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ミステリの祭典

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殺人事件
「月に吠える」所収

作家 萩原朔太郎
出版日1965年01月
平均点10.00点
書評数1人

No.1 10点 クリスティ再読
(2017/05/06 09:43登録)
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍體のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

しもつき上旬(はじめ)のある朝、
探偵は玻璃の衣裳をきて、
街の十字巷路(よつつじ)を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ、
はやひとり探偵はうれひをかんず。

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。

......評者書評200点を記念してネタをします。作品内容が上記に掲載可能なミステリです(苦笑)。タイトルが「殺人事件」でちゃんと殺人事件を描き、探偵も犯人もちゃんと登場していて、文学的価値も絶大です。
まあ冗談はそこまでとして、本作が本当に凄いのは発表年代である。この詩は朔太郎の出世作「月に吠える」所収なので出版年の1917年(大正6年)以前に書かれている。翻訳ミステリを看板とした雑誌「新青年」の創刊ですら1920年、乱歩の登場なんて1923年と、「日本ミステリ史」がちゃんと始まる前に、すでに海外ミステリの香気十分な詩が書かれちゃっている、ということである!
もちろん朔太郎というと、後に乱歩とは意気投合したようで、「人間椅子」を絶賛するとか、そもそもミステリファン体質なことは否定できないけど、ポーとかドイルとか読んで「海外ミステリらしさ」を抽出し、独自で詩として結晶したのが本作ということになる。なので、評者的には日本における「西欧モダンなミステリ」の消化と実作の嚆矢として、本作の意義を強調したい。
あと、評者が特にこの詩で面白いと思う点は「はやひとり探偵はうれひをかんず」の「探偵の愁い」である。ミステリって真相が意外だったらいい、というわけではないと評者とか感じるのだ。やはり、その真相から立ち上る香気、ポエジーといったものがないと、詩的な満足は得られない。あくまでもその詩的満足感は、探偵=読者の憂愁という感受性の中で評価されるべきものである....

(詩でいいなら、朔太郎の散文詩「死なない蛸」を密室物として読むとか、「ワタシハヒトヲコロシタノダガ...」と鸚鵡が叫ぶ三好達治の「鳥語」とか、ミステリ味の濃厚な作品もあるわけでね)

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