設。孤児や実家に帰れない子供たちを引き取って後見し、自分自身も日々、粗食の生活を送る気高さで知られる人物だった。マスターズは他殺の可能性が取りざたされ、ボンベイ警察のガネシ・ゴーテ警部が捜査の任につく。だがゴーテは、インド社会に貢献する大物外国人の殺人事件を担当する重責を痛感。さらに被害者の周囲に、ボンベイの暗黒街の大物アムリット・シンの影が見え始めたことから、ゴーテの上司ナイク警視補は、そのシンに半ば強引に殺人の嫌疑をかけるように匂わせた。本当にシンが犯人なら彼を逮捕するが、ほかに真犯人がいるならそちらを検挙すべき。組織内の圧力と内なる正義の間で苦悩するゴーテの捜査の行く末は。 1966年の英国作品。ゴーテ警部シリーズ第二作目。 まぎれもないフーダニットの作品ではあるが、パズラーというよりは主人公のゴーテひとりに焦点を絞った警察捜査ミステリの趣が強い。その意味ではシリーズ前作『パーフェクト殺人』と同様である。 登場人物は全部で20人ほど。メイン&準メインキャラはその中の半分ほどと、そんなに多くないが、その分、主要人物それぞれのキャラクター描写は、ため息が出るほどくっきりしている。 特に児童集団のリーダー格で、皮膚病のために60歳の老人のような顔になっている不良少年「エドワード・G・ロビンソン」(旧作のアメリカ犯罪映画が好きでこう名乗る)とゴーテとの全編のやりとりは、一定の緊張感と奇妙なユーモラスさの振幅のなかで最後まで語られ、この作品のメインイメージを固めている。 さらにリアルタイムでは生前の描写がまったく語られない被害者のマスターズもある種のキーパーソンであり、次第に明かされていく彼の内面もまたなんというか……(中略)。 何より、いつものシリーズのように、事件とプライベートな立場の狭間であれやこれやと足掻き回る主人公ゴーテの姿が今回も鮮烈で、特に後半、その純朴とも誠実とも愚直ともえる人間味ゆえにはまりかける苦境は、ひたすら魂を震わされる。やっぱりこのゴーテの無器用さこそが、本シリーズの味わいどころだろうね。 (奥さんのプロチマは今回も苦労してるよ。旦那を支えるいい女房だ。) こってりとキャラクタードラマを綴ったのち、終盤での謎解きミステリへの切り返しはかなり小気味よい。作者のサプライズ狙いを勘案すると、犯人は予見できてしまう部分もないではないが、それでも(中略)な真相とそのあとに続くクロージングの余韻には痺れた。 評者は今回でこのシリーズが3冊目だが、どれも小説として十分に面白い(ミステリとしても楽しめる。まあ『雨に濡れた~』は別格だけれど)。 今さらながらにして、未訳があまりにも多すぎるのが残念だよな。まあそういう自分も、本は大昔から買っておきながら何十年も積ん読だったんだから、文句なんかいえた立場じゃないんだけれど(汗)。 なお本作の翻訳は、このポケミス刊行の時点で還暦だった(1906年生まれ)ネコ好きのおじさん・乾信一郎。このあともまだまだ活躍されましたが、すでにベテランの風格で、全体的によみやすかった。 |
No.1 | 6点 | nukkam | |
(2014/08/26 18:16登録) (ネタバレなしです) 1966年発表のゴーテ警部シリーズ第2作の本格派推理小説です。今回もゴーテ警部の捜査は彼の思うように進まず、その苦労ぶり描写がユニークな特徴となっています。もっともシリーズ前作の「パーフェクト殺人」(1964年)の場合は、特権階級の敷居の高さという非常にわかりやすい障害だったのに対して、本書ではなぜ事件関係者があれほど非協力的なのかちょっとぴんと来ませんでしたが。ゴーテ警部の人助けが思わぬ結果を生み出し、インド社会の描写と謎解きの前進に貢献しているところは巧妙なプロットだと思います。解決はあっさり気味ですが、前作よりはすっきり締め括られています。 |