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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.20点 書評数:2075件

プロフィール| 書評

No.2075 10点 抹殺ゴスゴッズ
飛鳥部勝則
(2025/10/04 13:05登録)
 “あの頃僕は神を愛していた。”

 何て素晴らしいイントロ。或る種の小説は、文体によって成立している。或る種の小説は、物語性よりも世界観の構築によって成立している。
 その中でもこれは驚嘆すべき存在だ。だから、その “世界” の濃度に圧倒されて、相対的にミステリ的な謎解きが卑小に感じられても構わないのである。そもそも作中の仕掛けの多くは普通に読めばバカミスだろう。ところが、その全てをアリにする世界が、言葉の力によって私の眼前に立ち現れたのだから、抵抗しようが無いじゃないか。
 いい加減長かったけど、まだ終わるなと願いながら読んだ。ズブズブ分け入った彼岸から、最後に一歩こちら側へ戻って来る終章も完璧。あ、でも正直に懺悔すると、桜とカナヨの区別がイマイチ付かなかったな。


No.2074 6点 腸の器
樹島千草
(2025/10/04 13:04登録)
 ぶっちゃけ前作と概ね同じ。“シリアル・キラーもの” と言うジャンルがあって、何らかのトレード・マークやキー・ワードを用意して、精神症やトラウマの知識をまぶせば一丁上がり。
 ってなもんだけど、パティシエの技術がしっかりしているから、甘く危険な香りに誘われてついまた味見したくなってしまう。
 前作から、事件としては別物だけど根っこは繫がっているので、このやり方で行くなら巻数を示した方が良いのでは。これは順番通り読むべきでしょ。


No.2073 6点 天の川の舟乗り
北山猛邦
(2025/10/04 13:03登録)
 「人形の村」はちょっとズルい。詐欺師が騙りによって何らかの状況をでっちあげることは可能だろう。肝心なのは、そこからどういう名目でカネを引き出すかであって、それをキッチリ作中で確定させないのは手抜きである。
 表題作。殺人と言う行為と動機との間にギャップを感じる。でも初期作品にも似たような思想(?)を絡めていたっけ。
 「怪人対音野要」のトリックは好きだな~。犯人があんなのを予め仕込んでおく不自然さも含めて、これぞ北山猛邦。


No.2072 7点 密室から黒猫を取り出す方法
北山猛邦
(2025/10/04 13:03登録)
 この二人、やっぱり良いなぁ。何と言っても「停電から夜明けまで」がグレイト。引きこもり探偵の本領発揮。
 「クローズド・キャンドル」のトリックも馬鹿みたいだけど面白い。鴨崎暖炉は “物理の北山” の悪影響で生まれたのだろうか。


No.2071 7点 踊るジョーカー
北山猛邦
(2025/10/04 13:02登録)
 びびり猫を手懐けようとしているみたい。探偵のキャラクターに惹かれてシリーズを手に取るのは結構久々かも。
 語り手も変な奴で、単なる読者の代理人やカメラではなく、その内面を適度に開示しつつもこちらの予想を裏切る塩梅が巧み。シリーズもののワトソン役でこれをやって自然な作例って、あまり思い付かないんだよね。


No.2070 7点 本格ミステリ’10
アンソロジー(出版社編)
(2025/09/26 11:21登録)
 山田正紀「札幌ジンギスカンの謎」。幾つかの捻りは相応のものなんだろうけど、泡坂妻夫の、そして白井智之の類似作を読んだことがあって、イマイチ驚けなかった。風水火那子と往年の名探偵・進藤正子が組んだこのシリーズ、もう一編が『名探偵に訊け』にも収録されていて→

 それ以外の小説は全て各作家名義の短編集に収録済みなので、今となってはほぼ山田正紀の愛読者にとっての存在意義しか残っていない。
 いや、でも、法月綸太郎「サソリの紅い心臓」、小川一水「星風よ、淀みに吹け」。アンソロジーで読むと、ロジックの立て方や文体がもうそれだけで個性だと強く感じた。成程こういう読書体験もあるんだな~。


No.2069 7点 名探偵に訊け
アンソロジー(出版社編)
(2025/09/26 11:19登録)
 テーマは “レギュラー名探偵”。
 山田正紀「原宿消えた列車の謎」。『風水火那子の冒険』の火那子と往年の名探偵・進藤正子が全国を巡る「街名シリーズ」だそうだが、立ち消えになって未だ作者名義の短編集には収録されていない。雑誌掲載だけで消えなくて良かったと言うべきか。まったくもー。
 内容としては、入り組んだ背後関係が短編の手には余る、いや、でも、この短さに無理にでも収めたからこそ風呂敷が畳み切れたと言うべきか。

 それ以外は全て、各作家名義の短編集に収録済みで、半分くらいはそちらで読んでたけど随分忘れていた。
 “名探偵のキャラクターを未読の者に紹介する” と言う観点で言えば、北山猛邦「毒入りバレンタイン・チョコ」、柄刀一「バグズ・ヘブン」、若竹七海「蠅男」あたりが役割を良く果たしている。有栖川有栖「火村英生に捧げる犯罪」は火村より寧ろアリスを紹介しているな。
 石持浅海「ディフェンディング・ゲーム」は、シリーズ中一番の駄作だと思うのだが、何故コレを選んだ……?


No.2068 6点 エロチカ
アンソロジー(出版社編)
(2025/09/26 11:19登録)
 官能小説アンソロジーなんだけど、参加者の顔ぶれを見たら “私には関係ない” と通り過ぎることは出来なかった。
 皆川博子は高尚に過ぎる。北野勇作は完全にSFで、我孫子武丸は完全にミステリ。
 津原泰水、山田正紀、京極夏彦、桐野夏生、それぞれかなり真っ向勝負。故にディープで胃にもたれる。
 と言うわけで、消去法ではないけれど、“エロエロのアダルト・コミックより普通のラブコメのサラッとした濡れ場の方がグッと来るのよね” みたいな意味で、貫井徳郎「思慕」に最も有用性を認めるのであります。


No.2067 6点 だから捨ててと言ったのに
アンソロジー(出版社編)
(2025/09/26 11:18登録)
 この一行目は曲解しようがないなぁ。“捨てる” は捨てるの意味だし “言う” は言うの意味だ。だから “何を?” で捻るしかない。
 この企画、執筆時期と公開順の関係ってどうなっているのだろうか。先出しの方が制約は少ないが、ネタが適度に潰されていて選択肢が多過ぎない後出しの方が却って有利かも。

 「お守り代わり」「パルス、またたき、脳挫傷」「重政の電池」「だから棄てゝと云つたのに」「探偵ですから」あたりが良かった。


No.2066 6点 新しい法律ができた
アンソロジー(出版社編)
(2025/09/26 11:18登録)
 今回の御題は当然ながら “どんな法律?” と言うのがポイントであり、どうしても作品の方向性を縛る働きをしてしまうが、“制約があるからこそ普段使わない筋肉が力を発揮した” みたいな作も散見され興味深い。
 別に順位を競っているわけじゃないが敢えて書いちゃおう。その中でも大沼紀子「もう、ディストピア」、目の付け所が最高!


No.2065 9点 トレント最後の事件
E・C・ベントリー
(2025/09/18 13:47登録)
 ああぁネタバレしちゃう。でも書きたい。御免。
 読んで驚いた。こんなのアリか? これはミステリそのものを無効化しかねない劇薬だ。

 確認の為に要約するとこういう展開である;色々な手掛かりから、犯人を一名に特定した。犯人(と目された者)は概ねその推理通りの行動を取っていたが、殺人は “私に濡れ衣を着せる目的の狂言だ” と主張した――。

 いやしかし、そういう “目的” はアリだとしても、その為に命を捨てるか? 当然の反論であるが、本作はそれもアリ、と言ってしまった。おいおい。
 被害者と犯人の反転。それは例えば、“オリエント急行で死んだ男は、濡れ衣を着せる目的で自ら身体じゅうにナイフを突き刺して自殺した” と言う真相がアリだ、と言うことである。
 連続殺人では成立しづらいんだけど、それでもこれは数多のミステリの犯人が冤罪だった可能性を示唆している。特に、自白せずに犯人が死亡したケース。
 一方で逆に、追い詰められた真犯人はそういう言い逃れが可能になってしまった。“あの人は私をとても憎んでいたんです。命を捨てる程に。『トレント最後の事件』のように!”。
 これは堪ったもんじゃない。如何にロジックが正しくても舌先三寸で逃げられてしまう。そして、どちらが正しいか、読者には決定出来ない!

 ここで終わればちょっとしたリドル・ストーリーだが、更にどんでん返しがある(法医学的伏線が張られていて感心した)。
 これが単なるどんでん返しではない。その真の存在意義は、“その真相はやっぱり犯人(と目された者)が咄嗟に吐いた嘘でした” と言う可能性を潰すことである。第三者が駄目押しすることで、“被害者と犯人の反転” を読者に対して確定してしまったのだ。
 その機能に於いては “実際に引き金を引いたのが誰か?” は大きな問題ではないが、同時にフーダニット的サプライズを兼ね備えているのは見事な構成だと思う。

 こんなものが出ちゃったら、“ミステリなんてやってられんわ” とジャンルが瓦解してもおかしくないと思うのだが、実際には黄金時代の幕開けとされているのが不思議だ。私が今読んでさえこんなに衝撃的なのに、同時代の作家は、読者は、平気だったのだろうか?


No.2064 8点 know
野﨑まど
(2025/09/18 13:46登録)
 情報戦SF。言語化の難しそうな概念を色々巧みに突っ込んで来るなぁと感心した。
 登場人物のビミョーなネーミングのせいで、単純な未来社会と言うより寓話めいた雰囲気。割とミステリ的な伏線回収の手法で引っ張るので、アカデミックなネタでも立ち止まらずに読み進んでしまった。
 エピローグは蛇足だと思う。

 今調べたけど、第34回日本SF大賞候補作品。


No.2063 7点 中にいる、おまえの中にいる。
歌野晶午
(2025/09/18 13:46登録)
 成程ねぇ、こうやって続編に繫がるんだ……なんかコメディになってない? でもこれはこれでアリ。
 蒼空の頭の回転の意外な早さと、情動的な不安定さが、矛盾して感じられる場面が幾らかあったかな。それが矛盾だと考えるのは偏見?


No.2062 7点 アミュレット・ワンダーランド
方丈貴恵
(2025/09/18 13:46登録)
 色々ヴァリエーションを出そうと工夫していて良い(って前作にも書いたな)。設定上誰が裏切ってもおかしくないから油断出来なくて剣呑剣呑。
 あと伏線の張り方。“この記述は伏線だな” と気付くことは少なくないが、その意味するところまでは解けない。けれど説明されればスッと腑に落ちる。
 Episode 4 、想定外の出来事が犯人の行動に及ぼした影響の絡め方が巧みだ。Episode 3 の扉絵に四本指の手が混ざっているのは何?


No.2061 5点 顔師・連太郎と五つの謎
皆川博子
(2025/09/18 13:45登録)
 犯人サイドの濃厚な物語が事件の表面にはなかなか滲み出て来ないし、短編だから改めてじっくり語るスペースも無い。各編の末尾に折り畳んで無理矢理詰め込んだみたいでもどかしい。中では「ブランデーは血の香り」が比較的上手く配分出来ていると思う。
 「消えた村雨」の犯人は、そもそも疑われるようなポジションではないのに、トリックを弄したせいで目立ってしまったんじゃない?


No.2060 8点 沙髙樓綺譚
浅田次郎
(2025/09/09 14:32登録)
 ミステリ脳で読むと、伏線があるような無いような、オチになっているようないないような、なんだけど、そういう説明に入りきらない何かの塊をグイッと突き付けられたような強烈な衝撃がある。 特に映画のエピソードは、もっと仕掛けを施そうと思えば出来そうなところ、“これでいいのだ!” と言わんばかりの勁さが印象的。
 語りの語尾がところどころ不統一なのは気になった。


No.2059 6点 神君幻法帖
山田正紀
(2025/09/09 14:31登録)
 この手のバトルものは、極言すれば “どちらが勝つか” と言うワン・パターンであって、私はあまり積極的には手が伸びないのである。そりゃあミステリだって “謎とその解明” のワン・パターンだけど、そこが好みの問題なのだろう。
 それを、どちらが勝つか “だけ” に終わらせない為に、化け物じみたキャラクターを多々投入して、これでは殆どファンタジーじゃないか。同姓のよしみでもなかろうが堂々たるオマージュ。
 敵味方が入り乱れるのでどっちがどっちか混乱するのが難点。両陣営がもっとはっきり色分けされていれば、と思うのは団体戦を読み慣れていない者の野暮な注文だろうか。


No.2058 5点 秘曲金色姫
柴田勝家
(2025/09/09 14:31登録)
 人の心は自然な超常現象である。'80年代の伝奇ミステリの、ドロドロの質を今風に変換したような感じ? エピソード自体は強い吸引力で読ませる。
 ただ、“登場人物達にとっての謎” も勿論あるけれど、比重としてはミステリ的手法で作者が読者を混乱させる側面の方が大きい。良く出来てはいるが、新本格ムーヴメントでこの類の騙しは沢山読んだからなぁ、と言う私の屈託を超えて迫って来るには少々足りなかった。


No.2057 4点 変相能楽集
皆川博子
(2025/09/09 14:30登録)
 元ネタが能楽。ハードルが高いなぁ。イメージの連鎖による自由な連想ゲーム。“幻想小説” と単純に捉え切れないし。どうせ知識など無いのだから余計な配慮はせずに無心に読むわけだが、それでも判らぬ。と認めるのは悔しいが如何ともしがたい。


No.2056 3点 追想五断章
米澤穂信
(2025/09/09 14:28登録)
 ネタバレあります。
 うーむ。上手に組み立ててあるのは判るけど……。
 まず一つ指摘をしたい。
 父は “ワシが死んだら小説5篇を集めよ、さすれば真実が日の目を見るであろう” とか遺言を残したわけではないのだ。“小説? ふーん” で終わったかも知れない。実際に収集の道のりは、別名義があったりして、幸運に助けられた側面も大きい。
 “娘が5篇を集めようと試みる、そしてそれに成功する” ことをどの程度期待していたのか。と言うか、コンプリートを望むのは無茶じゃないか?
 しかし、古本屋&依頼者による謎解き部分では、“最後の一行とタイトルの組み換え” とか、父がコンプリートを前提にして娘へメッセージを送っているようで何か矛盾が感じられる。
 父が何処までを意図していたのか記述に曖昧なところがあるけれど、結局、全ては、父の小説から “意味” を読み取りたい娘の思い過ごしかも知れない、と言う状況設定になっていると思う。

 その点は大目に(見たくないけど)見るとして。
 本作では、母の死に関して、最終的に三つの回答が導かれている。①自殺だった ②他殺だった ③事故と言えるものだが、死へ後押ししてしまった手は存在する。
 最後に言及されるから③が真実、みたいな印象をつい持ってしまったが、それは子供の曖昧な記憶を拡大解釈したものであって、信頼性に難があるとも言える。裏付けになる物的証拠があるわけではない(よね?)。
 そして、良く考えるとこの三つからどれかを選ぶ決め手は示されていない。

 何故なら本件では、有効な証人は父だけであり、真実が①②③どれであっても、彼としては①を主張するだろうからだ。つまり主張の内容(=小説に託したメッセージ)から真実がどれか判断することは出来ない。
 しかも、“小説から作者のメッセージを読み取る” のは恣意的な解釈が可能。解決篇の “推理” は、成り行きに応じて結論を選んで、それに応じて解釈を選んでいるだけだ。メッセージは真実を明かす為か隠す為か? もっともらしい説明はどれに対しても成立すると思う。
 なんのことはない、この長編自体もリドル・ストーリーではないか。

 でも私はそういうのじゃ嫌なの!
 “小説から作者のメッセージを読み取る” をやるなら、もっとキッチリした論理で、“あそこに○○と書いてあり、こちらには●●と書いてある、これを両立させるには××だと考えるしかなく、それを作者は密かに伝えたかったのだ!” みたいに結論を一つに限定して欲しい。
 作中作と叙述トリック等を組み合わせたその手の作品(綾辻行人のアレとか)に比べ、本作の曖昧さには大いに不満が残った。

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