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ミステリの祭典

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超生命ヴァイトン

作家 エリック・フランク・ラッセル
出版日1964年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/04/26 14:51登録)
(ネタバレなし~少なくとも途中から結末は)
 2015年の前半。世界中の各地で高名な科学者が続々と怪死。その数はやがて20人近くにのぼる。アメリカ政府の渉外官でこれまで多くの民間学者に財務的支援を行っていた青年ビル・グレアムは、殺人課の刑事アート・ウォール警部とともにこの連続怪死事件を追うが、やがて事件の鍵を握るらしい科学者エドワード・ビーチ教授がいるシルバー・シティで、化学物質の大爆発が発生。一瞬のうちに3万人以上の人命が犠牲になる。慄然とする惨事だが、しかしまだこれは全人類が迎える未曾有の危機のほんの序章に過ぎなかった。

 1943年の英国作品。
 ただし内容は、劇中でシルバー・シティの惨事をヒロシマの悲劇と比較しているので、翻訳の底本は戦後に加筆改訂された版らしい。

 言うまでもなく「人類家畜テーマ」「見えざる高次元の神テーマ」の名作。
 我が国では、本作の訳者・矢野徹によるリライトでジュブナイル海外SFとしても刊行され、さらに山田正紀のデビュー長編『神狩り』の原点となったことでも有名。

 評者は少年時代にくだんのジュブナイル版を手にして関心を抱いたものの、内容の言いようもしない恐ろしさと不気味さに腰が引けてついにそのジュブナイル版は読了できずに終わった(怪しくも蠱惑的な挿絵は、ひとつふたつ今もたぶん記憶にある)。
 後年(今から見れば大昔)にハヤカワSFの銀背版は古書で入手。ウン十年を経てようやく実作をまともに読むが、作中の時代設定が近未来(リアルではもう過ぎたけど)だったのに軽く意表を突かれた。実は作品の刊行そのものも物語設定も50年代だと勝手に思っていたので。まあその文芸はちゃんと活用されているので、意味はある。

 とにかく前半のSFミステリ的な「掴み」は強烈で、これは石川喬司が『極楽の鬼』で語ったとおり。
 後半は高次元生物ヴァイトンと人類との全面対決になる。人間の感情や精神の起伏をエネルギーに転換して食餌とするヴァイトンの設定は当時としてはかなり画期的なものだったと思うが、評者は厳密にはそれほど海外SFの大系に詳しくないので、明確なことはいえない。メタファーとしては、大戦時代の敵対国の暗喩なども潜むかもしれないし、読み物として現実の史実上の殺戮史を楽しむ「文明人」への揶揄があるかもしれない。その辺は恒例の深読み(笑)で。
 
 しかし主人公グレアムを軸とした終盤の攻防戦はなんか、戦争活劇冒険小説の趣で、ほとんどモブキャラクターながら勇壮な英雄的最期を見せる登場人物なども続出。この辺には、英国出身の作家らしい、冒険小説の系譜を認める思いであった。

 なお、印象的なシーンとして、グレアムがヴァイトンを殲滅する場面で「これは○○の分だ、これは○○の分だ!」と序盤で倒れた知己の科学者たちの無念を訴えながら攻撃を繰り返す、まるで少年マンガのクライマックスのような叙述が登場(正確なセリフ回しはちょっと違うが、だいたいそういうニュアンスの描写だ)。
 読後にwebで本作の感想をあちこち覗いてみると、やはりこのシーンにフックされた人は多いみたいで、本作こそがこの「これは~」パターンの元祖だという見識もある。ちょっと面白い。

 あとね本作はヒロインの女科学者ハーモニー・カーティス博士がなかなか印象的。ツンデレではない、なかなか底を見せないクール系(グレアムの方は岡惚れ)で、やはり当時としては、結構新鮮なヒロインだったんじゃないかと。

 細部のツッコミどころはいくつかないでもないけれど、旧作ということも踏まえて得点要素は豊潤な作品。
 評点は8点じゃなくて、7点に留めたいところもある。その感覚がちょっと今回は口にしにくいのだが。ただやっぱり8点は妥当だろう、とギリギリで思い直してこの点数で。

【2022年12月8日追記】
 上記の「これは○○の分だ、これは○○の分だ!」とやり返すパターンの件だが、先日、読んだガストン・ルルーの悪漢主人公の作品『シェリ=ビビの最初の冒険』(1913年雑誌連載。定本の刊行は1921年)にも同様の場面があるのに気が付いた。こっちの方が少なくとも『ヴァイトン』よりずっと先駆ということになる。

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