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ミステリの祭典

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霖雨の時計台

作家 西村寿行
出版日1983年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/04/13 16:13登録)
(ネタバレなし)
 3年前に恩人の女性とその夫、義母を殺害した容疑で死刑判決を受けた33歳の元料理店店主、江島正雄。その死刑執行の日が5日後に迫っていた。そんななか、警視庁のベテラン刑事、芹沢孝包(たかさね)は今なお江島の無実を確信して、半ば退職同然の形で事件の真相を洗い直しにかかっていた。だがもはや時間はない。そんななか、地方局、宮城テレビの編成部長で45歳の曲垣修蔵は、このまま定年まで穏便な職務を送るよりはと、運命的に現在の状況を見知った刑事・芹沢の捜査の軌跡を、リアルタイムで報道する。それは芹沢にとっても世間の関心を改めてこの事件に集めて、死刑執行の中止権をもつ法務大臣・中畑に訴えの声を届ける好機でもあった。やがて再捜査の第一歩として、芹沢は3年前に捜査本部から黙殺されたある観点から迫るが。

 角川文庫版で読了。
 寿行がこんな『幻の女』(あるいは『処刑6日前』『誰かが見ている』etc……)パターンの死刑執行タイムリミットサスペンスを書いていたとは、半年ほど前にブックオフで本の現物に出会うまでは知らなかった。

 この手の作品の場合、主人公たちがギリギリのところで真犯人を暴いても、厳密にはそこで事態が解決するわけではない、死刑が実行されるその前に法務大臣に真犯人発覚の事実が適切な経緯で伝わり、中止の認可が降りるまでがゴールだ、というリアリズムがある。
 本作はその辺のポイントにしっかりと食い下がった長編で、再捜査をリアルタイムで報道するテレビ番組が全国の視聴者(世論)と法務大臣、さらには警視庁までも拘束する(こんなにテレビで騒ぎになっているため、法務大臣は「もう執行命令を出して自分の役割は終わったんだから」と遊びにいくことも許されない)。このメカニズムの着想はすばらしい。
 一方で真犯人検挙という成果が上がらなければ、法務大臣や警視庁はムダに時間を要されたわけで、芹沢と連携した宮城テレビも責任を問われる。斯界からの報復は必至。
 宮城テレビの曲垣、そして彼の計画を支援する同局の上層部たちはこんなイチかバチかのリスクのなかで、芹沢の執念に勝負をかけて報道を敢行。この設定は実に面白い。

 ただまあソコはソコ、どっか天然の寿行のことなので、筆の勢いに任せて物語がノッてくると、当初の主人公のひとりだったハズの曲垣はお役御免になり、後半は芹沢、そして法務大臣の中畑や警視庁の面々、そして犯人側の叙述の比重が増えてくる。まあいいんだけどね。
 なんか事件を語るカメラの広角が増えるにつれて、序盤からの重要キャラが忘れられていく感じ。

 エロくて猥雑、そして悲惨な性虐描写などは、いつも寿行作品のティスト。ミステリ味はシンプルなのだが、例によってクセのある叙述で真相に迫っていくので飽きさせない。
 芹沢を取り巻く人間関係の変遷が本作のキモ。クライマックスのざわざわ感はなかなか印象深い。
 こちらの期待する作者持ち前のバーバリズム以上に、小説としての練度が上回っていた感覚もあるが、まずは佳作~秀作(のほんのちょっと手前)。
 7点に近いこの点数というところで。

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