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ミステリの祭典

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いとしのシルヴィア
女題名シリーズ

作家 E・V・カニンガム
出版日1968年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/04/24 20:04登録)
(ネタバレなし)
 1958年8月。「私」こと金回りの悪い35歳の私立調査員アラン・マクリンは、40代後半の大富豪フレデリック・サマーズから、婚約者の詩人、シルヴィア・ウェストの前身を調べてほしいとの依頼を受ける。シルヴィアは20代半ばの大変な美女だが、彼女がサマーズに語る経歴は虚言だらけで、苗字すら本名でないらしい。サマーズの命令で、シルヴィア当人に会わないこと、騒ぎを大きくしないことを条件に、シルヴィアの調査を開始するマクリン。そして彼は「シルヴィア」の過去を知る多くの男女に対面するが……。

 1960年のアメリカ作品。
 本文462ページという大作で、翻訳書が刊行当時の歴代ポケミスの中では一番厚かったハズである(今でもトップ10の一角くらいには入ってると思うが)。

 久々に長めの海外ミステリが読みたい、私立探偵小説がいい、という何となくの希求が自分のなかで重なったので、読み始めたが、さすがに読了までに二日間はかかった。
 ただしマクリンが出会うシルヴィアの関係者のエピソードを積み重ねていき、さらにそれぞれの挿話の舞台(証言を聞く場所)もアメリカの各地を転々とするので、お話全体の起伏感はかなり強い。章立てもそれぞれの証言を聞く地名を並べる形で配列され、実に読み進みやすい造りの小説(ミステリ)である。
 もともとは訳ありの少女だったシルヴィアがいかにこれまでの半生を生きてきたかが語られると同時に、次第にその当人には会わないまま自然といつしか思い入れを深めていくマクリンの心の傾斜が主題となる。
(あと、辻真先のスーパーみたいに、とにかく乱読の上の乱読で、独学で自分の教養と知性を高めていくシルヴィアのキャラクターがなかなか鮮烈。)

 古い作劇、というか王道のストーリーテリングなのだが、さすがに直球の物語の組み立て方で面白い。
 読み終えたあとに小林信彦の「地獄の読書録」の本作の評をリファレンスすると、これぞピカレスク(世の中の裏側を語る小説)の見本という感じで絶賛していた。自分もその評に異論はない。ただし一方で、普通の意味でのミステリ要素はおそろしく希薄で、これは特定人物の捜査や調査を主題にした普通小説に近いんじゃないのかな、とも思ったりもした。もし新旧ポケミスのなかで、あんまりミステリらしくない作品を十本あげろとか言われたら、自分はこれを候補のひとつに加えるかもしれない。
(なお、くだんの小林信彦の「地獄の読書録」の本作のレビューは、この作品の小説的な結末までバラしているので、これから読む人は注意のこと。)

 それでも終盤の切り返しとクロージングは、なかなか心に染みて悪くなかった。最後の最後で、枠組みの広い意味での、しかしてかなりジャンルのど真ん中に剛球が決まった<ハードボイルド>になったように見やる。
 評者の読み方が必ずしも正しいとも思えないのだが、<そう>受け取ってもいいのではないか、と心におさめたい、余韻のある終わり方であった。
 紙幅的にはもちろん長い作品なんだけれど、決して冗長ということはない。年に1~数冊くらいは、こういうのに付き合ってみたい、そんな長編。
 評点は……う~ん、0.3点くらいオマケ。

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