人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2109件 |
No.1049 | 6点 | イマベルへの愛 チェスター・ハイムズ |
(2020/12/20 14:15登録) (ネタバレなし) 1950年代のアメリカ、ハーレム。葬儀店の従業員で28歳のジャクソン青年は、内縁の美人妻イマベル・パーキンスのため金儲けを企む。だが彼の虎の子の1500ドル、さらに店から盗んだ200ドルを南部から来た3人組の詐欺師チームに巻き上げられてしまった。ジャクソンの双子の兄ゴールディは普段は修道尼に女装して寄付金詐欺を行う男だが、よそ者の犯罪者たちに対抗。さらにハーレム警察の凄腕刑事コンビ、墓掘りジョーンズと棺桶エドもこの事態に絡んでくる。 1957年のアメリカ作品(ただし先行して同年に? フランスで出版)。エド&ジョーンズものの第一弾。 あくまでアメリカの大都会の一角ながら、イカれたことがごく日常的に頻繁しそうな異郷ハーレムの描写っぷりは、すでにこの作品のなかでほぼ確立。ジャクソンは親のおかげで地元の大学まで卒業した一応の学士で、いくら50年代の話とはいえケチな詐欺に引っかかるにはあまりに世知がなさすぎるとも思ったが、当時の作者&読者の視点ならこれはこれでリアルなのか? ほぼ全編が小悪党たちによるすったもんだのバーレスクという感触で、主人公はあくまでジャクソン。エド&ジョーンズの出番はそれほど多くないが、彼らが悪徳刑事でもダーティコップでもなく、ただのワイルドな捜査官だというキャラ設定はきちんと一貫している。 シリーズ第一弾ということで、エドが顔に硫酸を浴びる有名なシーンも登場。実にあっさりした叙述が、妙に逆説的に凄惨である。 やや悪趣味なノワールコメディという趣も強く「87分署」の変化球的な一編みたいなストーリーを、いきなり初弾に持ってきた感じだ。 評者は本当にたまたま本作の直前に、カーの1958年作品『死者のノック』を読んだが、この2つがほぼ同じ時代に同じアメリカで書かれたのか。なんか笑う。 ブラックなジョークで全編を彩りながら、ときどき人間の普遍的なほっとする一面を見せてくれる物語の心地よさ(本作で言えば、逃走中のジャクソンにちょっとやさしくしてくれる屑屋のじいちゃんの言動など)は本作にも登場。ただシリーズの出だしのせいか、ちょっと話のこなれがよくない印象もある。評点はこのくらいで。 【追記】本書のポケミスの人物一覧では 墓掘りジョーンズが「墓掘りジョンソン」 棺桶エドが「棺桶エド・ジョーンズ」 とそれぞれ表記。愉快……でもない間違い。 |
No.1048 | 6点 | 死者のノック ジョン・ディクスン・カー |
(2020/12/19 20:23登録) (ネタバレなし) 1948年のアメリカはバージニア州。そこのクイーンズ大学の学舎で奇怪な悪戯が繰り返され、70過ぎの警備員と、その孫で祖父のかわりに見回りにきた孝行者の16歳の少年が相次いで生命の危機に晒された。そのころ、同大学の英文学教授で39歳のマーク・ルースベンは、19世紀の英国の小説家の巨匠ウィルキー・コリンズ関連の貴重な資料を確保。英国の学者ギデオン・フェル博士もその噂を聞きつけてやってくるが、そんなマーク当人は、結婚5年目の美貌の妻で32歳のブレンダと離婚の危機に瀕していた。ワシントンの年下のボーイフレンド、フランク・チャドウィックのもとに走ろうとするブレンダ。彼女は自分の言い分として、先にマークが近所の多情な美女ローズ・レストレンジと浮気したと指摘するが、それはマーク当人には身に覚えがないことだった。だがそんな夫婦の騒ぎの直後、彼らの周辺で密室殺人事件が発生した。そしてその被害者は……。 1958年のアメリカ作品。HM文庫版で(とりあえず)読了。 <フェル博士、海を渡る>の設定で、コリンズの幻のミステリ作品もメインプロットにからむ。しかも序盤から、どこかあの『連続殺人事件』を思わせる男女コンビの痴話ゲンカや、大学でのイタズラ事件などもお話に動員されてケレン味は十分。 オカルト要素はまったく皆無だが、後期カーらしい<読みものミステリ>としては、読んでいる間じゅう、たっぷり楽しめた。 まあフェル博士の渡米については、作者カー自身がすでにアメリカに来て10年以上で、そろそろ自分のレギュラー探偵を、第二の故郷で活躍させたくなったというところであろう。 登場人物はやや少なめ、会話も多くてすごく読みやすい。 これが、あの(オレがこれまでの生涯で最悪に読みづらいと思ったミステリのひとつ)『盲目の理髪師』(井上一夫翻訳版)と同じフェル博士シリーズか!? と思ったほどだ。結局は、作者の創作時期と、翻訳の訳文によってシリーズものの感触なんてまったく変わってしまうんだよという、きわめて当たり前の話だが(笑)。 でまあ、予想外にシンプル……しかしいまひとつ細かいところが分からない密室トリックに関しては、読後、webの噂を参考にうかがうと、やはりみなさんひっかかってたようで(笑)。 「死者のノック」「密室」「(中略)」の三つのキーワードを入れてGoogle検索したら、すぐ例のサイトに行った。おかげで、脇に一応、持ってきておいたポケミスの旧訳版までリファレンスするはめになった。 ……でもこれって、できればビジュアルによる説明が欲しいな。 登場人物の頭数が限られていながら、犯人当て&フツーのミステリとしては、まあまあフツーによく出来ているとは思う。カーのB~C級路線としては<そのリーグのなかでの>佳作~秀作といえるんじゃないかと。 キャラ描写にしても、最終的に(中略)という決着もスキだし。クロージングもこれはこれで、作者がやりたかったことなんだろうから、まあいいんでないの(笑)。 最後に、HM文庫の新訳、高橋豊訳は期待どおりに読みやすかったけれど、フェル博士の話言葉がどうもね~。やっぱりその辺は、旧訳版の村崎訳の「わっはっは、わしは……」調の方がずっと楽しいぞ。 |
No.1047 | 5点 | リトモア少年誘拐 ヘンリー・ウエイド |
(2020/12/18 04:40登録) (ネタバレなし) 1955年のイギリス。地方都市のハーボロー市。そこでは地元紙「ハーボロー・ポスト」が、風紀粛清のスローガンを掲げる。だが4月のその夜「~ポスト」発行者ハーバート・リトモアの長男で、10歳の少年ベン(ベンジャミン)が何者かに誘拐される。捜査が長引くなか、スコットランドヤードはベテラン刑事のヴァイン主任警部を同市に派遣。やがて走査線上に、意外な容疑者の名前が浮上してくる。 1954年の英国作品。評者は創元の旧クライム・クラブ版で読了。 いつもお世話になっているミステリのデータベースサイト<aga-search>によれば、本作は1952年の『Be Kind to the Killer』に続く2作目のヴァイン警部もののようだが、本シリーズはこれしか翻訳がないので、この名探偵の詳しい実績は知らない。たしかに作中には、何か過去の事件簿っぽい話題は出てくる。 被害者の少年の父親で主要人物のひとりハーバートが社会正義に邁進する完全無欠な聖人かと思いきや、現在は更生しているが、過去に小切手横領を働いた前科者だったりする。この辺のちょっとひねったキャラ設定とか、序盤のうちはなかなか面白そうに思えた。 が、正直、多人数の警察官を動員した捜査の軌跡を子細に語るだけの話で、かなり退屈。 途中の山場で「え?」と思わされる展開がひとつあるが、そこを過ぎると、あとのストーリーは丁寧な描写の積み重ねながらほとんど曲はない。 ゆったりした叙述を崩さない作法にある種の格調は認めるが、作品全体のミステリとしてのトキメキは薄く、これまで評者が読んだ旧クライム・クラブ収録作品のなかでも、やや~相応に下の方だろう。 一応はフーダニット作品だが、残念ながらパズラーとも言い難く、悪い意味で<手堅く地味すぎる警察小説>という感じだ。 そもそも旧クライム・クラブ巻頭の登場人物一覧表には17人しか名前が載ってないが、評者がメモったら端役までふくめて名前のあるキャラの総数は70人近くに及んだ。そんな数の多さに比例して、捜査官も人海戦術でどんどん事件に駆り出される。そういった流れはリアルかもしれないが、謎解きミステリにはなりにくい。 この作品は作者の遺作らしいが、最後の微笑ましいクロージングは、存命ならまだまだこのシリーズを続けるつもりだったのでは? とも思わせた。結局、ヴァイン警部はいろんな意味で不遇なシリーズキャラクターだったみたいで、ちょっと気の毒かも。 ごく細部には、まあまあ面白い箇所もあったので、評点は0.5点ほどおまけして、この点数で。 |
No.1046 | 9点 | 罪なき血 P・D・ジェイムズ |
(2020/12/16 13:41登録) (ネタバレなし) 1978年のイギリス。社会学者モーリス・ポルフリーとその妻ヒルダの養女であるフィリッパ・ポルフリーはケンブリッジ大学への進学が決まり、18歳になったのを機会に、自分の本当の出自を調べる。まもなくフィリッパは、自分の実父マーティン・ジョン・ダルトンが12歳の少女ジェリー・スケイスに性的行為をして逮捕され、すでに獄死した犯罪者であり、実母がそのマーティンの妻で、くだんのジェリーを殺した女囚メアリだと知った。しかも無期懲役の受刑者ながら10年間、模範囚だったメアリは、この夏に釈放される予定だという。モーリスが自分を<殺人者の娘>というサンプルとして引き取ったのだと認めたフィリッパ。彼女は進学のために家を離れると同時に、実母メアリの身柄引受人となり安アパートで自活して同居を始める。だがそんな母子に、ジェリーを殺された親族の復讐の妄執がひそかに迫っていた。 1980年の英国作品。 ジェイムズファンが、彼女の最高傑作とも噂しているみたいな、ノンシリーズのサスペンスもので人間ドラマ。 元版のハードカバーで読了。大昔に、知人の年上のミステリファンから、面白かったから読んでみてと進呈されながら、ダルグリッシュものでも、コーデリアものでもない、なんか重そう……と思って敬遠し、そのまま戴いたことすら半ば忘れていた一冊であった(ああ、申し訳ない)。 少し前に部屋の蔵書を引っかき回していたら出てきたので、改めて当時、本をくれた方に感謝してこのたび読み始める。 今なら、シリーズものだろうがそうでなかろうが<ジェイムズならじっくり詠めば面白いだろう>との確信があるし。あとは読みたいという気分と、ゆっくり本が読めるまとまった時間を掴むタイミングがあればいい。 それでページをめくりはじめてから、ほぼ丸一日で読了。いや期待どおりに面白かった&読み応えがあった。 予期しない事態、初めての経験に次々と遭遇しながらおおむね器用に理性的にこなしていくフィリッパのキャラクターは<現代っ子>的な逞しさを感じさせ、その周囲あるいは遠景でそれぞれの立場にもとづいた動きを見せるメインキャラ&主要サブキャラたちの描写もいい。 本作は三人称、多視点描写の形式。 文章は意外に会話も多いが、やはり主体は登場人物の行動や状況と情景、それに適度にそれぞれの人物の内面をのぞき込む地の文。重厚というよりは緻密さで、読者に迫る。ほかの英国女流推理作家との比較でいうなら、レンデルの文芸スリラーのときの三割増しという感じ。 とはいえ母メアリを迎えて(中略)な同居を始めたフィリッパの本当の腹の底は、けっこうギリギリのところで明かされず、大枠としてかなり特異な状況を彼女なりに消化していくその内面で、本当に何を考えているかはわからない? むしろ途中から登場してくる<もう一人の主人公>といえる復讐者の方が、読者視点では裏表がないくらいだ。 小規模な見せ場を重ねていくストレートノヴェルに近い感じだが、後半~終盤ではちゃんと(やや広義の?)ミステリに転調。(中略)も(中略)されて、読み手にフィリッパをふくむそれぞれのメインキャラクターへの雑駁な想いを残しながら、物語は潮が引くように幕を閉じる。細部の決着のなかには、本当に一部、読む者の心に淀みを宿すような軽いひっかかりがあるのも、この作品の場合、なんとなくよろしい。 十分に面白く手応えがあり、ジェイムズの代表作とよぶに、たぶん相応しい出来であろう(まだそんなに冊数を読んでない内から、こんな物言いも不遜だが)。 ちなみにハードカバー版の訳者あとがきで、このあとに作者がまたコーデリアものを書くらしい、と予告されていた。これが1982年の『皮膚の下の頭蓋骨』だったわけだな。さすがにそっちはもう読んでるが。一瞬、勘違いして本作をもっと晩年のジェイムズの作品と誤認し、構想だけで結局は書かれないで終わったコーデリアものの第三長編でもあったのか? と夢想してしまった(汗・苦笑)。 評点は0.5点ほどおまけ。 |
No.1045 | 8点 | ジェゼベルの死 クリスチアナ・ブランド |
(2020/12/15 15:07登録) (ネタバレなし) 1940年のロンドン。20代前半の青年将校ジョニイ・ワイズは、知人で性格の悪い年上の娘イザベル・ドルーに誘導されて、自分の婚約者パーペチュア(ペピイ)・カークが中年の俳優アール・アンダーソンに抱きしめられている図を目撃する。度を失ったジョニイは自ら命を絶った。やがて大戦を挟んだ1947年のロンドン。ペピイ、イザベル、アールの三人は7年前の惨事を記憶に留めたまま、死亡したジョニイの友人や知人たちも仲間にしてセミプロの劇団を運営していたが、そんななか、何者かがペピイたち三人に殺人予告状を送ってくる。ペピイの故郷ケント州の警察官コックリル警部は彼女の依頼で怪文書の主を探そうとするが、相手の正体は不明。やがてページェント(屋外演劇)の公演中、舞台上で密室状況といえる、奇妙で不可解な殺人事件が起きる。 1949年の英国作品。こんなものも、まだ読んでませんでしたシリーズ。HM文庫版で読了。 ブランドの最高傑作にあげる人も少なくない一冊なので、二日間はかかるかなと思いきや、深夜に手にとって結局は途中で止められず、4時間でいっき読みしてしまった(笑・汗)。 ステージ上の密室殺人(広義の、の修辞をつけた方がいいと思うが)や(中略)という趣向は前もって聞いていたが、事前の殺人予告状、しかもそれが(中略)にまで……というケレン味にはゾクゾクしてシビれた。 『ハイヒールの死』の主役探偵チャールズワースが登場してコックリルものと世界観がリンクすることも、これまでのコックリルの事件簿が噂として口頭に上ることも知らなかったので、この辺のファンサービス? もすごく嬉しく楽しい。 人によっては読みにくいといわれ、評者自身もかつてそのような感慨を覚えたこともないではないブランドの高濃度な小説だが、今回も自分で登場人物一覧表を作りながらページをめくったので、特に不順などは感じない。むしろ各キャラのデータが増えていくたびに、読み進めながらワクワク感が高まっていく。 主要登場人物の総数が少ないことも、ブランド、これでどうやって最後に盛り上げるんだ? という逆説的な期待に繋がった。 (しかしHM文庫版133~134ページの正義と良識を気取ってその実、人の心を(中略)してしまう無神経な人間の描写、さすがだねえ。正にブランドの意地の悪さ炸裂だ。) 最後までアンコが詰まった鯛焼きのような娯楽パズラーで、後半は続発する(中略)という異常事態にも、二転三転する犯人の指摘にも堪能させられたけど、やはり決め手はあの大トリックでしょう。なるほどこれは萌える(笑)。 ちなみに、以下、極力、本作とその該当作品のネタバレにならないように気をつかいながら書くけれど、20世紀のある国産作品で、その作者が「この新作のトリックの独創性には自信があります」と豪語したものの、当時のSRの会のメンバーの一部から「いや、前例があるじゃん」という主旨の指摘を受けたことがあった(もちろん当時、その新刊を話題にしながらくだんの指摘をした人は、その該当作品の実名を出すような無神経で無思慮な真似などはしていない)。 評者は当時、その作者のその新作(のそのトリック)にスナオに感嘆していたので、そんなSRの同志の指摘を認めてビックリ。その前例の作品ってなんだろ? とウン十年ずっと思い続けていたのだが、ようやく胸のつかえがとれておりた。ああ、コレ(本作)だったのね! (これだけ曖昧に書けば、本作とくだんの国内作品、その双方を実際に読みおわるまで、ネタバレになることはないね?) まあ<その作者>は<その作品>を書いた時点では、たぶんまだ本作を読んでなかったのだろうし、パクリの類ではないと推察するけれど。 さらにそのトリック自体も<完全新規のすごい創案です>といいきるなら<いや、これ(本作)があるでしょ>と言われても仕方がない。 しかしながら、21世紀現在の時点で単発作品としてそれぞれ白紙の状態で別々に読めば、ファンが双方の類似を意識しない……ということもありえるかもしれない。 何せ(中略)という行為のホワイダニットは、時代が進むのと同時にさらに分母が広がり、普遍化が加速しているはずだから。 何にしろ、いろいろ得るものは多い一冊であった。 しかしこれでブランドの未読の大物(らしい)作品がまたひとつ減ってしまったなあ(涙)。内容を忘れている人気作&代表作も、また再読してみようかしらん。 【余談】HM文庫巻末の山口雅也先生の解説。ミステリマガジンの人気連載「プレイバック」で本作を取り上げた実績ゆえの起用だろうし、文章の内容そのものは作品と作者への愛情があっていいんだけれど、自分が読んだ初版では『疑惑の霧』を『疑惑の影』と書き間違えて? いる(一瞬、素で、なんでここでカーの話題が? 不可能犯罪がらみで何か引用したいのか? と思ってしまった)。 誰の責任か知らないけれど、いずれにしろ山口先生の、そしてハヤカワ編集部のコケンに関わるよね(汗)。以降の再版ではここ、直っているのでしょうか。 |
No.1044 | 7点 | 殺しのデュエット エリオット・ウェスト |
(2020/12/14 19:09登録) (ネタバレなし) 1970年代前半のロサンジェルス。その夜、「わたし」こと49歳の私立探偵ジム・ブレイニーは、秘書で恋人の24歳の美女ベデリア・ベリーとのデート中の路上で、麻薬の売人と警官との銃撃戦に遭遇する。負傷した警官を支援して犯罪者を射殺したブレイニーは時の英雄となり、その評判を認めた裏社会の大物ジョン・コルビーが依頼を申し出てきた。コルビーの頼む案件とは、総額10万ドルほどの宝石を持って愛人のもとに走った妻クレアの所在を探し、その宝石を奪回すること。だがクレアの恋人とは、ラスベガスの大物ギャング、マックス・ガンナーだった。ブレイニーはベデリア、そして助手の青年ドン・プライスとともにラスベガスに向かうが、事態は血臭ただよう殺人事件へと発展してゆく。 1976年のアメリカ作品。 ハードカバーの叢書「アメリカン・ハードボイルド」の方で読了。 翻訳される前から1970年代後半のミステリマガジン誌上で小鷹信光が熱く語っていた一冊で、当時の世代人ならこの作品の現物を読んだことはなくても、その小鷹の記事内で語られた(中略)のインパクトはなんとなく頭に残っているかもしれない(かくいう評者がそうであった)。 そんなレジェンド的な当時の話題作、衝撃作といえる一冊だが、ようやくこのたび読んでみると……。 なんというか、北方謙三の格調で書かれたハドリイ・チェイス風の勢いの私立探偵小説、みたいな内容。 ノンシリーズものという強みを盾にとった作劇がイケイケで、つまりこの主人公ブレイニーが最終的にどこに行くのかわからない(くたばるかも知れないし、悪に堕するのかも知れない)。そんな種類の先の見えない緊張感を、ほぼ全域にわたって読み手にバシバシとぶつけてくる。 こいつはリュウ・アーチャーやマイケル・シェーン、シェル・スコットとの付き合いじゃ得られない(まずたぶん)感興だ。 山場の(中略)シーンは、作品紹介のポイントにされただけあって、さすがに今読んでもスゴイし。 ミステリとしては先が透けてしまう部分もないではないが、真犯人に向けてブレイニーが指摘する決めてのロジック(一番最初の)はなかなか鮮やか。明快でよろしい。 終盤は様式に流れた? セオリーを守った? 感触もあるが、随所の文芸ポイントをひとつふたつ押すことで本作の個性を獲得しようとした作者の本気さは認める。 大半の作家の立場で、ハードボイルド私立探偵小説はシリーズものにしないで、本当に自分を出し切ったものを生涯でただ一冊書いちゃえばいいんでないの、というような一面があるようにもかねてより思うのだけれど、これはまさにそんな方向で培われたタイプの作品のような。 ラストはもうちょっと若い頃に読んでおいても、良かったかもな。10~20代に読んでいたら、もっと鋭敏に心に刺さっただろう。 読み応えから言えば8点を十分にあげたいんだけれど、作者の奮闘や完成度とは別の部分で(中略)という弱点を感じてこの評点。実質7.75点くらいで、でもそれでも8点はあげにくい、そんな気分の作品。 あ、断片的に語られる、メインヒロインたちの(中略)な恋愛観と、その顛末は、なかな味のある描写であった。 |
No.1043 | 5点 | 透明な同伴者 鮎川哲也 |
(2020/12/14 14:28登録) (ネタバレなし) 1988年に刊行の集英社文庫。 ブックオフの100円棚で購入。 就寝前にベッドでもうちょっとミステリを読みたいときや、病院の待合室でのお供などに重宝した、ノンシリーズの倒叙謎解き短編集。 ・以下、簡単に全6編の感想&メモ書き 「透明な同伴者」 ……主人公(殺人者)が女流推理作家という設定のみ興味を惹く話。結末はなんというか……本当にフツー。 「写楽が見ていた」 ……読んだ直後はちょっと面白いと思ったような気もしたが、この本を最後まで読み終えるころには、どんな話でトリックでオチだったか忘れてたいた。実はそれだけ地味な内容だったということか。 「笑う鴉」 ……被害者の女流作家のキャラクターがな~(笑)。ネタは子供向きのトリッククイズ本レベル。伏線も張り方が難しかったかもしれないが、もうちょっとなんとかならなかったかと思う。 「首」 ……主人公のややこしい発想は、ちょっと楽しかった。『恐怖劇場アンバランス』みたいな系列の一時間枠番組のなかでのミステリ路線として映像化してほしいかも。 「パットはシャム猫の名」 ……殺人のために(中略)。腹の立つ犯人だな。その点を抜きにすればアホなトリックは微笑ましいかも。 「あて逃げ」 ……編集部から頼まれた規定の原稿の枚数に尺が合わなくて、話を足しましたという感じ。後半のキーパーソンの行状に無理がありすぎだよね? 文句もつけたけど、トータルとしては、この手の作品が久々だったこともあってそんなに悪い印象はない。巻末の山前さんの書誌情報と鮎川作品への研究考察はさすが、という感じ。 |
No.1042 | 5点 | 見たのは誰だ 大下宇陀児 |
(2020/12/14 01:36登録) (ネタバレなし) 終戦からしばらく経ったその年の2月上旬。T大学の法学部に在籍する桐原進は、彼を「兄キ」と呼ぶ学友の古原昌人とともに、昌人の叔父で元外交官の古川敏行の屋敷に物取りに忍び込む。進は秀才の苦学生だったが、恋人でK大学の学生、木田紀美(きみ)を妊娠させてしまい、彼女と所帯を持つためにまとまった金が必要だった。当初、進は、敏行が戦時中から自宅に秘匿している金塊を穏便に盗み出すつもりだったが、計画の歯車は狂い、犯行現場は惨状となった。「任侠弁護士」俵岩男は、この事件の弁護を引き受ける が。 昭和30年11月に刊行の元版で読了。 主人公の進を主軸とした窃盗計画とその顛末をストレートに(?)綴って、物語の紙幅の5分の2くらいを消化。金が欲しくて犯罪を行い、それがうまくいかなかっただけ。裏も表もないお話が語られ、残りの内容をミステリとしてどう読ませるつもりなんだ、コレ、と思っていたら、妙な方にストーリーが膨らんでいく。 でもって読了後、数年前に復刊された文庫の感想をAmazonやTwitterで探ると、結構、みんなの評判はいいみたいね。 まあ作者が用意した後半の展開のぶっとび具合がさらに一回りして、意外に時代を感じさせないものになってしまった、という印象もある。 ちなみに小説の細部では、当時の若者気風の批判なども横溢。しかしその辺も21世紀の現代に通じる部分もないではないから、面白いといえば面白い。 全体的に小説としては意外に読ませるというか『石の下の記録』レベルには面白かった。前半の犯行に至るくだりの軽い緊張感に加えて、後半のメインキャラとなる俵弁護士の描写もなかなか独特の雰囲気がある。 自分が人情家であることを客観視した俵がなるべく冷静になるように務め、不当に被疑者に肩入れせずに事件に向かいあおうとする。そんな心構えの描写も(それは法に携わる者としては当たり前の態度ながら)ちょっといい。 ミステリとしては、先述の<話が膨らんでいく後半の部分>をどう取るか、だな。これで作品の独自性が出たと評価するか、とにもかくにも後半の物語を盛り上げて最後にまとめるため、強引な趣向を動員したと見るか。……うーん、個人的には、双方の思いが相半ば、かな(笑)。 罪もない家畜が冷酷に殺され、その実行者がくだんの件で反省もしない、明確なお咎めもなし、という点では、悪い意味で昭和作品。 もろもろの感慨をまとめて、評点はこのくらいで。 |
No.1041 | 6点 | ロウソクのために一シリングを ジョセフィン・テイ |
(2020/12/13 14:43登録) (ネタバレなし) ある夏の朝、イギリス海峡の海岸で女性の死体が見つかる。死体は国際的な人気の映画スターで、30歳のクリスティーン(クリス)・クレイと判明。クリスは貴族である夫エドワード・チャンプニズの外遊中、海岸のロッジ「イバラ荘」に宿泊していたらしい。スコットランド・ヤードのアラン・グラント警部が出馬し、イバラ荘の客となっていた青年ロバート(ロビン/ボビー)・ティズダルの証言が求められる。ティズダルはおじの遺産を浪費した無一文の若者だが、妙な愛嬌からクリスに気に入られ、男女の関係なしに世話になっていたようだ。クリスの死が事故でなく他殺と認めたグラントは、ティズダルも含めて周辺の容疑者を洗うが、やがてティズダルにきわめて不利な状況証拠が見つかった。 1936年の英国作品。作者がジョセフィン・テイ名義で書いた初の長編で、先行して別名義でスタートさせていたグラント警部シリーズの第二弾となる。 広義のパズラーの要素はあるが、グラントの捜査の軌跡を追っていくクロフツ的な作劇はシリーズ前作『列のなかの男』同様、警察小説の作法に近い。ただしキャラクターの書き分けや場面場面の見せ方などに前作よりも進歩が感じられ、大ざっぱな印象では『列のなかの男』よりもずっと面白く読めた(3~4時間でいっき読み)。 中盤は嫌疑をかけられたティズダルの逃亡と、彼の無実を信じて支援する某キャラの行状にも紙幅が費やされ、とにかく読んでいる間はなかなか楽しめる。 終盤の真相=意外な犯人は「え、そっち!?」という感じで、伏線や手がかりの薄さも含めてほとんどチョンボだが、とにもかくにも作者のサプライズ狙いは評価……したいなあ(笑)。 ただ一方で、一体それまでの(中略)というところも生じてしまってはいるけれど。 まあ出来がいい作品とはいいがたいよね(苦笑)。 本作をベースにした映画『第三逃亡者』はいまだ観ていないけれど、容疑をかけられたティズダル青年をはっきり主人公にした作りなのであろう? なるほどこの原作の映画なら、ヒッチコックが映像の素材として存分に料理の腕をふるえそうな感じはする。 最後に、翻訳は近年も活躍の直良和美。日本語としては全体的に読みやすかったが、初出の登場人物名を素性の情報も添えないでいきなりほうりだしてくるパターンが多く、かなり辟易した。原文もそういう雰囲気なのかもしれないが、その辺は翻訳の範疇で許される演出として、もうちょっと読者視点で読みやすくしてほしかったところ。 評点は前述のチョンボな謎解きは結構気に入ってるんだけれど……7点をつけるにはちょっと引いてしまって、この点数で。 |
No.1040 | 6点 | 溺れるアヒル E・S・ガードナー |
(2020/12/12 04:26登録) (ネタバレなし) 世界大戦の緊張が高まる40年代の前半。秘書デラとともにカリフォルニアに来ていた弁護士メイスンは、土地の大農場主ジョン・L・ウイザースプーンから相談を受ける。実は、農場主の一人娘で21歳のロイスには、近々出征が決まっている同じ年齢のマーヴィン・アダムズという恋人がいるが、そのマーヴィンの母で未亡人のサラーが先日死亡。サラーは死の間際に、実はお前マーヴィンは本当の子ではない、私と亡き夫ホレイスが赤ん坊の時に誘拐してきた子だと言い残したという。娘の婿候補のマーヴィンにかねてより好感を抱いていたウィザースプーンは、この話に驚愕。私立探偵に過去の詳細を洗わせると、さらにもっと驚く事実が判明した。実はマーヴィンの父ホレイスは18年前に殺人の罪で死刑になっており、母サラーは実父が重犯罪者という事実を息子から隠蔽するため、誘拐云々の話をでっち上げたらしい。マーヴィンへの好感はさておき、殺人者の息子を娘の婿にしたくないという本音を告げたウィザースプーンは、メイスンに18年前の事件の再調査を願う。だが、現在のカリフォルニアでまたも新たな殺人事件が? 1942年のアメリカ作品。メイスンシリーズの長編、第20弾。 ……いや、真剣に悩んだすえにその行為に走ったのであろう作中の当事者には本当に申し訳ないが(汗)、触れてほしくない過去(夫=息子の父が殺人罪で処刑された)を秘匿するため、さらにまた突拍子もないややこしいウソ(お前は実は私たちとは他人の、誘拐事件の被害者だよ)をついて世を去ったおっかさんのサラー。このトンデモな序盤の設定には、爆笑してしまった。世の中には本当にいろんな人がいるもんですねえ、という感じ(笑)。 薬品研究をする秀才マーヴィンの探求から、アヒルが溺れるという奇妙な事象が発生。その事実が事件にとりこまれていくが、これってミステリとしての構造にはそんなに深い意味はなかったような(一応の説明は用意されているが)。 過去と現在の事件の反復のなかで、ちょっとわがままなウィザースプーンや、これからの人生があるマーヴィンとロイス、それぞれの社会的な立場まで考えながら事件をこなそうとするメイスンの言動はかなり頼もしい。 さらに今回は初めてメイスンが弁護士としてではなく、当初、あくまで傍聴人のひとりとして法廷に入り、新鮮かついらだたしい体験だとする愉快な場面もある。大戦の空気が高まる時勢にあって、リベラルな物言いを放つメイスンのキャラクターもなかなかステキ。 ミステリとしてはおおむねソツがないとは思うものの、真相が割れても(中略)がもともとあまり書き込まれていなかったため、驚きも謎解き作品としてのトキメキも希薄なのが残念。 容疑者の範疇に入ってくるキャラクターたちの書き込みがうすいな~と、ときどき思わせるのが、ガードナー作品にしばし見られる弱点だと思う。比べても仕方がないんだけれど、クリスティーはその辺がやはりずっとうまかった。 物語の掴みは最高、話は好テンポ、ミステリとしての組み立てもなかなか……なんだけれど、それなりの重要度のハズの一部のゲストキャラたちのつまらなさで失点。評点はこんなところで。 |
No.1039 | 7点 | 密閉山脈 森村誠一 |
(2020/12/10 04:14登録) (ネタバレなし) 信じていた恋人に捨てられた傷心の美人OL、湯浅貴久子。彼女は南アルプスの冬山で美しい凍死を望むが、登山中のクライマーの青年コンビ、影山隼人と真柄慎二に救われた。下山した若者たちは美しい貴久子を巡って三角関係になるが、彼女はその片方を選んだ。だが三人で向かう計画のK岳への登山行の中で、男性の片方が悪天候の雪山で死亡。地元の山岳パトロール、熊耳敬助警部補は当初その悲劇を通例の遭難死として扱うが、やがてとある事実に気づいた。 下山困難な荒天の雪山での殺人? その雪山を広域な密室現場として捉える着想は、なかなか魅力的。 あと、物語中盤の死者を山間で荼毘にふす描写の克明さは強烈な臨場感と迫力で、改めて、70~80年代の「野性時代」のグラビアとかで登山への並々ならぬ思い入れを語っていた作者のポートレートを思い出した。こういう山での特殊なリアリティは、実体験やそれに近い密な取材作業に負うからこそ書けるんだろうしねえ。 登場人物も描写のポイントを絞った上に、名前のある作中キャラがわずか十人ちょっと。当然、フーダニットの興味なんか放り出してハウダニットとホワイダニットの謎を主眼に置いた作品である。 ただしメイントリックは当初から予想がつく。というか、作中の人物が事件性に疑問をもった時点で、この発想に考えが至らないのはちょっと不自然じゃないか? と思ったくらい。 (ちなみに誠に恐縮ながら、本サイトのりゅうぐうのつかいさんのレビューは、かなりネタバレになりかかっていますので、本書を未読の方はその旨、ご注意ください。) とはいえ<ミステリ要素も組み込んだ小説>としては、これまで読んだ森村作品でも随一といえるくらい面白かった。特に後半のとある状況の急転ぶりには、清張の秀作レベルの勢いを感じたくらいであった。 ただそれでも最後まで読むと、ああ、やっぱり森村作品だな~という感慨が湧く。 きっとこの人は1960年代の国産ミステリの系譜をしっかり受け継ぎながら、一方でそれをスナオにトレースするのが本当に気恥ずかしかったんだろうね。だから物語の多くにああいう味付けをしてしまう。森村作品を読むとその大半で<そういう思い>にとらわれちゃうよ。 そういった森村作品の食感にはもうとっくに慣れたつもりでいたんだけれど、まだまだ甘かった(汗)。まあ、この作品は、かなりの初期作品だし、もっとマジメに森村作品を大系的に読んでいけば、もうちょっとは違うものが見えてくるかもしれない。 |
No.1038 | 7点 | 耳をすます壁 マーガレット・ミラー |
(2020/12/09 05:15登録) (ネタバレなし) 1959年のアメリカ作品。ミラーの(たしか)15番目の長編。 『眼の壁』と並ぶ<ミラー壁二部作>の片方……というのは、いま思いついた真っ赤なウソで、そんな一括りの呼称はミステリファンの間で聞いたことはない(笑・汗)。 しかし評者は、その『壁』のどっちかを既読、どっちかを未読だったハズだが、判然としない(汗)。その曖昧さが気になって、とりあえず手近のこっちを読み出したら「ああ、こっちがすでに読んでた方だ」と序盤で気がついた(まあ初読が30年近く前のことだし、忘れていても仕方がない・笑)。 それでもどんな話だっけ? 本サイトでは評判いいけど?(レビュアーは2人だけながら、平均点ではミラー作品のなかでベストワン!)……と思って興味が続き、そのまま最後までいっきに再読し直す。 それで本作はミラー作品のなかでも会話が多め、リーダビリティはたぶん最高級で、いっきに読了。いや、まさかマーガレット・ミラーの長編を(再読とはいえ)3時間で読み通せる(ちゃんと人物一覧表を作りながら)とは思わなかった! でもって本作の評価は、もろもろの長所ポイントをふくめて先行のHORNETさんのレビューがほぼあますところなく語ってくださってるので、あまり付け加えることはないです(笑)。 あえて付け足すなら、探偵&狂言回し役の私立探偵エルマー・ドッドの<デキる中年男>のキャラがすごくいい。 しかしこの作品、できるなら、登場人物一覧表は見ないで読むことをお勧めします。 今回は書庫から出してきた創元文庫の初版で再読したけれど、この人物一覧、カンのいい人には結構ヤバイかも……。 (もちろんここではあまり詳しいことは言えないが、創元の編集部は、フェアさを遵守した上でまだまだ工夫の余地はあったはずだと)。 あとね、これはたぶん原書段階からの作者のポカミスだとは思うけれど、創元文庫165ページ目の描写。ここは終盤の展開と、完全に不整合だよね。これは昔、初読のとき、SRの会の年下の友人と話題にしたので覚えていた(というか正確には、今回、記憶を再確認した)。 当時からミラークラスの作家でも、こーゆーことがあるんだと思ったものです(まあこの話題はこの辺で)。 ラストの一行は(中略)とするのが吉だろうが、ちょっと裏読みしてみたい気もする。その余地はあるフィニッシングストローク。 いずれにしろジェットコースター的な感覚では、たしかにミラー作品のなかでも上位の方。それは間違いない。 さてそのうち、安心して『眼の壁』を読むことにしよう。 |
No.1037 | 7点 | 死と陽気な女 エリス・ピーターズ |
(2020/12/08 19:56登録) (ネタバレなし) ロンドンから離れた町コマフォード。州警察の部長刑事ジョージ・フェレスの息子で14歳の少年ドミニック(ドム)は、5つ年上の美しい娘キティ(キャスリン)・ノリスに恋心を抱いた。それから2年後、地元である有力者が殺害される。そして事件を担当するジョージが殺人容疑者として逮捕したのは、さる事情から被害者と縁故があったあのキティだった。ドミニックは愛しい女性の無罪を証明しようと、自ら事件を調査するが。 1961年の英国作品。フェレス一家シリーズの第二弾。1963年MWA最優秀長編賞受賞作品。 評者はピーターズはこれが2冊目。本シリーズは初読で、カドフェルものもまだ一冊も読んでいない。 大昔にMWA賞受賞の肩書きで興味を覚えて買った(ままだった)ポケミスが見つかったので、ようやくこのたび読んでみる。 (20世紀の終盤から本シリーズの未訳作品も何冊か発掘翻訳されていたのは、数年前に初めて知った。) 大設定からドミニックが物語の全編で主役をつとめ、父親のジョージは脇に回るのかと思っていたが、あにはからんや。ジョージの出番も結構、多い。英国伝統の中年紳士捜査官ものと、ちょっとだけウールリッチの少年主人公ものとかを思わせるコージー・ミステリ、その要素でストーリーの成分を折半しあった感じ。 会話も適度に多い一方、饒舌な地の文も全体的に滑らかで小説としてはおおむね読みやすい。 愛妻家の父親ジョージがメインヒロインのキティにふと純情な劣情を覚え、息子ドミニックに嫉妬するあたりとかキャラ描写も良い。 犯人は割と早めに見当がついてしまうが、最後までエンターテインメントとして見せ場を用意してあるのは評価。クライマックスの最後での犯人の心情吐露はなかなか印象的。いや、動機そのものは(中略)。 それなりに楽しく読めたが、これがMWA最優秀長編賞? という感慨は覚える一冊。中身そのものは佳作の上クラスでしょう。 ただしポケミスの最後1ページの切れ味は、個人的にすごいツボであった。切なさ・さわやかさ・逞しさ、いろんな情感をいっきに感じさせられ、作者はもしかしたらこのラストを綴るためにこの一作を書いたのではないか? とすら、一瞬、思ってしまったほど。 (実際のところは、これはあくまで、最後のまとめとして採択しただけのクロージングなんだろうけれど。) 10~20代の頃に読んでいたら、また違った重みがあったろうな。そんな幕切れ。 評点は、そんなエンディングを踏まえた上で、さらに0.5点オマケしてこの点数で。 |
No.1036 | 6点 | 死者と栄光への挽歌 結城昌治 |
(2020/12/07 15:26登録) (ネタバレなし) 1980年前後のある年。4月の下旬。若い妻タキ江と別れて、現在は82歳の祖母トヨと二人で暮らす36歳の売れない画家、菊池睦男。彼はその日、34年前に南方の島ポロホロ島で戦死したはずの父が、実は戦後ずっと別名で都内で生きていて、つい先日、交通事故で死んだ、との知らせを受ける。事故死者が父親と確定されれば複数の保険が降りて、睦男のもとには1億円が支払われると聞き、突然の事態に驚く睦男。死者の本名らしい名前は睦夫の父のものと微妙に違っていたが、それは大戦前後の混乱のなかでの記録の誤りと片づけられそうだった。しかし得心の行かない睦男は、自分から死者の周辺を調べ始める。 「オール読物」1979年8~10月号に連載後、大幅に手を加えてから刊行された長編作品。 元版ハードカバーの初版が長らく書庫に眠っていたので、少し前に引っ張り出してきて昨夜、読んだ。 恥ずかしながら、作者の名高い<戦争もの>路線は、たしかこれが初読。 さらに元版の刊行から40年も経って読むのでは、作者が受け手に期待する時代や世相的な距離感も見えにくくなってしまっているのではないかとも危ぶむ。が、そのあたりは<歳月を経ても風化させてはいけない性格の主題>として、なるべく素直に付き合わせていただくつもりで読んだ。 kanamoriさんの要点を押さえたレビューの通り、複数の大きな謎「本当に父なのか」「当人ならなぜ身元を隠し、なぜ実家に戻らなかったのか」「その背景となる戦時中に何があったのか」が柱となる作品。これにさらに中盤以降、リアルタイムで物語に動きがある。 一段組で活字はやや大きめ、ページ数も300ページ足らずといささか短めの長編。全体的な印象としてはその紙幅に見合った食い足りなさと、逆に一方で凝縮された密度感の双方を感じだ。特に後者に関しては、最後の数十ページのコンデンスされた謎解きの迫力がすごい。 ただし一方で、21世紀の今、戦後生まれの自分がこんなことを言うのは誠に不遜なのだが、戦争(中略)の真実が(中略)だった感触はある。いやもちろん、真摯に考えるべき作中の状況で、人間の(中略)といったテーマだが。 さらに主人公の睦男は、戦時中は母の体内にいた~嬰児で、ほぼ戦後の第一世代。十分に戦禍の影の出生ながら、実人生としては完全に戦後世界のなかで生きてきた人間である。この物語の核となる戦争の秘話に肉薄し、理性と感情を揺さぶられながら、どこか主題に対してバイスタンダーなキャラクターに描かれているようなのは、1980年の時点ですでに作者が<その辺の世代と戦争との距離感>を冷静に捉えているからだろうか。 あとよく組み立てられたパズラー要素の反面、物語の大小の枠組みなどからして、昭和のミステリ、小説なら、こういうパターンのときにはこうなるだろうなあ、という先読みが成立してしまう作劇の弱さもいくつか感じた。その辺はこの作品のウィークポイントかもしれない。ここではあまり詳しくは言えないけれど。 主人公の周辺の人間関係の推移を語って、妙な余韻を感じさせて終わるクロージングは良かった。若いうちに読んでいたら、もっと心に染みていたかもしれない終わり方。 |
No.1035 | 7点 | 黄金 ディック・フランシス |
(2020/12/06 06:45登録) (ネタバレなし) 「私」こと33歳のアマチュア騎手イアン・ベンブロックは、3年前に仲違いした実父マルカムの呼び出しを受け、護衛を頼まれる。68歳になるマルカムは「ミダス(王)」の異名をとる英国財界の超大物だが、イアンの母ジョイスをふくめてこれまで5人の妻をめとり、のべ9人の子供をなしていた。だが少し前にその5人目の妻で若い美女のモイラが自宅で何者かに殺され、さらにマルカムもまたいつのまにか殺されかけていた。イアン自身も危険に見舞われるが、かたや十数人に及ぶマルカムの親族や別れた妻たちは、大半がその莫大な財産の生前分与を希望。親族たちは、仲違いしたはずなのに結局は最も頼れる息子としてマルカムの信任を得たイアンに嫉妬の念を抱く一方、父からの利益が得られるように仲介を願う。だが事件はさらに危険な事態へと加速していった。 1987年の英国作品。競馬シリーズの長編第26弾。 このところ翻訳ものは少しアメリカ作品が続いたので、そろそろ今度はイギリスものを……と思って、これを読み出す。 本サイトの先行のお二人の評価がよさげなのは、なんとなく頭にはあった。だいぶ前に古書で購入した、HM文庫版で読了。 本文500ページ近くの束(つか)で、しっかり確認したわけじゃないけれどフランシスの作品中でもトップクラスに厚いんじゃないかと思ったが、一日ほぼ250ページずつ二日間でいっきに読んでしまった。 とはいえこの<富豪マルカムの歴代の妻とその子供たち、さらにはその子供の配偶者たち>がのべ22人。そのうち4人は殺人事件の被害者モイラをふくめて物語開幕時点で実質的にリタイアしているが、それでも残りのキャラの認知がちと大変である。おかげで今回はたぶん生まれて初めて、(恒例の)人物一覧リストと同時に、家系図まで自作した。 さすがにそこまで手間をかけた分だけあって、丁寧に書き分けられた一族の面々の把握はスムーズに進み、イアン視点でとっかえひっかえ物語の表に登場してくる各キャラの人間模様がすんごく楽しめる。 一方で物語の緩急もかなり巧妙に組み立てられ、中盤の山場を契機に過去のとあるエピソードが振り返られていく流れなんかも小気味よい。 (といいつつ、(中略)に関しては、いくら言い訳しようと警察が見つけられなかったんかい? とも思ったが。) しかし、とにもかくにも各キャラがしっかりと細かく描かれているので、終盤には誰が真犯人であっても、作者の筆力で「ほら、あの印象的な××……が犯人だったんですよ~」と、納得させられてしまいそうな気配もあったりして? そういう意味では、あまり意外性は期待できないな……と思っていたら、いやそれでも、動機の真相もふくめて結構、オドロかされた。 まあ、犯人の内面的な造形については、ちょっと作者の筆が走りすぎたきらいもあるが、その辺は英国ミステリ界の作劇の伝統めいたものを感じないでもない。実際、半世紀くらい前の某作品の某シーンに似た<人間の(中略)>を、ちょっと思い出したりもした。 しかしイアンの(中略)って、結局は(中略)だったんだね? 私やてっきり(中略)。 評点はかなり8点に近いこの点数、ということで。 |
No.1034 | 5点 | 死は囁く フランセス&リチャード・ロックリッジ |
(2020/12/04 15:00登録) (ネタバレなし) 1950年代はじめのニューヨーク。アマチュア探偵として多くの事件を解決してきたジェラルド(ジェリー)とパメラのノース夫妻。版元「ノース出版社」の社長であるジェリーは現在、作家との交渉のためサンフランシスコに出張中。子供のいないパメラは3匹の愛猫、通いの女中マーサとともに留守番をしていた。そんな時、ノース家に、一般人でも音声を記録可能な録音媒体のレコード(円盤)が送られてくる。中身が気になったパメラは夜間に夫の無人のオフィスに赴き、そこの設備で録音を再生。すると中から聞こえてきたのは、女性が殺される現場? と思える状況の記録だった。驚くパメラだが、彼女はそのまま何者かに誘拐されてしまう。一方その頃、NY市警の警視でノース夫妻とも付き合いの長いビル・ウェイガンドは、ある男の殺人事件を追いかけていた。 1953年のアメリカ作品。ノース夫妻もののミステリ第17長編。 もともと夫婦探偵もの、あるいは男女のパートナー探偵ものは大好き。 さらにこの叢書「現代推理小説全集」の解説をまとめた植草甚一の著作「雨降りだからミステリでも勉強しよう」などを読んで、本シリーズのことは少年時代から知っていた。特に、当初はホームコメディ風の普通小説のキャラクターだったのが路線変更して名探偵キャラになったというノース夫妻シリーズの経緯がすごく興味深い。 ゆえに評者なんか、そのうち読みたい読みたいとはなんとなく思っていたが、気がついたらウン十年。いつのまにかこのトシになってしまった(笑)。 (まあ翻訳されている3長編のどれも、微妙~相当に敷居が高い入手難易度なんだけれど。) でもって一番、手近&手頃そうなこの作品から読んでみたが、うーん……。 主人公の片方ジェリーは出張で物語の後半までほぼ不在、さらにパメラは何者かに捕まってしまい、前半の実質的な主役はウェイガンド警視が担当する。たぶんこれはシリーズのなかでも、変化球的な一本っぽいね。 しかし紙幅が薄め(本文170ページちょっと)でまあまあテンポよく読めるのはいいとして、パメラのピンチからの脱出の経緯も、最後の数人に絞られた容疑者からの真犯人の確定も、どっちもひとことで言ってかなり雑。特に後者なんかこのヒトが犯人でなくっても別にいいよね? という感じ。前者にしたって、パメラはさっさと(中略)。 悪い意味でアメリカの赤川次郎作品。大きく期待はしていなかったものの、もうちょっとは楽しめるものを予期していたので、こんなものか……という感触であった。 やんちゃな猫たち「猫族」の愛らしい描写と、夫妻の愛猫ぶりには好感。次にこのシリーズを手にするときは、そっちの興味で読み始めるであろう。 |
No.1033 | 6点 | 林の中の家 仁木悦子 |
(2020/12/03 05:48登録) (ネタバレなし) アマチュア探偵の兄妹、仁木雄太郎と悦子は、ヨーロッパに長期旅行中の水原夫妻の屋敷に、住み込み留守番のアルバイトをしていた。ある夜、同家にかかってきた電話。それは林の中にある、放送作家、近越常夫の邸宅で人が殺されたという知らせだった。早速、同家に向かう兄妹は、そこで女性の死体を発見するが……。 マイ・ミステリ・ライフにおいて<大昔に読んだかな、まだ未読だったかな? 自分でもわからない>シリーズの一冊(笑)。 評者の場合、こういうものは大抵、読んでいない。 ……うん、やっぱり、完全に未読であった(汗)。 そっちの現物が見つかれば、挿し絵が豊富で人物一覧もついている(おまけに関連の書誌記事や評論も読める)「別冊幻影城」版で楽しもうと思ったが、しばらく家の中を探しても出てこないので、大昔に古書で買った1959年の元版で一読。 ハイセンスな真鍋博の装丁(箱)はステキだが、本文には人物一覧も挿し絵もないのでちょっと不満。とはいえ、読んでいくうちに、元版での読書ならではのある種の風情は味わえたので、これはこれでよしとしよう。 しかし登場人物が結構多め(名前がある人物だけで30人強、名前なしの者を加算すればさらに十人以上増える)なくせに、キャラの書き分けが全体的に平板。特に物語の前半は微妙に面倒くさい人物の配置もあいまって、読みにくさはかなりのものだった。キャラの印象が根付く前に次から次に登場人物を作中に放り込んでくる感じで、仁木悦子ってこんなに小説がヘタだったか? といささかゲンナリする。 あと、くだんの前半はちっとも「林の中の家」のストーリーではなく「(中略)の家」の話じゃないかって。 それでも後半、全33章のうち、ちょうど真ん中の第16章あたりから話に弾みがついて面白くなってくる。 終盤の展開も部分的に読めてしまう箇所はいくつかあるが、全体の仕掛けの手数の多さ、そして何より(中略)な事件の構造が形成された経緯には、相応にシビれた。 『猫は知っていた』はあまり評価していないんだけど、こっちは最終的にはそれよりは好み。 それでもってtider-tigerさんのおっしゃるように偶然が多い……というか、作品世界の広がりがせせこましいのは弱点だと思う。けれど、一方でこの作品の妙味はその辺の人間関係の狭さで成立した部分もあるような気もするので、ちょっとフクザツ(まあこの辺りは、あまり細かく言えないね)。 こなれの悪いところ、力がこもったところ、それらこもごも合わせていかにも作者の初期作品といった印象。とにかく前半はちょっとキツイけれど、トータルでは、まあまあキライではない。 |
No.1032 | 6点 | 殺人グランプリ ジョン・ラング |
(2020/12/02 17:40登録) (ネタバレなし) 1960年代半ばの欧州。軍備増強を図るイスラエルは、ノルウェー陸軍が放出する武器の大量輸入を計画。だがその作戦を支えるイスラエル情報員たちを世界の各地で暗殺するのは、アラブ側の秘密工作員たちだった。表向きは外科医のアルジェリア人、ジョルジュ・リソー率いるアラブ暗殺団に対し、イスラエルを支援するパリ在住のアメリカ大使館は裏の世界の暗殺者モーガンを招聘するが、たまたま商用で訪仏したアメリカ人の青年弁護士ロジャー・カーは外見が似ていたため、そのモーガンと誤認されてしまう。アラブ側、アメリカ&イスラエル、さらにはパリ警察までが動くなか、暗殺者ジョルジュの企む謎の計画にさらにまきこまれていくカーは。 1967年のアメリカ作品。クライトンが(複数のほかの名義も含めて)一番最初に書いた作品、あるいは著作。 日本ではポケミス1185番として1972年10月に刊行。Amazonの登録データはなぜか70年代の前半が不順なので、これも現状で登録されてないみたいだ。 殺し屋とそっくり(?)さんのアマチュア主人公で巻き込まれ型サスペンスという、王道の設定と展開。これでもアンブラーやガーヴあたりの英国勢が書いたらもうちょっと格調が漂うような気もするのだが、良くも悪くもエンターテインメント一徹の冒険スリラー。 悪役ジョルジュのいかにも外科医らしい生々しい拷問描写の数々には、なるほどクライトンらしい香りは感じる。 しかしポケミスの人物一覧が一部、盛大なネタバレ。 まあこのポジションのキャラなら(中略)がみえみえとはいえ、やはりそのへんはムダに書かなくていいよ、という感じ。これから本作を読む気のある人は、なんとなく登場人物一覧がヤバイということは、覚えておいてください。 (あと、あんまり詳しく書けないけれど、この邦題もあまりよろしくないね。) 胃もたれしない感じでまとめたクロージングはまあよしだけれど、一方でリアリティから言えば、ちょっとこのスムーズさはありえあないだろう、という苦笑。 同じ時代の欧米作家のあれやこれやらなら、もっと(中略)なラストで、引き締めた気もする。 まあのちの職人作家の大家が若き日に、昔から達者な筆で書いたB級作品。それでもどこを見せ場にしてどう盛り上げるかのメリハリぶりや、背景となる国際情勢の点描など<ちょっといい>感じは確かにある。これはこれでよいという感触。 |
No.1031 | 7点 | ラグナロク洞「あかずの扉」研究会影郎沼へ 霧舎巧 |
(2020/12/02 16:58登録) (ネタバレなし) 竹取島と月島で起きた不可解な殺人事件から二カ月。「ぼく」こと二本松翔(カケル)をふくむ北澤大学のミステリーファンサークル<「開かずの扉」研究会>は、またしても怪異な事件に遭遇した。舞台は、中央アルプスの一角にある影郎沼。隠れ里の伝承が残るその地には、天然の洞窟に手を加えた特殊な設計のホテルが建造されていたが、翔とサークルの先輩メンバーで「名探偵」こと鳴海雄一郎は、嵐の夜にそこに土地の者たちとともに閉じ込められる。やがて不可解な密室殺人が発生するが、それはこの事件に秘められたおびただしい謎のほんの一端でしかなかった。 シリーズ第三弾。メインキャラを絞って開幕し、あとから残りのレギュラーが応援に現れるというちょっと変則パターンの構成。 作者自身が例によって今回も、三題噺での新本格パズラーだと豪語。三つのネタとは「嵐の山荘もの」「ダイイング・メッセージもの」「ミッシング・リンクもの」の取り揃えである。 圧巻は、前半で早々と鳴海が講釈を垂れる「ダイイング・メッセージ講義」だが、このテーマに関して独特の見識(というか、評者自身などもあまり意識しなかったことで「言われてみれば……」な視点)などを聞かせてもらって面白かった。まあ確かに、ダイイング・メッセージってそもそも(中略)。 かわって後半の謎解きのハシラとなったのがミッシング・リンクという主題の方だが、これは新本格でよくありがちな、しかしそれでもツボを抑えた舞台装置と融合して実に好み。論理というより思いつきの羅列という気がしないでもないが、これだけ楽しければ首肯してしまいたい。 犯人に関しては、物語の流れやこの本の仕様(評者はノベルス版で読了)からある程度、読めるところもあるが、いつものように手数の多い仕掛けで事件の全貌をあらかじめ見通すことはまずムリ。 伏線はちょっとチョンボ手前、というのも一つだけあるけれど、作者がこれをやりたかった気分はよっくわかるので、まあいいか。 重厚感と犯人の意外性からいえば前作『カレイドスコープ』の方が上なんだけれど、手技の多さをスムーズに捌いた作品づくりの練度ではこっちの方が上かも。ちょっと京極堂シリーズの『魍魎』と『狂骨』の関係に似てなくもない。 シリーズが短期で終わったのは仕方がないよな。そうそう量産のきく路線ではないと実感する。 |
No.1030 | 8点 | 縞模様の霊柩車 ロス・マクドナルド |
(2020/11/29 05:36登録) (ネタバレなし) 私立探偵リュウ・アーチャーは、初老の退役軍人マーク・ブラックウェル大佐の年下の妻イゾベル、そしてマーク当人を、続けざまに自分のオフィスに迎える。夫妻の用向きはともに同じ案件で、マークの実娘でイゾベルの継子である24歳の娘ハリエットが悪質な彼氏に引っかかった疑いがあるので、その相手の若者の身元確認を願うものだった。ハリエットはじきに25歳になると伯母エイダの遺した莫大な財産を相続できるので、恋人の貧乏画家パーク・デイミスは、それを目あてに彼女と結婚したがっているらしい? アーチャーはブラックウェル家の近所にある、若者たちが暮らす同家の別荘に赴くが。 1962年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第10弾。 アーチャーシリーズの転換点といわれる『運命』以降の作品が、全部で12編。評者はその大半を中学~高校生時代にポケミス(『ブルー・ハンマー』は当然ハードカバー)で飛ばし読みしてしまい、初読全般がかなりいい加減だった自覚があり、いつかしっかりと各作品を読み直したいと思っている(まあそういう若気の至りで付き合ってしまった作家は、ロスマクだけじゃないんだけれど・汗)。 それで、そんな中期以降のアーチャーもののなかで、たぶんまだまったく未読だったはずなのが、本作と『ギャルトン事件』『ドルの向こう側』の3冊のみ(6~7年前に、4冊目の未読だった『ブラック・マネー』は楽しんでいるので)。 そして本書はなかなか評判がよい作品で、本サイトでも平均点が最高。 これはしっかり腰を据えて読まなければならないかなと思いつつ、ウン十年前に購読したままだったポケミス、その巻頭のページを開く。 するとあまりにも掴みのよい序盤の流れで、もうそのまま止められなくなる。確実に、小笠原豊樹の流麗な翻訳が功を奏しているね。 しかしそのポケミスには、登場人物の名前一覧がわずか13人しか記載されていないが、自分で実際に人名リストを作ると端役をふくめて約70人もの名前が並んだ(!)。 ポケミスの人名一覧からは、かなり重要な人物が最低でも10人前後は欠損しており、このへんはHM文庫版ではどうなってるのか、機会があったら検証してみたい。 (ポケミスを改訂した流れのHM文庫は、それなりに手を加えられていることもあれば、ほとんどそうでないこともあるので。) それで肝要の作品の内容だが、ネタバレにならないように語るなら、アーチャーが駆け落ちみたいに? いなくなった若い男女の行方を追うなかで、隠蔽されていた殺人事件が露見。 お話そのものは前述のとおりに登場キャラクターの頭数こそべらぼうだが、人物メモを作りながら読み進めるなら、かなりスムーズにスラスラ読める。 特に前半~中盤の流れは実にハイテンポで、中期以降のロスマクってこんなに読みやすかったっけ? と軽く驚いたほどだ(笑)。 とある重要な登場人物の(中略)が(中略)してゆく半ばの意外性も読み手へのよい刺激になる。くわえて、次第に物語のなかで比重を変えていく複数の事件のバランス取りが絶妙。 ああ、確かにこれは評判がよい作品だな、という感じである。 いびつな人間たちがそれぞれに自己主張したり、あるいは歪みを警戒しながらも流されてしまった事態、その累積の結果で起きた悲劇で事件、という文芸は、正にド真ん中のこの時期のロスマクの作風。 そして物語全体のキーパーソンといえる人間は少なく見ても5~6人間いるんだけれど、最後の最後に本当の事件の底が割れると、そのキーパーソンはわずか(中略)に絞られる。 ある種の反転の醍醐味を実感させる物語の構造がすごく鮮やかで、自分もこれはアーチャーシリーズのベストクラスに置きたい。 終盤の切れのいい(中略)が、いまだ余韻となって胸中に残っている。うん。文句なしに傑作でしょう。 ちなみにこの作品、ポケミス70ページめの昔の学生時代に続く? 夢のくだりとか、同113ページ最後の「へー」となる心の動きとか、同157ページの(中略)についての情報とか、アーチャー自身の内面や素顔の細かい書き込みの豊かさも印象的。同162ページのジョーク? なんかは当時のアメリカ人にはわかるのであろうか。 【以下、もしかしたらネタバレ~なるべく曖昧に書くつもりだが】 ただ一カ所、ラストまで読んであとから疑問に思ったのが、ポケミス版289ページの最後の一行の件(関連した叙述はほかにもあるが)。これは結局、何だったのだろう? あえて好意的に解釈するなら(中略)が(中略)したんだろうけれど、そのあとに納得のいく説明などはなく、どうにも舌っ足らずだよね? |