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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.69点 書評数:1304件

プロフィール| 書評

No.584 6点 夜ごと死の匂いが
西村京太郎
(2016/08/17 12:28登録)
夜ごと死の匂いが/危険な賞金/危険な判決/危険な遺産/危険なスポットライト/狙われた男/私を殺さないで
(廣済堂文庫)

いい意味で安心しきって浸れる短篇集。傑作選とは呼べないまでも充実したプロの仕事。
こういう本をゆるぅい気分で愉しめる幸せを、しっかり噛み締めたいものです。


No.583 8点 君よ憤怒の河を渉れ
西村寿行
(2016/08/16 14:42登録)
「実際に人を殺す味もおぼえておくといい。」

薬事絡みの謀殺疑惑(不可能殺人!)を追う若手検事、杜丘(もりおか)がハメられた。強姦強盗容疑を着せられた彼は、年上のライヴァルである警視庁の矢村警部、そして味方の筈の伊藤検事正、何より全国指名手配で市民一般から追われ、彼等から逃亡しながら同時に自らの無実証明を追跡し続ける身となる。追われる者/追う者の間に微妙な齟齬や底の見えない展開、そして、謎の共鳴。。 ミステリアスな隠喩の静かな反射。。 “酒の肴にバッヂを磨く”

強姦強盗を虚偽申告した女を追う杜丘。ところが追跡先の民家で女は殺され、杜丘に容疑が掛かる。もう一人の虚偽証言者である男を追って北海道へ渡る杜丘。苦心惨憺の末に彼は一人の魅力的な娘、その父の有力牧場主、彼等の尊敬を受けるアイヌの老人、老人の不倶戴天の敵である一匹の羆(ヒグマ)と出逢い、自分を追って来た矢村警部と遭遇し共に羆と闘い。。 気付くと何気に本格推理領域のシビレさせがゾワリと纏わり付いているのがニクい。「勘違いするなよ、俺は just a 推理小説だぜ?」 と、このハードロマン(素敵な死語!)著名作は鼻息で念を押しているようだ。奇妙な形の蜘蛛の巣。。。。

月があるーーー   娘に惚れられ、牧場主の信を得た杜丘は無謀にも。。。。

動と静の差し合いが最高のバランス。 詩情があるとか無いとか。。
ストーリーの展開ポイントが場面を換えてから明かされる趣向も素敵だ。 薬を吐き出させるトリック(!?)の凄まじさ。。 なかなかの奴に見え出してから矢村の台詞はいちいちイイな。彼の話す言葉は清張の地の文に似ているよ。 悪い男に優しい女、脇役陣は充実。 京子さん、平尾君、忘れ得ぬチョイ役たち。。
そして忘れ得ぬ 「死んだ」。

さて、悪党共は何処に潜む。。。。 その場面で苦笑が出来る余裕。そりゃモテもしよう、杜丘。  おい水葬と鮫葬は違うのか?  標的(ザ・ターゲット)は事務室。。。! 最後の最後までビーーッッチリ詰まったスリルとサスペンスとエロス(冗談)とミステリ興味よ! ところでその「なるほど」はどう英訳しようか。

さて本作は清張ファンなら必読、間違い無い。 文章力の臨界瞬殺現場を見せつけられる。 長い文章が、それを実際に脳が読むより遥か短い時間の凝縮を体現し得ることは重々承知だが、こりゃ限界超え過ぎだよ先生、あなた何喰って生きてきたんですかってべィビィ土下座しちゃうでしょうが。 珠玉の言葉選びがいちいちズシンと来るこんな最高の社会派冒険推理(ハードボイルド味も本格趣向も深い)読まずに死ねるか、って問うてみるしかないでしょう、エヴリバディに。

ラストシーンだけはね、主人公の、ではなく物語の未来が遮断されちまったみたいでちょっと索漠たる想いで、残念だった(それまで最高テンションの文章で絵空事臭さを際どくシャットアウトしていたのが、最後の最後で崩れたような)。それで8点(8.48!)に下げた。 

だけどね、勿体無いですよ、ミステリ好きがこれ読まないなんて。


No.582 7点 向日葵の咲かない夏
道尾秀介
(2016/08/12 13:27登録)
一抹の気味悪さとギリギリの爽やかさで〆る神経症ファンタジー。物語の中核に居座る甘酸っぱく硬いジェラート状の本格推理興味が最後に夏と○○のアツさで一気に蒸発(昇華)してしまう思い切りの良さには…チッとばかりダマサレタ感も混じったが、暑い夏の倦怠と退廃にヤラレて見事にシャッキリ納得、呑み込まされた。少年小説の皮を被った本格推理小説、の皮を被った幻想イヤミスと言った着地ぶりか。


【ネタバレ】

奇跡の映像化を実現するとしたら、とりあえずきょうだいをもう一人増やす、のを取っ掛かりにするかなあ。。安直ですが。。。いやぁそんなんじゃ無理無理無理か


No.581 5点 スペイン岬の秘密
エラリイ・クイーン
(2016/08/03 12:19登録)
短篇でピリッと効かせりゃ光るネタを、わざわざ長篇サイズに薄めてないか?
謎解きはスカスカで物語もさして面白いワケじゃないが、どういうバランスの機微が働いたか、割と愉しく読める。

最後エラリイが事の顛末を街往く車(デューセンバーグ!)の中で語るシーン、語る内容よりそのシチュエーションがやけに鮮烈。あそこだけは大好きだなあ。。「ギリシャ棺」の終幕以上に好きだ。


No.580 7点 シャム双子の秘密
エラリイ・クイーン
(2016/08/03 12:05登録)
サスペンスを煽るべく使命を帯びた不気味な人物や不審人物が何人も登場しますが、主人公(?)のシャム兄弟が決してそちら側ではなく爽やかな少年たちとして描かれているのが良いですね(穿った見方をすればそのお蔭で彼らを容疑者リストから外せなくなる)。しかし「巨大なカニ」って。。某バンド(バンヅ)のシルエットロゴじゃないんだから。

カードを巡る云々も、そのロジックだけ取りゃ何だかなァという気もしますが、独特の閉ざされたサスペンス感あるからこそなかなかの興味を唆ってくれます。スペクタクルな山火事避難の大団円(?)もエキサイティングで良いよ。唸らせはしないけど、読ませる本だね。


No.579 6点 母性
湊かなえ
(2016/08/02 10:15登録)
イヤよイヤよでスルスル読めてスッキリ爽快。私は変態でしょうか。

辛い過去を持つ人が思ったよりいっぱいいたし、そこから愉しい未来に繋げた人も何人もいた。しかしあの、ほとんどバカ結末と呼びたくなる予想外の大団円はいったい何ですか、と(笑)。


No.578 7点 緋色の記憶
トマス・H・クック
(2016/08/01 12:16登録)
フーダニットならぬフーダイド? 予想外のホワイダニット、そしてホワイナットダニット。。。 そもそもイットは何を意味するか。

混在するカットバック/フラッシュバックを繰り返した挙句「ゼロ時間」にぶち当たってもまだ過去・現在・未来(?)の謎がどっぺりと痕を残しまくり。だいたいこの物語の「ゼロ時間」は本当にそこなのか?

文庫あとがきで紹介されていましたが「雪崩の様子をスーパースローモーション映像で見せられるような」って喩え、ズバリです。 出だし数十頁はちょっと退屈、しかしこの退屈はじっくり味わっておくべきです、真相の驚きに最後やられる為に。

湯気の立つホットアップルサイダー。。。。


No.577 9点 赤い帆船(クルーザー)
西村京太郎
(2016/07/29 10:54登録)

こりゃズッシリ来たねえ、唸りますよ。

読み逃していた海洋期京太郎の傑作、十津川のデビュー作をようやく髄までしゃぶり尽くす事が出来ました。 あいつがポルシェで死んだ東京の夜、あいつはレースで太平洋の真っ只中。。。。 色んな所で意表を突いて人がどんどん死に、誰をどう疑えばいいのか焦点も定められないままサスペンスは加速熟成拡散深化。このアリバイ偽造の魂(ソウル)はマリアナ海溝よりも●●●●●●●●●●(←●●過ぎる洒落)よりも深くて暗いよ、もう最高よ!我が愛して止まないミステリにおける対称性の美が、思いも寄らない、まるで復讐的な深淵から突き上げて来るのには驚きましたよ。

十津川がいきなりタヒチ語でおどけ出した(?)のは驚いたなァわらぅたなァ。。しかし、まさか。。いゃ まさか その アレのそれが あいつ。。。さて、そんなピンポイントで、まさかのパスポートによるアリバイ成立押し!本には指紋、旅券に押印てか! 「男性」と書いて「ガイズ」! このタイミングで、その杉山!? そこでふと思ったのが、その故意の遅延性云々を鉄道領域へと雪崩の如く適用させてみたら、そこには如何なる異化美あふれる風景が。。ということ。 松本清張「火と汐」のサーチアンドデストロイ級ネタバレにゃあ鼻からペチンコ玉も飛び出したってナもんですが、それはそれでしっかり必然性あるネタバレでした。 と思うと或るシーンではあのシュガーベイブの山下達郎さんが事件周辺に登場(?)、あわよくばまさか共犯の一翼ベェイベでは。。。なかろうかと妄想もしてみたよ。色々あらァな。。

しかしすげーなー、京太郎さん絶対クロフツの海洋アリバイもんに真っ向勝負挑んだんじゃろ、自信満々の体(てい)でよ。 ‘課長は皮肉でなく言った。’←痺れる一文だ。 或る漢字語の振り仮名に’イントリーギング’じゃなく’スプレンディッド’! “チバシ”というその響きに一抹の疑い。。まさかポリネシアのどこかの島ににそんな名前の邑でもあるんでないかと。。(笑) 待てよ、もしもアガサク的に意外な犯人吊るし上げショーをやるのが主眼ってんなら、まさかあの●●●●●が真犯人だったりはしないでしょうか。。。。?? と忙しい多方向疑惑の渦に呑まれながらもストーリーは高速航行を続けます。

さて、愈々こんな終局近くに来ても。。。何たる彫りの深いアリバイ工作だよ! 一瞬「地球は丸いから。。」なんてナンセンスな考えなんぞしちゃったじゃないか。 罪の無いヨット談義。。ライフジャケットの秘密(ちょっと怖い)。。’その時に調整’か、よし俺もそうしよう。 心理の小道具は’飲料水’かよ。。。。どこまでも慎重な犯人(ヤツ)。ヨットマン十津川も思わずシンパシィ・フォー・ジ・海の悪魔でねえがよ。

いや、信じるよ・・十津川よ! いや、まさかのその、殺した人数の見込み違いの水平線。。。。
十津川推理の部分は晴天正解、だがしかしその領域外には予想を超えた。。って、抉(えぐ)りのラインが深すぎるじゃないですか、京太郎さん。真犯人が、第一のターゲットを無事仕留めた事を確認した経緯前後、そこに、嗚呼、まさかの複数の悪魔的要因が爪を尖らしていたとは!! ふたたび、信じよう。。まるで伊藤由奈の歌だ。。過去の妙な経験が嫌な形で役に立った。。暗い机の引出し。。

なんだか最後のほう、質実剛健でスポーツマンシップにのっとった連城みたいになっていません?? 複雑にして深すぎるよー。。。。。こりゃまるで「三つの棺」のアリバイ版を狙ってるんじゃないですか??? ミステリ世界で普通だったら白けさせるもの代表たる「偶然」がこんなにも泣かせる輝きを。。。何故なら、そこに海があるから。。。。それだけじゃあない。

これは大事なことだから明記しておきますが、本作には京太郎さん悪癖のアンチクライマックスは有りません。
それにしても、十津川の直上司が近未来の十津川そのものだ。まさか、鬼貫ではあるまいな。。

もちろんですね、いわゆる冷静に考えたら(以下全略)



No.576 9点 ナボコフの一ダース
ウラジーミル・ナボコフ
(2016/07/25 12:51登録)
怖ろしく濃度の高い純文学作品ですが。。。。一部ミステリファンの趣味には大いなる親和性があると信じ、登録します。
私にとって「奇妙な味」重量級の理想短篇集です。(軽量級は『くじ』)

フィアルタの春 /忘れられた詩人 /初恋 /合図と象徴 /アシスタント・プロデューサー /夢に生きる人 /城、雲、湖 /一族団欒の図、一九四五年 /いつかアレッポで…… /時間と引き潮 /ある怪物双生児の生涯の数場面 /マドモアゼルO /ランス
(サンリオSF文庫)


No.575 9点 くじ
シャーリイ・ジャクスン
(2016/07/25 12:35登録)
有名な表題作のラストスパートぶりも凄いが、何より「魔性の恋人」の芳醇な味と薫りにもう何十年もシビれてる。。。 気色悪いほどサドゥン・エンドの作品がいくつか有るなあ、これがまた、たまらないのよ! 私にとって「奇妙な味」軽量級(と言っても充分重い)の理想短篇集。(重量級は『ナボコフの一ダース』)

良い痴れて /魔性の恋人 /おふくろの味 /決闘裁判 /ヴィレッジの住人 /魔女 /背教者 /どうぞお先に、アルフォンズ様 /チャールズ /麻服の午後 /ドロシーと祖母と水平たち /対話 /伝統ある立派な会社 /人形と腹話術師 /曖昧の七つの型 /アイルランドにきて踊れ /もちろん /塩の柱 / 大きな靴の男たち /歯 /ジミーからの手紙 /くじ
(早川書房 異色作家短篇集)


No.574 7点 詩的私的ジャック
森博嗣
(2016/07/22 17:08登録)
西野園の乱心の直後に西の空の色合いの描写云々、ここは痺れた。三浦グッジョブのシーンもちょっと泣けた。 しかしまあ、どいつもこいつもバカばかりで、嬉しいよ。バカじゃないかも知れない犀川さん!その「人間の進路の広角さ」ってのは、3Dはおろか4Dフィールドまで視野に入ってるんですか?

椅子取りゲームは Extreme Game の洒落かい? って一瞬思った。 んで、そこに「空気弁」と来るとは! なんかそんなミステリの根幹から外れた感想ばかり出て来る。 でもエンディングが見せる、ある定義の豊かなゆらぎ具合は素敵だな。。  大和田獏みたいですよね、森ミステリって。

なんか弱いんだけど、面白いんだからそれで最高さ。後期レッドツェッペリン的な、程よく大げさな割に程よく弱いみたいな、そんな浮遊するシニフィアン(咳..)的良さに満ちていますね。7.47相当の7点。何処かが惜しいのね。

ところで例の「英語で云々」はまさか目くらましのための見え透いた逆トリックてやつでしょうか? 思えば処女出版作の「F」趣向ってのもGT(逆トリック)そのものだったのかな?


No.573 7点 白昼の悪魔
アガサ・クリスティー
(2016/07/19 12:09登録)
有り体のミステリだったら十中八九あのジョニー(仮名)  。。って誰や?  。。が犯人! と序盤の決め打ちで満場異論無し(!?)の所だが。果たして。。。

舞台が語られ、殺人が起き、取り調べは順次進み、すっきりシンプルな物語構成。ところが終盤に至り何かしら深い所から引っ剥がされそうな暗雲の予感が。。。その挙句に解き明かされた真相は、意外と、絢爛絵巻の趣とは全く異なる堅実さ溢れるもの。それでも小説力の強さに牽引され、アガサクにしては地味目の話ながらもかな~ぁりの面白さ噴出。

ただ、中身が地味なのはOKだけど、題名のギラリ感と合ってないかもね。(原題も)



【ネタバレ】
終わり近く、ポワロが語る折角のダミー解決でもうちょっと引っ張っても。。とは思いましたが、あんまりそっちを強調すると肝心の真相の方が霞んでしまうのかも知れません。ダミーの方が、心理的により強烈で残酷で、意外性もありますものね。


No.572 7点 特捜検屍官
島田一男
(2016/07/15 12:10登録)
日本の夏、昭和の夏に島田一男だ。
よくある話かと思えばまさかの奇想押し、それも粋なヤツ。
間違い無い、昭和日本のチャンドラーは、もとい、マーロウは、シマイチだね(本当か?)。
中に一作「十津川さん」が登場したのは、ちょぃと萌えたね。もちろん、あの人では、ないんだよ。

検屍官の主人公が、母無しの愛娘を思う気持ちが、ほんのさり気ない言葉で触れられるのがいい。
ただ、検屍だとか鑑識とかならではの”とっかかりの妙”だとか独特の視点の斬れ味、ってのとは違う気がするんだよ、どれも普通の本格謎解き風で。けど、全く文句言う気がしない。抑えられチャうんだよねェシマイチ先生には。
まだ夏だ。もう二冊くらい行くか、島田一男。  

屍臭を追う男/虹の中の女/素足の悪魔/黒い爪痕/雨夜の悪霊/大凶の夜/決定符(きめて)
(青樹社文庫)

そいゃ中に一つねえ、有名推理クイズのネタそのものの消失トリックのがあるんだけど、まさかこの作がそのオリジナル、って事なのかいな??


No.571 7点 その女アレックス
ピエール・ルメートル
(2016/07/14 12:27登録)
この通俗流行りモンは悪くない。警察の三人+一人も魅力有る。キツネに摘ままれる感じのタイミングで唐突に緩やかに視点が変わったりして、、、各章の長さ短さが行ったり来たりなのも、悶えるほど掴まれてしまいます。。ネズミ群との覚醒した戦記は恐怖の一方でなかなかの知的興味を惹く。血の確保って、それか。。「封筒に入れて云々」「レーニンです」気だるい様で勇気も見せるユーモラスな言葉達もちらほらと。

常識の底力でちびりちびりと露わにされる、ある種の壮大さ有る違和感。奇妙な、大きな消失トリック。。または移動トリック。。? と思ったら。。 決してそこに大きな謎が横たわっていたというわけでもなく、、いやそんな所だけではない、原始少年さん仰った通り後出し、後付けの「逆伏線」めいたものに最後一気に襲われるような感覚。かと思うと伏線になり得たであろう数々の事柄(これがまた、いっぱいあるのよ)がミステリ的には結局放ったらかしのままだったり。。ストーリーの構成も何かにつけてバランス欠いてるよね。。でも私は嫌いじゃない。読んでて面白いんですもの!こいつ飛ばしてるよね!!

見えない「読者への挑戦」、確かに受け取りました、第三部の前で。 お よ よ よ よ・・ですよ。 こんだけ話をとっ散らかしといて最後のコースじゃ気持ちいいくらい論理攻め、って何よ! 復讐方法とカットバックの合わせ技でサスペンス古典の「○と●」を彷彿とさせもしたかな。
最後の最後、嫌な役回りだった判事がよくぞの一言を放ってくれた。主人公も微笑んだ。忘れえぬシーンだ。





【最後、未読の人は絶対に覗いてはいけないネタバレ】


アレックスは幼い頃に局部を硫酸で焼かれていた、という終盤で明かされるショッキングな事実から、ひょっとして元々アレックスは「男子」だったのでは。。との線も疑ってみたのだが。。 違いましたね。。


No.570 8点 検事 霧島三郎
高木彬光
(2016/07/06 17:57登録)
宮崎の焼酎には白霧も黒霧もあるが、本作で活躍するは検霧こと検事の霧島だ。
検察/警察小説、社会派推理、ナックルボール的変化球ハードボイルド要素、複雑な恋愛メロドラマに中国大陸過去の因縁、もちろんジワジワ来るサスペンスと、謎解き!五百頁超の長さに見合って内容テンコ盛り、だがその一部分はひょっとして’幻影’ではないだろうかとの疑惑もチラリ。。これがニクいんだ。
少壮検事の霧島。その婚約者はヤメ検大物弁護士の娘。ところが、ある日を境にこの親子の周りに不穏な人物が現れ始め、大物弁護士はあろう事か殺人事件の容疑を負った状態で忽然と姿を消してしまう。そこにはヘロインの流通と総選挙(!)が絡んでいると見られたが。。

とにかく愉しい展開一杯。一郎はいい兄貴だ。他にも魅力的なバディが何人も。重要登場人物の一部に、味方どうしでありながら、体を束縛されているわけでもないながら、お互い何をして何を狙っているのかさっぱり分からない領域が高角度に有るという特殊状況。 プロットは、ハードボイルド流儀かと思うくらい複雑だ。 事件の、ではなく”サスペンスの多重解決”めいたスリリングな趣向もシビレる。 しかし、まさかとは思うが本作は「長いお別れ」への巧まざるオマージュになっていたりしないだろうか、、などと思わせる流れもあった。 港町の検事か。。。 「だいぶ話が細かくなって来たね。」この台詞最高だね。 虚を突き或る一瞬、ハード&ドライ過ぎてとてもハードボイルドの矜持空域内とは思えない凄い台詞も飛び出した、しかも放ったのは好感度高げの主人公。主人公側の、本当に味方同士なのかの不透明感、更には不信感、の先の見えない乱反射で素晴らしくバイブスの上がる中途の柔らかな残酷絵巻は味読を強いちゃって仕方無い。。。。

もう、誰も信じられない、霧島三郎さえも、、と思ってしまう読者の弱い心に被せるかの様に地の文まさかの混乱ぶり・イン・終盤もいいとこ。何ですか、その急な泣かせの、名前の言い間違いは!と思うと泣かせる特殊シーンで笑わせたり(笑)。もう、随分終わり近くに至ってまで味方どうし思惑すれ違っての隠し合い伏せ合い キキィーーッッ!! 敵が味方かまだまだ分からない不安感は、きょうだいはもとより親子どうしの間柄まで射程内だ。
「この犯罪で一番得をするのは誰か」 なんて延髄痺れるタイミングである人物に言われちゃったよ。
どこまでも本格ニュアンスの残り香を沈澱させ続けるタイプの推理小説にしては、特に終盤コース、筋の巡りが込み合い過ぎでねえかと、まるで粗筋紹介文章だけで何ページも進行してる、ってくらいの展開密度でないかと、ふと思う。

さていったい誰々がどれだけ大きな嘘を付いているのだああ~~。更には、騙しの意図が必ずしも悪意に依るものではない、かも知れない、との強烈な暗示が会話文の一瞬に適時ドロップ。何処かで’大いなる幻影’が密かに深呼吸している兆候は嗅げないか? 何処かに、凄まじい鋼鉄の意志を持った何者かがシラっとすましている影は覗けないか?

長い小説。 大作にして力作。 怪作の匂いさえ仄かに漂う快作だ。
犯罪資金源と精神○○のナニに、ほんのりご都合良しのきらいはあるが、許せましょう。

複雑な犯罪捜査物語をサラリと締める寂しさと希望のエンディングは印象的。 その最終幕の前半、主人公のあまりに野暮天丸出しの長い台詞はどうかと思うが。(故意に勘違いの振りをしたのではないと地の文に明記してある) でもいいんだ、これで。 響くなあ、余韻。


ところで冒頭触れた芋焼酎「霧島」だが、ご存知の方はとっくにご存知、他にも妙にプレミアム感を纏う「赤霧」、特別企画の「金霧」、桃色ラベルの「ピン霧」(正しくは「茜霧島」)なんてのもある。最後のは個人的にあまり美味しくない。


ザ・ローリング・ストーンズのファースト・アルバムは「ザ・ローリング・ストーンズ」。
ザ・キンクスのファーストは「ザ・キンクス」。
ザ・ビートルズの場合は事情が違うが
検事 霧島三郎の第一弾は「検事 霧島三郎」。
シリーズ探偵役としちゃあ随分と厳しい船出になったものですが、これほどまで翻弄された甲斐はあったと言える、ドラマチックキラキラで重厚至極な逸品と言えましょう。 さあ、読もう。



追記
古い角川文庫を読んだのですが、巻末の滋味深い解説は誰が書いたのかと思っていたところ、最後に故「夏樹静子」先生の名前があったのは泣けました。


No.569 5点 牧場に消える
佐野洋
(2016/07/05 01:38登録)
洋チャンが本作の取材のため半年だか一年だか競馬界にどっぷり浸かったとか言う”競馬ミステリ”長篇。その割に力作感はあまり無いが。。サラブレッドの成長を撮影した貴重な記録フィルムがすりかえられた。。。。という事件から始まる正体の見えない疑惑への追及劇。結末に意外性は薄いけど、ある種の社会派スリルで押し切ってまずまず。 


No.568 6点 赤い熱い海
佐野洋
(2016/07/01 00:46登録)
飛行機事故の死者は三名、疑惑たっぷりの行方不明が一名。森村誠一に遊び人の艶を吹き込んだ様な展開にちょっとハードな旅情が魅力。探偵役はなんと四人~わたしはこの事件の探偵です、わたしもこの事件の探偵です、おいらもこの事件の探偵です、おっとアチキだってこの事件の探偵です~という逆シンデレラの罠状態(??)。結末に意外性の新機軸有りだが、やや企画と技巧に走ったか。ま悪かない。


No.567 8点 英仏海峡の謎
F・W・クロフツ
(2016/06/28 18:28登録)
こんなご時勢、海峡を挟んで英仏両警察の友情物語をじっくり味わうのも乙だ。
滑り出しから最高品質の抑制あるスリル。早くも胃の辺りがゾワゾワするあからさまな疑いと、目を疑うキラメキへの期待。仮にヒネリの浅い結末でもそれなりに満足させてもらえそうな予感さえ溢れ出る。
ウェールズはスウォンジーのハウエル署長、最高だ。彼の描写に続くノールズの知識持ちぶり暴露も最高にリフレッシング!クェイル船長も素敵さ、アイウィルキッシュー! 最終コースに至って俄然切実さが屹立する証人達の描写の全てがジャスト・ヴィヴィッド!!鮎川さんは実際やはり最高の手本にしたんだろうなあと腹落ち実感。そして最初に来た逮捕のタイミングのキラメキ!くっそう、誰が本命本ボシなのやら終盤よいとこまで来てさっぱり五里霧中の四面楚歌のビーフカレーメンチカツやなぃか、まして真相ザ・ホール・バディなど見えん、楽し過ぎるぜ人生のくせにこの野郎!フリーマンが如何にしてスリルや心臓直撃と言った光沢あるポイントでエラリーやジョンはもとよりアガサまでばっさり凌駕してやろうと意気込んだか、そのアイディア結着の脳髄を探る思いだ。土壇場前に来て容疑者レイモンドの的確精妙な、冷静保身を射程に賭けたかの推理絵巻。それから更にまだ幾悶着越えて。。。リアリティ有るどんでん返しの閃きが、そこにはあった! 或る単純な幾何学計算の魅惑! 今度こそ犯人をこいつと絞って良いのか、まだもう一段来るのか。。ラストラップ前から、会話も地の文も徹底した逆説表現にガッチリ掴まれた信頼と友情の暖色タペストリーを繕い始めた。まるで夕陽だぜ。。。。最後の一文が某ハードボイルド著名作そっくりなのは笑った。
海洋活劇でも経済サスペンスでもないが、その二つを背後に匂わせた甲斐は充分にある本格推理「アリバイ破り<<<犯人捜し」警察小説。鮎川好きには悪くない。 そうそう、本作には「ポンスン事件」のタナー警部も結構な役どころ(フレンチの同僚)で登場しますよ!


No.566 7点 死者を笞打て
鮎川哲也
(2016/06/24 18:48登録)
冒頭喰い道楽のシーンがやけに印象に残る、、、ちょっとした怪作。
「鮎川哲也」氏が登場し、あからさまに特別枠の異色作であると匂わせます。当時の人気作家連(名前はどれも軽くもじってある)が社交仲間役で大勢出演、当時既に幻の域だった(それこそ後年鮎川氏がその発掘に心血を注いで自己の創作を疎かにした)消えた作家達の名前も多数登場、これは魅力です。前述の「鮎川哲也」氏の著作『死者を笞打て』にまさかの盗作疑惑が掛けられます。終戦間もない幻の時代の或る女流作家がオリジナルの作者だと言うのですが。。??

んで・・・・・・・普通だったら見え透く筈の犯人が、 この異様な雰囲気に呑まれてか最後まで全く分かりませんでした。人の心というのは不思議なものです。
代表長篇短篇群をいくつも読んだ後に手を出せば、なかなかに愉しいでしょう。


【ネタバレ】
「無名の作家」という存在を実に巧みにミスディレクション(ほとんど叙述トリック)に活かしている作品ですよね。


No.565 7点 パラレルワールド・ラブストーリー
東野圭吾
(2016/06/23 19:42登録)
これぞ謎。。。 もし清張が延々と長らえていたら、この話の核心あたりでサブジャンルを越え東野に玉座を渡す契機を自覚したのでは? などと妄想。
通常現実と現実科学と空想科学が4D空間でトリプル交錯するような、バリンジャーの「消された時間」を本気の科学者スピリットで綺麗に建て直し彩り直したかのような機軸感満載。しかし科学の子の良心に殉じ過ぎたか、、こんなスウィートなタイトル付けてからに何たるビターでスクェアなストーリー展開。いっそ甘ったるい現実感無きファンタジーで良かったのに、この題名を割り振るなら。幻想遊泳の世界に拡散させず最後きっちり全ての謎にミステリ流儀の落とし前を付けたのは剛腕天晴れだが、そんな強面の作品ならしっかり強面の表題を冠して欲しかった。『邂逅』とか(?)。
しかし泣けなかったなぁ。。最後に不意打ちのエピローグで奥歯を噛み締めさせて欲しかった。期待は外れた。それでも相当に面白い。この圧倒的底力は何なんだ??

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