虫暮部さんの登録情報 | |
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平均点:6.21点 | 書評数:2006件 |
No.1906 | 7点 | 大樹館の幻想 乙一 |
(2025/02/14 14:45登録) いやしくも本格ミステリを謳いながら、こんなに舞台の構造が曖昧なのも珍しゅうございます。 常に靄がかかったように、ふわふわと無効化される境界条件。一つの館に “無数の部屋” が存在するパラドックス。発想もさることながら、それを成立させてしまう乙一先生の筆致は見事と言う他ございません。 しかしながら、犯行の骨格だけ抜き出せば、ツボを押さえているとは言え、良くある本格のプロットだと言わざるを得ないのではないでしょうか。 更に話が進むと存外に俗っぽい事情も顔を見せ、あまりと言えばあまりの落差に眩暈を覚えました。 それこそが狙いなのやも知れませんが、私は幻想のまま、天上界のまま押し通しても宜しかったかと思惟致します。ミステリの枠など突き抜けて戴きたかった! 御主人様の至高の世界の終焉には、もっと高尚で形而上的な動機を期待していたのでございます。 |
No.1905 | 7点 | 動くはずのない死体 森川智喜 |
(2025/02/14 14:44登録) 表題作は素晴らしい。物語としての展開も、明かされた仕掛けも面白い。こういうの大好き。 「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」。作中作を読み解く類の話も好きなんだけど、今回改めて気付いた、こういうのは普通のミステリ以上に一字一句にこだわって読まないと楽しみ切れない。おかげで消耗した。 「幸せという小鳥たち、希望という鳴き声」は何が狙いなのか良く判らなかった。たいしたことない “事件” で目を晦ませておいて(こちらもたいしたことない)叙述が本命、ってこと? |
No.1904 | 6点 | スリーピング・マーダー アガサ・クリスティー |
(2025/02/14 14:43登録) てっきり “彼女自身が下手人だった” と言う真相かと思った。意図的な殺人かはともかく、子供の体重でも紐を伝わって首の一ヶ所にかかれば死ぬことはあり得る(そもそも死因は未確認だ)。記憶が曖昧なのはショックのせいだし、父の行動はそれを庇おうとした故である。調べが進むうちにそれに気付いた夫あたりが、調査を中止するにも遅過ぎてやむなく証人の口を封じた、と。 うーむ、そんな話、読んだ記憶があるような……その作者も本作を読んで私と同じことを思ったんじゃないかなぁ。 “猿の前肢” がどうもイメージ出来ない。画像検索して、結末で明かされる小道具を考慮すれば納得。“前肢” と言うか、腕は含まない手首から先、毛が生えていない掌の部分のことだよね。毛むくじゃらの腕をイメージしてたけどそこではない。作中の言い方でちゃんと通じてたんだろうか? |
No.1903 | 6点 | エンドロール 潮谷験 |
(2025/02/14 14:43登録) “自殺討論会” までは素直に楽しめた。 しかしそれ以降、話が今一つ広がらず。社会への影響を視野に含めている一方、事件はクローズドな人間関係の範囲内に留まってしまった。かと言って単なる殺人事件としてはミステリ的にさほど面白いものではない。革命と言うよりは内ゲバの話か。 |
No.1902 | 4点 | メグレとマジェスティック・ホテルの地階 ジョルジュ・シムノン |
(2025/02/14 14:42登録) 動機が腑に落ちないなぁ。彼女と彼を会わせたくなかったから。でも、会ったって不都合はまぁ無いのだ。 勿論、二人が話し合えば、脅迫の件と両者間の齟齬は明らかになる。しかし第一に、メグレが言う通り、犯人は巧妙に自分の存在を隠している。メグレが事の次第を把握出来たのは、警察にタレコミがあったからである。一般人の二人が真の脅迫者を見付けるのは困難だろう。 第二に、万一正体がバレたとしても、脅迫ネタを握っている犯人の立場が強いのは変わらない。何故、強請る側が強請られる側を殺すのか。 それに関連して:当時の銀行は、手紙一通で、入金はともかく小切手発行まで可能だったの? ザルじゃない? |
No.1901 | 5点 | そして誰かがいなくなる 下村敦史 |
(2025/02/07 12:37登録) “ミステリなら殺人が起きそうな館ですね” みたいな台詞はもう百万回読んだぞ。その手の “登場人物がミステリ愛好家でミステリっぽい事件のミステリっぽさを意識している物語” としては、ごくパターン通りでしかも地味。今時のキャラは “ミステリなら殺人が起きそうな館ですね、とミステリに登場する招待客なら言うところですね” と言わなきゃ。 せめてこれ、“御津島磨朱李” 名義で出せなかったんだろうか。 “ソレってアレのパクりじゃん” とか我々はフツーに言うし、余程のケースでないとそんな騒ぎにはならないよね。作家はナーヴァスなのだろうか。盗作云々については、あまり具体的に記述していないせいもあるが、そこまでの大問題だとは思えない。故にホワイについての違和感が残った。 本棚の写真が興味深い。ぼやけているが、何となく判別可能な題名やレーベルもあり。どの程度意図的なんだろうか。 |
No.1900 | 6点 | そして誰かいなくなった 夏樹静子 |
(2025/02/07 12:36登録) 本歌取りはネタバレを内包するので、ことミステリに於いては如何なものか。 とは言うものの、固いこと言わずにファンの為のお楽しみ企画ってことで良いんじゃないの、なんて気持になる程度には、上手く描かれていて面白かった。まぁ元ネタはミステリ界の課題図書みたいなものだし。 犯人の心情として、動機の切実さの割りに、犯行の演出で結構楽しんでない? (架空の)罪状がワルの悪行自慢みたいだったり、死に方が限界にチャレンジするみたいだったり。TVに出ていた有名人の設定とか、必要? しかしこれは同時に、心情として、そうして無理にでも気持を揚げておかないと二進も三進も行かない程、しんどかったんだろうなぁ、とも解釈出来る。作者はどういう心算だったんだろうか。 |
No.1899 | 8点 | そして二人だけになった 森博嗣 |
(2025/02/07 12:36登録) 本作は、講談社ノベルスの一連の森ミステリィの上位数作に匹敵する傑作。ラストを除けば。 矛盾する二つの真相を無理矢理重ね合わせた、量子論的結末? 勅使河原潤と言うキャラクターに関する二つの行く末を、どちらも捨てられなかったか。物語作家としては明らかに甘えだが、エピローグで言い切っているように “そうしたかったからそうした” のであり、その結果射殺されても否やは無かったのだろう。まぁ死んで償う程ではない。 JDCのアレ、それとも麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』と比較すべきか。ただ、その問題点を除くとミステリとして非常に魅力的であるだけに、無理が痛々しい。 盲目のフリをする描写には、教えられること多し。 |
No.1898 | 7点 | そして誰もいなくなるのか 小松立人 |
(2025/02/07 12:35登録) 良い意味で食べ易い一品。一つのアイデアを誠実に展開して、掌に収まる範囲で綺麗に纏めていると思う。犯人の失言にはすぐ気付いたが、成程そこで振り返ると幾つも伏線が見えて来る。私にはちょうど良い難易度で気持良く頷けた。終わらせ方も良い。 |
No.1897 | 6点 | そして犯人(ホシ)もいなくなった 司城志朗 |
(2025/02/07 12:34登録) “他殺競走” と言うアイデアが、概ね台詞で説明されるだけなのがあまりにも勿体無い。もっと作品の中心に据えて、一喜一憂する賭博者を直接描写する場面を増やせばいいのに。叙述トリックを上手く使えば、あの事後従犯が本当に配当金稼ぎの為に殺したかのようにミスリード出来たのでは。 |
No.1896 | 8点 | 翼とざして 山田正紀 |
(2025/01/31 13:05登録) 記憶喪失は “安易” でコレならOK? と突っ込みたくもなるが、山田正紀ミステリにしては自家中毒を起こさず走り切った。まぁ “アイデンティティの揺らぎ” は何度も使ってるネタだから、たまにはビシッと決めないと。犯人の気持にはグッと来たね。最大の謎はサブタイトル? |
No.1895 | 7点 | スメラミシング 小川哲 |
(2025/01/31 13:04登録) こんな意味不明な表題を掲げて、強気だこと。全6編。どれも濃度は高い。が、必ずしも高ければ良いってものでもないなぁ。そこも含めての作風ではあるが、量と質のバランスが取れているのは「ちょっとした奇跡」くらい。ちょっと変わったボーイ・(スライトリー・)ミーツ・ガールでコレは絶妙。予想したオチそのままだったが、それでもグッと来た。 表題作はもっとじっくり、長編でもいいくらい。“ソムリエ” 呼ばわりには噎せるほど笑った。 「神についての方程式」で語られるアカデミックな諸々は事実? 勉強になりました。でもそれなら、小説の半分が学術書からの引用ってことだろうか。実は私、時々この人の文章に “中身があるのに実際以上に舌先三寸に見せたがっている” ような印象を受ける。物語の語り手、が読む記事、の中の講演、と言うマトリョーシカ構造も、内容を冗談めかす為の方便ではないだろうか。 |
No.1894 | 5点 | リア王 ウィリアム・シェイクスピア |
(2025/01/31 13:03登録) これは悲劇なのだろうか。勢いで三女を勘当して権力を手放す王。権力者は何を考えているか判らないくらいの方が権威が高まったりもするが、この人は単なるコドモである。引っ込みが付かなくなっただけで、綸言汗の如くとばかりにそれを押し通すから結果として戦争まで起きる。 権力システム自体が悲劇を起こし易い構造を内包していると言う喜劇、だろうか。とばっちりで追放されたり目を抉られたり家臣はつらいよ。リア王よりグロスター伯の悲劇。 |
No.1893 | 6点 | アクナーテン アガサ・クリスティー |
(2025/01/31 13:01登録) これは作者の趣味なのだろうか、結構リラックスして自由にポリティカル・ロマンの翼を広げた印象を受けた。台詞を通して現代社会に物申す、みたいな部分はまぁいいや。 知識が無い私にしてみれば、古代エジプトなんて或る意味で異世界みたいなものだから、『レーエンデ国物語』みたいな心算で楽しんだ。 友人たるホルエムヘブの存在感がやや薄いせいで、最後の決別の場面は必要以上に大仰な感じだ。前提として強固な関係性があってこそ、ああやって “引導を渡す” みたいな形が映えるのだけれど。アクナーテンに接する時は一歩引いていたから判りにくかったか。 アクナーテンが吟ずる詩はどうなんだろう。“格調高さ” って却ってビミョーな感じになることがあるし、へぼ詩人が得々と自己陶酔している喜劇にも見える。 訳文については、どういう基準で考えるべきか。古代の王宮だから儀礼的で品位ある言葉遣いなのはもっともだ。ただ、耳で聞いたときに意味が捉えづらそうな語彙(横溢、閑暇、咆哮……)がたまに現われるのは配慮が足りない。“読む戯曲” だと割り切れば無問題だけど……。 |
No.1892 | 4点 | 闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿 深木章子 |
(2025/01/31 13:00登録) 主人公のフリーライターがどういう経緯で事件調査を引き受けることになったのか。そして最終的に指摘される犯人。両者を見比べると、どうもおかしな話になって来る。 その立場で状況的に何の対処もしないわけには行かなかった、と言うことかも知れない。でも作中でその点についての言及が皆無。まぁ読者にしてみれば、説明されたって不自然さは否めないわけで、やはり役割分担による登場人物の配置が良くないのでは。 例えば、探偵役が警察官や(当該事件を報道する為の)マスコミ関係のような、否応無しに外部から押しかけて来る圧力なら、この問題は発生しなかったと思う。 |
No.1891 | 6点 | 鹽津城 飛浩隆 |
(2025/01/24 12:12登録) 全6編。判り易い大文字のSFではない。一般的な意味でのストーリーテラーとは違う――そういう自己の作風(が認知された状況)にちょっと胡坐をかいてないかな~? しっかりオチに着地させる姿勢があまり見られないのだ。厳しく言えば “物語” になっているのは「流下の日」だけ(“嘘を書いてもアンフェアにならないトリック” と言うSFミステリ?)。「未の木」は始まりかけたところで断ち切ってしまった。 あとは幾つかの “場面” の羅列に留まっていると思う。但し、決してつまらない場面ではなく、特に表題作は魅力的。だからこそしっかり長編に展開させて欲しかった。1960年生の作者は自分の “残り時間” を意識しているようで、短編志向なのだろうか? 尚、作中の大ヒット漫画が現実の某作を連想させる点は、物凄く安っぽく感じられて惜しい。 |
No.1890 | 8点 | ねじれた家 アガサ・クリスティー |
(2025/01/24 12:12登録) 語り手は、ねじれた家へ何をしに行ったのか。公か私か曖昧なスタンスで、事件に介入、と言う程のこともせず、その場にいて会話をしていた人。邪魔、ではないけど妙に気持悪かったなぁずっと。 それぞれキャラが立った関係者が噛み合ったり合わなかったりするが、書き方が説明的。将棋の盤面を見るようだ。一人称記述だから仕方がない? 例えば倒産社長の人柄を妻が滔々と語る。確かにああいう説明無しで自分があそこまで深く読み取れた自信は無い。しかし作者にはもう少し直接的な説明は控えて、言動から読み取るチャンスを読者に与えて欲しかった。曲解したっていいじゃない。 そして、犯人と語り手の遣り取りを読み返すと、八百屋お七じゃないけど、犯人は語り手に対して或る意味で “いいところを見せたい” 思いで追加の犯行を重ねたのではないか、と言う気がするのだ。 すると最初の疑問が再び頭をよぎる。今度はメタ的な意味で。 またはこうも考えられる。語り手にとって、ねじれた家の一族は未来の身内なわけだから、後顧の憂い無き着地が望ましい。副総監だって立場は同じだ。火の粉を避ける為に息子を送り込んで事態を収拾させた? 全くの部外者の犯行なら言うこと無しだがそうは行かず、しかし比較的穏便な形(あの人は “義理” だしね)で決着していると思う。語り手との会話が無意識のうちにあの行動を後押ししたのかも。実は操りテーマ? |
No.1889 | 6点 | 救国ゲーム 結城真一郎 |
(2025/01/24 12:11登録) これは確かに高い、しかし細い柱で不規則に組まれたスカスカの塔だ。強い風が吹くと揺らいで怖い。 事の真相や細かい手掛かりの示し方や事件の構図の転換や、色々と良く出来ているが。 “彼女” は、残虐場面を公開したりドローン攻撃のデモンストレーションをしたりしたわけではない。口だけである。不動産業界の回し者にも見える。それでそんなに影響力を得られるのか。 事件の舞台が “館” とかではなく “地域” であり相応の面積があるわけで、人や物の動きや出入りをそこまでキッチリ把握可能とは思えない。“雪の上に痕跡が無い” と言われても信頼し切れない(ミステリだからそういう探索に見落としが無いのは暗黙の諒解だけど)。 新しいテクノロジーを題材にしているが、性能がどこまでアリなのかビミョーでは。例えば、ドローンのアレは現行の機体で可能なのだろうか。一方、動画の撮影場所を云々しているけれど、現時点で充分可能な “丸ごとAIで合成した” との可能性には触れていない。 等々、全体として、謎を謎として成立させるのに都合の良い部分だけピック・アップしているような感じ。館モノとか、限定的な雰囲気の話ならいいが、世界を広げてしまうとそういうチマチマしたことを問題に出来るだけの緻密な視点が持てなく(持っても意味が無く)なるように思う。 終盤、まるで知恵比べ勝負みたいな雰囲気だけど――殺人のトリックを暴いても事態が収束するわけではなく、もっと現実的な対処が重要なのに、何故謎解きに集中してるの? 逆から言えば、テロ予告をしているのだから、“コイツが犯人だ” とロックオンされたら、“トリックが解けていない” と言っても犯人を守る壁にはならないんじゃない? と疑問だった。 |
No.1888 | 6点 | スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ 森川智喜 |
(2025/01/24 12:10登録) 前半の特に2話目が面白かった。手掛かりの出し方とか。 この世界観ならではの論理バトル、故に差別化は為されているし、そういう変則性は好きなタイプの筈、なんだけど、読者にとって設定の上限が曖昧なので、驚いて良いのか何なのか判らないところもあった。 あと、鏡の機能の設定がブレていると思う。“質問” ではない文言(“音量をあげて!” とか)にも反応してない? このルールは厳しくしないと面白さが殺がれる。 |
No.1887 | 5点 | ふたり、幸村 山田正紀 |
(2025/01/24 12:09登録) 告白するが、“真田信繁と真田雪村は別人だったと言う話” と言われてもピンと来なかった。歴史には弱いんです。 伝奇ものとしても写実的な歴史ものとしても中途半端。別人説だけを歴史の流れの中に投げ込んで、無理無く融合させる為に敢えて深入りは避けた、と言う感じ。 “子役と動物には勝てぬ” とか言うそうで、馬のキャラクターが良し。第三章、神鷹の視点を利用した飛躍もスリリングだった。邪推するならこれが『屍人の時代』の元ネタになったのかも。 あ、ここにもシェイクスピアが……。 |