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ミステリの祭典

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名なし鳥飛んだ

作家 土井行夫
出版日1985年06月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/04/15 00:54登録)
(ネタバレなし)
 昭和23年9月。GHQの指導を受けて学制改革に臨む大阪の澪標(みおつくし)高校は、数年後の廃校が決定した。同年4月から同校に新人教師として赴任していた「オタヤン」こと小谷真紀は、その日、宿直に就くが、「ホトケ」こと校長の浜田栄が校内で突然、服毒死した。自殺らしき現場には、遺書らしい自由律俳句が残留。オタチンはこれに不審を抱いて調査を開始した。やがてオタヤンは、ホトケが参加していた文芸同人誌「みみずく」誌への謎の寄稿者「名なし鳥」なる人物を意識する。だが学校の周辺では、さらなる事件が……。

 第三回サントリーミステリー大賞本賞受賞作。
 
 webなどでの情報をまとめると、作者・土井行夫(どいゆきお、1926年9月14日~1985年3月7日)は、もともと昭和のテレビドラマ界などで活躍した脚本家。
 現状ではWikipediaに本人の独立項目などもないが、高橋英樹主演の時代劇『ぶらり信兵衛 道場破り』(1973年)などにも参加。筆者もたぶん同番組の担当回は観ているハズである(内容はもう完全に、忘却の彼方だが)。
 そしてご本人はサントリーミステリー大賞に応募後、大賞の選考の20日前に他界されたそうで、本賞授与の吉報を聞く機会はなかった。
 意地悪な見方をするなら、ご当人のご不幸に当時の選考委員が斟酌した可能性も疑えるが、評者の個人的な私見では、本作は受賞の栄誉に相応しい力作で秀作。

 主題や設定などは乱歩賞受賞以降の梶龍雄作品を想起させるもので、当然、作者(土井行夫)の念頭にもそのことはあったと思われる。
 その上で、太平洋戦争の傷痕への慰謝とその呪縛が謎解きミステリのロジックに密接にからみあう作劇は、かなりの読み応えを獲得。先駆の梶作品に確かに近いが、どこか微妙に違う全体の情感もじわじわと心に染みてくる(多彩に描き分けられた、教師や生徒たちのキャラクターがそれぞれなかなか良い)。
 謎解きフーダニットのパズラーとしては、一部の情報の提示が遅めな感触もあるが、一方で伏線や手がかりは随所に用意され、それなり以上に練られてはいると思う。
 作品の構造のネタバレになるのであまり多くは語れないが、本当の真相に接近してゆく物語の組み立て方も効果的。
 苦さと切なさをまじえながら、それでも一定以上の詩情をそなえた、昭和の一時代を切り取った庶民派パズラーで、こういうのを年に一冊くらい読めればいいなあ、とも思う。
(今にして、本作のあとのこの著者のミステリ分野での活躍に、もう少し接してみたかった。)
 評価は0.5点くらい、おまけして。

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