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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1368件

プロフィール| 書評

No.968 5点 赤外線男
海野十三
(2020/07/09 11:40登録)
春陽文庫の短篇集。

盗まれた脳髄: 理化学というよりSFトリック(かなり雑)。 しかし、ひでえなあ、やる事が。
電気看板の神経: 虚を付く奇想サドゥンエンドに、茫然たる余韻。 本書の中ではいちばん良い。
幸運の黒子(ほくろ): 冴えないショート・ショート。
夜泣き鉄骨: 物理トリックに心理の怖さも少し被さり、動きのあるドラマ。
三角形の恐怖: 一味違う不道徳奇譚。エンディングで無理に味わい演出した感もあるが、まあよか。
西湖の屍人(しびと): それなりにドラマチックな舞台装置。微妙に「時計●の殺●」を思い出すシーンあり。人間ドラマまで至ってないが、話に奥行きはある。
赤外線男: 題名が昔の仮面ライダーみたい。荒唐無稽はいいが、どこかしら突き抜けてない。有名作ネタバレ複数、こともあろうに”陰獣”まで。。色々ひどいもんだが。。。何気に記憶には残る中篇、いや長い短篇かな。 でもまあ、よく考えたら真相はけっこう複雑で面白い構造ですね。透けて見える伏線だらけにしても。

現代の感覚では引いてしまう設定、叙述も多い。物理トリックというより理化学トリック中心の、大味と言うのも違う、情緒の薄いちょっとカサついた読後感のものばかり。でもこれが十三さんの味わい(の一部)。決して好みではない筈なんですが、妙に読みたくなる作家さんです。(この人の処女出版?『麻雀の遊び方』ってどんなんだろ)


No.967 7点 贖罪の奏鳴曲
中山七里
(2020/07/06 09:47登録)
流石のピアノ演奏描写はさておき、微妙にキメが粗くリアリティ上滑りな展開の末、遂に(!)躍動する裁判シーン(+α)迄で終わっていたら、はーん、まあそうだよねー って予想内の結末でしたが、その後が。。。  三つある内の二つはともかく、もう一つの動機の狂おしさは、刺さりました。。 そこで倒れ込んでゆっくりしていたら、 まだ 奥が あったのか 。。。。 忘れた頃にやって来た更にもう一つのアレが合わせ技に加わり、勝負あり。 (御子柴があの動機に気付かなかったのは、●●への愛憎という気持ちが欠落しているためか)

特殊少年院時代の回想部分、やはり筆致の粗さに現場感の薄さは目立つものの、魅力ある重鎮、哀れな末路の少年達やその家族と、ピンポイントの人物造形は心に残る。

構成の妙的な視点で言うと、オープニングはどうせ見え透いたギミックだろって感じだけど、エンディングの方はちょっとやばいね。 真の●●●が実は●●●(だけ)じゃなかった、って。。


No.966 7点 貴婦人として死す
カーター・ディクスン
(2020/07/03 18:30登録)
“だが、そこまで行ったらアドルフ・ヒトラーと変わらなくなる。”

本作のフーダニットは、○○トリックに纏わる複雑なものと、●●ギミックで目眩しされるシンプルに盲点を衝くものと、どちらも一筋縄では行かない堂々たる飛車角の競演と言った体の豪華版であります。そしてこの二つの大血脈が戦時下という状況で交差する点から、最後には意外性豊かな人間ドラマが滲み出て来て止まらない。。。という実に興味深く感慨深いフーダニット。よくぞやってくれました。 犯人特定ロジックが何気にしっかりしているのも、地味に魅力的。 ■■が二つあった(そっちの意味じゃなくあっちの意味で)だなんて。。。。 「手記」使いの可能性、「信用できない語り手」の可能性の広さに想いを馳せる作品です。 この犯人の意外さ、隠匿の巧みさには参ったなあ。 身勝手に見える「アレ」の動機も、欧州での戦争がとうとうヤバくなって来ている時期だと考えると、その気持ちは理解出来る。 HMの人情派にして豪快な超法規解決には開いた口が塞がりませんが。。

それにしてもあの、「読者への挑戦」かと思いきや。。。。のページ!! 犯人バラしてるやないか!!ww 驚いたなああの仕掛けには。 それと、「貴婦人」てのは「淑女」の誤訳とは思いますが、こっちの邦題が訴求力あって良いかもね。 創元推理文庫、扉頁の方の惹句、笑っちゃう巧さでした。 8点に肉薄の7.47点です。


No.965 6点 夢野久作全集 10
夢野久作
(2020/07/02 11:38登録)
老巡査
オチだかなんだか分からんが妙に温かいラストに向かってやわらかな陽だまりの犯罪抒情。

衝突心理
交通系奇妙な味。奇妙に味わい深い、ほんと。 或る怨念醸造の旅程をバッサリ略するハードボイルド的抑制の爆発よ!! 京浜国道で子安か。。既に諸星酒店も在った街の事件なわけか。。

無系統虎列刺(コレラ)
政党要不要。。! 斎藤くん登場も嬉しからいでか!!(←文法合ってる?) 「内科医が、獣医の家へ行ってお酒を飲んではいけませぬ。生命にかかわります」 バカソーンダイクというか、バカ本格ですかね。

近眼芸者と迷宮事件
重要人物の強度近眼が鍵を握った犯罪人情物語。泣かせます。

S岬西洋婦人絞殺事件
ミステリの興味が有りそうで意外と無いが、実に味わい深い犯罪実話もどき?

二重心臓
劇場主にして怪奇探偵邪妖劇(!)の興行王が刺殺された。作中作と作中劇の並ぶ趣向が絶妙の絢爛無惨感で浸し尽くす極彩色の中篇。「シバイダ… シバイダ… 」

継子
仄暗い豪邸の雰囲気が良い。 え、●●あるの?無いの?そうか、ポイントは、そこか。。微妙にミステリになり切ってないのが良い。可愛げありつサイコパスの薫り。

人間レコード
現代に応用効きそなSFスパイ。 やはり微妙にミステリになり切ってないのが妙に良い。 だが、どこかにサイコパスがいる。。(わかるかな?)

芝居狂冒険
パラミステリとも言えない犯罪阻止冒険物語だが、面白い。 ”見るからに丸柿庄六と名乗りそうな面構え”って何 笑

冥土行進曲
余命二週間を告げられた男の復讐譚は、色鮮やかに目眩く展開の末、業の深過ぎるハッピーエンドへ?! 夢久でこれだと本格ミステリに見えて来るが、、さて。 題名が匂わすほどガチャガチャしてない、奇想展開ながらも綺麗に纏まった一篇。 風太郎的テイスト有り。

オンチ
雰囲気いいなあ。 製鉄所敷地内の通称”ツンボ・コート”(それが何かは書きません)で起きた白昼の強盗殺人事件。目撃者は三人いたが、或る特殊な事情により、犯人はみすみす見逃された。。 タイトルは一見オンナに見えるが実はオンチ。読了してみるとその意味が沁みる。。。 そして犯人は意外!

斬られたさに
問題の一篇。情緒溢れて味深いが、難しい! 不可能興味に、仇討ち、なりすまし、若い恋、思惑、⚫️⚫️、、真相?! 真相を知る者は!? 原点に返り、表題にこそ最大のヒントがあるのか!? 何なんだ!?!?

白くれない
このバランス悪さは。。。わ・ざ・と・だ・な! .. 中に挟まれる文語体の手記というか半生記が(読むのに骨は折れるが)エキサイティング過ぎて、、そこへこの唐突な謎明かしはいったい何なのよと。そういや手記最後の「歌」にゃ苦笑で噴き出しちゃったな。色々言いましたが、面白いんですよ。やっぱり夢久さんは、頭がおかしいや!

名娼名月
足蹴にされた花魁への地獄の復讐を誓う若い二人と、かつての共通の恋敵だった老人。色々あって最後はしみじみ。。


巻末の解説「未完成の魔人・久作」by高橋克彦、解題by西原和海、どちらも何気に隠しきれないディスりが染み出していて大笑い。 私も、声を大にして人に薦めるのはちょっと躊躇う所が無くはないが、、 好きなんですよ、この作家の肌触りというか舌触りというか。

でも誰か、物語構成をビシと締められるデザイナ-というかプロデューサーというか、そういう人と組んで書いてたら、こりゃとてつもない傑作短篇集になってたんじゃないかな(全集の一冊ですが)。 でもそうはされたくない様な作も結構ある。やはりこれはこれで良しですな。


No.964 7点 失はれる物語
乙一
(2020/06/30 11:40登録)
Calling You
“最後の一時間”をシンプルなファンタジーの切なさで締めるのかと思ったら。。SFにミステリの要素が相次ぎ参戦、更に胸キュンwの結末になりました。そういや、“もう一人” 登場人物がいたんだったな。。

失はれる物語
このラストを含む最終章に救いの明るさを感じる私は、既に若くないのだな、と確認します。 忘れ得ぬ愛の一篇。


グリーンマイル(キング)を思わせる設定の、優しい残酷ファンタジー。父親の遺品の件や、去って行った人達の後日談に、もう一捻りあればとは思うが、この広がり行くエンドは良い。

手を握る泥棒の物語
こりゃあ楽しいドタバタ犯罪未遂(?!)。 本格ミステリの体にしてたらバカにもならない弱いトリックだけど、こういう話ならグッド。恋愛方面に行かないのも意外と好印象。

しあわせは子猫のかたち
ファンタジーと本格ミステリの融合。特殊設定とは微妙に違う。ノンケ男女の友情が眩しい。ある人物の掘り下げが意外と浅く終わるところに作者の人苦手ぶりが赤裸々だが、それもまた愛おしい。

ボクの賢いパンツくん
最高にいい意味でノーコメンツ。成人オムツくんに想いを馳せるのが、正しい読み方か?!

マリアの指
やられた。。。。。。。。。本格流儀でもこんだけ決められるのか! しかもこの心理の深み。叙述ミスディレクションに「おお!」と思った矢先、まさかの。。 「なーんだ○○かよ」と鼻白んじゃう事象が次々に覆される快感と、それに伴う残酷なツイスト。。。 じんわり沁みます。最高です。やばい、立ち直れない。

ウソカノ
密度が高い! バカ話かと油断したら、油断しただけの甲斐がある、創作秘話めいたスペシャルな味だった。


No.963 6点 動く標的
ロス・マクドナルド
(2020/06/29 12:50登録)
「わたしをロマンチックな気持にさせないでもらいたいな。」
HB的魅力の面では、チャンドラーからシビレの感覚を少し差し引いたようで特筆も出来ないが、それより何気にクリスティ的な、そしてドラマチックな犯人隠匿術にやられる。
「友情のために。質の違う友情のために。」
リュウ・アーチャー、手探りのデビュー作。 個性は薄いが、悪かあない。
「ほかの男の仕事を継いでやってるんだ」 「お父さんの?」 「ほかの男と言っても、若いころの自分自身のことさ。若いころは。。。。」


No.962 6点 銀座殺人事件
島田一男
(2020/06/26 12:14登録)
第三の顔/白い通り魔/血を盗む女/たそがれ慕情/運命の罠/黒い虹/白夜の決闘/銀座殺人事件 (廣済堂文庫)

人情譚と呼ぶには少しばかり熱過ぎる友情の混じる、泣ける話だとか。。 「たそがれ慕情」、「黒い虹」それぞれの自首ホワイダニットはチクショウ堪らなく泣けるなァ。。。。 ジェンダーの微妙な線を突いてくる話もちょっと目立った。 目方は無いが底は深めの、謂わば軽社会派めいた作品も目立つ。 庄司部長刑事(デカチョウ)の味わい深さで勝負あり。


No.961 8点 グリーン・マイル
スティーヴン・キング
(2020/06/24 14:10登録)
コロナが世界の中心になる少し前、今年の一月から毎月一冊ペースを崩さず読みました。初めてのキングです。第六巻の折返しあたりから、読了する寂しさの予感が押し寄せて怖くなりました。初めはゆったりと、徐々に展開を速めながらも、余裕たっぷりの巨大な運動エネルギーで旋回し続けるストーリーテリングの力量は流石です。フラッシュバック群と力を張り合うかの様に現れる時折の強烈なフラッシュフォワードで、何事か?!と幻惑させられた後の節々の違和感、それにより増す推進力も素晴らしい。本格推理とは違うがフーダニット的興味もあり。ある種の⚫️⚫️誤認⚫️⚫️トリックが深い感慨をもたらす最終コーナー。ある人物の処刑シーンに前後して他の登場人物のその後の死にざまを冷静に羅列する所にも、深く遠い感慨がある。語り手の妻が或る「作戦会議」に加わり熱弁を振るうシーンは、終結間際のあの回想シーンで、一気に涙を誘う起爆剤に化けましたねえ。。。。 このラスト、わたしには良しの方角を向いていました。○○○○たことはそれだけで素晴らしい。だが締めの一文もまた素晴らしい。 まさか、生きていたとは。。。振り返れば、タイトルの重みが尋常でありません。。。。  “あのときのコーフィは、夕方の沐浴をおえたあとの赤ん坊のように清潔で、さっぱりとしていた。”


No.960 8点 双頭の悪魔
有栖川有栖
(2020/06/18 19:50登録)
悪いことをして、考えられる限りの物的証拠を抹殺し、状況証拠を払拭しても、犯罪を取り巻く大きな場には、目に見えないウィルスのような何かが疎在し、同じく目には見えないロジックという太さの無い糸でそのサムシングが達人の手に拠り正しく紡ぎ合わせられたが最後、悪いことは露見してしまう!それはつまり、スリリングなロジック展開で追い詰められる愉しさ。。。殺人の舞台が二手に分割され片方にはもう片方の状況が分からないという趣向と、だからこそ三度も挿入される「読者への挑戦」、この二つの適度な見栄え、見得切りに刺激されてこその、ロジックの輝き。 天才探偵が事件(A)を解決、凡人探偵群が事件(B)を解決、ところが天才探偵が更に事件(A+B)を解決!という構造も素晴らしい。 たしかに、そのロジックの奥深さ華麗さに較べると、動機ってやつがいまいちドキドキさせてくれない恨みはチラつきますが、、丁度良い緊張感が最後の最後まで持続するんだから、良しとしましょう。 真犯人、現実世界ならともかく、本格ミステリの中で悪魔呼ばわりするほどか?なんて思うけど、二人の先輩が区別付かなかったけど、あほらしい茶番もヘンてなもんだけど、そういう微妙な突きの弱さの諸々が気にならないのは、やはりトリックやプロットの派手さ豪快さではなく、ロジックの精妙さ美しさで勝負している作品であるがゆえでしょうか。 淡い恋愛要素も邪魔をせず、むしろ小説を心地よくしてくれる。江神氏いいねえ。エピローグのさりげなさも素敵。 頭に残る物語全体風景の美しさは、個人的に「獄門島」に近いものがあります。

「月光」「孤島」がまったく響かなかった私ですが、シリーズ第三作「悪魔」はお気に入り。 「ローマ」「オランダ」が響かず(「フランス」はちょっと好き)「ギリシャ」「エジプト」でいきなりガツガツンと来たEQと、個人的にやはり通じるものがあります。 本作の表題、「お主も相当の悪よのう」的な言い草に掛けてあるのかと思ったら、そうでもないみたいですね。 そうそう、本作の真相全体構造(●●殺人に一ひねり半?)はデジタルビジネスの栄え始めた今こそ心に沁みる、その犯罪ビジネスモデルの拡がりの予感に胸が震えるってえもんです。


No.959 7点 アデスタを吹く冷たい風
トマス・フラナガン
(2020/06/01 18:00登録)
謂わば金田一さんとは正反対の実力派問題解決職人。事件の真相だけ晒してサヨウナラなんて無意味な事はしませんし出来ません。 しかしだからと言って、仮に彼が老後の世界旅行でジャパンの八ツ墓村を訪れたとしたら、事が連続殺人に発展する前に真犯人を捕縛しただろうかと言うと。。。金田一さんとは全く別の視点から、しばらくは犯人のなすがままに放っておいたかも知れない。そんな危ない懐深さを覗かせる名探偵、それが下記4篇に登場する、地中海に面する東欧某国(地理的にはスロヴェニア、クロアチアあたり?)のテナント少佐なる警察官です。

アデスタを吹く冷たい風 The Cold Winds of Adesta
国の革命史に関わる密輸事件。妙に推理クイズっぽいセコさへの予感もチラツいたけど、最後までシブミは持ち堪えた。 7点

獅子のたてがみ The Lion's Mane
スパイ容疑で、テナントの部下により射殺された医師。。途中から晒される大きな逆説には読者の悪い心を刺激しワクワクさせるものがあるが、最後に明かされる小さな逆説は、、ちょィとギャフンな劣化版ブラウン神父が唐突にお茶を濁したみたいで、どうかなあ。でも真相自体はちょっと凄い、怖いんだ。 6点

良心の問題 The Point of Honor
これぞ逆説。 4篇中では抜群のミステリ深度を感じます。ナチスの亡霊に絡んだ、動機不明の殺人案件がハードに躍動。 8点

国のしきたり The Customs of the Country
奥行きのある密輸トリック顛末に起因し、急襲する激しい暴力と、表裏一体の爽やかな後輩指導、そのシーン展開に打たれる一篇。 “その夜はじめて、テナントは腹の底から、ほがらかな笑い声を立てた。そして、手をのばして、バドランの太い猪首をたたきながら、「大尉」といった。「きみも相当、のみこみのわるい男だな。」” 7点

4篇どれを取っても、テナントと複雑な思いで相対する人物の心理描写が際立っています。 テナントの目的は真相を暴く事には無い、では何処にそれがあるかと言うと、、、 国のため、とは言い切れない。 国への反逆でもない。 人民のため、と言うのはおそらく違う。 自らの保身のため、、もあるだろうがその分量は控えめか。(単純に目的は正義と言ってしまっていいのかも?) 革命前は王政側の大佐で革命後も”党員”ではない片脚義足の強面の狼。 こんな激渋設定の探偵が捌く事件が、時々(ミステリ文脈的に)安易な道に迷いかける微妙さも少しあるが、、とにかく退屈とは無縁の面白さ。‘幻の名作’みたく喧伝されるのを受けて気張って読むことも無いと思うけど、シリーズがこの4作しか無いというのは、相当に惜しまれる!!(パスティーシュでいいから、誰か引き継いで書いてる人いないのか。。) 

以下3篇はノン・シリーズ

もし君が陪審員なら Suppose You Were on the Jury
落語調の掛け合いで進む小噺。 個人的にはグッと来ないダール流儀のオチだが、好きな人も多いでしょう。 6点

うまくいったようだわね This will Do Nicely
同じ小噺ならこっちが味わい深い。 「わたしがこのひとを殺したのも、やはりそういったところに、理由があるのよ」 6点

玉を懐いて罪あり The Fine Italian Hand
これは。。。。沁みる。 ブラウン神父の衣鉢をしっかり継いだ、偉大なる歴史小品。乱暴なようで繊細な外交の駆け引きにも、あの聾唖者尋問の名シーンにも、とにかく痺れました。。 蟷螂の斧さんが伏字で疑問を呈せられた部分、気付きませんでしたが仰る通り。まして相手もあった事ですし。。(実は相手はいなかった可能性も有り?!だとしたら。。) とは言え相手は地域の独裁者、あらゆる可能性は闇の中なのでしょう。。。 最後の大オチは、、全く気付かなかった!!(笑!) 8点


No.958 8点 ゼンダ城の虜
アンソニー・ホープ
(2020/05/28 11:50登録)
幼少の頃ジュヴナイル翻訳で拾い読みして数十年ぶりです。 当時、おそらく父が子供のころ買い与えられた既に”黒い本”を譲り受けたもので、「あゝ無情」なんかと一緒に本棚に並んでいたものでした。「とりこ」という不思議な言葉に出遭ったのはこの背表紙だったと思います。あらためて通読してみると、こんなにもカラフルでポジティヴな力に溢れた明るい冒険物語だったのか、と感動。 ストーリーの力点が明瞭に絞り込まれている事もあってか、恋愛や友情、忠義にかかわる直接心理描写がこんなにも濃厚(!)でありながら、展開も文章も実によく締まっており、むしろ’もう少し一服しながらでもいいんだよ~’などと、あまりに早く過ぎ去ってしまう物語の俊足振りを恨みに思うほどです。それだけに終結に押し寄せる、惜しまれる気持ちもひとしおでした。 こんだけやっといて、主人公が実は生来の怠け者(?)って設定も面白い。準主、姫、悪役、脇役、みんな造形が迫る魅力のラインナップ。 クリスティ再読さんおっしゃる様に、ミステリ読者の視界からも漏れて欲しくない、素晴らしく楽しい必読書ですね。 続篇のタイトルロールが本篇のあの名悪役!というのも想像を掻き立ててたまりません。でも律儀に四年後まで待とうかなw 9点に大きく迫る8点です。


No.957 8点 過ぎ行く風はみどり色
倉知淳
(2020/05/22 20:00登録)
この話は好きですよ。 泣けるねえ。 ロジックが整然として小綺麗(探偵がこんななのに!)、だけどトリック実行を考えるとやたら嘘くさかったりバカだったり。。それでも許せちゃう。謂わば逞しき机上の空論。 或る登場人物に纏わる事情と、それに拠った或るトリックについては、早い段階で自然と仮説が立ってしまいましたが、念のため何箇所か読み返してみて、あ、やっぱり違うのか、仄めかしのミスディレクションか。。なんて思ってたもんで、アレが明かされた時はちょっとアンフェアでないかとも感じたが、、それ以上にスッキリした気分になれたので大いに満足。衝撃とは違うけど、つまりソレだったって事はおそらく、或る登場人物を取り巻く未来もああなって来るんだろうなぁって嬉しい予感がキラキラし出して。。。。キラキラ感を醸し出す或るトリックにこそ包み込まれて守られた、それ自体は全然キラキラしてないチャチい◯◯◯◯偽装、という不思議な構造も面白い。 日本人ならではの曖昧なアレか。。。。 脳科学(?)とか、浅草の呑み屋とか、徒労に終わった発掘作業とか。。。。猫丸先輩も話が進むにつれどんどん魅力的になりやがるぜ。そうそう、彼がヤマっ気たっぷりのバイトに精出したりでなかなか現場に現れないってのが、実は。。。。 本作の大トリック成立に、ごく自然ななりで、大きく寄与してるわけですな。。 読み返してみれば、泣かせる伏線も所々にこっそり咲いていたんだなぁ。。’おみやげ’の件とか。。 ←そこのおかげで主人公(?)の存在感がやっと主人公らしくなった(笑)。逆に言うと、この主人公(?)の薄い存在感は読み返してみてやっと浮かび上がる、って事か。奥深いような、単にバランスおかしいだけのような。。。祖父から祖母への深い謝罪の思いの話もストーリーの中でさっぱり拡がらないし。。そうそう、真犯人が主人公(?)に罪をなすり付けようとしてるようにしか見えなかった流れも、パンチの効かない中途半端なダミーでどっかに消えたし。。 一家の大金持ち感はほぼ皆無だし。。 ほんとうに、詰めてないというかバランスおかしい要素が目立ち過ぎ!! 。。。 それでも、冒頭と終結を結ぶ、このまばゆい美しさが全てのアンバランスや不格好さを超えて本篇を感動の一作に仕立て上げたのではなかろうか。チャッカリしてやがらァ。 最後に、江守森江さんの書かれていた 「作品の肝であるトリックは、緑でなく『みどり』と平仮名表記なタイトルに滲ませている。」 。。 こんな泣かせる考えオチ書評がありますか。泣かせる叙述トリックそのものじゃないですか(ぁ言っちゃったか)。。  7.8点相当。


No.956 8点 炎に絵を
陳舜臣
(2020/05/15 19:30登録)
病で死期近い異母兄から..その妻を通じて雪辱を託された..若き日の父の汚名は…..中国辛亥革命の資金横領逃亡!! “遠くから彼をうごかしているものを振りきって、このそば近くにいるものを摑みたい。―――” あの「遺書」、つまりはそういうことかよ。。。殺人犯人はこの『表題』に気付いてないんだよね。。そう思って物語を見渡すと、深いねえ。。。。 悪玉の造形の複雑さに較べ善玉たちが単純に描かれ過ぎの気もするが、まあいいでしょう。このアンバランスな関係は本筋悪事と産業スパイ事件の間にも言えるが、後者も物語を面白く彩ってくれたわけだし、まあいいでしょう。 くすぐりのユーモアも興味を加速。「ああ、つまりムードがあるってことですね」…. それにしても大いなる⚫️⚫️。いくつもの大いなる家族愛。 ただちょっと、看過するに大き過ぎる偶然要素がある。。 “世間というものは、こんなふうにして、なにかかんじんなものを素通りして、都合のよい型のなかへ、すべてを投げ込んでしまう。” ラストでは何とも珍重すべき、良い意味で微妙な気分になりました。 この終わり方、爽やかと感じる人と、暗黒への第一歩と見る人と、分かれるようですね…………


No.955 8点 マクベス
ウィリアム・シェイクスピア
(2020/05/10 21:43登録)
「これで悴の鐘は鳴らしました。」  時は戦国、11世紀スコットランド。初期アサル朝を舞台とした、怖ろしく展開の速い殺戮と後悔と復讐の物語。 二つの謎(謎々?)が地味にストーリーを貫通、最後に化ける所はミステリぽい。がミステリそのものではなく、後世のミステリやクライム小説等々に巨大な影を投げ掛けているのであろう小さな巨篇。 流石に深く巧みな修辞と、日本語訳でも伝わる詩情。 戯曲ならではの直接心理排除も殺伐極まりない物語によく合っている。 さて本作、現在の公認史実と比べると、当時の事情(ジェームズ6世絡み)により、大きく捻じ曲げられているようですが。。 これは歴史を学ぶ良い切っ掛けとするが吉。  弾十六さんが教えてくれましたが、思わぬ所でRobert Johnsonつながりだったとは。。本作にも十字路で魂を売り渡したような人物が登場しますね。


No.954 7点 その妻
明野照葉
(2020/05/08 11:36登録)
「馬鹿じゃないの!」 本作の結末を驚きと見るか、驚き無しと見るか。。私は後者。おまけに終盤寄りからツイストレスエンドの嫌な予感に悩んだが、そこ行く迄とその後(終結部)の熱さにヤられた!! “からだの外側にではなく、内側に鳥肌が立ち、怖気が走っているような感じがした。。”  これで本気の反転が最後に隠れてたら相当な。。。 神田さん、蓮花さん、「妹」を始めとする親族たち、会社のおじさん、デザイン業界周り、、何もかもひっくり返す鍵を握れそうな人物がうようよしてるのに、もったいない。。 「馬鹿じゃないの!」 本作は、或る特殊な状況下で離れ離れに暮らす夫婦を廻る、疑惑と怨念と復讐の物語。いや、中心にいたのは本当に彼等か。。。?? 「馬鹿じゃないの!」 この強烈なサスペンスを引き摺ったまま本格ミステリ領域に雪崩れ込んで欲しかったなあ。それでも7点は行く。抜群のリーダビリティです。


No.953 7点 銀座幽霊
大阪圭吉
(2020/05/06 22:00登録)
三狂人 7.3点
奇想熱波の予見の果ては、あらぬ小さな結末へ。だがその奇想の幻こそ、心に刻む。

銀座幽霊 6.2点
濃密な文章の旨みと、してやられるチョィと浅い物理トリック。ドラマチックな種明かしと小癪なオチが連なるエンドはなかなかいい。

寒の夜晴れ 7.6点
足跡トリックは物理心理の両面からなかなか興味津々。そしてこの人情悲劇! 後付けだろうと心を揺さぶる。

燈台鬼 7.1点
この人の海や港の話はいいなあ。アマリア・ロドリゲスが聴きたくなる。創元文庫、初出雑誌の挿絵も良し。大味な大型物理トリックと、深く刺さる人情物語。この二つが恐ろしく噛み合ってないが … 同名の南條範夫人気短篇とは、表題の意味方向からして全く異なる内容です。

動かぬ鯨群 6.5点
湊町の殺人(コロシ)で始まるサスペンス展開が魅力。事の真相、半分は意外豪快だがもう半分は当たり前過ぎるかな。。でもいいさ。

花束の虫 7.8点
ホゥムズ風犯罪暴露譚。乱闘の形跡らしき足跡に秘められた経緯が興味深い。眼前に浮かびあがる岸壁の風景も素晴らしい。やはり圭吉っつぁんは海浜地域の話がいいねえ。圭吉っつぁんにしてはチョィとハッタリ効かせた部分が天晴レなんだが、このハッタリスピリットが物語全体に沁み渡ってたらそれこそ準ホゥムズ級の傑作になってかもなあ。惜しい!

闖入者 5.6点
大胆な心理的物理大トリックが登場するが、物理のほうの大胆な壮大さに比べて心理のほうがちょっと、、イリュージョンでチャンチャカチャンか。色々とバランス悪くてこけるわア。ミステリ要素とは別に、物語風景の美しい部分は心に残る。

白妖 5.8点
ミステリの根幹はチャンチャンもいいとこのズッコケいじわるクイズ(おゝ死語)だが、暗闇情緒と、最後唐突に姿を顕す(申し訳程度の伏線あり)人情余韻はなかなか。

大百貨注文者 3.5点
ずっこけバカミス。この底の浅い真相はほとんど意外な結末の域。物語の締めだけは、多少いい感じ。

人間燈台 8.8点
これほどに胸熱な物理トリックがありますか!! 人情と残酷と物理が奇蹟の三つ巴を形成。 表題が絶妙に際どい半ネタばらしなのも納得。 人情派事件の迸(ほとばし)りを受けてみよ! 最後の台詞も最高に清冽です!

幽霊妻 6.0点
何やら不可能犯罪めいた謎めきのナニは、そこのそれか?! 怪しからんのは自死、ではなくそこに追い込んだ素朴故に厄介な疑いだ!! ずいぶんとギャフンな結末だが、不似合な義憤が溢れ出て仕方無し。


No.952 7点 ウェルズSF傑作集1 タイム・マシン
ハーバート・ジョージ・ウェルズ
(2020/05/05 19:15登録)
塀についたドア
美しく愉しそうな楽園の描写が沁みる。寓話的側面は微妙。

奇跡を起こせる男
ドラえもんみたいな無際限お気楽ドタバタ。 オチに至るまで、何もかもドラえもん。 悪くない。

ダイヤモンド製造者
擬随想のようなショートショート。 時代の空気が魅力。

イーピヨルニスの島
寓話風哀しき冒険譚。頗る短い話だが、独特の気が遠くなるよな遠大感がある。

水晶の卵
小宇宙の話と思いきや。。小市民的仄暗さの中に沈んだ宇宙のファンタジーは奇妙に壮大。

タイムマシン
センスオヴワンダーと、勇敢な智恵の中篇。 魁偉なる一品。 何故本作が古くならないのか、小説家でなくとも、考察を巡らしてみる価値が充分にあり。

全体の半分を占める表題作への評価に引っ張られ、この点数。


No.951 9点 盗まれた手紙
エドガー・アラン・ポー
(2020/05/03 11:12登録)
隠しのトリックにしても有名な「アレ」ってだけじゃなくリスク回避の念には念が入っているし、捜し出す方だって単に「アレ」に気付いたってだけじゃなく事件解決理論と実践の濃やかなハーモニーが薫ること薫ること。犯人、探偵双方の行状に備わったその冒険性も相俟って(挟まれた演説も猛威を揮う)、誠に読み応えのある知性横溢ミステリに仕上がっています。隠し場所の興味のみならず、手紙の盗まれた経緯の機微がまた素晴らしい。だが探偵の仕掛けた「盗難●●●●●●●●おく」という大トリックとその狙いの効用こそ本作最大の肝でしょうか。いくつもの滋味深い逆説が大に小に交差する絶景の一篇。ブラウン神父の直系尊属にあたる作品ですね。物語の締めがまたグッと来ます。
※弾十六さんの註釈群が凄く良いです。「鍵」の件は私も気になっています。どうも有り難うございました。


No.950 7点 すばらしい新世界
オルダス・ハクスリー
(2020/04/28 18:56登録)
「快適さなんて欲しくない。欲しいのは神です。詩です。本物の危険です。自由です。美徳です。そして罪悪です。」

本作のメイントリック(??)、と呼びたくなる安定社会の創造メソッド、これぞ逆転の発想!! 。。。 ところが、事故は起きる。。おかげでこの物語は存在した。。。あれ!? これはシンプルでもナイーヴでもない逆説の物語、いや、むしろ逆説なんかじゃあないんじゃないか!? 個人的に(終結間近までは)ただただエンタメ書として愉しめました。まるで作者の意図を飛び抜けて、本作中の世界統制官共にまんまと誑し込まれたようだ(った)。。。。???  地球社会の基盤がとても二十六世紀中葉に見えずフューチャーノスタルジアに浸れないのは残念だが、そこが却って良い。しかしその頃はデーモン小暮も十万六百歳近くなってるのか、生きてれば。 作者自身も後年語っている様だが、やや若書きというか、”ジョン”や”バーナード”を始め主要登場人物の辿る道にもう少し選択肢の幅の陰影が染み渡っていても良かったかな。そこを犠牲にした代わりに、この重く心を揺らす印象深いラストシーンが生まれたのかも知れないが。。でもそこで天下の奇書になり損ねた、業の深過ぎる涙の書になり損ねた感はある。 “チャリングT”には笑ったがちょっとしつこい。 シェイクの引用やたらに頻繁(表題も)。 ブラッドベリの短篇で、たしかポオの諸作や何やらと並び”禁書”として羅列されてた本ですね。 ジョージ・オーウェルが、上流出身たる著者の教え子だったそうですね、イートン校で。 新型コロナウイルス支配下の世で読むと余計に沁みるような気がする箇所が、いくつもありました。

“沈黙があった。悲しいにもかかわらず ーー いや、悲しいからこそ。というのは、悲しみは三人が互いのことを大事な友達だと思っている証拠だからだ。三人は幸福な気分だった。”


No.949 6点 痛み かたみ 妬み
小泉喜美子
(2020/04/27 18:55登録)
痛み La Peine/かたみ Le Mémento/妬み La Jalousie/セラフィーヌの場合は/切り裂きジャックがやって来る/影とのあいびき (オリジナル短篇集6篇)
またたかない星/兄は復讐する/オレンジ色のアリバイ/ヘア・スタイル殺人事件 (中公文庫増補4篇)

ミステリ、パラミステリ、ファンタジー、サスペンス、奇妙な味、、水増し推理クイズさえ快い。 おっとガチの推理クイズもあった! お洒落で魅力のストーリー展開なんだけど、着地点の地盤がちょっと柔らかい、でもそこがいい、みたいな作が目立つ。 意外性より形式美で勝負の作も際立つ。 読者を、カットバックの手際が予想外の方向へ振り回したり、じんわりするエンディングが暫し包み込んだり。。 本格味のある某作、アレの正体については伏線もしっかりあったんだな。。 増補4篇の内、2篇は露骨にオマケだが、ブラウン神父的味わい深い逆説ものもあったりする。

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