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ミステリの祭典

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クリスティ再読さんの登録情報
平均点:6.39点 書評数:1452件

プロフィール| 書評

No.172 6点 緋文字
エラリイ・クイーン
(2017/02/12 22:46登録)
まず本作が、ホーソンの「緋文字」を読んでいないと、何か面白味を味わい損ねる?という疑問について。評者は両方未読だったのを幸いに、今回はホーソンのを読んでから、クイーンを読むという趣向である。結論は「ほぼ関係なし」。ホーソンは読まなくても全然オッケー。それでもホーソンは独特の絵画的な才能があるし、キャラは独自で面白く、読んで損になるような小説ではないから、御用とお急ぎでないなら読むのもよろしかろう。
クイーンの本作だが...これホントにクイーンっぽくない小説だ。クイーン世界での立ち位置が一定しないニッキーが大活躍して秘書というか恋人?をほのめかす描写さえある(抱きかかえて運ぶんだよ)。エラリイがMWAの会合に出てたり、EQMMの投稿を読んだり...と、他作ではあまりない、エラリイとクイーンを同一視する描写があったり、エラリイが尾行するどころか、殴り・殴られる描写まである。他の作品で暗黙のタブーになってることを、平気でやっているような例外的な小説だ。これは本当に空想レベルの憶測だが、プロット=ダネイ、執筆=リーというのがクイーンの合作の定法だというが、本作は役割を試しに逆にしたのかも?と考えてみたがどうだろうか...
本作ではエラリイが行動的で、ハードボイルドみたいなものだ。そこら結構新鮮で評者とか面白く読んでたよ。クイーンだからま、タダでは済まないだろうね、と思ってた... ダイイングメッセージは英語の洒落みたいなものを知らないとダメだから、日本人はちょっと無理か。血文字だから「緋文字」と洒落たわけで、ホーソンのそれとは不倫の内容からしても共通点はほぼなきに等しい。クイーンは The Scarlet Letters で複数形だが、ホーソンではヒロインが生涯付けることを強制された姦通を示す「A」の文字を示すから当然単数形で、あまり混同の余地はないように思うよ。ホーソンのそれをミスディレクションに...というのは、ヨミ過ぎじゃない?
真相はまあ無理のないリアルなもの。そこらもクイーン流のハードボイルド?って感じ。評者意外なことの連続でびっくりしてるが、印象はいい。
(ややネタばれ)
っていうけどさ、そう重要な見地じゃないから言っちゃうけど、ホーソンのそれとクイーンのそれと、それぞれある人物から見た真相の骨格がほぼ同じなんだ...そういうのはミスディレクションと呼ばないように思うんだがねぇ。


No.171 6点 緊急深夜版
ウィリアム・P・マッギヴァーン
(2017/02/07 22:38登録)
社会派かハードボイルドかを二択で考えたら、本作とか社会派だろうね。マッギヴァーンって文章はいわゆるハードボイルド文じゃないし...で、当初ありがちな社会派、腐敗した市政と黒幕vs新聞記者という話で読んでいた。まあ社会派とはいってもね、「スミス都へ行く」くらいの感じの汚職+腐敗で、松本清張のリアリズム感には程遠い。
だけどね、実は本作、ラストが非常に盛り上がるのだ。編集長カーシュと主人公の記者ターレルとの関係が、職場の上司と部下という関係を越えて、擬制的な父子っぽい情愛があるにも関わらず....というあたりで、最終的な真相の暴露と編集長の職業倫理によるケジメのつけ方が感動的である。こういう感じでドラマを作るとは思ってなかったな(本作は初読)。

君の心のなかにある人物像を再建しようと思ってな....

自分の悪事を暴かれても、人はそれほど「悪く」なれるものではない。人間の善悪で振れるその振幅の中に、ドラマをうまく組み込むマッギヴァーンの職人技を味わうのがいいだろう。


No.170 5点 真鍮の家
エラリイ・クイーン
(2017/02/04 12:28登録)
奇人の老大金持ちの「真鍮の家」に集められた6人の男女。それはこの老人の遺産600万ドルを誰に与えるか、を決めようとする試験だった...集められた男女の身元と選ばれた真の目的は?遺産はどこに隠されているか?老人を襲撃&殺害したのはだれか??
というわけで、プロットは「おっ」となるくらいにキャッチー。エラリイじゃなくて父親の警視(退職後)が、遺産のありかをめぐっていろいろアクティブに推理&駆け引きしていくのも、興味深く読める。エラリーみたいに名探偵の色が付きすぎているキャラっていうのは、意外にアクティブに動かしにくいものだから、これは好判断だと思う。というわけで、こりゃ「いい作品では?」と思わなくもない。けどね、一応のオチが付いたあと最終章で、家に戻るとエラリイがいて、安楽椅子で真相を推理、という仕掛けになっているんだけど....これがちょいと無理があったようだ。やはり「奇人の遺産はどこに?」ってテーマで「イズレイル・ガウの誉れ」を越えるのは難しい気がするなぁ。

(大したことではないですが少しバレます)
最後にエラリイがいろいろ解きあかすけど、面白い殺人の真相か、というとそうでもない(まあこれはよい)。本作は結構いろいろな謎があるんだけど、6人は老人の隠し子だったのか?それとも復讐対象だったのか?600万ドルの遺産はどこにいったのか?とかオチのうまくついていない要素が目立つようだ。
なので頑張って引っ張ったわりに、がっかり感を否定できない。「マルタの鷹」なら石膏の模型でもいいんだけどね。やはり「愚者の金」が「ほんものの金」に、「ほんものの金」が「真鍮」に転化するようなスペクタクルを期待してしまうのは、読者のさがというものだ...


No.169 7点 クランシー・ロス無頼控
リチャード・デミング
(2017/02/01 22:55登録)
どうせ通俗ハードボイルドを読むんなら、おもいっきしマンガみたいなのがいいよ。本作だったらどうだ、クランシー・ロス、人気ナイトクラブの経営者で、女に強いがヤクザにも強い。町のボスの風下に立たない一本独鈷で男前、会う女会う女に惚れられるが絶対本人は惚れず全部遊びで、殺し屋に背後から襲われても切り抜けるスゴ腕...とくればまあ、完璧超人である。「陶器を思わせるブルーの瞳」とか「左のあごを走るほそい傷あと」とか、こういうクリシェと唯一の乾分サム・ブラックをお供に大活躍。「トラブルは俺の商売だ」とでも言いたいくらいにトラブルの方がクランシーにご執心で、基本巻き込まれ型である。
ま、アタマを空っぽにして読む娯楽小説としては、クランシーがカッコよければそれでよし。そういう面では大の合格点。「酔いどれ探偵町を行く」もそうだけど、本作も訳者の山下諭一が、翻訳というよりもローカライゼーションって感じのいい売り方をしていて、これが成功している。「無頼控」ってタイトルからして柴錬インスパイアなんだし、最初の短編も原題が「The War」なのが「おれのお礼は倍返し」になる..というこういう翻訳を超えたウリな感じが「いい時代だったね!」という感じで何がうれしい。駄菓子って言えばホントに駄菓子で、

このお女性も、この部屋には何度も出たり入ったりしているはずだぜ。びっくり箱のお人形みたいね。

「お女性」って言い回しに下品な味があって実にイイ。


No.168 5点 ここにも不幸なものがいる
エドガー・ラストガーテン
(2017/01/29 22:28登録)
本作は「ジャック・ザ・リッパー物」の一つでわりと有名な作品(あとはどうだ、ローンズの「下宿人」?これはヒッチの映画がある)。ただし、ミステリ、というよりも実録風の小説である。
残虐な殺し方をされた娼婦の事件の犯人として、娼婦と付き合っていた妻子持ちの男が逮捕され裁判にかけられるが、この男の妙な道徳的なこだわりとか、状況の偶然とか、無実を証拠立てることのできる証人に後ろ暗いところがあって黙るとか...いろいろ悪条件が重なった末、無実の罪で男は処刑されてしまう。しかし、処刑当日に真犯人からの手紙が...で、かなり後味の悪い作品である。
あまり謎解き的な興味はないし、真犯人の人間像も最後まで不明のまま。再度の犯行をイメージする場面で終わる。小説としては結構読ませるが、ミステリか、というと怪しい。どっちかいうと、タイトルのカッコよさに魅かれて読んだけどね。


No.167 8点 サン・フォリアン寺院の首吊人
ジョルジュ・シムノン
(2017/01/29 22:09登録)
本作は特に日本人好みのせいか、いろいろと影響絶大な作品なんだけど、あれ、昔角川文庫で出てたっきりで、現在入手困難な本みたいだ...これ本当にもったいないよ。シムノンはファンは厚いから、数がハケて損しないと思うんだけどな(角川の水谷準の訳は格調も高く、読みやすいイイ訳だが、論創社から新訳で出るうわさがあるようだ)。
影響は、というと乱歩はこれを翻案して「幽鬼の塔」にしているし、本作の冒頭を角田喜久雄は複数作品でパクってるし...で近いところだと「マークスの山」が本作をイタダキしていて鼻白んだオボエがある。そのくらい日本人好みの、「無残な青春」の話である。
がまあ、今の若い人が読めば「黒歴史」な話でもある...昔っからこういうの、あるんだよ。まあ評者だとわが身を顧みてあまり他人様のこと言えない立場にあるから、まさに身の置き場もないな。本作の一番悲惨な自殺者のように、恐喝した金を一銭も使わずすべて燃やし尽くして、元の仲間を夢に強引に縛り付けようとする...そういう立場にはならずに済んだことを、感謝したいくらいのものである。
そんな無残な夢のかたみに。


No.166 7点 酔いどれ探偵街を行く
カート・キャノン
(2017/01/29 21:46登録)
tider-tiger さんが書いてるのを読んで、ついつい読みたくなって取り上げる。どっちか言えば都会的で小洒落たエンタメって感じで、応用されたハードボイルドって感じなので、一般に「通俗ハードボイルド」なんて言い方をされる作品なんだけど、言ってみりゃこういうの、50年代60年代にワンサとあるわけだよ。
でもその中で、本作とか、あるいはそのうち取り上げるけど「クランシーロス無頼控」とかは、とくに訳者がその世界にほれ込んで、若干ナニワブシまで混ぜ込んで、実に印象的なかたちで日本の読者に紹介した...という言ってみれば「翻訳小説の幸せな時代」の「海外エンタメらしいエンタメ小説」なんだよね。どっちか言うとそういうノスタルジーを評者とか感じてハマるのだ。
本作の仕掛人はいうまでもなく才人都筑道夫。都筑=ハンターのタッグのイイ感じを楽しめばオッケー。The Beatings が「町には拳固の雨がふる」に、I like 'em Tough(俺はタフな奴らが好きだ、くらいか)が「酔いどれ探偵町を行く」に訳される、そういうセピア色の娯楽の至福。


No.165 7点 ガラスの鍵
ダシール・ハメット
(2017/01/29 21:15登録)
当サイトだと、本作がレジェンド2冊よりイイ平均点がついてるね。面白いな。うん、評者も本作好き。
本作は殺人事件の真相解明が一貫してラインにあるのはあるんだけど、「血の収穫」みたいなバイオレンスによる抗争は主眼ではないにせよ、どっちか言えば「党派抗争の小説」だね。選挙に勝てる見込みで動いていたのが、殺人事件の扱いを間違えたために、空気がガラっと変わる...というのが実にうまく描けている。空気が変わるとね、今まで信用が置けてた人間も、ほんと全然何考えてるかわかんなくなるんだよ。みんなわが身がカワイイのさ。
そういう「空気」と..まあ小説なのでバイオレンスに「抗う男」というのが主人公の賭博師ボーモンの姿。実際、ハメットは後年の赤狩りの際にほぼこんな感じで非米活動調査委員会に抗ったわけで、そのため服役さえ辞さなかったんだよ。
なので、リアル、という点ではレジェンド2冊に勝る作品だと思う。というか、レジェンド2冊は派手な展開で面白いけど、リアルっていうのはちょっと誇張されすぎな気もする。本作地味で、レジェンド2冊のようなサブカル的影響力があったわけではないけども、長く読み続けられる作品だと思う。


No.164 7点 加田伶太郎全集
福永武彦
(2017/01/25 20:45登録)
そのかみの文学少女御用達作家、福永武彦が1冊だけ書いたミステリ短編集である。ヒネクレ者の評者とかこっ恥ずかしくって「好き」とか言いにくい作者だ。
最初の「完全犯罪」は割とよくアンソロに入ってたりしたな。「ミステリ書いてやる!」という気持ちで「完全武装」した感じで、パズルのためのパズル..なんだけど、行間からにじみ出る清潔なリリシズムみたいなものが心地よい。で、前半3作くらいは本当にパズルのためのパズルだけど、後半の伊丹モノはいろいろバラエティが出てくる。ジュブナイルでもないのに、子供が登場する作品が多く(おまけの「女か西瓜か」とかサンタの話も子供視点だし)、これが独特の「少年的感受性」といった味わいがあってナイス。なので「湖畔事件」とか「電話事件」がイイように感じる。まあ、ミスディレクションなしで細かいデータから真相を想像するようなものなので、読者が推理しても当てるの難しいなぁ。
この人出発点は、パズルみたいな定型押韻詩のマチネ・ポエティックだった。マチネ・ポエティックの推敲をするように、細かい時間割とか物理トリックをああでもないと検討していたであろう姿を想像すると、微笑ましいものがある。その光景に萌える。


No.163 6点 湖中の女
レイモンド・チャンドラー
(2017/01/21 17:09登録)
清水訳のあとがきでも少し触れているが、ポケミスの旧訳は田中小実昌の訳(「高い窓」もそう)なんだが、これのマーロウの一人称が「おれ」なんだよね。「おれ」と「私」の違いは、社会化されない自分と、社会化された自分の違いだ...というような評を読んだ記憶があるが、アーチャーなら「私」一択でも、アル中ホームレスなカート・キャノンなら「おれ」でなきゃシマラない。で、マーロウはどうか...というと、評者は本作くらいまでは「おれ」でイイと思うのだ。ハードボイルドらしく、内面なんて毛ほども覗かせないわけだしね。
でまあ、結局気になって田中訳と清水訳を比較したのだが、意外に田中訳がイイのだ。清水訳というと最晩年(出版時80歳!)の訳なのでどうもリズムが悪く冗長に感じる。tider-tiger さんが引用しているので便乗して田中訳を紹介すると「しずかな、そしてなにを考えているかわからない顔。むだなことなどしそうにもない女の顔だ」となる。こっちの方がこなれてハードボイルドな訳のように感じるよ。
本作とか「高い窓」とかここらへんは、プロットも一貫していて前の2冊の長編のようにコラージュではないし、トリックらしいものも少しある。前の2冊よりもチャンドラー入門だったらこっちのが向いてるな(まあ「大いなる眠り」はスピード芝居という言葉に倣って言えばスピード・ミステリで映画が名作だからね)。最後の対決&謎解きが腹の探り合いみたいになって、そこら面白い(オチが秀逸)。キャラ的には依頼人の化粧品会社社長の空威張りぶりに結構萌える。個人的には「高い窓」の方が冴えてる気がする...本作わりと「こうなる?」と予測するような内容で展開するから、王道と言えば王道、オフビート感覚がないといえばない。ま、それも悪くないが。


No.162 7点 あるスパイの墓碑銘
エリック・アンブラー
(2017/01/09 19:59登録)
評者アンブラ―は好きな作家である。が本サイトはパズラー偏重の気味があるせいか、それとも冷戦終結でスパイ小説自体が株を下げたせいか、アンブラ―とかル・カレとかその重要性に比して書評が壊滅的に少ないようだ。
でまあ本作はリアル・スパイ小説の古典と言われるんだが...ちょっと一つ指摘しておきたいことがある。本作はとある海辺のリゾートのホテルに居合わせた人々の中から、密命を受けて潜入したアマチュアが、機密を外国に売り渡すスパイを見つける..という話なんだが、こう書いちゃうと、実はクリスティの「NかMか」と道具立てがまったく同じなんだよね(クリスティの方が少し後だが)。
ちょっと挑発的な言い方をすると、本作のシチュエーションは「クリスティにも書けるくらいに保守的なスパイ小説」なんだよ。しかしそういう古い酒袋にアンブラ―が盛ったのは、1.主人公が無国籍者でその弱みを突かれて警察に協力させられる(また亡命者の闘争への共感)、2.国際スパイなんぞエリートが無頼漢を使ってやるロクでもない非合法行為だ、という醒めた視点、というあたりになるだろう。プロットが新しいのではなくて、それを眺める視点が新しい、ということなのである。
「親愛なるバダシー君、私はあほうではないし、きみはまた気の毒なくらい、物ごとをかくせない人間だ」。主人公が強いられてするスパイ行為は、それを強いた当局の思惑とは食い違い、主人公が狙うようにはまったく効果を上げない。ドジ踏みまくりでアタマだけはテンパるけど、本当にスパイに向いてない(泣)。ここらスパイ行為ってものの愚劣さが形になってるかのようだ。要するに主人公はマトモな堅気だから、スパイなんてちゃんとできないのだ。アマチュアの奇抜なアイデアがプロの鼻をあかす、なんてのは情けないことにお話の世界だけのことだ。
というわけで、本作はリアル・スパイ小説というより、アンチ・スパイ小説だと思うよ。クリスティ的保守性は本当にそういう狙いを際立たせるための「わざと」のような気がするな。


No.161 6点 検察側の証人
アガサ・クリスティー
(2017/01/04 21:49登録)
さて本サイトでは人気作だな。戯曲なのですぐ読めてお手軽なのかしらん。これは戯曲版が対象だが、「死の猟犬」所収の小説版、それに映画「情婦」まで含めて論評しよう。それぞれの関係は大体次の通り。小説版は割と若書きと言っていい時期の短編。それを円熟期になって戯曲化したのが本作、ですぐに舞台化されてロングラン。数年後ユナイトでビリー・ワイルダーが少々脚本をいじって映画化、という流れになる。
話の大筋は変わらないが、事務弁護士が狂言回しな小説版から、戯曲版は法廷弁護士をメインに据えてラストを少し追加し、映画はいろいろと細部を膨らませている。比較して見た感じとしては、やはり映画版が一番完成度が高い。戯曲でもちょっと観客の緊張をほぐすようなコミカルな場面を追加しているけど、それを映画版は全く採用せずに、オリジナルな造形になっている。これがワイルダーなので実にセンスがいい。
一貫している作品的ポイントは「愛妻のアリバイ証言は、たとえそれが事実であったとしても、法廷ではまったく説得力がない」というシニカルな視点である。どっちか言えば小説版はそのアイデアが生のまま出ている感じが強い。また、これは小説版からあって、評者はちょっと気になるところだが、「ドイツ女は冷たくて打算的だ」というような人種偏見的なニュアンスがある。まあだからこそ映画は彫像的な美しさを誇るディートリッヒ、という配役なんだよね(ちなみにワイルダーもドイツ生まれのユダヤ系なんだがな)。
あと、たぶんこれは戯曲が一番際立つと思うが、法廷での儀式めいた開会の言葉とか、証人の宣誓の言葉とかに、スペクタクルな感覚を持たせれるように感じる。映画で秀逸なのは、裁判のあとディートリッヒが群集のリンチに逢いかかるあたり。ワイルダーなので、この劇を密室劇というより、群集スペクタクルとして捉える視点を持っているようだ(逆にこれはクリスティには欠けているセンスだと思う)。
まあ、なので、本作のベストは映画「情婦」を見ること。ロートンの弁論のせりふ回しはそれだけで見る価値あり。


No.160 6点 死の猟犬
アガサ・クリスティー
(2017/01/04 17:57登録)
さて短編集も残り少なくなってきたけど、満を持して本作。超常現象が絡むネタ(「検察側の証人」は別だが、これは戯曲と合わせて見るので、ここでは対象外とする)だけど、カーナッキ主義というか、ミステリのオチが付くケースも多く、どっちか言えば「反則(オカルト)ありのミステリ」という感じの短編集である。ミステリ/オカルト比は作品によってそれぞれで、内容もうまくいってるのもあれば、それほどでもないのも...という感じで、割と玉石混淆(ミステリでうまくオチてるのもあるし、オカルトでうまくまとまってるのもあるし、逆もある)。でも初期のキャラ系短編集の時代の短編集に入るわけだから、時代を見れば上出来、になる。
個人的には表題作の「死の猟犬」が純オカルト的だが好き。ちょっとクトゥルフっぽいテイスト..というか、クトゥルフ物のアンソロに入っててもそう違和感がない気がする。最後の「S.O.S」は何かよくわからない小説なんけど、妙に引っ掛かる。ちょっと「クィン氏のティーカップ」に似た話かも。
ホラー/ファンタジー色のあるミステリって、クリスティ実はかなり適性があるわけで、どっちか言うと評者そういうの非常に好きだったりする(「クィン氏」とか「終わりなき夜に生れつく」とかね)。まあだけど、本作だと一つ一つが短いこともあって、ちょっとうまくまとめようとし過ぎかな。だから余白多めの「死の猟犬」とか「S.O.S」の方が印象がイイように感じる。


No.159 7点 処刑6日前
ジョナサン・ラティマー
(2017/01/04 17:27登録)
そもそもアメリカのミステリ・ライターっていうと、どうも日本のマニアが思うほどジャンルに対するこだわりがない感じなんだよね..売れるとなったらSFだろうがウェスタンだろうが、ホラーだろうがミステリだろうが、何でも書いちゃう、というノリをちょっと意識した方がいいように感じる。
だから、本作がハードボイルドでパズラーで「幻の女」っぽいタイムリミット・サスペンスで...というような雑食的クロスオーバーな作品なことも、意図的なジャンル・クロスオーバーというよりも、「アメリカ的な行動派探偵小説」というくらいの目的で書かれたエンタメ小説だ、という見方をした方がいいように思うのだ。(処刑寸前に真犯人を見つけて、というタイムリミット・サスペンスの元祖はたぶん「イントレランス」じゃないかと思う...どうだろうか?)
まあ、だから、証拠を求めて東奔西走するクレーン&ドックのコンビの軽いノリの活躍を楽しんで読めばいい。密室だって、冤罪を被せるための手段として必要だから、脱力するようなネタでさえなけりゃ充分合格なんだし、ちょっとひねった電話のトリックもあるし...で、楽しんで読めて結果的にパズラーとしても上出来なら、十分じゃないかな。
個人的には隣房の死刑囚のギャング・コナーズがシブくてナイス。クレーンのアル中ぶりとか、楽しく読めるよ。まあ、ハードボイルド、って言葉に妙なキャラクター小説色をつけて理解するのが、とっても日本的な気がするんだがなぁ。


No.158 6点 ギリシャ棺の秘密
エラリイ・クイーン
(2017/01/04 17:01登録)
本作は頂点であると同時に...袋小路への入り口な気がするな。国名シリーズ最長かつ最高との評の高い本作だけど、いわゆる後期クイーン的問題の前哨戦でもある。要するに「偽手がかりと手がかりの違いは何か?」ということだよね。だから本作も後期の作品同様に、一旦不本意な決着があって、さらなる真相が解明される、という二段構成になる。


(クイーンの厄介なところはどうしてもバレにつながる話をせざるを得ないところで...直接誰とか書かないけど、読むと推理の手掛かりになるバレ話です。)

で...なんだけど、第一部の途中で示されるエラリーの推理だが、これが実はツッコミどころが結構ある。赤緑色盲は皆さんも散々ツッコんでるので評者は繰り返さない(真犯人の作為がないからよし)。で紅茶の出しがらの話だけど、これは見せかけの上で状況に合致しているのを、エラリーがひっくり返し、しかもそれが証言で再度ひっくり返させることになる。でしかもこれは、エラリー以外気にも留めない可能性の高い着目点(ハルキス非盲目説)でもあるから、何のためにやっているのかちょっと疑問に思うような「犯人の作為」なんだよね...でずっとこれが気になって読んでいたのだが、結局この線は「エラリーが飛び付くであろうように工夫した偽手がかり」にしかならない。なので本事件は、エラリーの存在をその前提に組み込んだ、名探偵ありきの犯罪、ということになってしまう...評者の趣味だと、こういうの、モダンじゃないな。
あと、ホテル訪問者の中で最後まで謎で残る人間が犯人だとしたら、結構対象者が狭まるとか、タイプライターの手がかりだけでなく絵の保管場所をどうやって見つけるか?という問題でノックス邸に出入りできた人物、ということになるので、意外に犯人当ては難しくない気がするんだよ(評者は犯人を何となく憶えてたから、公平じゃないけども、読んでて「犯人こいつに決まってるよね...」って印象)。
少なくともメカニカルなタイプライター自体がさほど普及したことがなく、しかも電子式のキーボードで置き換えられた日本で、どの程度納得のいく推理になるか疑問(そもそもそういうタイプライターがレアかさえ日本人は判らない)だとか、いろいろアラは多い。実際、ハルキス邸を舞台にする前半が小説的に退屈で、ノックスを中心とする後半の方が動きがあって面白いのは、リーの文章の好きな評者でも否定できない。
それでも後半(特に読者への挑戦の後も)二転三転するダマし合いみたいな仕掛けがあって面白いと思う。というわけで、重厚な力作だとはもちろん思うし、形式的な面でのミステリらしさ(&ミステリらしいロジックと「意外な犯人とか)では頂点かな、とは思うけど、傑作かというとアラが多くて実は微妙...という評価でいいんではと思う。


No.157 7点 きみの血を
シオドア・スタージョン
(2017/01/04 16:39登録)
「盤面の敵」を読んだのでついでに本作。即物的吸血鬼小説である。エーヴェルスの「吸血鬼」をサイコホラー寄りにしてシンプルにした感じ。エーヴェルスのもそうだけど、吸血鬼モノからロマンのケープを剥ぐと、怖くならないのが大きな弱点。けどその代わりひんやりした気色の悪さが出る。
本作の吸血鬼も、東京郊外(横田だろうね...)の基地にいたGIが、上官暴行で精神科医による診断を受けるところで話が始まる。で、その精神科医と上官との手紙のやり取り、精神科医によるGIのカルテ、GI自身による生い立ちの記などのドキュメントによる構成になっている。この構成が秀逸。ちょっとした叙述トリックみたいに読める個所があるし、一種の枠組み小説になっていて、一番外枠の記述がちょっとした二人称小説というか、メタな記述になっているというちょい実験小説風な凝った構成。本作どう見てもネタはミステリじゃないけども、ミステリ的興味は強くあって、ポケミスから最初出たのも納得である。
で、怖いというか、何というか、微妙な気分にさせられるのは最後の外枠の記述(あくまで結末の提案なんだけどもね)で、このGIは「全治したとして退院が許可され」「結婚し、彼のおばの農場を継ぎ、二人は森に近い農場で穏やかな日を送っています」。吸血鬼が治るんだよ...面白いな。


No.156 5点 盤面の敵
エラリイ・クイーン
(2017/01/04 16:31登録)
評者読んだのはポケミス版なので、裏表紙に皮肉なことにリーとダネイの肖像(二個一の写真ではなく)が別々に載ってるよ。皆さん書いてるけど本作がコンビ解消第1作で、リーは関ってない。ライターはSF作家で名をなしたセオドア・スタージョンだということだが、こうやって読んでみると、評者やっぱりリーの荘重で叙事詩的な文章って好きだったな、と思う。本作だと文章が軽めで、ウィットの豊富な会話が多い(だからまあ、悪いってんじゃないけどね)。
で、スタージョンがライターだから...というのではないが、本作今にしてみれば、山田正紀っぽいテイストがあって、実はSFなんでは?とも思う。あ、枠組みとか全然ちゃんとしたミステリ、っていうかみんな大好きな家モノだよ。読みようによっちゃ、例の「Yの悲劇」のやり直しみたいな部分もある。実行犯をまずバラしちゃってるあたり、「『Yの悲劇』の犯人は誰でしょう?」の解②側をダネイは正解だと思ってる?とか勘ぐるのもアリかもしれないくらいに、クイーンな作品であることは間違いない。
まあそうでなくても、後期クイーンっていうと、「十日間の不思議」とかキリスト教系の神秘主義に絡む話が多少あるわけで、そういう神秘主義と表現上のメタレベルの問題をうまく作品にしてやろう(ここらが特に山田正紀)...という狙いを感じるわけだ。いかにもミステリっぽいネタなんだけど、実はパズラーとは程遠い、あえてパズラーとして見たらわざとやってるインチキみたいな真相になる。ダネイは小説の裏側にまで「ミステリ」を拡張しようとしてるかのようである。どう見てもミステリの枠内にうまく収まりきれるものじゃない気がするよ。
(あ、あといわゆる解離性同一性障害は、アメリカではカウンセラーによる記憶の捏造が大社会問題になってしまい、現在インチキ&オカルトという評価も強いようだよ。けど小説が興味本位でセンセーショナルに扱っちゃうと、責任は一体誰がとるんだろうね?)

(ネタバレ注意!)
本作の犯人は神(いやマジで)。


No.155 7点 呪い
ボアロー&ナルスジャック
(2017/01/04 16:11登録)
実家の本棚を眺めると、まだほとんど評を書いてない作家だと、アンブラーとかロスマクとかシムノンとか、結構沢山並んでる。2017年はここらも順次消化していきたいな。で、ボアロー&ナルスジャックである。この人の作品も結構、ある。昔結構好きで読んでたな。
「死者の中から」とか「悪魔のような女」は映画が超名作なので有名だけど、本作だって地味な心理劇のわりに道具立てがユニークで面白い。枠組みは「悪魔のような女」に近い悪女物で、主人公の獣医が、依頼を受けてチーターの診察のため往診に行くが、その飼い主であるアフリカ生れの女流画家と不倫の恋に陥る。で、どうやらその女、アフリカ由来の呪術を使うようなのだ。主人公の妻の身の上に不可解な事故が立て続けに起きて、主人公は心理的にアフリカ生まれの女に呪縛されて...という話。
主人公は獣医が天職のような、動物を肉体として共感的に理解する能力のある男。なので、そういう動物の「肉体」の視点から自分の恋を理解するあたりにクールな良さがある。その獣医のクランケであるチーターとの交流などいろいろ引っかかりのいいネタが多い。
女流画家が住むノワルムゥチエ島に、本土の主人公が通うのだが、この島と本土とは日に2度の干潮によってできる砂嘴を通る「海の中の道」を通る必要がある。なので、逢引きには時間制限があるのだが、最後にこの海の中の道(ル・ゴア)が二人の運命を引き裂くことになる...もし評者がフランスの映画監督だったら、絶対映画にしたいと願うくらいにこの「海の中の道」が絵的に気に入っている。
まあ、ボアロー&ナルスジャックなので、ちょっとした仕掛けもある。濃密な小説世界に洒落た仕掛けがうまく埋め込まれているのを楽しむタイプの小説だ。だからそう意外な真相でもないが、それが気になるわけではない。小品、って感じはあるけど、イイ映画を見たような情感がある。


No.154 6点 矢の家
A・E・W・メイスン
(2017/01/04 16:01登録)
ちょっと古典を。思うのだが、一口に黄金期と言っても、20年代のミステリと30年代に入ってからとはフェアプレイの意識が随分違うように感じるのだ。クリスティでも「スタイルズ荘」とか「ゴルフ場」は読者が論理的に推理して真相を探偵に先んじて...というようなものではないし、ヴァン・ダインでもポーカーで犯人を指摘するとか趣向としては分かるけど、読者と探偵役の「機会の平等」に対する配慮みたいなものが、概して20年代は欠けているようには感じるんだね。
で、本作はそういう20年代標準のミステリ。探偵役のアノーが実に油断ならない。「心理的闘争が」どうのこうのと云われる作品なんだけど、アノーがいろいろと逆トリック的にひっかけてくるあたりがポイント。油断も隙もあったもんじゃない。評者的にはアノーに好感を持つとかちょっと無理だなあ(よく比較されるが、ポアロだと何と可愛げがあることよ)。コロンボから人の良さそうな感じを抜いたような、極めて演技的・俳優的(悪い意味での)なキャラである。なので読んでいてアノーに鼻面をつかまれて引き回されたような印象を受ける。
ミステリとしては、皆さんおっしゃる通り、犯人当ての興味とかほぼ、なし。誰が見ても犯人こいつだろ、という感じ。しかも集団犯罪でもあるから、マジメに犯人当てとかしようとすると空しい。とはいえルパン物風の冒険的な要素とか、ロマンチックなハラハラ感とかはちゃんとあって、時代差を割り引いて読めば、一応ページターナーの資格はある。


No.153 4点 モンタージュ写真
ミシェル・ルブラン
(2016/12/27 22:12登録)
評者の持ってる本は、後に「贋作」と合本になったものじゃなくて、単独で出たものなので、すまないが本作だけの評になる。
この人、変な意味で有名になってる「第三の皮膚」(あれそんなにつまらない作品じゃないが)に近いポジションのように感じるよ。作品数が出てるのに、何かあまりインパクトがなくて話題にならない作家、って感じかな。連続して若い女性を誘い出して殺す殺人犯の疑いをかけられた若いチェスプレイヤーが、公開された犯人モンタージュ写真で追い詰められていく...といのが大まかな話。ミソは本人が泥酔していた日に限って事件が起きているので、自分が犯人では?と本人も揺れているあたり。
まあ、さくっと読めてさくっと忘れちゃうようなタイプの話だなぁ(評者手元にあった本だが、読んでいて昔読んだ記憶が全然蘇らない...)。インパクトは薄いけど、まあ小洒落てはいて読みやすい。ちょっと似てる「猟人日記」とか比較するとあっちのがずっとこってりしてるよ。こっちはさらさらと水のようなあっさり感。
個人的に一番のポイントは表紙が評者リスペクトの杉浦康平なこと。昔の創元文庫ってモダンなセンス良さが光ってたんだよね。これはモザイクっぽいデザインでモンタージュ写真ぽさを出している。評者フランス語はわからないので何だが、原題は「portrait robot」って言うらしい(ググるとフランス語のWikipedia がひっかかるが、そういう意味だ)。どういう由来か知らないが、かっこいい。

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