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ミステリの祭典

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ゆがんだ罠

作家 ウィリアム・P・マッギヴァーン
出版日1960年01月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 人並由真
(2021/06/24 15:11登録)
(ネタバレなし)
 1950年代の初めのニューヨーク。「パブリックス出版」でミステリ雑誌の編集長を務めていた30代半ばのウェッブ・ウィルスンは、「グランパ」こと社長ソール・レヴィットの意向で、業績不振のコミック誌の路線を立て直すように指示される。これまでと畑違いのジャンルに戸惑いながらも、次第にこの仕事が楽しくなっていくウェッブ。だが人気筆頭の女流コミック作家であるケリー・デイヴィスが、彼女を中心とする新雑誌の企画にウェッブを引き抜きにきた。ケリーの独走が会社との軋轢になると見たウェッブは、やんわりと今回の話を断るが、事態は意外な殺人事件へと結びついていく?
 
 1952年のアメリカ作品。マッギヴァーンの第五長編。
 ミステリ雑誌を舞台にした処女長編『囁く死体』をベースに、主舞台をアメリカンコミック編集部に変えたセルフ・リメイクみたいな感じの作品。

 先行作同様に、多かれ少なかれ、業界ものミステリみたいな味わいもあるが、その辺の面からするとこっちの方が、作者が書き慣れてきてスキルが上がったのか、あるいは直接、作者自身がいるミステリ分野でなかったから気を使わなくていいのかか、こっちの方が作家や編集スタッフ連中の描写がよりツッコンだ感じで面白い。

 主人公ウェッブはアル中一歩手前の一面があり、これが原因で一時的に記憶を失い、事件のなかでややこしい面に陥るが、なんで酒に依存するようになったのか、そのあたりの事情も少しずつ見えてくる。1950年代のヒューマンドラマミステリらしくて、いい。

 全体としては『囁く死体』と同系のB級都会派パズラーだが、ウェッブの友人でマトモな人物ながら不器用で強面なNY警察の警部ビル・サマーズが、マッギヴァーン本流のノワール&ハードボイルド警察小説もののキャラクターらしくて、なかなかよろしい。この作者らしい(当時のエンターテインメントミステリの枠内での)骨っぽい造形で、作品の厚みを増している。

 しかし主人公のウェッブは、(真面目なところも、良くも悪くも小市民なところも、くだんのトラウマの文芸設定も)『逃亡者』以降のデビッド・ジャンセンが演じたら、実に実に似合いそうなキャラクターであった。前半からそのイメージが頭に浮かんできて、最後までそんな脳内ビジュアルの芝居や台詞回しで読み終える。

 ミステリとしてはそんなに深いものではないんだけれど、クライマックスなど、この時代の小説の手際に長けた作者が独特の感覚で面白く見せた印象。
 秀作『ビッグ・ヒート』の振り切りぶりには及ばないが、まとめかたもなかなかよろしい。佳作。

No.1 6点 クリスティ再読
(2017/05/28 21:30登録)
本作だと「殺人のためのバッジ」の翌年の作品なので、そろそろ脂がのりだした頃のマッギヴァーンである。まだいろいろと試行錯誤している感もあるが、本作だとハードボイルドに入れるのはかなり無理がある(まそもそもこの人の文章はハードボイルド文でもないし)。評者は本作のカテを「本格」にしちゃったけど、許してもらえるのではないかと思う。そういう作品。
本作の舞台は50年代のアメコミの舞台裏である。これだけでも読む気がかなり起きる舞台設定だが、日本の漫画と違って、映画並みの分業体制で、全員組織の歯車として作っているあたりが非常に興味深い。漫画部門の編集長として新たに異動させられた主人公が、所属の人気女性漫画家殺しの濡れ衣を着せられかけて、その真相を探る、とまとめればその通り。でだけど、いろいろとフックが利いている。主人公の編集長は戦争中に「自分が上官をわざと撃ったのでは?」というトラウマとなって重度のアル中で、泥酔から醒めると手が血だらけで....とひょっとして女性漫画家殺しも自分がやったのでは?とかなりかねない。冒頭がこの「醒めてみれば血だらけ」で、話は過去に戻って漫画編集部の人間模様を丁寧に描写していくことになるので、実際に殺人が起きるのはほぼ真ん中あたりになる。
タイトルの「ゆがんだ罠」はやはりそのトラウマを利用して主人公に罪を被せようとする罠と、主人公と真犯人の心理的対決、というあたりから来ているのだが、こういう心理主義が今読むととても古臭くなっているな。そのかわり、本作はパズラーとして結構フェアプレイだ。本作とマクロイの「幽霊の2/3」が結構似てるんだが、「幽霊の2/3」がパズラーファンに人気だったら、本作でもパズラーで問題ないように感じる。本作だと美点も欠点もそれぞれ...なんだが、もう少しするとこの人一枚皮が剥けた感じになるので、そう悪くはない模索中の一品、といった感じである。

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