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ミステリの祭典

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平均点:6.12点 書評数:692件

プロフィール| 書評

No.432 6点 教室が、ひとりになるまで
浅倉秋成
(2022/07/03 08:10登録)
私立高校で三人の生徒が立て続けに自殺した。死ぬ動機もなく、後追い自殺の理由もないにもかかわらず、三人とも同じ文面の遺書を残して死んだのだ。クラスメイトの白瀬美月から「死神」に命を狙われていると聞いた垣内友弘は、その直後、人の噓を見抜く不思議な力を与えられ、連続死の謎に挑むことになった。
校内には特殊な能力を持つ人間が四人いるが、本人がその秘密を他人に明かすと能力は失われてしまう。しかも、一人一人に与えられた能力は異なっているので、友弘は誰がどんな能力を持っているのかもわからぬまま真相に迫らなければならない。
三人の連続死には誰かの能力が関係しているのか。書きようによっては何でもありになりそうな設定だが、異能バトルをロジカルに組み合わせた展開はとても興奮させられるし、登場人物たちが自らの置かれた環境への違和感をぶつけ合うクライマックスの重苦しい絶望とわずかな希望が交錯する悲痛さは、学校という独特の閉塞感や居心地の悪さを感じたことのある人には突き刺さるのではないだろうか。


No.431 5点 名もなき毒
宮部みゆき
(2022/06/28 08:30登録)
物語は、首都圏で発生した連続無差別毒殺事件を、主人公・杉村の会社から解雇された女性アルバイトの巻き起こす騒動が絡み合う形で織りなされる。他者との関係を無化したうえで成り立つ無差別の凶悪犯罪と、人と人が接触を持つがゆえに起こる人間関係のトラブル。対照的な二本の縦糸は、根底に怒りがあるという点で共通する。自分だけが幸せになれないことへの怒り、自分を受け入れてくれない周囲に対する怒り、理想と現実とのギャップが生んだ怒り。
もちろん、それらは客観的には理不尽極まりないもので、身勝手で自己中心な言い分だと切り捨てることはたやすそうに見える。だが、この作品は紋切り型の正義や正論を上から安易に振りかざすことを許さない。
怒りはやがて毒になり、他者をそして自分自身をも侵す。だが作者は、喜びも悲しみも噛みしめてきた年長者の姿を、幼い子供のあどけなさを、生きることへの確かな「敬意」を持って描く。
だからこそ、負の諸相が手加減なしに描かれた怖い作品なのに、読後には人間や人生や社会に対する前向きな思いが胸に残る。


No.430 4点 月と蟹
道尾秀介
(2022/06/23 08:09登録)
舞台は鎌倉市に近い海辺の田舎町。父親の会社の倒産がきっかけで、2年前にこの町に転居してきた小学5年生の慎一は、その後癌で逝った父の親である祖父と、寡婦となった母親との3人暮らし。慎一の親友の春也は無口な少年で、父親からの暴力をひた隠しにしている。ある日彼らは2人だけの秘密の場所で、ある儀式を始める。ヤドカリをヤドカミ様と呼んで、貝から抜け出たヤドカリを焼きながら祈りを捧げると、願いが叶うというのだ。それは思い付きで始めた他愛のない暇つぶしだったはずなのに、クラスメイトの少女、鳴海がその儀式に加わったことから少しずつ暗い様相を見せてゆく。
誰もが心の奥に隠し持っている弱さの連鎖が因果となって、悲劇的な出来事を引き起こす。だが同時に、決して捨て去ることのできない弱さ、打ち勝つことなど到底不可能に思える弱さと、どう向き合って生きてゆけばよいのか、という難問についてこの作品は語っている。
寓話めいた筋立てを用いつつ、運命に翻弄されながらも何とか押し流されないと懸命に喘ぐ少年の姿を繊細に活写している点は作者らしい。しかし、直木賞受賞作ということで読んではみたものの、その良さは伝わってこなかった。


No.429 6点 影踏み
横山秀夫
(2022/06/18 08:37登録)
主人公はノビ師。ノビ師とは、空き巣の一種で家人が寝静まった夜に忍び込み、盗みを働くといういことで、通称「ノビ師」。ノビ師である真壁修一は、名前から刑事の間で「ノビカベ」と呼ばれていた。修一の頭の中には、死んだ弟・啓二の魂が住み着いていて、意識の存在として二人は会話をし、事件を共に追うというSFチックな設定。以前、取り合った女性・久子を交え織りなす7編からなる連作短編集。
「消息」修一が忍び込みで捕まった日。寝ずに起きていた女性に見つかるも、何の反応も示さなかった。あの女性は、夫を殺そうとしていたのでは。修一の頭の良さと啓二の記憶力の良さがわかる。
「刻印」幼馴染の刑事が死んでいるのが見つかった。修一は「終息」で出てきた、夫を殺そうとしていた女性が関係しているはずだと踏むが、女性にはアリバイがあった。ここでも啓二の記憶力が際立っている。
「抱擁」久子が勤める保育園で現金盗難騒ぎの話を知る。久子が疑われているらしい。修一は、犯人を探そうと調べていく。久子の揺れる思い。啓二にも決断が迫られる。
「業火」盗人狩りが立て続けに起きているという話を聞いた途端、修一も襲われた。修一は自分を曲げない、芯の強さがうかがえる。
「使途」刑務所にいた時の約束。サンタクロースをやってくれないかと頼まれた。ノビ師にしかできないと。筋を通す男の優しさが滲み出ている。
「遺言」一度会っただけの同業者が死んだ。「真壁を呼べ」と何度も口走ったと言う。真壁修一という男の複雑さが見え隠れする。
「行方」久子がストーカーされていると相談にくる。修一と啓二と久子。三人の抱えるものが、ここで終結する。啓二の告白する16年前の真相は痛切。
修一は泥棒から足を洗ったのか、久子と新たな生活を始めたのかは書かれずに終わっている。啓二の最後の願いが叶うことを願うばかり。


No.428 7点 蟬かえる
櫻田智也
(2022/06/14 07:58登録)
とぼけた感じの昆虫好きの青年・魞沢が一度事件に遭遇すると、たちまち鋭い推理力を発揮する5編からなる連作短編集。
災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか。魞沢が意外な真相を語る表題作「蝉かえる」。交差点での交通事故と団地で起きた負傷事件。それらのつながりを解き明かす「コマチグモ」。大自然のペンションを訪れた外人の不審死をめぐる「彼方の甲虫」、失踪したライターを探していく過程で明らかになるホタルの謎と、静かな感動を呼ぶ「ホタル計画」、帰国した友人を訪れた探偵がその挙措から潜行する計画を喝破する「サブラサハラの蠅」。と、何が起こっていたのかわからない不思議な事件が5つ起こる。誰も事件の全容がつかめない中、魞沢だけは些細な手掛かりから真実にたどり着くその鮮やかさには目を見張る。
物理的事象や謎の様態のメカニズムを人間心理の解析によって明かしていき、隠された登場人物の背景を間接的な描写によって見せていくところが素晴らしい。
彼が解く事件の真相は、いつも人間の悲しみや愛おしさを秘めている。犯人や事件関係者が抱える切実について、魞沢は優しい眼差しを忘れない。推理の後に彼が語る言葉のひとつひとつには胸を打たれる。
本作では、なぜそのような優しい探偵になったのかを描いたエピソードも収録されており、魞沢の過去を知った時、彼に対する愛おしさが増すことでしょう。派手な事件はなくとも、巧みな構成と文体によって描かれる物語は、泡坂妻夫ファンはもちろんのこと、多くのミステリファンに楽しめる一冊といえるのではないか。


No.427 6点 怒り
吉田修一
(2022/06/02 09:33登録)
冒頭で、凄惨な殺人現場の報告がある。八王子郊外の新興住宅地で夫婦が殺され、血まみれの室内に「怒」という血文字が残されていた。
その一年後、三つの場所で三つの物語が始まる。房総半島の漁師町、東京、沖縄の小さな島。家出を繰り返す娘を見守る漁師、大企業に勤める青年、夜逃げ同然に島に移住してきた女子高生。異なる土地の風土と暮らしが生き生きと描き分けられ、秘密を抱えて生きる優しい人々が丁寧に造形されている。
三つの場所のそれぞれに素性の知らない若い男が出現する。彼らはみな穏やかな若者だが、報告された犯人像に類似した特徴を持っている。三人のうち誰かが犯人ではないか。その誰かが凶悪な闇を噴出させたら、彼を信じて受け入れたこの善意の人々はどうなるのか。作者は読者の心理にサスペンスを仕掛けている。ユニークなスタイルの犯罪小説だが、作者の狙いは犯人捜しでも「心の闇」の解明でもない。
ますます流動化する社会にあって、人々は互いに秘密を隠し持つ孤独な他人同士として現れる。他人に闇の深さは誰にも測れない。共に生きることは、闇を抱えた相手をそのまま受け入れることだ。その究極の受け入れが「愛」や「信頼」と呼ばれる。読後に静かに立ち上がってくるのは、人間の信じる能力、愛する能力について深い問いかけのようだ。


No.426 6点 消えたタンカー
西村京太郎
(2022/05/28 07:55登録)
大型タンカー・第一日本丸がインド洋沖合で炎上し沈没した。乗員32名のうち船長ら6名は救命ボートで脱出、偶然近くを通りかかった漁船に救助されるが、残りの乗組員は行方不明となった。だが帰国した生存者を狙って連続殺人が勃発する。十津川警部はとんでもない策略に気付く。
前半は、警察と犯罪者の対決とサスペンス風で緊張感に満ちあふれている。十津川警部と犯人の視点が交互に入れ替わり、両者で心理戦を繰り広げ、相手の裏をかこうとする手に汗握る展開。後半にはいると、捜査の方向性に疑問を持ち、一転して謎解きになるという構成で、事態が意外なところに進んでいくところが読みどころ。
日本各地とスリランカ、ブラジル、南アフリカ共和国など世界を股に掛けるダイナミックな犯罪劇に魅了される。ただし、トリックはあまりにもリアリティが無い、ある意味バカミスなので真相は少し残念。それでも夢中になって読んだのも確か。同じ作者の海洋ものだったら「赤い帆船」の方が個人的には好み。


No.425 5点 依頼人は死んだ
若竹七海
(2022/05/23 08:21登録)
私立探偵葉村晶シリーズ第1作目で、4つの季節を2巡する間に出会った8つの事件と1つの「闘い」を描いた連作短編集。ホワイダニットあり、叙述トリックありと多彩だが、それぞれの作品に共通しているのは作者らしい「毒」が感じられること。
「濃紺の悪魔」探偵稼業に復帰した最初の仕事は、アイドル松島詩織の警護。究極の善意が操られる時、考えられない真相が告げられる。評価が分かれるでしょう。個人的には今ひとつ。
「詩人の死」詩人として華々しいデビューを飾り、私生活では結婚を目前にしていた青年の自殺の動機を探る。謎のバランスが見事。ラストの視覚効果も効いている。
「たぶん、暑かったから」平凡なOLが人事課長をドライバーで刺した事件の真相とは。いくつもの仮説が一瞬にして背筋が凍る感覚。インパクト大。
「鉄格子の女」自殺した挿絵画家が残した1枚の絵画。夜と女をリアリズムに封じ込めたその作品に惹かれた私が見た青い地獄とは。依頼人姉弟の設定が笑いを誘う一方で、主題たる狂気と悪意が戦慄させられる。
「アヴェ・マリア」ふたつでひとつの聖母像の盗難事件の奏でるリフレイン。演出者の謎を解体する時、陰惨なクリスマスストーリーは、微笑の中に封印される。途中で先が読めてしまったのが残念。
「依頼人は死んだ」莫大な財産を巡る修羅たちの争いの中、密かな悪意は殺意に変わり、自ら墓穴を掘る。幕切れは鮮やかだが、プロットは平凡。
「わたしの調査に手加減はない」何不自由ないお嬢様育ちの離婚妻は飛び降り自殺した。2年も前の自殺者が旧友の夢の中に現れて訴えたのは。わかりにくいのが難点。
「都合のいい地獄」白い霧の向こうから、濃紺の悪魔は帰ってくる。ある自殺の真相を巡り、命と謎を天秤にかけたゲームは始まる。辿り着いた結末とは。この終わり方は何だろう。謎は終わらなという解釈でいいのかな。


No.424 6点 マスカレード・イブ
東野圭吾
(2022/05/18 08:53登録)
「マスカレード・ホテル」の続編だと思っていたが、そうではなく前日譚であった。「マスカレード・ホテル」の前日譚なので、新田刑事とホテルのフロントクラークの山岸は、同じ事件に関与しながらも接点はなく、お互いの存在を知らない。その中で新田、山岸の両人が必然性を持って絡んでくる描き方が巧みな4編からなる連作短編集。
「それぞれの仮面」は山岸、「ルーキー登場」は新田、「仮面と覆面」は山岸と交互に主役が交代し、最後の「マスカレード・イブ」のみ新田と山岸の両人が登場する。山岸登場編では、刑事事件ではなく、ホテルに泊まる客にまつわる人間ドラマ的ミステリを山岸が解く。それも真実を暴くためではなく、客の「仮面」を守るため、ホテルマンとしての務めを果たすためという話になっている。それでも、推理ものとしての面白さは十分に味わえる。新田刑事登場編では、刑事事件であり警察捜査の過程を描くミステリで読ませる。
前作「マスカレード・ホテル」を読んでいればこその遊び心ある関連性が散りばめられているなど、シリーズ作品としての読みどころが盛りだくさん。


No.423 9点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2022/05/13 08:22登録)
ミステリを愛する大富豪・神津島太郎は、円錐形のガラスで出来た「硝子館」に六人を招いた。それは、ある重大なことを発表するためだという。パーティーは開かれ、後は神津島太郎を待つばかりとなった。しかし、そのパーティーはある殺人事件により幕を閉じる。反対に血みどろの惨劇の始まりだった。刑事、料理人、医師、名探偵、メイド、霊能力者、小説家、編集者、執事。典型的な登場人物たちが全く新しいミステリを紡ぐ。
プロローグから倒叙形式で語られ、犯人は分かっている。犯人や動機が分かっている中で、どうなるのだろうと思っていたが倒叙から本格っぽい展開に変わり、本格ミステリの要素を贅沢に詰め込んだ作品に仕上がっている。
ミステリ好きの登場人物たちが、ミステリ談義を楽しむ事により古典ミステリから現代ミステリまで多数のミステリが登場し、ミステリ好きにはたまらない描写も多い。作者の本格ミステリ愛を感じることができ、ミステリの歴史や本格ミステリの軌跡を学ぶことができると同時にニヤニヤが止まらない。
魅力的な登場人物、奇妙な形の館、クローズド・サークル、密室殺人、読者への挑戦状など、本格ミステリ好きには嬉しい要素が詰め込まれている。硝子館の立体図と断面図を見ながら推理するのも楽しい。
事件の真相が、ほぼ分かったのかという時点で残り数十ページあり、ラスト数十ページどうなるのかと思っていたが、ここからが熱い。これぞ驚愕のラスト。まさに、帯に書いてある綾辻行人氏の「ああびっくりした」である。謎解きに頭を使う人にも、振り回されることに快感を覚える人にもお薦め出来る。


No.422 5点 箱庭図書館
乙一
(2022/05/09 09:12登録)
作者がウェブで実施した「オツイチ小説再生工場」という企画から産み出されたユニークな連作短編集。
読者から送ってもらった小説のボツ原稿を作者がリメイクしたこの企画、当然ながら元ネタは全てバラバラ。にもかかわらず、6編の小説の舞台をすべて「文善寺町」という架空の地方都市に設定し、登場人物を重ね合わせてゆくことで、一つの世界を造り上げている。
物語を紡ぐ町をキャッチコピーとする文善寺町で起こる小さな奇跡の数々。小説家になった青年と、日常生活に支障をきたすほどの本好きである図書館司書の姉。どこか暢気なコンビニ強盗の顛末。高校の文芸部のたった二人の部員によるイタイ応酬の行方。鍵と鍵穴をめぐる物語。子供たちが集まる夜の王国。そして降り積もった雪の上のファンタジー。作者らしいミステリ、ホラー風味も絶妙にまぶされており、トリッキーな語り口に舌を巻きながらも、まさに「物語を紡ぐ」ということの、かけがえのない存在意義に気付かされてゆく。
なぜ人は小説を書き、それを読むのか。なぜ小説というものが必要なのか。そんな、あえて問い直すことなどないように思える問いへの、新鮮で温かく力強い答えがここにはある。


No.421 6点 戦場のコックたち
深緑野分
(2022/05/04 08:19登録)
空挺部隊に所属する兵士兼コックのティムは、頭脳明晰なエドたちコック兵仲間と、ノルマンディー上陸作戦に参加する。フランスの村を解放したティムは、なぜかパラシュートを大量に集めている兵士がいるのを知る。エドの協力で謎を解いたティムは、ものすごく不味い粉末卵六百箱が消えた、拳銃自殺した夫婦の手が拳銃を握れない形になっていた。前線に銃剣で人を刺すような音を出す幽霊が現れるなどの謎にも挑む。
伏線を丁寧に回収しながら、戦場という特殊な状況でしか成立しないトリックを作った手腕は鮮やかで、特に動機の意外性には驚かされた。命が使い捨てにされる前線で、命をつなぐ料理を作るコックが、日常の小さな謎や数人が死んだ事件を推理する矛盾を通して、戦争の悲劇に迫ったところも見事である。
作中の事件は、差別、正義の欺瞞、憎しみの連鎖を生む戦争の実態も暴いていく。解決が難しい問題を前に悩み考えるティムの姿は、思考と論理だけが社会をより良く出来ることを示しているように思えてならない。


No.420 7点 顔 FACE
横山秀夫
(2022/04/27 08:51登録)
主人公は、婦人警官の平野瑞穂。以前は、刑事事件で重要な役割を果たす鑑識課で、目撃者からの聞き取りを元に似顔絵を作成していた。しかし今現在の部署は、複雑な事情もあり広報課である。その平野瑞穂が刑事とは別の立場、別の視点で捉え鑑識課で培った観察力と似顔絵の能力を活かし事件の解決に導いていく5編からなる連作短編集。
「魔女狩り」署内のどこかに潜むニュース・ソースを追う。作者自身の経験に裏打ちされた「心理的密室」の妙。
「決別の春」何でも相談テレフォンに掛かってきた心の悲鳴。多発する放火事件と復讐に怯える娘の記憶。誰が騙し、何を偽るのか。こじんまりとまとまった人情譚。
「疑惑のデッサン」38度の気温が招いた行きずりの殺人。平野の後釜が描いたあまりにも似すぎた似顔絵は何を意味するのか。「顔」という連作のテーマが最も際立った作品。
「共犯者」抜き打ちの銀行強盗の防犯訓練を行っていた時、同じ銀行の別支店で本物の銀行強盗が発生。被害者とその動機に鮮烈な印象を残す。
「心の銃口」女性でありながら、署でトップクラスの射撃の名手が拳銃を奪われる。平野は得意の似顔絵で犯人に迫ろうとするが、思いがけない真相に辿り着いてしまう。長編になりうるプロット。
子供の頃から婦人警官になりたかった平野瑞穂は、正義感にあふれているが男社会である警察組織という現実に上手くいかないことが多い。周囲の軋轢や失敗にもめげず、前を向く姿勢は共感が持て応援したくなってくる。爽やかな読後感をもたらす作品集。


No.419 8点 向日葵の咲かない夏
道尾秀介
(2022/04/23 08:14登録)
夏休みに入る直前の終業式の日。学校に来ていないS君に返却された提出物を持っていくため、彼の家に行った。ミチオはそこでS君が首を吊った姿を目撃する。驚いて学校へ戻り、先生へ伝えると先生は警察と共にS君の家へ向かった。しかしS君の死体は消えていた。S君はあるものに姿を変え、「僕は殺されたんだ」と訴える。ミチオは妹のミカと真相を探ることに。
全体的にホラーの雰囲気が漂っており、何か不気味なものが背後に潜んでいるのを感じながらも違和感を覚えることになる。占いが得意なお婆さん、小説を出版したことがある国語の先生、百葉箱を毎日見に来るおじさん、そしてパパ、ママ、S君のママ。協力者なのかS君を殺した犯人なのか、それぞれ皆秘密を抱えていて、物語が進むにつれ事情が分かってくると、登場人物全員が怪しく思えてくる。
帯には「僕と妹・ミカが巻き込まれた、ひと夏の冒険。分類不能、説明不可、ネタバレ厳禁!超絶・不条理ミステリ。(でも、ロジカル)」まさにその通りの作品で、作品全体のありとあらゆる部分に伏線、ギミック、トリックの類が満載に仕掛けられている。そしてあらゆることが、残り十数ページで一気に解明し、一種のどんでん返しに驚かされる。ロジカル的にも上手くまとめ上げた感じ。
以前から気になっていた作品だが、あまりにも否定的な意見が多かったので読むのを躊躇っていた。確かにあり得ない特殊設定や、全体的に漂う陰鬱な雰囲気、動物虐待などの気持ち悪い描写、イヤミス特有の読後感など、好き嫌いが大きく分かれるのも納得の一冊。


No.418 6点 赤い部屋異聞
法月綸太郎
(2022/04/18 08:32登録)
江戸川乱歩の「赤い部屋」のオマージュ作品である表題作の「赤い部屋異聞」をはじめ、日本や海外の古典作にオマージュを捧げた9編からなる短編集。
オマージュといっても、ストーリー展開を踏襲しつつ最後のオチにオリジナル要素を加えたもの、ミステリ的なアイデアから着想を得て物語を作り上げたものなど、元ネタとのシンクロ度合いはそれぞれ異なる。怪談めいた作品もあれば、SFっぽい作品もあり、さまざまな味わいを楽しむことが出来る。
オマージュ元の作品を先に読んんでいた方が、どのようにアレンジされているのかが分かってより楽しめると思いますが、それぞれの元作品が有名作品といえるものではないので、あまり気にしなくてもいいかもしれません。
あとがきで自作解説をしていますが、制作過程や苦心したエピソードが書かれており、これを読むだけでも満足感が得られる。
ベストは読後の余韻が戦慄的な「葬式がえり」、次点で立て続けに事態の構図を反転させる「続・夢判断」。


No.417 6点 人間の尊厳と八〇〇メートル
深水黎一郎
(2022/04/13 08:32登録)
表題作は日本推理作家協会賞の短編部門受賞作。この作品を含め、五編からなる短編集。
受賞作は、いかにもミステリらしい切れ味の良い佳作。とあるバーにはいった「私」が、見知らぬ男の先客から「俺と八〇〇メートル競走をしないか」と持ち掛けられる。男は「私」が持っていた五万円に対して、土地の権利書を賭けるという。前半は、男が「私」を賭けに引き込むために、量子力学の話を延々とするので、いささか取りつきにくい。ここは、少々、作者の思いが強すぎた感がある。話の結末は、、ミステリを読み慣れた者ならば想像がつくかもしれない。それでも、どんでん返しをさらりと処理し、余韻を残して終わるあたりは、なかなか。
そのほかの短編は、いずれもミステリ色は薄いものの、人間の心理を行間に浮き上がらせる筆致は、フランス文学者としての作者の面目をよく伝えている。「北欧二題」では固有名詞を含むすべての外来語を、漢字(当て字)で表記する試みが行われ、それなりの効果を上げている。
全体のほぼ三分の一を占める「蜜月旅行」は、新婚旅行でパリを訪れた夫婦の観光小説といってよい。ところが、そこに結婚前には気付かなかった二人の価値観の相違が忍び込み、次第に緊張感を高めていく。予定調和には違わないが、サスペンスの醸成が巧みなだけに、読後感はいっそう爽やか。


No.416 7点 昆虫探偵
鳥飼否宇
(2022/04/08 08:50登録)
目が覚めると、葉古小吉はゴキブリになっていた。小吉は虫に変貌したわが身を見てもとりわけ驚くわけでもなく、むしろ長年の希望がかなった喜びに打ち震えていた。
ゴキブリに変身した人間が、昆虫界で探偵助手になり、事件に巻き込まれる。熊ん蜂が探偵、蟻が刑事である。ある意味突き抜けた設定で異彩を放っている。そして虫たちの様々な習性を手掛かりに遠隔殺虫、三重密室、体液消失、誘拐&立てこもり事件を解き明かし解決する。
異世界ミステリでは、まず奇抜なトリックがあり、そのトリックが成立するのはどんな世界が考え、設定を案出するというのが無理のない発想の順番だろう。それなら世界設定はかなり作り手の思い通りになる。しかし本書の世界は、人間になじみが薄いとはいえ、現実の設定に思える。
虫が人語を話す異世界仕立てでありながら、作り手の自由度が高くない。推理の過程で昆虫の珍しい習性を知り、「人間離れ」した世界の様相に興味をそそられつつ、知らず知らず作者の術中にはまっていく。昆虫の生態に詳しくなくても楽しめる作品となっている。


No.415 6点 その可能性はすでに考えた
井上真偽
(2022/04/04 08:21登録)
人里離れた山奥に村を作って数十人で暮らしていた宗教団体が、首を切り落とす集団自殺を遂げた。唯一生き残った少女は十数年後、事件の謎を解くために上苙丞のもとを訪れる。上苙丞は、不可能状況を「奇蹟」と認定するために、全ての可能性を否定しようとする。
推理対決をテーマとした多重解決もので、全編にわたり真相を推理するシーンが繰り広げられる。それぞれの仮説は、発想が大胆で奇抜。このバカトリックを上苙丞は、それを論理的に否定してみせ、両極端ともいえる推理バトルが楽しむことが出来る。
キャラクター的にはラノベ風で苦手だが、エンタメ要素の強い捻くれた、そして企みに満ちた本格ミステリとして良く出来ているのではないか。ただ、最後に明かされる真相は無難すぎると感じてしまった。仮説が、あまりにもぶっ飛んでいたので、期待しすぎたのかもしれないが。


No.414 6点 濱地健三郎の幽たる事件簿
有栖川有栖
(2022/03/29 08:42登録)
幽霊を視る能力があり、心霊現象を専門に扱う探偵・濱地健三郎とその助手・志摩ユリエが様々な怪異に対していく7編からなる連作短編集。
「ホームに佇む」出張の度に新幹線を利用するサラリーマンが、有楽町駅を通過する際に、赤い野球帽の少年の幽霊を毎回目撃する。理由はおかしみがあり、なるほどと思わせる。
「姉は何処に」郊外の実家に住んでいた姉が行方知れずになり、弟が実家に戻って捜索する中で、同じ場所・同じ時間に姉の幽霊が現れていることに気が付く。最後でゾッとさせられる。
「饒舌な依頼人」濱地探偵事務所に来た依頼人が饒舌におしゃべりする。怪談話なのだが、コミカルでオチが笑える。
「浴槽の花婿」資産家の男が浴室で死亡。事故か事件か。結末は恐ろしくも哀しくて憐れ。
「お家がだんだん遠くなる」毎夜寝る度に、幽体離脱してしまう女性が助けを求める。ミステリ要素はほとんどない。終わり方が苦々しい。
「ミステリー研究会の幽霊」高校のミステリー研究会の部室で起こっていた超常現象が、新しい部員を入れてからエスカレートしていく。ネタとしては学園もののホラーで良く出来ている。
「それは叫ぶ」夜道で得体の知れないモノに触れてから、発作的な自殺衝動に襲われる。ミステリ要素は皆無で完全に怪談。ただただ恐ろしい怪談が描かれている。
ミステリ要素よりも怪談に重きが置かれている話が多いので、謎解きを期待していると肩透かしを食らうでしょう。
濱地先生の役に立ちたいと、いつも思っている志摩ユリエ。助手をするなかで、何度も恐ろしい目に遭っていることを勝手に心配してしまう。今後どのように成長していくのか楽しみ。


No.413 7点 兇人邸の殺人
今村昌弘
(2022/03/24 09:21登録)
このミス4位、本ミス3位。本作も含め、毎回特殊設定ミステリで楽しませてくれる。相性の良いこの作家は、しばらく追っていこうと思っている。
テーマパーク内に放置されたアトラクション、通称・兇人邸。創薬会社社長・成島は、班目機関の研究資料を手に入れるため、事件を呼び寄せる体質を持つ剣崎比留子に同行を申し入れる。剣崎やプロの傭兵たちと共に、兇人邸へ潜入した葉村譲を待ち受けていたのは、殺人事件と●●の存在であった。
海外のパニックホラーを彷彿させる雰囲気が漂っており、冒頭からワクワクさせてくれる。●●の存在と殺人犯と気を付けないといけない対象が複数ある。●●の存在に怯えながら、誰もが怪しく思え疑心暗鬼になり、腹の探り合いをしていくところが読みどころ。
兇人邸には本館と別館に分かれていて、本館にも主区画と副区画とある。建物の構造が複雑で、見取り図を見ながら推理するのも、本書の魅力の一つである。●●の存在には大きな弱点があり、それによって行動範囲が制限されるとともに、潜入した人たちの行動範囲が広がるというのが面白さに繋がっている。心理的なクローズド・サークルで、外に助けを呼ぼうとすれば出来るが、それぞれに都合があり仲間内で意見が割れ、そうはしない。
この特殊設定を活かした殺人犯のトリックと動機、終盤の怒涛の展開が熱い。また、助手役の葉村譲が大活躍し、助手としても人間としても成長しているのも嬉しい。人物像もしっかり描かれており、色々な人の想いが最後に詰まっているラストには震えた。次作も期待したい。

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