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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1539 6点 デイヴィッドスン事件
ジョン・ロード
(2022/07/01 05:57登録)
(ネタバレなし)
 英国の化学装置メーカー「デイヴィッドスン社」の現社長ヘクター・デヴィッドスンは、色と欲への執着が強い42歳の独身男。そんなヘクターは、自社の主力設計技師フィリップ・ローリーに、彼が考案した機器に対して常に30%のパテントを払う現在の契約に不満を抱いていた。ヘクターはローリーを強引に馘首し、さらにヘクターは、自分の秘書でローリーの恋人である女性オルガ・ワトキンスに手を出そうとする。ヘクターの従兄弟で会社の取り締まり役員の一人であるガイ・デヴィッドスンはヘクターに考えを改めるよう意見を述べるが、相手は聞き入れない。そんななか、そのヘクターが殺害されるが、関係者たちにはみなアリバイがあった。

 1929年の英国作品。おなじみプリーストリー博士シリーズの長編第7冊目。
 
 訳者の喧伝では、傑作、傑作との鳴り物入りだが、大ネタ(犯人の正体とその狙い)は評者にも察しがついた。
(たぶん翻訳ミステリになじんでいるファンなら、大方の読者が見当をつけられると思う。)
 で、まあアレよりはずっと後で、アッチよりは……(以下略。)

 それでも事件の組み立てそのものはなかなか面白い。
 一方で20世紀後半以降の法医学なら、すぐに露見してしまうような、あるいは検視官や鑑識がソコを看過するのは強引なようなトリックという部分もあるのだが。

 シリーズ第四長編『プレード街』の少し後の事件簿だが、この頃のプリーストリー博士はまだどこか若々しい感じがあって妙に新鮮に見える。
 巻末の訳者の解説によると、今回の事件は物語世界の中でさる筋に遺恨を残し、次の第8長編まで影を落とすらしい。なんか面白そう。できれば続けて、そっちも読んでみたい。

 傑作とも優秀作とも思わないけれど、佳作~秀作だとは思う。評点は7点に近いこの点数というところで。


No.1538 7点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
鴨崎暖炉
(2022/06/30 05:28登録)
(ネタバレなし)
 殺人現場が「密室」であり、そしてその前提の上で殺人方法の説明や立証が困難な場合、容疑者は推定無罪とされるという法規が確立された、もう一つの日本。「僕」こと高校二年生の葛白香澄(くずしろかすみ)は、年上の幼馴染みの朝比奈夜月とともに、山中のホテル「雪白館」を訪れる。そこは7年前に他界したミステリ作家、雪城白夜が遺した施設であり、今なお解明されない密室の謎が残る場であった。そこで香澄は思いがけない人物と再会し、そして新たな連続密室殺人事件に遭遇する。

 ……いや、得点評価だけで言えば、かなりの快作ではないでしょうか。
 密室殺人なんて現実味がないという、それこそ何十年も前からの耳タコな物言いを一蹴する(ぶっとんだ/あるいはアホな)世界観の設定に始まり、怒涛のごとく放り込まれるネタとアイデアの数々。
 その密室それぞれの解法はなんというか「トリック小説で何が悪い」と居直った、ある種の潔さのようなものまで感じます。
(最後というか、山場のトリックがそれまでのものに比して人を食ったように一転シンプルになる、お茶目な演出もヨロシイ。)

 殺人の動機のこなれの悪さとか情報の後出しとか、最後まで放っておかれた細部の叙述とか、あちこち突いて引きずり下ろせそうな箇所は結構あるものの、いびつなほどに偏った方向に手間暇かけた、そんな執念を感じさせるパズラー。こういうものも、十分にアリだとは思う。
(トランプカードの含意の部分にエネルギーを使うあたりもかなり好み。)

 合わない人がかなり合わないであろうことは理解しますが、自分は支持します。
(ただし良く出来た作品、だとは言いにくいけどね。)
 クセの強い玩具ばかりが詰め込まれた大きめのオモチャ箱みたいな作品、というのが、今のところいちばん合っている修辞のような気がする。


No.1537 8点 オードリー・ローズ
フランク・デ・フェリータ
(2022/06/29 06:52登録)
(ネタバレなし)
 1974年秋のニューヨーク。広告業界で働く30代の青年ビル・テンプルトンそしてその妻のジャニスは、自分たちの娘で10歳の美少女アイヴィーの周辺に出没するひとりの中年男に気が付く。やがて男=エリオット・フーヴァーは、かつて成功した実業家だった己の経歴を記した書類を提示し、テンプルトン夫妻に信じがたい話を語り始める。その内容は、お宅の娘アイヴィーは、10年前に享年5歳で交通事故死したフーヴァーの娘オードリー・ローズの魂の転生だというものだった。エリオットの正気を疑うテンプルトン夫妻だが、かつて幼少時のアイヴィーに生じたある異変がふたたび顕在化しはじめる。そしてそれはまぎれもなく、炎の中で惨死した幼女オードリー・ローズの悲劇を思わせるものだった。

 1975年のアメリカ作品。
 
 『エクソシスト』(原作は1971年、映画は1973年)が火付け役となった70年代前半~半ばのモダンホラーブームの中で登場した一作で、怪異のテーマはズバリ「輪廻転生(リーンカーネーション)」。邦訳はロバート・ワイズ監督の映画化(1977年に公開)に合わせて刊行された。日本語版ハードカバーのジャケットにも、映画のスチールが(特殊な色味で?)使用されている。

 前述のように1970年代の往時には、玉石混交、映画化されたものもそうでないものも、あるいは映画のノベライズなども含めて、実に多数のモダンホラーノベルが邦訳刊行された感触があるが、ふと思いついて、その中の面白そうなものを手に取ってみる。
 
 そして輪廻転生という事象そのものは、たしかにオカルトでスーパーナチュラルな観念ではあるが、直接的な恐怖になるかというと必ずしもそうでもないと思うし、ある意味ではきわめて地味なテーマだと見やる。それだけにソレをどうやっていかに一冊の長編モダンホラーに仕立てているのかと、ある種の期待を込めて読み進めたが、うーむ、後半の展開はこれが非常に面白い。
 ネタバレにならないように書くなら、非日常の事象と日常的な現実世界との接点をどのように語るかがポイントだが、たぶん当時としてはかなり斬新で鮮烈な着想を用意し、そのネタをかなりパワフルな筆力で消化している。

 <輪廻転生>という現実? に作中の登場人物がどう向き合うのか? 中盤~クライマックスで描かれるのはある種の<対決ドラマ>であり、アクチュアリティのデティルを積み重ねながら独自の物語世界をを積み上げていく、その手際が実にいい。
 もう、この時代のこの手のジャンルの作品をホメる際の常套文句なんだけど、正にキングやクーンツの先駆的な趣もある。
 ラスト、物語のクロージングもどういう方向で決着するかはもちろん言えないが、独特の余韻と情感、そして(中略)があってかなりインプレッシブ。

 ちなみに評者はワイズ監督の映画は未見だが、ネットの評判を覗くと必ずしも評価は芳しくないようで? 原作の本書が文庫化もされず、元版だけで絶版になったのはそのためだろうか? とも考えた。
 まあ重ねて言うけれど、テーマそのものは悪魔の出現とか、人が次々と死ぬ幽霊屋敷とか、そういう意味でのハデなものではないので、多くの類作のなかに埋もれてしまっていたのだとは思う。
(かくいう評者自身、実際に読んだのは、邦訳が出てから45年目だ・汗。)

 いずれにしても、予期した以上に面白かった。『エクソシスト』の域までにはいかないが、結構いいところまで行っているとは思う。あまり語られない再評価されない作品ということで、評点は0,5点ほどオマケしよう。


No.1536 6点 炎舞館の殺人
月原渉
(2022/06/27 06:36登録)
(ネタバレなし)
 遅ればせながら、読み残していたシリーズ最新刊を賞味。

 紙幅がそんなにないこともあって2時間ちょっとで読めるが、ケレン味の凝縮感だけ言えば、シリーズ最高ではなかろうか。
 特に(中略)VS(中略)のあたりはある意味ボーゼンとした。

 たしかにどこかで見たようなトリックは、新旧の作品を連想させるが、ちゃんと主要人物の大半が身体欠損者という設定とも密接に絡んでいるし、良好なアレンジは為されていると思う。
 
 ただし犯罪計画の展望に関しては、nukkamさんのご指摘の通り。万が一名探偵の介入がなかったとして、この場をやりおおせたとしても、その先が見えないよね、これは。
 その辺はちょっと見過ごせないのでこの評点で。
 とはいえトータルでは結構、愛せる作品です。
 
 シズカシリーズとしても、ある意味で、必読の一編でもあるし。


No.1535 6点 グランダンの怪奇事件簿
シーバリー・クイン
(2022/06/26 15:51登録)
(ネタバレなし)
 吸血鬼、実体化する霊魂、ゾンビー、怨霊、人狼、異端者として惨殺された者の呪い……様々なモンスターや妖怪、死霊などを相手に活躍する、フランス人のオカルト探偵ジュール・ド・グランダンの事件簿。

 作者シーバリー(シーベリー)・クイン(1889~1969年)はワシントン生まれのアメリカ作家。1917年に処女短編を書き、「ウィアード・テールズ」の創刊号(1923年10月号)から連載も開始した。

 クインの看板作品で最大の人気キャラクターがこのド・グランダンで、「ウィアード・テールズ」の1925年に初登場。以降、のべ27年間にわたって92本の短編と1本の長編が書かれた大ヒットシリーズとなった。
 本書はそのド・グランダンのデビュー作品「ゴルフリンクの恐怖」をふくめて10編の短編を収録した最初の短編集。1966年にアメリカで刊行された原書「Phantom Fighter」を作者の序文付きでそのまま訳出したもの。

 思い起こせば評者が初めてド・グランダンに会ったのはミステリマガジン1974年7月号の「幻想と怪奇 オカルト探偵特集」でのこと。
 ミステリマガジンは1970年前後からだったか? 毎年の7~8月号に、納涼お盆の意味合いで、そのシーズンに「幻想と怪奇」特集をやっているが、この時はちょっと趣向をこらしてゴーストハンターものの、あるいは広義のオカルト探偵といったシリーズキャラクターばかりを集めて特集を行なった。

 その時の面子が、カーナッキにサイモン・アーク、ダーシー卿、ロン・グーラートのマックス・カーニイと、そしてこのド・グランダン(作者名シーベリー・クイン表記)であった。当時、子供だった評者はカーナッキとダーシー卿は名前は知っていたし、サイモン・アークの作者ホックにはもちろん馴染みはあったのだけれど、マックス・カーニイとド・グランダンに関してはまったく初見。
 特にこのド・グランダンの掲載エピソード「月の光」は一応読んでみたが、いまいち面白さがわからなかったのをなんとなく覚えている。
(そー言えばその「月の光」はあれ以来読んでないな。いま読んだら、さすがにもうちょっと楽しめるだろう。)

 でまあ時は過ぎて21世紀。創元からはくだんのド・グランダンの唯一の長編までが翻訳紹介。日本でもそこそこメジャーになった? ド・グランダンだが、そーいえば15年ほど前にちゃんと一冊短編集が翻訳刊行されてるんだよなあ、仁賀先生、ありがとう、ということで思いついて読み始めてみた。

 しかし最初に手に取ってから、読了までに時間がかかった(汗)。自分の記録メモを見ると、読み始めたのが今年の1月下旬で、たった10編のエピソードを消化するのに、ほぼ半年もかけている(大汗)。

 いやこの手のバラエティに富んだモンスターや妖怪とのバトル事件簿ものは、特撮テレビの『悪魔くん』や『コルチャック』を含めて大・大・大好きなのだが、まったく同じようには行かなかった。
 
 理由はいろいろとあって、基本的にお話の作りが事件の推移主体で少なくともこの初期編ではそんなにド・グランダンと相棒のワトスン役、医師トロウブリッジのキャラクター的な魅力が前面に出ていないこと(それでも本書の中盤からド・グランダンは、かなりとんがった性格が感じられたし、終盤に収録の話などでは結構、ハメを外したりしている)。あと一番大きい事由は、一本一本に結構な満腹感があり、サクサク読み進めるタイプの連作ではなかった、ということ。これはこれで仕方がない。
 とはいえ最後まで読み終えてしまうと、ああ、もう終わりかとちょっと寂しさがよぎるのはいつものこと。
 まあド・グランダンものは、雑誌やアンソロジーなどで読める、日本語にはなっているエピソードもそこそこあるみたいだけどね。

 マイベストエピソードは、ビジュアルイメージ的に不気味な「死人の手」、語り口が効果的な「サン・ボノの狼」と同じく「フィップス家の悲運」、魔的なものの描写がなかなか恐ろしい「銀の伯爵夫人」など。
(実を言うと数か月前から読んでいたため、前半の収録作品は記憶と印象が相応に薄まってしまっている~汗~)。

 もう1~2冊くらい翻訳短編集は出してほしい。ただし今度はもっと気軽に読める文庫みたいな仕様でお願いしたいところです。


No.1534 5点 名探偵は誰だ
芦辺拓
(2022/06/26 04:13登録)
(ネタバレなし)
 フツーの犯人捜しではない? 探偵やら怪盗やら参事のあとの生存者やら……をそれぞれ捜す、7編のフーダニットパズラー……のハズなのだが、必ずしもその通りにはなってない。

 季刊誌「ジャーロ」に毎号連載された連作短編を一冊にまとめた内容だが、途中で作者がネタ切れ、または飽きてきた感じがする。
 第4話なんかは、この趣向を楽しめというより、(中略)の某人気エピソードのイタダキみたいだ。

 全体的に思ったよりイマイチだったが、本書のメイキング事情を語るあとがきで作者が述懐していた<既存の短編を作者以外の筆で紹介されたら、まるで印象が変わり、のちのちまできっとこういう内容なのだろうとイメージが膨らんでいた作品は、実はどこにもないのだと、やがてわかった>という経験~それが今回の作品の執筆の原動になった~は、かなり普遍性がある話。評者なんかも身につまされるようで、作者のこの感慨は面白かった。

 なおノンシリーズの連作集で、基本は毎回の登場人物も設定も変わる作品だが、最後の方に何か作者のファンにはわかるお遊びがあるらしい? そこまで年季の入った芦辺ファンでない評者には、イマイチわからなかった。たぶん本物のファンならわかるのであろう。
 
 トータルとしての評点は、今回はこんなところで。 


No.1533 7点 爆弾
呉勝浩
(2022/06/24 15:22登録)
(ネタバレなし)
 傷害と器物破損の容疑で逮捕され、野方警察署の等々力功刑事から取り調べを受ける、自称49歳の冴えない男「スズキタゴサク」。彼はもうじき爆発事件があると予告し、その通りの時刻に爆破事件が生じた。警視庁からも捜査一課特殊班捜査係の清宮と類家が野方署に赴き、改めて尋問が続くが、スズキがクイズ形式で情報を小出しにするなか、さらに次の爆弾が市民の被害を招く。この異常な事件の奥にあるものは。

 腰巻にある千街晶之氏によるコピー「この作家は自身の最高傑作をどこまで更新してゆくのだろうか。」がなかなかインパクトある。まるで後期~晩年のロス・マクドナルドへの、アメリカミステリ文壇の評価だ(笑)。

 で、評者がこれまで読んだ呉作品のなかでのベストは、文句なしに反転の強烈さと切れ味の鋭さが光る『ライオン・ブルー』(2017年)なのだが、これはそれに迫る手ごたえ。
 実績の積み重ねで作者自身も5年前よりもずっと多くの支持者、ファンを集めていると思うので、たぶん本作は今年の話題作&優秀作として相応の評価を得るだろう。
 
 どういう方向にストーリーが転がっていくかあまり書いてはいけない種類の作品なので、ここではそんなにものを言えない。
 多様な種類やベクトルのギミックの仕込みも多く、心地よく読者を疲れさせながら、最後まで一気読みさせる秀作。
 小説として叙述のこなれがちょっと良くない印象もないではないが、トータルとしての得点を考えれば十分にオツリがくる出来だ。

 評点は、8点に近いこの点数ということで。


No.1532 6点 山峡の章
松本清張
(2022/06/23 17:57登録)
(ネタバレなし)
 日本橋の洋紙問屋社長の長女で女子大を出たばかりの娘・朝川昌子は、九州で一人旅をしていた。昌子は山道で、放牧中の牛に絡まられかけるが、そこを通りすがりの青年・堀沢英夫に救われる。堀沢と彼の親友という寡黙な若者・吉木と親しくなる昌子。昌子は帰京後も、経済計画庁の官吏であった堀沢と交際を続け、半年後に結婚した。そんななか、昌子の妹で積極的な性格の伶子は、姉の恋人の堀沢に、何か含むところのある視線を向けていた。かたや新妻となった昌子は偶然に新居のそばで、なぜか夫の親友のはずなのに挙式にも招待されなかった、あの吉木と再会するが。

 昭和35年6月から一年半にわたり「主婦の友」に連載されたミステリロマン(連載時の旧題『氷の灯火』)。
 
 またごく私的な話題で思い出ながら、本作品はあの「火曜日の女」シリーズの一編としてテレビドラマ化されたことがあり(1972年11~12月・全7回)、評者は大昔の少年時代にこの番組の冒頭だけ覗き、昌子役の大空眞弓が山道で牛についてこられて難儀したのち、堀沢役の男優に救われる場面をずっと記憶していた。
(牛につきまとわれるヒロインの窮地が端緒となるボーイ・ミーツ・ガール譚という、ある意味でぶっとんだ序盤のビジュアルが、よほど印象に残っていたのだろう。)
 ちなみに当時の新聞だかテレビガイドの類の情報誌だかで「清張は人気作家ながら、なぜかあまりテレビドラマ化されない」という観測がされており、その後20~21世紀のテレビドラマ史オールタイムを鑑みれば決してそんなことはないのだけれど、当時はとにもかくにもそういう見識を抱く向きもあったようだ。

 しかし読みやすい作品である。
 文芸誌ではなく一般総合誌に載った作品という大枠のなかで、当時の女性読者に向けて若いヒロインの動向に軸を置いた作劇がこの上なく明快。
 しかし普通小説風の展開がミステリらしい方向に転調するのはかなりページが進んでからで、さらに事件の全貌もなかなか見えてこない。
 読者がこの作品を読んで主人公の昌子の視点で追体験するのは、見慣れていたはずの日常が様変わりしていくそのモロさ、そしてそんな日常の世界の向こうに予期もしていなかった昏い現実があったという驚きと切なさである。
 
 なお今回は、ようやく先にブックオフの100円棚で見つけた新潮文庫版で読んだが、表紙折り返しのあらすじは中盤のドラマの大きな転換ポイントはまだしも、終盤で明らかになるかなり大きなキーワードまで明かしているので、これから読む気のある人は、新潮文庫のあらすじは読まない方がいい。評者もできればココは予備知識なしで、十全なサプライズを愉しみたかったと心底思った。

 少年時代から前述のような本当にちょっとした接点があり、それにようやっとカタをつけた一冊。今の感慨は、何よりまず「ああ、こういう話だったのね」である。
(もちろんここでは、はっきりとは書けないが、いろいろと、いかにもこの作者らしいネタであった。)

 ミステリというか、昭和の風俗やサブキャラクターたちの叙述も含めた昭和の読み物小説として普通に面白かったけれど、7点つけるほどではないな、ということでこの点数。フラットに見れば、佳作くらいか。
 もちろん、色んな意味で、読んで良かったとは思っている。


No.1531 7点 女魔術師
ボアロー&ナルスジャック
(2022/06/22 06:19登録)
(ネタバレなし)
 人気奇術師で旅芸人「アルベルト一座」の代表アルベルト・ドウ-トルと、その妻で美貌の女芸人オデットの間に生まれた男子ピエール。彼は少年時代を修道院学校の寄宿舎で送っていた。だが20歳のとき、父の死を契機に、母オデットが新たな代表となったアルベルト一座に参加し、芸人の道を歩み出す。一座にはヒルダとグレタという美しい双子の女マジシャンがおり、彼女たちは二人一役でステージ上では共通の芸名「アンヌグレイ」を名乗り、観客の前で<超人的な早着替え>などの芸を披露していた。ピエールはこの姉妹の妖しい魅力に惹かれていくが、当の姉妹はあえて双方の個性をぎりぎりまで秘め続け、まるで同じ性格と容貌の同一の娘が二人いるように見せかけて、ピエールを翻弄した。そしてやがて、ある事件が起きる。

 1957年のフランス作品。(短めの長編『牝狼』もカウントして)ボワナロコンビの長編第六作目。

 一座の代表で人気マジシャンだった父アルベルトは物語の本筋が始まる前に死んでしまい、これじゃ人名一覧に名前を並べる必要はなかったんじゃないの? という感じ。

 さらにかつては美人だったが、今は50過ぎのデブ女になってしまった中年の母親オデットの悲哀なども語られ、なんかストーリーはミステリというよりは、小規模で落ち目の芸人一座のペーソス溢れる道中を主題にした普通小説という印象……と思っていたら、終盤の逆転で結構なサプライズを授けてくれた。

 あまり詳しくは書けないが、これは後年の我が国の、某「幻影城」作家の作風の先取りであろう。
 残酷で(誰にとって?)そしてあまりにも切ない動機が、胸にジワジワと染みてくる。
 うん、これぞフランスミステリ。ボワナルコンビの諸作の中では、個人的にそれなりに上位に置きたい、そんな一編かもしれん。


No.1530 6点 レオ・ブルース短編全集
レオ・ブルース
(2022/06/21 18:55登録)
(ネタバレなし)
 nukkamさんのおっしゃる通り、大方がショートショートのフーダニット(あるいはハウダニット)パズラーで、感触で言うとホックのサム・ホーソンものかレオポルド警部ものをさらにコンデンスにしている感じ。
 遠出した際に電車の中で読むには、これほど重宝する一冊はない。家の中でも、旧式のパソコン(サブ機として常用)を立ち上げて管理ソフトがメモリーチェックするまでの合間にも一編読める(笑)。
 
 特に楽しかったのは、屋敷の敷地内から忽然と自動車が消失する『跡形もなく』。真相は(中略)だがゾクゾク感では随一であった。

 後半の『ありきたりな殺人』は素で読んで、先にまったく同じ話が載ってる(~を読んでる)ので、怪人二重掲載かとビックリしたが、解説をあわてて読んで「ああ、そういうことね」と得心。
 とはいえこーゆーのは、巻末にボーナストラックという名目で、オマケ扱いで載せればいいんでないの? とも思ったりする。まあただでさえ凝った一冊なんだから、さらにややこしい編集にしたくなかったのかもしれんが。

 期待通りに楽しい一冊で、7点に近いこの点数ということで。
(しかし作者には、キャロラス・ディーンの主役編の短編も書いてほしかったよねえ。)


No.1529 7点 呪殺島の殺人
萩原麻里
(2022/06/21 05:33登録)
(ネタバレなし)
 穢れた呪術者の伝承が残る赤江島、別名「呪術島」。そこにある屋敷で目を覚ました僕は、断筆宣言した人気女流作家・赤江神楽(かぐら)の死体とともに密室の中にいたが、これまでの記憶を失っていた。果たして彼女を殺したのは自分なのか? 学友で民俗学研究家の女子・三嶋古陶里(ことり)の語る事件の真実とは?

 コテコテの新本格パズラー(連続殺人フーダニット)で、嵐の中の屋敷パターンのクローズド・サークルもの。文章は平易だが、級数が小さめの本文で360ページの紙幅はけっこう読みではあった。ミステリと関係なさそうな部分で描写が過剰すぎる印象もあるが、その中に伏線や手掛かりは散らばしてあるので文句は言えない。

 手数は多い作品で作者の奮闘は十分に感じるが、その多くがどこかで見た読んだようなギミックであり、全体的に既存の新本格のパッチワークめいた感触が強い(ということで、その辺の「ドコカデヨンダヨウナ……」感が強い人には、厳しめの評価を食らうかもしれんな、コレ)。

 なお昨年の暮れに三嶋古陶里が探偵役のシリーズ第二作『巫女島の殺人』が登場し、シリーズの公称は「呪殺島秘録シリーズ」と決まったようだが、そのタイトリングの仕方も、超メジャーな新本格の<あのシリーズ>に倣うもの。
(まあミステリ的なネタバレとはまったく思わないが、この辺はあんまり詳しく言わない方がいいかもね。)
 評者はその第二作はまだ未読だが、たぶんシリーズを読む順番としては、絶対にこの第一作からの方がいいだろう。

 前述のように新本格パズラーとしての新鮮味はあまりないのだけれど(二つ目の死体が登場するくだりは、ちょっと意表を突かれたか)、作者の奮闘は認めたい力作。『巫女島』も近々、読むでしょう。
 評点は0.25点くらいオマケ。


No.1528 7点 ノー・マンズ・ランド
モーリス・ルブラン
(2022/06/18 06:32登録)
(ネタバレなし)
 その年の5月。英仏を繋ぐドーヴァ―海峡では不可解な異変が続発していた。水柱が竜巻となり、大型客船の数百数千の人命を犠牲にした。やがて自然の大異変は、英仏海峡をまたぐ幅100キロメートル以上の地盤の隆起として具現。英仏は完全に徒歩で縦断できる陸地となった。そんななか、最初に英仏を縦断したフランス人の29歳の若者シモン・デュボスクは、悪漢の手に落ちた婚約者イザベルを救うため、無数の無法者の天国と化した新たな大地を行くが。

 1921年のフランス作品。
 当然、創元文庫版で読了。

 大地が失われる『日本沈没』とは逆の発想で、英仏海峡の海底が地殻の変動によって隆起。新たな陸地が生まれる話。
 とはいえ新たな大地の誕生そのものは、その現象が起きて落ち着いたのちはもはやクライシスやサスペンスのネタにならないので、中盤からの物語は新天地出現の混乱のなか、略奪など蛮行を働く無法者たちが集う世界での、主人公たちの冒険行に切り替わっていく。
(要は、関東地獄地震後の『バイオレンスジャック』である。)

 あと一歩エロ描写に踏み込めば西村寿行の世界だという感じに、ルブランらしからぬ? 残酷で野卑なバイオレンス描写が続出するが、一方で最後までとことんマジメな主人公シモン、そして彼にからむメインヒロインやサブキャラクターたちの叙述がルブランらしくて良い。良い意味で、前世紀初頭のオトナのおとぎ話である。
 もちろん決して推理小説じゃないんだけれど、中盤などちょっとしたサプライズめいた味付けに、広義のミステリのテクニックを動員してるのも楽しかった。
(とはいっても、こーゆー風に神の御業で二つの国がいきなり繋がったら、そこで最初に生じるのはまともな経済活動や文化のより活発な交流なんかではなく、無法な犯罪行為だという大枠の文芸は、フツーにドライで冷めたルブランのケンゼンな人間観を如実に示していてステキ。)

 なお巻末の訳者あとがき、うん、ヒロイン観に関しては全く同感ですね(笑)。


No.1527 6点 愛と悲しみの探偵
S・F・X・ディーン
(2022/06/17 15:21登録)
(ネタバレなし)
 アメリカ東部のオールド・ハムトンの町。「わたし」こと「オールド・ハムトン・カレッジ」で17世紀の英国文学を研究する50代半ばの教授ニール・ケリーは、長年の友人レイシー夫妻の娘で教え子でもある20歳の女学生プリル(プリシラ)から求婚される。7年前に愛妻ジョージアを癌で失い、二人の娘をすでに嫁がせたニールにとって、プリルは名付け娘でもあった。優秀な学生で、真剣で情熱的な愛情を向けるプリルに本気で惹かれている自分を見つめるニールは、彼女とふたりだけの場で婚約を交わす。だがその直後、大学の図書館でそのプリルが何者かに殺害された。大学の理事長であるレイシーとその妻バーバラの依頼を受けて、ニールは公式な立場から犯人捜しに乗り出すが。

 1982年のアメリカ作品。作者のシリーズキャラクターとなるアマチュア名探偵、ニール・ケリー教授ものの第一弾。MWA処女長編賞、CWAゴールデンダガー賞、それぞれの候補になった作品だが、ともに受賞は逸した。
 
 ポケミス巻末の解説によると作者ディーンは自ら大学教授が本職であり、それだけに伝統あるキャンパス内の描写は克明。
 自作のミステリに関しては「インターフィクション」なる造語のもとに、謎解きミステリの枠内で小説成分の比重を多くした作風を心がげているとのこと。
 なるほど、実際に本作を読んでも、最初のページで一人称ニールの視点から若い恋人プリルの死が語られる一方、そのあと誠実で微笑ましい年の差ロマンス(体の関係などもない)の経緯が延々と綴られ、やがて生じる悲劇に向けて読者の情感を盛り上げていく。ある意味でかなりあざとい作劇が図られている。
 
 言ってみれば、アマチュア名探偵シリーズを書き始める構想の上で、いきなり87分署の名作『クレアが死んでいる』からスタートしたような戦略で、やはりあざとい。
 しかし(愛らしいヒロインのプリルにも、彼女を失って心傷つくニールにも悪いが)こういう残酷な文芸設定で開幕する名探偵シリーズものを一度読んでみたいという悪魔的な心境の自分がいるのも認めざるを得ない。そういう腐ったミステリファンの心の隙を突いてくる文芸設定、やはり、あ、あざとい。

 小説的な部分での勝負を自負するだけあってストーリーの幅は広がり、それにあわせて登場人物もべらぼうに多い(登場人物メモを作成したら、B5のメモ用紙を三枚も使った)が、文章そのものはかなり平明。
 翻訳はカーの『火よ燃えろ!』(HM文庫版)なども訳した人だと確認してちょっとビックリしたが、こちらも読みやすい。
 
 ミステリとしては中盤など、状況の細部を細かく分析し、ロジカルに関係者の行状を探るニールの推理などなかなか切れ味があるが、終盤、肝心のフーダニットの真相明かしについては、どちらかといえば足で情報を稼ぎ、探偵ニールにも読者にも秘められていた案件から事件の真実を語るもの。パズラーとしては食い足りない感はあるが、その辺も小説としては悪くはなかった。
 ただ一方で、作者がミステリのセンスや技巧、熱量で勝負したというよりは、筆力でまとめた感じも強い。最後の最後になって真相を明かされ、<そういう事情で、愛らしい若いヒロインは殺されたのか>と、改めてかなり寂寞めいた思いになった。
 その辺は作者の狙いとはたぶん違うものだと思う。

 ちなみにこのシリーズの翻訳紹介は、第一弾がこれほど印象的な開幕編なのに、なぜか先行して第三作が先に紹介され(同じポケミスの『別れの儀式』)、結局、この2冊のみで打ち止めとなった(原書では少なくとも6冊はすでに刊行)。
 さらに第二作は本作『愛と悲しみの』の後日談的な設定でもあるみたいで、そっちも読みたいと思ったが、前述のように未訳。
 完全にハヤカワの商売の戦略ミスだろ、これは。
 
 評点はトータルとしてはなかなか面白かったものの、前述の終盤の謎解きの組み立てに際して、悪い意味でちょっと切なさを感じる面もあるので、こんなところで。


No.1526 7点 幸せな家族 そしてその頃はやった唄
鈴木悦夫
(2022/06/16 06:15登録)
(ネタバレなし)
 有名な写真家・中道勇一郎の次男で小学校上級生の「ぼく」こと中道省一は、このおよそ一年の日々を振り返る。最初に家族の一人が死んで以来、中道家の周囲の一人を加えて、中道家の面々が次々に死んでいった日々のことを。

 先日、Twitterで、ミステリファンの選定によるオールタイムジュブナイルミステリベスト投票というのがあったようで、結果が出たのちに、そんな企画があったことを後から知った(不覚……だな?)。
 それで上位に入った作品を順々に眺めていたら、11位にランクインされていたのが本作。しかも投票コメントを読むと、かなり気になる種類の推しの文句が並んでいる。
 評者はまったく未知の作品で作者だったが、興味が湧いて、地元の図書館のお世話になって読んでみた。

 最初の事件が密室で開幕。続く事件でも証言の食い違いをロジカルに整理した推理など、ミステリファンの関心をそそる要素はてんこ盛り。 

 一方で主要登場人物が続々と退場していくタイプの作品なので、犯人そのものは直感も動員して見当はつきやすいかもしれないが、本作の魅力(それこそ今回のジュブナイルミステリ上位に入った)はそういうフーダニットの意外性よりも、かなり手数の多い(中略)なヒネリの数々にある。

 一応は小学生高学年でも読めるように書かれた作品のようだが、正直、作品の精神性というかスピリット的には、こんないびつななもの、児童に読ませてええんかいな、という感じ(悪口ではない、むしろホメ言葉)。
 もう30年以上も前に書かれたジュブナイルミステリだけれど、少年少女時代に読んで、大人になってからもずっと偏愛している人も多いらしい作品というのは、確かによくわかる。

 評者などは20世紀終盤からのジュブナイルミステリの系譜などはよく知らないのだけれど、こういうものをちゃんとチェックして評価している成人のミステリマニアという人種に、改めて敬服したくなったりする。


No.1525 7点 クライ・マッチョ
N・リチャード・ナッシュ
(2022/06/15 05:09登録)
(ネタバレなし)
 アメリカのテキサス州。ロデオスターとしてはすでに盛りを過ぎた38歳のマイク・マイロは、所属するロデオ一座の経営者ハワード・ポルクから馘を言い渡される。だがそのハワードは失業したマイクに、メキシコ在住の別れたハワードの妻レクサのもとにいる、彼の実の息子ラファエル(ラフォ)をテキサスまで連れて来るように願い出た。その目的は元夫婦間の資産の駆け引きにからむもので、ハワードはラフォを連れて来ることを倫理的に問題とは思ってないが、世間的には誘拐罪が適用される危険性があった。ハワードは5万ドルの成功報酬を約束するが、一方で表向きは何の支援もできないと言い放つ。マイクはこの条件の中で、ラフォを連れてくるためにメキシコに向かうが。

 1975年のアメリカ作品。もともとは作家兼脚本家の作者ナッシュが映画企画用に著したオリジナル脚本だったが、どこの映画会社にも売れずに小説という形で刊行したらしい。2021年に当年91歳のクリント・イーストウッドが話を相応にアレンジしたのち映画化(日本では本年2022年に公開)したが、この新作映画にあわせて原作小説も発掘翻訳された。イーストッドは40年前にも本作の主演を打診され、その時は、まだ自分がこの役を演じるのは時期尚早だと断ったそうな(他にも本作は、シュワルツネッガー主演で、映画化の予定もあったようだ)。

 ベテランのロデオスターだった主人公マイクだが、私生活では多様な屈託があり、さらに十代や二十代前半がメインで活躍のロデオ界でベテランということは、お払い箱寸前のロートルとほぼ同意語。栄光の座が加速的に曇っていく前半の描写はかなり生々しく痛ましい。人生を器用に切り替えられない者の痛みがヘビーな作品だ。
(主役マイクの周辺には、もっとジジイながら小狡く立ち回れる者もいれば、もっともっと悲惨な状況の者もいて、さまざまな人生模様が浮き彫りにされ、主人公の今の境遇を多角的に相対化する。)

 だが中盤、物語がメインストリームのメキシコ行~テキサスへの帰途についてからはもうひとりの主人公である少年ラフォとの絡みが、この手のロードムービー調の物語らしい、しかし独特の活気を帯びてくる。
 はじめは距離を置き合い、しかし次第に互いに絆を感じて来るお約束の展開ながら、道中の挿話のひとつひとつに起伏とバラエティ感があって読みごたえもたっぷり。
 二日間かけて読んだが、気が付くと後半は本当にあっという間に読了してしまった。
 
 いわゆるミステリ味は希薄だが、主人公の行為は法律の公認を得ない誘拐行為とみなされ、警察とのチェイスや拘留劇なども用意されている。
 二人の主人公にはほとんど背徳感もないが(インモラルを問われるとしたら、ラフォのオヤジと母親の方)まあその程度には薄口のクライムノワールで、かなり間口の広いミステリジャンルの一角にはあるとはいえるか。

 なんにせよ、読んで良かった一冊ではある。
 クロージングの仕方にはもしかしたら賛否両論あるかもしれないが、評者は共感や肯定というより、了解、納得しながら本文最後のページを読み終えた。 


No.1524 6点 イプクレス・ファイル
レン・デイトン
(2022/06/13 15:19登録)
(ネタバレなし)
 英国陸軍情報局で長年活動した諜報員「わたし」は、独立した英国情報機関「WOOC(P)」の一員となった。英国の周辺では近年、要人失踪事件が頻発しており、その陰には「ジェイ(鳥のカケスの意味)」という裏の世界の情報ブローカーの暗躍があるらしい。「わたし」は、化学兵器の研究に従事する政府お抱えの化学者「レイヴン」が東側に拉致される前に、彼を救出するが。

 1962年の英国作品。デイトンの処女長編で、当然、名無しの秘密諜報員ものの第一弾。
 デイトンは大昔に『SS-GB』と、それに確か『スパイ・ストーリー』だか『昨日のスパイ』だかをつまみ食いで読んだ記憶がある。
(前者はそれなり以上に楽しんだつもりだが、正直言って後者は「ヨクワカランカッタ」印象のみ覚えている・汗)。
 要するにデイトンの本領? たる名無しのスパイものはほとんど手つかずの状態なので、じゃあシリーズ第一弾の本作から読んでやれ、と手に取った。本サイトでもまだ誰もレビューしてないのも、食指をそそる要因ではある。

 今回はHN文庫版で読了。元版はハヤカワ・ノヴェルスでの刊行だが、当時、石川喬司も小林信彦も本作のややこしさに手を焼いた旨のレビューをしている。
 ウワサに聞く「名無しのスパイ」シリーズ総体がそんな難解な印象だが、こちらも処女長編のこれからそうだったのだなというつもりで読み始めた。
 HN文庫版には簡単ながら主要登場人物の一覧表があり(元版にはなかったそうな。石川喬司が言っている)、さらに裏表紙のあらすじは中盤の展開まで割っているが、今回はそれが大いに有難い。

 たぶんデイトンのやりたかった事は、現実の諜報活動の複雑さを踏まえながら、それをある種の箱庭にしたエスピオナージというジャンルに思いきり独自の迷宮感を演出し、一方でストーリーそのものは最終的にはちゃんと決着をつけることであろうと思いながら読む。
 この観測は大枠では間違ってないと思うが、それにしてもう~ん、確かに読みにくい。ツマラナイとか眠くなるとかの感触はほとんど無かったが、このシーンがここに出てくるのはこういう意味なのだろうな、とか、この描写はのちの展開の布石なんだろうな、とか、読む側の積極的な解釈と読解をほぼ全編に強いられる感じで。そこが面白いといえばオモシロイ、というのはまあわかる。
 例によって自分なりの人名表を細かく作っていったのでだいぶ助かったが、たとえばこれを外の電車の車中でメモも取らずに読み進めたら、絶対に音を上げただろう。
(たぶん、以前に読んだ『ストーリー』か『昨日の』もそんな感じだったんだろうな。)

 中盤、主人公が窮地に陥り、そこから反撃の体制に移行してからは割と読みやすくなるが、ややこしめな文章はもちろんそのままなので、読了には最後までエネルギーを消費。とはいえ終盤の(中略)など、一応の布石は張ってあったはずで、ちゃんとデイトンなりに本作をエンターテインメントのエスピオナージとして組み立てているのはわかる。
(なお、タイトルの意味は後半~終盤に判明するが、その要素だけ切り出すと、この作品は結構、敷居が低いように思えてくるのがなんとも……。)

 読み終えてみると難解、というのとは何か違う。迷宮感はあるのだが、それは物語の組み立てではなく、あくまで小説の作り方によるという感じ。シリーズのこの後の人気作も読まなければ確かなことは言えないが、たぶんデイトンはこの処女作からデイトンだったのであろう。

 ある種のクセになる部分がある作品で小説。それはわかるような気はする。


No.1523 7点 午後の死
シェリイ・スミス
(2022/06/11 07:26登録)
(ネタバレなし)
 インドの富豪マームード・カーンの依頼で、その息子の家庭教師となったオックスフォード出の24歳の青年ランスロット・ジョーンズ。だが富豪のもとに向かうジョーンズが乗った小型機は機体の不調でイラン砂漠の一角に不時着した。ジョーンズは飛行機の修理が終わるまで、近所の屋敷で時間を潰させてもらう。そこでは英国人の老女アルヴァ・ハインが暮らしていた。アルヴァは、彼女の若き日に生じたという、とある犯罪事件を語り出す。
 
 1953年の英国作品。
 大昔にミステリマガジンに分載された際に読みかけたような気もするが、最後まで完読したような、そうでなかったような。少なくとも物語の筋運びはまったく記憶にない。
 ポケミスも書庫に眠っているはずだが、引っ張り出すのも面倒くさかったので、ブックオフの100円棚で数年前に拾い、それをようやく今夜しっかり読んだ(正確に言えばブックオフの100円コーナーでまず見つけ、もともと蔵書にはあるハズだが、探してそれがすぐ見つかるかどーかわからんので、悩むより先に購入した、という流れである・汗&笑)。
 
 一言で言えば、ポケミスよりも創元の旧クライムクラブで翻訳されていた方が似合いそうな内容で、小味な作品ながらフツーに、テクニカルぶりで楽しませてもらった。
 探偵役の推理の論拠(ある部分の不整合の指摘ぶり)もなかなかオモシロイし、何よりラストのオチも(中略)の部分でさりげなく布石を張ってあるのがよい。ただしこれ、パズラーというより、向こうのこの時代での新本格だね。

 なお読後にTwitterで本書の感想や噂を拾って、この原作をもとに土曜ワイド劇場の一編『偽りの花嫁 私の父を奪らないで!』(大場久美子主演、神代辰巳脚本、小沼勝監督)が作られていたのを、今回、初めて知った。
 で「くだんの土曜ワイドのその作品は1982年の放映なのに、ポケミスの刊行は1983年なのはなぜだ?」と疑問を呈しているヒトがいたが、答えは簡単。スタッフは本作が最初に邦訳された、前述のミステリマガジンの分載(1981年9月号~10月号)の方で読んで翻案し、映像化しているのである(きっと)。
(どーせたぶん、当時のHMMの長編分載のことだから、どっかの部分を一部割愛してるのだと思うが?)

 21世紀にポケミスやハヤカワ・ノヴェルスだけ手に取ると、そういう書誌的な事実を見落とすこともあるので、注意した方がいいよネ。


No.1522 7点 断罪のネバーモア
市川憂人
(2022/06/10 14:50登録)
(ネタバレなし)
 旧世紀からの不祥事に端を発し、国内の警察組織に大改革が為された21世紀。過酷な他職業の職場を経て、今はつくばの新米刑事となった20代半ばの女性・薮内唯歩(やぶうちゆいほ)は、先輩の警部補・仲城流次(なかじょうりゅうじ)とともに地元のアパートで起きた殺人事件を捜査する。やがて犯人を検挙する彼らだが、唯歩の前には予測もつかない現実の迷宮が広がっていた。

 現実の並行世界的なIF設定で警察小説を書いて、しかもかなり技巧的なパズラーにしてあるところはこの人らしい……というか、そういう大枠だけ書くと、マリア&漣シリーズとおんなじだな(笑)。いずれにしろ、今回はもっともっと警察小説寄りである。

 話の構造についてはあまり書かない方がいい作品だけど、終盤の推理のロジック&トリックの開陳と、サプライズの波状攻撃はやはりいかにもこの作者。

 とはいえ真犯人のある行動についての動機については、現実の日本の政治に一家言ありそうな作者だけに、ちょっと変わってぶっとんた(?)ホワイダニットの解法を予測していた。結局、外れたが。

 今回も詰め込み過ぎな仕上がりという印象はあるが、この出版不況のさなか、作家性を出すために、作者が自分で自分のアベレージを上げてしまっている感が強い。単に読んで楽しむ方としては有難いばかりだけど、書き手は相当にキビシイだろうなあと予見する。
 いい意味で、今後の作風のチェンジアップを望みたい気も(汗)。


No.1521 8点 閉ざされぬ墓場
フレデリック・デーヴィス
(2022/06/09 07:56登録)
(ネタバレなし)
 ニッカー・ポッカ―大学で犯罪学の講師を務める青年サイラス(サイ)・ハッチは、東ペンシルヴァニアのベンズウィックの町を訪れる。そこではハッチの伯父シートン・タルボットが地元紙「センチネル」を発行していたが、その伯父の死去によって、新聞社の運営は甥であるハッチに託されるかもしれなかったからだ。だがベンズウィックの町は、表向きは慈善家の富豪ルーカス・クロフトと、その娘ジョイスの婿である若き銀行頭取ビンセント(ビンス)・ブリテンという二人の顔役に支配されていた。そんな町では少し前に、そのブリテンが地元の16歳の少年ローイ・グリグスを轢き逃げした疑いが生じていたが、一応のアリバイが証明されてブリテンは逮捕を逃れていた。ここで反骨の「センチネル」は、ブリテン自身そして義理の父クロフトが裏工作をしている証拠を掴もうと躍起になるが、やがて思わぬ殺人事件が発生する。

 1940年のアメリカ作品。
 ネットで英語情報を調べて、犯罪学者の青年サイラス・ハッチを主人公にしたミステリシリーズの一冊ということはわかったが、第何作目かなどは未詳。

 なおハッチの父マーク・ハッチはNY警察局の局長で、さらにハッチがNYの大学に勤務中に雇っていて田舎町までハッチを追っかけてくる秘書というか助手が、ハッチとガールフレンド以上? 恋人未満のじゃじゃ馬娘ジェーン・ポーター。さらにハッチには元ボクサーのダニー・デニガンというボディガードまでいて、作中で笑いを取りながら大活躍。これはどうも、EQ周辺の人物配置(つまりリチャード警視、ニッキー・ポッター、トマス・ヴェリーなど)のイタダキ? のような気配がある。

 創元の「世界推理小説全集」に入ったものの、のちの創元文庫に収録されていない有数の作品のひとつ(この作者の長編の翻訳はこの一冊しかない)だが、ネット上でもほとんどレビューも紹介もないので、一体どんなかな? と思って読んでみたが、いやこれが予想以上に面白かった。
(またAmazonデータが不順だが、本書は昭和32年12月25日に初版刊行。)

 地方の町を舞台に、いわゆる「スモールタウンもの」的な悪徳と腐敗の気配が漂うなか、ややこしめな登場人物の関係性の中で殺人事件が発生。しかしそれぞれのキャラクター個々の役割はかなり明確で、ハイテンポに心地よくストーリーが進んでいく感触は……ずばり中期クイーンのB級作品といった趣。
 まあさすがにそちら(EQ)ほどのロジックや手掛かり、消去法推理などへの執着はないが、お話のテンションだけ見たら、なかなか良い感じで、おかげでほぼ一息に読んでしまった(あまり大騒ぎするようなものではないが、トリックも複数、用意されてはいる)。

 ただし登場人物は前述のように多い。解説で中島河太郎は「この作品は登場人物が三十人に近い」なんて書いているが、ウソウソ。自分でメモを作ったら、ネームドキャラだけでのべ数64人になった。
 これは本作の趣向で、舞台となる町ベンズウィックにアマチュアの「犯罪研究所」があり、そこに普段は金物屋とか理髪師とか営んでいるものを含めて、十人以上の犯罪研究マニアがひしめているから(それゆえにNYの犯罪研究家として、また未訳のこれまでのシリーズの中で名探偵としての実績があるハッチは大歓迎される)。
 この犯罪研究所という文芸設定の分だけ、お話が面白くなったか、ミステリとして充実したかというと微妙だけど、作品の印象を際立てる上では、確かに機能はしてるとはいえる。

 で、終盤の解決はやや強引な感はあるものの、一方でいかにも黄金時代から新時代のパズラーへと至る過渡期のような決着で結構楽しい。
 先述のようにもうちょっと練ればさらに完成度は増した感もあるが、期待しないで(というか、どういう傾向の作品かまったくわからないまま)読んだので、ストーリーテリングとキャラクター配置が予想以上に良く出来た<一流半のフーダニットパズラー>という感じでとても良かった。

 ハッチ本人は表向き敬遠してるものの、傍から見るとお似合いなジェーンとの関係(ハッチの伯母で未亡人のベルに、恋人にしか見えない、と言われる)もこの手の作品のお約束的に好ましい。
 シリーズの未訳のもののなかで面白そうなものがまだあったら、是非とも翻訳してくれんかな、という思いである。その辺は、同じく「世界推理小説全集」のみに収録で文庫化されていない、アン・オースチンの『おうむの復讐』と一緒。まあ21世紀のいま、この辺のマイナーパズラーの発掘新訳は難しいだろうけどね。

 最後に、中島河太郎の解説を読んで、本作の著者デーヴィスが、その河太郎の「推理小説の読み方」の指紋トリックの項目で紹介されていた印象的な作品『妖魔の指紋』の作者だと改めて意識した。
 河太郎が「読み方」の中でトリックも犯人もバラしちゃった同作はかなりスゴイことをしていたけれど、本作『閉ざされぬ墓場』でも、まったく別の方向ながら、指紋へのこだわり度はかなり高い。要はこの作者は、そういう方向に重きを置いたミステリ作家だったのであろう。
(あーもうちょっと、日本語で作品を読んでみたい。) 

 評点は0.5点ほどオマケ。
 これから読む気のある奇特な人は、ホドホドに期待して手に取ってください(笑)。


No.1520 6点 ウィッチフォード毒殺事件
アントニイ・バークリー
(2022/06/07 15:11登録)
(ネタバレなし)
 ロンドン近郊の町ウィッチフォード。中年の二代目実業家ジョン・ベントリーが若いフランス人の妻ジャクリーヌに毒殺されたとして、容疑者の夫人は逮捕される。「レイトン・コート事件」から二年、作家でアマチュア探偵のロジャー・シェリンガムは新聞で見知ったさる情報に疑念を抱き、友人のアレクサンダー(アレック)・グリアソンとともに、またも事件に介入する。アレックの親戚で、ウィッチフォードに居を構えるジム・ピュアフォイ医師一家の自宅をホームベースにした二人は、医師の19歳の娘シーラも仲間にして、関係者からの情報集めをはじめるが。
 
 1926年の英国作品。シェリンガムシリーズ第二弾。

 流れるような、弾むような翻訳が素晴らしいと思ったが、ベイリーの『死者の靴』なども訳してる藤村女史か。納得である。

 シェリンガムたちが訪ねて回る事件関係者のキャラクター、そして探偵役の当人たちの言動が非常にさじ加減の良いユーモラスさで語られ、とても面白い。俯瞰して見れば地味な筋立てなのにちっとも退屈しないのは、人物造形の良さと、さらには前述の翻訳の上手さゆえだろう。
(とはいえシェリンガムたちが、当の容疑者のジャクリーヌと面会したりしないし、そうしようかと考えもしないのは、ちょっと引っかかった。本来、アマチュア探偵という人種には拘禁されている容疑者にホイホイ会う権限なんかありはしないのだとうそぶく、当時の作者なりのサタイアか?)

 しかし19歳のスカート姿の娘を相手に、その親が笑って? 見ている前でレスリングを仕掛け、女子の服をボロボロにしてしまう20代後半~30代前半の英国青年ってスゴイな、オイ。ん-、当時の英国はいい国であった……。
 
 本作の面白さというか魅力の2~3割はシーラのおかげという気もするし、36歳の独身男シェリンガムもほのかな年の差の感情を抱きかけたようだけど、結局シリーズのレギュラーキャラにはなってないんだよね? 特に解説で触れてもいないし。その辺をわざとハズすのが、評者の抱くバークリーらしいイメージでもある。

 ラストの真相は作者が仕掛けた、当時なりの読者うっちゃり型のサプライズだったんだろうけど、さすがにもう見飽きたオチだし、この作者ならこれくらいは、という感じであんまりトキめかない。ただしそこに持っていくまでの事件の調査の流れの揺り動かしはさすがで、ホメていいのでは、と思う。
 評点はこんなところで。 

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